はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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特別編です。


日向ストーリー(下)~ANOTHER WORLD ~

「しっかし、たったあれだけの資料でよくここまで辿りついた物だ。さすがは天才、侮れないものだな」

「……」

 

 呑気な事を言っている日向に対し、夜空は口を閉じていた。

 現在、遠夜市上空。

 日向は夜空を連れ、上空を旋回中。

 人間が翼を生やし空を飛ぶ。理論や常識など全てを覆す状況下に、夜空は巻き込まれていた。

 当事者である日向は、特に補足することも無く、この状況を極々当たり前のように認識している。

 

「くはは。結構な人数を連れてきたようだな。よくまぁ世界各国のお偉いさんがゴーサインを出したもんだ。必死に情報操作したもんだな」

「……遠夜神社に……向かえ」

「うん?」

「逃げ場がないんだろうが。神社に……かつての親友と一緒に作った秘密基地がある。そこなら、しばらくは身を隠せる」

 

 冷静に、夜空は日向にそう指示をする。だがその声は震えていた。

 内心は冷静などではない。今でもこの状況に気が動転して、発狂しそうなくらいだった。

 しかし夜空は堪える。奥底に広がるありとあらゆる疑問や、嘘のようなこの状況への認識に。

 

「どうにも肝が据わる男だ。さすがは三日月夜空」

「神社に付いたら……聞かせてもらうからな。洗いざらい……全てだ」

「……わかったよ」

 

 日向はそう約束をして、夜空の指示で遠夜神社へ向かう。

 住人に目に付かないよう、神社へ向かった後。

 夜空の案内で、神社の裏庭にある小さな祠の奥側に進む。

 そこには人が何人か住めるくらいの、段ボールで作った空間があった。かつて夜空とその友人が見つけ作った。二人だけの秘密基地だ。

 何度か、神社の主に見つかりそうになったことがあるが、バレたことはないという。

 

「懐かしいな、来るのは何年振りだろうか」

「ほぉ、結構広いな。しかしよくばれないな」

「ここの神社の主が疎かなんだよ」

 

 夜空は秘密基地に来て、思いだす。

 かつて親友だった最凶のいじめっ子が、安心している事の出来たこの場所を。

 そして夜空は一息ついた後、急に息を荒くした。

 

「……はぁ……はぁ……なんだよ、いったい何が起こってんだよ」

「ふふ、緊張が解けたのか」

 

 本気で不安定になっている夜空に対して、日向は笑って声をかける。

 そんな彼女に……目の前にいる謎の存在に向かって、夜空は睨みつけた。

 

「まず一つ……。お前は、"日高日向"なのか?」

「……あぁ。間違いなく"日高日向"だ。だが……そうであって、そうじゃないかもしれない」

「……質問を変える。お前……何者だ?」

「一言で言うならば……"人外"だ。人だったこともあるし、一般人だったこともあるし。ただの学生だったこともあるが、今は人じゃない。だが、人じゃないってだけで、特別何かってわけでもない」

 

 そう、遠回しに。誤魔化すように、謎めくように自分の存在を夜空に言う日向。

 こんな説明では、夜空にとっては意味を理解するのは難しい。

 だが、今は意味を理解している暇はない。起こっている現状を見据え、行動しなければならない。

 この、目の前にいる人外と一緒に。

 

「絶望したか? かつて自分を変えてくれた友人の一人が、こんな化け物のような存在で」

「……あぁ、正直びっくりしすぎて、おかしくなりそうだ。だがそこでお前から逃げてなんになる。何が変わる? 意味があるのか?」

「ほう、やっぱりお前さん……他のやつとは違うな」

「あぁ、俺は変人だよ。変に状況を飲み込み認める癖がある。それに……これが夢だって可能性もある」

 

 そう日向に向かって笑う夜空。

 そんな彼に対し、日向は意地悪そうにその頬をつねった。

 

「いででででで!!」

「ふふ、これでも夢の可能性はあるか?」

「……夢じゃねぇのか。だとしたら……ただの中学三年生にはもったいないくらいの現実だよ」

 

 夢であることを否定され、それでも夜空はやっぱり現状を認めた。

 それは強さか。ただの自暴自棄か。真相は夜空にしかわからない。

 当然夜空は恐怖をしている。だが、それと同時に楽しんでもいる。

 中学三年生の好奇心が、この状況に対して奇跡的に対応させているのだ。

 

「んで? 人外様はどうしてそんな存在になったんだよ?」

「"色々あって"だ。それ以上を知りたいか?」

「……わかったよ。聞くのやめるわ。なんか聞いたら色んな偉いとこから追われそうだ」

「もう追われているがな」

 

 夜空の問いに対して、日向は正直に、だがどこか誤魔化すように答える。

 知るべきことは知った方がいい。だが、知らなくていいことは知らなくてもいい。

 夜空は決めた。何を決めたか、諦めることを決めた。

 とりあえず今の自分にできること、ただの中学三年生に出来ることは、認めて状況を打破することだ。

 

「今日は、ここに隠れておこうぜ。最悪俺を見捨てて逃げろよ、なんとなくだが……お前一人なら簡単に逃げれるんだろ?」

「そうだな。確かに私一人ならいとも簡単に逃げられる。あんな武装集団や優秀な頭脳だけなら簡単にあしらえる」

「……お前……やばいこととか考えてないだろうな?」

 

 やたら物騒なことを言う日向に、夜空はもう一度質問を投げかける。

 

「例えば?」

 

 その質問に対して、日向は質問で返した。

 まるで夜空を、試すかのように。

 

「仮にだ。お前がどっかのヤバい組織に作られた存在だったとして、その組織が世界を怖そうだなんて。つか中学三年生らしいバカな想像話して恥ずかしいんだが、そんなこととかだ」

「くはは、確かに普通に考えれば中学生の想像にすぎない。まぁ……世界一つぶっ壊すことくらいは"余裕"だ」

「……」

「もし私が、"今から世界を壊します"って宣言したら……そんなヤバいやつの身近にいるお前さんは……どう出るかな?」

 

 日向は不気味な笑みを浮かべてそう口にする。

 それを聞いて、夜空は心底体を震わせた。

 本気で言っているのか、その存在が本気である以上……可能性が生まれてしまうから恐怖が出る。

 だが夜空は、逃げ出すことはない。日向に向かって強気に言う。

 

「……そうだな。俺が止める」

「……く……くははははははは!! やっぱり面白いなお前さんは!!」

「あぁ、大切な友達がそんなバカげたこと言ってんだ。止めるさ……必死にな」

「そうか……私が間違ったら……お前さんは止めてくれるのか」

 

 夜空の強気なその宣言を聞いて、日向は安心した表情を浮かべた。

 

「……んで?」

「そんなことはしない。私には目的がある。今は話せないが……少なくともお前さんの損にはならないよ」

「……信じて……いいんだな?」

「あぁ、私を信じろ」

 

 その時の日向の目は、夜空の良く知る目だった。

 それを聞き、それを見て、夜空は彼女を信じることに決めた。

 今日はこの神社に隠れることにした。夏の空も、次第に暗くなる。

 夜空の判断通りに、この場に理科達はやってこない。

 今日はなんとかやり過ごせそうだ。だが、明日はどうなるのだろう。

 不安にかられたが、夜空は考えなかった。今日なんとかなったことに、感謝を抱く。

 

「……夜空は……家族とうまくいっているのか?」

「んあ? なんだよいきなり」

「昼間は質問攻めにあったからな、今度はこちらが質問だ」

 

 夜中。

 日向は突如、夜空に家族の事を聞いてきた。

 

「……チート使って調べればいいだろうが」

「それでは意味がないだろう。質問することに意味がある」

 

 そう夜空が皮肉ると、日向はしおらしくそう答えた。

 日向は人間じゃない、何かしらの能力がある。

 ひょっとしたら全部を知っているかもしれない、全部を知ることができるのかもしれない。

 だがそんな彼女が自らの口で聞く。それにはきっと、大きな意味があるのかもしれない。

 

「……母さんは大体遊びに出かけていて、父さんは外国に行っていて年に何度かしか帰ってこない。だから……上手くいってるってわけでもないかもな」

「そうか。そういえばお前さんは……"一人っ子"だっけか?」

「あぁ、実の所俺には姉と呼ぶべきやつがいたらしいんだけどな。なんか生まれてくる前に死んじまったみたいで、きっと姉がいたら……少しは上手くいってたのかもな」

 

 夜空は少し悲しそうにそう語った。

 いたかもしれない姉の存在。そして、どこかさびしい家族環境。

 けして貧しいわけではない。愛されていないわけでもない。夜空は裕福で両親の愛を受けて育ってきた。

 だが、そんな中に生まれた寂しさとむなしさが、夜空を歪ませてしまった。

 

「……そうか。だが、幸せなことだ」

 

 夜空の話を聞いて、日向はぽつりと呟く。

 

「……日向の家族は……どうなってるんだ? 両親はお前の体の事知ってるのか? 確かおばあちゃんと住んでるって聞いたが」

「…………」

 

 今度は夜空が、日向に家族の事を質問した。

 その質問には、昼間ほど警戒に答えることはなかった。

 少しの沈黙の後、日向は語った。

 

「私の父親も、科学者だ。正直私をこんな体にした原因の一つだ」

「……最低な父親だな。一度会ってぶん殴ってやりてぇ」

「…………」

 

 夜空のその怒りの感情が、日向の心には刺さっていた。

 どうして、こんなにも痛いのか。

 

「ある日から変わってしまった父に、母親は絶望し鬱になってしまった。正直、私がこうなろうと思ったのも……自暴自棄だったのかもしれない」

「……その、いったいなにがあったんだよ?」

 

 夜空のその質問は、日向にとっては禁句とも言うべきことだったのだろう。

 それを知るのは後少しのこと。その質問に対し、日向は元気なく答えた。

 

「……大切な……"家族の死"だ」

「うっ……」

「弟がいた。いや……妹だったかもしれない。だけど……大切な家族だった」

「…………」

「そいつには夢があった。願いがあった。大切な友がいた。そいつはとても友達思いのいい奴で、ちょっとひねくれて入るが、根は曲がっていなかった」

 

 日向は語る。大切な家族の話を。

 それを夜空は、ただ憮然と聞いていた。

 

「だがある日、その友達をそいつは止めることができなかった。その果てに、そいつは最高の親友を失った。それと同時に……そいつは希望を失ったんだ」

「……」

「死ぬ間際、そいつは言ったよ。「希望が無くなった人間は、どう生きればいいんだ」って。新たな希望を見つければいいと私は訴えたが、そいつは……世界を恨みながら死んでいった」

「……なんで、そいつは死ぬことを選んだんだ。生きていれば、いいことだっていくらでもあったはずなのに。家族を残して死にやがって……なんで」

「あぁ、そいつは言った。「壊れたおもちゃを捨てて新しいおもちゃを買い続けるような奴には、本当に大切なものを守ることなんてできない」って。だから……全てを諦めた」

「……くそが」

 

 日向のその話を聞いて、夜空は心から怒りに震えた。

 そいつのことが情けなくて仕方がなかった。大切な友達一人のために、もっと大切なものを見失う。

 それが悔しくて仕方がなかった。何が悔しいか、自分もまた……そいつと同じような存在になるかもしれないからだ。下手したら、同じ存在だからだ。

 夜空も大切な友を守れなかった。守る力が無く、その友はどこかへ行ってしまった。

 その時から、夜空の中の穴がぽっかりと空いてしまった。それは……死ぬことと一緒なのかもしれない。

 今の夜空には希望が無い。ただ、生きてやり過ごそうとしているだけなのだ。

 

「その後色々あって、科学者だった私の父親は同僚である人物にいいように言いくるめられてな、人格を壊してまで偉い人に従うようになった」

「……ひょっとして、お前はそんな親父さんを……見捨てられなかったのか?」

「あぁ、私は父親に付いて行った。そして自ら志願した。人類の発展の礎になることを……」

 

 そんな話を聞いて、夜空はまたも考える。

 全てにおいて完璧な、この少女の根元はやっぱり欠陥がある。

 そう、日向は完璧すぎた。故に……残念であったこと。

 その完璧さが、彼女を苦しめる結果になってしまったことを。それがとても、残念だった。

 

「私の父親を騙して変貌させた人物……確か"西園寺"という人物だ。眼つきの悪いロン毛の気色の悪い男でな、そいつは優秀な科学者で、色んな機関と繋がっていた」

「ほう……」

「そいつは私に目を付けていた。世界中から優秀な人材を集めては、人類の発展のためと洗脳しては人体実験を繰り返した。数千人もいた子供達の中で……成功したのは私だけだ」

 

 ここまで聞いて、夜空はなんとも作り話を聞いているような気分だった。

 この世界の裏でそんなことが起きている。だとしたら、どうして誰もが動かないのか。

 この事を理科は知っているのか。だから今回、日向を狙いにこの場へやってきたのか。

 と、ここで夜空はあることに気がついた。

 

「……まてよ。お前それ……いつの話だ?」

「というと?」

「お前は普通に中学校に通っていた。今も高校に進学している。もしそんな実験があったとしたらそれは相当昔の話だ。仮に世界がそのことを隠ぺいしたとしても、こう長い間そんな一大プロジェクトを隠ぺいできるか? それに、なんで今頃になってお前を狙いにやってくるんだよ?」

「……ほほう。ずいぶんと良い所をついてくるな」

 

 夜空の推理に対して、日向は素直に褒め称える。

 そして、その問に対しての答えを……日向は語った。

 

「私は……この世界の住民ではない」

「待った。また話が大きくなってきたぞ……」

「くはは。さすがのお前さんでもこんがらがってきたか」

 

 もうこれ以上聞いたら、おかしくなりそうで夜空は怖かった。

 日向の抱えている事情は果てしない。それだけ理解していれば充分だった。

 だから夜空は、もう質問することをやめた。

 

「……星が綺麗だな」

 

 会話をやめ、突如日向はそう呟く。

 確かに夜に広がる空が映し出す星々は、綺麗に光っていた。

 

「そうだな。俺も……久々にこんな綺麗な星を見た」

「お前さんは天体観測が趣味だったな」

「あぁ。自分の名前通りに、夜空を見渡すのがな」

 

 そう、嬉しそうに語る夜空。

 そんな彼に、日向は寄り添った。

 

「……おい」

「ふふ、緊張するのか? 私は美少女だがその実態は世界を壊しかねない化け物だぞ」

「自分で言うかよ。まぁその……お前が化け物とか、そんなの関係ないんだよ」

「……」

「俺は俺にとって大切な友達。それだけで……充分だ」

 

 夜空は背中越しに、日向に向かってそう言った。

 化け物だろうと関係ない。日向は夜空にとって掛け替えのない友達だ。

 

「だから、今度こそ俺は……大切な友達を守る。そのために力を付けた」

 

 そう、自らに言い聞かせる夜空。

 そんな彼を、背中からぎゅっと日向は抱きしめた。

 

「うぐっ……」

 

 思わず顔を赤らめる夜空。

 そんな彼に対して、日向は耳元でささやく。

 

「ありがとう……夜空」

「あ、あぁ……」

 

 そう感謝を述べた後。

 日向は、ずっと奥底にしまっていた本心を、夜空に呟いた。

 

「……今度こそ、お前の願い……叶えさせてやるからな」

「え? 聞こえねぇよ」

 

 眠かったのか、夜空ははっきりとそれを聞くことができなかった。

 だが、日向はそれでも言葉は止めない。

 

「お前には私なんかより……守らないといけない大切な人がいるんだ」

「…………」

 

 そんな彼女の言葉に、夜空は振り向く。

 そして、互いの体を密着させ、おでこを合わせる。

 

「日向……」

「夜空、お前は……私にとって大切な……」

 

 そう呟いたその後を、二人ははっきりと覚えていない。

 とても気持ちが良かった。まるで二人の意志が、一つになったかのようだった。

 綺麗な星の下で二人は、夏の夜を共にした。

 それはとても心地よくて、ただ流れるままに夜明けが訪れる。

 それまで、二人はずっと手を握りつづけていた。ずっと、離さずに……。

 

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 夜明け。

 午前は八時を回ったころだろうか。

 二人は目覚める。そしてすぐさま周りを偵察する。

 

「どうやら、本当に見つからなかったようだな」

「ははは。やつらもバカだな。たかが中学生と高校生にしてやられよって」

「ふふ、まったくだ」

 

 そう、夜空と日向が談笑をしていると。

 そのつかの間の平和が、一瞬で壊された。

 瞬間的に、辺りの空気が刺々しくなる。

 そして気がつけば、夜空と日向は特殊部隊に囲まれていた。

 その中央には、理科がいる。

 

「はぁ……はぁ……。ようやく……見つけた」

「理科……」

「兄さん。お願いですから少しは大切な義妹の事を信じてはもらえませんか?」

 

 日向の前に出て彼女守る夜空に、理科は嘆くようにそう言った。

 

「悪いな。お前みたいな可愛い妹に縋られて俺は嬉しいが、俺には……守りたい女がいるんだよ」

「まったく……たかが一般中学生がませたことを。守りたい女? ふざけんじゃねぇよ何も知らない凡人が、そいつはそんな軟な存在じゃない、そいつはこの世界にあってはならない存在なんだよ」

「おいおい、いくらなんでも兄さんは怒るぞ」

「お母さんの顔も立てて、あなたは丁重に扱おうと思いましたが……もう知ったことか!!」

 

 夜空のぶれないその態度に、理科は嫌気をさし。

 日向に向かって、高らかに宣言する。

 

「おい化け物! 確かに今の僕たちの現代の技術ではあなたを倒す方法はありません! だが、屈服させる手立てはある!!」

「ほう? 屈服か?」

「あなたが試すように送りつけてきた資料。どうやらあなたが色々と特殊な形でこの世界に定着しているのは確かなようですね、だが……存在を定着させるには、あなたの知りえる人物を依代(ハードウェア)にする必要がある。違いますか?」

「……まさか」

 

 そう理科が日向に言葉を付きつけると、日向の苦い表情を浮かべる。

 そして後ろから連れてきた人物を見て、日向と夜空は絶句した。

 

「……おいおい、いくらなんでもふざけてんじゃねぇぞ!!」

 

 その人物を見て、夜空は叫ぶ。

 連れてこられたのは遊佐葵だった。今は眠らされて、意識を失っている。

 そう、理科は葵を人質に取ったのだ。

 

「僕としても苦渋の決断でした。家族同然の友人を利用しなければならないのですから。だけどこうするしかないんですよ。それにあなたは葵を、僕の大切な親友をあなたは騙していた……ずっと!!」

「……いや、葵だけは真実を知っていた」

「なに?」

 

 驚愕の真実を付きつけられ、理科は怯む。

 

「確かに私がこの世界に自らを転移(アップロード)する際に、葵を依代(ハードウェア)にしたのは確かだ。葵に私を認識させることで私の存在をこの世界に定着させ、私本体は元いた世界からこの世界に干渉することができる」

「な……なんのために!?」

「夢を……果たすためだ」

「お前の都合で僕達を巻き込むなこの悪魔が!!」

 

 憮然と語る日向に向けて、理科は再度銃を突きつけた。

 もう彼女に理性はない。あるのは使命と意地だけだ。

 自身の理論を超えた彼女を許さない。大切な人達を巻き込んだ彼女を許せない。

 だから理科は牙をむく。人類が計算しきれないであろう、人外に対して。

 

「無駄だ。私は不死で不老。完全にして完璧にして、完成された存在だ。最高にして最強で、最上の生き物。究極の生命体……それが私の正体だ」

「究極だと……? だがそれはお前の世界での話だ。この世界はお前の存在を許さない!!」

「……気付いていたか」

「こうしてハードウェアも奪われた。そろそろ……限界なんじゃないですか?」

「…………」

 

 理科の追い詰めるような剣のような言葉数に、日向は押し黙った。

 それを聞いていた夜空は危機した。もしかしたら、今の日向は普通に撃たれれば死んでしまうのではないかと。

 日向は不死で不老ではある。だが……"不死身"とは一言も言っていない。

 なにも死だけが存在の終わりではない。その形は様々だ。

 

「日向……お前……」

「……わかった。消せよ。もう満足した」

 

 そう言って、日向は手をあげた。

 降参したのだ。理科達に対して、抵抗するのをやめた。

 

「降参ですか。不意打ちとかじゃないですよね?」

「なにを。大切な友人を取られた時点で、私は手を出せない。私は優しいからな」

「友人だと? 装置として扱っていたくせに!!」

「いや、葵は私にとって大切な存在だ。元いた世界でも……この世界でも」

「詭弁を……!!」

 

 理科は怒りを、日向に全て向ける。

 その傍で、夜空は体を震わせてみていた。

 

「……やめろ」

「夜空。悪いな……"また"、巻き込んでしまった」

 

 そして、理科が銃のトリガーに指をかける。

 ひょっとしたら日向の言葉は嘘かもしれない、また……簡単に傷を治してしまうかもしれない。

 理科はまず、日向の膝めがけて銃を撃つ。

 

「ぐっ!!」

 

 膝を撃たれ、出血する日向。

 その傷は……人間のように再生しない。

 そして日向の体が、薄く発光して消えようとする。

 

「日向!!」

「……一応試しで撃ってみましたが、嘘はついていない。優しいですね」

「理科……やめろ!!」

 

 冷徹にほほ笑む理科。やめるように夜空は説得するが、理科はその攻撃的な感情を収めることはない。

 苦しむ日向。本当に、彼女は死んでしまうのか。

 ここで、彼女は終わってしまうのか。

 

「これで……全部がリセットされる」

 

 そう言って、理科は銃のトリガーに指をかけた。

 他の隊員も一斉に日向に銃を向ける。

 

「……ふざけるな」

 

 その光景を、夜空は怒りで震えて見ていた。

 この結果を、受け入れてたまるか。

 日向はただ、己の夢をかなえたかっただけだ。ただそれだけで、化け物と罵られ。

 今の日向の姿に、夜空は十年前の親友の形を重ねる。

 彼女もまた、化け物だった。だが、明確な悪意はなかう。ただ力をもっているだけなのに。

 夜空は許せなかった。彼女を救ってやりたかった。ここで彼女を救えなければ、もう夜空は未来永劫……その親友を救うことができなくなると。

 夜空は、瞬間的に体を動かす。恐怖とかそういうものを全て忘れ、がむしゃらに体を動かした。

 

「なっ!?」

「俺が……全部!!」

 

 理科の銃の撃鉄が鳴った瞬間、夜空は日向の前に出た。

 このままでは、夜空まで死んでしまう。理科はその刹那、顔色を真っ青に変えた。

 そして日向も目を見開いた。なんてことをするのだと、そして……刹那よりも早く動く。

 日向は目の色を金色に変化させる。己の能力を駆使し、この状況にて自身が最後の一手を打つ。

 

「まったく……あの時と同じなんだよ」

「日向……?」

「これで因果は全て揃った。世界の結果に対して……可能性は生まれた」

「な、なにをする!?」

「さて、思い知れ夜空。"お前が味わった絶望"ってやつをな……。そして……今度こそお前は……」

 

 そして周りが、光に包まれた。

 

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「……頼むから、下手なことは考えるな。確かに羽瀬川くんのことは残念だったが」

 

 光が晴れていく。

 ぼんやりと映りだす景色、そこには日向がいた。

 その中で彼女は、何者かに向かって必死に説得をしていた。

 そして、その何者かが……全てを投げ出すように弱弱しく言葉を吐く。

 

「あぁ、あなたにはわからないだろうな。生きていればいいことがあると言って、残念という言葉で済ませようとする」

「そ、そんなんじゃない! そんなんじゃないんだ!!」

 

 今にも命を投げうとうとするその人物に対し、日向は食い下がらずに説得する。

 だが、その人物の心は、もう生きることを選んでいなかった。

 

「いいさ、もう……。あれだけ願い、そして必死に縋りつき。それでも希望が奪われるのなら、もういい……もう」

 

 そして、その人物は……絶望の中でも流れることをやめない雲を見て、ただ見下ろす空を見て……恨みながら言う。

 

「あはっ……全部無くなっちゃった」

 

 そう言い残し、一人の人間が命を投げ捨てた。

 日向は何もできなかった。

 学校では生徒会長として、色んな人のために、必死に人々を引っ張ってきたカリスマであった彼女でも。

 所詮はその程度の力しかなかったから、いざという時に本当に大切な者を守れなかった。

 人々に愛され、人々を愛した。その人物のやるべきことも応援したし、必死に助けもした。

 だが結果はどうだ。中途半端な力は、願いは……こういう取り返しのつかない答えを導き出す。

 日向も絶望する。だが、彼女は死ぬことを許されなかった。ここで命を投げうっては、先ほど自分が否定した言葉に嘘をつく。

 ならばこそ生きる。死んだその人のためにも……。

 死を選んだ、大切な家族のためにも。

 

 ――それから数ヶ月。

 大切な家族の一員を失ったことで、日向の家族は崩壊した。

 日向は父親に付いていくことになり、外国へと引っ越す。

 そこで毎日、このことで深い傷を負った父親が、仕事に追われ苦しむ姿を見続ける。

 いつしかその父親の性格も大きく変わり、日向にも強くあたるようになった。

 だが日向は負けなかった。自分にできることを必死に探した。

 そんなある日、一つの話が日向に舞い込んできた。

 

「日向さん。あなたに是非とも……この国家プロジェクトに参加をしてもらいたいのだが」

 

 ある日、父親が一人の科学者を連れてきた。

 その人物こそが、日向が語った西園寺という人物だった。

 西園寺が提示した資料にはこう書かれていた。

 

 人類指導者発足計画。才能教育のための新国家の建国。

 

 優秀な人材を生み出し、この先の人類発展に着手をするというものであった。

 そうすることで差別をなくし、国家間での柵を出来るだけ避け、やがては全ての国を統一するといったことが書かれていた。

 日向はそのプロジェクトの一人に選ばれたのだ。

 全世界中の優秀な科学者が定めたプランに沿って、より高い能力を持った人間を誕生させる。

 この事を全て聞いたうえで、日向は否定することなく、そのプロジェクトの被検体になることにした。

 

「日向、よく賛同してくれた。父親として誇りに思うよ」

「……はい」

 

 すっかり変わってしまった父親に対し、日向は力なく答えた。

 この時の日向は、できるだけ父親の役に立ちたいという思いがあったのだろう。

 そして、もしこれで大きな力を手に入れることができたなら……もうあんな思いをすることはなくなる。

 日向の思いは、それでいっぱいいっぱいだった。

 

 いざ計画が始まり、実験の日々が続く。

 そう、実験が始まってから日向は思い知った。この実験が非人道的な所業の数々であったことを。

 自分の他にも何百人の候補がいる中で、一日に一人は廃人と化す。

 謎の薬物を体に打たれ、人類を統べるための帝王教育を施され。時には死者すら出る勢い。

 完全なる人間を作るために参加した人たちは、もはや人の扱いすら受けていなかった。

 完全なる礎、人が進化するための餌でしかない。

 

「う……うぅ……」

「さすが、日高博士の娘さんは優秀だ……」

「西園寺……博士……」

 

 日向の同期が二ケタを下回ったある日。

 日向の身体はこの時、遺伝子が変化し拒否反応に苦しむ毎日だった。

 少しずつ変化していく遺伝子と、その遺伝子の反応を見るために刃物で体を刺される日々が続く。

 約三ヶ月が過ぎた時、日向の再生力は人間をはるかに凌駕していた。

 

「普通なら精神崩壊するのがあたりまえ。どうしてあなたはそこまで……耐えられるのだろうな?」

「……あぁ、これは意地だよ。そして、証明するためだ」

「証明?」

 

 日向のその言葉に、西園寺は興味本位で尋ねた。

 

「確かに少しずつ、私は人間では無くなってきているだろう。もう色んな感覚もおかしい」

「それはあなたが優秀だからだ。他の被検体は泣き叫ぶわ黙りこむわで使えない」

「使えない……? 聞くまでも無いが、お前は人間をどう思っている?」

「何を……。弱い物同士が寄り添って傷をなめ合う醜い物だ。だからこそこの世界に必要なのは、寄り添って満足しているようなクズではなく、完全なる一つの存在。優秀な人間と完璧な生命体だ」

 

 その西園寺の下劣な言葉を聞いて、日向は激しく睨む。

 

「……傷のなめ合い? 寄り添うことがクズだと。お前……友達少ないだろ?」

「『友達』……? くだらない単語を言ったものだ。そんなまやかしに縋るのがクズと言ったのだよ。見ろ、国同士の友好と言っても結局は利用し利用される間柄だ。身近な話に置いても……友情なんてものは騙し合い。隙を見せれば裏切られ、都合のいい関係にしか目を向けない。人間とは……友達などというのはそういうくだらない物だ」

「……西園寺……貴様」

「最終的に信じられるのは己だけだ。だから今こそ人類は示さねばならない、欲望のままに生きることの正しさを。協力、信頼……その全てを排除し、人間を個として人類発展を築く。この能力開発実験は、このための礎だ」

 

 それこそが、世界の決定だった。

 この計画に溺れた西園寺は、人間としての情すらとうの昔に捨てている。

 彼は常に一人で生きてきた。時には利用する者を利用し、つまらない物は全て潰してきた。

 優秀すぎるが故に、自分を利用しようとする者達を許さなかった。優秀すぎることが、彼にこのような考えをさせてしまったのだ。

 そんな彼に対し、日向は強気な視線で言った。

 

「……くはは。西園寺……お前のような優秀なだけの人間にはわからないだろう」

「なに……?」

「人は見かけだけではない。優秀なだけでは伝わらない。どんな人にも価値があり、そして大切なものを守りたいという心がある。それがたった一つでもいい、たった一人だけでもいい。そのために……人間はがむしゃらになれる」

「……つまらないな。あなたもまた優秀な人間だった。どうしてこうも……綺麗事を並べられる? この先あなたは全知全能にすらなれる可能性があるというのに、そのような世迷言が言える?」

「だから私は証明する。例えこの先、自分が化け物になっても構わない。どんな存在になっても……私はそれを証明する。あいつのために……友のために己の命すらかけた……あいつのために!!」

 

 日向は宣言する。

 彼女は知っていた。友達のためにがむしゃらに頑張った大切な人の事を。

 だからこそ西園寺の言葉に負けるわけにはいかない。人間が一人で何でもできるようになったら、あんな美しかった日常は無くなる。

 そんなことになったら、人が抱く本当に大切なものも全部失ってしまう。だから、日向は必死に否定をした。

 

「……あぁ、確かあなたの……確か"夜空"とか言ったな」

「あぁ、夜空は友達思いのいいやつだ。友達のために死を選ぶほどのな!!」

「ははは。話を聞いたが……真に愚かなやつだ……そう評価しよう」

「……なに?」

 

 西園寺のその冷徹な言葉に、日向は聞き捨てならないと睨んだ。

 

「まぁ、その愚かなクズが失敗してくれたおかげであなたがここまでの執念を持ってくれたのだ。それに関しては、評価しよう」

「西園寺……この愚か者が!!」

「今後あんなくだらないことが起こらないように、人間は本当に……才能と優秀を……能力を身に付けなければならない。だからせいぜい……頑張ってくれ」

「西園寺……西園寺ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 少女の必死な想いも、世界には裏切られる。

 そして何年もの月日が経ち、最初の計画が終了。

 多くの志願者がいた中で、日向だけが生き残った。

 彼女は人類の手で完璧な存在となった。不死、不老、最高の頭脳、最強の能力。

 そんな彼女のデータを元に、発展していく人類。

 優秀な頭脳と能力を持った人間はあっという間に世界中に充満し、人間はやがて協力するのをやめるようになった。

 利害関係だけが残り。感情の制御や理想の実現も、全部が人々の思い通りとなった世界。

 あっという間に、世界は変わっていった。

 日向にとっては、自分の思いが否定されていくような気がした。

 自分ならできないことはない、だが同時に……世界にしてあげられることがない。

 なんでもできた所で、何もすることが無ければ意味がない。日向は本当にただの礎で、その存在は空虚となり果てた。

 

「……たった一人でもいいから大切に思える存在のために……。そのたった一人が自分じゃ……そんなの悲しいはずなのに」

 

 日向は涙をこぼした。

 人の欲望の果てがこんな世界であることを。

 自分が信じた人たちが、こんな結果に満足をしている事を。

 

「……夜空。お前がこの世界を見たらどう思うんだろうな」

 

 そう、かつて自分の家族だった人に向けて問う。

 そして……日向は誓った。そしてそれを夢とする。

 

「……否定はさせない。例えそれが……答えだったとしても」

 

 そう、化け物となった自分にできる、最大限を尽くすために。

 

「大切なあいつの……願いだけは!!」

 

-----------------------

 

「…………」

 

 まばゆい光の中で、夜空が見た光景がこれであった。

 こことは違うどこかの世界で、彼女がどれだけの苦しみを抱いたか。

 そして、それがだれのためであった事かを。

 夜空は思い知った。自分ではない自分が抱いた絶望、その先にある一人の少女の悲しみを。

 

「ここまで来るのに、ずいぶんとかかってしまったよ」

「あ……あぁ……」

「遅くなってしまったな夜空。だが私は……お前の思いだけは否定したくなかったんだ。だから今この場で、あの世界での同じ現象を引き起こす必要があった」

「……あ」

「最も、そのために私は犠牲にならなければならない。安心しろ、私は元々この世界の住民ではないし……この世界に"日高日向"は"存在しない"」

 

 その言葉に加え、日向はもう一つ……夜空に謝罪をした。

 

「それと、"お前のお姉ちゃん"の存在を奪ってしまって済まなかった。同一体(ドッペルゲンガー)は同じ世界には存在できないのでな、期間限定であるが私が成り変わる必要があった。さみしい思いをさせてしまったかな?」

 

 その謝罪の言葉を聞いて、夜空は確信した。

 そこにいる日高日向が、どのような存在であったことを。

 そして自分のために、途方も無い重荷を背負わせてしまったことを。

 

「……ごめんなさい」

「え?」

「ごめん……なさい。僕の……せい……で。あ……あぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあ!!」

 

 そう泣き叫び、夜空はその場で泣き崩れた。

 これは夜空のせいではない、だが……彼女の世界の自分が原因でこうなってしまったのは事実だ。

 情けなかった。そしてどこかで共感していた。ただ強さと力を求めながらも、こうなってしまった時、自分も同じような選択をしてしまうことを認めざるを得なかった。

 夜空は弱い。どれだけ強く見繕うとも、本質は弱さの塊だ。

 その弱さが、一人の少女を永劫に幽閉してしまった。責任感で縛りつけてしまった。

 彼女だって全うな人生があったはずだ。女としての幸せだってあったはずだ。

 それが、人の進化のための道具としての悲しい人生を描かせてしまった。夜空はそれを思い知り、情けない思いでいっぱいになる。

 

「夜空……」

「あ、あぁ……。どうしてこんな……。しかも、僕はあなたにとってはまったくの他人に等しいのに、夜空という存在一つのために……こんな愚かな自分のために……どうしてそこまで……したんだよ……」

 

 夜空は問う。こんな自分のためにどうしてここまでする必要があったのかを。

 そんな彼に対して、日向は純粋に答えた。

 

「どうしてそこまで……か。それは……私が決めたことだから、別に気にする必要はないのに」

「……」

「強いて言うなら……大切な弟だから……かな?」

「……僕はあなたの弟じゃない」

「確かにな……。でも、それでも……叶えてあげたかった。だって私は……お姉ちゃんだからな」

 

 日向はぶれることのない真意を夜空に贈った。

 それを聞いて、夜空はますます悲しくなる。

 

「あっちの世界では、実の所あまりお前と仲良くなくてな。何度も世話を焼こうとしたけど、どうにも避けられていてな」

「……」

「もっと色々教えてあげたかった。もっといっぱい触れたかった。そういう思いでいっぱいになった時に、お前は私の前からいなくなってしまった」

「……なんて、ひどい結果だ」

「そういうな。私は幸せだよ、大切な弟のためにここまでやれたのだからな」

 

 そう日向は言って、夜空の近くに寄った。

 もうあまり時間はない。だから残された時間で、大切な弟に日向は、姉としての教えを説く。

 

「夜空。人はな……一人で思いこんだって何もできない弱い生き物だ。だから困った時は……誰かに頼りなさい。それは弱さなんかじゃない」

「……うん」

「お前も母親から教わったはずだ。友達百人作れなくてもいいから、たった一人でも大切に思える友達を作りなさいって……」

「……うん」

「けど……その言葉には"続き"がある。そのたった一人というのは……"自分にとっての大切な一人"となれる友達という意味だ。その一人一人を大切に思う、平和な日常を築くためには……大勢の人たちの力が必要だ」

 

 その夜空の母の教えを……姉である日向は語る。

 その教えの本当の意味を、日向はおしえた。

 

「友達百人作れなくても……自分にとっての愛せる一人という存在を大切に思える。その一人一人と共に過ごす"たった一つの大切な世界"を……守るために強くなりなさい」

「たった一つの……世界を……」

「人は一人では力不足なんだから……その一人を大切にするために……別の一人にお願いするんだ。大勢の人を大切になんて贅沢なことは言わない、けど……その極々小さな幸せくらいなら……どうにかなるんじゃないかな?」

 

 日向は語る。

 例えそれが小さなものであっても、どれだけ少ない物であっても。

 一つ一つが重なり合って生まれる大切なものは、見た目以上に大きなものになると。

 だから人は大切にしなければならない。たった一人の友達……その人にとって一人しかいない"たった一つの大切な存在"を。

 その人達と過ごすたった一つの世界を……。自分が弱いと思うのなら……それを守ることができるのなら充分なのだと。

 

「だから……人間は完璧になってはいけないんだと思う。みんなが完璧になってしまえば……本当に大切なそんな小さなことすら忘れてしまうから」

「……日向は……完璧な存在になって……何を思った?」

 

 夜空は日向に質問をする。

 その完璧なる存在となったことへの答えを。

 

「……むなしさだな。なんでも一人で知りえて、なんでも一人で出来てしまう。つまらないことだと思った。それを当たり前にするのは……死んだのと同じだと思ったぞ」

「……なんとなく……わかる気がする」

「だから……出来ないことがあってもいいんだ。それを誰かに支えてもらって、それができるようになったら喜んで……それが、生きてるってことなんじゃないかって思う」

「……あぁ、そうだな」

「失敗したっていい。だけど失敗した時に全部を投げ出すことは駄目なことだ。だってその失敗を認めてくれる人の思いを……踏みにじることになるから」

 

 それは、日向の知る夜空がおこした最大の失敗だった。

 その夜空は失敗した。そして絶望して、自分勝手に死んでしまった。

 それが、失敗の上にある本当にしてはならない失敗だったと日向は思った。

 そんな悲しいことを、この世界の夜空にさせないために……夜空に失敗させることが日向の目的だった。

 この瞬間で夜空がそれを知ることができれば……乗り越えることができれば……。

 今度こそ夜空は……真に守るべき友達を守ることができる。救うことができる。

 そのためなら……完璧と成り果てた自分の存在など惜しくはないと……日向は覚悟を決めた。

 

「……でも、僕はお前を失いたくない」

「くはは。そう思ってくれるのはうれしい……だけど私は元からこの世界には居ないはずの者だ。だからここで失った所で、全部が元に戻るだけ」

「そんなこと……言わないでくれ。そうだったとしても……俺にとってのあなたは……"たった一人の日高日向"なんだ」

「……そう……か」

 

 その夜空の言葉を聞いて……日向は自然と涙を流す。

 本当は泣かないはずだったのに、そう決めていた。

 だが、家族であった男のその想いを聞いて……日向は感情を露わにせざるを得なかった。

 

「夜空……ありがとう。私の家族であってくれて……ありがとう……私……の……友達であってくれた……こと……ありがとう」

「日向……お願いだ。お願い……だか……ら、もっといっぱい……楽しいこと……あるから。みんなで……もっともっと遊んだりさ……勉強したり……さ……。だから……うっ……」

 

 お互いに言葉は震え、互いを想う気持ちで涙は溢れる。

 だが日向の能力は限界を迎える。その存在が今……消えようとしていた。

 

「だから……お前はお前の本当の願いを……叶えて……ね」

「日向っ! 駄目だ!! 俺は!!」

「今度こそ……大切な友達を……守って……」

 

 消えゆく刹那、日向は夜空の頬に手を沿える。

 そして、自分に夜空の顔を近づける。

 優しく、温かく……日向は夜空に自らに愛を伝えた。

 

「夜空……私はお前を……愛している」

 

 そう、日向は夜空にキスをした。

 その瞬間に……光の空間は、ガラスが割れるように飛び散り消える。

 それと同時に……日高日向の存在も……この世界から消失した。

 

-----------------------

 

 それからのことを……夜空はよく覚えていない。

 あの後起こっていた事象は情報操作されていたらしく、理科と夜空だけが遠夜神社に残されていたという。

 その場で慌てふためく理科の前で、夜空は気を失って倒れ……病院に運ばれた。

 病院のベッドで目を覚ました夜空は、泣きじゃくる理科に何度も何度も謝罪をされた。

 日向を追い詰め、我がままに遂行した理科の所業に対し、夜空は怒ることなくただただ許した。

 それは、日向に言われた「人間は失敗をしてもいい」という教えに沿った許しだったのだろう。

 理科は失敗した。それを夜空は……義兄として支えてあげればいい。

 それから数日間、夜空は念のために病院に入院することになった。

 医者いわく、大きなショックによるダメージが原因とのことらしい。

 

 病院に入院して二日後、夜空はある人に電話をかけた。

 まだ仕事をしているだろうか、そう考えたが……その相手はすぐさま電話に出た。

 

『もしもし? 電話してくるとは思ったよ……夜空くん』

「父さん……」

 

 相手は夜空の父親。

 現在はレッドフィールド社の研究所に勤務する優秀な科学者である。

 そんな彼に対して、夜空は久しぶりに電話をしたのだ。

 

『理科ちゃんに聞いたんだが……奇想天外な夏休みを過ごしたそうだね』

「あぁ、科学者の父さんからすれば……信じるに値しない中学生の作り話だろうが……」

『ふふ、確かにその出来事を立証するには、証拠という証拠がない。だから結果的には作り話で事が済んでしまう』

「……」

『だが……"信じてあげることは"できる』

 

 そう、父親は優しく夜空に言った。

 それを聞いて、夜空は小さく笑みを浮かべた。

 

『何やら別の世界では、僕は心を病んで大切な家族を売り渡したそうだね。でもまぁ、そういう結果もあったかもしれない』

「……父さんは、俺が死んだらそうなるのか?」

『どうかな? ならないと決めつけることはできないね。だが……夜空くんが死なないことを必死に願っているよ。いや、僕の大切な息子である夜空は……どんなことがあっても乗り越えて見せると……信じて見せよう』

「……ったく、都合のいい親父だな」

 

 その父親の愛を感じて、夜空は電話を続けた。

 

『力を手にして力に溺れた世界。それもまた、あるべき世界だろう。でも僕としては……そんな世界はあってはいけないと思う』

「……俺もだ」

『夜空くん。確かちょっと前に一緒に遊んでいた友達が街から居なくなって、泣いていた時期があったね』

「んだよ、恥ずかしい過去ほじくんじゃねぇよ」

『必要なことだ。昔はいじめられてばかりで泣いていてばかりいた君は……ずいぶん"力を付けた"』

 

 父親は夜空を評価する。

 だが、力を付けたというその言葉に、彼のこれから語る言葉の真意が隠されていた。

 

『色々悪いこともやってきて、力を振るってきた。だけど……今回の件で君は……"強くなった"って思うことができたかい?』

「……いや、どれだけ力をつけようとも……俺は強くなんてなかった」

『そうだね。力だけが強さではない。時として……弱いことが強いということにもなる』

「……」

『力を身に付けることはいいことだ。けど力に本人が使われてしまえば……力に支配されてしまえば、それは強さにならない』

 

 そう言葉にした後、父親は夜空にこう教えを説いた。

 

『力は人を溺れさせる。力は人に一時的な強さを与える代償に、致命的な弱さを与える。力は振るう物じゃない……認める物だ。何のためにそれを使うかを……見定めることが必要だ』

「……父さん」

『知力、権力、武力。力の形は様々だけど……使い方一つで世界はどうにでも動く。その日向って子が語った世界が、そうなってしまったようにね』

 

 父親はその電話の最後で、夜空にこう言葉を送って閉めた。

 

『今回の事が悔しいと思ったのなら……頑張りなさい。元気出して、あまり母さんに迷惑かけないようにね』

「……わあったよ」

 

 そういうと、夜空は電話を切った。

 それから数分間、くだらない沈黙だけが流れた。

 夜空は外を眺めていた。雲が流れる青空を見ていた。

 自分に大変な事態が起きていても、雲はただ流れていて、空はいつも人々を見下ろす。

 変わることは大切だ。だけどあの空のように……変わらずそこにあるだけというのも……また必要なことかもしれないと。

 そんなことを思っていると、夜空の病室に一人の女性が入ってきた。

 それは、夜空の母親だった。

 

「ふんっ。毎度の如くバカ面だな」

「んだとこのババア……」

 

 出会いがしら、すぐさま口喧嘩に発展しそうになる親子。

 この会話も、もう飽きるくらいやっている。

 

「ほら、リンゴ買ってきてやったぞ。私に感謝しろ」

「親が息子に感謝を要求すんのかよ?」

「ほう? 貴様が今この場でリンゴを食べられるのは、誰がお腹を痛めて生んだからだと思っているのだ?」

「そこまで遡るか? まぁいいや……ありがとう」

「ふんっ。素直でよろしい」

 

 そう強気に母親が言うと、隣でリンゴを剥き始めた。

 

「ヒナちゃんのこと……残念だったな」

「信じてくれんのか? あんな作り話みたいなことをよ」

「我が子を信じない母親はいないのだ」

「……ありがとう」

 

 その母親の何気ない優しさに、夜空はまたも感謝を述べた。

 

「今回の事で頭が冷えたなら、もう少し大人しくすることだな。来年には進学だってあるんだから、頭いいからまだいいような物を」

 

 そう説教じみたことを言って、母親はリンゴを備え付けのテーブルに置いた。

 そのリンゴを、夜空は一つとって口に運ぶ。

 

「おや? 食べさせてやろうと思ったんだがな」

「いらねぇよ。自分で食べられる」

 

 母親の心遣いを蹴って、夜空はリンゴを食べる。

 一つ、一つ。むしゃむしゃと力強く食べる。

 次第に、夜空が嗚咽を漏らしながら、泣きだした。

 

「……うっ……うぅ」

「おいおい、そこまで嬉しかったのか?」

「う……うぅぅ……」

 

 夜空はけして、リンゴを食べられて嬉しかったわけではない。

 色んな人たちの優しさを噛みしめて、今自分がこの場でリンゴを食べられて、今自分がこの場に存在できる。

 そんな当たり前の事をしている自分が、大切なものを何一つ守れていない現実。それを思い知って、夜空は情けなくて涙を流す。

 今度こそは、自分の大切なものを守る。大切な世界を守って見せる。

 その誓いを立てながら、夜空は泣く。ただ泣く。泣いて泣いて……感情を押し出す。

 

「うぇぇぇぇぇええええぇ……あああっぁあぁぁあぁあ!! あ……ああぁぁっぁぁぁぁっあああああ……」

 

-----------------------

 

 それから……一年と数ヶ月。

 夜空は色々あって、遠夜市内の聖クロニカ学園に進学した。

 聖クロニカ学園の一年間で、彼には色々なことがあった。

 後の好敵手であり大切な友の一人となる柏崎星奈との出会いや、他の様々な出来事。

 そんな事柄を過ごしていく間でも、夜空の心にぽっかりと空いた穴は……ふさがらずにいた。

 何かが足りなかった。だけど満足のいく学園生活だ。やるべきことはやって、でも……埋まらない何か。

 日高日向は消えた。だがなぜか……この世界には彼女の情報は残りつづけている。

 時より葵は彼女の事を語る。学校にはいることになっているらしいが、彼女そのものは存在していない。

 情報だけだ。概念だけ……この世界に彼女がいたという結果だけが残る。

 夜空はそれを噛みしめる度に歯痒い思いをするが、そうなってしまった原因は自分にある。

 

「日向……。みんな元気だ。今でもみんな……お前の事を好いているよ」

 

 三月。

 もう時期二年に進学するというある日、夜空は教室の隅っこで呟いた。

 誰もいない教室で、ふと……彼女がいるような気がしてそう話しかける。

 そんな時、夜空の電話の着信音が鳴る。

 

「うん? 誰だ……?」

 

 そう、夜空が電話の着信画面を見ると。

 そこには意外な人物の名前が表示されていた。

 その人物の名前は……『日高日向』。

 夜空はすぐさま電話に出る。

 

「……もしもし?」

 

 ノイズ音が鳴り、沈黙が流れる。

 しばらくの間、夜空は硬直する。そして……その時が動き出す。

 

『……今年の五月』

「……五月?」

『……金色の死神……"羽瀬川小鷹"がこの遠夜市に帰ってくる』

「!?」

 

 それは、予想だにしない一言だった。

 かつての夜空の親友が、この遠夜市に帰ってくる。

 これは予言だった。日向が彼に伝えたかった、大切な事象の一旦。

 

『……まぁ、何かあったら電話をかけるがいい相談くらいは乗ってやる』

「日向……お前今どこに!?」

『元いた世界だ。葵が時より私の事を語っているだろうからわかってはいるだろうが、私の存在の情報は残してあるから……干渉自体はできる』

「……そうかよ。まぁでも……"生きていて"よかった」

 

 そう夜空は安堵する。

 彼女は存在している。今も……夜空の傍に。

 それがわかって、夜空の冷めた心は再び脈動した。

 

『でもまぁ期間限定だがな。安心しろ……お前の願いが終わるまでは……存在しておいてやる』

「あぁ、心強いよ。その……」

『ん?』

 

「……ありがとう……"お姉ちゃん"」

 

-----------------------

 

 そして、その年の五月。

 少年は……その少女と出会う。

 

 ガラガラガラ!!

 

 突如扉が開いて、その少女と少年が目を合わせる。

 かつて自分の親友だった少女。そして……夜空にとって最も守るべき少女。

 その少女を認識し、夜空の瞳は熱くなった。

 この時が来た。時空を超えるくらい壮大になった。自らがやるべき本当の思いを果たす時が。

 

『安心しろ……お前ならできるさ』

「わかってるよ、大したことねぇって……」

 

 そう、かつて自分が愛した大切な姉に向けて、夜空が言葉を贈ったあと。

 いよいよ対面した。死神と呼ばれた少女に向けて……夜空は言い放った。

 

「――な~にジロジロ見てんだこのバカ」

 

 この瞬間、止まった時間の歯車は……大きく動き出した。




日向ストーリー。これにて閉幕です。
これで、この作品は余すことなく書けたと思います。
原作の世界観のことを考えると、かなり外れまくった気がします。個人的に「どうしてここまでやる必要があったのか」って何度も自問自答しました。
最後のこの話では、原作を読んで感じたことだったり、この作品で表現したかったことだったりの全てが乗せてあります。人は一人では何もできない。だからたった一人の存在となりえる大切な友達を求める。壮大な世界観の中にあるのはこの思いですかね。
後細かいところでは、最近発表された衝撃の実写版のオリジナルキャラクターが別の形で登場しています。ニュースの一文だけ読んで勝手に膨らませた感じになりましたが、上手く扱えていたらと思います。原作版生徒会長と実写版生徒会長の対決という形も描けたかと思います。

それでは全49話。本当に長い間ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
感想、批評、評価等はどしどし待っています。もう一度最後に……。

本当に、ありがとうございました!

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