ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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80.破壊なるもの

 この世全ての欲。

 殺生院キアラの最悪の宝具は、星ひとつを快楽に飲み干す究極宝具だ。

 その特性はあくまで“知性体に快楽を与えること”に特化しており、それゆえにこの宝具は圧倒的な射程を誇りながらも、究極的な“対個人宝具”と呼ぶに相応しい。

 一人に向けるためのもの、ではなく、全世界の一人に向けられるもの、だ。

 全てを正しく同列としながらも、故に特別として扱うのである。

 

 ともあれ、それ自体はつまるところ、キアラの宝具には明確な射程が存在するということだ。

 彼女の宝具は知性があるものにしか作用しない。

 

 逆に愛歌の宝具。

 C.C.C.(カースド・カッティング・クレーター)は、理論上は射程など存在しない。

 空間一つを切り取るタイプの宝具で、切り取った空間を自由自在に改変する。

 効果こそ強烈であるものの、そのあり方自体は凡庸である。

 しかしそれゆえに、空間そのもの、抽象的な可変式虚無を相手にするため、射程と呼ぶべき概念がない。

 

 この両者を比べた場合、“確かに存在している”のが欲であり、概念的にしか存在しないのがC.C.C.だ。

 つまり――

 

 

 ――そこには、溢れでた快楽の光を、強引に包む闇があった。

 

 

 光は白だとか、赤だとか、どこかそれらが全て同一に存在するような、不可思議な景色とかしている。

 全てが天使か悪魔のような、この世界には存在することすら許されぬ超越的な力を帯びている。

 それだけに、その全てが快楽という一点に集束される。

 

 キアラの思うがまま、あるがまま、世界すらも変革させたのだ。

 星ひとつ、彼女はそれを己が肚の中に満たしたのである。

 

 その周囲を飛び交う暗黒。

 疾走する闇の群れは、夜の中に合ってなお、光を覆い食いつくす。

 幾つもの帯が駆けた。

 

 はじけようと外に膨れ上がるキアラの欲。

 全てを空間まるごと区切りをつける愛歌の根源。

 

 衝突があった。

 ――衝撃はなかった。

 

 音も、色も、何もかも。

 

 ――そこには、存在することすらありえなかった。

 余分だったのだ。

 そのようなものに、単なる余力は必要ない。

 故に――

 

 愛歌は目を閉じる。

 キアラは瞠目する。

 互いに意思は、互いへの敵意とかしていて。

 

 

 ――やがて、そこにはあらゆるものの消滅があった。

 

 

 衝突は、膨れ上がる欲をC.C.C.が押さえ込めるか否かの争いであった。

 結果として、その余波は軽く星を数百は消し飛ばした。

 その程度には、両者は激烈だったのである。

 だが、その程度。

 

 愛歌とキアラは相も変わらず健在であった。

 なんということはない、“その程度”では両者を捉えることはできないし――

 

 むしろ、本番はここからだった。

 

「……ふむ、やってしまったものは仕方がありませんわね」

 

 キアラは一人零す。

 遠く、愛歌の様子は伺えない、だが魔力の高まりは確かにあった。

 それを、ここで叩き潰す必要がある。

 

 もしもキアラから動かなければ、状況は停滞するだろう。

 そうした時、間違いなく焦れるのはキアラだ。

 既に最初の一手を切ってしまったのだから。

 

「では、まずはこの辺りからはじめましょうか」

 

 ――そこで、キアラのとった手段は、強引な火力の用意ではなかった。

 この世全ての欲はキアラの本質そのものとも言える宝具であり権能だ。

 しかし、それだけではない。

 手数を増やすのだ、愛歌とて同格の権能は幾らでもある、故に、それを別の角度から叩く必要がある。

 

 無論、それは愛歌とて同様だろうが――

 かくしてキアラが、そして愛歌がとった手段がこれだ。

 

 キアラの手に、一つの剣が“新造”される。

 今この瞬間に神たるキアラが造りだしたのだ。

 ムーンセルの中には、剣の情報が記録されている、今の彼女であれば、それを一からつくり上げるのは難しいことではない。

 

 それはいわゆる投影ではなく、本物の兵器を、今この場でつくり上げるのだ。

 故に、その性能は真なる兵器と何一つ遜色はなく。

 

 

 ――キアラの手には、赤黒い不可思議な紋様が走る、剣とは言いがたい独特な得物が握られていた。

 

 

 ◆

 

 

 愛歌は自身の身体を神そのものへと組み替えていく。

 人であるはずの身体はしかし、英霊のそれをはるかに越える神性を吐き出して、造り上げられたものへと変わる。

 それはすなわち、彼女自身が神造兵器と化すのだ。

 

 通常であればそれはすなわち愛歌ですら自壊を余儀なくされるほどの暴虐だ。

 ただ、それすら無視できるほどに、愛歌の根源へのパイプは広がっていた。

 愛歌そのものが、すなわち根源となるほどに。

 

 本来、それはすなわち愛歌という人間の消滅を指す。

 なにせ根源を知るということは、探求を捨てるということ。

 ――だが、目の前にその例外が存在する。

 自身と同等とすら言える神霊がひとつ、すなわち殺生院キアラがある。

 

 その前にあっては、愛歌の在り方は変革を促されざるを得ない。

 だからこそ、確かな形を持って得るのだ。

 

「――さて。あちらの狙いから察するに、ここで打つべき手はこれでしょうね」

 

 キアラは初手として、おそらく最もリスクのない最強を選んだだろう。

 究極宝具足りうる愛歌とキアラのそれであるが、何もそれに並びうる宝具がないわけではない。

 

 それが肝なのだ。

 宝具はすなわち破壊兵器であり、故に使用へリスクはない。

 

「全てを始めるだなんて、貴方らしくもない。――本来なら、それは私の役目でしょう」

 

 その体はすなわち杭だ。

 槍と例えても良い、愛歌そのものが槍と化すのだ。

 

 不思議なほど、息を呑むような光を愛歌は帯びた。

 先ほどまでの泥のような闇、原初の女神の艶姿はそこにはない。

 

 今あるのは、生まれたままの無垢なるケモノ。

 ――かつての愛歌の在り方に近い、全能なる神たる姿がそこにはあった。

 故にこそ、そこに醜悪はありえない。

 

 愛歌は、かくて神の息吹を漏らす。

 

 そして、直後であった。

 うねりを上げる開闢の星が、遥か前方に生まれ出る。

 

 星の光に満ちたそれは、思わず息を呑む、ミルキーウェイの住処であった。

 銀河はかくて擬人化される。

 ――その根本には、剣を掲げるキアラがあった。

 

 愛歌の力がついにそこで爆発する。

 ――既にキアラの理は直ぐ側に迫っている。

 それを払うべく――破壊を破壊するべく、突撃したのだ。

 

 

「――――人よ(エヌマ)、」

 

 

 同時。

 

 

「――――天地乖離す(エヌマ)

 

 

 同時。

 

 キアラは謳う。

 

 愛歌は産声を上げる。

 

 そして、

 

 

「――――開闢の星(エリシュ)ッ!」

 

 

「――――神を繋ぎとめよう(エリシュ)

 

 

 粛清の星と、それを抗する神の槍。

 

 

 直撃は――周囲の星を飲み込むには十分だった。

 

 

 ◆

 

 

「ふふ、やってくれますわね」

 

「業腹だけれど、そちらもね」

 

 両者は向かい合う。

 距離はさして近くはない、さりとて声は届いているのだ。

 無論、訳を語るまでもなく造作なことだ。

 

 ともあれ、どちらも未だに健在であった。

 傷と呼べる傷もなく。

 痕と呼べる痕もない。

 

 故に両者は、即座に次の一手に打って出る。

 

 選択は単純であった。

 ――調子は良好、故に、更に深く、踏み込んでいく。

 

「貴方を叩きのめすべく、ここで死力を尽くすなら、まず最初に呼び出すべきは――この絶望であるべきなのでしょうね」

 

「――っ!」

 

 キアラの手元が光を帯びる。

 それは無数のデータが駆け巡った痕跡であった。

 すなわち、今この瞬間に、何かがそこに現れようとしている。

 やがてそれはひとつの円となり、数光年離れた愛歌であっても、視認できるほどに巨大と化す。

 

 星一つを軽く演算できるほどの情報量、円の内部に駆け巡るそれを、愛歌は確かに認識する。

 

 あぁ、確かに。

 

「――たしかにそれは、実に絶望と呼ぶのが相応しいわね」

 

 

 ――直後、そこから現れ出たのは、クリスタルの蜘蛛であった。

 

 

 多足のような、人型のような。

 背後には不可思議な円盤を背負い、いくつかの触手が周囲を這う。

 

 溢れ出る光は、世界を侵食する焔のように、蜃気楼が如く揺らめいていた。

 

 あるべき姿を、また別の、この蜘蛛が存在するための世界へ組み替える。

 侵食がための侵食。

 つまり、キャンパスの強引な塗替えだ。

 

 それを故、このものはおぞましくも美しい、その名でもって呼ばれる。

 

 

「――ORT、実際に眼にしたのは、いつ以来かしら」

 

 

 またの名を“タイプ・マアキュリー”。

 すなわち曰く、水星のアルテミット・ワン。

 

 かくしてここに、どうしよもない絶望を背負った、原初の一が出現する。

 

 ――――出現の直後、ORTは自身の足でもって愛歌へと迫り、無数の触手を彼女へと振るう。

 どれも緩慢な一撃だ。

 さながら、定められたデータを延々と繰り返す、壊れたプログラムのような。、

 

 それもそのはず、ことこのORTに戦闘の意思はない。

 キアラによって決められたとおりに、ただ周囲を徘徊しているだけなのだ。

 愛歌を狙い、追尾する。

 その命令のみを忠実に実行する――それが、ここに出現したORTコピーの本質であった。

 

 しかしそれでも、事ここに至って、愛歌は初めてその身体に異様をきたす。

 

「――さすがに、このレベルの侵食を防ぐのは、私でも難しい、と」

 

 彼女の衣服が、身体の一部が無色透明の水晶へと変換された。

 動きが鈍る、明確に、愛歌の中に宿る根源が侵されているのだ。

 正確には、そこへ至るためのパイプが、クリスタルへと変えられている。

 即座に修復するが、それ以上の速度で愛歌を結晶に染め上げるのだ。

 

 とはいえそも、ORTの侵食固有結界“水晶渓谷”による水晶化を、修復することはできる、という時点でそれはすなわち異常なのだが。

 

 ――迫るORTに、複数の光弾を瞬かせ、直後に愛歌は転移で距離を取る。

 そこへ、追いすがるのはキアラの役目だ。

 鈍った身体は、その一撃へ対抗できない。

 

 ギリギリの防壁は既のところで間に合った。

 それでも、衝撃に愛歌は吹き飛ばされる。

 

 ――それが、この戦いに置いて互いに初めてのダメージだった。

 

 態勢を立て直し見れば、先ほどの光弾は牽制の意味もあるが、威力で言えば大陸一つを貫く程度の物はあるのだ。

 だのにそれを受けて、ORTは全く堪えた様子もない。

 

 これ以上の火力となると――通常のままでは、ORTを撃破することは敵わないだろう。

 とすれば、手段が必要となる。

 

 ――選択肢は、あった。

 愛歌の持つ知識の中から、人類が持ちうる“対アルテミット・ワン”を想定した兵器を作り出す。

 それは、神造でもなければ、神代に造られた聖遺物でもない。

 人類がその覇権を得た後――全滅を回避するために作り上げた兵器がひとつ。

 

 黒く光るシルエット。

 

 

 ――名を、黒い銃身(ブラック・バレル)と言った。

 

 

 実を言えば、本来この銃身にORTを倒すほどの力はない。

 だが、それでも構わないのだ――なにせこれは、本来の銃身を愛歌が更に強化したもの。

 その威力は、人類一つを軽く終わらせるには十分な、黒い銃身を容易く凌駕したもの。

 

 神殺しの意図を持つ概念武装を、究極的なまでにデチューンしたのだ。

 それが、この兵器。

 

 愛歌は距離をとったことにより、修復可能となった自身を可能な限り元の状態へと引き戻し、ORTへ向けて銃口を向ける。

 

「――させるとお思いですか?」

 

「させないと言っているの、それはこちらの台詞よ」

 

 ――同時、愛歌の全霊を持って放たれる、億を越える弾幕が、阻むキアラに差し向けられた。

 さしものキアラとて、これを真っ向から対処できるはずがない。

 威力はない、この程度、まさか守るなどという無駄が必要になるはずもない。

 

 ただ、衝撃はある。

 それが無数でもって襲いかかるのだ――釘付けにするのは十分だった。

 

 おかげで愛歌も、既に準備を終えた、トリガーを引くという動作しかできないのだが。

 それでも――

 

 迫るORT、周囲を無数のクリスタルへ変え、さながらORTのある世界は、銀世界に染められた異界のようだ。

 だからこそ、それを美しいと思いこそすれ、愛歌の手に迷いはない。

 

「絶対の絶望、確かにそれは見惚れるほどの芸術ね。けれど――だからこそ、邪魔になるのなら、容赦はしない」

 

 ――発砲音はしなかった。

 

 

 直後、ORTへ向けて放たれた幾つもの弾丸が、その絶対の外殻を貫通し、走り抜けていった。

 

 

 故に崩落は始まった。

 ORTの身体が黒い銃身の弾丸に侵食され、破壊され尽くす。

 ズタズタにされた身体は、かくして塵と化し、跡形もなく消えていく。

 

 もはやそこに、絶望と呼ばれる影はなかった。

 

 だが、

 

「――あら、この程度ではダメですか。であれば当然、次が必要になりますわね」

 

 キアラは、一切堪えた様子もなく、そう言ってのける。

 この程度――両者の戦いは、もはやその域へ達しているのだ。

 

 直後、キアラは両手を振りかざし、無数の円を出現させる。

 

 一つではない、莫大な情報量が複数――合計は、七。

 

 

 7つの円から、無数の怪物たちが出現する。

 

 

 どれもが、先のORTを軽く上回る絶望。

 

 ――すなわち、星の救援により現れる、あらゆる最強にして激烈の破壊個体。

 真のアルテミット・ワン。

 

 タイプ・プルートー。

 冥王星のアルテミット・ワン。

 

 タイプ・ジュピター。

 木星のアルテミット・ワン。

 

 タイプ・ヴィーナス。

 金星のアルテミット・ワン。

 

 タイプ・サターン。

 土星のアルテミット・ワン。

 

 タイプ・ウラヌス。

 タイプ・ネプチューン。

 それぞれ天王星、海王星のアルテミット・ワン。

 

 そしてタイプ・マーズ。

 火星のアルテミット・ワン。

 

 ――かくてそこに、太陽系を滑る8つがうち、既に潰えたマアキュリーを除くアルテミット・ワンが現れる。

 

「これは――なるほど。さすがに、この程度の物量ではひとつひとつに手間がかかるわね」

 

 対する愛歌も、手に宿るのは、もはや黒い銃身ではない。

 

 

 ――――その手には、不可思議な種子のようなものが、握られていた。


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