ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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26.少女決戦

 その日を迎えても、沙条愛歌は実に冷静に振る舞った。

 冷静というよりも、冷徹と言うべきか。

 無感情と言うべきか――

 

 ――“決戦日”。

 

 当日に会っても、愛歌の態度に変化はないようであった。

 

 ――ありすと愛歌。

 両者を区切る透明な仕切越しに、向かい合う。

 決戦場へと向かうエレベーターは、物静かな駆動音が響き渡り――

 

「――お姉ちゃん」

 

「――おねえちゃん」

 

 キャスターとありす、両者の言葉が沈黙を破った。

 愛歌は柔らかな笑みで微笑んで、

 

「何かしら?」

 

 そう、端的に言葉を待つ。

 

「今日は何をして遊ぶの?」

 

「今日は一体どこであそぶの?」

 

「――明日は一体誰で遊ぼう」

 

「――明日はきっととても楽しい」

 

 二人は、ゆらゆらと、踊るように円を描いて、愛歌の側を通り過ぎる度に、ちらりと眺める。

 その顔は、人形のような、人としての存在を感じさせない。

 その面持ちは、どこか寂しそうで、楽しそう。

 

「あたしね、こんなに楽しいの初めてよ。あたし(アリス)と出会えた時は、とってもとっても嬉しかったの。今は、あたし(アリス)の分とおねえちゃんの分、二つ合わせて楽しいの」

 

「これまで一緒に遊んでくれてありがとう。こんなに遊んでくれたのは、貴方が初めてなの、お姉ちゃん。だから、だから何だか寂しいわ」

 

 ――白いありすは、どこまでも楽しそうに。

 ――黒いアリスは、どこまでも寂しそうに。

 

 それらはやがて交わり合う。

 どちらがどちらかわからなくなる。

 灰色の感情、灰色の記憶。

 

 やがて両者は停止して、互いを見つめ合って、語り合う。

 

「――あたし、今日は鬼ごっこがいい。だって、いっぱいいっぱい走り回れるから」

 

「――あたしは、かくれんぼもいいと思うわ。こわーいこわーい鬼さんが、逃げて隠れたウサギさんをぱっくんちょ!」

 

 白いありすが提案し――黒いアリスが賛同するように意見を述べる。

 それはきっと、とても楽しい遊びなのだろう。

 

 

「――なら、わたしが鬼でもいいかしら」

 

 

 そこに、割って入る用に愛歌は言った。

 

「……おねえちゃんが鬼?」

 

「お姉ちゃんが、こわいの?」

 

 二人が、少し意外そうに小首を傾げて視線を向ける。

 儚げな瞳が、二組。

 咎めるでも邪険にするでもなく。

 

「わたし、実は貴方をワンダーランドから追い出すとってもとっても悪い鬼さんなの。貴方は素敵な世界からさようならして、夢から目覚めなくちゃいけないの」

 

「……え?」

 

「――貴方の夢は、ここでおしまい。それでもいいなら、わたしが鬼よ?」

 

 それはある意味死の宣告で。

 しかし、――どこまでも諭すように、柔らかな姉の声だった。

 

「…………やだ。そんなのやだ。あたしはずっと遊んでいたい。この場所にはあたし(アリス)がいて、おねえちゃんもいる。……だからやだ! 朝になるなんて絶対にやだ――!」

 

「そうよ、あたし(ありす)はずっと夢の中なの。夢からさめちゃ行けないの。たとえお姉ちゃんであっても、それを止めることはできないわ」

 

「――それでも、ダメよ。わたしは悪いお姉ちゃんだから、貴方の夢を醒まして上げる――でも、それは何だか不公平よね」

 

 愛歌はあくまで否定する。

 そして、それでも“それだけ”とは言い切らない。

 

「――これは、鬼ごっこでも、かくれんぼでも無いわ。わたしが鬼なら、貴方も“鬼”よ。悪い夢が近くにあるなら、それは切り払ってしまいましょう?」

 

「……あ」

 

 ――言われたことを、アリスはすぐに理解した。

 愛歌はそう“言い聞かせている”。

 そう、振舞っているのだ。

 

 故に、

 

「――じゃあ、いっぱいいっぱい遊びましょうっ!」

 

 ありすがそう、呼びかけると。

 

「えぇ、いいわよ?」

 

 愛歌は笑んで頷いた。

 

 ちらりと、黒いアリス――キャスターがセイバーへ視線を向ける。

 “そういうわけだ”。

 ありすは愛歌と全力で遊ぶ。

 もう、これ以上ないくらい遊び倒すのだ。

 

 だから、“付き合ってほしい”。

 セイバーにも、この“遊戯”の終わりを、見届けてほしい。

 

 構わないと、セイバーは首肯した。

 

 

 ――わからないことは、いくらでもある。

 

 

 それはありすのことではない。

 ありすの生い立ちも、ありすの正体も、そしてキャスターの真名も、おおよそ検討がついている。

 解らないことは、マスターのこと。

 

 ――沙条愛歌。

 この少女のことを、セイバーはまだ良く知らない。

 それでも、ようやく知りたいと思えたのだ。

 こんなところでは、負けられない。

 

 ――エレベーターは決戦場にたどり着く。

 

 それぞれにはそれぞれの意思と決意があって。

 

 それは、この戦いの舞台に行き着くのである――

 

 

 ◆

 

 

 ――“あわれで可愛いトミーサム、いろいろここまでご苦労さま。でも、ぼうけんはおしまいよ。”

 “だってもうじき夢の中。夜のとばりは落ちきった。アナタの首も、ポトンと落ちる。”

 

 “さあ―――、嘘みたいに殺してあげる。ページを閉じて、さよならね!”

 

 

 ――先陣を切って飛び出したセイバーを、キャスターの魔術が待ち受ける。

 手のひらに蒼が宿り、それをつき出すようにして――そこから、溢れ出る凍てつく氷。

 

 “三月兎の狂乱”。

 

 横に飛び退いたセイバー、すぐ先ほどまでセイバーの会ったところに、セイバーの倍はあろうかという大きさの氷が出現する。

 刃のように空白を貫き、再び虚空へ消えていく。

 それが――二つ、

 

「……ぬぅ!?」

 

 ――さらに、三つ。

 谷の狭間のように周囲を包み、セイバーを抑える。

 

 そこに、更にキャスターの一撃が迫る。

 風の弾丸、セイバーを穿ち、貫こうとする。

 

 身を捩りそれを回避した。

 

「あらあら! 避けるだなんて行儀が悪いわ! さっさと死んでしまえばいいのに!」

 

「殺すだなんだと人聞きが悪いな!」

 

 続けざまに迫る弾丸。

 それはすでに出現していた氷を、消え去る前に叩き壊してセイバーに迫る。

 幾つもの死に、セイバーはその場で釘付けにされた。

 

「――――セイバー」

 

 そこへ、自身のマスター、愛歌の声が轟く。

 セイバーは即座に剣を構え、弾丸を無視して突き進む。

 迫る弾丸は――

 

「――手のひらの災禍(リセット)

 

 沙条愛歌に防がれる。

 炎が、飴細工を溶かすように周囲の氷も、そして風もかき消していく。

 ただ踊る少女のみがそこに残って、その横をセイバーが駆け抜ける。

 

「……だめぇ!」

 

 ――対するように、そこへ白いありす、マスターの魔術が迫る。

 炎のそれに、更に風がセイバーを包む。

 幾つもの魔術を跳ね回らせて、キャスターはセイバーの進撃を食い止める。

 無数の炎を躱し、風を振り払い、それでもセイバーの足は、また停滞した。

 

 ――それでも、全てがうまくいくはずもない。

 

 キャスターの目前、目と鼻の先に、愛歌の顔が現れる。

 愛歌はいつもの笑みで、キャスターは苦々しい顔で――互いに、お互いの顔へ手を向ける。

 毒を持った愛歌の手。

 氷を宿したキャスターの手。

 

 互いに、それを首を振って回避し、そしてキャスターは飛び退き、愛歌は消え去る。

 同時、両者が在った場所に、爆発的な炎と氷が交差する。

 互いを貫くためのもの。

 クロスした赤と白、氷は融け、炎は横たわるようにして消えていった。

 

「やぁ――――!」

 

 キャスターの手のひらから無数の風が飛び出していく。

 周囲を氷で閉ざされ、セイバーは刃となった風に切り裂かれる。

 

 連打――連打、連打連打連打。

 暴圧、もはや嵐と化したそれに、セイバーは苦悶する。

 心臓と――頭。

 急所に適確に迫るそれを刃で防ぎ、セイバーはついに後方へ吹き飛ばされる。

 

(――手数はアーチャーの比ではないか。ただの猪突猛進ではだめだな)

 

(当たり前よ――正攻法は王道ではあるけれど、搦手には弱いのだから)

 

 セイバーは愛歌の言葉を聞くと同時、円を描くように駆け出した。

 その眼前に氷が吹き上がり、風が後を追いかける。

 ジグザグに氷の間を駆け抜けながら、セイバーはじっとキャスターを見る。

 

 氷はセイバーの周囲を覆い、風はキャスターを台風の目とした。

 さながらそれは、そこがキャスターの城であるかのよう。

 難攻不落の城塞が、そこにはあった。

 

 主は、たったふたりの小さな少女。

 黒と白、対照的な二つの色は、白の中央部にて待ち受けている。

 

 氷に覆われた、嵐に包まれたその城で、二人っきりなのだ。

 

 セイバーとありすたちの距離はあまりに遠い。

 周囲を旋回し、しかしそこに隙間はない。

 作り用がないのだ、決定的に、ありすとセイバーは隔絶されている。

 それを埋めようとは、今更セイバーも思わない。

 

(――ただ)

 

 ――――ただ、それは愛歌にとってはどうなのだろう。

 

(……何かしら?)

 

(いや、戦闘中の戯言だ。今は聞くまい)

 

 セイバーがそれを振り払うと同時――

 

 

 セイバーとありす、その中央に沙条愛歌が出現する――!

 

 

 炎が、彼女の周囲を取り巻いた。

 一瞬にして純白の城を包み、鋼にも似た氷の世界は、炎に満ちた地獄へと堕ちた。

 灼熱地獄、地獄の釜は、煮えたぎった炎によって空間を飲み込む――

 

「――――いやぁ!」

 

 ありすの絶叫。

 即座に、キャスターは周囲に風の散弾をぶちまけた。

 狙いは愛歌、そして何より、キャスターを狙うセイバー――

 

 しかし、弾丸は炎に飲み込まれる。

 波にさらわれ消えていくように、すぐに見えなくなってしまった。

 

 炎の影から、ちらりと愛歌の瞳が覗いた。

 

「――っ!」

 

 ――――直後。

 息を呑むキャスターに、セイバーが剣を振りかぶり、殺到している。

 

 ――斬撃。

 とっさに身を守ろうとしたキャスターごと、セイバーの剣は切り裂いた。

 ――衝撃。

 声を発する事もできず、キャスターはその場にのけぞる。

 

「……あたし(アリス)をいじめないで!」

 

 そこに、ありすのコードキャスト、炎の群れ。

 ――“火吹きトカゲのフライパン”。

 

 猛烈なその勢いに、思わずセイバーは身を屈め、剣を引き寄せた。

 すかさずキャスターは手のひらに魔力を込め、勢いを持ってセイバーへとぶつけようとする――が、しかし。

 

「甘いぞキャスター!」

 

 セイバーの行動はそれよりも素早かった。

 そも、キャスターの一撃は、あまりにもおおぶりであり、隙が大きい。

 そして何より――決定的に、セイバーよりも遅すぎる。

 

 再び一閃、キャスターは、更に一歩後ろへ後退した。

 

 痛みはあるが、しかし距離は拓けた。

 この場所からならば、セイバーが剣を振るうよりも速く――

 

 支度は終わる。

 

「――鬼はあたしよ! 貴方は逃げ惑うのがお似合いね!」

 

 キャスターを囲むように出現する、氷と風の混合。

 二つの殺傷、この群れに飛び込んでは、さしものセイバーとて無事では済まない――!

 

「下がりなさい、セイバー」

 

 しかし、セイバーはその場から掻き消えて、代わりに愛歌が出現する。

 空間転移――セイバーをも対象とデキるのか。

 キャスターは一瞬思考を巡らせるが、しかしすぐに捨て去る。

 考察は、戦場には不要なシロモノだ。

 

「――好都合、一気に叩いてあげる、覚悟なさい」

 

「あらあら、行けない娘。でも安心して、わたしは貴方を食べてしまう鬼なのだもの。――じっくりたっぷり、味わってあげる」

 

「……ッ!」

 

 キャスターが言葉を呑み込むと同時、無数の礫は射出された。

 一度に十や二十では済まされない。

 一秒に百では済まされない。

 

 無限にも思えるほどの散弾が、全て愛歌へ殺到するのだ。

 

 それを、愛歌の炎が受け止める。

 

 足元から触手のように湧き上がったそれは、全てを喰らい尽くし、キャスターにすら迫ろうとする。

 

「鬼! 悪魔!」

 

「えぇそうよ、鬼だもの」

 

「――だったら、もっと数を増やしてあげる! 貴方でも食べられちゃうくらい!」

 

 言葉の通り、散弾は増える。

 ――増える、無数以上に、無限以上に――――!

 

 もはやこれは、一体どこまで増えるのだ?

 

 数は、等に数えることをやめていた。

 

 やがて、炎に解かされた氷が、風が、白い煙を周囲に撒き散らす。

 愛歌の姿は煙の先へ消えていった。

 同時、キャスターはゆっくりと後方に後退する。

 ありすに意識を向けながら、ただひたすらに礫を愛歌へ放ち続けた。

 

 ――煙はすでに周囲を覆い尽くして、後方へ退避したはずのセイバーの姿すらも呑み込んだ。

 “白”はありす達と愛歌達を遮る壁となる。

 

 

 ――――やがて、キャスターは全ての散弾を打ち終えた。

 

 

 これ以上は、今後の戦闘に関わる。

 今後のキャスターの維持にすら関わる。

 

 完全な全力全開、撃ち尽くした魔力を補填する算段がなければ、こんな選択肢は絶対に取れない。

 

「……終わった、の?」

 

 ありすの問いかけ。

 キャスターは、苦々しい顔で、それでも頷く。

 

「えぇ、そのはずよ。だって、これだけ撃ち込んだのですもの、これで倒れなければ――」

 

 

「――――あら、そうかしら」

 

 

 声。

 

 ――あ、とキャスターは漏らした。

 言葉は途切れ、呆然と白の煙の先を見る。

 

「良い手ではあったわ。手数に寄る力押し、正攻法ね」

 

 間違えようはない。

 

「でも、残念ながら、正攻法というのはね――」

 

 ――――沙条愛歌だ。

 

 

「それよりも更に上の正攻法に、押しつぶされてしまうものなのよ?」

 

 

 彼女は耐えたのだ。

 自身の炎で、アレだけの死を、“全て喰らい尽くして”魅せたのだ――――!


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