Seelen wanderung~とある転生者~ 作:xurons
基本的には零の目線で話が進みます。
ペースは原作準拠ですが、オリ設定を加える事もありますのでご了承下さい。
新たな世界。
それは自分が経験した事の無い世界を指す言葉であり、まだ知らぬ渇望や興奮、その全てが詰まっているものだと俺は思う。
そして今。俺は…奏魔 零は新たなる人生を謳歌している。
「ふぁぁ…おはようお兄ちゃん…」
「おう。おはよう美弥」
埼玉県。それは日本の首都:東京を隣に構える地区であり、現在、俺達奏魔兄妹はその南部に位置する区域、川越市の中心に聳え立つ…レベルでは無いが、しっかりとした構築の2階建ての一軒家に在住している。
で、今の日付は2022年10月31日の午前8時。そよそよと吹く冬風がにぶるっと身を震わせる我が妹、美弥は13歳。
前世もよく使用したものに非常に似ている木製のテーブルの長椅子に腰掛ける俺、零は14歳となっている。
俺は12月25日とギリギリ年内に誕生日だが、一年遅れの美弥は当然大抵の中学校の同級生より一つ歳下である。
「うぅ…寒い…」
「そんな薄着だからだろ…ホレ。」
「ありがと…はぁ〜…あったかぁ〜い…」
シュルトが前世で言っていた様に、俺達兄妹と向かいに住む玲奈––今ではすっかりゲームに夢中––の容姿と名前はそっくりそのまま受け継がれていた。
但し、親は俺達三人両親共に事故で死亡しており、歳は両親を失った10年前(俺は4歳、美弥は2歳の時)からのスタートとなっていた。
更に、俺達を驚かせたのは‘‘記憶と知識も受け継がれていた’’という事実。これにより、俺は4歳ながらパソコンを弄り回せるだけの知識と技術があり、美弥は2歳にして言葉をはっきり話せるなど、十分に二人で暮らしていけるスキルが備わっていた。
もちろん、知識はあっても体が追いつかない事は多々あった為、近所の住民や隣に住む桐ヶ谷家に助けて貰い––大人び過ぎていると疑問を常に保たれていたが––やっと前世に近い年齢まで戻る事が出来た。
そんな訳で今、俺が手渡した毛布に包まり、ホワッと表情が緩みまくったまま床に丸くなっている美弥は近くの公立中学校に。
テーブルに腰掛け、白Ipadでネットニュースを流し見る俺は進学はせず、とある会社組織の一員…元いアルバイトで金を稼ぎ、小遣いと生活費に注ぐ日々を送っている。
そんな新生活も今年早10年を迎え、俺達兄妹は今や埼玉に限らず、全国に‘‘天才兄妹’’として知られていた。無論、俺達は自分が天才などと思った事はないし、威張る気もサラサラない。
だって、ゲームにして例えるならば…俺達は遊んだデータを新たに引き継いだに等しい存在であり(もちろん誰にも話した事は無いが)、‘‘ある部分を除けば’’極々普通の人間なのだから。
まぁそれの事はさて置き…
「美弥、‘‘βテスト’’はどうだった?」
「最っ高!もう超大満足!」
「そうか。でも服には気をつけろよ?今の服じゃ絶対風邪引くから。」
「う…は、はい…」
βテスト。それは正式発売・配信前のソフトに対して投票などでプレイヤーを集め、規定人数でゲームの不具合・不満・不適切などをプレイヤーに身を持ってテストしてもらう事の総称であり、所謂βテスターと呼ばれる人々。
主に大掛かりなゲームなどによく見られるやり方で、かなりの確率で大小様々なβテストのやり口がある。が、基本的にβテスターはプレイヤーに嫌われる。もしくは軽蔑され易い傾向にある。
事前に得た情報を持ち、自分が強くなる事しか考えていない奴が殆どだからだ。寧ろ、その逆を実行する奴を数える方が圧倒的に早いだろう。
「けど良いよねお兄ちゃんは…同世代にゲーム好きがいてさ。私なんかいつも変な眼で見られるのに…」
「そりゃ女として生を受けさせた神様に言わないとな。大体、ゲームをやりたいって言ったのはお前だろ?」
「それはそうだけど…む〜お兄ちゃんの意地悪。」
「褒め言葉として受け取っておくぞ」
美弥の言う通り、あらゆるゲームのプレイヤー比率は今も昔も男性が多くを占めており、男でありながら女キャラでプレイするのは最早当然の事というか…言う方が野暮というレベルだ。
そしてそれはつまり、正真正銘女性の美弥には肩身がかなり狭い状況でもある。実際、以前とあるMMORPGをプレイしていた時、パーティを組んでいた10人内、9人が女としてログインしていた男だった事もあるらしい。
それ以来、女である事を不憫に感じる様になった我が妹は、度々俺に嫉妬と苛立ちの混じったキツイ視線を向けてくる様になったりする。
「まぁ良いけどさ…それより、お兄ちゃん今日は1時まで何してる?」
「家にいる。美弥は?」
「私も。あと軽く筋トレもね」
午後1時。それが‘‘あのゲーム’’の正式稼動時間だ。
俺達が前世を捨ててまでこの来世を選んだ原点であり、今までの人生の集大成でもあるゲーム。名を…
「ソードアート・オンライン…か。」
「ん?何か言った?」
「…なんでもない。」
ソードアート・オンライン。
人類初の現実世界からの完全離脱…フルダイブを実現した世界初のゲームであり、VRMMO(大規模ネットワークオンライン)の代名詞とも呼べる超大作。
既にβテストは行われ、今日の正に午後1時からが正式サービスが開始される。
かく言う俺、美弥、玲奈の三人もβテストに見事当選を果たし、数刻前迄テスターとしてログインしていたりする。勿論、新品のナーヴギアとSAOのソフトは自室にある。
そして今の時刻は午前8時14…いや15分。正式サービスまではまだ時間があり、今はログイン不可の為、今の内に体を鍛えるなり準備をするなりしなければならない。
「よし、んじゃ俺は用意するから、13時に俺の部屋に来い。」
「アイアイサー!」
そうビシッと敬礼する美弥に言い残すと、俺は前世同様相棒の黒いiPhone5を片手に2階階段を登っていき、階段すぐ突き当たりにある自室のドアを開ける。
まず目の前に見えたのは巨大なウィンドウテレビ。壁に張り付かせて設置されたそれは、俺にとっては見慣れたもの。
他にはズラッと左奥の本棚に並べられた参考書。いまどき珍しい木製の机…の上に端末としてもパソコン代わりとしても扱うWindows8が置かれ、後は黒い毛布が端に寄せられたダブルサイズのベッド。それが俺の暮らす第二の自室であり、理想を欲しいままにしている空間だ。
自分でも驚く程髪の毛一つ落ちていないフローリングの床は、俺の部屋に置いてはテレビに次ぐ自慢の一つだ。
そして…
「また…宜しくな。」
ベッドの端。木の台座が付いたそこに、俺があの世界へ旅立つ為の分身…ナーヴギアが静かに置かれている。
それは俺自身の命を危険に晒す事になる血も涙も無い機械の筈なのに、何故か…そうは思えなかった。きっと、いや間違いなくこれから訪れるデスゲームの事態を、まともに受け入れられる人間は少ないだろう。
俺や美弥、玲奈だって、予めそのを知っているから冷静でいられるのだから。
「…また、会いに行くからな。」
そして多分、俺は待ち焦がれていたんだ。
この現実世界(リアル)に存在しない大切なものが、力が、仮想世界なら実現出来る。これを通じ繋がる事になる人間は、確実に増えていくだろう。
だが…それでも、もう構わない。人間は依然好かないが、反面良い部分も沢山知れたから。
「…ひとまず、寝るか…」
そんな驚きと懐かしさがあり…後に殺伐とするであろう死の世界。そんな世界に備え、俺はふっ…と現実から意識を手放した…
「お兄ちゃん!起ーきーて!」
そして、次に意識を浮上させたのは、この喧しさが篭った美弥の声だった。
ん。と適当に相槌を打ちつつ、いつ間に隣に腰掛けていた美弥に眼をやると、既にナーヴギアにカセットを入れ、数刻前までの寝巻きではなく、シンプルなTシャツ長ズボンに身を包んだ正に準備万端!といった美弥の姿があった。
「悪い…ちょっと寝すぎた。今何時だ?」
「12:55分!もう…お兄ちゃんってばぐっすり寝ちゃってるんだもん。」
「悪かったな。つい情報収集に白熱して夜更かししちまって…」
因みにだが、俺はかなり健康的な体質らしく、普段はそれにものを言わせ、『アルバイトに出かける時』か『買い物する時』以外ではあまり外に出ないインドア派である。
もちろん適度に運動はしているし、趣味で近くのプールで水泳をしているお陰か、太った事は今まで無い。
更に言えば、俺のゲームにおける強さは基本的に水泳の恩赦が大きいのだが…今は言わないでおこう。
「よし…じゃあせーのでいくぞ?」
「うん。」
「せーの…ほっ!」
「よっ!」
俺の掛け声に合わせ、遂にナーヴギアを頭に装着する。
この瞬間、もうコレを外す事はゲームをクリアするまで叶わなくなった。外そうものなら速攻…ボンッと脳がチンされるからな。
勿論、念のため外そうと目論む人間への対策として、家は完全に戸締りをしてある。入りたければ、FAXで玄関のパスワードを教える位に、徹底した状態で。
そして…俺達はナーヴギアを刺激しないよう仰向けに寝転がり、13時の時を待つ。
「…いよいよ、だね。」
「あぁ…キャラはβのままだったな?」
「うん。玲奈も和人兄もね。」
ゲームをプレイする時、大抵βテスト時代に造ったキャラを使用出来る場合が多い。
今頃、玲奈も隣に住む桐ヶ谷家の長男であり、お互いにとって数少ない友人である和人も、俺達と同じ様にナーヴギアを被り、その時を待っている筈。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
「なんだ?」
「向こうに着いたら…最初にフレンドになろうね。」
「…あぁ。」
その間にも、チッ…チッ…と時計は動き続け…とうとう12時59分55秒まで時は進んだ。
5秒前…4…3…2…1…!
「「リンク・スタート!!」」
俺のテノールと美弥のソプラノ。二つの声が今、仮想世界へ続く魔法の言葉を唱え、同時に長い長い…リアルへの別れを告げた–––。