Seelen wanderung~とある転生者~ 作:xurons
sword art online
リアルから意識を離脱させた俺の視界にその英語が浮かび、電子の世界への‘‘俺’’というキャラが組み込まれていく。
パスワードとIDが同時入力され、残っていたβ時代のデータがシステムにより自動セレクトされる。
そして長い様で短い初期作業が終わった瞬間…
「…来たな。」
俺…レイの名を持つ1キャラクターが一人、空に浮かぶ巨大な浮遊城アインクラッドの最下層…広大な第一層の地に降り立った。
その眼前に広がっているのは、現実と全く違い無いと良い(違うといえばプレイヤーの頭上に緑のアイコンが見える程度)クリアな視界。地を踏みしめる感覚。握り拳を作る感覚。
その全てが、何ら現実と変わりない世界。そう、ここは‘‘もう一つの現実’’なんだ。自身の意志でアバターを動かし楽しむ…そんな世界。
そう改めて、この世界に魅了されていると…
「レーイっ!」
「ん?…なんだ美弥か。」
「何だとはなによ?ってか本名で呼ぶなー!」
「ハイハイ。」
そうフレンドリーに後ろから声をかけて来たのは、腰近くまで黒髪を靡かせ、俺同様に初期装備の美少女…もとい我が妹、美弥。
美弥…いや、此処ではミリアと名乗るコイツも、俺同様βテスト時代と変わらないアバターを使っているらしい。
まぁ最も、俺達はリアルと違う点を数える方が早い程に、The・ソックリさんレベルに現実と同じ容姿をしているのだが。
現に俺達二人は髪も顔も背も、その全てがポリゴンの合成の為少々補正でキチッとはしているが…お互いにとっては現実でも見慣れた姿だ。
そして唯一違うのは…リアルでは紅い眼が黒い事。
「じゃ、行こっ!まずは武器屋に!」
「お、おい!」
ま、アバターの話はさて置き、俺はミリアに引っ張られて武器屋へと向かう事に。
この世界…ソードアート・オンラインは、武器を用いて敵を倒して楽しむ…というMMORPG(大規模ネットワークオンライン)ゲームだ。
但し、一つ今までとは違う点がある。それは‘‘コントローラーでアバターを動かす’’のではなく、‘‘プレイヤー自身が五感を用いて自ら動かす’’という点だ。
それこそがフルダイブ(完全隔離)を実現したならではのやり方であり、正にナーヴギア様々だ。
で、話を戻すが…本作では前記の通り‘‘武器を使い戦う’’のを主とする。
それは言い方を変えれば‘‘自分の半身’’探しに等しく、防具はいわば服なので割とパッと決まるが、武器は種類も初期とはいえ馬鹿にならない。
その為恐らく全プレイヤー選ぶのに苦戦するであろう中…
「やっぱ…コイツだな。」
「あ、やっぱり?私もコレだね。」
「やっぱりか。」
シシシと笑い合う俺達の手には、俺は片手直剣。ミリアは細剣を、それぞれ二人共に同じ物を両手に装備している。
何故両手?かといえば、単純に技含めた攻撃の幅が広がるから。それに、いざという時に備えての意味あいは無くもないが、明確な理由らしいのなら…ある。
「ふっ!ほっ」
「はっ!やっ!」
「…やっぱり良いな。」
「うん!やっぱり手に馴染むというか…ね?」
「あぁ。」
そう。只単純に、この剣が…片手直剣と細剣というカテゴリーの武器が、お互いの手にとても良く馴染むからだ。
それはけして‘‘βテストを経験したから’’とか、そんなそれっぽい理由じゃない。多分、俺達の‘‘人間としての本能’’が納得したんだ。
だって、この世界の剣士達は全て、自分の手で戦い抜くのを最高の至極としているのだから。もちろん人によっては違うだろうが、少なくとも俺達兄妹はその部類だ。
現に今、軽く振り回したにも関わらず笑いが込み上げて来る程、まるでずっと昔から手にしていた様に使いやすいのだから。
因みに今お互いが買ったのは…
Rei
・ノーマルソード+3 ×2
・レザーコート(黒色)
・レザーズボン(灰色)
Miria
・レイピア+3 ×2
・レザーコート(白色)
・レザースカート(白)
・胸当て
…と、いった具合だ。
因みに欲を言えば黒と白の混じった服が欲しかったのだが…流石に欲張り過ぎと少ない所持金(この世界では 〜コルという単価)にオーバー警告をかけられ、断念した。
おかげ様で、俺達の当初3000あったコルはあっという間に0に限りなく近くなった。無論金欠…いや、コル欠である。
「じゃ、そろそろ行くか?」
「うん!…あ、フレンド交換しない?」
「ん?あぁそうか。ほい」
「はーい!」
そんな暫くの相棒を俺は背中、美弥は腰に鞘を一つ吊ってしまい込み、ピンと立てた右人差指を頭上からバッと振り下ろし、窓(ウィンドウ)を出現させる。
そしてすかさずピッピッとコマンドを入力すると、何も無かったミリアの腰やや上の位置に『Reiからフレンドを申し込まれました。受諾しますか?』と書いてあるであろう可視状態(他人からも見える窓)の窓が出現する。
すかさずミリアは文章の下に表示された○×の内、○の方にサッと触れる。すると役目を終えた窓は音も無く消え、代わりに俺の視界左上に表示された『Rei:HP300』の文字の隣に、フレンド申請成立を表すFのアイコンが点滅する。
「よし。んじゃ次は…」
「うん!私がやるよー」
「了解」
気の抜けた返事を返し、ミリアは俺同様に人差指を振って窓を出現させると、ピッピッと操作をして『Miriaからパーティを申し込まれました。受諾しますか?』の文字をふふんっと勝ち誇った様な笑みを浮かべると同時に出現させる。
そんな仮想世界でも相変わらず喜怒哀楽が豊かな妹に苦笑しつつ、もちろん直ぐさま○をタップ。
すると、俺の視界左上に表記されていたReiの文字の下に『Miria:HP300』と目の前の彼女を表す名前とゲージが出現した。
このSAO世界では、歴代MMORPG同様にパーティ…言わば‘‘共に戦う仲間’’を組む事が出来る。ソレの仕様はゲームにより異なるが、このSAOでは視界左側に上から追加されていく様になっている。
これはどれだけ走ろうが喚こうが目を閉じようが、意識ある限りずっと表示され続ける。良くも悪くも‘‘繋がっている’’という事を認識させる…という狙いでもあるのだろうか?
「よっし!じゃあ行こ行こ!」
「お、おい引っ張るなって!」
「しーらないっ!」
まぁそれを考えるは後にして、俺達は全財産叩いた装備で早速街の外…モンスターがうじゃうじゃいるフィールドへと駆け出すのだった。
☆☆☆
浮遊城アインクラッド。
それは空に浮かぶ、鋼鉄を主とした巨城である。
そんなアインクラッドを、このSAO世界を、俺達が最初に見たのはもう遠い過去となりつつある前世…今から10年前のあの日。
もうあの世界に対して未練は無いが、やはり時々…妙にあの世界が懐かしくなる事がある。ある時、本当に突拍子も無く頭に浮かぶのだ。
それは俺が今、命をかけて戦いに臨んでいるから?
それは今、目の前のmobを切り刻んでいるから?
それは今、Lv.UP!のファンファーレが聞こえるから?
解らない…ワカラナイ…
「……ィ…?」
「俺は…」
「レイ君!」
「っ!」
その思考は、先程合流した玲奈––この世界でもまんまレイナという名前––の一声で理性を保った。
こうも形無き思想で考え込むのは俺自身、初めてかもしれない。
恐怖、嫉妬、異質、哀れみ。そのどれがこのドス黒い感情を指すのか…全くもって解らない。
それは幼馴染みとして転生した彼女ですら、疑問の表情を造らせる程に。
「どうしたの?ボーっとしてたけど…」
「いや…なんでもない。」
「そう?困ってたら言ってよ?」
「解ってる。」
だが、まさか『よく解らない邪な思考に取り憑かれかけた』…などと口に出来る筈もなく。
言ったところで小学生みたいな戯言と思われるのがオチだ。
「しかし…随分と狩ったなぁ…」
「うん。このフィールドの5割位は…ね。」
まぁそんな戯言はさて置き…俺達三人が第一層のフィールドに出てから、もう直ぐ3時間が経過しようとしている。
見渡す限り雄大に広がる草原は、良い昼寝スポットだなぁ…と柄にもなく思ってしまう程、人肌に合った心地良い風を感じる場所。
そんな草原にまた一つ、モンスターがポップした。
フレンジーボア。それが俺の目先5mの位置に出現した猪mobの名前だ。とある国民的ゲームと比べるならばスライム相当の…所謂雑魚キャラに相当する。
で、そんな猪野郎は早速俺を見つけたらしく、雄叫びを上げて突っ込んで来た。
『ブモモォォ!』
「煩いって…の!」
無論、Lv.2のそいつが先程Lv.7を迎えた俺に敵う訳もなく。
突っ込んで来る奴をギリギリまで待って左に躱し、すれ違い様にガラ空きの胴体に切り下げ上げのVの字斬りをお見舞いする。
特に何の変哲もない通常攻撃だが、ザクザクッという音と共にダメージの証として赤いエフェクトが刻まれ、奴のHPゲージはガクンガクンと減少していき…バリンッ!という神経を逆撫でする効果音と共に猪野郎はその身を散らせた。
「流石に猪は見飽きたな…もう何体狩ったか忘れたよ」
「うん。でもあの子は…」
「やぁぁっ!」
『ブモォォ⁉︎』
「次ぃ!はぁぁ!」
「…バーサーカーだな。」
「あはは…」
現在、俺達はフィールドにてひたすら今狩った猪野郎を含め、mob狩りまくっており、その通算は俺達三人を合わせれば冗談抜きで200は狩った(途中からは数えて無いが)。
その為左上に並ぶレベルはぐんぐん上昇し、俺は7。未だにmobを狩りまくってるミリアと、それに苦笑するレイナは6。
その数字は恐らく、現在の全プレイヤー中で一番高いレベルの持ち主だろう。
基本的に、mobを倒した経験値は当然倒した人のものだが、パーティを組んでいる場合は少々異なり『個人』と『均等』という振り分け方が存在する。
意味は読んで字の如くで、個人はソロ(一人のみで戦う人)同様倒した人に全経験値がはいり、均等はパーティの自分以外の誰かが倒してもメンバー全員にピッタリ振り分けられるという仕様。
因みに俺達は『均等』を選択していて、見ての通りmobを狩りまくるミリアや、少なからず闘争心を刺激された俺とレイナも剣を振りmobを全滅させ続けた結果…本来ならソロに比べ安全性はあるが成長が制限される筈の均等割りにも関わらず、β時代の平均レベル3を上回る馬鹿げたレベルに到達しているのだ。
…まぁ取りあえず、今も一心不乱にmobを狩りまくるミリアはこのままだとバーサーカーモードが止まらなそうなので…
「おーいミリアー。そろそろ休憩するぞー」
「あ、うん!」
ひとまず休憩と称して呼び寄せる事にし、俺とレイナもそれぞれの片手剣を鞘に収め、mobが出ない木の根元に腰を下ろす。
やがて遅れて来たミリアもレイピアを鞘に収め、ミリア→レイナ→俺の順に並ぶ。
心なしか鞘を握るミリアの表情は随分とイキイキしている気がする。いや絶対楽しんでるなコイツ。
「嬉しそうだなお前。流石はバーサーカーだ」
「凄い狩りっぷりだったもんねー。貴方…本当女の子?」
「も、もう!二人共からかわないでよ!」
「いやいや…実際半端なかったぞ?殺った数はお前が一番だなこりゃ。」
「う…」
どうやら心当たりはあるようで。まぁとりあえずそんなバーサーカー様な妹弄りはさて置き、俺は改めて…眼前に広がる世界を見つめる。
「凄いよね…これが全部ゲームなんだよ?」
「あぁ…これを考えたあの人は…間違いなく天才だな」
「うん…本当、茅場さん様々だね!」
見渡す限り果てしなく続く草原。夕焼けに染まり始めた空。今、俺達はもう一つの現実にいるんだ。
それはログインした場所…始まりの街でも感じた事だが、この世界を創り出した茅場 晶彦に、俺は全力のありがとうを言いたい気分だ。…例え、彼が大犯罪者となろうとも。
すると、徐にレイナが窓を見ているのが目に入り、
「ん?何してるんだレイナ?」
「あ、これ?ステータスの振り分けだよ。レイ君とミリアはやった?」
「そりゃな。」
「うん。」
ステータスの振り分け。
それはMMORPGはよく見られる機能であり、超簡潔に言えば‘‘自己強化’’。
このステータスの振り分け(以下:ステ振り)をどうするかによって、どんなキャラとして育成していくか。その大体の道筋が決まると言われている(基本、振った数値は振り直しが効かない)。
それはやはりゲームにより表記も結構左右されるが、ザックリ言えば攻撃力・防御力・スピードの三つが主だ。
他にも魔法攻撃力や魔法耐性など挙げれば様々だが、このSAOは世界像がファンタジー寄りにも関わらず、‘‘魔法’’という概念が一切排除されている。
その為、この世界におけるステ振りは=筋力値(重量のある武器を持つ力や攻撃力に作用)と敏捷値(武器を振る速度や足の速さに作用)。この二つを指している。
そして、プレイヤー達はこれを10で考えて筋力値に7。敏捷値に3といった感じの割合いで振り当てる。
因みに、この例は筋力に多く振っている為『筋力型のプレイヤー』と判断がつけられる。最も、ステ振りだけで全ての戦法は決まらないが、大事な過程である事に変わりはない。
そしてその振り分ける為に必要なポイントは、『プレイヤー自身がレベルアップする』か『何らかのサービスでポイントを受け取る』以外に入手する術は基本無い。
で、そんなステ振りを目の前のリアルと変わらぬ白髪の美少女が一所懸命に悩んでいる訳だが…
「う〜どうしようかなぁ…力も捨てがたいけど…速さも捨てがたいし…」
「まぁ…気持ちは解らなくもないな」
「うん。私達の場合はあっさり決まっちゃったけどね」
ご覧の通り中々決まらないらしく、不可視となっているステ振り画面であろう部分をジーッと見つめ、う〜と先程から唸っている。
まぁ時間はたっぷりあるし、今すぐやれとは誰も言わないが…やはり無振りよりかは自分のプレイスタイルを定めておくのが一番良いといえば良いので、いっそ思い切る事も大事なのかもしれない。
「う〜レイ君〜…」
「ったく仕方ない奴だな…じゃあ5:5で割るのはどうだ?」
「5:5?どっちも半々ってコト?」
「あぁ。確かレベル6の時点なら16ポイントある筈だ。どうだ?」
「…うん。じゃあ8ずつ割るって事?」
「あぁ。」
そもそも、何故彼女がこんなにステ振りに悩んでいるかというと、βテスト時代…当時はまだRPG系のゲームをやった事が無かった彼女は、とりあえず力を求め、全てのポイントを筋力値に全振りした脳筋プレイヤーとして戦っていた。
…が。それは言うまでも無く力は有るものの、色々と動きが遅いという事であり、そのせいで何度も死にかけているのだ(その度俺や美弥がフォローしたが)。
そして今悩んでいるのも、危うくにトラウマ成りかけた事から来ているのだろう。
「基本的に、ステ振りは筋力に振るパワータイプか、敏捷に振ってスピードタイプにするかの二択だ。5:5はその中間…所謂バランス型だな。」
「でも、それってやり方次第じゃ凄く中途半端になっちゃうんじゃないの?」
「それはプレイヤーの力量だな。あと、お前がやりたいなら…の話だ。」
「……」
このSAOでは、剣振るのも買い物するのも会話するのも自分自身。どんな人間だろうど、自分が納得のいく方が良いに決まっている。
すると、ステータスであろう部分を見つめて真剣な表情をしていたレイナの指が動き、ピッピッと効果音と共に数回クリックした後、×を押し窓を閉じる。
「決まったか?」
「うん。5:5で振り分けた。あとはプレイヤーの力量…でしょ?」
「あぁ」
まぁ意見やら概念はあるが、何はともあれ、本人が気に入ったならなによりだな…と満足げなレイナを見て思う。
そうして視界右上に表記されているデジタル時計が、丁度17:00に変わった…その時!
「…始まったか。」
「「(コクッ)」」
リンゴーン…リンゴーン…という重低音の鐘の音が、何処からともなく鳴り響く。
それはログインして来たプレイヤー達にとっては疑問符が付くだろうが…俺達は別だ。
「いよいよか…」
「うん…始まっちゃうんだね。」
「えぇ…けど、今更四の五の言うのは無しよ?」
「もちろん!」
やや挑戦気味な態度のレイナに、ミリアは威勢良く声をあげ、俺も無言で頷く。
そして次の瞬間、俺達を眩い光が包んだかと思うと、草原から俺達の姿は消えていた…