はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
五月も終わり、もうすぐ六月。
小鷹が転校してきてから丸二ヶ月経とうとしている。
そして終わり近づく五月に、小鷹は二つの大きな出会いを果たした。
皇帝と呼ばれ色んな人に慕われている、顔立ちの整った美少年の三日月夜空。
高慢で性格は悪いが学校一の美人、男子生徒にモテモテ超絶美少女の柏崎星奈。
そんな二人に比べ、小鷹はというと変な色の髪の毛に死んだような目。
容姿は他人から見るに中の上程度という、正直上記二人とはまったく釣り合わない非常に地味な女の子である。
唯一派手なのは、扉を木っ端みじんにしたり衝撃波でガラスを割ることができる、いつのまにか身についていた怪力だけ。
その怪力が自分のドジによって発動してしまい、現在小鷹は友達が少ない。
だが近々迎える六月からは、自分の傍には美少年と美少女が揃っている。
六月こそなんとか友達を作るのだ。そう小鷹は張り切っていた。
そんな小鷹は週末、学校の図書室に来ていた。
基本的に地味な小鷹は他の生徒からは見向きもされない、怪力のことを知っている生徒からはおのずと避けられている。
一人ぽつんと図書室に入る小鷹。今日は隣人同好会(別名:小鷹プロデュースの会)は行われないので小鷹自身は暇なのだ。
この聖クロニカ学園の図書室は他の学校に比べて大きく、色んな本を扱っている。
さすがに近くの図書館に比べれば小さいものの、本を読むには充分すぎる場所だった。
最近はMOをちょくちょくやり始めたが、基本的に趣味のない小鷹はやることがないとこの図書室に訪れていた。
「さてと、ラノベでも読もうかな」
と、図書室を探索する小鷹。
ラノベが置いてある棚の方へ向かうと……。
「あれ? 柏崎さんがいる」
その近くの机で星奈が本を読んでいた。
星奈を発見した小鷹は、何を読んでいるのか気になり近づく。
「……ってちょ! なに音もなしに近づいてるのよ!!」
「あ、ごめん」
「……って羽瀬川か」
近づいてきたのが小鷹と気づき、何事もなかったかのように読書に励む星奈。
「えぇと、柏崎さんって本読むの好きなの?」
「うん、読書と……ギャルゲーかな?恋愛を主体とした物語を読んだり感じたりするのが好きなのよ」
ギャルゲーはどうかと思ったが、星奈は今時の女子高生っぽく恋愛小説に没頭しているようだ。
男子に囲まれながらもそっけない態度をとりつつ、下僕だなんだと女王様を気取っているが、こういう一面もあるんだなと小鷹は内心くすりと笑う。
「なに? おかしい?」
「いや、おかしくないと思うよ。本を読んでいる女の子ってなんかクールって感じがするよね」
「何の話よ? まぁ根暗って思われるよりはそっちのほうがいいかもね。あれじゃん? 大抵読書好きの子って長い黒髪で大人しめ、もしくは暗いイメージってあるじゃない」
「はは、あるね」
そう何気ない会話をする小鷹と星奈。
初対面ではあぁも第一印象が最悪だったが、隣人同好会で二週間ほど一緒に話をしたりするうちになんとなくだが親しくなりつつあった。
最も、星奈の方はどう思っているのかはわからないが。
「……ねぇ、羽瀬川」
「どうしたの?」
「……その、泳げる?」
心なしか小声で聞く星奈。
「まぁ、一応は」
「ほんと? じゃあさその……泳ぎ教えてよ」
恥ずかしそうにもじもじと、小声でそう頼む星奈。
プライドの高い彼女のことを考えると、できないことを他人に教えてもらおうとするのには抵抗を覚えるのだろうか。
「別にいいけど、柏崎さんってカナヅチなの?」
「べ、別にいいじゃないのよ! 悪い?」
「いや、悪くはないけど。スポーツ万能って自分で言ってたから」
憮然とした態度で返す星奈に、押され気味で小鷹は言う。
「やったことないものがいきなりできるわけないじゃないのよ」
「……確かに」
「それに、別にスポーツ万能だからって何かしらの競技で負けることだってあるわよ」
そう星奈は、小鷹の手先を見て呟く。
おそらく小鷹の怪力を指しているのだろう。
しかし不思議なものだ。と星奈は心の底から思う。
「……ちょっと手貸して」
「え?」
そう言って星奈は小鷹の手首をつかみ、手のひらや指先を触り始める。
触った感じは自分と同じ、女の子のかぼそい手、そして指先。
本当にいたって普通だ。だがあの怪力である。本当にどこからあんなパワーが出ているのだろうか。
人間には火事場の馬鹿力というものがある。我々は普段、自分の持つ筋力の約20%程度しか使っていないらしい。
怪我をしないためにリミッターによって制限をかけているような状態である。もし100%を常に出し切ってしまうならば何かやる度に骨が砕けたり肉が千切れたりしてしまうだろう。
しかし恐らくこの羽瀬川小鷹は、何かしらの理由で常に100%……要は常時火事場の馬鹿力状態なのだろう。星奈は色々考えて、改めてそんな小鷹に脅威を覚える。
「……でも、あんたよく机ぶっ壊したり壁に穴あけたりして怪我しないわね」
「なんでだろうね」
そう、この怪力の正体を小鷹自身もよくわかっていないらしい。
「……まぁいいわ。ってことで例えばだけど、あんたと筋力勝負したって私が勝てっこないでしょ?」
「う~ん、やってみないとわからないと思うよ」
「どの怪力が言うのよ、これか? これかーーー?」
そう星奈は小鷹の手を掴んでぶんぶん上下に揺らす。
小鷹は「ふふぁ~」と気の抜けたような声を洩らす。
「とにかく、私は泳げるようになりたいから泳げるあんたに教えてもらいたいの」
「わかった。じゃあ日曜日一緒に竜宮ランドに行こうよ」
竜宮ランドとは市営のスポーツセンターで、屋内プールのほかにも様々な施設がある。
遠夜市の中でも中々に大きな施設であり、立地条件の悪さを除けばかなり充実した場所である。
「それと羽瀬川」
「うん?」
「……皇帝には私が泳げないってこと秘密にしておいて。絶対に秘密だからね」
「うん、わかってる」
小鷹は星奈の心情を察してそう答える。
きっと夜空が星奈の弱みを知ったら、また水責めがなんだのタコの触手がなんだの卑猥な表現で星奈をいじめるのであろう。
夜空は基本的にいい奴なのだが、星奈と喧嘩をしているところを見ると小鷹は女子として夜空を許せなくなる。
本当に、どうしてあそこまで仲が悪いのか。と、小鷹は内心思う。
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日曜日、午前十時半。
小鷹と星奈は約束通り竜宮ランドへやってきた。
小鷹自身、同性の誰かと一緒に遊びに行くなど珍しい経験であった。
遊びに行くとなるといつも一人で買い物行ったり、ゲームセンターに行ってパンチングゲームで測定不能の数値を出して帰ることが主だった。
正直小鷹からすれば、いつかはできるであろう彼氏とどこかへ遊びに行くというより、友達と呼べるような同性の人と一緒に遊びに行くことを夢見ていた。
最も、隣の星奈は友達ではなく腐れ縁みたいなものなのだが。
「それじゃあ更衣室に行きましょうか」
「うん」
館内に入り、二人は女子更衣室に向かった。
広い更衣室には二十人弱の客が着替えをしていたが、それでもロッカーはガラガラであった。
小鷹と星奈は隣どうしにロッカーを選び、互いに着替え始める。
と、星奈は今度は小鷹の体つきに注目する。ひょっとしたら筋肉バッキバキなのではないかと。
しかし、やっぱり自分と変わらない普通の女の子の肉付き。むしろ自分よりもか弱そうにも見える。
本当に、あの怪力はなんなのだろうか。と今度は小鷹が星奈を見つめる。
「やっぱり柏崎さんってスタイル抜群なんだね」
「ちょ……あんまじろじろ見ないでよ!!」
あきらかに星奈の方が小鷹をじろじろ見ていた気がするのだが……。
と、着替えの中星奈は小鷹の水着を見て一言。
「……スク水て」
「これしかなかったから」
前にネカフェに行った時もそうだが、今の小鷹に女子力を求めるのは意味のないことであった。
まぁ確かにスク水も一つの萌え要素ではあるのだが……。
着替えを終わらせシャワーへと向かう。そこから見えるプールは広く、そこらの市民プールが広くなった程度では例えられないほど、本当の大きかった。
だがそこにいる客は少なく、広いプールからは寂しさが感じさせられる。
「泳ぎを教えるとなると、あそこの25メートルプールが最適かな」
そう言う小鷹は星奈を連れ、25メートルプールへ。
本当になんというか、貸し切りなんじゃないかというくらいガラガラしていた。
「本当に大丈夫なの、潰れたりしないのかな」
そのあまりのガラガラな雰囲気に、小鷹が心配そうに言った。
「経営状態ガタガタらしいし、あと数年で潰れちゃうんじゃないかしら」
星奈はというと冷たく、あっさりとそう言い捨てた。
「場所が悪すぎるのよ。前にパパに会いに来た市長も色々と長ったらしい話をしてたわ」
「パパ……学園の理事長?」
「そうよ」
「そういえばまだ理事長と一度も会ったことないけど、やっぱり挨拶しに行った方がいいのかな……」
「なんで?」
星奈が真顔でそう聞いてきた。
そう聞いた後、星奈は心当たりがあるように返す。
「……あぁ、扉壊しちゃったこと? 別にいいわよそれくらい」
「いやいや違う。確かにそれも謝らなきゃいけないんだけど、ボクのお父さんがあなたのお父さんと古くからの友人らしくて、ボクが学園に編入する時に色々便査をはかってもらったらしいの。だから挨拶しに行かないとと思って」
それを聞いた星奈は、きょとんとした顔をする。
事情はよくわからないが、そういうことならと星奈は返した。
「ふ~ん、てかその話本当?」
「お父さんがそう言ってたから多分本当……だと思う」
「へぇ、私のパパとねぇ……。最近はボランティア団体の会長だかやって少しは丸くなったらしいけど、昔は結構気難しいタイプだったらしいわよ」
「そうなんだ。でもすごいね柏崎さんのお父さん。学校の理事長な上にボランティア団体の会長もやってるんだ」
「暇ある時に参加してただけなんだけど、ある日団体を結成するってことになってみんなから勧められたらしいのよ」
そう言って、父親を自慢げに語る星奈。
小鷹自身も父親を尊敬しているため、非常に心が暖かった。
「んで、羽瀬川のパパってどんな人よ?」
「ん~、陽気な人かな? すっごいフレンドリーで気さくな人。皇帝がめっちゃマイルドになったって感じの人」
「ぶっ!それって心の底からリア充じゃないのよ。それで父親はどんな格闘技やってるの?」
なにやら勘違いされているようで、小鷹がすぐさま訂正する。
「やってないし、てかお父さんは怪力じゃないよ」
「そうなんだ。じゃあママ譲りとか?」
「お母さんも普通の人"だった"って」
家族まで怪力だと思われているようで、小鷹は少し顔を赤らめる。
そこで、小鷹が母親を「だった」と言ったが。星奈は特に気づくことはなかった。
小鷹としても、あまり暗い話はしたくはなかった。
「そっか、じゃあそろそろ私に泳ぎを教えなさい!」
「はいはい」
テンションも上がってきたところで、小鷹と星奈はプールの練習を始めることに。
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そして数分。
さすがはスポーツ万能と言い張るだけあって、星奈はあっという間に泳ぎが上達した。
最初は顔を水につけるところから始まり、そこからバタ足の練習へ。
小鷹から見ても、最初から普通に上手く、時間がかからないことは明白だった。
その後バタ足で前に進むのにも時間はかからず、一通り終えた後に教えたクロールもあっという間に習得してしまった。
才能って偉大だなぁ、と小鷹は心の中で思う。自分もこんな怪力なんかじゃなくこういうマルチなものが欲しかった。と星奈の才能を羨む。
「なによ、泳ぎって案外簡単なのね」
トータルで一時間もたっていない。
クロールの方は息継ぎやり方に多少手こずったものの、最終的に小鷹のクロールと比べても遜色ないフォームに仕上がった。
それから平泳ぎ、更には背泳ぎまで会得し。このまま毎日通えば将来は北島超えるんじゃないかと小鷹は思った。
そして、何かを成し遂げるたびに星奈が浮かべる笑顔。それは日常の屈託したものではなく、何かをやり遂げた人の努力の顔。
それを見た小鷹も、思わず顔をほころばせる。
「さてと、じゃあ卒業試験といきましょうか! 私と競争よ羽瀬川!!」
「……OK!」
ビギナーズラックの星奈と多少泳ぎが出来る小鷹。
勝負の結果、やはり経験の差があったのか、はたまた筋力の差があったのか小鷹が勝利した。
しかし星奈も食らいついてきて、速さではほぼ互角。だが小鷹は息切れを知らないのか終わった時に息切れをする星奈に対し小鷹はケロっとしていた。
やはり、そこら辺は小鷹の怪力が光るところであった。
プールから上がった後、小鷹はなにやら流れるプールに注目していた。
「流れるプールか……」
「へえ、面白そうじゃない」
星奈も興味津々のようだ。
昼時ということもあり人もいない、一回やってご飯にしようと星奈は流れるプールに入る。
「あはは、すごい流れる~。羽瀬川も来なさいよ~」
「うん、今行く!!」
と、小鷹も流れるプールに入る。
ここで、小鷹と一般人の決定的に違うことが発生した。
「ほっほっほ!!」
「って流れるプールに"逆らって"どうすんのよ!!」
なんと小鷹は流れるプールをクロールで逆走していた。
プールの勢いは結構強い、だが小鷹はそれをいたって普通に逆らい泳いでいた。
その姿はかの地上最強の生物、範馬なになにさんを彷彿とさせる。
「ふー、結構面白いよ。柏崎さんもやってみれば?」
「できるか!!」
星奈はそう勢いよくツッコミを入れた。
プールから上がった後、売店で焼きそばやら飲み物やら買って昼食にした。
「思ったより目的は早く達成したわね」
「そうだね、でもどうして急に泳げるようになりたいなんて言ったの?」
せっかくなので、小鷹は星奈がいきなり泳げるようになりたいと言ったのか、理由を聞くことにした。
聞かれた星奈は、フランクフルトをもちゃもちゃ食べながら答える。
「別に、ただ読んでた小説で主人公と女の子がワイワイプールで遊んでたから、自分も……って思っただけよ」
「ふ~ん、誰か一緒にプールに行きたい男の人とかいるの?」
「いや男の人っていうか、女友達でもいいんだけど……」
と、純粋に質問する小鷹に対して星奈はぼそぼそと小声で答える。
「……あ、わかった。皇帝と一緒に行きたいんでしょ~!?」
「ぶふぉ!!」
そこで意外な人物の名前を出され、食べていた焼きそばを噴き出し激しく動揺する星奈。
その反応に対して、冗談で言ったはずの小鷹も「え?」と苦い顔をする。
「……あの、柏崎さん?」
「ああああああああ、あんなうっざいやつとなんて一緒に遊びに行きたくなんかないんだから!!」
強気にそう言い張る星奈。
小鷹自身なんとなくだが奥底にある星奈の気持ちを感じ取ることが出来たが、ここは触れないでおこうとぐっと飲み込んだ。
でも、小鷹の中である一つの疑問が解決していた。皇帝と星奈は恐らく……初対面では"なかった"のであろうと。
だが今聞くことではない、と小鷹は話を反らすため焼きそばの感想を言い出す。
「あ~。あ、この肉……」
「あぁ!?」
小鷹はそう言った後気付いた。皇帝の後にその単語はまずいと。
「いや違うよ! 肉って焼きそばのお肉がおいしいな~って!」
「む、紛らわしいこと言わないでよ馬鹿」
そう不機嫌に星奈は言った。
「でも、反応するってことはすっかり定着したってことだよね?」
「あのクソ皇帝、女に対してあんなあだ名つけて。んもう最低!!」
そう怒りのまま叫んだあと、星奈は小鷹に念を押す。
「言っておくけど気にいってなんかいないからね? だって元ネタが肉人形、肉○器よ?」
「……女の子につけるあだ名じゃないよね」
迫る星奈に、小鷹は顔を反らしながら肯定した。
「さてと、食べ終わったらまたプールに行くわよ」
「そうだね、まだ時間はたっぷりあるし」
と、二人が椅子から立ちあがろうとした時。
なにやら強面の男たちが3人、小鷹と星奈の元へ近づいてきた。
これはもしや、と時すでに遅し。
「おい姉ちゃん達、あっちで俺たちと一緒に遊ばね?」
これは間違いなくナンパである。
男たちの目は3人とも星奈に向けられている。達とは言っていたが恐らく小鷹はアウトオブ眼中なのだろう。
しかしこうナンパされるとは、星奈は野外でもモテるようだ。
とまぁこのまま男たちの甘事に乗っかるわけにもいかない、程度よくあしらわないと。と小鷹が考えるより早いか。
「はぁ!? なんで私達があんたたちみたいなチャラい豚と一緒に遊ばなきゃいけないのよ!?」
と、いきなり煽る星奈。
おいおいこれはまずいよ、と小鷹は内心焦る。
「んだと!? あんま調子のんなよ!?」
「はぁ!? 調子に乗ってんのはどっちなのよ!? あんたらみたいな愚民の下の下級なド貧民が私と対等な口聞いてんじゃないわよ!! さっさと散りなさいよこのモブキャラ風情!」
言われれば返す。狂犬のような星奈に小鷹は心の底から呆れる。
これにはさすがに男たちも怒りを覚えたらしく(あたりまえだが)、徐々に言葉が怒号に変わる。
徐々に顔をも怖くしかませる。夜空が怒っている時よりは怖くはないが、それでも3人もいれば結構圧倒されるものだ。
「ふん!なによその顔? この私達に逆らってただですむと思ってんの? ねぇ小鷹~?」
と、急に馴れ馴れしく小鷹の名前を呼ぶ星奈。
その態度で、星奈の意図がわかった。星奈はあきらかに、小鷹の怪力に期待している。
小鷹が本気を出せば、この男三人をあっという間に蹴散らすことが出来る。しかし……。
「……柏崎さん、ボクは」
「なによ、さっさとその自慢の怪力であいつら蹴散らしちゃってよ……」
明らかに、怪力を使うことを拒んでいる小鷹。
しかしそんなことなどお構いなしに、星奈はきらきらした目で小鷹を見る。
「なにごちゃごちゃ言ってんだぁ!?」
「あんましナメんなよこのアマぁ!?」
どんどん迫ってくる男たち。しかし星奈も一切引かない。小鷹がいれば安心だと信じて疑わない。
だが、そこで小鷹は気づいてしまった。星奈の膝がぶるぶる震えている事に。
そう、こんなに強気だが内心はものすごく怯えている。ちなみに小鷹はピンピンしている。
「おいおい、この綺麗な金髪の方びくついてるぜぇ?」
「んだよビビってんのか? ビビって友達に庇ってもらおうとしてるなんて」
「弱弱しいねぇ~」
「う、うっさいわねこの三流豚ども!!」
男たちに攻め寄られ、それでもなお言い返す。
だが弱みを握られたらそこでおしまい、男の一人が星奈の手を強く握り引っ張る。
「きゃ!!」
「ほら来いよ!あっともう一人の方は、しゃあないから逃がしてやってもいいよ?」
どうやら本気で小鷹の方には興味がないらしい。
だがそんなことで傷ついているわけではなく、星奈がこのまま連れ去られるのはやばい。
だけど、こんな公共の場で怪力を本気で開放するのも……やばい。
「た……助けてよ……」
「うっせぇ!てめぇの連れはビビって動けねぇよ!!」
ビビって動けないのではない、動くと大変なことになるから動かないのだ。
でも、やられている星奈を見て、小鷹は徐々に怒りを募らせる。
そう、この男たちが許せない。星奈が困っているから助けたい。その気持ちは本当なのだ。
そして、小鷹は決心した。
ガシッ!
「……その人を……離してあげてもらえませんか?」
低いトーンで、男の腕を握り小鷹が言う。
「んあ? やだね! てかそんな力で……」
男が断った瞬間……、
……………始まった。
――メシリ……。
突如、骨が軋んだ音がした。
男は瞬間、強烈な痛みを覚え星奈から手を離す。
「あ……あだだだだだだだだだだだ!!」
その小鷹の握力に、男は苦しみもだえる。
膝を地に付けたのを見て、小鷹が手を離す。
見ると男の腕は、徐々に真っ青に染まってゆく。
「おおおおおい、なんだこれぇ?」
「ちっ、おいそこのクソ女! どうしてくれんだこ……」
男の一人が、そう小鷹に言いよろうとした時だ。
「う……うぅぅらぁぁぁぁぁ!!」
小鷹は瞬間的に男の腕を引っ張り、そしてその男を思いっきりプールに投げ飛ばした。
その距離は相当な物で、男はかなり遠くに設置してある100メートルプールに叩きつけられた。
「あ……あがが」
他の二人が圧巻の表情を浮かべる。
そして先ほどまで強気だった星奈も、これには言葉を失う。
いったい今、何が起きているのか。そしてそれは……誰のせいで起きているのか。
「……あの~?」
小鷹がゆっくりと、低いテンションで男たちに言いよる。
「その、ここお客とかいっぱいいるんで、あまり大事にはしない方が……いいと思いますよ?」
そう、死んだような目で男二人を睨みつける。
投げ飛ばされた男はというと、あまりの衝撃で気絶していた。
「お、おい……逃げんぞ」
先ほど腕を握られた男がもう一人にそう声をかけた。
すると、声をかけられた最後の一人が、意外な言葉を口にした。
「そ……その濁った金髪……あんたもしかして……"羽瀬川小鷹"か?」
「……え?」
なんと、その男は小鷹の名前を口にした。
星奈はあまりのことに思わず口を開けた。
肝心の小鷹はというと、その男に特に見覚えはなく、だんまりを決め込んでいる。
「………」
「お、おいお前、この化け物女のこと知ってるのか?」
腕を握られた男が問う、すると最後の一人が、恐ろしげにも語りだした。
「しょ……しょしょしょ小学生のころ俺……こここ、こいつにいじめられてたんだよ! 『金色の死神』、『オーガ』、『遠夜の女王』。ああああああんな地獄! 思いだしたくも……うぉえ!」
と、突然男が吐き気を催す。
吐きたくなるほどのトラウマ、それを……ここにいる小鷹が植え付けたというのだ。
何が何だかわからず、星奈はあたふたとしている。
「な、なんだかわかんねぇが……ごめんなさーい!!」
そう言って、男三人は立ち去って行った。
小鷹はそれを見て、「ふう……」とため息をついた。
普段ならそこで、「よくやったわ!」と調子のいいことを言う星奈であったが、この場ではさすがに自重したように。
「……その、小鷹?」
恐る恐る、星奈が小鷹の名前を呼ぶ。
「……どうしたの柏崎さん?」
しかし何事もなかったかのように、ニッコリと答える小鷹。
それを見て、星奈は安堵の表情を浮かべる。
「よ、よかった。その……小鷹?」
「なに?」
星奈はその何気ない返しをする小鷹を見て、ためらう。
今ここで、先ほどの真相を問いただしていいものなのだろうか。
正直、先ほどの小鷹の雰囲気にはあの星奈でさえも心の底から恐怖を抱いていた。
もし今、ここで問いただしてしまえば……問いただしてしまえば。
「……なんでもないわ」
今は、やめた。
今聞くことではない、そう思って星奈はテーブルへと戻る。
「にしても気分悪いわね、もう帰りましょ」
「そうだね……」
小鷹は残念そうな表情で、そう返した。
最後に星奈は、色々と思いを乗せながらこう言った。
「その、ついつい場の流れであんたのこと名前で呼んじゃったんだけどさ……」
「うん」
「わ……私の事もこれからは名前で呼びなさい! 私もあんたのこと名前で呼ぶから!!」
そう、恥ずかしがるように宣言した星奈。
そのモキモキした星奈を見て、小鷹は小さく笑みを浮かべ。
「わかった。よろしくね……星奈」
こうして、二人の距離は大きく縮まったのであった。