小悪魔日記 ~悪魔に『小』がつく幾つかの事情~   作:puripoti

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第2話 SCAFFOLD

 半ば脅迫まがいのやりくちで(誇張ではないはず)、か弱き小悪魔であるところの私を路地裏から連れだした後、その足でご自身の住まいとやらに向かうのかと思いきや、パチュリー様は一旦表通りに出向いて二輪辻馬車(ハンサム)を拾いました。ひょっとしたら、かなり遠いところまでいかなきゃならんのでしょうか。

 

「そうでもないわ、ここから歩いて行ける距離よ」

 

 ただ、私の足には遠すぎる。健康とは程遠い身体なものでね。(せき)で言葉を切りつつパチュリー様は馬車に乗り、私にも乗るように言いつけます。いいんですかね、私も一緒で?

 馬車に乗るだなんてはじめてということもあり尻込みをしていると、馬車の客席から呆れたような声がかかってきました。

 

「当たり前でしょ、さっさと乗りなさい」

 

 促された私は“おっかなびっくり”と乗り込み、パチュリー様の隣に腰を落ち着けました。お世辞にもクッションが利いているとは云い難いシートは、あまり優しくない感触をお尻に伝えてきますが、パチュリー様は平気なのでしょうか。“いささか”ながら心配になった私が隣の席に目をやると、そこには何事かを口の中で小さく“ぶつぶつ”と唱えるパチュリー様の姿。

 

 それは何かの“おまじない”ですか? 私の問いを無視してパチュリー様は“つぶやき”を終え、それと同時に先ほどまでひっきりなしに耳朶(じだ)を打っていた表通りの喧騒が消えてなくなりました。まるで世界から音が消え去ったかのような静寂に、“ぎょっ”と目を丸くする私を面倒くさげな視線で射抜き、パチュリー様は説明してくれました。本当に面倒くさいなら放っといてもいいのにちゃんと説明してはくれるあたり、この方は意外なくらい律儀な性格をなすってます。

 

「空気の伝導に手を加えて、不必要・不都合な音だけを遮断する魔法よ。人目のあるところで《魔法使い》と《悪魔》が雁首並べてんだから、これくらいは当たり前の用心よ」

 

 それに馬車ってのはうるさいからね、私の耳に優しくない。そう語るパチュリー様の腰へと視線を向けてみれば、柔らかそうなお尻が硬いシートからほんの僅かに浮かんでいるのが見えました。そういえば、歩くために足を動かすのも面倒くさいと宙に浮かんでらっしゃいましたね。

 

「……やってちょうだい」

 

 億劫そうに御者さんに伝え、馬車は“ゆっくり”と走りだしました。

 

   *

 

 目的の場所に着くまでにはやや時間がかかるということもあり、あまり快適とも云い難い馬車に揺られつつ、私達はお互いについての情報を“ささやか”ながらも交換し合いました。

 

「あらためて自己紹介をするわ。パチュリー・ノーレッジ───《魔法使い》をやっているの」

 

 ご丁寧にありがとうございます。私は《小悪魔》やってます。名前はありません。私の自己紹介を聞いたパチュリー様は、不審もしくは猜疑(さいぎ)に形のよい眉をひそめました。なんぞおかしな事でも言いましたかね、私。

 

「偽りのものとはいえ、《名前》を知られることを警戒しているのかしら。だとしたら思ったより用心深い」

 

 今度は私が眉をひそめる番でした。何ですか、そりゃ。訳がわからぬと私が正直なところを口にすると、パチュリー様の眉根が今度は猜疑から困惑のかたちに歪みました。なんぞヘンな事でも言いましたかね、私。

 

「なにもへったくれも、悪魔は自分の《真名》を暴いたものに服従するもの───千古の昔からの決まり事でしょうに。それを警戒したからこそ、私に名前を教えたくないのではなくて?」

 

 へー、そんな決め事があったんですね。はじめて知りましたよ、私。

 初耳もいいところの豆知識に、私は目を丸くせずにはいられません。対照的にパチュリー様は、なぜか偏頭痛でも覚えたかのように“こめかみ”を押さえていましたが。

 

「なんで他ならぬ悪魔のあなたが知らないのよ……」

 

 『小』悪魔だからじゃないですかね。間髪入れずして出された簡潔にして明瞭なる答えにも、パチュリー様は納得がいかないご様子でした。でも知らないもんは知らないのだから仕方ないじゃないですか。私は肩をすくめずにはいられません。それをどう捉えられたのでしょうか、パチュリー様が疲れた様な声を投げかけてきます。

 

「……私が言うのも何だけど、仮にも悪魔なら“その手”の決まり事やらには注意を払ったほうがいいと思うわ」

 

 はあ、すみません。これから気をつけます。一応、身の上の心配をされたということなのでしょうから、私は素直に頭を下げておきます。もしかしたらこの方、見た目よりもずっと良い人なのでしょうか。さりげなく様子をうかがう私の視線の先で、パチュリー様は溜息をこぼしています。

 

「それはさておくにしても、今の今まで名前もなしで、よく生きてこれたわね」

 

 さぞ不便だったでしょうに。パチュリー様はそうおっしゃいますが、私としては今までこれといって不都合のようなものを感じたことはありませんでした。名前を教えるだけの義理がある相手もいなけりゃ、名前で食べてくような稼業をしてたわけでもないですから。

 

「そんなものかしら。それでなくとも人格形成の上でも重要な土台───とまでは言わないけど、呼び合うのに必要な“記号”さえ無いのでは、コミュニティの中で生きていくのは難しいでしょうに」

 

 そんなもんですよ。正味の話、自分の出自に関する事柄にはこだわったことも興味もなかったので、自然、“どうでもいい”という扱いですし(そもそも、《自分》というもの認識した時点で、《私》は今のままの姿と思考であったわけで)、それに属している土地なり共同体なりの都合が自分に不都合だと感じたら、こだわりを持たずにさっさと見限って離れるように心がけてきましたので。

 

 ふむ。それを聞いたパチュリー様は口の中だけで小さくつぶやき、何かを思案するように人差し指で“おでこ”の辺りを軽く叩いて黙りこんでしまいました。もしかして、気に障るようなことを言っちゃったのでしょうか。

 

 少しの間、沈黙の妖精が私達の間を幾度か往復した後、パチュリー様は得心いったように頷きました。

 

「名前云々というより他人を、あるいはその“繋がり”を必要としなかったのね、あなたは」

 

 ああ、そうとも言えますか。私は“いいかげん”な首肯でもって返します。それこそ“どうでもいい”ことだったので。

 

「そういった部分は、紛れもなく悪魔らしいわ」

 

 “ひとでなし”という意味でしたら、まったくもってその通りなのでしょう。なにせ私は《人》じゃない。

 

   *

 

 ところで今度はこちらから質問、よろしいでしょうか。私は遠慮がちに尋ねました。

 

「どうぞ」

 

 お許しをもらったので、私は路地裏からこっち、ずっと引っ張ってきた疑問をぶつけさせてもらいました。

 一体、私みたくな小悪魔風情にどのようなご用向きがあったのでしょうか。それに、あの路地裏には『探しもの』をしに来ていたと仰しゃっていましたよね。『探しものはもう見つかった』とも。一体全体、どういうことなんでしょうか。

 

「あの路地裏には《お使い》を探しに来たの」

 

 お使い。聞きなれない言葉に困惑していると、補足するようにパチュリー様は続けました。

 

「……《使い魔》の方が通りはいいか。サーバント、ファミリアなんて呼ばれ方もするわ」

 

 それ以外だとゴーレムや僵屍(キョウシ)、式神が有名どころかしら。いずれも使い勝手の良さや、用途別の向き不向きの傾向も含めた一長一短があるけれど。

 

「で、《お使い》になれそうな素養を持った適当な動物───オーソドックスなところで黒猫とか───を探していたら、あなたを見かけたのよ」

 

 あくまでも淡々としたパチュリー様の説明を聞く内に、この人が何を求めて私をここに連れてきたのかに薄々ながら思い当たりました。

 私に、あなたの使い魔になれと言うのですね。先んじて出した私の答えに、パチュリー様は満足そうに微笑みました。静かで淡い、道端にひっそりと佇む(スミレ)のように“はかない”微笑みで。

 

「その通り。察しのいいやつも嫌いじゃない。説明の手間が省けるからね」

 

 お褒めに与り恐縮です。ただ、そうなるとまた別の疑問が湧いて出ます───なぜ、私だったんでしょうか。

 正直なところ、パチュリー様ほどの方なら他に選択肢なんて幾らもあると思うのですが。それこそ、私のように“けち”な小悪魔なんぞではなく、もっともっと強くて賢い悪魔なり魔物なり物怪(もののけ)なりを自前で喚び出すとか。

 

「簡単なことよ。誰でもよかったから」

 

 パチュリー様の答えは実に簡潔で、それ故に身も蓋もないことこの上ないものでした。

 

「まずあなたの顔を見て、次に少しではあるけど言葉を交わして、最低限の知性はあると感じた。感覚も鋭そうだったし」

 

 ここで一旦、パチュリー様は言葉を切り、小さな咳をしました。喉元に軽く手を当て、少しの間、調子を確かめるようにして息を吸い、説明が再開されます。

 

「そも、私が求めているのは研究の手伝いや、身の回りの世話───文字通りの『お使い』ができるやつでね。だから能力の多寡はこの際、問題ではないのよ。なにより……」

 

 ここでまた言葉を切り、咳払いをひとつ。……あまり長話はさせないほうが良いのかもしれません。私の心配をよそに、パチュリー様は続けます。

 

「……なにより、下手に強力な手合いを喚び出したりなんかすると、そいつらに支払う対価で足が出ることが“まま”あるの」

 

 実利を重んじる魔道の徒としては、コストパフォーマンスには常に気を配りたいところではある、とのパチュリー様の弁。それでしたら、弟子という名の雑用でも採ったらよいのでは?

 

「今の御時世、自ら進んで魔法使いの弟子になりたがる奇特なやつなんていると思う?」

 

 パチュリー様の口調にどこか苦いものが混じっていたのは、果たして気のせいだったのでしょうか。

 ならいっそのこと、そこいらの難儀してる人間から適当な子供でも売ってもらえばいいんじゃないですか。私がうろついてた貧民窟とかなら、その手の連中にゃ事欠きませんでしょうし。

 

 文字通りに『二束三文』で買い叩けるのが人間というものの良い所。何時のご時世、何処の土地でも、人の生き死に身の上思想ほど安上がりなものはござんせん。やれ常識だ生まれながらの平等だ命の価値は星より重いだのと《人間性》を強調してみたところで、人間の《性》なんてもんは今も昔も───多分これからも───大して変わるところもなし。

 

 中々に良いアイデアだと思いましたが、これにもパチュリー様は首を横に振るばかりでした。

 

「それも無理ね、というよりもやめておいたがいい。なぜと言いなさいな。昨日までの貧乏人に、目の玉飛び出るほどの大金渡して御覧なさい。どんなロクでもない使い方をするか知れたものじゃないのよ」

 

 皮肉の三日月を形作る魔女の口。ははぁ、ということは既に何度か経験済みということですか。

 

「まあね……。ごく初歩の術を教えただけで有頂天になって“あちらこちら”で力を見せびらかして回った奴、同じ理由から私を越えたと錯覚して寝首を掻こうとした奴、我こそ次代を担う《新人類》なりと寝言をほざいて『旧人類』の抹殺を図ろうとした奴、得体の知れない毒電波でも受信したかして宗教ぶち上げようとした奴、大宇宙の彼方から偉大なるブラザーの声が聴こえるとか言いだした奴……数え上げたらキリがない」

 

 ここまで一気呵成(いっきかせい)に述べたところで、パチュリー様は何度か咳をして話を中断しました。さして大きいとはいえない背を折って咳き込む姿は傍から見ているだけでも苦しそうだったので、私はその背中を擦って差し上げます。少しは楽になってくれるといいのですが。

 

 しばしの小休止の後、背もたれに“ぐったり”と身体を預けたパチュリー様から疲れたような“しゃがれ”声が聴こえてきました。

 

「……それ以外にも様々な阿呆がいたのだけれど、聞きたい?」

 

 結構です。私は首を横に振りました。長話をさせて、またぞろ負担をかけさせたくはないですし、なによりも心の健康に悪そうなので。ひょっとしたら、この方の健康状態がよろしいとはいえないのは、そういった心労が重なりまくった結果なのではないでしょうか。

 

「困ったことに、なまじ魔法の適性があるやつほどその手の脇道に逸れやすいときた───それに気がつくまで、つくづく無駄な時間とお金を使ったと思うわ」

 

 もったいないもったいない。あさっての方へ遠い目を向けたパチュリー様は、それこそ何かのお呪いのようにつぶやきます。恨み言の方が正しいのかもですが。とはいえ、それについては特に思うところもなかったので、私は最後にもうひとつ、気になった質問をすることにしました。

 

 ───ところで、その『お弟子さん』たちは、その後、どうなすったのでしょうね。パチュリー様は溜息とともに、洒脱な仕草で肩をすくめてみせたものです。

 

「あのころ巷で流行るもの、魔女狩り、火焙り、吊るし首」

 

 成程。




 登場人物(人ではないが)

小悪魔

紅魔勢で二番目に触手が似合う女。積極的に悪事を働くわけではないが、進んで誰かの為になるようなこともまたしない。つまるところ小人物もとい小悪魔。

パチュリー・ノーレッジ

紅魔勢で一番、触手が似合う女。大抵の場合、二番目はコイツの巻き添えである。悪人というわけでは決してないが、しかし善人とは口が裂けても言えない。

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