ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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36.乙女の咆哮

 轟く雷鳴は、かつて世界では竜にたとえられた。

 竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)はその象徴であり、ランサーの場合はそれを音波――暴風に誓い形で浴びせつける。

 強烈な爆音は、ランサーが持つ龍の息吹によるものだ。

 それが宝具により増幅され、セイバー達を押しつぶすべく迫るのである。

 

 周囲に拡散されるが故に、回避など概念として不可。

 迎撃など、端から考えるまでもない。

 

 重圧と化したそれが、セイバーの身体にのしかかる。

 単なる鉛どころではない、完全なる石化、身体すべての活動が停止する――

 

 体の感覚が一瞬で崩壊し、直後にそれが重みとして自覚される。

 あとにあるのは、やがて破壊しつくされるセイバーの身体だ。

 だが、動こうにも真正面から突き刺さる音波に、セイバーは釘付けにされている――!

 

 ――それ故に、ここが勝負の分かれ目だ。

 ランサーは宝具の発動に全霊を傾けている。

 そこをつけば妙手を操るランサーを打倒しうる。

 それができるからこその愛歌とセイバーだ。

 

 音波の広がるランサーの側。

 沙条愛歌が出現する。

 

「――ッ!」

 

 ランサーは即座に振り返る、小さな槍の足場で器用に回転し、愛歌を待ち受ける。

 ――そこで、ようやくセイバーは自身の身体が駆動することを自覚する。

 剣を上段へ構え、そして、勢い紛れに、飛び上がる。

 

 その勢いを抱えたまま、音波を振りまくランサーの目前にセイバーが迫る。

 

 もはや耐え切れるはずのない音量に、セイバーの身体はズタズタにされる。

 空間転移で身体の状態をリセットできる愛歌であればともかく、まともであれば、これを耐えようなどとは思わない。

 ――それでも、

 

 それでもセイバーは剣を振りかぶる。

 強引な一閃、迫るそれは力弱く、――けれども、ランサーを切り裂けないほどではない。

 

 ランサーはそれを両の腕で押しとどめた。

 鉤爪と化した両の手は鋼鉄である。

 弱々しいセイバーの刃は、その鋼に押しとどめられるのだ。

 

「――――――――」

 

 言葉はない、その代わりの凶器の音波。

 だが、表情は笑んでいた。

 勝ち誇っていた――セイバーを捉えたのだ、当然だ。

 

 だが、そこに再び――沙条愛歌が接近する。

 

 背後から、その手のひらをランサーへとかざす。

 

 それを、ランサーは尾の一振りで払う。

 愛歌はその場から掻き消え、後にはセイバーだけが残るのみ。

 

 ――しかし、ランサーの顔が少し、歪んだ。

 

 自身の意識が尾に引かれた。

 ランサーの宝具は自身の集中を伴うものだ。

 

 精神が、揺れた。

 心にしこりがのこった。

 

「――ぉ」

 

 それが、真正面に立つセイバーに、再行動の活力を、余裕として与えてしまう。

 

「――――ぉぉ、お、ォおッッッ!」

 

 乱れた拮抗は、もはや元に戻ることはなく。

 ランサーは、即座にセイバーを横に振り払う。

 鋼の爪は剣を逸らした。

 弾かれた剣が、ランサーの足を切り裂いて――――

 

 そしてセイバーと愛歌の位置が入れ替わる。

 

「……ッッ!」

 

 愛歌の瞳が、ランサーを居抜き、そして愛歌は掻き消える。

 ――位置を入れ替えたのだ。

 狙いは明白。

 

 つい先程まで、愛歌がどこにいたかを想像すればいい。

 

 上だ。

 

 もはや正常な咆哮は望めず、轟く雷は雲の中へと消えてゆく。

 空を見上げ、ランサーは槍の上から飛び降りた。

 身体を傾げ槍を手に取ろうとして――

 

 ――間に合わない。

 

「これで終わりだ、ランサァァァァアアッッ!」

 

 全力の一振り。

 不可避の閃き――ランサーの顔が苦々しいものに変わる。

 

 間に合わない。

 間に合わない。

 ――どうあっても、間に合うことはない。

 

 “チェックメイト”。

 

 突きつけられた死の宣告は、ランサーの間近へと迫る。

 

 

 ためらうこと無く終わりを告げるその一撃は――――

 

 

 ――――しかし、セイバーの硬直によって停止する。

 

 

「な――」

 

 身体が、動かない。

 金縛りのように、セイバーは剣を構えたまま、落下を始めた。

 攻撃がキャンセルされた。

 それを行おうとした自分の体は、何かによって“静止”させられたのだ。

 

 驚愕の瞳は、その“何か”の主へと向けられる。

 

 

 ――――ランサーのマスター、道化の仮面から、蛇の双眸が覗く。

 

 

 セイバーに、その意思は読み取れない。

 しかし、狂気に満ちているはずの瞳は、あまりにも絶大な意志の塊が覗いている。

 壊れてしまったはずの彼女の正気が、まるでそこにあるかのように。

 

 ランルーくん。

 ここまで、ただひたすらに沈黙を続けていたピエロが、ここにきて、動いた。

 

 コードキャスト『seal_break』。

 ガードを破壊する全力の一撃を封印し、それを行う場合、その行動を停止させる。

 最悪の状況で、最高の手札を、かの道化は切ってみせたのだ。

 

 このタイミング――完璧過ぎるそれは、セイバーに完全な放心を与えた。

 

 ここまで、ランルーくんは一切の動きを見せてこなかった。

 それ故に油断していた。

 ここまで、ランルーくんはただただランサーとの不仲を見せつけてきた。

 それ故に油断していた。

 

 ――油断、そう、それはセイバーの油断。

 何を取り繕おうと、彼女の手落ちだ。

 

 ――――戦況は、完全に反転していた。

 

 回避は不可避の状況、決定的な窮地から、一転してランサーは好機を得た。

 コレを逃せば、もはや勝利は望めない。

 絶好にして、最後のチャンス。

 

 瞳も、口も、もはや笑みは隠さない。

 

「――――終わるのは、アンタの方ね。セイバーッッッ!」

 

 一旦身体を落とし、槍を回収。

 矛先をセイバーへと向け――ランサーは射出する。

 

 

 今度こそ、これで終わりだ、セイバーを貫き、これで決着だ――!

 

 

 否。

 

 

 ――それは、否である。

 

 

「――それは違うわ、ランサー」

 

 再びセイバーと入れ替わり、“沙条愛歌がランサーの目前に出現する”。

 それは、セイバーのそれと同じだ。

 決着のための全力故に、“その一撃をすり抜けられれば”、もはやランサーに回避のすべはない。

 懐に潜り込まれれば、もはやランサーは為す術もない。

 

 勝利の確信は、再び敗北へと変わる。

 

 愛歌の毒が、手のひらの花びらが、ランサーへと添えられる。

 

 毒は、ただ触れるだけでサーヴァントすら行動不能に陥らせる絶対のモノ。

 それはサーヴァントとしては破格の対魔力を誇るランサーですら、例外ではない。

 

 故に、それは致死となる。

 この戦場で、ランサーは行動という選択肢を奪われるのだ――――!

 

 ――――そう、

 

 

「――――――――――――――――残念でしたァ」

 

 

 選択肢を奪われ、ランサーの翼はもがれてしまうはずだった。

 

 愛歌は触れた。

 ランサーに、疑いようもなく。

 

 だが、

 

 ――ランサーは健在であった。

 槍から即座に手を放し、爪を構える。

 回避は許さない、それは愛歌が触れると同時であった。

 

 ――――何故、ランサーは愛歌の毒を掻い潜ったか。

 ランサーの力によるものではない。

 彼女のスペックでは、愛歌の毒は防げない。

 

 そも、愛歌の毒を防ぐ方法など存在しない、彼女の毒は神ですら動きを止めてしまう劇物なのだ。

 

 であれば、何がそれをせき止めるか。

 

 

 ――答えは簡単、祈りである。

 

 

 誰のものか、ランサーのマスター以外にはありえない。

 そう、“令呪”である。

 高純度の魔力の塊であるそれは、ランルーくんの“祈り”によって、物理的に愛歌の手のひらを遮ったのだ。

 

 触れなければ効果を発揮しない毒に対して、無色の(プログラム)となって令呪はランサーを守る。

 それをランサーは令呪の発動を自覚すると同時に理解していた。

 故のカウンター。

 ランサーは最初から、この状況を見越していたのだ。

 

 ここは上空、セイバーの気配は地にあって、そもそも上空にあってもランサーの元へ駆けつけることは不可能だろう。

 そして愛歌も、この爪を回避することは不可能だ。

 この距離、この盤面、セイバーではどうあっても届かない――それは、愛歌ですら同様だ。

 

 セイバーは間に合わず、そして愛歌も間に合わない。

 

 

 ――勝ったのはランサーだ、セイバーでも、愛歌でもなく。

 

 

 そう、ランサーが確信した時、――――ランサーの胸元には、焔のような刀身が生えていた。

 

 

 原初の火――セイバーの剣が、ランサーを貫いていたのである。

 

 

 ◆

 

 

 そも、ランサーを守るための障壁は愛歌の毒によって溶かされていた。

 毒自体から身を守りはしたものの、令呪の守りはそのものは存在していなかったのだ。

 

 であれは、後はランサーに一撃を叩きこめばいい。

 愛歌には不可能だ。

 あの状況少しでも遅ければ愛歌の心臓は貫かれていた。

 回避も間に合わず、無残にも。

 

 そのため後一撃、ランサーに攻撃を届かせれば、その時点でセイバーと愛歌の勝利であったのだ。

 しかし、愛歌とランサーは空にあったが故、セイバーの剣は届かない。

 飛び上がっても、その時にはすでに愛歌は心の臓を貫かれていたことだろう。

 

 であれば、どうするか。

 あの状況で空中の敵にセイバーの速度よりも速く、尚且つ致死の一撃をランサーに伝えるにはどうすればよいか。

 

 ――答えは簡単だ、ランサーがすでにそれを示しているのだから。

 

 そう、

 

 

 剣をランサーへ投げればいいのである。

 

 

 不可思議な形の歪みを持つ剣ではある。

 だが、それすらも容易く直線的に“投げつけてしまえる”のがセイバーの才能。

 セイバーのスキル、皇帝特権だ。

 

 後は、愛歌へ意識を向け無防備なランサーに、“不意打ち”を決めてしまえばいい。

 事実、ランサーは回避すらしようともせず、その身体を剣に串刺しにされたのである。

 

 やがてランサーは地に墜落した。

 飛翔した竜は、その身体を撃ちぬかれ、果たして地に横たわる。

 セイバーは剣を引き抜き、軽く振るって血を拭う。

 これはランサーのデータであるが故、ランサーが消去されてしまえば、そのまま血も消去されはするのだが、気分の問題だ。

 

 血が気持ち悪いのではない、そうするのが作法だというセイバー自身の認識に寄るものである。

 

「まったく、まさか竜退治をすることになるとはな。……まぁ、良い経験ではあったがな」

 

 セイバーはランサーから背を向け、愛歌へと歩み寄る。

 

「それにしても奏者よ、本当に肝を冷やしたのだからな。まったく、無茶は大概にするのだぞ」

 

「あら、してもしなくても、負けたらそれまでなのだから、――行動を起こさないことを、わたしは無茶だと思うのよ?」

 

 柔和な笑みで愛歌は返す。

 それに――と、続けた。

 

 

「――――まだ、終わっていないわ?」

 

 

 まるであっさりと、周知の事実のようにそれを告げた。

 

 

 ――――セイバーの背後に異常に満ちた瞳で爪を構え迫るランサーがいた。

 

 

「…………………………ッッッァ!」

 

 恐るべきはその意思か。

 心臓を貫かれてなお、“それでもなお戦闘を続けようとしている”のである。

 その執念が、決定的な敗北を下さないでいる。

 

 ムーンセルを誤認させるほどの妄執。

 

 狂気とも呼べるそれ。

 

「――――――――ッッッッッッッッッッッッッッ!」

 

 ランサーのそれは、もはや言葉にすらなってはいなかった。

 

 高速でランサーはセイバーの喉元を狙う。

 全速力と何ら遜色のないそれが、セイバーの回避を不可能に変えた。

 

 それを、

 

「……あぁ」

 

 セイバーは、最初から解りきっていたかのように、

 

 

「――――解っているとも」

 

 

 振り向き、一閃。

 

 切り捨てるのだった。

 

 

 かくして、ランサーの最後のあがきは掻き消え――

 

 

 第四回戦は、終結する。




 本当は一話で消滅まで終わらせるつもりだったのですが。
 というわけで、四回戦決着です。

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