ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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10.ランルーくんが見てる

 愛歌の言葉は、セイバーを、そしてランサーをも差し止めた。

 気圧された、というわけでもないが、そこで愛歌が口を開いたのだ、止めざるを得ない程度に愛歌を知っているのが、セイバーでありランサーでもあった。

 

 それでも、あくまで刹那のことであった。

 一拍も持たずにセイバーの口元が大きく開かれる、怒りは収められ、それは今焦りに近い形で愛歌に向けている。

 ――抑えているのだ、言わずとも、それは愛歌にすら理解できた。

 

「……奏者ッ!」

 

 やがて口火を切る。

 あくまで、それは愛歌を咎めるというよりも制するというようなもの。

 

 対する愛歌も、それで引くということはありえないのだ。

 

「別に止めないけれど、その前にやることがあるの。だから、待ちなさい」

 

 ――SGを回収していない。

 愛歌はそう眼で語る。

 まだ、愛歌達は本来の役割を果たしていない。

 

「…………うむ」

 

 それならば、妥協は可能、止まることは十分できる。

 セイバーは多少思考に沈んで、それから了解と告げた。

 

 それを見て、愛歌はゆっくりと凛の元へと近寄る。

 す――と歩を進め、両者の距離は十歩ほど。

 決して遠からず、また近からず。

 

 そうして、愛歌は本当に何の気負いも躊躇いもなく、言い切った。

 

 

「――――凛、あなた、わたしのモノになりなさい」

 

 

 ん……? と、セイバー、そしてランサーが小首をかしげた。

 

「――奏者よ、何を言っているのだ?」

 

「うん? あら、別になんということはないのよ、凛が困っているなら、助けなくちゃね友達だもの」

 

 言いながら、一歩、愛歌は足を前に踏み出す。

 凛は、ポカンとしながらも、それを拒むこと無く、けれども近づくこともしない。

 

「支配してあげる、そう言ってるの」

 

 ――支配、愛歌のその言葉でセイバーは、おおよそようやく理解が及ぶ。

 

「……支配?」

 

 凛はと言えば、愛歌の一言が余程衝撃的だったのだろう、情けない顔はそのままに、今度は愛歌を見つめている。

 

「貴方の全てをわたしが正しく使ってあげる。貴方の魔術も、貴方の知力も、貴方の容姿も、何もかも、清く正しく、誇らせて上げる」

 

「あ――」

 

 愛歌は、凛に力を“貸させる”と言っているのだ。

 言い方を変えれば、“助けを求めている”。

 

 それを、この場に置いて――凛の三番目のSGに、最も則した言い方で語りかけている。

 

 そうなれば、どうか。

 凛の顔は、トロンと緩む。

 

「ふふ、ふふふ、もう、何を言ってるのよ愛歌ってば……私は私のモノなのよ、貴方のモノにはなれないの」

 

 言いながら、しかしまんざらでもない。

 テンプレーション的な反応もなく、それはまさしく“無償の愛”。

 

「……ちょっと! いきなり何を言い出しているのかしら。貴方、私の下僕(おもちゃ)に何を吹聴しているの? 言って解らないのなら、痛い目見ないとわからないかしら」

 

「――黙りなさい」

 

 震えた。

 ランサーの身体が、端から見て解るほどに震えた。

 愛歌の瞳も、その挙動も、どれもこれもが殺意に芽生え――けれどもどこか仰々しい。

 

 意図してランサーにそれをぶつけているのだ。

 愛歌特有の漏れ出る狂気ではなく、演出された舞台上の殺気。

 

 それに、ランサーは呑まれてしまった。

 一瞬であっても、まるで愛歌の舞台の中に取り込まれてしまったかのような、感覚だった。

 

(――奏者め、自身の狂気の扱いが手慣れてきていないか)

 

 愛歌のそれはむき出しの牙であったはずだ。

 彼女の意図を読み取り、尚且つおおよその推移を予測できたセイバーはもはや呆れ顔だ。

 サーヴァントすら威圧されるほどの愛歌の存在を、研ぎ澄まされた刃と化されたのである。

 これを脅威と言わず何であろう。

 

 そして何より、こんなことをされてランサーはいかなる反応を見せるか。

 

「……ふっざけんじゃないわよ! 私が貴方にどうして臆さなくちゃ行けないの!? 正しいのは私だっていうのに!」

 

 ――激昂。

 無理もない、舞台の主役、アイドルなるものに懸想を始めたランサーが、その舞台を乗っ取られたのなら、怒りを覚えるのは当然だ。

 プライドを刺激された、ということだろう。

 

「――リン、命令してあげる。私に奉仕なさい。永遠に私の奴隷となって、私のために尽くすのよ。そのためなら、貴方に私の全てを預けて上げる――!」

 

 意識しての言葉ではないだろう。

 けれども、ランサーのそれは愛歌の言葉の対極だった。

 

 愛歌は利用すると凛を誘った。

 ランサーは預けると凛へ謳った。

 

「――…………」

 

 凛は、ただ沈黙してそのどちらもを見やった。

 

 その眼は、どうにも迷いがあるように見える。

 愛歌か、そしてランサーか。

 そこに至って、しかし――セイバーは全く意識を向けていなかった。

 

 簡単だ。

 疑っていない、勝者は愛歌だ。

 

 ――なぜなら、

 

 

「……もう、しょうが無いわね、愛歌は」

 

 

 “ランサーと凛では、全てを預けるには関係が浅すぎる”。

 

 愛歌と凛は、疑いようもなく友人同士だ。

 どちらもそれを否定しないし、合意が形成されたこともある。

 故に、ランサーではどうやっても、愛歌と凛の関係を崩せない。

 

「な――」

 

「諦めよランサー、そも“奏者に敵うものなどいやしない”のだから、当然だ」

 

 とはいえ、行き着くところは結局そこだ。

 愛歌は凛を知っている、そうでなくとも――少なくとも、ランサーよりは人心掌握に長けている。

 ランサーには“カリスマ”のスキルがあって、しかもそれは女性に対して大きく効果を発揮して。

 

 それでもなお、愛歌には敵わないのだ。

 何もおかしなことがあろう、ここは現代、ランサーのいた時代ではない。

 故に、ランサーにはなにもないのだ。

 カリスマを支えていた権威も、背景も。

 

 “何もかもが愛歌に劣っている”。

 

 この現代に限っては、愛歌は世界全てを敵に回してもなお健在な災害である。

 対して、ランサーは過去から呼び出された単なる投影でしかない。

 

「――そういうわけだから、凛、ほら、立ちなさい。そんな顔は貴方らしくないわ」

 

 情けない顔――隷属されることを望む願望。

 それは、まったくもって“凛らしくない”、それでも持つ凛の禁忌(タブー)

 その深淵を、愛歌はそっと拭うのだ。

 

 別に意味があったわけではない、ただ似合わないと思ったからそうしただけだ。

 それでも、その行動は凛にとって救いであった。

 

「もう、愛歌ってば――」

 

 ゆっくりと立ち上がり、そっと顔をそらし頬を赤らめながらぽつりとつぶやき、

 

「そうそう」

 

 途中で、愛歌によって遮られた。

 ん? とセイバーが小首を傾げる。

 今更何か、言い出す必要があるというのか。

 

 考えていると、愛歌は、

 

「貴方はわたしに隷属したの。わたしは貴方を支配した。だとすれば、愛歌という呼び方は相応しくないわ」

 

 ――それは、この月の裏側で始めて凛と再開した時、“沙条さん”と呼ばれた時に見せた愛歌の反応と、矛盾した。

 少しだけ残念そうに見えたのだが、アレはセイバーの見間違いであっただろうか。

 

 今の愛歌は、どうにも愛らしく――嬉しそうに、実に嬉しそうに笑んでいる。

 それはいつもの狂ったものではなく、本当に子供らしい歳相応のもので、

 

 ためらうこと無く、愛歌は告げた。

 

 

「――――私のことは、“お姉さま”と呼びなさい、いいわね?」

 

 

 ――――――――完全な、個人的趣味を押し付けた。

 

 あぁ、とセイバーは納得した。

 そういえばこの愛歌という少女、かなりのお姉ちゃん子だった。

 姉という存在に、強烈なあこがれを抱くくらい。

 

 そして、その言葉に呼応するように、というよりも、それを祝福するかのように。

 青白い夜桜の花びらが凛の胸元から溢れ、舞う。

 

「あ――」

 

 凛の頬は、その青白い光をかき消すほどに朱に染め上げられる。

 それはセイバーからしてみれば初心過ぎるほどに初心な反応で――

 

「……はい、お姉さま」

 

 酔いしれた凛の光が愛歌へと至ると同時、ゆっくりと凛の身体は透けていく。

 

 三つ目のSG――おそらく、この状況にあてはめて言うならば、“隷属願望”。

 凛の持つ、ある種の弱みにして、禁忌。

 けれどもそれを恥じらう乙女というのは、なかなかどうして乙なものだ。

 乙女だけに。

 

 ――そんな益対もないことをセイバーは考えながら、事の行く末を見守る。

 愛歌はゆっくりと凛の頬に手を添える。

 まだ少女としての域を出ない柔らかな幼子の手、見ているだけで美しいととろけるのならば、その肌触りはいかほどか。

 それでは行けないと首を振り、雑念を追い払う。

 せっかく愛歌が“記憶はなく”そしてセイバーを“それなりに信頼している”この状況、愉しまなければ損というもの。

 

 そんなセイバーの意識をよそに、話は終幕を迎えようとしている。

 

「――ねぇ、凛。わたしは貴方を友達だって思っているわ。別にそれは、こうして貴方を支配しても同じこと。いえまぁ、今はともかく貴方全てが支配なんて認めはしないでしょうけど」

 

「……お姉さま」

 

 ――お姉さま、だなんて呼ばれるたびに嬉しそうな気配を振りまきながら、愛歌は続ける。

 

「そういうわけだから、一度本気でぶつかってみましょう。貴方とわたしは敵同士なのだし、その不和の解消も兼ねて、ね?」

 

 愛歌は“この先”の事を言っているのだろう。

 見上げるは、凛の後方に見える巨大なレリーフ。

 高層ビルほどのそれは、今も崩れ去ること無く鎮座している。

 

 これから自分たちは、あの中に入り込むのだ、と。

 

「セイバーも、いろいろとあっちの槍使いに言いたいことはあるのでしょうし、ね」

 

「……え? 私?」

 

 ――と、そこでもうレリーフの中に帰ろうとしていたランサーが振り返り足を止める。

 暇になってこの場を去ろうとしたのだ。

 凛の取り合いで負けたのもあるが、この場にいる意味を感じられなく鳴ったのだろう。

 

「ふん、そういうわけなら待ってるわ、来なさい子リスとその家畜!」

 

 言い捨てて、ランサーはレリーフへと溶けていった。

 そうは言うものの、この場にいるのに飽きたのか、盛大なあくびを最後に残して。

 

「そういうわけよ――だから、助けてあげる。待ってなさい、凛」

 

「――――うん、待ってるわ」

 

 隷属し、支配され、そんな不可思議な状況であるものの、ともあれ。

 ――戦闘の開始はここに決定づけられた。

 

 

「……なんだかシュールな絵面な気がするのは気のせいか?」

 

 

 そんな、セイバーの身も蓋もない発言を、後にして。

 ――凛は、レリーフの中へと還っていった。




 どうしてこうなった。(主に予定になかったセイバーとランサーの修羅場に対して)

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