ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
メルトリリスには、未だにわからないことが一つだけある。
単純だ。
――自分は、一体誰のために戦っているのか。
こう思ってしまうのである。
それはもしかしたら、“既に散っていった仲間のため”ではないか。
馬鹿らしい話ではあるのだが、否定出来ない自分も存在するのだ。
わからない、その一点だけがわからない。
それでも――
一つだけ確かなことがある。
それはつまり、もう自分は後ろを振り返るつもりはない、ということ。
当然だ、ここまできたらもう、一人で止まることはできないのだから。
だが、少しだけ特別なのはその理由。
メルトリリスが前に進むのは、“もう取り返しがつかない”だなんていう、現実的な理由ではない。
――決してこれだけは諦めたくない、そんな、余りにも感情的な理由であった。
◆
「これは――」
体が動かない。
そんな体験を、おそらく愛歌は生まれて初めて経験している。
それも、精神的なものではなく、物理的な束縛。
さらに言えば、自覚的であることもまた、初めての経験だ。
「さぁ――――さぁ、さぁ、さぁさぁさぁ!」
吹き出す水にその半身を隠し、メルトリリスは愛歌と隔絶された場所にいる。
互いに向かい合ってなお、愛歌に何の興味も抱かない。
それでも、負けるつもりはないのだからして、ここでメルトリリスは殺意を抱く。
「ここで決めて差し上げる――何にも、跡形すらも残らないくらい! ぐっちゃぐちゃにしてあげる!」
「――――いいわ、来なさい。相違ない、私も同じつもりなのだから」
メルトが叫び、愛歌が受ける。
もう既に、お互い躊躇うことは何もない。
――愛歌はゆっくり、前を見据えた。
――メルトはそっと、身体を前方へと傾げて構えた。
愛歌の側には今もセイバーがいる。
ただ、少しそれは届かずに、今は水流に束縛されている。
とはいえ、愛歌もさほどそれは変わらない。
できてせいぜい方向転換の空間転移、手を伸ばすこともできるだろうが、足は一歩として動かない。
世界そのものを縛られている、いや、世界そのものを溶かし込まれているというべきか。
メルトリリスの宝具はすなわちコミュニティを一つに溶かしてしまう力。
この場合、愛歌と世界そのものが合一にされている。
愛歌という存在の特性上、非常に相性が良いのだからまったくもって度し難い。
ともあれ、両者はもはやそれ以上を不要と断じた。
言葉で互いを否定する必要はない、ただ直接的に、短絡的に、感情的に――目の前の女を、貫き殺してしまえば、それで事が済むのだから――!
かくして最後の攻防は、メルトリリスの突撃でもって、幕を開ける。
◆
「――塵とかしなさい!」
刹那、メルトの膝が、突撃槍の如き鉄の棘だ、愛歌に向かって迫っていた。
それを、危なげなく愛歌は最初から回避している。
このまま足を伸ばしても、その先に沙条愛歌の姿はない。
知っている、最初からそんなことくらい。
当然だ、この程度で終わって済まされる相手ではない。
――即座に二撃、棘をつきだしていない足を、空中で身体を転換させながら回し蹴りで愛歌に叩きこむ。
驚くべきことに、メルトリリスは空中でのその一連の動作を、何のよどみもなく行っていた。
それはランサーのような姿勢制御とは全く違う、強引な身体能力にまかせた一撃であった。
「――っ!」
当然、愛歌はそれを防ぎにかかる。
だがしかし、遅い、まったくもってそれは遅い。
あっという間もなくして、結果手遅れが通達される。
「これならどうかしら――!」
“同時に”迫っていた。
叫びとともに、メルトリリスは左右の足を同時に愛歌へ向けて振り下ろしていたのだ。
左右のギロチン、回避は当然不可能で、すなわちイコール死ヘ誘う必殺の断頭台。
であればどうか。
愛歌はそれに首を切られて、無残に戦闘は終わりであろうか。
――否である。
そんな事、とうのメルトすら思っていない。
――――一つは避けられた。
なんということのない動作で、愛歌はいつの間にか足の軌道からはずれていた。
もう一つは、どうか。
――弾いた。
単純に、一言。
明らかに死を免れ得ぬそれは、けれどもさして決定力を保たない。
メルトリリス唯一の欠点だ。
彼女は間違いなく、この月の裏側で今まで相対してきた中で最強の敵である。
故に、愛歌は切り札である怪獣女王を切ったし、そこに加えてセイバーの宝具まで使用した。
それでようやく追いつく相手。
速度に関して言えば、おそらく宝具などの恩恵を除けば、あらゆる英霊――月の電脳に召喚されていないものを含めても――の中において、最速を誇るのは間違いない。
それほどの化け物をもってなお、唯一弱点といえるのが決定力。
全霊を込めたメルトの一撃を、愛歌は半ば無理矢理に弾いている。
それでもなお、その顔はまったくもって涼しいままだ。
メルトリリスの宝具事態に、自己強化の類は存在しない。
あくまでこれは、敵のあらゆる力をドレインするためのもの。
戦闘の最中であれば、それはいわゆる身体強化などの効果に限定されるが――ともかく。
故に、メルトが愛歌を確実に撃破したいのであれば、直接その急所を貫く他にない。
メルトの得物が、刺突型の槍に近い形状をしているのもまた、この状況に拍車をかけている。
――だからこそ、それをメルトは手数で押し切る必要があった。
弾かれた直後には、愛歌の眼前にメルトの棘が迫っていた。
それをギリギリで回避した直後――メルトの怒涛が押し寄せた。
水流により全てを捉える宝具さながらに、メルトの濁流が無限の蹴撃を持って襲いかかる。
回避は不可避、防御は不可避、それらを巧みに織り交ぜて、愛歌の喉元へと食らいつく。
愛歌はよくやっていた。
実際、これを防ぎきることは愛歌でなければ不可能だろう。
そもそも通常であれば態勢を整えることすら敵わないのだ。
なんとか空間転移の連打によってそれを可能とする愛歌だからこそ、持っている。
それほどまでに、メルトリリスは苛烈であった。
――わかっているのだ。
ここで手を止めることはできないと。
ここで諦めたほうが、この戦闘に敗北すると。
(――ここで決める。後に残すものはない!)
そう判断し、一気にメルトは愛歌を追い詰める。
さながらそれはチェスのチェックメイトの前段階、敗北寸前の者に襲いかかる、チェックの連撃といったところ。
逃れることは不可避、確実にこの場で対応するほかない。
そしてその対応策も、一つ、二つと削れていく。
――わかっていた。
愛歌にはもう、限界が来ている。
――――行ける。
――――――――行ける、行ける、行ける!
確信へと変わる感情を前に、ゆえにこそメルトリリスは底冷えするほどの思考でもって、そのシュミレートを形にする。
AIとして、一人の確固たる存在として。
この勝負、ここで確実に決めに行く――
だが、それを嘲笑うかのように、愛歌はメルトリリスを弾き飛ばす。
それは驚くべきことだった。
この少女のどこに、それほどの力があるというのか。
ほんの一歩、後ろに下がっただけではあるが、それでも。
“明らかに愛歌はメルトリリスの筋力を一瞬だけでも凌駕していた”。
ふと、周囲の気配が変じていることにそこでメルトは気がついた。
(――そうか、怪獣女王。その一部の恩恵を自分に回したと、そういうことね)
間違いない。
愛歌はこの一瞬のみにおいて、通常よりも強化されている。
それはすなわち、あの一瞬で全速を出したメルトがつくりだした隙と同じ――
目の前に炎が広がった。
手のひらの災禍、あらゆる災禍の象徴にして、無残にもコミュニティを焼き払う、獰猛なる猛者の吐息。
(まず、視界が塞がれ――)
思うよりも速く、“愛歌の手のひらが炎の中から突き出される”。
距離は、元より一歩下がった程度では離れきれない程度に肉薄している。
本来は“炎を広げさせる隙間すら無かった”のだから。
そうして迫る毒の手のひら。
炎を掻き分け――その奥に、沙条愛歌の眼があった。
互いに、ニィと笑みを浮かべる。
メルトリリスも、愛歌も同時に笑っていた。
おかしいのではない、それはすなわち、獰猛な野獣のそれと同様であった。
――弾く。
どれだけ不意をついて迫ろうと、速度で愛歌がメルトに敵うはずもない。
少し驚きはするが、手を謝ったのだ、愛歌は。
驚くだけに終わってしまった。
だから、これは――
――――炎の先には、既に必死の隙を与えた愛歌の姿がある。
逃さない、外さない、防がせない。
故に。
「――――貰ったぁ!」
叫びとともに、それはしかし――――
(――あれ?)
――――明らかに、沙条愛歌に届いてはいなかった。
どういうことか。
単純だ、“遅かった”のである。
思ったよりも、少しだけ。
(ま、さか……)
声を出すよりも速く、
――そこで、メルトの
届かなかった。
後、一歩。
わけはなぜか、簡単だ。
(――――毒が、回っている。レベルが、一つ下がったのね)
故に、本当に微小ながら、沙条愛歌に“届かない”程度の時間しか、メルトリリスには与えられていなかった。
――現在、彼女の思考は音速を超えたその先の、最中に置かれている。
停止した世界――時間感覚が狂うのも無理はない。
そして、ゆえにこそ、目の前でコマ送りにされていく光景を、メルトリリスは目の当たりにする。
愛歌の心臓に、あと数ミリほどで届くかという様子であったメルトの棘。
――だが、そこに愛歌の姿はない。
宝具の解除と同時、彼女がそこから転移した。
――――代わりに、剣を振りかぶるセイバーを置き土産として。
「…………ッッッッッッッッ!」
声は、漏れなかった。
音にすらならなかったのだ。
かくして、セイバーは迫る棘を振り払う。
衝撃――メルトの身体が弾かれる。
その勢いに乗って、なんとか弾かれなかった足を振るうが、それもまた――衝撃。
「が、ぁ――――」
ようやくそこに来て、それが本来痛みとなるはずなのだと、鈍感な感覚で理解して。
「――――これで、終わりだ」
自身の敗北を――逃げられないという、感覚を悟った。
それでも――――
――ふと、メルトリリスの感覚は、過去への残照を自覚する。
間桐慎二がいた。
紅いドラクルのランサーがいた。
どちらも自分に背を向けて、前へ迷わず進んでいった。
それに惜しいという感覚はなかった。
必要もないし、柄じゃない。
だからそう、きっとこれは――
(……何を、未練がましい。あの場所で果てたことが、“まるで絵画の向こう”のよう? あぁまったく、現実感がない! 私はそれを、認識できない……!)
手を伸ばしたいという、その感覚に近いのだろう。
子どものわがままに、似ているといえばそうなのだろう。
羨ましい。
不覚にも自分は、あの二人に心を動かされてしまったのだ。
どちらも、愛だとか、恋だとか、そういうあまりにも不格好なものを、不器用に愛でる者達だ。
だから――それは、きっと今の自分に足りないものだから、
手に入れてないから、憧れた。
(……いまさらだけれども)
心は、あまりにも穏やかに。
死は、どこまでも鮮やかに。
メルトリリスは、静かに笑う。
同時に、吠えた。
「――――ぁぁ、ァァァァああああああああああああああああああ!!」
即座に身体を振り回し、三度セイバーに迫る膝の棘。
わかっている。
これが全くの無謀であることくらい知っている。
それでも、伸ばさないわけにはいかなかったから。
セイバーは、果たしてをそれを回避して。
「……これで」
(……まったくもって)
ゆっくりと、セイバーは“それ”を深く差し込む。
折り重なるように、少女たちは顔を交差させた。
そして。
「――――終いだ」
(…………悪くは、なかったわね)
心の臓を貫かれ、急所を適確に撃ちぬかれて。
メルトリリスは――その場に刹那おいてより、言葉も持たず崩れ落ちた。