ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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11.心底の情

 ――凛にとってそうであるように。

 

 ――愛歌にとってもそうであるように。

 

 音もなく、それこそ常の愛歌のように、ふわりと“水の上へ降り立つように”指先から愛歌とセイバーは着地する。

 そこは紛れも無く、表のムーンセルにおける決戦場と呼べる場所だろう。

 

 但し違うのは、それが“遠坂凛の心の最深部”であるということ。

 ムーンセルが用意した幾つもの死の舞台ではない。

 ただひとつ、紛れも無く本物の心の行く末。

 

 そして――そこに行き着く愛歌とセイバーの、その姿。

 

「――来たわね、お姉さま……じゃなくて、愛歌」

 

 真正面から凛は愛歌を見る。

 これまで何度か見てきたそれは、黒を基調としたセーラー姿。

 愛歌の衣服としてはある種異様で、けれども――それでもなお彼女の容姿に合致している。

 まぁ当然か、愛歌が洋服を“着ている”立場なのだから、何を来ても似合うとは、そういうことだ。

 

 あいも変わらずの支配力。

 ここに来た時点で――凛の心の終着点であるはずのこの決戦場は、愛歌の気配に染められる。

 さもありなん、ただ居るだけで人を呑むのだ。

 

「おはよう、こんにちわ、それともさようならが良いかしら。いえ、どれでもいいけれど――来てあげたわ、凛」

 

 そう、愛歌の口元はこのようにさえずる。

 謳うことを当然として、吟じることを必然として。

 あるがままに、振る舞ってみせるのだ。

 とすればその根源は簡単、支配、それはすでに愛歌が見せたとおり。

 

「どう、やるの?」

 

 凛はそんな愛歌を促してみせる。

 それは決して、このままこの場を彼女に支配されていてはまずいという危機感ではなく。

 また、自身に流れを引き寄せることで戦闘を優位にするめようなどという打算でもない。

 

 ――ただあるがまま、常通りに愛歌へ問いかけたのだ。

 

「それもいいけれど、それはいつだって出来るのよ。ここに来てしまえば、もうわたしは逃げられない。貴方は迎え撃つ他ない。だったら、それより前にするべきことがあるでしょう」

 

「まさか、糾弾? それとも尋問? 一体全体、何がどうなって私が愛歌と敵対しているか。そんなこと、貴方まさか気にしているの?」

 

 挑発するように、凛は言葉を選ぶ。

 それはどれもが目的意識、言い換えれば思惑あってのものだ。

 愛歌に、人らしい狙いや思考があるというのか?

 ――答えをわかった上で、あえて凛は問いかけている。

 

「それこそまさか。そんなはず無いじゃない。なんでそんなことを言うのかしら、心外だわ」

 

「ならいいの。血迷って同情でもされたらどうしようかと思ったわ。そういうわけで、あまりそういう有意義な話はしたくないの、無駄話くらいなら付き合うわ」

 

 ――というよりも、凛としてはこの場で聞きたいことがある。

 “この場でしか”聞けないことがある。

 単純に、殺し合いを行う極限状態だからではない。

 凛が素直に心を曝け出せる今でないと、それは聞けないのだ。

 

「といっても、こっちが聞きたいことは一つだけ。――ねぇ愛歌」

 

 髪を一度かきあげて、それから改めて少女を見る。

 瞳はどこか優しげで、無表情で見つめ返す瞳は、それに対して冷たいものを返してはいなかった。

 

「……貴方、少し変わった?」

 

 きょとん、愛歌は顔色を変えること無く首を傾げる。

 ふわふわとした曖昧な物言いは、凛らしくない。

 

「何を、と言われても困るんだけど、――その服もそう、似合っているけど、なんだか貴方らしくなくもある」

 

 似合っているけれど、らしくない。

 ――それは、凛の言うとおりに変化と呼ぶものであろうか。

 正しく形容することは難しいが、ともあれ。

 

「どうかしら。そんなつもりはないけれど……」

 

「――奏者は常に変わっておると思うぞ、リン。それはまた、決して悪い変化でも無かろう」

 

 ううむ、と悩む愛歌のかわりに答えたのは思いもよらぬ横槍。

 セイバーであった。

 

「へぇ、解るの?」

 

「うむそうさな、とは言えそれを説明するとなると難しくなる」

 

 意外そうに、それは凛の問いかけであるが、セイバーを見た愛歌もまた不思議そうに問いかけていた。

 不思議と自分に絶大な信頼を寄せるサーヴァント。

 それが“知っている”という。

 

「そうさな、一言であらわすならば還っている……と言ったところか」

 

「還る……? 何を言っているの?」

 

「ほら、奏者ですらわからないだろう。コレばかりは感覚ゆえな、言語化使用とした場合人類外の言語が必要になるぞ」

 

 ――それほどか、セイバーの確信をもった物言いは、疑う余地を持たせない。

 きっと間違いなく、“事実”ではあるのだろう。

 ただ、その事実が不可思議滅裂なだけで。

 

「――――ねぇ」

 

 そこへ、それまで沈黙していたランサーが口を開く。

 

「何で私にわからないことばかり話をするのかしら。別にマスター同士の会話ならどうでもいいけど、サーヴァントまで入り込むなら話は別よ! 蚊帳の外にしないでくれる!?」

 

「あんた愛歌のことろくに知りもしないでしょうに」

 

 はぁ、と嘆息混じりに凛がつぶやく。

 それでも、とランサーは唸った。

 

「私を中心に回らない世の中なんてクソよクソ! まぁいいわ、話が行き詰まりそうなのはなんとなく解るもの、もうアイツ、殺してもいいのよね!」

 

 ――ビ、とセイバーを指さし、ランサーは宣言する。

 

「――――まぁ、そうね」

 

 凛はふぅ、とそこでひとつ大きく息を吐いた。

 意識をそれでスイッチし、更には自身の気配すらも矛先へと変える。

 ――もはや、会話などという余地は、遠坂凛から吐き出された。

 

 そんなものは心の贅肉――などという“思考”すら、今の彼女には不要であるのだ。

 

 セイバーは、思わず息を呑んだ。

 意識を切り替える手腕だけでなく、何よりもその胆力に、相手はあの沙条愛歌だ。

 自分は死を覚悟して愛歌を貶すことはあるが、他者がそれをやることはない。

 ましてや、決死の覚悟をこれほど容易く抱くなど――

 

 遠坂凛もまた、愛歌と同類、常人ではないということだ。

 

 

「殺す気でやらなくちゃ…………勝ち目なんて、ないでしょね」

 

 

 愛歌はそれに返答をせず、指先だけでセイバーに指示した。

 ――戦闘開始の合図である。

 

 

 ◆

 

 

 ――セイバーが駆け、ランサーが構えた。

 両者の対戦はこれで二度目、過去の小競り合いは除くが、この月の聖杯戦争でそれは貴重なことといえるだろう。

 

 負ければ死、故に一度きりのその機会、二度目があるというだけでも奇跡の類。

 ――月の裏側は、それだけイレギュラーな場所といえる。

 

「ッハァ――!」

 

 掛け声と共に一閃、セイバーの縦一文字。

 思わず見惚れるほどのフォームは、セイバーの剣の技量を示す。

 たとえそれが一時的なものであれ――やはりそこは才能、皇帝特権の強みと言える。

 

 高速の剣舞が振り乱れる。

 ランサーはそれを二度、三度往なし、最後に大きく切り払うように相手の剣を吹き飛ばす。

 剣が後方へ流れた。

 真正面はがら空きだ、そこをランサーは狙うのである。

 

「死になさい――!」

 

 突き出される高速の槍は、しかしセイバーを捉えない。

 セイバーの身体が回転したのだ。

 飛ばされた剣の勢いを自身に載せて、ステップを踏むように横へ一つずれる。

 槍の突出が背を這って、直後遠心力にまかせた横薙ぎがランサーを襲う。

 

「甘いぞ、ランサー!」

 

 回避不可、この間合では、後ろに下がろうが間に合わない。

 ――しかし、ランサーは笑みを浮かべたままだ。

 

「甘いのは――」

 

 言葉とともに一瞬身体をかがめたランサーは、即座に上方へ飛び上がる。

 通常であればそれは無茶な回避だ。

 身体の態勢も整えられず、そのまま地面に墜落するのが関の山。

 しかし、ランサーの背には巨大な翼が備えられている。

 

 たった一度、翼を震わせるだけで、その身体は宙にて停止した。

 地に向けられた頭を撫でるように剣が通り過ぎ、ランサーは再び槍を構えた。

 

「――どちらかしらねぇ!」

 

 完全に真上からの刺突。

 ただでさえ無防備な上空から、さらにガードするには態勢の辛い真上からの一撃。

 コレもまた――不可避の必殺。

 

 とはいえ、対処が不可能かといえば、それは否、ランサー自身ここで決着が付くとは微塵も考えてはいない。

 

 さて、とすれば選択肢はいくつかあるが――セイバーと愛歌はそのうちひとつを選択する。

 狙いは単純、ここで攻撃の種類を変更し、相手を惑わす。

 つまるところ――

 

「あら、そうかしら――」

 

 ――――沙条愛歌が戦場へと躍り出たのだ。

 迫る槍を、何気なく身体を逸らして交わし、更にその手のひらをランサーへと向ける。

 身体がほぼ触れるような距離、回避はランサーと言えど難しく、ランサーはつきだした槍でその手のひらを弾こうとした。

 

 それに押されるように――しかしランサーに一切触れた感触はなく――愛歌の身体は回転し、後方へ退避しようとするセイバーを追う。

 ゆっくりと飛び上がると同時、転移。

 目と鼻の先に現れた。

 

「近寄るんじゃないわよ!」

 

 激昂と共に、そこを槍が襲う、しかしスカ。

 回避された。

 愛歌は転移で槍を放ったランサーの後方へ移る。

 吹き飛ぶようにランサーの身体はそのまま愛歌から離れた。

 

 その後も、愛歌は幾度となくランサーに迫り、しかしその手のひらがランサーを捉えることはない。

 逆にランサーもまた愛歌を串刺しにできず、さながら落ち葉を相手するかのように愛歌を追い払い続けた。

 

 ――そこに、

 

「――――ランサー! 後ろ!」

 

 凛の忠言、ランサーも同時に気配を感じ取り、

 

「わかってるわよ!」

 

 言葉とともに、斬りかかるセイバーの剣を回避する。

 ――受け止めるという選択はない、それはあまりに愛歌へ選択肢を与えすぎる。

 どうあっても絡め取られることになる、詰みへの一手だ。

 

 飛び上がり、縦に回転しながら愛歌たちから距離をとる。

 それは愛歌には何の意味もなくとも、セイバーにまで意味が無いということはない。

 戦場を変化させながら、ランサーは自身の思考――本能――をフル回転させる。

 

 現状、ランサーは表の聖杯戦争ほどのスペックを引き出すことができていない。

 それもこれも凛が魔力供給を渋るのが問題だ。

 ――実際はランサーが血を絞り過ぎたことに原因があるが、彼女はそれを一切考慮しない。

 ともあれ、その状況で――どうやら相手もスペックダウンしているようだが――愛歌とセイバーを相手取るのは無謀というもの。

 

 であれば、いかにすべきか。

 答えは単純、自身の長所を見失わないことだ。

 相手よりも優っている点でのみ常に勝負をしていれば、たとえ他が劣っていたとしても、勝つのは絶対に優れた部分を行使したもの。

 

 幸い敏捷ステータスはAランクのまま、相手と同速でランサーは戦えている。

 少なくとも“これ”だけはランサーの利点のままなのだ。

 故に、ランサーに求められているのは常に速度を絶やさないこと、相手に自身を捉えさせないこと。

 

 一度でも捕まれば終わる。

 ――一度でも、臆し、その速度を鈍らせれば、後はない。

 

 それに何より、自分の背には翼がある。

 竜の翼――異形のそれは、愛歌ですら完全な飛行が敵わない以上、ランサーの絶対的な利点でありつづける。

 

 故にランサーは飛び、そして駆けまわった。

 セイバーはそれを追い、愛歌がランサーの行く手を阻む。

 それでも、愛歌をなぎ払い、そしてセイバーの剣をいなす。

 ランサーの周辺を無数の刃と火花が散った。

 金属同士の金切り声はやがて、戦場全てを支配する。

 

 翼を折りたたみ、その場に着地、身体を振るい、槍を横薙ぎにする。

 完全な円を描いたそれは、愛歌とセイバーの剣を同時に払う。

 

「――――何よ、この程度!? まったくもって拍子抜けよね! これで私を一度屠った!? 冗談か何かでしょう!?」

 

 自身を鼓舞する意味も込めての咆哮。

 ニィ、それをセイバーは不敵な笑みで返した。

 口は開かずとも、解る――まったくもって、口の減らないセイバーだ。

 

 愛歌は無言、セイバーの後ろに転移して、凛とランサーを剣呑な瞳で見やる。

 殺意も、敵意もない――ただ、死を想像するような不吉な瞳。

 それを気にした様子もなくランサーは槍を構え直し。

 

 

「――きばりなさい、ここからよランサー!」

 

 

 凛の言葉を背に受ける。

 

「誰に言っているのかしらね、リン!」

 

 それに再び雄叫びで返し、ランサーはセイバーへと躍りかかる。

 ――戦闘は、更に激化へと誘われていく。


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