ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
轟く雷鳴は、かつて世界では竜にたとえられた。
強烈な爆音は、ランサーが持つ龍の息吹によるものだ。
それが宝具により増幅され、セイバー達を押しつぶすべく迫るのである。
周囲に拡散されるが故に、回避など概念として不可。
迎撃など、端から考えるまでもない。
重圧と化したそれが、セイバーの身体にのしかかる。
単なる鉛どころではない、完全なる石化、身体すべての活動が停止する――
体の感覚が一瞬で崩壊し、直後にそれが重みとして自覚される。
あとにあるのは、やがて破壊しつくされるセイバーの身体だ。
だが、動こうにも真正面から突き刺さる音波に、セイバーは釘付けにされている――!
――それ故に、ここが勝負の分かれ目だ。
ランサーは宝具の発動に全霊を傾けている。
そこをつけば妙手を操るランサーを打倒しうる。
それができるからこその愛歌とセイバーだ。
音波の広がるランサーの側。
沙条愛歌が出現する。
「――ッ!」
ランサーは即座に振り返る、小さな槍の足場で器用に回転し、愛歌を待ち受ける。
――そこで、ようやくセイバーは自身の身体が駆動することを自覚する。
剣を上段へ構え、そして、勢い紛れに、飛び上がる。
その勢いを抱えたまま、音波を振りまくランサーの目前にセイバーが迫る。
もはや耐え切れるはずのない音量に、セイバーの身体はズタズタにされる。
空間転移で身体の状態をリセットできる愛歌であればともかく、まともであれば、これを耐えようなどとは思わない。
――それでも、
それでもセイバーは剣を振りかぶる。
強引な一閃、迫るそれは力弱く、――けれども、ランサーを切り裂けないほどではない。
ランサーはそれを両の腕で押しとどめた。
鉤爪と化した両の手は鋼鉄である。
弱々しいセイバーの刃は、その鋼に押しとどめられるのだ。
「――――――――」
言葉はない、その代わりの凶器の音波。
だが、表情は笑んでいた。
勝ち誇っていた――セイバーを捉えたのだ、当然だ。
だが、そこに再び――沙条愛歌が接近する。
背後から、その手のひらをランサーへとかざす。
それを、ランサーは尾の一振りで払う。
愛歌はその場から掻き消え、後にはセイバーだけが残るのみ。
――しかし、ランサーの顔が少し、歪んだ。
自身の意識が尾に引かれた。
ランサーの宝具は自身の集中を伴うものだ。
精神が、揺れた。
心にしこりがのこった。
「――ぉ」
それが、真正面に立つセイバーに、再行動の活力を、余裕として与えてしまう。
「――――ぉぉ、お、ォおッッッ!」
乱れた拮抗は、もはや元に戻ることはなく。
ランサーは、即座にセイバーを横に振り払う。
鋼の爪は剣を逸らした。
弾かれた剣が、ランサーの足を切り裂いて――――
そしてセイバーと愛歌の位置が入れ替わる。
「……ッッ!」
愛歌の瞳が、ランサーを居抜き、そして愛歌は掻き消える。
――位置を入れ替えたのだ。
狙いは明白。
つい先程まで、愛歌がどこにいたかを想像すればいい。
上だ。
もはや正常な咆哮は望めず、轟く雷は雲の中へと消えてゆく。
空を見上げ、ランサーは槍の上から飛び降りた。
身体を傾げ槍を手に取ろうとして――
――間に合わない。
「これで終わりだ、ランサァァァァアアッッ!」
全力の一振り。
不可避の閃き――ランサーの顔が苦々しいものに変わる。
間に合わない。
間に合わない。
――どうあっても、間に合うことはない。
“チェックメイト”。
突きつけられた死の宣告は、ランサーの間近へと迫る。
ためらうこと無く終わりを告げるその一撃は――――
――――しかし、セイバーの硬直によって停止する。
「な――」
身体が、動かない。
金縛りのように、セイバーは剣を構えたまま、落下を始めた。
攻撃がキャンセルされた。
それを行おうとした自分の体は、何かによって“静止”させられたのだ。
驚愕の瞳は、その“何か”の主へと向けられる。
――――ランサーのマスター、道化の仮面から、蛇の双眸が覗く。
セイバーに、その意思は読み取れない。
しかし、狂気に満ちているはずの瞳は、あまりにも絶大な意志の塊が覗いている。
壊れてしまったはずの彼女の正気が、まるでそこにあるかのように。
ランルーくん。
ここまで、ただひたすらに沈黙を続けていたピエロが、ここにきて、動いた。
コードキャスト『seal_break』。
ガードを破壊する全力の一撃を封印し、それを行う場合、その行動を停止させる。
最悪の状況で、最高の手札を、かの道化は切ってみせたのだ。
このタイミング――完璧過ぎるそれは、セイバーに完全な放心を与えた。
ここまで、ランルーくんは一切の動きを見せてこなかった。
それ故に油断していた。
ここまで、ランルーくんはただただランサーとの不仲を見せつけてきた。
それ故に油断していた。
――油断、そう、それはセイバーの油断。
何を取り繕おうと、彼女の手落ちだ。
――――戦況は、完全に反転していた。
回避は不可避の状況、決定的な窮地から、一転してランサーは好機を得た。
コレを逃せば、もはや勝利は望めない。
絶好にして、最後のチャンス。
瞳も、口も、もはや笑みは隠さない。
「――――終わるのは、アンタの方ね。セイバーッッッ!」
一旦身体を落とし、槍を回収。
矛先をセイバーへと向け――ランサーは射出する。
今度こそ、これで終わりだ、セイバーを貫き、これで決着だ――!
否。
――それは、否である。
「――それは違うわ、ランサー」
再びセイバーと入れ替わり、“沙条愛歌がランサーの目前に出現する”。
それは、セイバーのそれと同じだ。
決着のための全力故に、“その一撃をすり抜けられれば”、もはやランサーに回避のすべはない。
懐に潜り込まれれば、もはやランサーは為す術もない。
勝利の確信は、再び敗北へと変わる。
愛歌の毒が、手のひらの花びらが、ランサーへと添えられる。
毒は、ただ触れるだけでサーヴァントすら行動不能に陥らせる絶対のモノ。
それはサーヴァントとしては破格の対魔力を誇るランサーですら、例外ではない。
故に、それは致死となる。
この戦場で、ランサーは行動という選択肢を奪われるのだ――――!
――――そう、
「――――――――――――――――残念でしたァ」
選択肢を奪われ、ランサーの翼はもがれてしまうはずだった。
愛歌は触れた。
ランサーに、疑いようもなく。
だが、
――ランサーは健在であった。
槍から即座に手を放し、爪を構える。
回避は許さない、それは愛歌が触れると同時であった。
――――何故、ランサーは愛歌の毒を掻い潜ったか。
ランサーの力によるものではない。
彼女のスペックでは、愛歌の毒は防げない。
そも、愛歌の毒を防ぐ方法など存在しない、彼女の毒は神ですら動きを止めてしまう劇物なのだ。
であれば、何がそれをせき止めるか。
――答えは簡単、祈りである。
誰のものか、ランサーのマスター以外にはありえない。
そう、“令呪”である。
高純度の魔力の塊であるそれは、ランルーくんの“祈り”によって、物理的に愛歌の手のひらを遮ったのだ。
触れなければ効果を発揮しない毒に対して、無色の
それをランサーは令呪の発動を自覚すると同時に理解していた。
故のカウンター。
ランサーは最初から、この状況を見越していたのだ。
ここは上空、セイバーの気配は地にあって、そもそも上空にあってもランサーの元へ駆けつけることは不可能だろう。
そして愛歌も、この爪を回避することは不可能だ。
この距離、この盤面、セイバーではどうあっても届かない――それは、愛歌ですら同様だ。
セイバーは間に合わず、そして愛歌も間に合わない。
――勝ったのはランサーだ、セイバーでも、愛歌でもなく。
そう、ランサーが確信した時、――――ランサーの胸元には、焔のような刀身が生えていた。
原初の火――セイバーの剣が、ランサーを貫いていたのである。
◆
そも、ランサーを守るための障壁は愛歌の毒によって溶かされていた。
毒自体から身を守りはしたものの、令呪の守りはそのものは存在していなかったのだ。
であれは、後はランサーに一撃を叩きこめばいい。
愛歌には不可能だ。
あの状況少しでも遅ければ愛歌の心臓は貫かれていた。
回避も間に合わず、無残にも。
そのため後一撃、ランサーに攻撃を届かせれば、その時点でセイバーと愛歌の勝利であったのだ。
しかし、愛歌とランサーは空にあったが故、セイバーの剣は届かない。
飛び上がっても、その時にはすでに愛歌は心の臓を貫かれていたことだろう。
であれば、どうするか。
あの状況で空中の敵にセイバーの速度よりも速く、尚且つ致死の一撃をランサーに伝えるにはどうすればよいか。
――答えは簡単だ、ランサーがすでにそれを示しているのだから。
そう、
剣をランサーへ投げればいいのである。
不可思議な形の歪みを持つ剣ではある。
だが、それすらも容易く直線的に“投げつけてしまえる”のがセイバーの才能。
セイバーのスキル、皇帝特権だ。
後は、愛歌へ意識を向け無防備なランサーに、“不意打ち”を決めてしまえばいい。
事実、ランサーは回避すらしようともせず、その身体を剣に串刺しにされたのである。
やがてランサーは地に墜落した。
飛翔した竜は、その身体を撃ちぬかれ、果たして地に横たわる。
セイバーは剣を引き抜き、軽く振るって血を拭う。
これはランサーのデータであるが故、ランサーが消去されてしまえば、そのまま血も消去されはするのだが、気分の問題だ。
血が気持ち悪いのではない、そうするのが作法だというセイバー自身の認識に寄るものである。
「まったく、まさか竜退治をすることになるとはな。……まぁ、良い経験ではあったがな」
セイバーはランサーから背を向け、愛歌へと歩み寄る。
「それにしても奏者よ、本当に肝を冷やしたのだからな。まったく、無茶は大概にするのだぞ」
「あら、してもしなくても、負けたらそれまでなのだから、――行動を起こさないことを、わたしは無茶だと思うのよ?」
柔和な笑みで愛歌は返す。
それに――と、続けた。
「――――まだ、終わっていないわ?」
まるであっさりと、周知の事実のようにそれを告げた。
――――セイバーの背後に異常に満ちた瞳で爪を構え迫るランサーがいた。
「…………………………ッッッァ!」
恐るべきはその意思か。
心臓を貫かれてなお、“それでもなお戦闘を続けようとしている”のである。
その執念が、決定的な敗北を下さないでいる。
ムーンセルを誤認させるほどの妄執。
狂気とも呼べるそれ。
「――――――――ッッッッッッッッッッッッッッ!」
ランサーのそれは、もはや言葉にすらなってはいなかった。
高速でランサーはセイバーの喉元を狙う。
全速力と何ら遜色のないそれが、セイバーの回避を不可能に変えた。
それを、
「……あぁ」
セイバーは、最初から解りきっていたかのように、
「――――解っているとも」
振り向き、一閃。
切り捨てるのだった。
かくして、ランサーの最後のあがきは掻き消え――
第四回戦は、終結する。
本当は一話で消滅まで終わらせるつもりだったのですが。
というわけで、四回戦決着です。