小悪魔日記 ~悪魔に『小』がつく幾つかの事情~   作:puripoti

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第14話 紅薔薇の咲く庭

 一寸先さえ見えぬ判らぬ、赤黒い闇の中を歩いている。

 

   *

 

 いけどもいけども続くのは、昏くて深い闇の路───

 

 つまるところ、不必要にだだっ広いお屋敷のこれまた無駄に長い廊下を私は歩いておりました。

 

 変わり映えのしない闇の路に、ついあくびがこぼれてしまいます。このお屋敷、窓が少ないのと(あってもほとんどが飾り窓)住人が視界の確保に光を必要としないせいで照明器具の類が設置されていないのとで内部は常にドス暗く、しかも内装にいたっては壁はおろか絨毯から天井にいたるまで赤一色で統一されているという悪趣味具合ときたもので、足元から伝わる上等な絨毯による“ふかふか”の感触がなければ積悪の報いで閻魔様に引導渡され暗闇地獄(そんなもんがあるのかはさておいて)にでも叩き堕とされたと勘違いしかねない有り様です。

 

 頭蓋骨の内側に詰まったものが正常に稼働していらっしゃる方なら、足を踏み入れるどころか迷うことなく回れ右をするであろう、不気味の館の不気味の廊下をさらに10数分ばかり歩くと、上と横の端っこがお屋敷の果てなき闇に溶け込んで見えぬほどに巨大な青銅製の扉の前にたどり着きました。廊下の高さ広さと《扉》の大きさが一致しないことに矛盾を感じるかもしれませんが、そこは無視しておくがよろしい。仮にも《魔法使いの弟子》たるものがそんな瑣末な事にこだわっていては3日もしない内に気鬱の病をこじらせる。

 

 まるで巨人が出入りするために作られたような扉には不釣り合いなほど小さな黄金のプレートが埋め込まれており、そこにはこのように刻まれておりました。

 

『邪悪なる魔法使い、パチュリー・ノーレッジの図書館

   * *受付時間 午後9時~午前3時 * *

      現在、パチュリーは*在室中』

 

 自分で邪悪云々と言ってりゃ世話ありませんが、これもこの《お部屋》の主なりの冗談というわけです。あの方の正体をほんの“さわり”だけでもご存じの方なら笑えない冗談だと吐き捨てたのは疑いようありませんでしょうけれど(もっとも、何がそんなにツボにはまったのかお屋敷の主にゃ大ウケで、これを見たお嬢様はドアの前でお腹を抱えて爆笑していたものでしたが)。

 

 洒落たデザインをした真鍮製のドアノッカーを叩いて《扉》を押せば、でかい見てくれとは裏腹にほんの僅かな軋みさえなくそれは開いていく。さながら獲物を待ち構える巨獣の顎のような扉をくぐり、その先にあるこれまた果ての見えないほどに巨大な書架が数え切れぬほど並んだ書物の山脈を突っ切りながら、私は近頃お気に入りの伊達眼鏡───より正確には眼鏡の形をしたHUD(ヘッドアップディスプレイ)式の端末へと視線入力を行いました。行先の座標を確認した私は《移動》のための呪文を口ずさむ。アジャラカモクレン、テクマクマヤコン、テケレッツのパー。

 

 創意工夫を屑籠にでも叩き込んだがごときいい加減な呪文が響き、空を渡ってこの《図書館》の主の元へとひとっ飛び。今日の“お勤め”を終えて帰還した私を無味乾燥な声が出迎えてくれました。

 

「おかえりなさい」

 

 知識の城塞に“ぽつん”と置かれた、石造りの椅子に腰掛ける《図書館》の主にして我が主は、手にしていた書籍に目を通したままこちらを“ちらり”と見ることもなく、2、3度ばかりの空咳をしてから厭味くさく唇を歪めてみせました。

 

「今日も今日とてワガママお嬢の相手ごくろうさん。もし“ここ”を(クビ)になったら餓鬼共相手の教師にでも鞍替えしてみちゃどうだ」

 

 ああ、そいつは悪くない。ついこの間観た、ごつい刑事が幼稚園にもぐり込む映画みたいに存外うまくいくかもしれません。戻って早々の皮肉をウィンクと軽口でいなした私は首元に手をやり、ワインレッドのシルクタイを緩めるのでした。

 

 それにしても、ここに来た当時から思ってたことがあるのですがね。一息ついて脱いだジャケットを専用の隔離空間に放り込み、ついでに首周りのボタンも2つばかり外して楽なスタイルになった私はパチュリー様にかねてからの疑問を訊ねてみました。このお屋敷はなんだってこんなお目々と心に悪い色合いしてんでしょうかね。

 

「なにを言うのかと思えばつまらんことを」

 

 決まっとろうが、そんなもん。パチュリー様はできの悪い生徒へ方程式の解法を教える教師のような口調でお答えくださいました。

 

「家主が赤い色が大好きなやつだからじゃないの」

 

 まあ、そうなんでしょうね。身も蓋もない返答に肩をすくめると、その拍子に眼鏡が少しずれたので“つる”に手をやり位置を直しておきます。それを見たパチュリー様の皮肉に歪む口の端がさらに吊り上がったようでした。

 

「そんな玩具を使うくらいなら、さっさと身体に補助電脳でも埋め込んでしまえばよかろうが」

 

 ありがたいご忠告ですが、その予定は今のところありませんね。曖昧な微笑みとともに私が“やんわり”とした拒否を返すも、パチュリー様には鼻で笑われるばかり。

 

「ふむ、けちな悪魔の分際で古の碩学よろしく己が尊厳は生まれ持った我が身にのみ宿ると。ご高説と云うべきだ」

 

 まさか。単純に、まだ自分の身体にそこまでの見切りをつけられそうにないってだけのことで。あるいはこの未練も、いま少しの時間が経てば風化してしまうのかもしれませんが。

 

「そんな益体(やくたい)もない娑婆っ気と縁が切れんから、あなたいつまで経っても頭の『小』の字が取れんのよ」

 

 でしょうね。言わずもがなの厭味にもはや、思うところもありゃしない。気の抜けたような相槌打った私は近くのソファ(私が持ち込んだ私物のひとつ)へ身を投げた。

 

   *

 

 パチュリー様の親友というお方との邂逅からすでに数年が経っておりました。

 

 それに伴い新大陸における“ねぐら”や資産のほとんどを処分して海を渡った私らは、現在、件のご友人───先程から“お嬢様”とお呼びしている方のお屋敷に居候をさせていただいているのでした。先にも述べたとおり無駄に豪華で無意味に広くて、その規模はむしろ城館(シャトー)というべきお屋敷なので、多少の出世をしてみたとていっかな頭の『小』の字が取れぬ小市民的悪魔にはちと居心地が悪いのが玉に瑕。

 

 そんなお屋敷の主たるお嬢様を一言で表すなら、とても“おっかない”方です。それ以外に言い様はありません。どれくらいおっかないかといえば、用がないなら近寄りたくはないし近寄ってもほしくないくらいのおっかなさです(初対面のときから身に沁みていたことではありますが)。見た目こそかつてパチュリー様も評されたように息を呑むほど愛くるしい、それこそ生まれを間違えた天使のように可憐で可愛らしいお方なのですが、そんな寝惚けた感想なんざ本人に一瞥くれられれば月の裏まで吹っ飛んで、彼の地にて兎がついてる餅と一緒にこねくり回されちまうこと請け合いでしょう。あと“いいとこ”のお嬢様のくせに食餌が汚いのはどうにかした方がいい。怖くてとても言えないけれど。

 

 お嬢様が復活され、そのお姿をはじめて拝見した日のことは今も私の瞼と脳裏に焼き付いて離れません。

 

 こちらのお屋敷に居候するようになってからしばらくの後、パチュリー様が予見していた通りにお嬢様は“けろり”としたお顔でお屋敷の門をくぐられました。

 月光を受けて揺らめく銀紗の髪にも真珠の光沢さえも及ばぬ玉肌にも微塵の瑕疵さえ見当たらせず、静かに降り注ぐ月と星との煌めきが織りなし産まれた夜闇の聖霊のごとき永遠に幼い麗人は、出迎えたパチュリー様としばしの間見つめ合ったのち重力の軛なぞ感じさせぬ足取りで歩み寄り、月明かりだけが照らす夜空の下でお互いの温もりと思いの丈を伝え合うような抱擁を交わされたのでした。

 

 無論、一昔くらい前に大流行りした美男美女が主演を張ってる以外に何の見どころもない軽薄な恋愛映画のエンディングばりに麗しい光景も一瞬のこと。

 

 直後、文字通りの“瞬き一つ”の後に、ショベルカーに抱きすくめられてもへっちゃらなはずのパチュリー様のお身体が月光の重みさえも支えきれなさそうな細腕によってボール紙のように“ひしゃげ”、溢れ零れた水銀の血液が星の瞬きと夜気を触媒にした魔法でもって超高層ビルディングさえ数分で倒壊させるほどの溶解液と化してお嬢様に降りそそぎその身を“ぐずぐず”に溶かしたりといった大惨事になったのでした。

 

 それから半刻ほどに及ぶ手足を引っこ抜く臓物を撒き散らす頭を吹き飛ばす等々の目を覆わんばかりな“どつきあい”───本人たち曰くところの親友同士による微笑ましい“じゃれあい”───を目の当たりにしたお陰でしばらくの間ご飯が不味く感じる羽目になりました。そりゃあ目ン玉にもお脳ミソにも、頑固な油汚れよろしくこびりつくことでしょうさ。

 

 なお、『お嬢様』というからにはお屋敷の『旦那様』乃至その『奥方様』もいらっしゃるはずなのですが、少なくともお屋敷に連れて来られてからこっち、それに類する影を見かけたことはありませんでした。

 

「言われてみりゃあ、私も拝んだことがないわね」

 

 あれの家族構成なんぞにゃ微塵の興味もなかったから、どうでもいいことだったけど。お友達のご家族のことにさえ、相も変わらぬ無関心をつらぬくご主人様です。

 

「それ以前にあれがどこぞの女の腹なり股座なりからひり出てきたなんて想像もつかんだろが」

 

 それは確かに。悪魔だの妖怪だのなんてもんはコウノトリやキャベツ畑よりそこらの木の股から生えてきたと言われたほうが説得力がありそうですし、かくいう私にしてからが自分を認識したその時には今と大して変わらん容姿思考で存在していたわけで。

 

「さしずめ、あいつの場合は毒の沼地から湧いて出たといったところかしら」

 

 仮にも親友相手だというのに酷い言い様だとは思ったものの口に出しては何も言わず、代わりにふと気になったことを聞いてみました。そう言うパチュリー様はどのようなお生まれだったのでしょうね。

 

「気になる?」

 

 まあ、それなりには……もし聞いたとしたら、話していただけるんで?

 

「構わんよ。ちょっと長くなるからそれでも良いなら、だけど」

 

 じゃあいいです。私のつれない返答に気を悪くした風もなく、パチュリー様はふと話のネタを思い出したようにおっしゃいました。

 

「そういえばあいつ、あなたの事を褒めていたわ。見所はないが見ているだけなら面白いとさ」

 

 へぇ、さいですか。私が気のない風に相槌を打つとパチュリー様は器用に方眉を上げてみせました。

 

「あら、嬉しくなさそうね」

 

 そりゃそうでしょうさ。こちとらからしてみりゃいい迷惑、とまでは言いませんが私ごときは路傍の石みたいなもんとして放っといていただきたいので。照れ隠しでもなんでもなく、それが私の本心でした。兎やネズミが猛獣にどれほど好意的に思われたとてそれが一体、何の足しになるというのか。お腹が減るなりあるいは何かの気紛れなりでいきなり“ぺろり”とやられるかも知れぬとおもえば生きた心地がしやしない。

 

「それはいえる。私もずいぶんと過去に、ちょいと味が気になったとかいう理由でいきなり首っ玉を半分ばかり“かじられ”た記憶があるし」

 

 返礼として喰いちぎられた血肉を胃袋の中で焼夷剤に変化させ、ローストヴァンパイアにして差し上げたのだそうです。聞きたくもない昔話に顔をしかめた私は思わず自分の首根っこをに手をやりました。

 

「安心なさい。あいつはゲテモノ趣味ではあっても悪食ってわけじゃあない、どれだけ腹を空かせようが物陰で蠢くネズミに“かぶりつく”ようなマネはせんよ」

 

 よほど癇に障るような真似さえしなけりゃ、首と胴体が泣き別れてなこともなかろうさ。無二の親友が相手なら情けも容赦もへったくれもなく“がぶり”とやられるのですか。しかしパチュリー様はそのようにおっしゃいますが、でしたら初対面の時のあれは一体なんだったというのでしょうか。

 

「なんだ、初っ端でやられたことをいまだに根に持っとるんかい」

 

 ちょっとした餓鬼のいたずら程度のもんだろうが、あんなもん。魔女の肩書に相応しい、毒と蠱惑に満ちた流し目を向けられた私がついキャンディと間違えて苦虫でも口に放り込んだような顔をしたとしても致し方なし。その“ちょっとした”程度のことで、あわや命か魂のどちらかあるいは両方をドブに捨てかける羽目になった身としては、笑って済ませられんのですがね。

 

「笑って済ませなさい。どうせあいつはそんなことなんざとっくに忘れちまっとるんだ、気にするだけ馬鹿を見る」

 

 そんなことを言われましてもね。私は口ごもらずにはいられない。血で血を洗う殺し合いさえ済んだことなら笑って済ませる、吸血淑女と魔女であるならそれもよかろうことでしょうけど、ちんけな『小』悪魔にゃ難しそうで。

 

「あなただっていずれそうなる」

 

 なれなきゃなれぬで、相応の末路が待ち受けることでしょうさ。お世辞にもバラ色とはいえない“末路”とやらを想像した私は腹腔(ふくこう)に溜まった厭な気分を払拭するようにお腹をさすりました。そりゃあまた、難儀なことで。

 ところでかく言うパチュリー様はどうだったのでしょうね。今のような“ご関係”を築くまでに、少なからずご苦労をなすったのでは? 気分を変えるためとはいえ、よせばいいのに要らん質問をしたものです。ろくでもない話が返ってくるだろうと後悔にほぞをかむ私を、パチュリー様は心底、呆れたと言わんばかりの視線でひと撫でしました。

 

「おかしなことを訊くのね、私はあれの友達よ」

 

 どこの世界に愛しい以外の感情を、友へ向けるやつがいる。予想と違いなんとも麗しいお言葉でしたが、正直、私には納得できかねました。友達だから特別扱いしてもらえるとでも? 今までの行状を鑑みてもあのお嬢様がそんな贔屓(ひいき)をしてくれるような方だとは思えませんし、この方とてそれくらいは承知の上でしょうに。

 

「なにをどう聞き間違えりゃそうなる。あいつに限ってそんな馬鹿なことはすまいよ」

 

 ここに居候する前後にもやらかしたろが、私らはとうに両手の指じゃ足らんくらいの“切った張った”をやっとるんだ。ええ、おっしゃる通りで。そんな殺伐とした関係を長年続けてなお、自分らを友人だの愛おしいだのと言い切る精神構造は理解の範疇外ですけれど。しかし、それならなおのこと距離を置くなりするのが普通なのでは。それがどうしてわざわざ爆発物の近くで火遊びをするような真似をなさるのか。

 

「わからんかな。もし私があいつに殺されるとするのなら、それは自分がたった一人認めた友人の傍で、誰よりも近くでその死を看取ってもらえるってことでしょうに」

 

 どこの馬の骨とも知らん輩に首を狩られるとか、どことも知れぬ溝泥の中でくたばるよりは随分とマシだろうさ。先ほどまでのそれとは違う、あえて云うなら夢みる少女のような微笑みをパチュリー様は浮かべられました(自分で言っててなんですが、気色の悪い表現もあったもんだ)。

 

「《魔女》の死に様としちゃ、上出来すぎるとは思わんかね」

 

   *

 

 不気味な餓鬼を見た。

 

 “それ”を見たのはパチュリー様に言いつけられて、《図書館》の整理をしていた時のことです。

 以前にも述べたとおり、貯蔵された《書籍》に宿っていた魔力・概念・情報といった内容のほとんどを喪失した現在、この《図書館》は半ば物置代わりの廃墟と化しているのですが(なので“そこここ”に私の私物が置かれていたりもする)、それでも放ったらかしにしておくと残りカスの魔力が人目につかないのをいいことに、おかしなものよくないものを喚び出したり産み出したりするので定期的な検査・走査は欠かせないのです。それが証拠に今だって、闇に紛れてこそこそと、這いずり回る影が行く。

 

 見回りとチェックがあらかた終わり、パチュリー様へのご報告に上がるため踵を返した私の目の前に、いつの間にやら“それ”はいました。

 

 とても綺麗な女の子でした。みてくれだけは。

 

 人知れぬ海の底に眠る真珠を集めて固めた真っ白な肌、闇の中にあってさえ眩い輝きを放って揺れる金糸の髪、大粒の紅玉を嵌め込んだ紅色の瞳。何より奇妙というか目を引くのは華奢な背中から生えた、腐りかけた枯れ木の幹に沢山の宝石を括りつけたような形をした珍妙奇天烈奇っ怪な羽(?)。

 

 多少なりともけったいなところはあるものの、遠目にすれば宝石細工の精とも見紛う可憐なその姿。しかして見た目がいかに麗しかろうとも、宝石箱の中身をドブの中にぶち撒けたような取り返しのつかなさと言い知れぬ気色の悪さは誤魔化しきれない。慌てて飛び退き距離を置いた小悪魔に気が付いているのかいないのか、四方八方に薄気味の悪さを惜しげもなく撒き散らすその女の子は幽鬼のような、というよりも徘徊癖(はいかいへき)のあるご老人のような足取りで図書館の“あちらこちら”を行ったり来たりした後、どうかこちらには近寄ってくれるなと祈りながら(悪魔が誰に祈ればいいのかは知りませんが)身を強張らせる私のそばを通り過ぎて“ふらふら”といずこかに行ってしまいました。

 

 小さな影が《図書館》が溜め込んだ闇の中へと完全に消えたのを見送った私は深い溜息をつき、急いでその場を後にしました。心中には恐怖というよりはむしろ裸足でネズミの死体でも踏んづけてしまったような不快感だけが胸に残っていたものです。

 

「それは妹様ね」

 

 パチュリー様の元に戻った私は報告と一緒に件の少女のことを話してみました。もしかするとまたぞろ《図書館》がけったいなもんを喚び出しでもしたのかもしれないので、そうであるなら対処法を聞いておくためです。しかしパチュリー様のお口から飛び出してきたのは、私の予想をはるか斜め上にすっ飛んでいくような一言でした。

 

 妹“様”ときた。一体、どなたの妹君であらせられるというのでしょう。

 

「そりゃあこの館の、主の妹様に決まってるわな」

 

 ははあ、なるほど。私は納得いったとばかりの相槌を打ちました。ということはあの餓鬼、じゃなくて妹様もお嬢様と同じく吸血鬼であらせられるということですか。

 

「そういうことね、もっとも“みてくれ”だけなら“いまひとつ”どころか“いつつ”か“むっつ”くらい似てないけど」

 

 本当に、血の繋がった妹君なんですかね? 思わせぶりな一言(本人にその意図があるかはともかく)に首を傾げていると、パチュリー様は投げやりに肩をすくめてみせました。

 

「さあてね。当の本人が妹だって言ってるんだからそうなんでしょ」

 

 心からどうでもいいのがよく判る一言でした。興味を惹かなければご友人の身内にさえ無関心をつらぬくお方です。

 

「とまれ、また近寄ってくることがあったら刺激をしないように息を潜めてじっとしているのが賢い対処よ。物音を立てず目を合わせずこちらから決して構わずにいりゃ勝手にどこかに行く」

 

 タチの悪い野良犬みたいですね。さすがに不敬かとは思ったものの正直に話すと、パチュリー様は処置なしと言わんばかりに首を振られました。

 

「毛並みはともかく、タチの悪さに関しちゃ野良犬よりも始末におえんよ」

 

 あれの妹だけあって能力も中々に厄介なものを持っているから気をつけなさい。念を押すように言うパチュリー様によると妹様、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を有しているとのことでしたが、それを聞いた私としては肩透かしをくらったような気分にならざるをえません。あの“お嬢様の妹君”にしてはえらく地味というか普通なんですね。偽らざる感想を聞いたパチュリー様は面白そうに小首を傾げられました。

 

「どうしてそう思うのかしら。よければ私に講釈の一つも垂れてくれんかね」

 

 パチュリー様ともあろうお方が、言わずもがなのことをおっしゃいます。物を壊したけりゃダイナマイトでもバズーカでも波動砲でもロックオンレーザーでも、手段は山ほどございます。妹様が扱える《力》の範囲は知りませんが、所詮はそれと同じことを能力によって代替してるだけでしょう。いわんやその気になればボタン一つで国や世界が滅ぶ今の御時世、たかが物を壊せる能力にどれほどの脅威があると?

 

「あなたも言うようになったわね」

 

 皮肉と感心を混ぜたような笑い方をパチュリー様はなさいました。

 

「とはいえ“さし”で相対することになれば厄介なのには違いない。ああ見えて魔法使いとしての適性も中々のもんだから一筋縄ではいかんし」

 

 なので先にも言ったように、またもや邂逅する羽目になったのなら見ざる言わざる聞かざるで通しなさいとの仰せに私は素直に頷きます。あんなのに関わるなんざまっぴらごめんなので。

 しかしどうせならもう二度とお会いせんでもいいように、抜本的な解決をするわけにゃいかんものでしょうかね。具合的には座敷牢とか地下室なんていかがでしょう。私の提案を聞いたパチュリー様は意地悪く口の端を吊り上げてみせました。

 

「そりゃあ悪くない。ここの主にでも直訴してみれば?」

 

 あんたの妹が気持ち悪すぎるから、どこぞ適当なところに監禁しといてくれ───それ、口にした日にゃその場で八つ裂きですよね。

 

「どうかしら。身内を貶されて怒るだなんて、あいつにそんな“人並み”の感情なんてもんが備わってりゃ、そうなっちまうかもね」

 

 この際だから試してみるというのはどうかしら? 本気なのか冗談なのかまったく掴めない様子でパチュリー様はおっしゃいますが、まだまだ娑婆に未練がございます身としては謹んで辞退させていただくことにしました。

 

「安心なさい、あいつはそういうのに慣れている。“生かしたまま”八つ裂き四つ裂きにするくらい片手間よ」

 

 ますます嫌ですよ、そんなの。私が眉といわず顔全体をしかめると、パチュリー様は口角を意地悪から愉快の形に変化させました。どこがどう違うのかと聞かれても困りますが、そういうものに見えるということです。

 

「なら精々、気を遣っておくことね」

 

 はぁい。いつものように自慢の髪を、スパゲッティよろしく指に絡めもてあそびながら気の抜けたような返事をした私は、あることに気付いてご主人様に訊ねました。パチュリー様、お嬢様のことはアダ名か呼び捨てなのに、その妹御のことは『様』を付けられるのですね。

 

「まあね、親しくもなければよく知りもしない相手を呼び捨てには出来んわな」

 

 飽きたおもちゃを捨てる子供のような素っ気のなさで、パチュリー様は手にした書籍───絶海の孤島に雁首揃えた人々が小唄になぞらえて次々と殺されていくというミステリ───に、いつぞや私がプレゼントした金細工の栞を挟んで閉じられました。正味の話、今現在のパチュリー様にとって本を読むという行為にいかほどの意味があるのか判りかねますが、ビブリオマニアという輩(と自身で定義している)にとって切り捨てれば半身を失うのと同義なので、本質的な意味で必要か否かはさておいてとりあえずは行為としてやらねばならないことなのでしょう。

 

「とはいえ、頭がちょいと愉快なことになってはいるけれど悪い子ではないと思うから───多分ね───もしまた関わり合いになったのなら優しくしてあげてちょうだい」

 

 あんなのでも一応はこの館の主の妹君なのだし、それなりの扱いをすれば良い目が見られるかもしれんよ。読み終えた本を仕舞ったパチュリー様は微塵の説得力も感じさせない口調でおっしゃいました。そこまで言いながらご自分で優しくしてあげようとは思われないんですのね。

 

「そりゃそうだ」

 

 私のふとした疑問にパチュリー様は何をいまさらと言わんばかりに肩をすくめられました。

 

「自分でやりたくもないことだから、他人に押し付けるんじゃない」




登場人物

小悪魔

今回、眼鏡っ娘にジョブチェンジ。これで萌えキャラ化まったなし。

パチュリー・ノーレッジ

病弱文学少女ポジション。要するに初代ときメモの如月さんからメガネを外し根性曲がりにして口と性格を悪くしてろくでなしにしたようなもん。萌えるがよい。

お嬢様

よく判らんけどレミパチュってこういうことなんだろう、多分

不気味な餓鬼

きが違っては仕方がない

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