Seelen wanderung~とある転生者~   作:xurons

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あの日の背中

 

 

 

唐突だが、この‘‘ソードアート・オンライン’’という世界が始まってから、1年の時を迎えた。その間に合計2500近くものプレイヤーが命を落とし、生き残っている7000弱の内、1000人は第一層『始まりの街』で怯え助けを待ち震える日々だといい、日に日にその数は増え続けているらしい。

が、私達攻略組みの奮闘は先日第42層を通過してからも、決してその歩みを止めてはいない。寧ろ、日に日に加速していると言っていい。この朗報が下層のプレイヤーに伝わっているかは分からないが…そう前向きに願わなければこの先やって行けない。この確たる事実は、攻略という概念が生まれ始めた当時からプレイヤーの暗黙の了解となった。『下を向くな、前を向け』という‘‘解放の意志’’が。

…時は2023年12月25日。現実では聖なる夜を指すこの日が、まさか私にとってあんな転機になるなんて…気にも思ってなかったんだ–––。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

時は二日前…2023年12月23日に遡る。

この日も私は変わらずソロで迷宮区攻略を気が済むまでやり終え、寒い所が苦手な私にとっては天国とも言える常にの温暖気候の街、第22層《コラル》のホームへ帰る為、日付が変わるまで後僅かな転移門への夜道を闊歩していた。このゲーム特有の後々纏めて襲って来る疲労をドッと感じながら。

 

「はぁ〜疲れたぁ…」

 

と、いうのも、実は最近攻略にはこうしてソロで出かける事が多くなったのが一番の要因だったりする。

もちろん複数でお互いを補い合うパーティも決して悪くは無いけど、ソロは複数では出来ない自由な立ち回りが出来経験値の総取り…という魅力に惹かれたのが理由としてはソレっぽいだろう。

まぁその分、アイテムの使い方一つや攻撃のタイミングの誤差があっという間に命取りになるんだけどね…それにソロプレイにはやはり‘‘一人’’という事実の分、相応の精神力が必要になってくる。特にこの世界では…

 

(そう考えると…やっぱり私の周りは化け物みたいな人ばっかりなんだよね〜…はぁ)

 

《写輪眼》使いの兄とか、ソロでは最強の黒剣士とか、KobのW副団長とか…揃いも揃って化け物クラスの連中ばかりだ。特に兄のレイ–––もう少し名前捻れば良いのに–––はKobの団長に続き2人目の《ユニークスキル》を会得し、今や彼の名を知らぬ者はいないだろう。当人は全く名声や露出を好まない気質なので、あくまで噂程度にだが。

そんな才能を持て余したアイドルの如く目立つ兄に、正直ムッとした事は一度や二度では無いし、常に平らで飄々とした物腰をしている彼の弱みを握ってやろうと思った事もあった(当然の如く勘づかれたが)。けどまぁ、意外と格好良い所があるのは認めてるし、それに結構美形で…って!

 

(何でお兄ちゃんの惚気話になってんの⁉︎これじゃまるで…こ、ここ…)

 

恋人…と口走りかけた我ながら初心なマイマウスに鞭打って黙らせ…

 

「よっ」

 

「きゃあああああ!!?」

 

ようとした瞬間再びMobもびっくりな大絶叫をカマしてしまった。何故?それは当然目の前の何もない空中が渦を描く様に歪み、そこからシュルッと愛しor嫉妬の対象…レイがなに食わぬ顔で現れたデース☆

 

「ってビックリさせんなぁぁ!」

 

「ほっ」

 

その飄々さに例によっては何とやらで怒りが爆発した私は、愛用の細剣『セティ・アサルタ』をブォンと空を切る音を立て突き立てる。が、ヒラリと避けられ、

 

「危ないぞー」

 

「うるさいうるさいうるさーい!」

 

お決まりの煽りから恒例の鬼ごっこが始まったのは言うまでも無い。それは10分近く続き…やがて私のスタミナ切れにより終わりを告げた。

因みに、今し方いきなり目の前現れた現象はユニークスキル《写輪眼》のスキルの一つである《神威》という移動専門の技によるものらしい。

効果は『使用するには転移アイテムの所持不可&回復アイテムの使用・所持がかなり制限される代わり、眼でピントを合わせた場所へ瞬間移動出来る様になる・物資(プレイヤーも可)の強制転移や一切ダメージを受けず幽霊の如くすり抜けが可能となる』…という、最早スキルという概念には収まり切って無いチートや改造呼ばわりも良いとこな便利過ぎる技。

そして効果にもある様に、今彼は転移結晶は全く所持していないし、回復アイテムは見かけじゃ解らないけど少ないのは確かだろう。そして、今はその能力を使い一気に彼の隣に建つマイホームまで移動して来ていたりする。

 

「…ズルすぎるよソレ」

 

「まぁな。だが習得には熟練度980まで上げなきゃならんし、何よりこのスキルはリスクが大きいんだよ」

 

確かにそれは言えてるだろう。回復アイテムはこの世界には言わずもがな必要になる生命線だし、何より彼の言う通り《写輪眼》のスキル全般が半端じゃない習得難易度とハイリスクハイリターンな物ばかりらしい。

 

「ま、恨むなら習得させた‘‘カーディナル’’を恨むんだな。」

 

「む〜…」

 

それもコレも全てがこの世界の自律型システム…カーディナルによって生み出されたモノと思えば、彼の意見も一理はある。

数千はある膨大なスキルの内、たった10しかないユニークスキルは習得条件・能力が謎に包まれている。

で、そんな謎スキルを習得出来たのは決まって突出した能力を持ったプレイヤーで、あと8残るソレもその様に選ばれた者だけが使える様になるのだろう。

 

「じゃ、俺は寝る」

 

が、私の葛藤なぞ露知らず、スキル発言以来黒目を中心に3つの勾玉を浮かべた様な模様になった紅眼で私を見据え、兄は背を向け自宅へ歩いて行った。

 

「あ、うん…おやすみ」

 

そしてそんな彼に届いたかは解らない声を漏らし、私も自宅のロックを解錠し、電気も付けず直ぐさまベッドに倒れ込んだ。何というか…疲れた。

 

「はぁ…」

 

このSAO世界において、疲労はある一定のラインを超えるとドッと襲ってくる。今こうしてグッタリしているのだって、二日間徹夜で迷宮区にいて一睡もしていないからこそ…だと。そう今の今はまでは思っていた。

…今日、兄の姿を見るその時までは。

 

(…遠いなぁ…)

 

ずっと…ずっと見てきた少年の背中。やがて少年は成長し、幼さから一皮剥けた青年となった。

前世からずっと人から軽蔑され続け…人の内に潜む闇を知っている彼の背中を…強くあろうとする兄の背中を…ずっと…

 

「…お兄ちゃん…私…」

 

弱くなっちゃったかな?そう言葉に出す事はしない。

だって、言葉にしちゃったら…もうお兄ちゃんに見てもらえなくなる。私を…見放してしまうかもしれないから…。

だから…この感情は抑えなきゃいけない。迷惑をかけたくないから。もう…二度あんな出来事は嫌だから…

 

(…忘れなきゃ…もう…)

 

そんな何時になく弱々しい‘‘’自分’が嫌になって、いつも強がってる‘‘私’’で抑えてきた。そう、もうこの気持ちをお兄ちゃんに知られてはいけないんだ。

そうだ、そうだと必死に‘‘自分’’に暗示をかけ、何時しか意識を手放した…

 

 

 


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