ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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22.パズルバトル

 ――来た、とラニは身構える。

 ――さて、と愛歌は身体をかしげる。

 

 互いに、この膠着状態が崩れたことを自覚した。

 愛歌自身の手によって、周囲に浮かぶ爆弾の一つが派手にぶれて、消え去った。

 即座にラニはコードキャストを発動し、消えた爆弾の分を補充しようとする。

 一秒に数十個が現れる。

 けれどもそれを物ともせず、愛歌は更に前に出た。

 

 手に触れて、爆弾をかき消し、しかし隙間は生まれない。

 

「如何いたしましたか? 徒労を繰り返すなど、貴方らしくないようにも思えますが」

 

「そっちこそ、口数が多いわ。――貴方らしくないのではなくて?」

 

 カウンターのように言葉を返され、思わずラニは口をつむぐ。

 軽口で牽制している場合ではない。

 愛歌は、さらなる一手に移る。

 

 飛び上がる――空間転移で、爆弾の上を行こうというのか。

 

 だが甘い、ならばそこに更に爆弾を増やすだけ。

 

「芸がないですね、ミス沙条、貴方の策はそれでおしまいですか?」

 

「そんなわけないでしょう? こういうのはね」

 

 すっと――その足が爆弾へと向けられる。

 ステップを踏むように、球体のそれを“踏みつける”のだ。

 

「――派手に盛り上がってからが本番よ」

 

 爆発より早く、爆弾がかき消される。

 ――コードキャスト、間違いない、手のひらの毒と同じものだ。

 

「普段なら足技なんて使わないし、手のひらで触れるのが最も効率がいい、けれどこうして、空中で散歩するなら、別に手を使わなくてもいいでしょう?」

 

「これは……」

 

 まずい、とは思うまい。

 消されるのなら、その倍の数、爆弾を出現させれば問題ないだけのこと。

 とすれば何が問題かと言われれば、このまま愛歌が適確に幾つかの爆弾を消去して、その隙間からこちらに近づいてくること。

 

 愛歌はいくつもの爆弾を適確に消去して、隙間を作る。

 元より一箇所に数はばらまいていない。

 パズルのようなものだ。

 しっかりと消しゴムをかけてしまえば、人が通るだけの道は生まれる。

 

 愛歌は空中で踊りながら、足と手を存分に振り回し、空中を切り開いて駆け抜ける。

 正確には連続で転移し移動しているのだろうが、その分捉えにくく、厄介だ。

 

 とすれば――

 

「無駄はカット、常に最大効率でなければなりません。とすればもう、見えている地雷原など無用の長物」

 

 言葉と共に、ラニは愛歌の周りの爆弾を消滅させる。

 そこで愛歌はそれをチャンスとは思わない、近づいたところで、決着は付けられない。

 ここまでは――全て彼女の想定通りなのだから。

 

 よって、愛歌は空中を揺蕩いながらダンスを続ける。

 ゆっくりと愛歌はラニへと迫り――しかし。

 

 

 突如出現した“檻”に行く手を阻まれた。

 

 

 檻、檻である。

 鉄の塊で構成されたそれ、だが異質であるのは、その檻が“球体の連なり”によって完成されていること。

 つまり、

 ――爆弾を、檻の形で出現させた。

 

 空間転移、否――それよりも先に爆発させる。

 この爆弾は受動的な地雷ではない、最初から起爆態勢に入った、正真正銘の攻撃兵器だ――!

 

「――――っ」

 

 愛歌の瞳が、そして口元が、何かを零そうとして――

 

 巻き込まれた。

 一瞬にして、愛歌の身体が爆発に覆われた。

 

 

 ――だが、

 

 

 ラニは油断しない。

 自身の周囲を覆う爆弾。油断なく周囲を見渡し、異質な存在の有無を確認する。

 

 爆発の煙はラニ自身をも覆っていた。

 それでも、数メートルの視界は問題なく確保されている。

 そこに、沙条愛歌の姿はない。

 

 やった――とは思わない。

 相手の空間転移のほうが早かった可能性は十分にある。

 ようはアレが必殺の手段の一つ出会っただけの話で、まだこちらの万策は尽きていない。

 くるなら何処からでもくるがいい。

 その全てに、ラニは対応してみせる。

 

 

「――お見事、こっちを完全に誘い込んだ手腕、褒めて讃えるべきね」

 

 

 煙に覆われた視界の奥から、愛歌の言葉が聞こえてくる。

 少し、遠い。

 明らかにこの煙の中にはいないだろう。

 

「お褒めに預かり光栄です。でしたらどうぞ、もう少しこちらで、貴方のその表情を見せてください。私としては、それを褒美に望みます」

 

 ふふ、とラニの返答に愛歌は笑んだ。

 何がおかしい、何を笑う――解らない、元より、こういう手合いは得体のしれないことが何よりの強み。

 

「えぇ、そうしたいのはやまやまなのだけど――ごめんなさいね。かわりに、いいことを教えてあげる」

 

 ――ふと、違和感が自分を襲う。

 何だ、この少女は一体何を言っている――?

 

「こういう時、この称賛は一体どのように呼ばれるかしっていて? まだ、私と貴方の決着はついていない――つまり、私は過程を褒めているの」

 

 そう、重ねてつまり、と少女は続ける。

 煙の向こうからは、声だけが聞こえる――無機質な声。

 称賛は確かに本音だろう、ウソを付くような少女ではない。

 

 とすれば、そこには――

 

 

「――――これはね、“敢闘賞”と、そう呼ばれる類のものなのよ」

 

 

 直後、ラニの意識は闇に包まれた。

 ――――あっという間に、自分が周囲を認識しているという自覚を、失った。

 

 

 ◆

 

 

 ――愛歌の戦術は簡単だ。

 手のひらの災禍を思い切り相手に浴びせつける。

 殺しはしない、せいぜい酸素を奪い意識を剥奪するだけ。

 撃破後、戦力となりうる人材なのだから、当然だ。

 

 では、その手法はいかなるものか。

 コレ自体はさしておかしなものではなく――あの時、ラニの周囲を覆っていたのは“手のひらの災禍”に侵された、ラニの爆弾の爆風だった。

 そもそも災禍には、あらゆる障害を燃やし尽くすという特性がある。

 これは災害の概念、地獄の災禍そのものだ。

 

 しかし、それと比べて、災禍には“対人への攻撃能力”が低い。

 せいぜい酸素を奪い、思考と運動能力を低下させるだけ。

 どれだけ燃やそうとしても、やけど一つ付けられない。

 

 その本質は、他者の造り出した物体に干渉することにこそ、ある。

 本来であればそれは物質を融かし尽くすことになるわけだが、それが炎と親和性の高いものであればどうか。

 それこそ煙のように、炎には必ず付き物になるほどであれば――?

 答えは簡単、その煙を飲み込み変質させる。

 

 そして変質させても、ラニは気が付けないのだ。

 自分に対する爆発の影響を無効化しているから。

 爆発が変化を見せても、解らない。

 その上、変質させられた“酸素を奪う”という効果だけをダイレクトに受けてしまう。

 

 愛歌の用意したラインは二つ。

 まず、体全体を使い隙間を作り、ラニの懐へと潜り込むこと。

 ここから分岐し、一つは直接炎を叩き込む。

 もしくは遠くから炎を叩き込む、だ。

 どちらにせよ“炎を爆弾が無視する”ことが判明した時点からコレは既定路線であり、後はそれをいかに実行するかを分岐させるだけのこと。

 爆弾を介して炎を察知できない以上、視界を爆風で抑えてしまえば、ラニは炎を察知する手段を失うのであった。

 

 爆弾の檻に関しては、問題はない、想定していたのだから、想定していたとおりに回避しただけのこと。

 どれだけ早く起爆しようとも、既にその時点で空間転移の準備を終えてしまえば事足りる。

 

 かくして、マスター対マスター、このムーンセルにおいて初めて愛歌が経験した対決は、ここで幕を閉じることとなる。

 

 ――残るはセイバー対ランサー。

 こちらも、もう既に決着がつこうかという所であった。

 

 

 ◆

 

 

 セイバーとランサー。

 両名の実力に殻をつける場合、“ほぼ同格”という結論に落ち着く。

 実力においても、小手先の技術においても。

 

 スペックとしての比較は今更語るべきこともさほどないが、であればこれまでの戦闘から比べてみることとしよう。

 

 まず第一戦、ランルーくんをマスターとしたランサーを、セイバーは“愛歌と共に”撃破している。

 強敵ではあったが、最後まで不利に陥ること無く、トドメの一撃まで持ち越している。

 それはランルーくんによって阻止されたが、それがなければあのまま何事も無くセイバーが勝利していただろう。

 

 そして第二戦、遠坂凛をマスターとして、こちらもほぼ二対二の状態で戦闘を行い、勝利している。

 ここでは凛の役割が主従間の中では大きかっただろう。

 綱渡りではあったものの、一時はランサーが優勢を得て、トドメの一撃をさしにかかっていた。

 結局それはセイバーによって防がれたが、もしもアレが決まっていたら、どうなっていたか。

 

 どちらにせよ、判断するには愛歌と凛、そしてランルーくん。

 “マスターの存在”というものがウェイトとして大きすぎる。

 特にセイバーはサーヴァントとしては超一級とは呼べない強さであり、それを愛歌というハイスペックなマスターで補っている。

 基本的には優勝候補の一角と見られてはいたが、マスターが違っていればセイバーではそう見られなかっただろう。

 

 逆に、カルナという大英霊がこの戦争には参加しているが、マスターがあれでは、果たしてダークホースと見られていたかも疑問である。

 余談では在るのだが。

 

 ともあれ、セイバーとランサー、両者の実力をハッキリ白黒つけるには、この一戦を経なくてはならない。

 それでもここまで完全に互角で勝負を進めている以上、勝率自体はほぼ五分五分であるのだろうが――

 

 ここでいう強さは、勝負強さ、――勝機を惹き寄せる、意地の強さにこそ、あるのだ。

 

 

 ――戦局の終幕は、意外なほどあっけなく訪れる。

 

 

 変化を見せたのはセイバーであった。

 ――ここまで、あまりに濃密であるためか、セイバーもランサーも焦れている。

 互いにどれだけ天才で、どれだけ本能が戦闘を支えていても、癇癪持ちの少女であることに変わりはない。

 

 であればその均衡はどこで崩れるか、どちらが崩すか――崩したのはセイバーである。

 その理由は単純な話、より能動的に動くのがセイバーで、受動的であるのがランサー――生前得てきた、気質の違いだ。

 

 元より、ランサーがあくまで守勢からの切り返しに勝機を見ていたという点も大いにあるが。

 ともかく、セイバーは一度ランサーから距離を取る。

 これだけ接近し、攻撃の乱舞が続いている状況で逃げの一手など、完全に悪手もいいろこと。

 危険な賭けであり、あからさまな罠――それに、ランサーは当然乗って行く。

 

 ランサー自体、この状況に無意識で焦れているのは変わらない。

 ただそれに対して行動を起こす意思がなかっただけのこと。

 

 互いの口元には笑み。

 ――解っている、どちらにせよ、ここで決着をつける。

 その意志は明白に互いに対して伝えられた。

 

 かくして飛び退るセイバーを追うランサー。

 選択したのは、一直線に会いてめがけて跳びかかり槍を突き刺すこと。

 遠慮などありえない、スル必要がない――相手は後方に下がる以上、こちらよりも遅いのだ。

 それなら、全速力で駆け抜けて――――

 

 

「――一撃で殺してあげるゥ!」

 

 

 それが、最も効率的なのだから。

 一直線に走り、一目散に敵めがけ、遠慮などない――相手はセイバー、ここで仕留めて、これまでの屈辱を全て拭う。

 

 ――――きっと。

 

「なぁランサーよ」

 

 じれていたのは、どちらもだ。

 けれども焦っていたのは――ランサーの方だ。

 勝利を渇望していたが故、敗北を恐れていたが故。

 

 跡がないことを知っていたほうが、より焦燥にかられた。

 

「余と貴様は、似ているようで随分と違う。乙女であった貴様と、皇帝であった余。本来であれば、余は貴様を手折る人間だ」

 

 ――愛でて、手折って、そして放り捨てる。

 わがまま勝手に、切り落とす。

 

「そのような強引さは、貴様には似合わんな。正気を失った憐れな娘であろうと、それでも本来の貴様はもう少しだけ楚々としているはずだ。――うむ、貴様にその焦りは似合わない」

 

 と少しだけ苦笑するように嘆息して見せる。

 

「そのアイドル、というのも……貴様には似合っているようで――どこか違うのだよ。決定的に、そぐわない。アイドルとは誰かのためのもの――自分勝手な貴様は、もう少しだけ誰のためでもない自分になるべきだった」

 

 ――――が、あ、と。

 

 

 血が漏れた、だれでもない、セイバーから。

 

 

 けれども、ランサーは嗤ってはいなかった。

 セイバーの言葉を不快そうに、顔を顰めながら聞いている。

 両者はすでに動かない、決着はここに、決していた。

 

 後少しだけ、ランサーが冷静であれば、気がついていたはずだ。

 後一歩だけ、ランサーが遅ければ、こうなることはなかったはずだ。

 

 

 ――――セイバーが敢えて攻撃を受けるために誘ったのだと、気がつけたはずだ。

 

 

 そう、今、ランサーの胸元には剣が突き刺されている。

 回避できないタイミングで、回避できぬよう一撃を敢えて受けたセイバーの、カウンター。

 

「二度も……三度も……!」

 

「そうさな、――だがはっきりしたぞ。余は貴様には負けぬ」

 

 歯ぎしりをするランサーに、きっちりとセイバーは言葉を告げる。

 

 迷いなく、勝者故の瞳で持って。

 

 

「余の言葉が理解できぬ限り、永遠にな――――」

 

 

 それをふざけるなとランサーは無言の形相で語る。

 けっきせまる顔で、故にセイバーの言葉を理解する間もなく――

 

 

 ――ランサーは、再び月から姿を消すのであった。


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