ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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10.黄金鹿と嵐の夜―ゴールデン・ワイルドハント―

 嵐の夜――ワイルドハント。

 死の予言、天災の予兆。

 時にそれは歴史の中の人間と同一視され、そのうちの一人が、フランシス・ドレイク、つまりライダーであった。

 

 セイバーがライダーへ向け駆ける。

 ライダーの宝具、それを抑えるために――しかし、遅い。

 

 ライダーの元に、数多の“それ”は出現した。

 筆頭は、麗しの愛船『黄金の鹿号(ゴールデンハインド)』。

 それだけではない、やがて彼女の下に、数多の小船が現れる――

 

 一、十。

 それでは届かない。

 増える――膨大なほど、数えるのも億劫なほどの船、そして――砲門。

 

「――これら全てを一度に放つ気か!」

 

 セイバーの驚愕。

 一つ一つが、この宝具としてのランク――つまり、A+ランクの神秘を誇る。

 無論、その火力はセイバーを一発で殲滅するほどではないにしろ――一つでは済まされないのがこの宝具最大の強み。

 

 亡霊にして悪鬼の群れ。

 エルドラゴ――悪魔率いる亡者の船が、セイバーに狙いを定めている。

 

「――対軍宝具よ、対応なさいセイバー」

 

 あくまで冷徹に愛歌は告げる。

 強烈な宝具ではある、しかしそれ以上に、それを嘆く暇すら無い現実が、目の前には待ち受けているのだ。

 

「ライダー、塵一つ残すなよ」

 

「おうともさ、ここで全弾ぶっ放してやるよ」

 

 すべての準備は整った。

 ライダーは、勝利に満ちた笑みでセイバーに告げる。

 ――号令を、告げる。

 

「――――放て!」

 

 

 直後、ライダーに迫っていたセイバーの視界が、派手に火花とともに明滅した。

 

 

 音が、振動が、セイバーの脳と耳をかき乱す。

 尋常では無いほどの波。

 その場に立ち尽くすのがやっとというほどのそれは――しかし余波でしかない。

 

「っく、ぅぅぅううう!」

 

 砲弾が殺到する。

 一つ一つが、セイバーの胸元に風穴を開けようとする。

 まさしく嵐、鉄の雨粒は、殺意という成分を、多大に含んだもののようだ。

 

 セイバーは剣を構えた。

 余波がどうあれ、それがセイバーを止めることはない。

 腰を落とし、無数の弾の群れへ、突入する。

 

 砲撃は未だ続いていた。

 近づくに連れ、弾の暴圧以上に、その余波による振動がセイバーを襲う。

 まるで、それは荒れに荒れた海原のような――

 嵐が、海をかき乱すような――!

 

 弾丸が迫る、そのいくつかを躱した。

 その幾つかを切り裂いた。

 荒波だけでは済まされない、爆発の揺れがセイバーを左右上下に揺さぶった。

 それでも、セイバーは前に進む。

 

「嵐に突っ込むのは無謀と知りな、セイバー! 愚かな船長は、宝もろとも海の藻屑と消えるがお似合いさ!」

 

 ライダーの挑発が飛ぶ。

 接近とともに、物理的な破壊の弾幕そのものが分厚くなっていく。

 このような行動、対軍宝具の前には無茶もいいところ。

 

「――そうであろうな」

 

 事実だ。

 そしてそんなこと、セイバーにだって解っている。

 こんなもの、敵の射程の端に逃げ、縮こまって砲撃の終わりを待っていればよいのだ。

 態々飛びかかるなど無茶もいいところ。

 

 ――しかし。

 

「だが、余は、それが正解であると信じておるでな!」

 

 この場において、最も有効な方法は何か。

 それを“求める”方法はなにか。

 セイバーには特殊なスキル“皇帝特権”がEXランクで備わっている。

 故に、それに寄って得られるスキルは、何を果たして取るべきか――

 

 ――ついに、セイバーの回避の隙間すら無いほどに、弾幕が密集を始めた。

 これ以上の接近はもはや不可能。

 回避など、考えるまでもない。

 

 だのにセイバーは、ライダーの宝具へと突っ込んでいく。

 

 ――簡単だ、そんなもの一つしかない。

 軍略? 否である。

 それはあまりに単純な答え――

 

 セイバーの“それ”が告げた。

 回避が不可能?

 ――それは、“平面において”の話であろう。

 

 ならば、上に“跳べば”いい。

 

 

 そう、セイバーの“直感”が告げた。

 

 

「――な」

 

 セイバーは、手近な“足場”に足をかけ、飛び上がる。

 そう、砲弾を蹴りつけ、上に上がったのだ。

 衝撃に吹き上がる爆発。

 

 しかし――“一つ程度でセイバーが堕ちるわけがない”のだ。

 

 むしろ、それはセイバーにとって、自身を押し上げる力にしかならない。

 

 セイバーは剣を構える。

 ――上をとった。

 

 見上げるはライダー、セイバーの背に、淡い蒼の憧憬を見る。

 

 ここは海原、自身が海を荒らす嵐とするならば、セイバーは、そう。

 ――稲妻。

 

 雷鳴轟く、迸る赤い雷撃――!

 

「ッチィ! あいつを狙え! 船に近づかせるんじゃないよォ!」

 

 ライダーが咆える。

 全てが仰角を上げることはできない。

 ほんの一部が、セイバーを狙うのみ――解っている、その程度ではセイバーは止まらない。

 

 放物線を描く弾丸の群れ。

 しかし、もはや雨と呼ぶには程遠いいくつかの飛沫は、セイバーを掠めることはあっても、彼女に直撃することはなく――

 

「――――ハァァァァアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 セイバーの雄叫びが、空を切り裂く鈍い音が、ライダーへと接近し。

 

「……ッッく!」

 

 自身を守るため、周囲に浮かぶ大砲達を壁にする。

 だが、ここまで突き進んだ彼女の怒涛。

 そして何より、魔力を込められた彼女の剣が、それをものともせずに、食い破る――!

 

 破砕音。

 

 

 直後、ライダーは自身が交差させた拳銃とともに、セイバーの全力を浴びせられた。

 

 

 ――それでも、

 まだ、霊核が破壊されたわけではない。

 

「……ライダー!」

 

 慎二の言葉、それとともに、衝撃に襲われたライダーは、それでも歯を食いしばり、間近にあるセイバーを睨みつける。

 

 ――威圧、さしものセイバーとて、ライダーの迫力を、感じないわけには行かなかった。

 これぞ、初めて世界一周を成し遂げた、“船長”の顔だ。

 

「――野郎ども、来な! 今日の獲物は極上の皇族さ。捕まえちまえば“どうしたって構わない”――!」

 

 そして、

 

「――セイバー。まだライダーの宝具は終わっていないわ」

 

 ――セイバーにのみ届く、愛歌の声。

 警告――理解はしている。

 セイバーは未だ、ライダーに一太刀を浴びせ“ライダーの船に乗り込んだ”にすぎない。

 そこには、未だライダーの手下である亡霊共が、セイバーを待ち受けている。

 何より――ライダーの宝具は、セイバーに対して何も与えては――奪ってすらいないのだ。

 

「さすがは悪魔の海賊よ。これほどの悪意、そうそう御しきれるものではあるまい」

 

 挑発に近い物言い、けれどもライダーはそれを軽く笑い飛ばす。

 

「潔癖な皇帝様には解らないだろうねぇ。これが夜の世界というものさ――!」

 

 周囲にはもはや悪霊の気配。

 見たものを死に誘う、私掠船にして幽霊船。

 

 

「――ッテェー!」

 

 

 ライダーの命令。

 セイバーは剣を構え――それを真正面から受け止めた。

 

 考えても見れば当然のコト。

 ライダーの宝具は大いに神秘を含んだ対軍宝具。

 しかし、それを操る亡霊達は、単なる亡霊でしかないのだ。

 サーヴァント――英霊を傷つけるには程遠い。

 

 しかしそれが――

 

「第二射――ッテェー!」

 

 ――連続すれば、どうだろう。

 

 守りに入ったセイバーに、連続して弾丸が浴びせられる。

 痛みには至らない程度の衝撃。

 歯を食いしばるには、十分だった。

 

 セイバーにも、そしてライダーにも焦燥が奔る。

 耐えられるか――耐え切られてしまうか。

 

 どちらにせよ、そこにはもはや両者の意地のみが存在していた。

 

「――――」

 

 銃弾は尽きた、そして魔力ももはや限界。

 これ以上の宝具を使用することは、ライダー自身の魔力に関わる。

 周囲に展開していた大艦隊はどこかへと掻き消え、再び戦いの舞台――滅び朽ちた沈没船へと帰還する。

 

 ライダーは沈黙した。

 連続の射出が、その炸裂が、煙を巻き上げセイバーを包む。

 黒煙に覆われたセイバー、その姿は、ライダーからは臨めない。

 

 だが、彼女は油断なく拳銃を構え、引き金に手を掛ける。

 

 ――それは、

 

「そこまでよ、ライダー」

 

 唐突に出現した、沙条愛歌によって防がれる。

 ライダーの下へ飛び込んできた彼女、ライダーは即座に後方へ飛ぶ、銃弾は――愛歌の手のひらに飲み込まれ、掻き消えた。

 

「――――押し込みなさい、セイバー」

 

 煙から、何かが飛び出す。

 閃光――朱にそまったそれは愛歌の横をすり抜け。

 

 

「さぁ、踊ってもらうぞ――――!」

 

 

 セイバー。

 赤の少女が、ライダーの目前にまで肉薄した。

 

 ――回避は、間に合わない。

 速度が、あまりにも早すぎる――!

 

「ッッッッッッソガァ!」

 

 ここに来て、最高速でライダーに迫った。

 これまでの速度が嘘のように――これがセイバーの全力。

 

 油断があったわけではない。

 反撃はした、銃弾はセイバーに直撃した。

 

 “それでもセイバーは突き進んできた”。

 

 あぁなるほど――そういう“スキル”か――――!

 

 理解するのは、容易かった。

 しかし、それ以上の行動はライダーにはもはや不可能だった。

 

「……ライダー!」

 

 慎二は何事か周囲にモニターを出現させる。

 ――しかし、間に合わない。

 勢い良く拳をモニターに振り下ろした――怒りとともに。

 

 ――セイバーは、もはやためらう理由など無く、

 

 

 自身の焔のごとき剣を、ライダーに向けて切りつけた。

 

 

 両の手を瞬時に切り裂くVの字切り。

 手に持っていた拳銃は、それにより吹き飛んだ。

 

 まだ、まだライダーは負けていない。

 だとしても、この状況はあまりにも絶望的過ぎる。

 

 ――それでも幸運は、しかしライダーを味方する。

 

 吹き飛んだ拳銃、片方はどこともしれぬ場所に飛んだ。

 しかしもう一つは、ライダーからさほど離れていない場所に転がり、停止した。

 

「――マスター!」

 

 セイバーが呼びかける。

 

「解っているわ」

 

 愛歌はその意図を理解せずとも、既に動いていた。

 

 ――ここしかない。

 ライダーは即座に動いた。

 身を翻し、拳銃へと向かう。

 それを妨げようとするセイバーの剣を躱し、もはや倒れ込みそうな態勢で、地を這った。

 

 しかし、ライダーが目指す銃を手にしようと、愛歌がそこに出現する。

 これを取らせては、ここまでライダーを追い詰めた意味がなくなってしまうのだ。

 

 故に愛歌は拳銃を手にする。

 これで――ライダーの勝利は、全て消え去る。

 

 否、

 

「――まださ!」

 

 ライダーは懐から、コートのような赤い服の奥から、――一本の曲刀(カトラス)を取り出した。

 

 これは、ライダーが持つ近接戦用の武器。

 接近戦のステータスが低く、戦闘には向かない彼女ではあるが、それでも、これを使い、セイバーと多少なりとも切り結ぶことはできただろう。

 

 それを使用しなかったのは、あくまでライダーの武器が“拳銃のみ”であることを印象づけるため。

 故に、セイバーは思わず唖然とする。

 ――彼女は完全に、騙されていた。

 

「奏者よ!」

 

 叫ぶ、追いながら、しかしライダーに“追いつかない”。

 焦りは声だけではない、その表情にも大いに張り付いていた。

 

 ライダーは曲刀を振りかぶり――投げた。

 フリスビーかブーメランかの要領でそれは、愛歌へと迫る。

 だが、それはあくまで破れかぶれの一撃だ。

 ライダーに曲芸の才はない、こんなもの、投げた所で当たるはずもない――

 

 

 ――だが、そこに幸運が降り注げばどうだろう。

 

 

 もしも、偶然愛歌に当たるよう、曲刀が弧を描けば――?

 それを回避しなくてはならず、愛歌が拳銃を手に取るのが遅れれば――?

 

 それは、もはや万に一つしか無い奇跡。

 

 だが、ライダーは確信していた。

 己が幸運を、そして、

 

 

 ――ニィ、戦場の少し外、間桐慎二が顔を歪める。

 

 

 自身のマスターによってもたらされた、愛歌の“不幸”が。

 愛歌に曲刀を吸い寄せることを。

 

 そう、慎二はこの状況を見越していた。

 ――あの時、セイバーを止めるためにコードキャストを用意したのではない、愛歌に不幸の補正をかけるためにコードキャストを用意したのだ。

 そしてあの拳は、怒りのためのものではなく、コードキャストを発動させるためのもの。

 ライダーもまた同様だ。

 セイバーの剣を回避できないと判断した時点で、ライダー達は賭けをした。

 

 ライダーの拳銃が、ライダーがギリギリ取りに行ける場所に落ちること。

 それをめぐる攻防で、ライダーの曲刀が愛歌に向かうこと。

 

 どちらも、もはや幸運に頼らなければありえない事態。

 不可能としか思えない想定。

 ――それを、ライダーは可能とするのだ。

 

 

 ――“星の開拓者”。

 

 

 EXという破格のランクを誇るそのスキル。

 不可能を、不可能のまま実現可能にする。

 

 敗北の運命すら、自身の幸運で強引に捻じ曲げて、そしてライダー達は手を伸ばす。

 

 まだだ、まだ届かない。

 星の開拓者の支援を受けてか、ライダーはセイバーに追いつかれない。

 しかし、愛歌は曲刀を回避して、再び銃に手をのばそうとしている。

 

 まだ、不可能。

 奇跡があとひとつ足りなければ、ライダー達は間に合わない。

 

 

 だが、あとひとつであれば、十分だ。

 ――この曲刀は、そのひとつをたぐり寄せるための“足掻き”なのだから

 

 

 英霊には、奇跡を必然に変える、小さな小さな、それこそ“奇跡のような”力が許されている。

 

「――――令呪を持って命じる」

 

 慎二に、ためらいはなかった。

 元より沙条愛歌は、“令呪を使ってでも”勝利する価値のある相手。

 そして何より、慎二にとって、“何が何でも”勝ちたい相手。

 

 

「その銃で、沙条を撃ち抜け――ライダー!」

 

 

 ライダーの姿がブレる。

 瞬間移動クラスの速度で、愛歌の下へと殺到した。

 愛歌が手にするはずだった銃。

 クラシカルな木製のそれは――持ち主の手へ帰る。

 

 横から掬い上げるように、ライダーが銃を手にした。

 

 そのまま、人間には視認できない速度で愛歌の額に銃を押し付け――

 

 愛歌は、表情のない、穏やかな顔でライダーを見た。

 

 

「悪いね、チェックメイトさ。お嬢ちゃん――!」

 

 

 ライダーはそして、引き金を――――


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