ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

60 / 139
07.遠坂凛攻略戦

 愛歌は人の心が解らない。

 それでも、遠坂凛の考えることなら、多少は解らないではないのだ。

 ――凛には多くの人間性がある。

 彼女はとにかく苛烈で、それゆえに喜怒哀楽もまた激しい。

 

 それでも、彼女の中で秘されるほどの人間性となれば、限られてくる。

 それを推測することは、まぁ愛歌でなくとも難しくはないだろう。

 

 ただ単に愛歌は既にそれを知っているというだけの話で。

 

 そういうわけで、愛歌とセイバーは再び迷宮に踏み込んでいた。

 相変わらず凛の姿はないが――気配はある。

 迷宮そのものが凛であるのだからそれは当然で、凛が迷宮を支配しているのだからそれは必定なのだ。

 

 そんな迷宮の片隅――シールドが鎮座する一角で、愛歌は大きく声を張り上げる。

 

「出てきなさい凛! 見ているのでしょう!」

 

 珍しくそんな風に叫んで、シン、と沈黙がその後に広がる。

 だがそれも数秒のこと。

 

「――そんなに大声でなくとも聞こえているわ。貴方らしくないわよ、沙条さん」

 

 その場に直接転移してきたのか、突如として凛は現れる。

 隣にランサーの姿はない。

 呼び出せば即座に駆けつけるのか、はたまたランサーがついてこなかったのか。

 どちらにせよ、今の彼女が無防備かといえば、またそれは違うのだろうが。

 

「あら、来てくれたのね? ありがとう凛、流石わたしの友達だわ」

 

 にこやかに、心の底から嬉しそうに愛歌ははしゃいでみせる。

 隣から眺めるセイバーからしても、その反応は少し意外だ。

 それが向けられた凛本人であればなおさらである。

 

「な、な、いきなり何よ! こっちは貴方の敵なのよ。それなのにそんな風に振る舞って!」

 

「そんな風って、友達なのだから当然じゃない。貴方だってそうでしょう? たとえ敵対しあったところで、わたし達の友情に曇りはない」

 

「そ、それは……そう、だけど……」

 

 見るからに顔を真っ赤にしながら、それでも凛は言葉を紡ぐ。

 そう、それで良いのだ。

 それこそ愛歌の知る凛の性質。

 

 あぁまったくもって、口元から笑みが抜けてくれない。

 何せこんなにも――

 

 

「ほんと、凛ってわかりやすいわよね。まさしく“テンプレーション”というわけ」

 

 

 ――遠坂凛は“ちょろい”のだから。

 その性質が特に多く表面化しているのなら、いやがうえ。

 

 直後、凛の胸元が淡い蒼の光を帯びる。

 ――激情的な少女の心が、しかし愛歌を前にすれば淡く広がるマリンブルーへと変わるのだ。

 それは、蒼白に満ちた桜の花びら。

 夜桜――と呼ぶべきものだっただろう。

 

「え、何? なになになんなの? 急にどうしちゃったっていうのよ私の身体!」

 

 愛歌は即座に凛の真正面へと転移する。

 

「ひっ」

 

 思わずのことに、恐怖はなくとも後ずさる。

 少し心外だが、それでも愛歌は構わない。

 

「――暴いてあげる、貴方の(ひみつ)

 

 直後。

 

 光は愛歌の手元に集まって――そしてはじけた。

 押されるように凛は後ろへ数歩下がって、愛歌はゆっくりと地面に着地する。

 どこか軽やかな靴の音。

 

 その後、凛に変化が訪れた。

 

「え? ちょ、本当になんなの? 何でこんなに感情が溢れそうで――これじゃあ欲身(エゴ)を保てない!」

 

 すぅ――と透けていく凛の身体。

 混乱は、その数秒のうちに収まって、何となしではあるが、凛も状況を理解したようだ。

 

「まさか貴方、この階層の鍵を開いたの!?」

 

「――当然といえば当然よね。何せこの迷宮は凛、貴方自身だもの。それを阻む壁があるとすれば、それは貴方の心。ごめんなさいね? どれだけ隠しきれていなくとも秘密は秘密、不躾だったわ」

 

 凛の後ろで、あまりにもすさまじい強度を誇っていたはずのシールドが崩壊していく。

 それは愛歌が凛の心を白日の下に晒したから。

 “あぁ、まったくもって――こんなの恥ずかしくて耐えられない”。

 そう、シールドが悲鳴を上げたのだ。

 

「なんとなく解ったわ。そう、そっちも対抗手段を手に入れた。なら次は本気でかからなくちゃね」

 

 そうやって凛はようやく平静を取り戻し、元の優雅な彼女に立ち返る。

 ――それが、即座に更に崩壊した。

 

 

「でも、覚えてなさい! 勝手に私のこと詳らかにして、ぜぇったいただじゃ置かないんだから!」

 

 

 怒りの眼と共にそう宣言し。

 ――遠坂凛は、消滅した。

 

 それから、丁度よく旧校舎と繋げられそうなポイントをチェックポイントとして開放し、愛歌とセイバーは向かい合う。

 

「――このまま、二階も一気に攻略してしまいましょう」

 

 単刀直入、愛歌ははばかること無くそう宣言した。

 かなり無茶な提案である。

 通常であれば正気を疑い突っぱねる。

 

 ただ、相手が元から正気でないとわかっていれば話は別だ。

 基、愛歌の場合は話が別だ。

 

「わたし、凛のSGの内、もうひとつだったら見当がつくの。けれど、それは向こうだってわかっているはず。時間をかけると対策されてしまうわ」

 

「なるほどな、それ故の電撃戦か。あまり無茶は好ましくないのだが……奏者がそう判断するのであれば致し方あるまい。余に一切の否やはない」

 

 随分と信頼しているようで、セイバーは苦言を呈しつつも否定は何一つしなかった。

 少しだけそれはむず痒く感じられるが、愛歌は即座に通信の向こう側へと問いかける。

 

「あなた達はどう?」

 

「そんなの、反対に決まってます! 私はみなさんの健康管理(リスクマネジメント)が役割です。未知へと突入、探索を行うのであれば、万全の対策を練るべきです」

 

 ――桜は当然、反対である。

 彼女の感情がどうあれ、役割上、そしてその役割に逆らえないAIという特性上、桜は反対せざるを得ない。

 とはいえ、それはあくまで彼女の立場においての話だ。

 

「ボクは賛成です。確かに危険ではありますが、正直ミス沙条を脅かす危険などそうそう考えられません。少なくとも、今のところはほぼ可能性として零といえるでしょう」

 

「俺も賛成だ。沙条の言葉はまったくもって最も。沙条と遠坂の関係を考えれば、“対策をされる”というのは実に現実的な問題だ」

 

 レオ、ユリウスが立て続けに賛同する。

 愛歌の場合、多少危険を犯してでもここで次に進むことに意味はある。

 それ自体は、桜とて認めざるをえないのであった。

 

「……お願いですから、危険なことはしないでくださいね?」

 

 何かあったら、すぐに強制退出(ログアウト)させますから、とは桜談。

 そも、何も心配することはない。

 愛歌は優秀な魔術師であり、それを支える者達も超一流の域にある。

 

「えぇ、任せておいて?」

 

 愛歌は確かめるように、確かな自負を持って答えるのであった。

 

 

 ◆

 

 

 二階層は、一層目と同様に王宮迷路の最中であった。

 誘われるように愛歌とセイバーは歩を進め、迷宮の中へと入り込む。

 周囲に敵の気配はないが――

 

 直後であった。

 

 

「はぁい、こんにちわ、沙条さん」

 

 

 愛歌とセイバーの正面の通路を遮るように、遠坂凛は再び現れた。

 声音は跳ねるような上機嫌さ、しかしその瞳に油断はない。

 敵として、相手が“あの”沙条愛歌であっても、怯むこと無く。

 

「もうここまで来ちゃったのね。もうちょっとゆっくりしてても良かったのに」

 

「貴方に時間と予算を与えたら、わたしだってただじゃすまない。そうでしょ? それでこそ、貴方は遠坂凛だと思うのよ」

 

 恥ずかしげもなく、愛歌はそんな風に言ってみせる。

 対する凛も、先ほどとは違いそんな言葉に動揺する素振りすら見せない。

 

「――あら、ありがとう。でも、それならむしろ、貴方はここに来るべきじゃなかった。ずっと旧校舎でわたしに支配されていれば良かったのにね」

 

「それこそ、お断り。支配なんて美しくないわ。それに、こうして闘争の限りを尽くすのって、実に貴方好みじゃない?」

 

「そこに果てのない進化があるのなら、そりゃあね」

 

 ともあれ、今は目の前の遠坂凛と沙条愛歌だ。

 凛はさっと髪を掻き上げ、ニィと笑みを強める。

 

「それじゃあ、残念だけど此処から先は通さないわ」

 

 言葉とともに凛は手をかざし直後のその周辺の空間が歪む。

 凛の干渉により、“何か”がその場に出現するのだ。

 ランサーか、とセイバーが身構えるが、そうではないと愛歌は確信している。

 

 出てきたのは獣。

 一層の敵と比べると、格段に強力な敵性プログラム――!

 

「ヘタすれば私とランサーでも苦戦する程度のエネミーよ。これ用意するのにすっごい手間かかったんだからね」

 

「……むぅ、まずいな。直接やりあっては少々危険か」

 

 よほど無茶をしたのだろう、“今のセイバーでは太刀打ちが難しい”ほどのエネミー。

 正面から戦うのは、阿呆のすることと言って良いのかもしれない。

 

 それをよくよく理解しているのだろう、凛の笑みは揺らがない。

 

「そうはいってもね、私だって鬼じゃないわ。ちゃぁんと、あなた達がコレをどうにかする手立ては用意して上げてるんだから」

 

 ――わざわざ打開策を用意する。

 一体なんの情けだろう、セイバーが、そして通信の向こう側が同時に首を傾げた。

 遠坂凛は“テンプレーション”なSGを有してはいるが、だからと言って、今の遠坂凛はそこまでテンプレではないはずだ。

 

 それを、愛歌はきっちり理解していた。

 

「――金を払え。貢げというのね?」

 

「ご名答――他の誰かならともかく、沙条さんに解らないはずないわよねぇ」

 

 本当に、いい声で凛は嗤った。

 もう、目も当てられないくらい、凶暴な笑みで。

 声が跳ね上がるようなほどに、今の凛はいろいろとアレだ。

 

「貢げ……とは、どういう意味だ」

 

「ふふん、よく聞いてくれたわね。あっちを見なさい」

 

 ピッと勢い良くセイバーの左方を指さし、それにセイバーの視線がつられる。

 データのゆらぎ、直後に不可思議なデザインの機械が出現する。

 見た目は銀行のATM――おそらく、用途もそれと同様だろう。

 

「アレこそ私の、私による、私のためのハイパーシステム! 神が誰を天才と呼んだ! そう、それはこの私、遠坂凛よ――!」

 

 ばばーん、なんて効果音が聞こえてきそうなドヤ顔。

 

「――何やら凛のキャラが変わっているようなきがするのだが、奏者よ」

 

 頭を抑え、やれやれと嘆息する。

 愛歌はしょうが無いというふうに悟ったような顔。

 真面目な横顔が、少しだけ前傾にかしげられる。

 

「しょうが無いわ、凛ってばお金の事になると人が変わっちゃうもの」

 

 言いながら、愛歌は歩を前に一歩進める。

 それに、凛は全く気がつく様子もない。

 

「聞きなさい、アレこそが遠坂マネーイズパワー――――」

 

 

「ちょっと邪魔するわよ」

 

 

 声と同時、愛歌は凛が出現させたエネミーの間近に出現する。

 手のひらの(バグ)、紫色の花びらが敵性プログラムを包み込んだ。

 

 ――――ッッッッッッッッッッッ!!

 

 獣の声なき声が絶叫となって響き渡る。

 悲痛に悶えるそれは、さながら拷問を受けているかのよう。

 さもありなん、無駄に強いために、なかなか毒で消化しきれないのだ。

 

「なぁっ――」

 

 思わずのけぞって、凛が停止する。

 目の前では、獣が瞬く間に毒によって侵食され、消えゆこうとしている。

 

「凛が悪いのよ、だってこの子、すっごくいい子なのに、ちゃんと構ってあげないとダメよ」

 

 愛歌は自身のやらかしたことをそんな風に棚上げにする。

 まぁ、事実では在る。

 何せ“セイバーがエネミーから視線を外しても”何の行動も起こさないほど、この獣は無防備だったのだ。

 

「な、な、何してくれてんのよ――!」

 

 これは、これは重大な約定違反である。

 愛歌は禁忌を冒した。

 それも単なるルール破りなどではない、過去の歴史に泥を塗るほどの愚行である――!

 

「だって、凛はお金の話をすると長くなるのだもの」

 

 心底うんざりというように、嘆息する愛歌。

 全く悪びれた様子もない、機械越しにレオの無言の威圧が伝わるがそれすらももはやどこ吹く風。

 

「そういうわけだから、ついでにSG(そっち)も貰って行くわね」

 

「な、待ちなさいよ、私はまだお金の徴収もTMPS(遠坂マネーイズパワーシステム)の説明すらしてないのよ!」

 

 胸元から光が漏れる。

 愛歌は周囲が唖然とするなか、全く空気を読む気配すらなく事を終わらせようとしている。

 

 ――この期に及んで!

 

「ふふ、わかっているわ、あのエネミーを用意するために無茶をしすぎてむしろ今の貴方、金欠なのでしょう? どれくらい絞るつもりだったのかしら、一万? それとも二万?」

 

 愛歌はふわりと飛び上がり、凛の胸元のSGへと手を伸ばしつつ問う。

 それに凛は――

 

 

「え? 十万は堅いでしょ。愛歌にあの財閥の王子さままでいるのよ?」

 

 

 ――さらりと、何でもないように、本当になんでもないように答えた。

 

「……」

 

 愛歌すら絶句。

 悪は絶たれた、愛歌の正義が金の悪魔を打ちのめしたのだ。

 

「――はったおすわよ」

 

 本当に、心底の本音を愛歌は漏らし――直後、SGが回収された。




 別にちょろくないですよ、超鉄壁です。
 一度デレたあとが死ぬほどちょろいというだけで。

 そして本題、空気を読まなければ不意打ちで一撃、さすまなですね。
 そこらへん愛歌ちゃんは容赦しません。
 でも十万も絞ろうとした凛ちゃんさんはもう少し反省が必要だと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。