小悪魔日記 ~悪魔に『小』がつく幾つかの事情~   作:puripoti

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第9話 紫色魔術探偵団

 ───パチュリー様、探偵をやってみませんか?

 

「そんな寝言はどうでもいいから、これを保存液に漬けておいて」

 

 はあい。つれないお返事に肩をすくめ、私は手渡された『これ』───採り出したばかりの水子を、保存用薬液を詰めたガラス瓶に放り込みました。錬金術の応用で造られたこの液体は、漬け込まれた生物の細胞の壊死(えし)と分裂を恒常性とはまた違うアプローチによって抑え、擬似的な《不老不死》を体現させる霊薬です。ただし、一度これに漬けられてしまうと外界で生きてはいけない体になってしまう上、保存液の効果期限は精々1週間が限度なので定期的に交換してやる必要があるのが玉に瑕ではありますが。ちなみに、保存液の交換を忘れたりすると5分も保たずに中身が腐ってしまうのはささやかながらのご愛嬌です。

 

 蓋を閉め、別に用意したラベルに保管した日付を記入していると、背後で手術に用いていた白衣と薄い手袋を脱ぎながら、パチュリー様が指示を飛ばしてきます。

 

「あと、それが終わったら部屋と器具の滅菌処理を」

 

 はあい。レベルⅢ相当でよろしいですね。

 

「結構」

 

 頷きをひとつくれ、パチュリー様は抗菌処置の施された手袋をゴミ箱に放り込み、気怠い足取りで手術室を後になさいました。

 

   *

 

 まんまと『パトリシア・ノールズ』の死を偽装した私が、その遺産などの後始末を片付け、身をくらますため海峡を渡ってパチュリー様と合流してからおよそ半年が過ぎました。現在、私達はこの国でも有数の規模を誇る花街、その脇っちょというか裏側とでもいう場所にこびり付くようにして存在する、小汚いスラム街の一角を新たな“ねぐら”としております。

 

 華やかなりし表舞台の面影などは微塵も感じえぬ、悪徳と汚穢(おあい)と怠惰と紊乱(びんらん)と退廃を根性曲がりの魔女の釜で煮詰めたような不浄の地、それが悪けりゃ世の中からも誰からも見捨てられたクズが(私が云うのもなんですけれど)行き場を失い流れ着く、悪い意味での遙かなる約束の場所。

 当然のように道行く住人たちはどいつもこいつも、ろくでなしか犯罪者、さもなきゃその被害者という救いのなさで、ときたま親切で優しい奴がいたとしてもそれは間違いなく懐目当ての追い剥ぎか“ごまのはい”、決して気を許してはなりません。

 

 陰惨と陰鬱とが雑然と絡み合い、溢れかえらんばかりの無秩序と無法によって形作られた“ここ”でのパチュリー様の肩書きは、女だてらに裏稼業の世界を渡り歩いてきた“もぐり”のお医者、ブランシュ・ジョクスということになっております。で、私はその見習いというかお付の助手みたいな扱いです。

 

 なお、これは余談ですが前にも述べた通り現在における私の身体は、頭や背中からでかい羽が生えるという、一目で人外であるのが丸わかりな風体となっているので、雇い主に倣って私も周囲の視覚に誤魔化しをかけて外見をいじくっています。パチュリー様は偏屈で頑固そうな容貌をした顔面にでかい傷を負った中年女性の、私は発育不良が原因で万年“ちんちくりん”という設定の小娘の格好です。

 

   *

 

 パチュリー様から言いつかった処置を終え、書き込みを終えたラベルを手に手術室を後にした私は、消毒薬の匂いが幽かにこもる薄暗い廊下を抜けて、パチュリー様が待つ《院長室》に足を運びました。

 

 一足先に院長室に向かったパチュリー様は、こんな場末医院には似つかわしくない、重厚な艶光をみせる黒壇(こくだん)のデスクとセットになったエグゼクティブチェアに身を預けていらっしゃいます。

 

 それを横目で眺めながら、私はさっきまでの“お客様”であった女郎さんのことを“ぼんやり”思い出しました。ここへしょっぴいてきた(くるわ)の牛太郎さんに押さえつけられ、猿轡まで噛まされて(“ぎゃあぎゃあ”煩かったので)分娩台に拘束されながら、先ほどまでお腹に入っていた『これ』を引っ張りだされたその女性は、最初から最後までものすごい形相で私達を睨んでいたものでした。牛太郎さんから聞いた話によると、“これ”を産むために廓抜けまでしようとしたとかなんとか。そんなにまでして産みたいもんなんですかねえ。

 

 パチュリー様はともかく、私としましてはここでの“お仕事”というのは、望みもしないのにこさえる羽目になった“人生の重荷”を取り払い、有意義な人生を送るための一助、巷で言うところの慈善事業のつもりなのですが、それを理解していただけない方が多いのは残念なことです。

 

 ため息を吐く私をどう思ったのか、何故か呆れたような顔をしたパチュリー様が言いました。

 

「慈善というのなら、見返りを求めなさんな」

 

 はあい。小さく、やや拗ね気味に応えた私は瓶にラベルを貼り、次いで部屋の壁に擬装された識別装置(虹彩と静脈パターン、指紋による複合認証)に手をかざし、《保管庫》の扉を開きます。この《保管庫》には、私達がこの街に来てからの成果が“ぎっしり”と詰まっているのです。勿論、他人にゃとても見せられないもんばかりですが。

 保管庫に足を踏み入れた私は、そこを埋め尽くすようにして“ずらり”並んだ棚に、今日のお仕事の成果を仕舞いました。やはりというか、棚には今置いたたもの以外にもここで取り上げた水子の詰まった瓶が並んでいます。おそらく増えることはあっても減ることはないであろう瓶の数は、この街における“生産者”の商売繁盛を無言のうちに物語る。形はともあれ、景気が良いというのはまことに結構なことです。

 

 そういえばあまりに“どうでもいい”ことだったので忘れかけてましたが、“これ”を取り出した女郎さん。彼女、梅毒の初期症状が出ていたので、そう遠くないうちにあの世逝きになるかもしれません。命を取り留めたとしても、今の商売は続けられないでしょうが。勿論、治すことだって簡単ではあったのですが、パチュリー様はあえて放っとかれることになさいました。

 

「だって治療を頼まれてなかったもの」

 

 微塵も悪びれぬこの魔女。初期の段階では知識がない人間にゃ、自覚さえしにくいのですから頼みようがないでしょうに、酷いことをなさる。

 

「思ってもいないことを口にするのはやめておきなさい」

 

 空咳をひとつして、(たしな)めるようにパチュリー様は言いました。

 

「どの道、私らが保有する《知識》や《技術》は、表沙汰になった日にはいらん詮索しか生まないの。いわんや益体(やくたい)もない感傷で安売りは出来んわな」

 

 痛くもない腹を探られて気分のよろしい者はなし、それが痛い腹なら尚更よ。おそらくはこの界隈において1、2を争うくらいに痛むお腹の持ち主は、さも疲れた様子で柔らかな椅子に体をもたせかけて言いました。

 

 それにしても、水子ってなんの足しになるのですかね。水子の列を前にして、眉根を疑問に寄せていると、パチュリー様が説明をしてくださいました。

 

「胎児っていうのは云わば、未だ苦界(くかい)に生まれ落ちることなき無垢なる生命の種子」

 

 世に根を下ろすことなく内包されたままの可能性・不可能性の種、そのように置き換えてもよろしい(まあ、“ここ”で生まれた餓鬼の可能性なんぞたかが知れたものですがね)。意識なぞ無いはずの水子の残念が強烈なのはそのせいであり、それに梅毒という悪想念の要素(この場合は医学的のみならず観念的な部分としての)が加わることによって、理想的な魔道の媒体として作用することができるのだそうです。

 

「ただし、あくまでも《魔術的》加工を施した上での話しよ。それがなければただの肉の塊以上ではないわね」

 

 酒のアテくらいにはなるのじゃないかしら。“さらり”と笑えないことをパチュリー様はおっしゃいます。

 

「冗談はさておき、それ以外だと《不老長生の霊薬》ね、その紛い物くらいは造れるわよ。魔法をかじったことがあるやつ限定だけど」

 

 興味があるならあなたも実験ついでに創ってみなさい。やや含みを持たせた声に、私は小首を傾げました。紛い物、ですか。

 

「表皮の細胞を活性化させて、シワ伸ばしするくらいしか効果がないもの」

 

 とはいえ、そんなパチモンでも大枚はたいて欲しがる奴はいるから小遣い稼ぎくらいにゃなるわ。パチュリー様は小馬鹿にしたように鼻を鳴らしました。そんなもんですかねえ。

 

「そんなもんよ。少し前にゃ若さを保つ秘訣とうそぶいて、そこらの村娘の腹かっさばいて集めた血で行水やらかしたトンチキもいたくらいだし。喜んで飛びつくでしょうね」

 

 なんですか、そりゃ。私は酢でも含んだような顔をせずにはいられません。人間がなんぼアホでもいるわけないでしょう、そんなキ印。反射的に思ったことを口に出すと、パチュリー様は肩凝りをこじらせたような顔をなさりました。

 

「普通ならそうなのよね───普通なら」

 

 ところが、目先の目的に“目”が眩んだ人間は容易に莫迦なことをしでかすものでね。身の丈に合わない《力》───腕力権力財力。どれでもいい───を手にした連中、特にそれが自身の努力によってもたらされたものでない場合は、その傾向が天井知らずに悪化するそうです。なら、私も気を付けたほうがいいかもしれませんね。

 

「そうね。頭に『小』が付く内ならば、その殊勝さこそがあなたを救うでしょうさ」

 

 なら、当分の間は大人しくしていることが我が身のためということですね。私は保管庫の扉を閉め、その上から目眩ましの魔法をかけました。鍵自体はオートロックなので掛ける必要はありません。

 

「なんにせよ今日はもう店仕舞いよ、疲れたし。カンバンを出しておいてね」

 

 はあい。愛想よく応えた私は“ぱたぱた”と部屋を出て、表のドアに『本日は営業終了』のプレートを掛けました。扉を閉め、鍵をかけている私の背中にパチュリー様の声がかけられます。

 

「あと、それが終わったらお茶を淹れてちょうだい」

 

 声はすれども姿は見えず。本来なら聞こえるはずのない小さな声と距離なのに、それがはっきりと伝えられているのは、おそらく空気の伝導にでも手を加えているのでしょう。

 はあい。少々、お待ちくださいませ。私は流行らない喫茶店によくいる、サービス精神を放擲した給仕ばりに適当な返事をして台所に向かうのでした。

 

   *

 

「いい香りだこと」

 

 くゆらせたカップから立ち昇る香気に顔をくすぐられ、パチュリー様は満足気に目を細めました。あくまでも紅茶の香りを楽しむだけで、お飲みになられたりはしないのですが。パチュリー様のデスクから少し離れたところに置かれたソファに腰を下ろし、私も自分のために用意したお茶にミルクとお砂糖をいれ、ティータイムと洒落こみます。

 

 お茶請けに用意した自作のクッキーをかじり、紅茶で流し込んだ私は《保管庫》がある壁に目をやりながら言いました。

 しかし、こうやってモグリとして日陰に蠢いているというのも、なんだか勿体ない話ですねえ。そんじょそこいらのお医者さんの腕前より、パチュリー様のがよっぽど凄いのに。少なからざる残念さを込めた私の溜息を、洒脱な仕草で肩をすくめてパチュリー様はやり過ごしました。

 

「買い被りもいいところよ。実のところ私の医療技術なんてもんは、あなたが思っているほど大層なもんじゃないの」

 

 そもそも私は《魔女》ではあっても医者じゃあない。出来るのはあくまでも、真似事の範囲内さね。パチュリー様が仰るには、他人がまだ知りえぬ知識のアドバンテージによって技能を底上げしてるだけであって、ご自身の技量はよくいって中の上が精々とのことです。そんなものでしょうか。納得がいかず眉根を寄せていると、パチュリー様の唇の端が“うっすら”と、強いていうなら苦笑いに近い形に曲がりました。

 

「とはいえ、抗生物質どころか感染症予防の概念さえない今の時代、それだけでも十分過ぎるのでしょうけれど」

 

 今の御時世、文化レベルはさておき根本的な衛生事情やなんやらは中世の頃からあまり進歩しとらん。柔らかなチェアのクッションに埋まり嘆息するパチュリー様でした。

 より正確にゃ、大昔に存在していたナントカいう国の興亡のドサクサに紛れ権限を肥大させた宗教が、自身の地位向上と権威や利権拡大の方便として時の知識階級を排除・弾圧したせいで、それまで広く伝わっていた民間医療のレベルが諸共に後退しちまったのだそうで。その過程で失われた知識には、薬草学に根ざした医療と公衆衛生のそれも含まれていたので、当然のことながら感染症対策の基本でもある衛生事情およびそれらの基礎知識も悪化。それが現在にまでよろしくない影響を与えているのだとか。

 

 目先の目的に“目”が眩んだ人間は、容易に莫迦なことをしでかすもの───パチュリー様が仰られていたのはそういうことですか。

 

「まあね」

 

 何度か小さく咳をして喉の調子を整え、パチュリー様は続けられます。

 

「それでなくとも、モグリの方が何かにつけて便利ではあるし」

 

 それはまあそうでしょうね。ここを訪れる輩といえば、基本は“どいつもこいつも”後ろ暗いかさもなきゃここ以外に診てくれるお医者もいない連中ばかり。その分口の堅さも折り紙つき。世間一般が眉をひそめるような行為を幾らかしでかしたところで、自分達に利益があるうちなら目をつぶってくれる。例えば摘出した臓器やら水子、そこいらでおっ死んだ身元も定かでない人間をどうしようが知ったことではないというように。

 

「しかも“なにがしか”の形でお偉い連中とも繋がりがある奴も少なくない。実際、私の話を聞きつけた連中がもう何人か、お得意様になっているからね」

 

 言われて私は“ここ”を訪れるお客さんの顔のいくつかを思い出しました。そういえば少し前から、こんな場末の闇医者とは縁遠い金ぴかの服着て懐具合も暖かそうなお大尽様が“ちょくちょく”いらっしゃるようになってました。

 

「場末は余計よ」

 

 そこは気になさるんですね。取り合っても面倒くさいばかりだと思った私は、聞こえなかったふりしてマフィンをかじりました。

 下々の者からすれば雲の上にいらっしゃるが如きお偉い方々といえども、世俗に交わるそのかぎり生きの悩みは尽きぬもの。下手な病をもらった日には世間体にも傷がつく(所謂『ぶるじょわじぃ』と呼ばれる人種が、専属のお医者を抱える理由がまさにそれ)。ましてや、いまだ不治の病が山とあるこのご時世、金に糸目をつけなければ治せぬ病なぞないパチュリー様の存在は、そういった方々にとっては千金万金の価値があろうというもので。

 

「付け加えるなら、そういった手合いは完治さえすれば多少なら足元を見たところで文句も出ないのがよいところ」

 

 ついでにそこから繋がるコネもある。それが巡ってまた新たな人脈と金蔓を産む───結局、こうして裏に潜んでいた方が安全だし、懐の具合も暖かくなるという寸法よ。

 

「なによりも、光が強い場所ほどその裏に蠢く闇もまた濃くなるもの。“ここ”は《魔法使い》にとっても都合がいい」

 

 人の営みが孕んだ《闇》の色は夜の闇よりなお昏く、そこに潜む魔はたやすく同類を惹き寄せる(その逆が滅多にないのは不思議なことです)。先ほどの水子のみならず、こういった所でしか手に入れられない品は、魔法使いにとっては垂涎の的でもあるわけで。

 

「これで空気さえよければ、もう、言うことなしなんだけどね」

 

 小さく咳をし、パチュリー様はやや忌々しげな表情をこしらえました。以前のアパートメントに同じく、このモグリ診療所もパチュリー様のお身体に合わせた空気の清浄機構および外界との隔離措置が設えられてはいるので、住み暮らす分には何の問題もないのですが、それでもパチュリー様には不満のようです。

 

「でもまあ、それも仕方ないのか。ある一定の段階からの進歩には、少なからずの環境への悪影響がついて回る」

 

 かく言う私も、現在の《動力炉》開発の前段階や試作品とかで、ちょっと口にはできない代物を垂れ流しにしたもんだし。へー、パチュリー様にもそんな時代があったんですね。私の脳裏に、廃棄されたブツ(おそらくは燃料や減速剤として用いられる“アレやコレ”でしょうが)によって癌やら急性の白血病等を患いバタバタ倒れていく人々の姿が浮かび上がりましたが、それには特に思うこともなかったので、私は適当な相槌だけを打って新たなマフィンに手を伸ばしました。所詮、私のあずかり知らぬことです。

 

   *

 

「それにしてもあなた、一体全体なんだって探偵なんぞをやろうだなんて思いついたのよ」

 

 空いてる左手をチェアの肘掛に立ててそこに頬杖をつくという、ちょっとだらしない格好でティーカップをくゆらせながらパチュリー様はお尋ねになりました。

 いやなに、そんなに御大層な理由じゃござんせんやな。ただの思いつきみたいなもんだったんで。でも、案外やってみてもいいんじゃないですかね。こんな“ごみごみ”しい場所でくすぶっているより、よっぽどパチュリー様にはぴったりの商売だと思いますし。

 

「どこら辺が」

 

 “けんもほろろ”に言ってパチュリー様は視線をあらぬ方へと外されます。

 

「大体、事件なんてそんじょそこらにホイホイ転がってるもんじゃないでしょうに」

 

 すぐに“商売あがったり”になるのがオチよ。取り付く島もない様子でパチュリー様はティーカップをテーブルに置きました。私はわざとらしく口をとがらせます。そんなことはありませんよ。この世は事件の宝庫です。殺人、密室殺人、連続殺人、うっかり殺人、あらゆる事件がなんでもござれです。

 

「なんで殺人事件限定?」

 

 そんなん私に言われましても。探偵あるところに殺人事件あり、殺人事件あるところに探偵あり───昔からの決まり事じゃあないですか。

 

「むしろ探偵の名を(かた)る疫病神じゃないの、それは」

 

 パチュリー様は、しなやかな人差し指で“こめかみ”のあたりを押さえました。

 なんの疫病神が貧乏神でも事件さえ解決できりゃ百点満点ですよ───平和な日常に忍び寄る卑劣なる悪漢の影、恐怖に打ち震える愚鈍な人々、役に立たないアホ官憲。あわれ屠殺場に送られる家畜のごとく無様に右往左往する衆生の前に、颯爽と現れ見事な手際で事件を解決する名探偵パチュリー・ノーレッジ。その活躍を目にした愚民どもは拍手喝采、手柄を持っていかれた官憲連中は悔しさに歯ぎしり、悪党どもは断頭台の露と消ゆ。素晴らしい。最高に絵になる光景じゃあないですか。

 

「……三文文士(さんもんぶんし)が書いた、脳天底抜けペーパーバックの表紙みたいな絵面しか思い浮かばないわね」

 

 まあまあ、そう言いませんと。パチュリー様が実にイヤそうな顔をこしらえるのをなだめ、私はテーブルの上に置かれた新聞紙を手に取りました。

 上手い具合に事件もございます。まずは肩慣らしにでも、これを解決してみるのはいかがでしょう。言いながら私は広げた新聞の一面を、偏頭痛を堪えるようなお顔をしたパチュリー様へ向けました。そこにはモルグ街とかいうところで殺人事件があったらしいとの記事が、扇情的な煽り文とともに“でかでか”と載せられておりました。

 

 新聞の見出しに目を通したパチュリー様は、下手くその弾いたバイオリン演奏を耳にしたかのようなお顔をなさり、次いで実に“しょうもない”ことに時間を使ったとばかりのため息を吐いて言ったものです。

 

「大方、どこぞやから逃げ出したゴリラだかチンパンジーだかオランウータンの仕業よ」

 

 そんないい加減な。唇を尖らせるも、パチュリー様取り合おうともしてくれません。

 

「じゃあヤスって奴が犯人よ」

 

 どなたですか、そりゃ。

 

「知らない」




 登場人物

 小悪魔

 所詮は悪魔、人情なんぞは理解もできない。つまるところのひとでなし。

 パチュリー

 所詮は魔女、人情なんぞは溝に捨てている。つまるところのろくでなし。

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