Seelen wanderung~とある転生者~   作:xurons

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キャラ紹介に変更を加えました。


愛と憎しみ

 

 

 

 

…人は皆、無意識に感情に制御の意を唱えている。そんな言葉を昔、父さんが自宅に遺した書斎の数ある本の中の一冊で眼にし、強く共感した憶えがある。

‘‘暴走しない様に’’というのがその本では有力な考えと説明されていたが、俺は今はこう思う。‘‘恋情でも、同じ事は起こり得る’’のだと…

 

「大丈夫か?」

 

「ん…何とか….」

 

現在時刻はPM20:27。闇の帳は冬の特性か早々に訪れ、一歩外に出れば凍える様な寒さの風が吹く夜、俺は客人…もとい告白するに至った想い人でもある白髪碧眼の美少女、レイナを看病しているところだ。

…と、言っても看病とは所詮自称で、数時間前突然頭から湯気を噴き出して–––間違い無く恥ずかしさから–––も特に何も出来てはいないのが現状である。すると、

 

「…ごめんね」

 

「…え?」

 

突然、彼女が俺に頭を下げたのだ。申し訳無さそうに謝罪の言葉を口にしながら。その行動に一瞬フリーズし、

 

「…何で、謝るんだ?」

 

そう優しく…刺激しない様に意識して言葉をかける。以前、美弥に『女の子は優しくしなきゃダメなんだからね!』と言われた事があり、確かに…と妙に納得したという覚えがあるからだ。

が、今は全面的に俺が悪い訳で、告白に関しての後悔は微塵も無いが…反省はしているし、どんな罰も受ける所存だ。…なのに、

 

「…私が、勝手に気絶しちゃったから…迷惑だったでしょ…?」

 

「…え?」

 

彼女は怒るどころか、寧ろ迷惑をかけたと普段の明るさとは違う沈んだ口調で語ったのだ。自分が全面的に悪いのだと、勘違いをしている事に勘違いをして。

…優し過ぎる。知り合ってから触れ合う回数は多くなったものの、彼女には所謂‘‘怒り’’という感情の沸点が高すぎ….いや、怒る怒らない依然にそもそも『え?今怒る所』なの?という感覚なのだろう。そこまでを漸くらしくない何度目のフリーズを処理し理解した時、

 

「れ、レイ君⁉︎」

 

「…何でもねぇよ」

 

気がつけば、眼から透明な雫が滴っていた。感情表現が中々にオーバーなこの世界とはいえ、だ。

…俺は泣いていたのだ。ガキの様に吹くことすらせず、落ち込む事を棚に上げオロオロするレイナの目の前で。

胸の内から泉の様に止めどなく込み上げて来る‘‘愛情’’の念は、闇を視て来た今の俺には些か眩し過ぎて…言い表せ無いむず痒さを感じる。優しく…包み込む様な力強さを感じるのだ。

 

(これが…恋愛って事なのか?この言い表せない位の嬉しさが…そうなのか?)

 

「レイ君?ほ、ホントに大丈夫?」

 

眼から溢れ、頬を伝い…消える。

一応誤解のない様言っておくが、決して俺は情緒不安定な人間ではない。この涙も、流したくて流してる訳でもない。

この止まらない雫は多分、今まで貯めに貯めて来た‘‘心の闇’’なのだと思う。…闇と光は相互の関係。一方が偏ればもう片方が独占を始める。そう、今‘‘俺’’という闇は、‘‘レイナ’’という光に照らされているのだ。全てを受け入れ、浄化させる優しい白の輝きに…

 

「…ありがとう」

 

俺と出会ってくれて。思わず出たこの言葉の意味を口にはしなかったものの、レイナには通じた様で、

 

「! …うん。私こそ…」

 

ありがとう。その言葉はもう何度も聞いている単語なのに、何故だろう…今までで一番大切で…とても愛おしく聞こえる。

そして天使の様に魅力的な微笑みを浮かべた彼女は、

 

「…で、返事は?」

 

「ふふっ、もう…解って言ってる?」

 

ふんわりとそよ風の様に優しいアルトボイスで笑い、ギュッと柔らかい女性特有の手で俺の右手を握る。

…もう、二度とこの手を見失わない様に。海の様に煌めく碧眼を見離さない様に。

 

「フッ…そうだな」

 

「…宜しくお願いします」

 

こうして、俺はレイナと晴れて恋人となった。告白らしい告白は…まぁ俺がヘタレだったって事で見逃して欲しい。色々不満かもしれない読者諸君には申し訳ないが、幸せになったって良いじゃないか。そうだろ?

 

「…好きだ。レイナ」

 

「…私も、大好き。愛してます…」

 

木枯らしが吹き…寒さが一層増すこの季節、俺とレイナは結ばれ、不器用に唇を重ねた。

クラクラする程甘い大人の感覚は、まだまだ子供なんだなという現実を思い知ると同時に、到底一人で埋めきれない底無しの幸福を感じさせた。

その時、俺の眼が…血色に染まった無慈悲な瞳が、黒く染まった事に気づくのは、もう少し先の話だ…

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

…ん…?

 

『ここは…何処だ…?』

 

気がつくと…俺は一人、辺り一面白が延々と広がる空間に立っていた。

上下左右共に白が広がる世界

 

『…そうか。これは夢だな…』

 

時の流れを感じないこの空間は、恐らくは夢…現実から飛び立った異世界で尚見ている夢の中なのだと、そう解釈する事にした。

普段は夢など見ない気質であると自負しているが、やはり俺とて人間。夢位は見るモノなのだ。…だが、

 

『一体…これはどういう夢なんだ?』

 

それはそうと、延々と白い空間を歩き続ける夢など聞いた事がないし見たことも今まで無い。

大体は某海賊の世界や某忍者の世界に入って〜という始まり方をすると高を括っていたが、どうも違うらしい。

 

『ま、現実じゃグッスリ寝てるんだし、のんびりと朝を待つか…』

 

夢ならば時期に覚める。そうしたらまた、俺はレイとして現実を生きていく。

今までは一人で何度も思い込みを繰り返し、復讐に取り憑かれそうになり…出来なかった。行動に移せなかったのだ。…弱い。どうしようもなく、そう思った。

俺は一人では親の仇を討つ覚悟さえ決められない、ただの青臭いガキなんだと、嫌でも実感した。同時にこの眼の能力に苦しめられ続け、血色に染まった瞳が写し出すモノはどんどん消えていった。…いや、消していった。そして…

 

『俺は…俺は貴様らクズの成れ果てとは違う!今は精々生きるがいい…俺は必ず、貴様ら全員を…皆殺しにしてやる!この眼は貴様を、逃がしはしねぇ…!貴様らだけは…俺の手で……殺す‼︎』

 

両親が殺されて2年…俺は独り、両親を殺した奴らに宣言した。必ずお前ら全員を殺し、親の仇を討つのだと。

当然、奴らにはガキの戯言と鼻で笑われたが、俺は構わずにただ、心臓の一つ一つを止めていった。

生憎、俺は生まれつき歳の割に釣り合わない身体能力を有していたので、並の大人は楽に対処出来た。後から聞いた話だが、奴らは各々が生物研究学界から追放された違法者達であり、‘‘化け物を始末する’’という身勝手極まりない独断で両親を手にかけたそうだ。

そして結果…俺は奴らを殺した。この手を真っ赤な血で濡らし、辺り一面を真紅に染め上げ、奴らの死体を見下ろした時、

 

『…はは…ははは……アハハハハハ!!!ハハハハハハハハ!!』

 

俺は不敵に高笑いしていた。当時12歳だった事など棚に上げて、ただ、血の雨にその身を濡らしながら。不思議と冷え切ったこの手に握ったナイフで人を…人間を10人刺し殺した快感を味わった。汚された両親の最期を晴らしてやれたと、本気でそう思っていた。

今思い返せばあの時…俺はもう人としては生きていなかったのかもしれない。その後、俺は未成年者という名目で警察に保護され、耳にタコが出来る程ウザい警官の怒号を聴き、危うく殺意を出して警官を敵に回しそうになったが、美弥という妹の…唯一の肉親が何とかソレを思い留まらせてくれた。

 

『…あの時は、随分泣かせたな…』

 

そして、俺は未成年…12歳という幼さに免じられ死刑か終身刑の選択を迫られずに済み、更生施設に半年ぶち込まれるに処され、年を越した翌年…13歳の誕生日を牢の中で迎えると同時に、中学校への入学を断念した。…もう、誰も信じられなかった。肉親の美弥の感情すら…目障りに思え、皆が皆…嘲りと蔑みの感情を嫌でも感じてしまう程に堕ちて堕ちて…暗く醒めない闇を見続けていた。月日が経ち、他に犯罪を犯した同年代を半殺しにして漸く出所しても、それは変わらなかった。…否、変わる気はなかった。もう俺の感情など、理解される事は無いと思っていたからだ。––なのに、

 

『あ、あの…大丈夫ですか?』

 

運命は俺を腐らすどころか、また新たな人間との関わりを持たせやがった。ウザったくて仕方ない…もう俺の事など気にかけるなと、そう何度も願い続けていた。…それなのに、

 

『私、有宮 玲奈!貴方は?』

 

『…奏魔 零』

 

彼女は俺の手を握った。何の警戒も差別もせず、真っ直ぐ俺の眼を澄んだ青い瞳で見つめて。

その時、俺は思い知ったのだ。闇は、光には勝てない。…必ず呑まれ、どんな人間でも見つめ直す事が出来るのだと。

直ぐには受け入れがたかったが、今ならハッキリ解る…

 

『お前は…‘‘俺’’を見てくれたんだよな』

 

光と闇…それは決して交わり理解する事は出来ない。行き着く先、それは永劫変わらない。…だが、‘‘痛みを知る事は出来る’’。

あの時、何の関係も無かった俺達は他人。それ以上でもそれ以下でもない所から始まり、気がつけばお互いを愛せる様になっていた。

不器用極まりない俺に、彼女はついて来てくれたのだ。

 

『…今度は俺が、命に代えても護り抜く』

 

決意は固い。が、それが有言実行となるかは俺次第である事は良く解っているつもりだ。そして…俺達の‘‘魂’’が誰であるかも。

 

 

––ずっと、見てるからね–––

 

 

『…解ってるっての、‘‘ウスラトンカチ’’』

 

そう何処と無く告げて立ち上がった瞬間、溢れんばかりの煌めきが俺を包んだ。…悪くない心地だ。

 

 

【…強くなったな、零…】

 

【貴方は…本当に優しい子…】

 

 

そして、もう何十年も聞いていなかった声が耳に届いた様な気がした。きっと、気のせいではないと信じたい…いや、信じなければ。

そして、忘れずずっと胸に閉まっておこう。

 

『…ありがとう。父さん、母さん…』

 

…俺は、確かに愛されていたという事を…

 

 


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