ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
その日を迎えても、沙条愛歌は実に冷静に振る舞った。
冷静というよりも、冷徹と言うべきか。
無感情と言うべきか――
――“決戦日”。
当日に会っても、愛歌の態度に変化はないようであった。
――ありすと愛歌。
両者を区切る透明な仕切越しに、向かい合う。
決戦場へと向かうエレベーターは、物静かな駆動音が響き渡り――
「――お姉ちゃん」
「――おねえちゃん」
キャスターとありす、両者の言葉が沈黙を破った。
愛歌は柔らかな笑みで微笑んで、
「何かしら?」
そう、端的に言葉を待つ。
「今日は何をして遊ぶの?」
「今日は一体どこであそぶの?」
「――明日は一体誰で遊ぼう」
「――明日はきっととても楽しい」
二人は、ゆらゆらと、踊るように円を描いて、愛歌の側を通り過ぎる度に、ちらりと眺める。
その顔は、人形のような、人としての存在を感じさせない。
その面持ちは、どこか寂しそうで、楽しそう。
「あたしね、こんなに楽しいの初めてよ。
「これまで一緒に遊んでくれてありがとう。こんなに遊んでくれたのは、貴方が初めてなの、お姉ちゃん。だから、だから何だか寂しいわ」
――白いありすは、どこまでも楽しそうに。
――黒いアリスは、どこまでも寂しそうに。
それらはやがて交わり合う。
どちらがどちらかわからなくなる。
灰色の感情、灰色の記憶。
やがて両者は停止して、互いを見つめ合って、語り合う。
「――あたし、今日は鬼ごっこがいい。だって、いっぱいいっぱい走り回れるから」
「――あたしは、かくれんぼもいいと思うわ。こわーいこわーい鬼さんが、逃げて隠れたウサギさんをぱっくんちょ!」
白いありすが提案し――黒いアリスが賛同するように意見を述べる。
それはきっと、とても楽しい遊びなのだろう。
「――なら、わたしが鬼でもいいかしら」
そこに、割って入る用に愛歌は言った。
「……おねえちゃんが鬼?」
「お姉ちゃんが、こわいの?」
二人が、少し意外そうに小首を傾げて視線を向ける。
儚げな瞳が、二組。
咎めるでも邪険にするでもなく。
「わたし、実は貴方をワンダーランドから追い出すとってもとっても悪い鬼さんなの。貴方は素敵な世界からさようならして、夢から目覚めなくちゃいけないの」
「……え?」
「――貴方の夢は、ここでおしまい。それでもいいなら、わたしが鬼よ?」
それはある意味死の宣告で。
しかし、――どこまでも諭すように、柔らかな姉の声だった。
「…………やだ。そんなのやだ。あたしはずっと遊んでいたい。この場所には
「そうよ、
「――それでも、ダメよ。わたしは悪いお姉ちゃんだから、貴方の夢を醒まして上げる――でも、それは何だか不公平よね」
愛歌はあくまで否定する。
そして、それでも“それだけ”とは言い切らない。
「――これは、鬼ごっこでも、かくれんぼでも無いわ。わたしが鬼なら、貴方も“鬼”よ。悪い夢が近くにあるなら、それは切り払ってしまいましょう?」
「……あ」
――言われたことを、アリスはすぐに理解した。
愛歌はそう“言い聞かせている”。
そう、振舞っているのだ。
故に、
「――じゃあ、いっぱいいっぱい遊びましょうっ!」
ありすがそう、呼びかけると。
「えぇ、いいわよ?」
愛歌は笑んで頷いた。
ちらりと、黒いアリス――キャスターがセイバーへ視線を向ける。
“そういうわけだ”。
ありすは愛歌と全力で遊ぶ。
もう、これ以上ないくらい遊び倒すのだ。
だから、“付き合ってほしい”。
セイバーにも、この“遊戯”の終わりを、見届けてほしい。
構わないと、セイバーは首肯した。
――わからないことは、いくらでもある。
それはありすのことではない。
ありすの生い立ちも、ありすの正体も、そしてキャスターの真名も、おおよそ検討がついている。
解らないことは、マスターのこと。
――沙条愛歌。
この少女のことを、セイバーはまだ良く知らない。
それでも、ようやく知りたいと思えたのだ。
こんなところでは、負けられない。
――エレベーターは決戦場にたどり着く。
それぞれにはそれぞれの意思と決意があって。
それは、この戦いの舞台に行き着くのである――
◆
――“あわれで可愛いトミーサム、いろいろここまでご苦労さま。でも、ぼうけんはおしまいよ。”
“だってもうじき夢の中。夜のとばりは落ちきった。アナタの首も、ポトンと落ちる。”
“さあ―――、嘘みたいに殺してあげる。ページを閉じて、さよならね!”
――先陣を切って飛び出したセイバーを、キャスターの魔術が待ち受ける。
手のひらに蒼が宿り、それをつき出すようにして――そこから、溢れ出る凍てつく氷。
“三月兎の狂乱”。
横に飛び退いたセイバー、すぐ先ほどまでセイバーの会ったところに、セイバーの倍はあろうかという大きさの氷が出現する。
刃のように空白を貫き、再び虚空へ消えていく。
それが――二つ、
「……ぬぅ!?」
――さらに、三つ。
谷の狭間のように周囲を包み、セイバーを抑える。
そこに、更にキャスターの一撃が迫る。
風の弾丸、セイバーを穿ち、貫こうとする。
身を捩りそれを回避した。
「あらあら! 避けるだなんて行儀が悪いわ! さっさと死んでしまえばいいのに!」
「殺すだなんだと人聞きが悪いな!」
続けざまに迫る弾丸。
それはすでに出現していた氷を、消え去る前に叩き壊してセイバーに迫る。
幾つもの死に、セイバーはその場で釘付けにされた。
「――――セイバー」
そこへ、自身のマスター、愛歌の声が轟く。
セイバーは即座に剣を構え、弾丸を無視して突き進む。
迫る弾丸は――
「――手のひらの
沙条愛歌に防がれる。
炎が、飴細工を溶かすように周囲の氷も、そして風もかき消していく。
ただ踊る少女のみがそこに残って、その横をセイバーが駆け抜ける。
「……だめぇ!」
――対するように、そこへ白いありす、マスターの魔術が迫る。
炎のそれに、更に風がセイバーを包む。
幾つもの魔術を跳ね回らせて、キャスターはセイバーの進撃を食い止める。
無数の炎を躱し、風を振り払い、それでもセイバーの足は、また停滞した。
――それでも、全てがうまくいくはずもない。
キャスターの目前、目と鼻の先に、愛歌の顔が現れる。
愛歌はいつもの笑みで、キャスターは苦々しい顔で――互いに、お互いの顔へ手を向ける。
毒を持った愛歌の手。
氷を宿したキャスターの手。
互いに、それを首を振って回避し、そしてキャスターは飛び退き、愛歌は消え去る。
同時、両者が在った場所に、爆発的な炎と氷が交差する。
互いを貫くためのもの。
クロスした赤と白、氷は融け、炎は横たわるようにして消えていった。
「やぁ――――!」
キャスターの手のひらから無数の風が飛び出していく。
周囲を氷で閉ざされ、セイバーは刃となった風に切り裂かれる。
連打――連打、連打連打連打。
暴圧、もはや嵐と化したそれに、セイバーは苦悶する。
心臓と――頭。
急所に適確に迫るそれを刃で防ぎ、セイバーはついに後方へ吹き飛ばされる。
(――手数はアーチャーの比ではないか。ただの猪突猛進ではだめだな)
(当たり前よ――正攻法は王道ではあるけれど、搦手には弱いのだから)
セイバーは愛歌の言葉を聞くと同時、円を描くように駆け出した。
その眼前に氷が吹き上がり、風が後を追いかける。
ジグザグに氷の間を駆け抜けながら、セイバーはじっとキャスターを見る。
氷はセイバーの周囲を覆い、風はキャスターを台風の目とした。
さながらそれは、そこがキャスターの城であるかのよう。
難攻不落の城塞が、そこにはあった。
主は、たったふたりの小さな少女。
黒と白、対照的な二つの色は、白の中央部にて待ち受けている。
氷に覆われた、嵐に包まれたその城で、二人っきりなのだ。
セイバーとありすたちの距離はあまりに遠い。
周囲を旋回し、しかしそこに隙間はない。
作り用がないのだ、決定的に、ありすとセイバーは隔絶されている。
それを埋めようとは、今更セイバーも思わない。
(――ただ)
――――ただ、それは愛歌にとってはどうなのだろう。
(……何かしら?)
(いや、戦闘中の戯言だ。今は聞くまい)
セイバーがそれを振り払うと同時――
セイバーとありす、その中央に沙条愛歌が出現する――!
炎が、彼女の周囲を取り巻いた。
一瞬にして純白の城を包み、鋼にも似た氷の世界は、炎に満ちた地獄へと堕ちた。
灼熱地獄、地獄の釜は、煮えたぎった炎によって空間を飲み込む――
「――――いやぁ!」
ありすの絶叫。
即座に、キャスターは周囲に風の散弾をぶちまけた。
狙いは愛歌、そして何より、キャスターを狙うセイバー――
しかし、弾丸は炎に飲み込まれる。
波にさらわれ消えていくように、すぐに見えなくなってしまった。
炎の影から、ちらりと愛歌の瞳が覗いた。
「――っ!」
――――直後。
息を呑むキャスターに、セイバーが剣を振りかぶり、殺到している。
――斬撃。
とっさに身を守ろうとしたキャスターごと、セイバーの剣は切り裂いた。
――衝撃。
声を発する事もできず、キャスターはその場にのけぞる。
「……
そこに、ありすのコードキャスト、炎の群れ。
――“火吹きトカゲのフライパン”。
猛烈なその勢いに、思わずセイバーは身を屈め、剣を引き寄せた。
すかさずキャスターは手のひらに魔力を込め、勢いを持ってセイバーへとぶつけようとする――が、しかし。
「甘いぞキャスター!」
セイバーの行動はそれよりも素早かった。
そも、キャスターの一撃は、あまりにもおおぶりであり、隙が大きい。
そして何より――決定的に、セイバーよりも遅すぎる。
再び一閃、キャスターは、更に一歩後ろへ後退した。
痛みはあるが、しかし距離は拓けた。
この場所からならば、セイバーが剣を振るうよりも速く――
支度は終わる。
「――鬼はあたしよ! 貴方は逃げ惑うのがお似合いね!」
キャスターを囲むように出現する、氷と風の混合。
二つの殺傷、この群れに飛び込んでは、さしものセイバーとて無事では済まない――!
「下がりなさい、セイバー」
しかし、セイバーはその場から掻き消えて、代わりに愛歌が出現する。
空間転移――セイバーをも対象とデキるのか。
キャスターは一瞬思考を巡らせるが、しかしすぐに捨て去る。
考察は、戦場には不要なシロモノだ。
「――好都合、一気に叩いてあげる、覚悟なさい」
「あらあら、行けない娘。でも安心して、わたしは貴方を食べてしまう鬼なのだもの。――じっくりたっぷり、味わってあげる」
「……ッ!」
キャスターが言葉を呑み込むと同時、無数の礫は射出された。
一度に十や二十では済まされない。
一秒に百では済まされない。
無限にも思えるほどの散弾が、全て愛歌へ殺到するのだ。
それを、愛歌の炎が受け止める。
足元から触手のように湧き上がったそれは、全てを喰らい尽くし、キャスターにすら迫ろうとする。
「鬼! 悪魔!」
「えぇそうよ、鬼だもの」
「――だったら、もっと数を増やしてあげる! 貴方でも食べられちゃうくらい!」
言葉の通り、散弾は増える。
――増える、無数以上に、無限以上に――――!
もはやこれは、一体どこまで増えるのだ?
数は、等に数えることをやめていた。
やがて、炎に解かされた氷が、風が、白い煙を周囲に撒き散らす。
愛歌の姿は煙の先へ消えていった。
同時、キャスターはゆっくりと後方に後退する。
ありすに意識を向けながら、ただひたすらに礫を愛歌へ放ち続けた。
――煙はすでに周囲を覆い尽くして、後方へ退避したはずのセイバーの姿すらも呑み込んだ。
“白”はありす達と愛歌達を遮る壁となる。
――――やがて、キャスターは全ての散弾を打ち終えた。
これ以上は、今後の戦闘に関わる。
今後のキャスターの維持にすら関わる。
完全な全力全開、撃ち尽くした魔力を補填する算段がなければ、こんな選択肢は絶対に取れない。
「……終わった、の?」
ありすの問いかけ。
キャスターは、苦々しい顔で、それでも頷く。
「えぇ、そのはずよ。だって、これだけ撃ち込んだのですもの、これで倒れなければ――」
「――――あら、そうかしら」
声。
――あ、とキャスターは漏らした。
言葉は途切れ、呆然と白の煙の先を見る。
「良い手ではあったわ。手数に寄る力押し、正攻法ね」
間違えようはない。
「でも、残念ながら、正攻法というのはね――」
――――沙条愛歌だ。
「それよりも更に上の正攻法に、押しつぶされてしまうものなのよ?」
彼女は耐えたのだ。
自身の炎で、アレだけの死を、“全て喰らい尽くして”魅せたのだ――――!