はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
十二月。
季節は冬に入り、外の冷え込みが増していく。
一年の終わりを飾るこの月、少年は何不自由なく満足な学園生活を送っていた。
そんな中で、少年は悩んでいた。全ての目的を果たした少年に訪れた、新たなる悩みだ。
ある日言われた、「自らの未来」という言葉が、頭の中のどこかで引っかかっていた。
過去の全てを清算し、乗り越えるべき壁を乗り越え、変えるべき運命すら変えて見せた少年。
そんな彼に残っている物――それが"未来"だった。
小鷹達と星を見る約束を果たしてから数日。
12月後半、時期はクリスマス。
寒さが増し、さらさらと雪が降るその夜に、小鷹の携帯電話が鳴る。
その着信画面には、夜空の名前が表示されていた。
「もしもし? どうしたの?」
『おう、悪いなこんな時間に……』
相変わらずの軽いテンションで話す夜空。
彼は基本的に容赦がない。謝りながらもその態度は一方的だ。
この学校に転校してきて出会ってから半年、そしてそれ以上に、二人の付き合いは長い。
最も、小鷹の知る少年の顔は二つある。
一つは臆病ながらも強い心を持つ少年、もう一つは全うな強さを持ちながらもどこか脆さを持つ少年。
小鷹からすれば、どっちの少年も大切な存在であることは変わりがない。
そんな夜空との付き合いも、小鷹にとってはもう長くなるころだろう。
「別に、宿題やろうと思ってたし」
『そうか、それで用件なんだが……。その……なんだ』
「なにさ? 男ならはっきりする」
『へぇへぇ。クリスマスの日、ちょっと俺の用事に付き合ってくれないか?』
と、あっさりと用件を言った夜空。
用事に付き合ってほしい、それもクリスマスという日にだ。
言い方はどうにしろ、男子が女子を誘う際にそんな日を選ぶこと自体、何かがあるに違いないだろう。
大体の女子なら敏感に、その奥底を感じ取ることができるだろう。
「そんな日にわざわざ。まぁ別にいいけど、なんの用事」
『……おめぇは面白くないやつだな、いや逆に面白いわ』
「?」
その反応の薄い小鷹に対して、夜空はため息交じりに言った。
つい最近まで己の怪力に振りまわされていた小鷹にしてみれば、友達とよく遊ぶことになったことでさえ新鮮なことなのだ。
そこに男女の恋心を絡ませても、小鷹には察する頭が無いのである。
『まぁいいや。とりあえず朝十時に遠夜駅で待ち合わせで。いらん忠告だと思うが、頼むから"一人"で来てね。もう一度言うけど一人で来てくれよね』
「どうしてそこを強調するのかわかんないけど……。わかったよ、したら二人でクリスマスの日ね」
『おう、じゃあな~』
そう言い終わり、夜空は電話を切る。
夜空がどうしてそんな強調をするのかわからなかったが、小鷹は軽く了承する。
最後の方でどうにも羨む一言を言っているのだが、小鷹からすればクリスマスだろうがなんだろうがいたって普通の日と同義らしい。
つい最近まで誕生日すら祝ってもらえずにいた寂しい日の小鷹からすれば、伝統行事も意味のないものなのだろう。
「クリスマスに夜空と……ん? 待てよこれって……」
電話を切ってから数秒後、非常に間をおいた後小鷹は改めて意識した。
気付いただけ成長が感じられるが、それにしても意識が薄すぎる小鷹。
ちょっとだけ小鷹は考えこんだが、考えすぎるだけ無駄だと平常運転に戻る。
「まぁ……そんなんじゃないだろうし。わたしとあいつはただの友達……それだけで充分だろうし」
そう、自分に言い聞かせる小鷹。
それは自分に自信がないからではない。
十年前を清算した今、彼女にとってそれだけでいっぱいだからである。
十年前の遺産が残っている限り、小鷹の彼に対する意識はそれから揺れることはないのだから。
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クリスマス当日。
午前十時、小鷹は待ち合わせの遠夜駅に向かう。
前の小鷹なら、休日のお出かけも制服姿だっただろう。
だが今はちゃんとそれらしい格好をしている。年頃の女の子の格好だ。
駅に付くと、見える所に仁王立ちの夜空がいた。
「おまたせ~」
「お~う」
そう小鷹が声をかけると、夜空はいつものゆるいテンションで返す。
そして合流するなり駅の中に。小鷹は夜空の指定した切符を買う。
切符には『伊勢』と書かれており、小鷹が目を見開いた。
「え? 伊勢に行くの!?」
「あぁ、ちょっと伊勢神宮に用事があってな」
「ふ~ん。お詣りでもするの?」
「そんなところだ。それに……」
そう、夜空は多少口ごもる。
いったい何を言いたかったのだろうか、結局それを言わずに夜空は小鷹を連れて改札を抜ける。
数分後電車がやってきて、二人は電車に乗った。
伊勢神宮につくまでは時間がある。二人はとりあえず会話をすることに。
「……その、わざわざクリスマスのどうしたの?」
そう小鷹が尋ねると、夜空は少しむすっと表情をゆがめる。
そして言葉では答えず、表情で察しろと夜空は催促するのだ。
小鷹からすれば、こんなクリスマスに伊勢神宮にお参り。意味がなければ行動に移すことではない。
それにお参りなら正月にすればいい、なぜこんな日なのだろうか。
「わからないならとりあえず俺に付いてこいよ。あっちについて全部やり終えたら……話してやる」
間を開けてから、夜空はそうとだけ言って、電車の中で眠った。
相変わらず一方的な男だった。一方的に行動を決め、それが小鷹達を導いてきた。
十年前はただ、小鷹に振りまわされてくっついていただけの弱虫だった少年。だが今では、自分たちの行動の中心になっている。
十年で人はここまで変わる。否――変われるのだ。
十年で変われずにいた小鷹にとっては、夜空の変化というのはとても輝かしく見えたのだ。
そして彼が十年前の少年だったと確信を得た時、きっとどこかで……小鷹は嫉妬をしていたのかもしれない。
結果として小鷹も変わることができたのだが、その変化の度合いは夜空の比ではない。
夜空はもうゴールしている。だが小鷹は……スタート地点に立ったばかりだ。
「……お詣りか」
そして数時間で、夜空と小鷹は伊勢に付いた。
そこから徒歩約五分で伊勢神宮に到着。
小鷹としてははじめてきた場所だ。
九州や大阪にいた時に厄払いに連れて行ってもらったことはあるが、どれも効き目はなかった。
といってもあの怪力は自然的な物ではなく小鷹自身が生み出した産物。そんな神頼みで払えるものではない。それを知ったのはつい最近の事。
「伊勢神宮か。皇帝は行ったことあるの?」
「あぁ、一度な」
どうやら夜空は行ったことがあるらしい。
今回は二度目になるとのこと、なので周り方は彼から教えてもらうことに。
伊勢神宮には内宮と外宮があり、その外宮から内宮の順序で周るのが習わしとのこと。
参道の中心を歩いてはいけないことや、鳥居の前では一礼をするといったマナーを守りながら、長い時間をかけて二人は伊勢神宮を周る。
途中で手水舎で手と口を清めた後、最後はご正宮にてそれぞれが個人の御祈りをする。
拝礼は『二拝二拍手一拝』。二人は目をつむり、そして思い浮かべる。
無事全ての参拝が終わったところで、二人は下町へと向かう。
「神聖なこととはいえ、長くて疲れたよ……」
初めてのことなので、小鷹は疲れを顔に見せる。
通常時の小鷹は体力と運動神経が極端に削れる。なのですぐにへとへとになってしまうのだ。
一方で夜空も、ここへ来たがっていた本人だというのにやっぱり疲れていた。
「ま、でもやりたいことができたわけだし。俺は満足だ」
「ふ~ん。んで、どうして伊勢神宮に来たがっていたの?」
小鷹は改めて、夜空に己の疑問を吹っ掛ける。
それを聞かれていた夜空は、少し間をおいた後……なにやら遠くを見据える。
その時の彼の目は、なにかの信念が宿っているように、強い眼差しをしていたという。
「……伊勢神宮は……もし小鷹が十年前に街を離れていなければ……移動教室で一緒に来ていた場所なんだよ」
「え?」
それを聞いて、小鷹は驚いた。
十年前、小鷹は突如父親の都合で街を去ることになった。
それから数ヶ月後に、夜空は移動教室で伊勢神宮にやって来たらしい。
小鷹が街を離れていなければ、小鷹の学校も同日に伊勢神宮に移動教室でやってきていたとのことだった。
「だから俺は、お前と一緒に来るはずだったこの場所に……お前と二人で来たかったんだ」
「……そうだったんだ」
それが、夜空がこの日二人で伊勢神宮に来た理由だった。
そして理由は、もう一つあった。
「それと、俺はあの日願った。いや……願うつもりだった」
「……なにを?」
「……大切な親友の悩みを消してください。その悩みを解決できる力を僕にください……ってな」
「あ……」
「それを、お前と一緒にあの場でお願いするつもりだったんだ。本当は夏ごろに一度来ても良かったんだけどな、どうせなら……全てが解決してから、新しい面持ちで来た方がよかったかなって、そう思ったんだよ」
あり得たはずの事象。あったかもしれないその日。
夜空は願うつもりだった。全ては親友のために。
十年前、自分に力の意味を教えてくれた親友のために、その親友を救うために。
夜空は思っていた。大切な人のために、今の自分に何をできるかを。
夜空は考えていた。小鷹の悩みを吹き飛ばし、本当の意味で平等の、親友同士になれる方法を。
「……どうして、どうしてそこまで」
小鷹は悩む。
どうしてそこまで、この男は自分のために動いてくれるのか。
親友だからか、約束だからか。それにしてもこの男の行動理念は異常なほど小鷹に向けすぎている。
小鷹のために、小鷹の生きる世界のために。小鷹の周りの人間のために。
「……どうしてか。それは当然俺のためだ。いや……"俺たち"のためだ」
「俺たち……?」
そう意味深なことを述べた後、夜空は覚悟を決めたように小鷹に目を向けた。
「悪いな小鷹。全てを話すことはできないんだが……断片だけ。俺がお前を救うために動いてきた理由を話す」
「う……うん」
そう、夜空は真剣に小鷹を見つめて。
そして……夜空は語った。
「お前を助けられなければ。俺は……"死んでいた"からだ」
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夜空は、小鷹にある程度の事情を語った。
それは夜空にとっても記憶に懐かしい、中学三年生の夏休みの話。
そこから広がる。三日月夜空と羽瀬川小鷹の話。
そして、その二人の友情によって大きく動いた。たくさんの人たちの話だった。
「……それ、作り話じゃないの?」
さすがにスケールの大きすぎる話だった故か、小鷹自身は信じられなかった。
だが夜空は本気だった。夜空の身に起きたこと、あの出来事は全てが本物。
そこに偽物は存在しない。
「確かに立証できるものは存在しない。ただそれを信じてもらえなければ意味のない話だ。頭のいい科学者や専門家が聞いたら笑い物だよ」
「……そんなの、信じろったって。だってそんな」
「だが"あの女"がこの世界にやってきたことで、事象が変わった。三日月夜空が一人っ子であることも、いやそれ以外の極々小さなことも、微妙に変わってたりする」
「……前に、あなたは彼女を"人間じゃない"って言ったよね? それは」
「言葉通りだ。あいつは人間じゃない。だけど今のこの世界なら、あいつのような存在は誕生しない」
そう、夜空はまるで作り話のファンタジーのようなことを、本気で口にしている。
本来なら笑って済ませるが、それを済ますことができない理由が一つある。
それは小鷹自身が良く知っている。小鷹自身が持っている能力、それがその話を否定するのを邪魔している。
小鷹の手に入れた怪力は、ただの怪力ではない。それは現代の専門家が立証している、立派な現象の一つだ。
「……あぁそういえば、理科が言っていたんだが。今は没になったが学会でこんな計画が持ち上がったらしい」
夜空は突如、話を反らすように言う。
「なに?」
「いやいや、"ユートピア計画"っていうらしいんだけどな。バーチャルシステムの一種で、それを頭に装着すると、その人が思い通りの生活や理想の世界が手に入るという一種のゲームみたいなものらしい」
「ふ~ん。SAOの時といい相変わらずすごいものを……」
小鷹は科学の発展というものに感嘆する。
確かに面白そうなシステムではある。そして夜空は、その計画について自分の持論を述べた。
「もしそれを。例えば転校初日の小鷹のような友達の少ない寂しい人間に使ってみるとしたら、その人はどう思うだろうかな?」
「なんか例えが嫌らしいんだけど。まぁその……その空想の中のほうが居やすいって思うだろうね」
「あぁそうだ。現実と妄想が逆転する。そうなったら……もうそいつに"友達なんていらなくなる"だろうな」
「……夜空?」
この夜空が言った言葉が、小鷹にはとても怖く感じられた。
いったい何を言い出すのか。小鷹は怯えながら耳を傾ける。
「俺も曲がりなりにも科学者の息子だからな。想像くらいはできる。そうだ……"妄想を現実にする"ことは、思っているより恐ろしいことなんだろうよ」
「妄想を現実にすること……?」
「そこであの女の話に戻るわけだが。もし能力に困っている人たちに人工的に能力を与えた場合。人間は互いを支え合うことを忘れる。集団で築き上げてきた人類の発展が、個の存在を伸ばし続けることに変化する。人は集団ではなく個で確立されてしまう。そうなったら、世界はどうなるんだろうな」
「……恐ろしいこと、言わないでよ」
小鷹は夜空の語る言葉に、恐怖を露わす。
夜空の語る言葉はあくまでも空想だ。妄想だ。可能性の範疇だ。
だが夜空は知っている。そうなってしまった世界を知っている。いや、思い知らされた。
だからこそ夜空は、自らの大切な親友を……大切な日常を守りたかった。
それが、彼の使命になっていた。彼の未来になっていたのだ。
「……やめるか。所詮はくだらない話だ」
そう寂しそうに、夜空は呟いた。
これ以上この話をしてなにになる。そうやって未来を汚してなにになる。
二人は今、この場にいて、この場で楽しい日常を送り、この場で親友同士でいられる。
それだけで満足だ。一人の少年と少女にとっては、これ以上にない裕福なのだ。
「……まったく、夜空」
「んだよ? 悪いな、怖い話しちまってよ。俺もどうかしてた」
そう優しく、夜空は小鷹の頭を撫でた。
そんな彼に対して、小鷹は呟く。
「……"重い"よ」
「え?」
「重いよ。あなたのその想いが……重すぎるよ、そんなあなたの気持ちを……どうしてわたしは今まで、見て見ぬふりをしてきたんだろう」
次第に、小鷹は後悔をし始めていた。
夜空の小鷹に対する想いは……重い。
その温かい気持ちが、小鷹にとっては重圧に感じられる。そう感じてしまう親友への想いに、小鷹は恥じる。
そして、自分の力に依存をし、都合のいいことだけに目を向けてきた自分が……なんとも情けない。
夜空はずっと、こんな大きな事柄に振りまわされながら、自分の事を考えていてくれたのに。
知らぬこととはいえ、夜空に報いる言葉が無い。
「……重いか。そうだろうな、お前にとっては迷惑だったかもな」
「そんなことは……ないけど」
「お前が怪力で暴走してたらやがては世界がおかしくなります~なんて、お前が困るだけだよな。でも、恐らく全部が失敗したとしても、俺は自殺を選ばなかっただろうよ」
「…………」
「俺は全てを受け止めていただろう。それは俺自身の願いだけじゃない、色んな人の願いや夢があったからだ。だからお前への想いは、お前だけの物ではなかっただろうよ」
そう、夜空は小鷹を安心させる。
だがそれもあくまで可能性だ。あったかもしれない結末だ。
今大切なのは、そこにある現実を……どう未来に結びつけるかである。
「……本当に、ありがとう夜空」
「んだよ、しおらしくなりやがって。別に俺の責任感をお前に押し付けるとかそんなんじゃない。俺は別に……お前に見返りを求めたとかじゃない」
「……」
「俺にとってお前は親友だ。だからといってお前が俺を想ってくれて当たり前とか、そんなのは親友なんて言わない。お前には俺だけじゃないように、俺にもお前だけじゃない。俺たち二人の……生きる世界がある。それを支えてくれる周りの人たち、それらを含めて……俺たちの日常がある」
そう夜空が言った後、小鷹はこう返す。
「だったら……今度はわたしに助けさせて」
「え?」
「わたしに……夜空を助けさせてください」
そう、小鷹は言った。そして夜空の手を握る。
それは夜空に対する恩返しか、いや……そんな対価ではない。
これは気持ちだ。想いだ。親友に対する友情だ。
今度は自分が彼を助ける。彼が自分のために動いてくれたという重さを噛みしめて。
重圧と感じることを恥じる、それらの想いをすべて抱え込む。
そう小鷹は決めた。そんな彼女に、夜空はこう言葉をかける。
「……助けるか、そりゃ……野暮ってもんじゃねぇのか」
「え?」
「助けると言われれば、俺はもう助かってる。それに人に救われて救われる人間は所詮そこまでだ。人は救われるために努力をする。助けを求める努力をする。だから人は……救われる」
「む……。でもわたしだって、夜空を助けたいんだ!!」
「だったらよ、俺に力を貸してくれ」
夜空は、自らの親友にそう頼む。
「夜空……」
「一緒に……この大切な日常をさ……守ろうぜ」
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帰りの電車に乗り、遠夜市についたころには辺りが暗くなっていた。
このまま駅で解散、と思ったが、夜空は小鷹にこう提案した。
「せっかくだし、ちょっとだけ俺の家来ないか?」
「え?」
「今日は……というかほとんど俺の母親は出かけていてな、家には誰もいないんだよ」
そう突発的に口にした夜空。
なにか下心はないだろうか、小鷹は一瞬そう考えこんだが、伊勢神宮で話した内容の事もあり探るのをやめる。
思えば夜空の家に行くのは初めて、正確には二度目だがあれは玄関までしか足を踏み入れていない。
そして駅からバスに乗り数分、二人は夜空の住むアパートに辿りついた。
極々普通のアパート。夜空は十年前からそこに住んでいた。
「まぁ上がってくれよ。あぁ大丈夫。如何わしい物は隠してあるから目に付かない」
「まず隠すことをばらす時点でどうかと」
夜空の暴露した内容では、隠したという行動すら意味を殺していた気がする。
まぁいいやと、小鷹は夜空の部屋へと上がる。
「そういえば夜空のお父さんって、あのレッドフィールド社の重役なんでしょ? 普通に金持ちだよね? もっと良い暮らしできなかったの?」
「そこらへんは触れないでくれ。一応幼少期は良い所に暮らしていたんだけどな」
夜空の父親――三日月博士はレッドフィールド社お抱えの科学者である。
あの世界的天才科学者である志熊博士と共にしており、業界では結構な有名人なのである。
「そっか。まぁ色々あるよね」
「そうそう、俺の人生は色々……」
夜空が軽く返したその言葉は、やっぱり軽くではすませないレベルだったことは隅に置いておく。
夜空の部屋はアパートなので狭い。最大3人くらい入れる程度だ。
ベッドと勉強机、小さい地デジテレビやゲームが置いてある。
部屋は割と清潔で、そこは小まめなんだなと小鷹は思った。
そしてタンスの上に飾っていた写真。夜空の中学時代の写真だ。
そこには遊佐葵と他二人、そして人間じゃないというあの少女が写っている。
「……本当に人間じゃないの?」
小鷹は写真を手に取り、そう呟いた。
実はその姿を見るのは二度目の小鷹。
十年前に自分にちょっかいをかけてきた少女、だがあの時はなぜか歳相応の姿をしていた。
その行動にどんな目的があったのかはわからない。単にからかいに来たのか、ひょっとしたら報復だったのか。
その後写真の手前にあった、ケースに目をやる小鷹。
ケースを開けると、そこには綺麗な結晶のネックレスが入っていた。
「……綺麗だ」
「あぁ、あの女が残した物だ。今はそれだけしか残っていない」
そう寂しそうにいう夜空。
小鷹は伊勢神宮で大雑把に全てを聞いたので、もうそれ以上追及することはなかった。
そして数分、二人は夜空の部屋でごろごろ。特に何をするわけでもない。
「……せっかく部屋に招待したんだから、なんかすれば?」
「なんかって? え? お前ひょっとして俺となんかしたいの?」
「……あのさ、一応聞いておくけど。変なこと考えてないよね?」
「え? なんだって?」
「殴るよ」
「すいません」
流れるように会話をした後、小鷹は勝手に夜空の部屋を探索する。
さすがに分かりやすい所にエロ本等は隠していない。おそらく別の部屋にでも隠したのだろう。
「あ、このDVD」
「!?」
小鷹は一枚のDVDを見つける。
白いパッケージに、『パシフィッ○・リム』と書かれている。
最近出たばかりの映画だ。発売して完売状態が続いているが、夜空はきっと理科にでも頼んで焼いてもらったのだろう。
「せっかくだし、これ見ようよ」
「え? ちょっと待って! いやそれ中身が!」
なにやら焦りながら夜空は小鷹を止めようとする。
だが小鷹はすらっとDVDをセットし、そしてすらっとDVDを再生する。すると……。
「……うっ」
再生した瞬間、小鷹が顔を赤くして縮こまった。
そして後ろで、夜空が死を覚悟したような顔をした。
どうしてただの映画を再生しただけでこんな状況になるか、それはすぐに解決できる。
なぜなら再生した瞬間に二人の目に映り込んだのは……"ベッドシーン"だったからである。
それも普通に男女の裸が写り込んでいる。そう、パッケージに書かれているのはフェイクで、実際はあっち系のDVD。
年頃の男がよくやるカモフラージュであり、夜空はそれを隠す際に隙を作ってしまったというわけである。
「むっ!」
「うっ……」
すぐさま画面から目を反らして、小鷹は夜空を睨んだ。
その間にも、スピーカーから割と大音量で流れる卑猥な声。
なにやら画面の中で、『Oh……。セシボーンセシボーン』と言っている。
声だけ聞いて小鷹は身ぶるいをして、更に顔を硬直させた。
「……皇帝」
そして再び、夜空への呼び名が皇帝に変わった。
「……いや違うよ、パシフィッ○・リムにはそういうシーンg」
「あるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
夜空が適当に誤魔化したところで、小鷹は夜空の腹を思いっきり殴った。
当然小鷹は能力を使っているため、相当の衝撃が夜空に降りかかる。
「ぐほっ! いやそのさ、いやよくあるじゃ~ん。親とかに見つかったら大変だし、カモフラージュするじゃん?」
「だからといって女を家に呼ぶつもりならそれで隠したつもりになるな!! とんでもないもの見せやがってこのバカ!!」
「いやいや小鷹さん、最近のJKはそういうのを見ながらス○バで談笑するって聞いたが」
「しねぇわ! おめぇは最近のJKをどういった目で見てんだ! そんなJKが欲情しているような言い方すんなや!!」
小鷹はもう一回夜空の頭をバシンと叩く。
やっぱり下心があったのかと、小鷹は夜空への評価を改めた。
世界を救っただの一人の親友のために右往左往しただの色々かっこいい部分はあるが、根はただの下心丸出しのエロ高校生である。
「ったく、そんなにイチャイチャしたいなら星奈とすればいいじゃん。星奈ならいつでもOK言うと思うけど?」
「お前さりげなく肉の事Disってね?」
「それに、わたしなんて可愛くないし、胸も平坦だし。つい最近まで怪力で暴れまわってたし。法を犯してまで手に入れる価値はないと思うよ?」
そう、小鷹はネガティブに自分を評価した。
容姿といえば中の上程度。胸は小さいし料理は殺人的。なにをやってもどんくさいのに唯一力だけはすごい。
そんな女の子相手に、夜空のようななんでもできる男が靡くわけがない。
そう思っている小鷹に、夜空は素直に、真顔で口にする。
「え? 何言ってんのおめぇ。普通にかわいいじゃん」
「……殴るよ?」
「いやいや、バカにしてないって。なにが可愛くないだよふざけんじゃねぇぞ。普通にお前可愛いって自覚しろよ少しは」
「うっ……。褒めてもなにも出ないからね!」
珍しく女の子っぽくなる小鷹。
そんな彼女を見て、いつもなら夜空は笑ってからかう所だ。
だが、今日ばかりは。今のこの時間だけは。
夜空の状態は……何かがおかしかった。
「それに、手に入れる価値はないだとか。決めつけんじゃねえよ。俺にとってお前は、価値しかないのよ」
「ちょ、夜空いいかげんに……」
「確かに俺にとってのお前は、大切な友人で大切な仲間だ。今まではそれだけでいっぱいだった。転校してきた時も夏の時も、そしてそれから今に至る時間も」
「……ちょ、その」
「だけど、今わかった。やっぱり、俺の気持ちは十年前から……変わって無かったんだな」
そして、夜空は真剣な眼差しで……小鷹に告げた。
「俺は……お前が好きだ」
告白だった。
あっさりとした、だけどどこか重たい。
そんな夜空がした、小鷹への初めての告白だった。
こんな夜空に対して、小鷹は無言で顔を近づけた。
そして夜空の頬を両手で持って、顔を近づける。
「え? ちょっと小鷹、いくらなんでも展開が早すぎるって……」
そう浮かれている夜空に対して、小鷹は……思いっきり頭突きをした。
「いってぇぇぇぇぇぇ!!」
衝撃で思いっきり後ろにのけ反る夜空。
そしてそんな彼に対して、小鷹は涙目に叫ぶ。
「あほかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「え? えぇ!?」
「あほ! あほ! ふざけたこと言うなぁぁぁぁぁ!!」
そう荒っぽく叫ぶ散らす小鷹。
そんな彼女に対して、夜空は軽く落ち込み。
「……そっか、俺はお前にとって論外か」
「いや違う!! あなたわたしをからかってるんでしょ!? いくらなんでもそれは……そんな……こと」
「いや、正直俺自身もあっさり言えて驚いているんだけど……。めっちゃ本気なんだけど」
「うぅ……」
そこまで言われて、小鷹は事の重大さを理解した。
そう、今小鷹は生まれて初めて……男の子に告白されたのだ。
それは嘘でも何でもない。本当の気持ちが彼女を襲った。
「……本当に?」
「あぁ。お前を俺の物にしたいって本気で思ってるし。その……ぶっちゃけあんなことやこんなことをしたいって思ってるし」
「ぶっ!」
そんなことをぶちまけられ、小鷹は顔を真っ赤にする。
「もうそりゃイチャイチャしたいよ。さっきのDVDみたいにエロいことだってしたいよ。もうお前が時より見せる意地張ってる所やちょっとどんくさい所とかも、あぁもう可愛くてしょうがなかったんだよ。男心がくすぐられてしかたなかったんだよ。お前に怪力なんてものがなければとっくの昔に襲ってるところだよ」
「ま、ままま真顔で何言いだしてんの!?」
「確かに俺は巨乳が好きで、星奈と付き合っていたこともあるけど。色々波状してよ、てか波状ばかりよ。だからこそあの時は男して自分の恋ってものに嘘付いちまったなって後悔ばかりしてる。けど今回のは思ったほど本気なんだぜ? 十年前も入れれば、あの時の三日月くんは間違いなく……羽瀬川小鷹に一目ぼれしてたって俺が保障する」
「だ、だってあの時あなた、毎日のようにわたしにひどい目合されてたでしょ? え? あなたってドMなの?」
「なにぃ? 俺は魔性のドSとしてお前を攻めに攻めたいよ!!」
「死ねや!!」
もう恥ずかしいことを並べに並べて、夜空は小鷹への思いをぶちまけた。
「正直初恋の女の子に十年越しで会えてよ、その上十年前の約束を果たしてハッピーエンドに終わらせてよ。親友も約束も恋心も全部一人占めだ。もうこんなものは"奇跡"としか言いようがない! だからこそ俺は……この奇跡を本物にしたいんだ!!」
「そ……そんなこと……」
「周りに気を使って親友の関係で留めるとかふざけるなよ。俺は俺に従う、そんな欺瞞を優しさなんて言葉にとどめたりはしねぇ!!」
そう、夜空はなんだかもう恥ずかしいとかそういう無駄な感情を抜きに、己の全てを小鷹にぶつけた。
そんな彼の真意に、覚悟に、想いに。どう向き合っていいかわからなかった。
「……でも、仮に私とあなたが付きあったとして……大切な友人関係に……ひび入ったり……しない?」
「はぁ? お前はどこに心配してんだよ。そんなこと言ってたら人はラブコメなんて出来ねぇだろうが。それによ……そんな程度で友情を放り投げる奴なんざ、そこまでなんだよ」
「夜空……」
「友情ってのは身近で、だからこそ固くて信頼できる。だからこそ難しい。その関係に依存だとか気づかいだとか……そんなもん抱いちまった時点で友達じゃない。それはただの仲間だ」
「仲間……」
「確かに星奈も、幸村も、理科も……全員が友達だ。仲間であるのも確かだがそれ以上に友達だ。だから俺は……ずっとそいつらのことを"信じている"。"信用"している。"信頼"している」
そう夜空は熱く語る。
彼にはもう小鷹だけではない、多くの人間が……彼を信じ、友達としていてくれる。
だからこそそんな人たちに夜空ができることは、信じ切ってあげること。
そして時には励ます。時には手を差し伸べる。間違ったのなら正す。わからないなら叱る。
そう、仲間には容赦が必要だが、友情には容赦がない。ぶつかりたいならぶつかる。そして互いの友情を磨く。
それが夜空の考えだった。だからこそ夜空は周りの人たちの気持ちに見て見ぬふりはしない、全てを受け入れ……そして全てを委ねる。
三日月夜空は全てを手に入れ、そして自らを全てに捧げる。
「だから、俺は容赦しない。お前を手に入れたら周りが崩壊するだとか、そんなこと思ってたら結局は"どちらも失う"。全てを手に入れるために、俺は全てを信じる」
「……やっぱり、夜空は強いね」
「あぁ、俺は強いよ。でも……それ以上に僕は弱い」
それが、夜空の言った答えだった。
強さの傍らに弱さあり。だから強さで全てを支え、弱さを誰かに支えてもらう。
そんな夜空の言葉に、小鷹は徐々に……彼への気持ちを膨らませる。
「ってことで……小鷹」
「……なにさ?」
「俺と今晩……一夜を共にしてください!!」
「バカかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
夜空のマジなぶっちゃけに対して、小鷹は小鷹の胸倉を掴み、思いっきり拳をあげた。
殴られると思った夜空は、目をつぶって防御態勢に。
そして、小鷹は拳を振るう……事はせず。
思いっきり夜空を自分の方に引きよせて……そして……。
「……うっ」
夜空は唇に感じた違和感と同時に、目を見開く。
そう、二人の唇が重なり合う。小鷹は夜空にキスをした。
そして数秒後、小鷹はやってしまったというくらいに顔を赤らめて、そして泣きだした。
「……うぅ……うぇえええええええええええん!!」
「小鷹……」
この光景を、夜空はどこかで見たことがある。
あの日と同じだ。夜空が初めて小鷹に友達になろうと声をかけた時。
その時と同じ涙を、小鷹は目から流したのだ。
「怖い……怖いよぉ。だってわたしだってあなたが"大好き"で、でももしあなたが誰かに奪われた時、わたしはまたこの力を暴走させる。そうなったら……わたし……は」
「小鷹……そりゃねぇよ。だってすでにお前のその力は……お前のものになってる」
「うぅ……ふぇぇ?」
「お前のような能力を持つ人間はたくさんいて、お前のように悩む物もたくさんいる。でも一度乗り越えてしまえば、大人になるにつれその力は消えていくらしい。って……父さんが言ってたよ」
「……でも、わたしはヤンデレだよ?」
「最高じゃねぇか。殺されるほど好きな奴に愛してもらえる。なんて贅沢だ。俺は幸せ物だ」
そんな小鷹の悩みさえ、夜空はポジティブに吹き飛ばした。
これにより、互いが相思相愛であることがわかった。
そう、二人の気持ちは今……一つになったのだ。
「というわけで、よろしくな……」
「うぅ……。ったく、しょうがないな……」
「まずは星奈に言わないとな。認めてもらう必要がある。けどあいつなら……己の能力にも屈することのなかったあいつなら、乗り越えてくれると信じている」
明日、二人は星奈に全てを話すだろう。
そして見届けてもらう。支えてもらう。
星奈にもなんかがあったら、今度はこっちが支えてあげる。
なにせ三人は……親友同士なのだから。
「さてと、したら今夜は……一緒に寝ようぜ?」
「夜空……」
「……冗談冗談。さすがに午後八時か、お前の妹も心配している事だし、帰った方がいいな」
「そうだね……」
そう言って、小鷹は帰りの身支度をする。
そして玄関での去り際、小鷹は夜空にこう告げた。
「夜空……」
「なんだ?」
「確かにわたしたちは付き合うけど、"この学校に通っている間は"変なことはしないからね」
「わかったわかった……ん?」
最後に小鷹が、なにやら遠回りにそれを言った気がする。
小鷹は最後に顔を赤らめて、夜空に言う。
「だから。卒業したら……覚悟しておいてね」
そう吐き捨てて、小鷹は去って行った。
十二月二十五日、夜空は大きくその一歩を前進した。
彼の残っている物、彼の未来が見えて気がする。
他者のために、世界のために。そう思ってけして自分のためには動かなかった三日月夜空。
そんな彼が今日、初めて自分のために大きな行動をしたのであった。
「……よっしゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
小鷹が帰って数分とした所で、彼は一人家の中でそう叫んだという。
11人目は主人公の一人、羽瀬川小鷹です。今作では女の子になってますね。
話の内容としては9巻と7巻、ぽーたぶるや実写版はがないの要素が入っています。
今まで小鷹のために動いてきた夜空が自身のために未来を踏みだし、そして小鷹自身の成長の結果ともなっています。
いよいよ終わりが近づいて来ました。最後までよろしくお願いします。