ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
嵐の夜――ワイルドハント。
死の予言、天災の予兆。
時にそれは歴史の中の人間と同一視され、そのうちの一人が、フランシス・ドレイク、つまりライダーであった。
セイバーがライダーへ向け駆ける。
ライダーの宝具、それを抑えるために――しかし、遅い。
ライダーの元に、数多の“それ”は出現した。
筆頭は、麗しの愛船『
それだけではない、やがて彼女の下に、数多の小船が現れる――
一、十。
それでは届かない。
増える――膨大なほど、数えるのも億劫なほどの船、そして――砲門。
「――これら全てを一度に放つ気か!」
セイバーの驚愕。
一つ一つが、この宝具としてのランク――つまり、A+ランクの神秘を誇る。
無論、その火力はセイバーを一発で殲滅するほどではないにしろ――一つでは済まされないのがこの宝具最大の強み。
亡霊にして悪鬼の群れ。
エルドラゴ――悪魔率いる亡者の船が、セイバーに狙いを定めている。
「――対軍宝具よ、対応なさいセイバー」
あくまで冷徹に愛歌は告げる。
強烈な宝具ではある、しかしそれ以上に、それを嘆く暇すら無い現実が、目の前には待ち受けているのだ。
「ライダー、塵一つ残すなよ」
「おうともさ、ここで全弾ぶっ放してやるよ」
すべての準備は整った。
ライダーは、勝利に満ちた笑みでセイバーに告げる。
――号令を、告げる。
「――――放て!」
直後、ライダーに迫っていたセイバーの視界が、派手に火花とともに明滅した。
音が、振動が、セイバーの脳と耳をかき乱す。
尋常では無いほどの波。
その場に立ち尽くすのがやっとというほどのそれは――しかし余波でしかない。
「っく、ぅぅぅううう!」
砲弾が殺到する。
一つ一つが、セイバーの胸元に風穴を開けようとする。
まさしく嵐、鉄の雨粒は、殺意という成分を、多大に含んだもののようだ。
セイバーは剣を構えた。
余波がどうあれ、それがセイバーを止めることはない。
腰を落とし、無数の弾の群れへ、突入する。
砲撃は未だ続いていた。
近づくに連れ、弾の暴圧以上に、その余波による振動がセイバーを襲う。
まるで、それは荒れに荒れた海原のような――
嵐が、海をかき乱すような――!
弾丸が迫る、そのいくつかを躱した。
その幾つかを切り裂いた。
荒波だけでは済まされない、爆発の揺れがセイバーを左右上下に揺さぶった。
それでも、セイバーは前に進む。
「嵐に突っ込むのは無謀と知りな、セイバー! 愚かな船長は、宝もろとも海の藻屑と消えるがお似合いさ!」
ライダーの挑発が飛ぶ。
接近とともに、物理的な破壊の弾幕そのものが分厚くなっていく。
このような行動、対軍宝具の前には無茶もいいところ。
「――そうであろうな」
事実だ。
そしてそんなこと、セイバーにだって解っている。
こんなもの、敵の射程の端に逃げ、縮こまって砲撃の終わりを待っていればよいのだ。
態々飛びかかるなど無茶もいいところ。
――しかし。
「だが、余は、それが正解であると信じておるでな!」
この場において、最も有効な方法は何か。
それを“求める”方法はなにか。
セイバーには特殊なスキル“皇帝特権”がEXランクで備わっている。
故に、それに寄って得られるスキルは、何を果たして取るべきか――
――ついに、セイバーの回避の隙間すら無いほどに、弾幕が密集を始めた。
これ以上の接近はもはや不可能。
回避など、考えるまでもない。
だのにセイバーは、ライダーの宝具へと突っ込んでいく。
――簡単だ、そんなもの一つしかない。
軍略? 否である。
それはあまりに単純な答え――
セイバーの“それ”が告げた。
回避が不可能?
――それは、“平面において”の話であろう。
ならば、上に“跳べば”いい。
そう、セイバーの“直感”が告げた。
「――な」
セイバーは、手近な“足場”に足をかけ、飛び上がる。
そう、砲弾を蹴りつけ、上に上がったのだ。
衝撃に吹き上がる爆発。
しかし――“一つ程度でセイバーが堕ちるわけがない”のだ。
むしろ、それはセイバーにとって、自身を押し上げる力にしかならない。
セイバーは剣を構える。
――上をとった。
見上げるはライダー、セイバーの背に、淡い蒼の憧憬を見る。
ここは海原、自身が海を荒らす嵐とするならば、セイバーは、そう。
――稲妻。
雷鳴轟く、迸る赤い雷撃――!
「ッチィ! あいつを狙え! 船に近づかせるんじゃないよォ!」
ライダーが咆える。
全てが仰角を上げることはできない。
ほんの一部が、セイバーを狙うのみ――解っている、その程度ではセイバーは止まらない。
放物線を描く弾丸の群れ。
しかし、もはや雨と呼ぶには程遠いいくつかの飛沫は、セイバーを掠めることはあっても、彼女に直撃することはなく――
「――――ハァァァァアアアアアアアアアアアッッ!!」
セイバーの雄叫びが、空を切り裂く鈍い音が、ライダーへと接近し。
「……ッッく!」
自身を守るため、周囲に浮かぶ大砲達を壁にする。
だが、ここまで突き進んだ彼女の怒涛。
そして何より、魔力を込められた彼女の剣が、それをものともせずに、食い破る――!
破砕音。
直後、ライダーは自身が交差させた拳銃とともに、セイバーの全力を浴びせられた。
――それでも、
まだ、霊核が破壊されたわけではない。
「……ライダー!」
慎二の言葉、それとともに、衝撃に襲われたライダーは、それでも歯を食いしばり、間近にあるセイバーを睨みつける。
――威圧、さしものセイバーとて、ライダーの迫力を、感じないわけには行かなかった。
これぞ、初めて世界一周を成し遂げた、“船長”の顔だ。
「――野郎ども、来な! 今日の獲物は極上の皇族さ。捕まえちまえば“どうしたって構わない”――!」
そして、
「――セイバー。まだライダーの宝具は終わっていないわ」
――セイバーにのみ届く、愛歌の声。
警告――理解はしている。
セイバーは未だ、ライダーに一太刀を浴びせ“ライダーの船に乗り込んだ”にすぎない。
そこには、未だライダーの手下である亡霊共が、セイバーを待ち受けている。
何より――ライダーの宝具は、セイバーに対して何も与えては――奪ってすらいないのだ。
「さすがは悪魔の海賊よ。これほどの悪意、そうそう御しきれるものではあるまい」
挑発に近い物言い、けれどもライダーはそれを軽く笑い飛ばす。
「潔癖な皇帝様には解らないだろうねぇ。これが夜の世界というものさ――!」
周囲にはもはや悪霊の気配。
見たものを死に誘う、私掠船にして幽霊船。
「――ッテェー!」
ライダーの命令。
セイバーは剣を構え――それを真正面から受け止めた。
考えても見れば当然のコト。
ライダーの宝具は大いに神秘を含んだ対軍宝具。
しかし、それを操る亡霊達は、単なる亡霊でしかないのだ。
サーヴァント――英霊を傷つけるには程遠い。
しかしそれが――
「第二射――ッテェー!」
――連続すれば、どうだろう。
守りに入ったセイバーに、連続して弾丸が浴びせられる。
痛みには至らない程度の衝撃。
歯を食いしばるには、十分だった。
セイバーにも、そしてライダーにも焦燥が奔る。
耐えられるか――耐え切られてしまうか。
どちらにせよ、そこにはもはや両者の意地のみが存在していた。
「――――」
銃弾は尽きた、そして魔力ももはや限界。
これ以上の宝具を使用することは、ライダー自身の魔力に関わる。
周囲に展開していた大艦隊はどこかへと掻き消え、再び戦いの舞台――滅び朽ちた沈没船へと帰還する。
ライダーは沈黙した。
連続の射出が、その炸裂が、煙を巻き上げセイバーを包む。
黒煙に覆われたセイバー、その姿は、ライダーからは臨めない。
だが、彼女は油断なく拳銃を構え、引き金に手を掛ける。
――それは、
「そこまでよ、ライダー」
唐突に出現した、沙条愛歌によって防がれる。
ライダーの下へ飛び込んできた彼女、ライダーは即座に後方へ飛ぶ、銃弾は――愛歌の手のひらに飲み込まれ、掻き消えた。
「――――押し込みなさい、セイバー」
煙から、何かが飛び出す。
閃光――朱にそまったそれは愛歌の横をすり抜け。
「さぁ、踊ってもらうぞ――――!」
セイバー。
赤の少女が、ライダーの目前にまで肉薄した。
――回避は、間に合わない。
速度が、あまりにも早すぎる――!
「ッッッッッッソガァ!」
ここに来て、最高速でライダーに迫った。
これまでの速度が嘘のように――これがセイバーの全力。
油断があったわけではない。
反撃はした、銃弾はセイバーに直撃した。
“それでもセイバーは突き進んできた”。
あぁなるほど――そういう“スキル”か――――!
理解するのは、容易かった。
しかし、それ以上の行動はライダーにはもはや不可能だった。
「……ライダー!」
慎二は何事か周囲にモニターを出現させる。
――しかし、間に合わない。
勢い良く拳をモニターに振り下ろした――怒りとともに。
――セイバーは、もはやためらう理由など無く、
自身の焔のごとき剣を、ライダーに向けて切りつけた。
両の手を瞬時に切り裂くVの字切り。
手に持っていた拳銃は、それにより吹き飛んだ。
まだ、まだライダーは負けていない。
だとしても、この状況はあまりにも絶望的過ぎる。
――それでも幸運は、しかしライダーを味方する。
吹き飛んだ拳銃、片方はどこともしれぬ場所に飛んだ。
しかしもう一つは、ライダーからさほど離れていない場所に転がり、停止した。
「――マスター!」
セイバーが呼びかける。
「解っているわ」
愛歌はその意図を理解せずとも、既に動いていた。
――ここしかない。
ライダーは即座に動いた。
身を翻し、拳銃へと向かう。
それを妨げようとするセイバーの剣を躱し、もはや倒れ込みそうな態勢で、地を這った。
しかし、ライダーが目指す銃を手にしようと、愛歌がそこに出現する。
これを取らせては、ここまでライダーを追い詰めた意味がなくなってしまうのだ。
故に愛歌は拳銃を手にする。
これで――ライダーの勝利は、全て消え去る。
否、
「――まださ!」
ライダーは懐から、コートのような赤い服の奥から、――一本の
これは、ライダーが持つ近接戦用の武器。
接近戦のステータスが低く、戦闘には向かない彼女ではあるが、それでも、これを使い、セイバーと多少なりとも切り結ぶことはできただろう。
それを使用しなかったのは、あくまでライダーの武器が“拳銃のみ”であることを印象づけるため。
故に、セイバーは思わず唖然とする。
――彼女は完全に、騙されていた。
「奏者よ!」
叫ぶ、追いながら、しかしライダーに“追いつかない”。
焦りは声だけではない、その表情にも大いに張り付いていた。
ライダーは曲刀を振りかぶり――投げた。
フリスビーかブーメランかの要領でそれは、愛歌へと迫る。
だが、それはあくまで破れかぶれの一撃だ。
ライダーに曲芸の才はない、こんなもの、投げた所で当たるはずもない――
――だが、そこに幸運が降り注げばどうだろう。
もしも、偶然愛歌に当たるよう、曲刀が弧を描けば――?
それを回避しなくてはならず、愛歌が拳銃を手に取るのが遅れれば――?
それは、もはや万に一つしか無い奇跡。
だが、ライダーは確信していた。
己が幸運を、そして、
――ニィ、戦場の少し外、間桐慎二が顔を歪める。
自身のマスターによってもたらされた、愛歌の“不幸”が。
愛歌に曲刀を吸い寄せることを。
そう、慎二はこの状況を見越していた。
――あの時、セイバーを止めるためにコードキャストを用意したのではない、愛歌に不幸の補正をかけるためにコードキャストを用意したのだ。
そしてあの拳は、怒りのためのものではなく、コードキャストを発動させるためのもの。
ライダーもまた同様だ。
セイバーの剣を回避できないと判断した時点で、ライダー達は賭けをした。
ライダーの拳銃が、ライダーがギリギリ取りに行ける場所に落ちること。
それをめぐる攻防で、ライダーの曲刀が愛歌に向かうこと。
どちらも、もはや幸運に頼らなければありえない事態。
不可能としか思えない想定。
――それを、ライダーは可能とするのだ。
――“星の開拓者”。
EXという破格のランクを誇るそのスキル。
不可能を、不可能のまま実現可能にする。
敗北の運命すら、自身の幸運で強引に捻じ曲げて、そしてライダー達は手を伸ばす。
まだだ、まだ届かない。
星の開拓者の支援を受けてか、ライダーはセイバーに追いつかれない。
しかし、愛歌は曲刀を回避して、再び銃に手をのばそうとしている。
まだ、不可能。
奇跡があとひとつ足りなければ、ライダー達は間に合わない。
だが、あとひとつであれば、十分だ。
――この曲刀は、そのひとつをたぐり寄せるための“足掻き”なのだから
英霊には、奇跡を必然に変える、小さな小さな、それこそ“奇跡のような”力が許されている。
「――――令呪を持って命じる」
慎二に、ためらいはなかった。
元より沙条愛歌は、“令呪を使ってでも”勝利する価値のある相手。
そして何より、慎二にとって、“何が何でも”勝ちたい相手。
「その銃で、沙条を撃ち抜け――ライダー!」
ライダーの姿がブレる。
瞬間移動クラスの速度で、愛歌の下へと殺到した。
愛歌が手にするはずだった銃。
クラシカルな木製のそれは――持ち主の手へ帰る。
横から掬い上げるように、ライダーが銃を手にした。
そのまま、人間には視認できない速度で愛歌の額に銃を押し付け――
愛歌は、表情のない、穏やかな顔でライダーを見た。
「悪いね、チェックメイトさ。お嬢ちゃん――!」
ライダーはそして、引き金を――――