ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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19.ドウケイ

 ――初めて眼にした時から、どこか意識を奪われていた。

 どうでもいい相手、けれども絶対に警戒しなければいけない相手。

 ――それが、自分にとっての彼女だった。

 

 馴れ合うなど絶対にありえず、最終的には敵対を避けられない相手。

 

 ――そんな相手に、果たして自分は一体どうしたというのだろう。

 普段であれば絶対に考えないようなことを、考えてしまっていた。

 

 それはいわゆる感情のゆらぎと呼ぶべきもので、本来であれば自分には不要なものだ。

 つまり――要らないものを、自分は望んで手にしてしまったことになる。

 わけがわからない。

 ――自分はホムンクルス、言ってしまえば人形だ。

 人形に人間性は必要ない。

 人間らしさをトレースし、それらしく振る舞っていればいいだけ。

 

 だれも、人形に感情など求めていない。

 

 そう考えて、わかってしまった。

 あぁそうか――つまるところ、彼女も自分と同じように人間らしくない、ということか。

 

 同族、というわけである。

 正確には同類、なのだけれど。

 

 そんな相手だ。

 当然、ある種の親近感を覚えてしまう。

 同郷の好というか――言うなれば、有名人が自分の地元出身であることを喜ぶような、そんな感覚。

 

 まったくもって非効率極まりないが、自分はそれを最終的に肯定してしまった。

 怖ろしいことに、“そのとおりだ”と、論理的な結論を与えてしまったのである。

 

 だから――あの時は本当に羨ましかった。

 月の表、聖杯戦争の三回戦目。

 

 決戦場に自分と“彼女”を遮るようにその人は現れた。

 目的は単純、自分の自爆に巻き込まれる彼女を助けるため。

 

 さながら、姫を救う王子のような、そんな英雄譚じみた行動だった。

 本当にそれがどうしようもなく――自分にとって羨ましいことであったか、きっと助けられた本人は絶対にわからないのだ。

 

 その介入の結果、助かったのは自分のほうで、あの人が助けた“彼女”は、聖杯に願う資格がなくなってしまったのだとしても。

 自分があちらに立っていれば、一体どれほど素晴らしかっただろうと、そう思わずには居られない。

 

 ――本来、幸運なのは自分のほうだ。

 自分は論理的に考えて、そのことに安堵しなくてはならない。

 だけれど、

 

 けれど、

 

 それでも――

 

 

 ――――ラニ=Ⅷは、沙条愛歌に救われなかったことが、悔しくてならないのだ。

 

 

 ◆

 

 

「――ほう、チェスですか。よろしい、その提案乗りましょう」

 

 とは、愛歌の持ちだしたチェスを、ラニが了承した言葉であった。

 サクラ迷宮六階、ラニの迷宮三層目。

 

 自身の壁の前にてラニは一人立ち尽くしていた。

 迷宮に突入すれば、居ないわけはないのだ。

 誰だって、自分の心のなかは覗かれたくない。

 そこで、衛士(センチネル)として愛歌達の前に立ちはだかる、わけなのだが――

 

 どうにも、今回のラニは強固であった。

 頑なにこちらの言葉を否定して、自身の感情を明かそうとしない。

 

 それではどうやったって本人からSGを取り出せはしないのだが。

 また、ラニは迷宮を探索することを自由として認めた。

 かくして円を描くように作られた迷宮を一周し、しかし見つかったのはチェスボードだけ。

 そこで、愛歌はふとそのチェス盤をラニへ見せたわけだが。

 

 何やらチェス対決が始まることになった。

 

「これでも、こうしたゲームにはそれなりの自負がありますので」

 

 負けるわけにはいかにと、ラニは言う。

 ふぅん、と愛歌は興味なさげにそれを聞く。

 実際、どうだっていいのだ正直な所。

 これを見せればラニは反応を見せるかと、そう考えただけのこと。

 結果こうしてラニはこちらの誘いに乗ったわけだが――

 

「……このゲーム、何が面白いのかしら」

 

 特に誰に聞かれることもなく、ぽつりとつぶやく。

 

「これ、そういうことをこのような場でいうものではない」

 

 と、セイバーは咎めるが、かといって他に誰かが聞いていたわけではない。

 鼻を鳴らして、目の前の状況の推移を見守る。

 

『ほう、つまり――この場の誰であっても、貴方は勝利してみせると?』

 

「肯定します。私はこのゲームにおいて、敗北するということはありえません」

 

 ――どうやら、ラニが生徒会の面々に対して強気な宣戦布告をしてみせたようだ。

 必ず勝つ、最強である、と。

 

「――ただし」

 

 と、そこでその視線が愛歌へと向けられた。

 何事か、怪訝な表情を思わず返す。

 

「ミス沙条、彼女は除きます」

 

『――ちょっと? 誰にだって勝てるんなら、愛歌にだって勝てるんじゃないの?』

 

「無茶を言わないでください、彼女の知能はそれこそ神の域、私でなくとも、勝てません」

 

 ――最低でも、英雄の王くらいは連れてこないと。

 と、ラニの談。

 

「私もこのゲーム、そんなに好みじゃないのよね。お好きにどうぞ、としか言えないわ」

 

 しかし、その愛歌本人がやる気を示さないのだ。

 外野がどうこう言える問題ではない。

 

 ――結局、その後。

 セイバーを始めとして生徒会の面々が挑み、果ては外野の臥藤門司や間桐慎二も出張ったが、結果は敗北。

 それぞれの内容には差はあるものの、概ねラニの完勝と言って良いものだった。

 

 その間愛歌はひたすらぼんやりとそんなラニと生徒会の様子を眺めていた。

 途中、ゲームを行う回線にハッキングをかけ、様子を見ていたようであるが、それも直ぐにやめてしまう。

 モニターを消した後の、退屈そうなあくびが、何より彼女の感情を表していた。

 

「それにしても――」

 

 と、そんな愛歌にセイバーが問いかける。

 愛歌は、セイバーにすら胡乱な眼を向けている。

 とはいえ拒否はしなかった、退屈を紛らわすことが第一だと、そう判断したのだろう。

 

「――なにゆえ奏者はあのゲームを拒むのだ?」

 

「チェスだけじゃなく、どちらか片方に絶対的な有利が絡むゲームというのは苦手なの。どうやったって“勝ってしまう”から。ダメね、アレだけ情報が解りやすすぎると、相手の手が簡単に読めてしまう」

 

 ――後は、ソレに対応して、最善手を選び続けるだけ。

 作業なのだ、そこに思考ゲームとしての面白みなどまったくもってありはしない。

 まだラニの反応を観察して、SGを予想スルほうが建設的か。

 

 と、言ってそこに、慎二の悔しげな声が響く。

 互いの実力差を認識しているのか、みっともなく喚くようなことはしなかった。

 

「そういえば――昔シンジとやった思考ゲーム、アレは面白かったわね。一見ロジカルなようでいて、全く論理的ではないルールなの。私が勝ったけど、あれなら私もシンジに負けてしまうかもね」

 

 必ずそこにランダム性が絡むのだと。

 そういうゲームは、どれだけ突き詰めても確定勝利とは行かない。

 とすれば、そこで愛歌と誰かの“ゲーム”が成立するのだ。

 

「やっぱり、遊びってのは面白くなくちゃね」

 

 徹底的な合理主義でありながら、時にはその合理から外れる無駄を楽しむ。

 これはそんな愛歌の性格がよく現れた言葉であった。

 

 

『――――ま、そういうわけッスから、つまりアンタはただ勝ちたいだけ、弱者相手に無双したいだけってことッスねー!』

 

 

 ふと、事態が動いたようだった。

 この声は、愛歌は全く知らないが――ジナコ・カリギリのもので間違いはない。

 そういえば彼女はまだラニにゲームを挑んでいなかった。

 

 それが、どういうわけかラニの急所を指摘している。

 ジナコ曰く“最強厨”。

 そのSGを、たった今彼女が詳らかにしようとしているのだ。

 一体何がどうしたというのか、愛歌には様子が一切つかめない。

 

 少なくとも解るのは、ラニが。

 あれほど機械的で人形的であったラニ=Ⅷが、歯をむき出しにして怒っている。

 ジナコ・カリギリに向けて己が怒気を放出しているということ。

 

「むぅ、何だかよくわからないが奏者よ、チャンスだぞ!」

 

「……え、えぇ。まったくどういうわけなのか解らないけれど、もらえるものはもらっておきましょう」

 

 言って、愛歌はラニの真正面に転移する。

 それをラニは、驚愕をもって目を見開いた。

 

「な、何でしょうミス沙条、まさかまた私の秘密を。許せません……このような辱め、断じて」

 

「――あら? おかしな事を言うのね。貴方、一つ目のSGを抜かれても、二つ目を暴かれても、全く動揺していなかったじゃない」

 

 ――前者も後者も、理解に苦しむという表情で愛歌を見ていた。

 自分のことには、何一つ頓着していないようにすら思えた。

 そう考えると、愛歌からしてみてもこれは少し意外である。

 

『――あー、そりゃそッスよ。だって今のラニさんって、一番見られたくない部分を、見られたくない人に見られてるんスから。どーしたって羞恥心が湧いてきますよねぇ』

 

 人形にだって、感情くらいはある。

 笑いもするし驚きもする、喩えそれがその人形の操り手の意思であっても。

 少なくともラニに至っては人形ではなく、人とは違う経緯をもって生まれただけの、人間なのだ。

 

「……どういうことだ?」

 

 ――しかし、それをこの場において理解できるのはジナコだけのようだ。

 正確にはランルーくんや臥藤門司であれば把握できるかもしれないが、言語化しても逆に他の誰かの理解が遠くなるだけだろう。

 

『んー、まぁアレっすよ、ラニさんっとその人って、超似てるんすよね。こう、人間らしくないところが』

 

 人間らしくない。

 化け物じみている、人形じみている。

 ――そんな所を揺さぶられて、目に見えてラニの瞳が揺れた。

 

「やめなさいジナコ・カリギリ――そうまでして私を貶めたいのですか! アレほどの屈辱を与えてくれた貴方が、よりにもよって」

 

『――別に、そんなことはないッスよ』

 

 先ほど、ジナコはラニのSGを煽りに煽って、煽りまくっていた。

 結果としてそれは形となったわけだが、――今のジナコの口調は、明らかに煽りを入れているときとは違っていた。

 

 おどけた仮面でかくしてはいても、それはきっと、本音なのだろう。

 

『っていうか当然じゃないッスか。似てるのは事実でしょ? ジナコさんはそう思うッスよ。あ、この人違うなって、わかっちゃうッス。――ラニさんも、それはそうだった』

 

 そして、覚えたのだ。

 敵意でも、憎悪でも、嫌悪でもない。

 ごくごく純粋で、前向きな感情を。

 

『――羨ましい。あの人は私と似ている、でも、あの人の方がずっと優れている。だから、羨ましい。そうッスよね? 違うとは言わせないッス』

 

 ジナコさんには全部お見通しなんスよー、と通信越しの呑気な声。

 けれどもそれが――笑いを失って静かなトーンへと変わる。

 

『……そういうのって、やりきれないッス。届かないのが解ってるから、“どうかもっと素晴らしい存在でいて欲しい”。そんなこと、思っちゃうんスよねぇ』

 

 でなければ、私は貴方を嫌いになってしまう。

 幻滅するということは、それだけ“好きだった”ということだ。

 失望する、というのも同じこと。

 

 ――ラニは失望した。

 臥藤門司を助けるという無駄を、愛歌が好き好んでやったことを。

 彼女はもっと合理的で、バケモノみたいな人なのだ。

 そうではくてはならない、だって彼女が“すごく”なければ、ソレ以下の自分は一体どうなってしまうのだ?

 

『結局のところ、ラニさんの思ってることって、そういうことッス。まぁでも安心していいッスよ。その人、ラニさんの期待には添えないかもしれないッスけど、やっぱりとんでもない怪物ッスから』

 

 かくして――ジナコ・カリギリは、ラニ=Ⅷの心の底に合ったものを引きずりだした。

 それは、セイバーや凛、そしてレオからしてみれば思っても見ないことだった。

 ユリウスにしてもどうだろう――きっと、ユリウスは思ったとしても折り合いをつけてしまうだろう。

 まぁ、それはそうだろう、と。

 決して諦めではなく、あくまで納得という、強い思いでもって、

 

 本来であれば、ラニもまたそうだった。

 自分で自分を納得させ、理解させ、折り合いを付けさせるのは十分できるはずだった。

 

 ただ少しだけ、人の感情に彼女が疎かった、だけのこと。

 

 だから、それを聞いてラニは、

 

「――あぁ、なるほど」

 

 

 ごくごく、自然な表情で笑うのだ。

 

 

「……感謝しましょう、ジナコ・カリギリ。貴方のしたことを忘れたとはいいません。ですが、コレに免じてチャラということで」

 

『別にどうでもいいんスけどねぇー、ラニさんがどう思おうと、煽れるならボクは煽るだけッスから』

 

「――よろしい。ではミス沙条。私はここらへんで然らばごめんとさせて頂きたく思います」

 

 ジナコとの会話を終えて、ラニは愛歌へと意識を移す。

 ――愛歌は、何かを考えているようだった。

 けれどもそれを一度振り払い、笑みと共に応えてみせる。

 

「解ったわ、とすると――」

 

 ――ラニの胸元ではSGの光が淡く光を帯びて揺らめいている。

 それが、ゆっくりと愛歌の手元ヘ収まるのだ。

 その熱を、愛歌はふと手のひらに感じる。

 

 

「そうですね、――――お待ちしています。私の心の一番奥で」

 

 

 言葉と共に、ラニは姿を消したのであった。

 

 これで、ラニの迷宮第三層は終了する。

 

 後にはランサーと、そしてラニとの決着をつけるのみ。


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