ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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34.狂おしき槍使いの咆哮

「――――まったく、凛も随分と重い話を聞かせてくれる」

 

 戸が滑る乾いた音がして、セイバーは嘆息とともにつぶやく。

 周囲に人の姿はない。

 上の空ではあるが、先日のように誰かに姿を見られるのは面倒だ。

 即座にセイバーは背景と同化した。

 

(だが、これで決まったな。……この話は、必ずどこかで奏者としなければならん。奏者はまだ自分を間違えたままだ。さしもの奏者とて、それでは何時か、無理が来る)

 

 沙条愛歌。

 その生い立ちは、どちらかと言えば平凡に近いものだった。

 元魔術師の家系というのは普通ではないが、今の時代、だからとて人生が狂わされるわけでもない。

 裕福であることは確かだが――それでも、あまりに平凡な姉、沙条綾香が育つ程度には、愛歌の家庭は普通だったのだろう。

 

 すべてが平凡と違えてしまったのは、愛歌の天才性がゆえ。

 それ故に愛歌は孤独であって、そしてそれが愛歌にとって当然だった。

 愛歌の世界に“人間”はいないのだから。

 必要がないから、存在しない。

 

 ただひとつの例外が沙条綾香で、そして綾香は――――

 

(――それも、奏者の口から聞いてみたいものだ)

 

 ここ数日は進行役である言峰綺礼の用意したハンティングに忙しく、タイミングがない。

 決戦が近いのもある、もしも問題が起こっても、それを解決する時間はない。

 

 おそらく最善は――

 

(――この決戦の終了後。その夜にでも、問いかけてみることとしよう)

 

 遠坂凛には、彼女の目的の達成を約束した。

 ――故に、こんなところでは負けられない。

 

 覚悟は決まった。

 もはや自身に憂いはない。

 

 セイバーは、一人決意を新たにするのであった――

 

 

 ◆

 

 

 とはいえ、ハンティングは無制限の空間転移が可能なセイバー、愛歌陣営に敗北の要素など何一つなく。

 ランサー、ランルーくん陣営に勝利どころか、ポイント一つすら稼がせずの完勝であった。

 

 慌ただしさと有閑が混在した猶予期間(モラトリアム)の終了。

 随分と、今回の対戦相手は賑やかであった。

 間桐慎二、ライダーのコンビに近いが、こちらはより狂気的――凶器的だ。

 

 とはいえ、まだ愛歌は慎二の方をまともに扱っていたのではあるが――とかく。

 

 

 ――――決戦当日が、やってきたのである。

 

 

 すでに、愛歌もそしてランルーくんも、そのサーヴァントもエレベーターの中に姿は合った。

 互いに顔を合わせ、後はどちらかが死ななければ、校舎に帰還することはない。

 死こそが闘争の結末。

 

 それに、否やは互いに許されないのだ。

 

「――よく来たわね、可愛らしいけど憎らしい、とっても愛おしい私の子リス!」

 

「ふむ、随分と高評価だな、ランサーよ。いやさ拷問の槍使い――エリザベート・バートリー!」

 

 セイバーは意思を強めてランサーに向け宣言する。

 それは敵が秘するべき真名。

 

 ――真っ向からの、挑発であった。

 

「ねぇ、なんでアンタなんかが反応してるの? アンタも串刺しにされたい? いいわよ、私は」

 

「ふん、それがどうした。余は奏者の剣であるぞ――奏者を守るのが余の在り方よ」

 

 ふんす、と胸を張る少女。

 実に愛らしいが、愛歌の反応は嘆息だ。

 

「――それなら、もう少しスキンシップを優しくしてくれないのかしら」

 

 わたしの心情も守ってほしいわ、とは愛歌談。

 

「うむ! これまで以上に真剣に、全力で、愛でさせてもらおう」

 

「台無しじゃない!」

 

 叫ぶ愛歌に、ふとランサーが漏らす。

 

「……アンタも苦労してるのね」

 

「貴方にだけは同情されたくなかったわ……」

 

 ――しかし、ランサーの疲れた顔に思わず愛歌は同意してしまった。

 ランサーの後方では、ランルーくんが表情を読み取らせない仮面の面立ちのまま、立ち尽くしている。

 

 その瞳も、最初に邂逅した時のような蛇のような感覚は存在しない。

 

「……………………」

 

 言葉すらない。

 ことここに至って、ランルーくんは無言を貫いていた。

 

「何かしら、そんなにうちの道化(マスター)は面白いの? この陰気な顔が?」

 

 セイバーの視線に、ランサーが気がついたのだろう。

 

「まったく、子どもが死んだだか何だか知らないけれど、ここまで狂っちゃえば人とはいえないわよね。ま、今の私も物理的に人じゃないんだけど」

 

 みてよこの尻尾、キュートでしょう?

 と、ランサーは実に清々しいドヤ顔で竜の尾を見せびらかす。

 

「子が死んだ……? それを何故に知っておるのか」

 

「夢を見たのよ。欠けた夢、貴方だって――“貴方のマスター”だって見ているはずよ。ま、不幸なのはマスターだけじゃないのよね、何せ、マスターを“救わなければならない人間が救われなかった”のですもの」

 

 それは、どういう意味か――

 子を失いその母が正気を失うことは、稀有であってもありえないことはないのであろう。

 しかしそこには必ず、母を支える者が存在しなければならないはずで――

 

 

「――――イナクナッチャッタンダ」

 

 

 ランルーくんは、ぽつりとつぶやく。

 

「全部……ゼンブ……ランルーくんハ愛シタモノジャナキャ食ベラレナイ……デモ愛シタモノハゼンブ……イナクナッチャウンダヨ」

 

「――――」

 

 セイバーは、思わずという様子で絶句した。

 元より、ランサーのマスターに正気はない。

 だがこれは――正気が蝕まれていくかのような、そんな感覚。

 

 マスター本人ではない、セイバーが、だ。

 

「愛したものを食べる。確か、最初に出会った時もそんなことを……」

 

 思考とともに、それを確かめるように自然と、セイバーの目はランサーを向いた。

 不機嫌そうにランサーはセイバーを睨みつけた。

 

「――何? あら、拷問がご所望? ふふん、これでも女を泣かせるのは大の得意なの。半端者のマスターなんかとは違ってね」

 

「ふん、その趣味に付き合う理由がないな。つまらん、まったくもってつまらんぞ、うむ」

 

「――――ふん! 言ってなさい、紅いセイバー!」

 

「目にもの見せてくれるわ、紅いランサー!」

 

 言葉と同時、そこでエレベーターの降下は途切れた。

 一瞬の沈黙――最初に動いたのは、意外なことにランルーくんだ。

 すでにこの場から逃れることはありえない、故に、だろう。

 

 ランサーが愛歌、そしてセイバーを一瞥しその後に続く。

 

 ふと、セイバーはエレベーターから外に出ようとして――気が付き、振り返る。

 

「……そうだ、この戦闘が終わったら奏者に問いたいことがあるのだ」

 

 今の今まで、忘れていた。

 ――愛歌の記憶のこと、彼女の姉のこと、愛歌のコミュニティを壊滅させた誰かのこと。

 問いかけねばならないことは、山のようにあるのだ。

 

「あら、奇遇ね。わたしもよセイバー」

 

「……ふむ、似たもの同士だな」

 

 愛歌の言葉は、少し意外では合ったが、嬉しい言葉であった。

 おそらく、彼女の言葉の意味は、セイバーに関わること、つまり真名のことだろう。

 

 ようやく、愛歌がそれに興味をもったのだ。

 

 ――そして、愛歌はやれやれと嘆息しながら、言う。

 

「不本意ながら――そのようね」

 

 不承不承、認めるのであった。

 

 

 ◆

 

 

 飛び出したランサーを、セイバーの刃が受け止める。

 激しい金切り音に、更に衝撃の風圧が周囲に飛び散って、セイバーは後方へ流される。

 自分の意志で、だ。

 

 ランサーは一度地面に着地し、改めてセイバーに迫る。

 翼が空に羽ばたいて、ランサーは上段からセイバーを切りつけた。

 しかし、態勢を万全としていたセイバーにそれは弾かれる。

 ランサーの身体が宙を舞った。

 

「おぉっと」

 

 そんな風につぶやいて回転しながら着地したランサーの目前に、セイバーの剣が迫っている――!

 

「っらぁ!」

 

 セイバーの恫喝と共に放たれたそれを、ランサーはギリギリで受け止める。

 ――否、受け止めきれず、後方に流した。

 踏み込み一閃、セイバーの追撃だ。

 

 おぼつかない足で、何とかランサーは後方へ退避する。

 更にセイバーの身体が跳んだ。

 高速が、ランサーへ迫る。

 

 幾つかの剣がはねた、ランサーが後方へ下がり、それをセイバーが追う。

 一瞬の圧倒であった。

 それでもランサーは良く防いだ。

 無数の剣戟を、常に往なし続けて、ついには上段へ飛び上がるのである。

 

 セイバーの上空から、ランサーの一突、セイバーはその場から飛び退き、距離を取る。

 ――攻守が反転した。

 ランサーが着地と共に、セイバーを槍で責め立てるのである。

 

 無数の刺突を浴びせつけられながら、セイバーの身体には傷が及ばない。

 ランサーのそれも苛烈であるが、単なる鍔迫り合いでは、状況は一歩も動かないのである。

 

 動いたのは、攻め手、ランサーであった。

 それまで突きに専念していた自身の槍を、セイバーの足元に向けて払いをかけたのだ。

 セイバーは回避を選んだ、距離を取れば、むしろランサーが隙を晒すことになる。

 

 ――が、

 

「甘いわよ!」

 

 ランサーは振りぬきざまに、“そのまま身体を回転させた”。

 

「――なっ!」

 

 瞠目せざるを得ない。

 そう、ランサーの得物は何も己が槍だけではない。

 無辜の怪物スキルにより“人間を逸脱した”ランサーは、自身の身体を竜に変えている、

 

 ――つまりは、尾。

 

 それが、セイバーの顔にたたきつけられるのだ。

 ――それ自体は剣を使い弾いた。

 だが、三撃目の槍を思わず、セイバーは身体を傾いで回避する。

 ギリギリの連撃であった。

 加えて、無理な態勢での回避である、まだ状況に予断はない。

 

(――何と、貴族の小娘ごときが、こうも巧く戦いを運ぶか)

 

 ――その手腕は、実に巧みだ。

 初撃、ランサーは足元を狙った、セイバーの視線を足元へ向けるためだ。

 加えて横薙ぎの勢いをそのままにニ撃目への移行は鮮やかという他ない。

 更に身体を前傾にすることで竜の尾をセイバーの顔へ叩きつけやすいようにした。

 一連の流れに、これほどの攻防を混ぜ込んだのだ。

 

 天才セイバーをして、それは驚嘆する他ない。

 

(ここまで、三回あのサーヴァントは敵を撃破している。その中で成長したのでしょう、マスターからのサポートが望めないものね)

 

(……それでここまでのスキル、まさしく天才というものだろうよ、この小娘も!)

 

 もしくは、本能だろうか。

 おそらくは後者、この少女、戦闘は巧みではあるが、槍の捌き方に技術はない。

 前哨戦で感じたとおり、技量は未だに粗悪なままだ。

 だが、それを無理やり、彼女は戦闘センスで補強している――!

 

 ――無辜の怪物により得られた竜の力。

 それがランサーに、戦闘の本能を植え付けているのかもしれない。

 

 どちらにせよ、認めざるをえない。

 ――このサーヴァント、間違いなく強敵だ。

 

(――――私が出るわ)

 

 愛歌がそう告げる。

 ――直後、ランサーとセイバー、その中央に愛歌が飛び出してくる。

 

「……あら! 死にに来たのかしら!」

 

 高速で迫るランサーの一撃。

 その速度はセイバーとすら同等、この聖杯戦争においても、トップクラスのそれだ。

 ――それを、愛歌は何でもないように回避する。

 空間転移ですらなく、だ。

 

「ふぅん!」

 

 なんというふうになくランサーはつぶやくが、そこには驚愕が見て取れる。

 このマスター、元より人外のようであったが――完全に人のそれでないのは明白だ。

 

 返すように振るわれる愛歌の手のひら――紫のバグを躱しながら、ランサーの瞳は実に冷静で、冷酷だ。

 二対一、その状況にあっても、一切瞳に曇りは見られない。

 

 ランサーの後方に回ったセイバーが、剣を一息に振り下ろす。

 だがそれは、ランサーの尾によって防がれた。

 即座にランサーは槍を振り回し、愛歌の姿は掻き消える。

 セイバーの剣も受け流すと、ランサーは一気に飛び上がる。

 

 ――そこへ、

 

「――――読めてるのよ!」

 

 愛歌の炎が襲いかかる。

 ランサーの身体が踊った。

 翼ははためき、炎を直接振り払う。

 特性上、愛歌の炎は生物には効果が薄い、それでなくとも、竜の強靭な皮膚は貫けない――!

 

 回転し、改めて上空の愛歌に槍をぶつける。

 手には毒花が見える――だが、その間合いではランサーの身体を捉えることは不可能だ。

 

 腕を避け、頭を狙った一撃は回避される。

 けれどもこれで、愛歌の姿は空から消えた。

 

 上空から見下ろし、ランサーは愛歌とセイバーの姿を追う。

 見上げるセイバー――愛歌は、たった今出現した――!

 

「アッハハ! 貫かれなさい!」

 

 急降下、愛歌を狙い、地面に槍が突き立てられた。

 爆音と、煙、愛歌の姿はどこにもない。

 躱された、当然だ。

 あんな見え見えの一撃、回避されない理由はない。

 

 だが、問題はない。

 再び出現した愛歌へ、再び槍を突き立てればいいだけだ。

 

 即座に飛び出す。

 愛歌を視界に捉え、直線的な槍は、しかし阻まれる。

 セイバーによってだ。

 直後、愛歌が剣と槍の中央に出現し、両者は後方へ離れた。

 

 セイバーが攻めに転じる。

 ランサーと同様に速度を活かした連撃は、けれどもランサーのそれよりも鋭く、故に直線的だ。

 術としての体をなしているセイバーの一撃。

 まだ、そのほうがランサーにとっては“見える”のであった。

 

 ――無数に襲いかかる剣戟と、愛歌の手のひら。

 セイバー達は攻めあぐねている訳ではない、一方的に苛烈な攻撃を加えている。

 だがそれでもなお、ランサーに対して攻めきれていないだけのこと。

 反撃の芽は無いでもない、ランサーはそれを待つのも良いだろう。

 

 だが、それを待つほどランサーは能天気ではない。

 

 

「あっは! 押しつぶしてあげる! まるごとね!」

 

 

 魔力の高まり。

 即座にセイバーは飛びのき、警戒を強める。

 ――ランサーの反撃が、全力の攻勢が始まるのだ。




 愛歌の過去話は、もう少しだけ先のことになります。

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