ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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16.紅の邂逅

(――お?)

 

 ――念話、ランサーが何かに気がついたように声を上げる。

 遠坂凛はその少し後に、周囲の不可思議な“気配”に気がついた。

 

 気配に聡いわけではないが――さすがに、気が付かないわけがない。

 数瞬前には、煙一つ無かった場所に――

 

 人が現れたとなれば。

 

「……こんにちわ、凛」

 

「こんにちわ、沙条さん」

 

 そこはショートカットによって記録されている場所ではない。

 現在、凛がいるのは図書館の入り口だ。

 そこに急に人が出現するなどありえない。

 無制限な空間転移を可能とする、“沙条愛歌”でなければ。

 

「何だか他人行儀よ、凛。叶うなら、昔みたいに愛歌って名前で読んでほしいのだけど」

 

「今の私と貴方は敵同士。悪いけど、敵にかける情けなんてないの」

 

 ――確かに、凛は愛歌に対して決して悪い感情を抱いてはいない。

 理性は“それは危険だ”と告げているけれど、しかし凛自体は、愛歌に気を許しているのだから仕方がない。

 

 とはいえ、“それで遠慮をするか”といえばそうではないわけで。

 少なくとも、愛歌は強い――一人で生きていける人間に、態々おせっかいをやくつもりもない。

 

 ――こうして会話をしている時点で、それだけでもう随分、お人好しなのだとは、理解してはいるけれど。

 

「……それにしても、便利なものね、その空間転移」

 

 凛は、嘆息気味に愛歌の反則を口にする。

 全くもって、チートもいいところだ。

 

 “如何なる場所にも”“ほぼ無限に”転移できるというのは。

 

「――そんなに便利なものではないわ」

 

 愛歌は小首を傾げて苦笑する。

 当然といえば当然だ。

 この空間転移は技能ではなく魔術、コードキャストの類ではあるのだから。

 永遠に、使い続けられる訳ではない。

 

 ――ただし、極端に魔力消費が少ない場合はその限りではない。

 愛歌は自身の魔力回路の特性を利用し、“超高効率”で魔術を行使する。

 故に、彼女の場合“魔力を消費するペース”よりも、“魔力を回復させるペース”のほうが高いのだ。

 

「データの海においてこれを使用する場合、別のデータにアクセスすることはできないの。例えば校内からアリーナには移動できない」

 

 周囲をくるりと見渡しながら、愛歌は語る。

 

「アリーナ内であっても、プロテクトがかけられて、それを解除して扉を開ける必要がある場合、扉の向こうには転移できないわ」

 

 ――後者に関しては、第二回戦初日でのアリーナを思い出して貰えればわかりやすいだろう。

 イチイの結界の周囲を囲むように、障壁が展開されていた。

 決して強度のあるものではないが、アレによりイチイの木はアリーナから“隔離された”わけだ。

 故に、愛歌はそこへ転移することができず、破壊するには障壁を打ち破る必要がある。

 

 アリーナ内に時折設置されている、スイッチにより開閉する扉などもそうだ。

 それがある限り、そちら側には転移ができない。

 

「それでも、戦闘には何の支障もないのだから、私としては、それで十分過ぎると思うのだけど」

 

 ――考えるにも、至らない。

 果たしてそのような魔術を組み上げるのに、一体愛歌はどのようなプログラムをしているのだろう。

 恐らく、凛ですらそれは、理解することすら能わないだろう。

 

「でも、既に何かがそこにある場合、転移することはできないの。別にそれは障害物でも人でも構わないけれど、“無制限”というのはイイすぎよ」

 

「便利なものであることに変わりはない、でしょう?」

 

「それは否定しないけれど――」

 

 んー、と指を口元に当てながら、しかし愛歌はそれ以上を語らない。

 

「そもそも、凛ならそのくらい、ちゃんと解っているのでしょう? 態々わたしにそれを確かめなくてもいいのよ?」

 

 ――愛歌のそれは、言ってしまえば弱点の露呈。

 それを敢えて行ったのは、隠すことが無意味であるからなのだが。

 

 凛からしてみれば、ある種の自慢にしか思えないだろう。

 

 “それでも反則クラス”であることには変わりはないのだから。

 

 ――あいも変わらず、愛歌という存在は、普通とは隔絶されている。

 レオ・B・ハーウェイと同様だ。

 彼の場合、彼の思想があまりに凛と反目しあうが――

 

 愛歌の場合、“あまりに実力が違い過ぎるがゆえ”に、凛の認識から逸脱してしまうのだ。

 

「貴方の実力は、本当に反則よね。私であっても嫉妬すらできないなんて、何かの悪い冗談のよう」

 

 ――自負ではあるが、凛は天才だ。

 それを証明するのは実に簡単であり、また誰もが否定はしないだろう。

 

 ――だが、愛歌を前にした時、それは一体どれほど違うだろう。

 周囲は凛との間に絶対的な壁を感じているはずだ。

 しかし――愛歌の前であれば、それは決して壁ではなく、単なる隆起物の一つでしかない。

 

 それほどまでに、愛歌の力というのは絶対的だ。

 それはサーヴァントという、文字通り人間とは格の違う存在が跋扈するこの場所においても、同様であるらしい。

 

「ねぇ、ま……沙条さん。なんで私に話しかけてくるの? 一回戦の時もそうだったけれど、別に態々声をかける必要はないと思うわ」

 

 ――ふと、凛はそんなことを愛歌へ問う。

 これは、愛歌という存在を“比較的”客観視したが故に浮かんだ疑問。

 考えてしまえば、その疑問は加速せざるを得ない。

 

「さぁ、良くわからないわ。私にとって、貴方は友達のような人だから、それ自体は何もおかしくはないと思うのだけれど――」

 

 愛歌と凛の縁は決して浅いものではない。

 あの時、愛歌を凛が“見つけた時”から、それはずっと変わっていない。

 

 故に、愛歌の言葉は、実際何一つ不可思議なところはない。

 友情とは、おおよそ曖昧で形のないものであるし、そもそれに理由を求めることは哲学の領域だ。

 日常の中で、その意味など考えるべくもない。

 

 ――だが、それを愛歌が語るのは些か大きな違和感だ。

 愛歌は普通では無いのだから、どうしたってそういう言葉は、異質に思えてならない。

 

 凛の感情ではなく、あくまで理性がそう告げる。

 

 おかしくはないのかもしれない。

 けれどもその理由が解らない。

 凛は愛歌の事を、決して知らないわけではない、愛歌に対して世話を焼いて、それなり程度の友好的な感情を覚えてはいる。

 

 けれども、そこから先へと進めていないのだ。

 

 愛歌と凛は、きっとそういう関係だ。

 

「別に、どうだっていいのではない? 分からない以上、それをあまり考えすぎるのもいかがなものよね」

 

「それは――確かにそう。実際沙条さんの言うとおり――でも、どうしてか、それが気になる。これもやっぱり」

 

「――解らないわ、凛のことを、わたしは良く知らないから。――いいえ、知っていても、それはわたしの思い込みだもの、答えなんて上げられない」

 

 それは正しい、そういう感覚が凛にはあった。

 それは正しくない、そういう感覚も凛は覚えた。

 

 どちらが正解であるかなど関係なく――ただ、そう覚えざるを得なかった。

 

 考える度に、解らなくなる。

 愛歌という少女のこと。

 凛は決して愛歌のことは嫌いではない。

 時に殺しあったりもしたけれど、今もいつかは殺しあうことになる場所にいるけれど。

 

 ――それでも、凛は愛歌を嫌えない。

 

 だけれども、愛歌のことは、より一層答えにたどりつけなくなる。

 ここに来てからは特にそうだ。

 愛歌の異質さを異様なほど自覚させられる。

 

 現実においては、ムーンセルの外においては、まだ普通に接していられたはずなのに。

 

(――あぁ、なるほど。それは私の中で、違和感となって残り続けているわけだ)

 

 違和感は解決されなくてはならない。

 まさか、悔いを残したままそのままにするなど遠坂凛のすることではない。

 しかし、解決法がない以上、それは違和感のままにするしかない。

 

 相手はあの沙条愛歌なのだ。

 少なくとも、通常の方法で、彼女の中の何かを取り出せるべくもない。

 

「凛は何かを悩んでいるの? ――前にも言ったけれど、悩み過ぎるのは貴方らしくないわ。それで貴方の瞳が曇ってしまったら、わたしは少し悲しいわね」

 

 愛歌が、凛を覗き込みながら問いかける。

 悩みの原因は間違いなく愛歌だ。

 ――それを口にするのは簡単だ。

 

 けれどもふとした拍子、凛の口は言葉を紡いだ。

 

「ねぇ、ま――沙条さん。貴方は、自分の中に違和感を感じたことはない? ――私は確かに悩んでいるけど、貴方は例えば、悩みとか、ないの?」

 

「え? ――うちのサーヴァントのこと」

 

 ちょっとした驚愕の後、愛歌は考えることすらなく即答した。

 

 ――サーヴァントのこと?

 思わず、予想もしていなかった答えに、むしろ凛のほうが狼狽する。

 

「そう、わたしのサーヴァントね、変態なの。とっても変態で、変態で、変態なのよ! 解る? 隣に変態がいつもいて、しかもそれがわたしを厭らしい目で見てくるの。この感覚、決して耐えられるものではないわ!」

 

「……いえ、あの」

 

「凛だって女の子だものね、そういうの、覚えがあるはずよ。でも、凛は強いから、すぐに排除してしまうでしょうね。わたしだってそうだもの。けれど、相手はサーヴァントなのよ! しかも自分が契約した。契約を破棄してしまえばその時点で敗北、喩えわたしが敗北したとして、そんな理由でなんて絶対ごめん。こればかりは耐えるしかないの。そう、耐えるしかないのよ! なんだってムーンセルはこんな英霊を選んだのかしら。わたしにはもっと、そう、蒼銀の騎士さまのようにふさわしい従者(サーヴァント)がいるはずなのに、私の側には変態しかいないのよぉ!」

 

 なんだろう。

 ――胸には未だ違和感があって、それは解決されていないのだけれど。

 

 

 何だか、どうでもよくなってしまった。

 

 

「……くく」

 

 思わず、笑みが漏れる。

 

「何がおかしいの!?」

 

 愛歌は凛から距離を取り、腰に手を当て怒りとともに睨みつける。

 まるで威嚇する小動物のよう――愛歌という少女は、こんな表情もできるのだ。

 

 

「いえ――貴方のそんな顔、私、初めて見たから」

 

 

 何も解決はしていない。

 してはいないけれども――まぁ、なんだ。

 

 友人が、初めて見せる顔。

 それが何とも意外で、それが何ともおかしくて。

 

 愛歌に対する違和感が、どうでもよくなってしまった。

 

「失礼するわね。だからって笑うことはないのではない?」

 

 愛歌の表情はサーヴァントに対する不満を吐露した時のものから、いつものモノへと変化する。

 けれども、サーヴァントへの怒りは消え去らないのだろう。

 どこか、まだ先ほどの名残が見える。

 

「ごめんなさい。けれど、私としては嬉しかったわ。“貴方らしくない”ことが、ちょっとね」

 

「……そんなに、わたしらしくないかしら」

 

「全然よ」

 

 ぶぅ、と愛歌は口元をふくらませて、そっぽを向く。

 機嫌を損なわせてしまっただろうか。

 ――その場合、きっと普通の人ならば、心底を恐怖に震え上がらせるのだろう。

 

 だが、それは穿ちすぎと言うものだ。

 彼女の一挙手一投足に魅せられてしまうのは確かに解る。

 それが得体のしれないものへの恐怖に変わるのも、しかたのないことだろう。

 

 それでも――それは彼女に対する認識を曇らせているというものだ。

 

 今、遠坂凛の目の前に居る、沙条愛歌という少女は、こんなにも愛らしく怒りを向けるというのに。

 

(彼女にそんな顔をさせられる、彼女と最も“相性のいい”サーヴァント。果たして、一体どんな英霊なのかしら)

 

 ――そう考えて、それまで沈黙していた凛のサーヴァント、ランサーが声を上げる。

 

(お、何だ? 随分移り気じゃないか。もしや俺を捨てようってのか? っけ、世知辛いマスターだなぁ)

 

(馬鹿言わないでよ、確かにそのサーヴァントのことは気になるけど、私の相棒はアンタよ。アンタより優れたサーヴァントなんて、この聖杯戦争に存在するものですか)

 

(ハハ、それはありがたいことだな!)

 

 愉快そうにランサーは笑って、

 

「――ねぇ、凛?」

 

 少しばかり沈黙した凛を気にした様子の愛歌に、声をかけられる。

 

「え? えぇ、ちょっとね。何かしら?」

 

「いえ、今日はこの辺りで失礼しようと思って。……ちょっと、用事ができたものだから」

 

 ふふ、とわざとらしいくらい暗い笑みを浮かべて、愛歌は言う。

 この場には、きっと彼女のサーヴァントもいるだろう。

 ――何かあったのだ。

 気になるが詳しくは聞くまい。

 

「えぇ、次は――二回戦を突破してから、かしら」

 

 凛はそう問いかける。

 まるで、次の予定を確かめる友人同士のよう。

 ――むしろ、それ以上。

 恋人同士のようでもあるが、凛にその発想はない。

 無論、愛歌にもだ。

 

「そうね。――貴方の勝利を願っているわ。叶うことなら、貴方とは、戦場で最後に出会いたいもの」

 

「……こっちこそ」

 

 ――お互いは、健闘を祈り合う。

 

 やがて愛歌は凛に背を向けて――数歩。

 そののち、彼女は虚空へ掻き消えた。




 設定回。愛歌ちゃんの魔力回路って量E質EXの編成異常らしいですけど、どんな感じなんでしょうね。
 恐ろしく太いのが根源に突き刺さってる感じなのだろうか。

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