ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
愛歌の言葉は、セイバーを、そしてランサーをも差し止めた。
気圧された、というわけでもないが、そこで愛歌が口を開いたのだ、止めざるを得ない程度に愛歌を知っているのが、セイバーでありランサーでもあった。
それでも、あくまで刹那のことであった。
一拍も持たずにセイバーの口元が大きく開かれる、怒りは収められ、それは今焦りに近い形で愛歌に向けている。
――抑えているのだ、言わずとも、それは愛歌にすら理解できた。
「……奏者ッ!」
やがて口火を切る。
あくまで、それは愛歌を咎めるというよりも制するというようなもの。
対する愛歌も、それで引くということはありえないのだ。
「別に止めないけれど、その前にやることがあるの。だから、待ちなさい」
――SGを回収していない。
愛歌はそう眼で語る。
まだ、愛歌達は本来の役割を果たしていない。
「…………うむ」
それならば、妥協は可能、止まることは十分できる。
セイバーは多少思考に沈んで、それから了解と告げた。
それを見て、愛歌はゆっくりと凛の元へと近寄る。
す――と歩を進め、両者の距離は十歩ほど。
決して遠からず、また近からず。
そうして、愛歌は本当に何の気負いも躊躇いもなく、言い切った。
「――――凛、あなた、わたしのモノになりなさい」
ん……? と、セイバー、そしてランサーが小首をかしげた。
「――奏者よ、何を言っているのだ?」
「うん? あら、別になんということはないのよ、凛が困っているなら、助けなくちゃね友達だもの」
言いながら、一歩、愛歌は足を前に踏み出す。
凛は、ポカンとしながらも、それを拒むこと無く、けれども近づくこともしない。
「支配してあげる、そう言ってるの」
――支配、愛歌のその言葉でセイバーは、おおよそようやく理解が及ぶ。
「……支配?」
凛はと言えば、愛歌の一言が余程衝撃的だったのだろう、情けない顔はそのままに、今度は愛歌を見つめている。
「貴方の全てをわたしが正しく使ってあげる。貴方の魔術も、貴方の知力も、貴方の容姿も、何もかも、清く正しく、誇らせて上げる」
「あ――」
愛歌は、凛に力を“貸させる”と言っているのだ。
言い方を変えれば、“助けを求めている”。
それを、この場に置いて――凛の三番目のSGに、最も則した言い方で語りかけている。
そうなれば、どうか。
凛の顔は、トロンと緩む。
「ふふ、ふふふ、もう、何を言ってるのよ愛歌ってば……私は私のモノなのよ、貴方のモノにはなれないの」
言いながら、しかしまんざらでもない。
テンプレーション的な反応もなく、それはまさしく“無償の愛”。
「……ちょっと! いきなり何を言い出しているのかしら。貴方、私の
「――黙りなさい」
震えた。
ランサーの身体が、端から見て解るほどに震えた。
愛歌の瞳も、その挙動も、どれもこれもが殺意に芽生え――けれどもどこか仰々しい。
意図してランサーにそれをぶつけているのだ。
愛歌特有の漏れ出る狂気ではなく、演出された舞台上の殺気。
それに、ランサーは呑まれてしまった。
一瞬であっても、まるで愛歌の舞台の中に取り込まれてしまったかのような、感覚だった。
(――奏者め、自身の狂気の扱いが手慣れてきていないか)
愛歌のそれはむき出しの牙であったはずだ。
彼女の意図を読み取り、尚且つおおよその推移を予測できたセイバーはもはや呆れ顔だ。
サーヴァントすら威圧されるほどの愛歌の存在を、研ぎ澄まされた刃と化されたのである。
これを脅威と言わず何であろう。
そして何より、こんなことをされてランサーはいかなる反応を見せるか。
「……ふっざけんじゃないわよ! 私が貴方にどうして臆さなくちゃ行けないの!? 正しいのは私だっていうのに!」
――激昂。
無理もない、舞台の主役、アイドルなるものに懸想を始めたランサーが、その舞台を乗っ取られたのなら、怒りを覚えるのは当然だ。
プライドを刺激された、ということだろう。
「――リン、命令してあげる。私に奉仕なさい。永遠に私の奴隷となって、私のために尽くすのよ。そのためなら、貴方に私の全てを預けて上げる――!」
意識しての言葉ではないだろう。
けれども、ランサーのそれは愛歌の言葉の対極だった。
愛歌は利用すると凛を誘った。
ランサーは預けると凛へ謳った。
「――…………」
凛は、ただ沈黙してそのどちらもを見やった。
その眼は、どうにも迷いがあるように見える。
愛歌か、そしてランサーか。
そこに至って、しかし――セイバーは全く意識を向けていなかった。
簡単だ。
疑っていない、勝者は愛歌だ。
――なぜなら、
「……もう、しょうが無いわね、愛歌は」
“ランサーと凛では、全てを預けるには関係が浅すぎる”。
愛歌と凛は、疑いようもなく友人同士だ。
どちらもそれを否定しないし、合意が形成されたこともある。
故に、ランサーではどうやっても、愛歌と凛の関係を崩せない。
「な――」
「諦めよランサー、そも“奏者に敵うものなどいやしない”のだから、当然だ」
とはいえ、行き着くところは結局そこだ。
愛歌は凛を知っている、そうでなくとも――少なくとも、ランサーよりは人心掌握に長けている。
ランサーには“カリスマ”のスキルがあって、しかもそれは女性に対して大きく効果を発揮して。
それでもなお、愛歌には敵わないのだ。
何もおかしなことがあろう、ここは現代、ランサーのいた時代ではない。
故に、ランサーにはなにもないのだ。
カリスマを支えていた権威も、背景も。
“何もかもが愛歌に劣っている”。
この現代に限っては、愛歌は世界全てを敵に回してもなお健在な災害である。
対して、ランサーは過去から呼び出された単なる投影でしかない。
「――そういうわけだから、凛、ほら、立ちなさい。そんな顔は貴方らしくないわ」
情けない顔――隷属されることを望む願望。
それは、まったくもって“凛らしくない”、それでも持つ凛の
その深淵を、愛歌はそっと拭うのだ。
別に意味があったわけではない、ただ似合わないと思ったからそうしただけだ。
それでも、その行動は凛にとって救いであった。
「もう、愛歌ってば――」
ゆっくりと立ち上がり、そっと顔をそらし頬を赤らめながらぽつりとつぶやき、
「そうそう」
途中で、愛歌によって遮られた。
ん? とセイバーが小首を傾げる。
今更何か、言い出す必要があるというのか。
考えていると、愛歌は、
「貴方はわたしに隷属したの。わたしは貴方を支配した。だとすれば、愛歌という呼び方は相応しくないわ」
――それは、この月の裏側で始めて凛と再開した時、“沙条さん”と呼ばれた時に見せた愛歌の反応と、矛盾した。
少しだけ残念そうに見えたのだが、アレはセイバーの見間違いであっただろうか。
今の愛歌は、どうにも愛らしく――嬉しそうに、実に嬉しそうに笑んでいる。
それはいつもの狂ったものではなく、本当に子供らしい歳相応のもので、
ためらうこと無く、愛歌は告げた。
「――――私のことは、“お姉さま”と呼びなさい、いいわね?」
――――――――完全な、個人的趣味を押し付けた。
あぁ、とセイバーは納得した。
そういえばこの愛歌という少女、かなりのお姉ちゃん子だった。
姉という存在に、強烈なあこがれを抱くくらい。
そして、その言葉に呼応するように、というよりも、それを祝福するかのように。
青白い夜桜の花びらが凛の胸元から溢れ、舞う。
「あ――」
凛の頬は、その青白い光をかき消すほどに朱に染め上げられる。
それはセイバーからしてみれば初心過ぎるほどに初心な反応で――
「……はい、お姉さま」
酔いしれた凛の光が愛歌へと至ると同時、ゆっくりと凛の身体は透けていく。
三つ目のSG――おそらく、この状況にあてはめて言うならば、“隷属願望”。
凛の持つ、ある種の弱みにして、禁忌。
けれどもそれを恥じらう乙女というのは、なかなかどうして乙なものだ。
乙女だけに。
――そんな益対もないことをセイバーは考えながら、事の行く末を見守る。
愛歌はゆっくりと凛の頬に手を添える。
まだ少女としての域を出ない柔らかな幼子の手、見ているだけで美しいととろけるのならば、その肌触りはいかほどか。
それでは行けないと首を振り、雑念を追い払う。
せっかく愛歌が“記憶はなく”そしてセイバーを“それなりに信頼している”この状況、愉しまなければ損というもの。
そんなセイバーの意識をよそに、話は終幕を迎えようとしている。
「――ねぇ、凛。わたしは貴方を友達だって思っているわ。別にそれは、こうして貴方を支配しても同じこと。いえまぁ、今はともかく貴方全てが支配なんて認めはしないでしょうけど」
「……お姉さま」
――お姉さま、だなんて呼ばれるたびに嬉しそうな気配を振りまきながら、愛歌は続ける。
「そういうわけだから、一度本気でぶつかってみましょう。貴方とわたしは敵同士なのだし、その不和の解消も兼ねて、ね?」
愛歌は“この先”の事を言っているのだろう。
見上げるは、凛の後方に見える巨大なレリーフ。
高層ビルほどのそれは、今も崩れ去ること無く鎮座している。
これから自分たちは、あの中に入り込むのだ、と。
「セイバーも、いろいろとあっちの槍使いに言いたいことはあるのでしょうし、ね」
「……え? 私?」
――と、そこでもうレリーフの中に帰ろうとしていたランサーが振り返り足を止める。
暇になってこの場を去ろうとしたのだ。
凛の取り合いで負けたのもあるが、この場にいる意味を感じられなく鳴ったのだろう。
「ふん、そういうわけなら待ってるわ、来なさい子リスとその家畜!」
言い捨てて、ランサーはレリーフへと溶けていった。
そうは言うものの、この場にいるのに飽きたのか、盛大なあくびを最後に残して。
「そういうわけよ――だから、助けてあげる。待ってなさい、凛」
「――――うん、待ってるわ」
隷属し、支配され、そんな不可思議な状況であるものの、ともあれ。
――戦闘の開始はここに決定づけられた。
「……なんだかシュールな絵面な気がするのは気のせいか?」
そんな、セイバーの身も蓋もない発言を、後にして。
――凛は、レリーフの中へと還っていった。
どうしてこうなった。(主に予定になかったセイバーとランサーの修羅場に対して)