ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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37.喝破

 急ぎ迫るセイバーに、転移で割って入る愛歌、キアラを囲む両者。

 ――しかし、遅い。

 既にキアラは臥藤門司を捉えていた。

 トラッシュ&クラッシュは主観の能力だ。

 遠くから手のひらに包むことで巨大な構造物すら圧縮するそれは、即ち使用者の意識が発動の条件を満たすのである。

 

 手のひらを広げ、誰かを捉えたと“認識した上で”握りつぶすことで効果を発揮する。

 パッションリップとの決戦において愛歌はセイバーにリップは戦場を圧縮できないと言った。

 確かにそれはその通り、けれども、実際のところこの能力は対象の選択が可能なのだ。

 

 故に既にキアラに捉えられていた臥藤門司は既に回避など意味を成さない。

 ――まな板の上の鯉、それを脱出するには、それこそスキルを起動させる一瞬で、使用者の視界から脱出しなくてはならない。

 

 この状況で、また臥藤門司にそれは不可能だ。

 

 故に、あっけなく門司はゴミデータへと変えられ、この騒乱は収まる――はずだった。

 

「――な」

 

 唖然とするキアラ。

 それは、その状況を見ていたセイバーとて変わらない。

 

 

 ――そう、臥藤門司は健在であった、彼の周囲を、無数の魔力が空間を淀ませながら溢れでている。

 

 

 強引に処理を遅らせたのだ。

 出現した壁のような魔力流が、少しずつ押しつぶされているのが解る。

 

「……バカな、ただの魔力の塊ではこの権能を防げません。とすれば一体どういう――!」

 

 そこまで口で紡いで、――キアラはハッと目を見開く。

 気がついたのだ――光を帯びている。

 

 臥藤門司の手のひらが、明らかに異常なほど、光を放っている。

 

 そう、普通の方法ではキアラの――リップのトラッシュ&クラッシュは防げない。

 何か特別な、そう、奇跡のような何かが必要だ。

 

 奇跡、――であれば、もはや考えるまでもないだろう。

 

 

「……まさか、令呪か!」

 

 

 セイバーが驚愕を持って理解する。

 

 不可能を可能にする奇跡の産物。

 月の聖杯より全マスターに三画のみ与えられた奇跡のための剣。

 それはサーヴァントという、本来の奇跡の体現者が存在せずとも、健在であった。

 

「…………」

 

 愛歌は、振り返ることなくキアラと正面から向き合っている。

 あくまで意識を離すまいと。

 

 ――それを肯定するように、愛歌の背後で二度、三度、何かが光る。

 臥藤門司のものであった――つまり、彼は自身が持っていた三画の令呪を全て使用したのだ。

 

「く……役に立たないものですね。まるで所有者そのもののよう――ですが、そうであればもう、この力に用はありませんわ。そも、その男など、私にとって歯牙にかける価値もないのですから」

 

「…………ぬぅ」

 

 即座に冷静さを取り戻したという様子のキアラに、対照的に苦しげなのは門司の方だ。

 無理もない、令呪で軽減されているとはいえ、今彼は自身を圧縮する重圧に、全霊を持って耐えているのだから。

 

 その両者の様子は対照的であるように見えた。

 

 だが、違うのだ。

 

 決定的に――違うのだ。

 

 

「――――それは、どうかな?」

 

 

「――なんですって? ……………………な、ぁ」

 

 ――気がついた。

 気がついてしまった。

 殺生院キアラは自身に生じた異常を自覚する。

 おかしい、明らかにおかしい。

 

 

 ――――キアラの身体が、動かない。

 

 

「……なるほどね」

 

 即座に、それを愛歌が理解する。

 ――状況が状況故に、未だキアラは理解が追い付いていないが、そうでなくとも、こと知識の把握に関して、キアラが愛歌に敵うどおりなどない。

 愛歌は全知に至る神――未だ人の身なるキアラとは、基礎のスペックが圧倒的に違うのだ。

 

「どういう、ことです……っ!」

 

 ――キアラの顔が悔しげに歪む、敗北感故か――それは、果たして一体誰に?

 

「貴方、リップをその身に取り込んだのね。けれども、その強さはサーヴァントに及ぶほどではない。これは矛盾よ、完全にリップを自分のものにしていたのなら、そんなことはありえない」

 

 ――図星だ。

 もちろん、そんなことは少し考えれば解ること、だからそれに反応はしない。

 問題は――そこから導き出せる解答だ。

 

「まさか……」

 

 この事実をつきつけられて、ようやくキアラも理解する。

 

「要するに、全てを取り込んだのではなく、貴方はリップを使いやすい道具に改造した。だから自身の能力に何の変化もない、貴方にあるのはそこのキャスターの補助だけでしょうね」

 

 それでも、十分他者にとっては脅威であろう。

 だが、ことこの状況に至って、それに大きな意味は無い。

 

「本質は、リップが道具である、という点ね。要するにリモコンよ。貴方はリモコンを操作して、リップという機械に命令を送っているに過ぎない。……その無様な姿は、リモコンを可視化しなかった弊害ね」

 

 そう、だから動けない。

 

「――貴方の命令に従い、貴方の身体と融合したリップという機械は、その身体を使って全力で命令を実行している」

 

「……ぐ」

 

 そう、そういうことだ。

 処理が追いついていない――本来であれば一瞬で終わり、戦闘に何の支障も出さないはずのそれが、こうして令呪により抵抗されたことで変質している。

 ここが電脳世界であることが、何よりもキアラにとって致命的と言えた。

 

 どれだけ現実的な空間であろうと、それを構成する全ては、結局のところデータでしかないのだ。

 

「でも、貴方も貴方よ、無茶をする――を通り越して、死に急いでいる。そうまでして、この女を滅ぼしたかったの?」

 

 そこでようやく、愛歌はチラリと臥藤門司に視線を向けた。

 そう――令呪によりキアラは身動きが取れないが、それと引き換えに、門司は自身の死を確定させた。

 

 身動きが取れないのは門司も同様なのだ。

 しかも、令呪は今も刻一刻とその耐久力を落としている。

 これでは、そのうち限界を迎えてしまう。

 

 加えてここは電脳世界、今からキアラを殺したとしても、実際に死亡するまでに時間差が生まれる。

 その時間差の間も、処理は続行されるのだ。

 門司を救うには、圧倒的に時間が足りない。

 

 故に、愛歌は呆れとともに問いかけた。

 これで本当に良かったのか、と。

 それほどまでにこの女が憎いのか――と。

 

「――いいや、そんなことはないさ。確かに此奴は魔性菩薩、あらゆるものを破滅に導く。だがな、それゆえに此奴は、本来得るべきあらゆるものを、滅ぼさなくてはならんのだ」

 

「……あらゆるもの?」

 

「文字通りだ。考えても見ろ、どれほどの異常者だろうと、ただ普通に暮らす分には、人並みの幸福が与えられて然るべきだと思わんか?」

 

 門司は朗々と語る。

 自身の死を目の前にしながら、その男の瞳には、死に対する葛藤すら存在しない。

 ただ、自分が死ぬのだということを、当然のように受け入れている。

 

 まるで――

 

「だが、そうはならなかった。力あるものは、などとは言わん、それは力なき者の勝手な冀望(きぼう)だ。だからな、そう、それはただ単に、少しだけ――何かがずれてしまっただけなのだ」

 

 

 ――――世界の全ては、ボタンがひとつだけ掛け違えられたがためだと、言わんばかりに。

 

 

 臥藤門司は笑う。

 仕方がなさそうに、バツが悪そうに、申し訳無さそうに。

 

 ただ、“間が悪かった”だけなのだ、と。

 

「――巫山戯ないでくださいまし!」

 

 それに猛るのは、愛歌でもセイバーでもない、当の本人、殺生院キアラだ。

 

「私のどこが可哀想だと? 哀れだと? それは貴方が施しを与えることの出来る人間であるが故の、勝手な思い込みでございます。私はあらゆるものを愛し、全てを飲み干すことができるのですわ」

 

 だから――

 

 

「だから、欲しているのだろう? 何も手に入らないが故に、渇望してるのだろう?」

 

 

「――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!」

 

 ――――その言葉に、殺生院キアラはついに絶叫した。

 もはや、それはただ吠えるだけ、理性を失った獣と同義であった。

 

 臥藤門司は、それ以上キアラに言葉をかけることはしなかった。

 それで満足だとか、もう手がつけられないだとか、そういうことではない。

 もうここまでだと――そう認識したのだ。

 

「なぁ……お主、沙条愛歌といったか」

 

 故に、彼は愛歌へと意識を向ける。

 少しだけ意外そうに、愛歌は臥藤門司へ振り返る。

 

「こちらに振り返るな、望むなら、そのまま目の前の女に引導を渡してやれ。それに、別に長く言葉を告げるわけではない。もう、この壁も持たんだろう」

 

「……」

 

 何かを考えこむように、愛歌は再び門司から背を向ける。

 言葉はない、――けれども、故に彼女はそれを“拒絶していない”ということであった。

 

「――奏者よ」

 

「えぇ、そうね」

 

 これは千載一遇の好機だ。

 このタイミングを逃せば――間違いなく、殺生院キアラは穿てなくなる。

 

「――――聞け。小生が告げたいのはただヒトコトだ」

 

 セイバーと愛歌が構え、そして同時、

 

「――そこまでだ。これ以上の静観は望めん」

 

 アンデルセンが姿を見せる。

 同時、彼の手のひらに現れる分厚い本。

 あれが彼の宝具か、もしくは礼装か。

 

「遅い――っ!」

 

 けれども、既にセイバーは駆けていた。

 この程度ならば想定済みだ。

 

 ――迫る刃、既にアンデルセンは捕捉されていた。

 

「く、己……!」

 

 苦々しげに、切り裂かれる青髪の少年。

 ――急所を外す。

 ありえない、一太刀でセイバーはアンデルセンを屠った。

 

 そして。

 

「――――ようやく、掴まえた」

 

「……沙条愛歌っ」

 

 キアラの憎々しげな顔。

 もはや、それは愛歌にすら向けていた。

 

「これで終わり。終わりにしてあげる」

 

「や、め――――」

 

 

 伸びる手のひら、毒花は、かくして淫魔をその手につかむ。

 

 

「――――見失うな」

 

 

 更に。

 男の声がする。

 臥藤門司が、沙条愛歌へ声をかける。

 

 まるで、これから先、迷い、戸惑い、生きてゆく――幼い少女を激励するように。

 

 

「絶対に、見失うでないぞ」

 

 

 ――愛歌は、それに応えない。

 

「――――が、ぁ、が……っ」

 

 呻く、キアラの声。

 その顔は、もはや苦悶以外のものはない。

 

 

「消えなさい――――地獄のそこに置いてきた、私の悪夢!」

 

 

 毒花は、そうしてキアラを包み、かくして。

 

 

 戦いは終わり、後には愛歌とセイバー、二人だけが残された。

 

 

 ◆

 

 

「――そうですか」

 

 報告を聞き終えたレオの言葉は、少しだけ重々しいものだった。

 衝撃を隠し切れない。

 ――殺生院キアラのこともそうだ。

 だが、それよりも、“臥藤門司が消えた”ということの方が、衝撃である。

 

 キアラに関して言えば、彼女は特級の危険人物だ。

 これまで多くの益を与えてくれたが、それでも警戒を怠って良い人物ではない。

 

「正直、何を言えばいいのかっていうのが実際よね。……まぁ、あのとんでも破戒僧が、実際とんでもだったってだけなんだけど」

 

「そうですね、彼の存在は、決して我々にとって無駄とはならないでしょう」

 

 凛の言葉にラニは同意して頷く。

 

「問題があるとすれば……彼女が担っていた障壁へのダイブですね」

 

 ――あえて、一つ上げるとすればそれはキアラのことだ。

 サクラ迷宮の攻略、それにはキアラの力が必要不可欠である。

 とすれば、キアラがこうして離脱した以上、それは何らかの方法で代替しなくてはならないだろう。

 

「それに関しては問題無いと思うわ。あの女、私の目の前で術式を使っていたもの」

 

「……なるほど、解析したのですか」

 

 愛歌の言葉に、合点が言ったとレオが答える。

 

「うっそ、殺生院キアラって言えば、魔術師としては正直最高峰――化け物の一個上って奴よ? 私だってアイツの術式の解析なんて絶対無理。……まぁ、愛歌なら何も可笑しくはないけど」

 

 そんなもの、と言ってしまえばそんなものかも知れない。

 ともかく、これならば何も問題はないだろう。

 

「…………どうやら、光明は見えたようです。モンジ・ガトーのことは残念ではあります、けれども、我々はそれで止まっていられるほど愚かではない」

 

 レオは、そう言って締めくくりに入る。

 

「――記憶、というピースが手に入り、ようやく我々は大きな前進を見た。ですからミスサジョウ、今日はゆっくりと休んで――――」

 

 

「――――チョットイイカナ?」

 

 

 そこに、引き戸が開け放たれて、乱入者が現れる。

 ――ランルーくんだ。

 

「どうしたのですか?」

 

 桜が代表して問いかける。

 

「ウンチョットネ」

 

 それに、ランルーくんは頷いて。

 ――なぜだか、その顔は少しだけ困ったようにしている。

 

 誰もが、それを少しだけ不思議に思いながら、続く爆弾に――目を見開くこととなる。

 

 

「ジナコチャンガドコニモイナインダ……コノ旧校舎ノドコニモ」

 

 

 ――――かくして、戦いは、さらなるステージへと進むこととなる。




 月の裏側三回戦、愛歌ちゃんEXの章の中でも最長になりましたが、いかがだったでしょう。
 原因はどう考えても魔性菩薩のせい。
 というわけで菩薩さんは割りと噛ませみたいな感じで退場しました。よかった、これで解決ですね。
 今回のこれは、簡単に言えば原作のIFとして「もしも実際にキアラとガトーが会話をしたら」というものが根底にあります。
 二次創作の醍醐味ですね。

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