ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
ムーンセルが構築する仮想上の学園――月見原学園は、その人の少なさもあってか、おおよそ静寂に包まれている事が多い。
特に保健室という場所はその特性上、人の少なさから図書館と並んで静けさに満ちていた。
常はその保健室を管理するAI、間桐桜によって清潔と平穏を保っているのだが――今日はどうやら、そうでもないようだ。
「失礼するわ――」
始まりは、一人の少女が保健室に乗り込んできたことだった。
――沙条愛歌、ムーンセルから優勝候補とみなされる参加者の一人。
「あれ? 沙条さん? どうしましたか? 何か調子でも?」
管理AIである間桐桜は“
この場では一回戦につき一回、支給品の配布を行っているが、それを目当てにしているマスターと、愛歌の調子はどうにも違った。
というのも、彼女は桜に目もくれず、桜がいつもいる場所にある机に近づき――
――その上のものを、まるごと消去してしまったのだ。
「えぇっ!?」
思わず、と言った様子で桜が立ち上がる。
「あの、一体これはどういう――」
「少し借りるわ」
まるで意に介していないように、愛歌は机の上を改造する。
電子による効果音がサウンドを支配するSE.RA.PHではあるが、それがけたたましく鳴り響く。
現れたのはコンロ、まな板。
これはつまり――
「少し料理がしたいの。他の場所では目立ってしまうから、ここを使わせて貰うわね」
「え?」
言う愛歌は、しかし答えを求めていないようだった。
それはそう、当然だろう。
愛歌は最初から、ここでこういった行動に出ても、ムーンセルから咎められないことを理解しているからだ。
一AIとして、桜は非常に困惑してしまうが、それでも。
戦争を行うこの場所で、こんな行為は最初から、規制する理由もない。
あっという間に、保健室の長机は、料理のための台所に変わってしまった。
最後に愛歌は自身の衣装をチェンジする。
邪魔な髪を結い上げ、エプロンを羽織る、完全に料理を始めるつもりだ。
「その、その、困ります」
「困るだけでしょう? ならこの程度のことは見逃しなさいな、上級AIなのだから、その程度の裁量はあるでしょう」
「え、えっと、そうではなくて、“何も咎められない”から困るんです。そもそも、マイルームですればいいではないですか?」
桜のいうことは最もだ。
実際、愛歌はこれまで何度かマイルームで料理をする機会はあった。
基本的に、ティータイムに食べているお菓子は全て愛歌のお手製だ。
時折、外に麻婆パンを食べに行くこともあるが、基本的には自炊が愛歌の旨なのである。
だのに急にそんなことを言われても、桜としては困ってしまう。
「あら、しょうが無いじゃない。だって、お料理は熱い内が一番美味しいのよ? それに、食堂の厨房を借りるには、あまり適さないメニューなんですもの」
あそこは少し大雑把な機材が多すぎるわ、とは愛歌談。
だったら自分で出せばいいではないかと思わないではないが、それはあくまで後付の理由だ。
要するに、愛歌はここで朝食を作りたいのである。
――何となく。
加えて言えば、もう一つ。
「美味しいものを、一番美味しいうちに食べてもらおうと思ったら、すぐに食べれる場所で食べて貰わなければいけないじゃない?」
――そんなことを語っているうちに、ふともう一度扉が開く。
今度は一体だれであろう。
こんな状況、あまり見せられたものではないのだが――
――現れたのは、十かそこらの愛歌よりも更に幼い白の少女。
マスターの一人だ――名を、ありすという。
要するに愛歌は、この少女に手料理を振る舞おうというわけだ。
◆
時刻はまだ、陽も昇り始めた朝の頃。
そういう訳もあってか、メニューは簡単なものがほとんどだ。
気合を入れて作るわけではないが――それでも、愛歌の手腕は見事なものだった。
遠目に、ありすと桜――そして透明化してはいるが、セイバーとありすのサーヴァントである黒い少女が見守る中、てきぱきと調理を終えていく。
実に計算された流れであった。
一つの作業それそのものにも無駄がなく、完璧に作り上げられた
SE.RA.PHには似つかわしくない家庭的なサウンドをかき鳴らしながら、やがて愛歌は準備を終えた。
――最後にぽん、とカリカリに焼きあがったトーストが機械から飛び上がり、完成である。
出来上がったのは、パンを主食とした彩り豊かなものであった。
赤と緑のみずみずしいサラダに、若干黄色みがかった湯気と香りが同時に鼻を擽るコーンスープ。
“
清々しい晴れた朝には最高の、実に美味しそうな朝食が、計五人分。
「さて、召し上がれ。パンはジャムと、それからマーガリンをつけると美味しいわ。目玉焼きを載せてもいいかも。それならマヨネーズもあうかしら」
特に誇った様子も無く、愛歌は実に爽やかに笑んで、そう語りかける。
――思わず見惚れていた桜と、目を輝かせていたありす。
それから、サーヴァントである黒いアリスとセイバーも、その場に出現する。
テーブルは台所としての機能は片付けられ、今度はクロスを駆けられる。
学校の地味な机が、なんとなく高価なテーブルへ変わると、同時に椅子も、何だかがっしりとした木の椅子が人数分出現した。
「わーい! 美味しそうな目玉焼き!
「えぇ
実に嬉しそうなありすと、どこか歌うように言の葉を紡ぐ黒いアリス。
二人がまず席につき、セイバーも楽しげにそれに倣った。
「……あら、どうしたの? 桜」
愛歌が、エプロンと髪を結い上げていたゴムを片付けながら、呆けたように立ち尽くしていた桜へ問いかける。
「え? あ、いえ、その……すごいな、って」
「そう? ありがとう。桜がこんどお弁当を作るって聞いて、せっかくなら、なんていう気持ちもあるにはあったのだけれど、どうかしら」
「あ……」
――確かに、それはそのとおりだ。
第四回戦の配布物として、お弁当を用意するつもりだったのだ。
あの鮮やかな料理の姿は、確かに参考になる後ろ姿であった。
けれども、何故そんなことを彼女はしてくれるのだろう。
「何故かしら。ついでならいいかしらと思ったのだけれど、自分でも良くわからないわ」
――そう、愛歌は桜の疑問に答える。
よくわからないけど、要するに気分の問題らしい。
「えっと、その……ありがとうございます。とっても参考になりました。なので、四回戦では美味しいお弁当、作っちゃいますね?」
「えぇ楽しみにしているわ。これ以上に美味しい物を、ね?」
それと、と愛歌は更に付け加える。
「――貴方の分も作ってみたの、味の方も、見ておきたいでしょう?」
五人分の料理、当然といえば当然だ、桜はこの場を提供してくれたのだから。
たとえAIであって――場所を貸してくれた礼、料理への参考、幾つもの合理的な理由を出されてしまえば、辞退することは難しい。
「……はい!」
桜は実に愛らしい笑顔で、そう頷いた。
感情値が揺れる、なるほど実に――嬉しい誘いであった。
◆
「美味しい! これ、すっごく美味しいよ、
「えぇそうね。コーンスープ、とってもいい香り。味も……まろやかで、飲みやすい」
すす、と黒いアリスは音も立てず優雅にスープを啜った。
見ていて絵になる少女だ、チラリとセイバーは視線を向ける。
何度も執拗に――ありすならばともかく、黒いアリスが気がつかないはずもない。
黒いアリスは、チラリと愛歌の方へ視線を向けた。
曰く、“ヘルプ”。
「セイバー、どうかしら。それなりに自信作なのだけど」
即座に愛歌はセイバーへ声をかける。
睨みつけるように目を細めるが、セイバーは全く意に介した風もなく。
「うむ! このサラダ、ドレッシングをかけても美味しいな! こういう料理は新鮮味があっていつでも美味しいものだ」
「セイバーはサーヴァントだものね。――ありすはどう?」
「――え? あ、うん! 美味しいよ! 目玉焼きがね、トーストにのせると二倍美味しいの!」
一たす一はニだよね? と愛らしく黒いアリスに問いかける。
それから、とありすは続けた。
「でもね……あたしは
「実はわたしも、どちらかと言えば片面焼きが好きなのよね。今日はなんていうか、気分でそうしたけれど、次の機会があれば、その時は片面焼きにさせてもらうわ?」
いいながら、ちらりとセイバーを見て、それから桜へ視線を移す。
彼女は無言で味をしっかり確かめるように、何度も咀嚼しては飲み込んでいる。
そうやって解るように味わってもらえるとそれはそれで嬉しいものだ。
問わずとも解る。
しかし、それでも愛歌は聞かずにはいられない。
「桜はどう――? さっきから熱心に食べてくれているけれど」
びくりと、体を震わせて桜は愛歌を見る。
口の中にサラダが入ったままの桜は、申し訳無さそうにそれを何度も噛んで味わう。
「あ、えっと。その、すごく美味しいです。……何だか、私が食べるのが申し訳ないくらい」
「いいのよ。貴方が食べたって、セイバーが食べたって、それが食べられるという点においては、どちらも等価値なのだからね?」
食べ物の価値はその味や見た目などで変わってくるが――少なくとも、食べる側の価値に違いはないだろう。
言いながら、愛歌はパンに口をつける。
しっかりと焼けた目玉焼きが載せられて、まだ温かい食事を楽しむ。
――どことなくそれは不可思議な光景で、今が殺し合いの最中であることを考えれば、“これから殺しあう相手”と朝食を共にするなど、異常もいいところ。
それでも、これは何とも“悪くない”。
これは、そういう朝食の時間だった。
◆
朝食は、そもある取引によって振る舞われたものだ。
要するに、ありすの“お友達”――バーサーカーが如き異形を屠るための礼装が何であるかを聞き出すため。
出てきた単語は『ヴォーパルの剣』。
――異形という存在だけではあたりは付けられなかったが、これであのバケモノの正体がはっきりした。
――ジャバウォック。
とある絵本に登場する、不可思議で不確かな不気味の怪物。
早速愛歌はそれを即座に“作り上げて”見せた。
さすがに手慣れた魔術師と言うべきか――とはいえそれは錬金術に属するのだが、それでも愛歌は難なくこなして見せた。
そうして再びアリーナにやってきて――
「……こんなものか?」
ヴォーパルの剣を突き刺した怪物ジャバウォックは、たったの一刀でセイバーに切り伏せられた。
思わずセイバーがこぼすのも無理は無い。
「無敵とは虚像よ、――それが、どれだけ“無敵に見えるか”によって、本来との落差が生まれる。特にそれが“虚実”から生まれたものだとすればなおさら」
ふぅむ、と零しながらセイバーは周囲に警戒を向ける。
愛歌が暗号鍵を取得している最中だ、あまり気は抜けない。
たとえ相手が、無邪気そのものとしか思えない幼子であっても。
「――そういえば」
ふと、その幼子と愛歌を同時に想起して、セイバーは問う。
「奏者は随分とあの少女に入れ込むのだな」
「そう見える?」
「見えるとも、奏者は随分とありすとの会話を楽しんでいる。――トオサカリンの時と、それはあまり違わないように思えるな」
遠坂凛は、現実においても愛歌と交流のあった“友人”のような存在。
それと同じくらい、愛歌はありすという存在を気にかけている。
ふぅん、と愛歌は暗号鍵をデータとして収納し――それからセイバーを見る。
「まぁ、多分だけれど――」
そこに彼女らしい笑みはなかった。
――セイバーに向ける、拗ねに近い怒りもなかった。
ただ遠くを、そう、無意味に視線を向けるかのような、そんな瞳。
「――妹が居たのよ。だから、かしらね」
セイバーはそれに、何も答えることができないのだ。
その意味を、ただそっと、噛み砕くように――反芻した。
少しずつではありますが、物語は加速していきます。