ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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50.無限監獄

「あー、テステス、マイクテス。聞こえていますか? 届いていますか? 私の言葉、どうか私に答えてください、っと!」

 

 声がする。

 聞いたことの在る声だ。

 

 ――沙条愛歌は、ゆっくりと意識を浮上させる。

 

 どうしてか、胸が苦しくなるような夢をみていた気がする。

 ……否。

 そうだ、自分は“別れ”を経験したのだ。

 騎士王と、そしておそらくレオ・B・ハーウェイとも。

 

 胸の中に残るこの寂しさは、きっといつか去来してくることだろう。

 だからか、それを愛歌は嬉しく思う。

 愛歌が彼らを惜しむ限りは――彼らは愛歌の中で消えてしまうことはないのだから。

 

「……ちょっと、聞いていますか? 聞いているなら答えてください! ねぇ、ちょっと!」

 

 寂しくは在る、悲しくはない。

 前を向く必要があるから、こんな所で悲しんではいられない。

 

 さて、立ち上がらなくては、まずはこの場所――何も知れない暗闇から、抜け出す必要があるだろう。

 

「もう、怒りますよ先輩! こうして私が直接! 話しかけて上げてるのに答えないなんて!」

 

 そして、気がついた。

 

 ――どうしてか、自分は立ち上がれないようである。

 

「……あら」

 

 さらに、声の主に思い至った。

 どうでもいいために無視していたが、この声は確か――

 

「…………桜?」

 

 間桐桜、愛歌を助ける月見原生徒会のメンバーにして、健康管理AIだ。

 けれどもどうにも、その声の調子は、桜のものと決定的に異なるように思える。

 

 どういうことか、首を傾げると――

 

「何を言っているんですか先輩! 私はBB、みんな大好き、そしてかわいい、のBBちゃんです!」

 

 生憎と、愛歌はそんな名前は知らないが――

 おそらくは、状況から考えるに、彼女は桜のバックアップ――愛歌達の当面の敵ということでよいはずだ。

 

「なるほど……やっぱり死んでいなかったのね」

 

「ふふふ、ふふふふふ! どうですか? あの人達の勝利は全部無駄、令呪も、魔力も、ぜぇーんぶムダムダなんです! 驚きましたか? 歯がゆいですか? ――――って、アレ、……やっぱり?」

 

 ふと、声の主の音色が変わる。

 何やら呆けたように、理解できないといったように。

 

「生憎と、アレで終わるとは思えなかった。まぁ、私とセイバーだけが感じていた見解だから、貴方が知らないのも無理はないけれど」

 

 ともあれ、どうやら自分はこの空間にとらわれているようだ。

 足が動かない、――立ち上がれない。

 這って歩くことはできるだろうが――意味は無いだろう。

 非効率的だ。

 

「もう! それならいいです。別に、あんな人達、どうでもいいのは事実なんですから。それに――貴方はどうやっても、この空間を抜け出すことはできませんから」

 

 ふむ、と言葉を受けて周囲を観察する。

 見渡す限りの闇、――その全てが、単なる空白でしかない。

 少しずつ認識を遠くに広げる。

 先ほどまで騎士王とともにいた、あの頭が痛くなるほどの虚数空間ほどの大きさではないにしろ、これもほぼ“果てがない”のは確かだろう。

 

 ただ、それでもここが単なる箱庭の中であるということは、愛歌には理解できてしまうわけで。

 

 ――転移する。

 愛歌が再び現れるのは箱の端。

 空間の終着点である。

 

「……これは、どうしたものかしら」

 

 ゆっくりと擦り寄って、パシパシとそこを叩いてみる。

 異常はない、あった所ですぐに転移してリセットしてしまえばよいことだが。

 ともあれ、考える必要があるだろう――

 

 ――と、腰を据える腹積もりであったのだが。

 

「無駄なことですよ! なにせここは私が作り上げた無限の監獄、たとえ貴方といえど、抜け出すことは不可能です!」

 

 先程から口うるさい声の主は、どうやらおしゃべりでもあるようだ。

 彼女はAI、嘘は付くまい――であれば、直接調べるよりも、きっと彼女の言葉を聞いていたほうが早いはずだ。

 

 ――と、ようやくそこで、愛歌はBBの言葉に耳を傾けることとした。

 BBになど何の興味もなく、単なる合理的な判断の上で持って。

 

「月の決戦場を流用して作った、いうなれば無限監獄、貴方には意味が無いので正式名称は敢えて省略しますが――月の攻略は貴方ですら不可能、それは今までの事実からも、解るでしょう?」

 

 ――月の材料を使用している。

 たしかに、それであればどうあっても突破はできまい。

 可能なら自分は直接ムーンセルの掌握に乗り出しているはずなのだから。

 

 それは、殺生院キアラにすら不可能なはずだ。

 

「そして! 更に何とこの空間は月の裏側から更に時間の流れが遅いのです! その差なんと百万倍、一秒月の裏側で経過するのに、こちらでは百万秒がかかってしまうわけですね。ですので、外からの救助も望めません、残念でした!」

 

 BBのドヤ顔が透ける声。

 けれども対する愛歌は涼しい顔で、なるほど――と思案を深めている。

 ともかく、この場所の特徴は大きくその二つなのだろう。

 他にもあるだろうが――それは立ち上がれないことと動揺、どうでもいいことだ。

 

 となれば……

 

「そうね、それじゃあ――」

 

「残念、先輩の冒険はここで終わってしま――――」

 

 

「――腰を据えて、ゆっくりしていくとしましょうか」

 

 

「…………へ?」

 

 ―ーと、BBの間の抜けた声が、再び空間に響き渡るのであった。

 

 

 ◆

 

 

 何もない空間で、脱出も不可能な状況で、冷静でいられる人間がどれほどいるだろう。

 少なくとも、一日でも正気でいられれば、その者はよほど強靭な精神の持ち主だ。

 そして、たとえ多少の忍耐があったとしても、それが数ヶ月以上ともなれば、耐えられるはずがない。

 

 

 そして、――空間内の時間に置いて、一年が経過した。

 

 

 しかし、愛歌は普通では無いのである。

 さすがにもう根を上げただろうと、BBが無限監獄――正式名称犬空間の様子を確認する。

 そこで見たものは――

 

 どこから取り出したのかもわからぬ本を退屈そうに読む、愛歌の姿であった。

 

「……あら、様子を見に来たの? ご苦労様ね」

 

 ――しかし、それはただ“本の内容が退屈”なのだろう。

 顔を上げた愛歌は、すぐに常の通りの表情で、BBがいるであろう虚空を見上げる。

 

「な、な、何をしているんですか! ここは余計な私物は持込禁止ですよ!」

 

「私物もなにも、記憶の中の本をそのままデータ化して思い出してるだけなのだけど」

 

 ――デタラメだ。

 この少女は、まったくもってでたらめなのだ。

 

「けれどダメね。一度読んでしまった物を思い出しても、それはつまらないだけよ。綾香の趣味に引っ張られて、ミステリーばかりに意識が向いたのは失敗だったわ」

 

「……くっ! もう、それ以上のことは禁止です! というよりも、できないようにしてあげます! 脱出しようと色々考えたりしたらダメですよ!」

 

 しようとしてもできないようにするのではあるが。

 ――ともかく、愛歌はひたすらに規格外な存在なのだ。

 であれば、腰を据えて相手をする必要がある――そう、BBは考えた。

 

 考えて、しまった。

 

 何も常に様子を見ている必要はない。

 自分は百万倍の外側から、愛歌を観察することができるのだ。

 だから、気が向いた時にでも様子を見ればよいだろう。

 たとえ愛歌であっても、そう長く精神が持つはずはないのだから。

 

 ――そう、楽観してしまったのだ。

 かくしてBBは、その考えの致命さに気が付かず、愛歌との根比べを始めることとなる。

 

 

 ◆

 

 

 ――数分もせずに、空間の中では二年の月日が経過した。

 生きていく中で三年というのは短い時間だ。

 けれども、それはその三年間があまりにも過密であるからだ。

 そうでない場合、虚無の中に閉じ込められた愛歌であれば、どうか

 

 普通は耐えられない、そのはずなのだ。

 

 だのに、

 

 今も愛歌は――すぅ、と寝息を立てて安らかに眠っている。

 起きれば、また何を考えているのか解らない様子で、ぼんやりと遠くを眺めるか、はたまた何かを読みふけっているか。

 紅茶を飲んでいる時もあった、料理をしていることもあった。

 

 何にせよ――愛歌はこの空間で完全に居直っている。

 居座っている。

 

 やがて、BBはその様子を確かめる機会を少しずつ増やしていった。

 意識なく、無意識に――愛歌が気になって気になって、しかたがなくなったのだ。

 

 そこに生まれたのは一つの思考。

 ――この少女は、一体何を考えているのか。

 BBにとって、それは愛歌に対する――おそらく初めての感情だったのだろう。

 

 故に、離れられなくなっていく。

 魅入られて、取り憑かれていく。

 

 ――気がつけば、BBは既に時間の感覚を失っていた。

 空間の外では、未だ少しの時間しか経っていない。

 けれども中はどうだろう。

 ――それを四六時中観察し続けたBBにとってはどうだろう。

 

 決して、短くはない時間だったはずだ。

 それだけの時間を、BBは愛歌に差し出したのだ。

 完全なる無自覚で持って。

 

 そして、その頃からか――愛歌は、BBを意識するようになっていった。

 そうする“価値”があるだろうと思ったのか。

 はたまた単純に興味がわいたのか。

 

 おそらくは、本心は後者なのだろうけれども。

 

 無言のにらみ合いのような――それこそ根比べのそれは、ある時不意に、終わりを告げることになる。

 

「あら、また来たのね。何と言ったかしら……BB? そう、確かそんな名前だったわ」

 

 ――愛歌が、ふとBBに話しかけたのだ。

 

「――――ちょっと! どうしたら間違えるんです!? この世界でたった一人、貴方に干渉できる存在なんですよ? 唯一の希望、最後の救い、それがこの、BBちゃんじゃないんですか!?」

 

 なにせ、ただ一人、孤独の中にある愛歌を、慰められるのがBBなのだ。

 無論そんなつもりは毛頭ないが、そう扱ってくれないと、愛歌を煽れないではないか。

 

「そもそも! 貴方は少し唯我独尊が過ぎます! これまでだってそうでした。この空間で、絶望もせずにそうしてのんきに、何をどうしたらそんなに厚い面の皮を持てるんですか!?」

 

「もう、何かしら。いちいち声が煩い娘なのね、貴方。煩わしい、でもいいかしら。そもそも――自分勝手なのはそっちでしょう?」

 

 ――鋭く、その瞳がBBへと向けられる。

 思わずそれにひるんでしまう、気圧されたのだ。

 

 故に気がつかない。

 それが初めて、愛歌がBBを直接正面から見たのだということに。

 

 ようやく愛歌がBBという存在を認めたのだということに。

 

「まぁ、当然といえば当然のことなのだけれど、貴方の言葉は“貴方の思い通りになる”ことが前提なのよ。私、そういうのはあまり好きではないわ」

 

 ――BBは、何というべきか、クリエイター気質と言うべきか。

 まぁ、言ってしまえば“凝り性”なのだ。

 何事も手間をかけて物事を運んでしまおうとする。

 

 あのBBチャンネルにしろ、そしてサクラ迷宮にしろ、何にせよ。

 けれども、同時にそれは彼女の悪癖でもある。

 

 つまり――

 

「だって、そんなの、あたりまえじゃないですか! こっちの言うことを聞かないなら、無理やりでも調教してしまうべきです! そうでなきゃ…………そうでなきゃ」

 

「――それは、子どものわがままよ。全てが自分の思うがままにならなければ駄々をこねる、っていう、子どものわがままそのままね」

 

 ――――BBは、暴走している。

 全てが、“自分の狙い通りになる”ことが前提にあるのだ。

 ゲームマスターとして、月の女王として。

 

 しかし、彼女はAIであり、故に固執せざるを得ない。

 

「でも、そうでなきゃ行けないんです。そうで、なきゃ――」

 

「どうするの? どうにもならないわ、そんなこと。だって私は、貴方のことなんでどうでもいいのだもの」

 

 ――だから、どうしようもない。

 興味が無いのだから、何をしようと構わない。

 

 思えば、出会った時からそうだったのだ。

 

 愛歌はBBを“誰だ”と問うた。

 初対面の時に――しかし、本来なら彼女は自分と桜の容姿の酷似に動揺しなければならなかった。

 普通なら、そうするにきまっているから。

 

 けれどもそうしなかった。

 それどころか、完全にBBを関心の外においていたのだ。

 故にこそのあの態度。

 

 そしてことここに至って――彼女はパッションリップというBBのアルターエゴと向き合って後であっても、BBに意識を向けることはしなかった。

 今の、今まで。

 

 ――彼女は最初から、本質的にわかっていたのだ。

 BBと桜、そしてパッションリップが別の存在であるということを。

 そしてその中で、BBだけが――――であるということを。

 

「私……は、――私は」

 

 それに思い至った、思い至ってしまったがために、BBは黙りこくる。

 一人――思考の海に沈んでいく。

 愛歌もまた、そこで興味を失ったのか、先程までと同様、ぼんやりと退屈に身を委ねるのであった。

 

 そして、

 

 そうして、

 

 

 そうしてから――――かくして、合計で十年の時間が、空間の中では経過しようとしていた。


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