Seelen wanderung~とある転生者~ 作:xurons
…声が聴こえた。
『頑張れ』って、幼い少年の声が聴こえた。それはとても遠く…遠くから響いて…でも、誰の声かが思い出せない。とても身近にいた気がするけど、何処か違和感がある声…アレは…誰だったのかな…?
「っていっけない…今は集中集中…」
危うくトリップしかけた意識を頬をペチペチ叩いて取り戻す。
最近は何というか…意識が飛ぶ事が結構あって、口では上手く言えない様な現実からの離脱を感じる。まるでナーヴギアでこの電子世界へ飛び立った時みたいに…
「…考えても仕方がないよね」
が、ひとまずこの事は忘れ、頭を切り替えてタタンと残りの段を駆け上がる。と、
「わ⁉︎す、凄い…」
凄まじい数の人人人。円形でやや下から見渡せる位置にいる私から見れば、正に人の波だ。千…いや、万の数はいるだろう。
それだけの数の人間が、歓声を送ってくれている。そんな感慨深さをを今、改めて体感していると…
「…!」
ワーッ!とまた大きな歓声が客席より湧き上がった。それに伴いヌッと一つの影が差し、一人のプレイヤーが姿を現わす。
上下灰色の皮服装備、歳が読めない独特の雰囲気を持ち、そして…昼間でも良く解る紅い瞳でこちらを見据える少…いや、青年の姿が。
「……」
私の中で存在がどんどん大きくなりつつある幼馴染みであり、最強の相棒にして最恐のライバル…レイ君その人。
武器は背中に一つ吊られた片手剣で、恐らく現存のプレイヤーで最速であろう驚異的なスピードを持つ。
同時に2人目のユニークスキル発現者でもあり、血の如く怪しい輝きを放つ紅眼がその証拠。
「…よう」
「うん。今日は敗けないから」
「…フッ、そうか…」
それはある意味、彼の実力を明確に表す象徴みたいなものかもしれない。
実際、4歳の時から彼とは一緒にいるけど、歳を重ねる事にどんどん大人っぽさが増していって…何時の間にか私の意中の‘‘男性’’になってた。聞けばアスナも同様にキリト君を好きになったとのことで、それからは観ているほうが恥ずかしくなる位彼に猛アタックし、あと少しで気づいて貰えそうなのだという。親友がそれ程まで頑張っているのだ。私も負けていられない。絶対に思いを伝えるんだ。
「…レイ君」
「何だ?」
「もし、私が勝ったら…一つお願いを聞いて欲しいの」
「…!」
絶対に勝って私の想いを聞いて貰う。そう体現する様に、背中の鞘から右手で愛剣を引き放ち、自然体で構える。
一方、レイ君はそんな私を見て、少し驚きの色を浮かべたかと思うと、
「…あぁ。だがその代わり、俺が勝ったら一つ、頼みを聞け」
「…!う、うん!」
フッと優しげな微笑を浮かべ、私同様に背中に吊られた鞘から片手剣を抜き放った。が、それは私が良く知る灰色の片手剣《灰燼》ではなく、細剣にも迫る程薄いの刀身を煌めかせた藍色の新たな片手剣。
一目で相当な業物と解るソレは、軽さと硬さを重視する彼の手に良く馴染み、使い慣れている様に見える。
元々、スピードで彼に勝てるとは思っていないが…ソレはそれを随分と明確にしてしまったらしい。
けど、やるからには全力でやるしかない。そうしなければ善戦すら怪しい。
「…モードは《半減》で良いね?」
「あぁ」
まず、彼の了承を得て決闘メニューを開き、彼に《半減》で決闘を申し込む。
で、やがて彼の腰位置辺りに出てきた窓に表示された○×の二択の内、迷わず彼が○を選択した瞬間、カカカ…と開始までの60秒のカウントダウンが始まり、私達はお互いに自然体のまま只…その時を待つ。
「……」
「……」
お互い無言になり、会場も心なしかシン…と歓声から一転静寂に包まれ、只…その時が刻々と近づく中、私はある事を思い返していた。
(もう、懐かしく思えるなぁ…)
もう16年も前…丁度今頃の時期に、私は彼と出会った。彼に私がタックルする形で。
『ごっごめんなさい!』
反射的にそう叫び、ガバッと頭を下げていた。幾ら学校へ急いでいたとはいえ–––まぁ結局は嘘だった訳だけど–––いきなり他人に勢い良く突っ込んでしまった事に変わりは無い。
それに、私自身が親にそういう風に教え込まれ、謝って当然の事をしたんだと思っていたから。が、
『…別に良い。気にするな』
『へっ?』
返って来たのはぶっきらぼうなこの言葉だったの。私は思わず抜けた声を出してしまい、彼からジッと見られたのはもう良い思い出。
そしてお互いに名前を教え合い、私から手を差し出す形で握手を交わした。その時、私は驚いた事がある。
(…っ…冷たい…)
絶対零度。この言葉が皮肉過ぎる程、彼の手には温かみの欠片も無かった。
いや、そもそも同じ人間なのか?と疑ってしまった。そう思ってしまうレベルに、人が出せる様な温度とは思えないモノだったんだ。
彼が手袋を付けていなかったのもあるかもだけど、それとは違うもっとこう…内面的な…
「…おい」
「ひゃいっ⁉︎」
と、そこまで考えてた瞬間ビクッと肩を震わせてしまい、ふとカウントを見れば、残り15秒を切っていた。どうやらまた私は妄想に耽ってしまったらしい。
「…考え事か?それじゃ俺には勝てないぞ」
「…!だ、大丈夫!何でもないよ⁉︎」
「…そうか」
(うぅ…信じてない顔…)
ジッと私を見つめる彼の眼が何処かむず痒くて、つい視線を逸らす私。
一応何でもない体を装ったはものの、彼が何を考えているかは相変わらず読めないし、ましてや今聞ける雰囲気でもない。
(も、もうやるしかない!こうなったら剣で伝えるしか…!)
5…
もうカウントはそこまで迫っている。
4…
腹を括らなきゃ瞬殺されるのがオチ。
3…
大丈夫。こっちに彼には無い力がある。
2…
…けど、やっぱり気になるなぁ
1…!
いや、今は…戦うんだ!
「ふっ!」
「…っ!」
DUEL!と、ポーンという長い様で短かった開始音が鳴り響いた瞬間、
私と彼の10m余りの距離はダッシュにより一気に詰められ、ギリギリと剣同士が鈍い音を鳴らす鍔迫り合いとなっていた。が、ほんの数cm先にある彼の顔は全くの無表情で、やはり何を考えているか読めない。
「はぁっ!」
「ん?…ほぅ」
ならば考えるより行動で。右手に持つ剣で突きを入れつつ、
左手で抜いた包丁2個分位の短剣を逆手に持ち、間髪入れずに攻撃を入れていくが、《写輪眼》の動体視力と反射神経がモノを言い、弾かれたり躱されたりでダメージが一切入らない。それどころか、
「消えた⁉︎「こっちだ」っ⁉︎」
「っ⁉︎くぅっ!」
《神威》で一瞬で背後に転移して斬りつけて来るのだ。それに何とか対応し急所を反らせているが、これでは二刀流であっても結局意味が無い。
が、それでも私と彼は‘‘防具らしい防具は服のみ’’という軽装備の剣士…所謂ダメージディーラー(前衛でダメージを稼ぐタイプ)に該当する。それは=防御は余り請け負えないという事。
「せやぁっ!」
「む…」
それに私の方が彼より力は上。高速で繰り出される一撃をパリィ(弾き)しつつ、細剣初期技《リニアー》を細剣で撃ち込み隙を無くす。
本来ならこの技は細剣カテゴリーの技なのだけれど、条件が合えば短剣でも使用出来る。もちろん本家には劣るけど。が、そうして《リニアー》を撃ち込み、キリト君から教えて貰ったスキルが終了する瞬間にもう片方の武器でスキルを発動させるシステム外スキル《スキルコネクト》で2、3と連続してソードスキルを繋げた所、
「くっ…」
「はぁ…はぁ…」
10発中3発という貧相な結果ではあるが、一割程彼のHPを減らせた。
が、それでも私が押されている現状に変わりはない。次から次へと襲い来る彼の剣撃を弾いて反撃し、躱されるか躱すかで回避されるの繰り返し。その所為でお互い中々決定打が入らず、ジリジリとHPが減り時間が刻々と過ぎていく。
「(一撃一撃が重い…躱しながら撃ち込むのは難しいかな…。でも、それじゃ勝てない!)せやぁっ!」
「っ!」
私と彼は一撃一撃のダメージは、お世辞にも高いとは言えない。
だからこそ一発の威力ではなく、急所を狙ったクリティカルでダメージを稼いで倒す戦闘スタイルで戦う。
だけどプレイヤー戦…それも目の彼との戦いでは訳が違う。
恐らく彼は、時間をこれ以上かけずに短期決着を望むだろう。今までの彼の戦い方からして、長期戦は分が悪い筈だから。
そして私も、長期戦はあまり向かないタイプであるので、
「次で…決める!」
「…フッ、行くぞ!」
次のソードスキル。これしか、勝利判定のイエローゾーンの突入…残りHP4割減まで持っていく威力の技は無い。私と彼のHPは残り共に3割弱。発動後の硬直が一瞬気になったけど、直ぐに辞めた。いや、掻き消えた。
例えるなら、一つの物事に集中し過ぎると周りが見えなくなるアレだ。
「はあぁぁぁぁ!」
「うおぁぁぁぁ!」
赤と青。炎の様に真っ赤な彼の剣と、透き通った空の様な私の剣。
正反対の煌めきを帯びた二つの剣が今、交錯した。遅れてギィン…と鈍い音が聞こえ、
「…っ…う…」
左肩から右脇腹にかけて深く抉られた不快な感覚。痛みは使用上無いが、現実で刃物で体を削られた事などもちろんない為不快な事に変わりは無い。
だが何とかそれに耐え、ちらっと視線だけ上に向けると…
《Draw 2:06》
と、だけ記されたウィンドウが、何の情もなくポツンと浮かんでいた。
Draw。その意味は日本語に直すと…
「引き分け…」
「…だな」
決着は…引き分け。お互いのHPはキッカリ黄色に染まっている。
お互いの力を出し切れた…というのはイマイチ解らないのが本音だ。たった2分しか剣を交えていないというのもあるし、何より…
(気持ちの答え…解ら無かったし…)
彼にこの気持ちを伝える事は叶わないという事実。そう理解した瞬間、何とも形容しがたい喪失感を感じた。剣を収めると尚更…と、ボーッと突っ立っていると…
「…来い」
「へっ?「行くぞ」ちょっ…」
突然ガシッと右手を掴まれたかと思えば、いきなり景色が歪み始め…そうしたのが他でもないレイ君だと気づいた時、私はコロシアムから姿を消していた…