ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
――自陣にて、ランサーは鋭く視線を細めて慎二を睨む。
「それで、失敗したわね」
それは責め立てるというよりも、一体どういうことか、状況を確認しようという様子であった。
対するメルトリリスは黙り込んだまま、毒による不調もあるだろうが、最初から口を挟むつもりはないようだった。
「あぁ、まぁ最善ではなかったな」
慎二はそれに悪びれる様子もなく答える。
どういうことか、ランサーの視線はより一層怪訝に歪んだ。
「――最悪でもないけどな」
「そうね、とりあえずこれで、対殺生院キアラがやりやすくなったわ」
メルトが軽く補足する。
「おい、大丈夫かよ。……わかってはいたけど、やばそうだぞ、お前」
「気にしないで結構、とりあえずあんたはそこの脳足りんに説明をしてやりなさい……あぁ、こっちなら問題はないわ、今、BBにこっちのチートが解除されて、レベルもあの破戒僧のウィルスで減り続けているけれど、まだ900を切っていない、この調子なら、時間にして一週間はレベル100を切ることはないでしょうね」
メルトは脳足りん? と首を傾げるランサーに指をさして、そういった。
それだけあれば、最低限愛歌達を圧倒することは可能だろう。
流石の沙条愛歌とて、レベル999の化け物ハイ・サーヴァントを真っ向から打倒することは難しい。
そしてこの状況、BBはもうすぐ迷宮の掘削を終えかねない、一日すら、時間としては惜しいほどなのだ。
「大丈夫そうだな。……ってことで軽く解説させてもらうけど、メルトリリスに仕込まれた毒は、まぁこっちの想定を超えたものじゃなかった」
「……毒事態は想定してたの?」
「当たり前だろ、あの人が何も仕込んでないはずはない、それでも誘いに乗ることに、こっちには大きな利点があったんだよ」
一つはランサーでも解る。
成功すればBBの打倒が十分可能になりうるということ。
もう一つ、そしてこれが――失敗した際に、ランサー・メルト陣営が得られる利点だ。
「――今回の件。キアラ先生は完全に一人勝ちだ。だから、他の陣営があの人を警戒する。協調して撃破することも、ありうる展開になってきた」
「……つまり、BBや子リス達と手を組むってこと?」
「あぁ、だから――――」
そのための布石を、慎二はすべて打つことができた。
というよりも、この状況になれば自然とそういう流れになることは自明の理。
故に、次の一手は決まっている。
殺生院キアラを討つ。
そしてそれは――
「――――こうして私が直接やってくることも、当然といえば当然なわけですね」
何も、慎二達に限った話ではない。
「……BB!」
叫び、ランサーが翼を広げ威嚇する。
あくまで得物を構えないのは、余裕であることを誇示するためか。
「とはいえ、状況が切迫しているのはそちらの方、――間桐慎二、交渉と行きましょう。一体貴方は、私達にどの程度の出資を求めるのかしら?」
かくして、慎二とBBは再び対峙し、睨み合う。
ここにこうして現れた時点で、BBは直ぐにでも慎二達を薙ぎ払うことは可能。
だがそれをすれば愛歌とキアラに対して無防備になる。
故に、交渉は必須。
ニィ――慎二の顔は、愉悦に近い笑みを浮かべた。
◆
そして、月見原生徒会。
『――――BBぃ、チャンネルぅ!』
盛大なBBの開幕宣言、ミーティングのため集まっていた生徒会メンバー達に、急な視界ジャックが襲いかかった。
ハッキリ言って、想定外。
BBチャンネルは基本的に新たな衛士の紹介が主なコンテンツであり、こうして急な臨時放送は珍しい。
その衛士の紹介も、メルトリリスがBBを裏切ったことで、金輪際行われないだろうと予測されたところに、これだ。
しかも――
「……ちょっと! どういうことよ! …………あれ?」
叫んでおいて、しかし故に首を傾げる凛。
“声が出ている”、それが違和感であった。
『今回は緊急臨時特番ということで、パブリックビューイング方式となっておりまーす! ま、今までもそうでしたけど、今回は先輩以外も喋っていいですよ、その方が手っ取り早くまとまるので』
――それ故に、BBの狙いは透けていた。
何かが在る。
それも、BBにとっても予想外の何か。
そんなもの、推測できる限りではひとつだけ、“殺生院キアラ”の存在以外にありえない。
少なくともBBにとって、彼女こそが最大のジョーカーであることは確かなのだから。
「話を聞こうかしら――?」
おおよそ、どのような内容かは推測が付いている。
その上で愛歌はBBにそう促した。
珍しいことに、彼女の話に興味を示したのだ。
『では、コホン……んんっ! 第一回! 殺生院キアラをみんなで囲んで棒で叩こう大会! です!』
「また随分と知力の低そうなネーミングですね。……もしくは、ネーミングセンスでしょうか」
『PHNとか言い出す人に言われたくないんですけど』
ラニの言葉に、BBは即座に返答した。
即答であった。
何と、と彼女にしてはかなり感情のこもった声で目を見開くラニはともかくとして、話は続く。
『ここ最近のあの人の蛮行は目に余ります、危うくBBちゃんもその毒牙にかかってしまいそうになりました……そんなの、放っておけませんよね』
BBの声音は、明るく朗らかにすら感じられるものから、一瞬にして氷点下にまで下がった冷徹なものへと変わる。
恐ろしいと感じさせるには、十分なほどに。
『だったら、メッタメタにして、ギッタンギッタンにしてやらないと、ダメですよね……?』
どこか儚げにすら思える少女の瞳。
それは、明らかに間桐桜と同一のものであった。
桜は気丈で、強い少女ではあるけれど、どこか触れれば壊れてしまいそうな、そんな雰囲気も併せ持つ。
根本だけであれば、BBもまたそれは同じなのだと、その表情は雄弁に語っていた。
――だからこそ、その上にある土台は正反対。
誠実な少女である桜――まるで道化のようにおどけるBB。
この二人は、まさしく背中合わせの存在なのだろう。
『というわけで! 先輩もそれに参加してもらおうと思います! 今なら何と! 特典として私の所のアーチャーさんにキャスターさん、そして何と、あの余り物の出来合いランサーさんもついて来ます!』
「三陣営共闘ですか……? それにセンパイ達を参加させろと? 信用できません! その間に何をしようかというのも解らないのに……!」
『もう、煩い方のサクラはダメですね、直ぐ頭ごなしに否定して。……そちらもアレが脅威であることは認識しているでしょう? まずはアレを脱落させて足場を固めないことには、三つ巴みたいなことだってできません』
やはり、あの罠は実に強烈だった。
愛歌達――ほぼ外野であった者達ですら、裏に殺生院キアラの気配を感じている。
故に、放置しておけない。
凛とて、ラニとて、そして何より愛歌とて、それは第一に感じていることだ。
「……まぁ、あんた達にはともかく、慎二達にはこっちから歩み寄ってた可能性は十分あるのは否定しない。まさかそっちから来るとは思わなかったけど」
総じて、凛がそう答える。
『結論として、あの尼を始末するという意思は統一されているわけです。そこであなた達にも協力のお誘いを、ということです』
「こちらとして、避ける戦力はミスサジョウとセイバーしかおりません……ハッキリ言って、フェアではないですね」
その言葉に、ラニはそう意思を伝える。
つまるところ、交渉しろ、ということだ。
ここで安易に頷いても舐められるだけ、というか、それではゲームマスターたるBBの不興を買いかねないというのもある。
『いい発言ですね。はなまるです。……先ほど仰るとおり私とメルトがそれぞれ出す戦力はアーチャーさん、キャスターさん、そしてランサーさんと現マスターのアレ。メルトと私はお留守番です』
「――別に、あなたが攻めてくるなんてことは考えてない、ただ、“メルトリリスもそうだとは限らない”のよね。何か対策は?」
『メルトには私がついておきます。これはあなた達への誠意でもあるのですよ? メルトと私が一緒にいれば、それはすなわち掘削も進まないということですから』
「なら、何故メルトさんを戦力として投入しないのですか? 彼女はハッキリ言って規格外です、センパイでも、ハッキリ言って勝率は……」
――ゼロではない、というのが事実であったりする。
レベル999の化け物相手に、それは十分異常だが、戦略的に考えて、勝率が最低でも八割を超えない相手と戦闘など、桜としては看過できない。
『――――その先輩がいれば、戦力は十分でしょう?』
とはいえ、その一言には一同黙るほかないのであった。
身も蓋もない言い方をすればその通り。
そも、殺生院キアラ相手に、ここまで戦力を投入するほうが過剰なのだ。
故に否定出来ない。
セイバーと愛歌という戦力が唯一の札であり、絶対でなければならない生徒会の立場としては。
しかし、
「……ふぅん、そう」
品定めするように何事かつぶやく愛歌。
彼女は気づいているし、他の面々もうすうす感づいてはいるが、そもメルトを投入しない理由はそれだけではない。
“キアラに何をされているかわからない”のだ。
例の毒は果たして単なる毒だけであろうか、もしも直接相対して、メルトがあちら側についてしまうなど目も当てられない。
“BBが監視して”それを防ぐひつようがあったのだ。
慎二の陣営としても、BBの陣営としても。
「ま、私としては賛成ね。正直、渡りに船としか言い様がない。まさか愛歌が負けるなんてそんなことあるはずないけれど、それでも一応、こういうのは必要よね」
「私も同感です。メルトリリスにならともかく、殺生院キアラに負ける要素は万が一にもありませんがね」
――結局、そのBBの言葉を受けて、というかそもそも、彼女たちは最初から反対などしていなかったが、早々に賛成を証明する。
「……正直、不安はあります。けれど、それはまずあの人を排除して取り除かなくては行けませんから……私も、致し方無いと思います」
『あら、貴方すら賛成するのね、意外なこと」
BBの言通り、意外にも桜まで若干不本意さはにじむが、積極案を肯定していた。
賛成ではなくとも肯定、AIとしては非常に珍しい判断だ。
「――で、どうするのだ、奏者よ」
とここで、今までずっと黙りこくっていたセイバーが総意を求めて愛歌に問う。
まさかここで否やはないが、それでも聞かなくてはならないだろう、立場上。
そして、
「……いいわ、乗ってあげる」
案の定、というべきか、愛歌は作戦を了承した。
――かくして、月見原生徒会、ランサーメルトリリス同盟、BB陣営。
三者共闘による、対殺生院キアラへの包囲網が、しかれることと相成った。
◆
『――よう、沙条、奇遇だな』
『奇遇もなにも、これを采配した人の一人でしょう? シンジ』
――モニターの向こう。
沙条愛歌と間桐慎二、見た目はともかく、実年齢的にはおよそ同年代の両名が、迷宮の一角で向き合っていた。
これまでその光景は珍しいものではなかった。
愛歌はランサーとメルトのSGをそれぞれ二つずつ確保している。
――迷宮がシャッフルされているのだ。
現在、ランサーのシールドとメルトのシールドは、順序バラバラに混在していた。
『おはよう子リス、それにそのサーヴァント。まさかこうして、牙を構えずに向い合う日が来るなんて、意外よね』
――――しかし、そのシチュエーションは珍妙の一言。
本来両者は敵対者同士であり、故に相容れない存在だ。
特にランサーなどこれまで三度も直接対決を行った仲、これを奇縁と言わずなんと呼ぶ。
『おねえちゃーん! おっはよー』
しかもその後ろにはアーチャーとキャスター、ついでにキャスターのマスターであるありすの姿も見える。
まぁ、ありすの場合はキャスターと同時にBBからサルベージされていることからも分かる通り、彼女の存在なくてはキャスターが姿を保てないという事情もあったりするのだが。
ともかく、これは三者が一同に介した非常に珍しい状況である。
これをモニター越しに、BBとメルトリリスが肩を並べて状況を見守っているというのだから、なおさら。
「それで――ついに、というべきかしら?」
「まさか、時間は一日も経っていないでしょう。そんなことを気にする暇もないわ」
互いに言葉のはしには鋭く尖った刺が混じっている。
険悪を通り越して互いに殺意すら向け合う仲。
それでも、こうして暴発しないのは、そもそも裏切る前からのメルトとBBの関係であった。
同族嫌悪ここに極まれり、か。
「ともかく、確実に殺生院キアラは打倒してもらいたいものね」
「不可能だなんてことはないでしょう? 誰があのメンバーの中心にいると思っているの? しかも相手はリップの権能を簒奪しているとはいえ、ただの人間と、その人間より脆弱なサーヴァントよ」
勝って当然と言わんばかりのBB、故にその正反対を行くメルトは呆れ顔だ。
天邪鬼、とも言えるのだろうが。
「……とはいえ、あのキャスターのマスター同様、サイバーゴーストは人間以上のスペックを発揮できる、侮れるとは思えないのだけどね」
「だから、現状宛がえる最大戦力をぶつけているんじゃない」
――まぁ、それは間違いない事実である。
三陣営が全戦力を投入して、これで勝てないという方がおかしい。
それはここにいない、生徒会の面々も同じ考えだろう。
「――ともかく、そろそろよ」
BBはそう促した。
キアラの気配はすぐ近くに在る。
おそらく、この状況を読めないはずもないだろうから、舌なめずりをして待ち構えているのだろうけれど――
そう考えて、ともかく。
少しの沈黙が、モニターの向こうにも、BB達にも広がった。
そうして、少し。
時間にして、一分も経たず。
――――視界の奥、拓けた迷宮の一角に、女は背を向けて立っていた。
殺生院キアラ。
見るものすべてを虜にし、
腐らせ、爛れ、最後にそれを貪り喰らう。
――最悪の悪鬼。
毒婦にして淫魔。
『――お待ちしておりました。愛歌さん』
『私は二度と、貴方の顔を見ないためにここに来たの』
向かい合う愛歌とキアラ。
――――魔性菩薩は半月を描く、蠱惑の笑みで、沙条愛歌を待ち受ける。