はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
九月某日。
「え~。もうすぐみんなが待ち望んでいた林間学校です。遊びに行くわけではないのに浮かれ過ぎないように~」
聖クロニカ学園中等部二年二組の教室にて。
担任の先生が黒板に日にちや大雑把なスケジュールなどを書きながらそう生徒達に告げる。
九月の秋真っただ中、もうすぐ生徒達が楽しみにしていた林間学校がある。
遠夜市から数時間バスで移動した先にある『遠夜森林公園・夜人の家』という施設にて一泊二日で行われる。
この行事は夏休み前から告知がされており、二年生にとっては中等部最大の行事の一つである。
夏休みが終わってから最初の行事、生徒達は林間学校へ向けて盛り上がりを見せていた。
「うちめっちゃ楽しみ! 先生おやつにバナナは入りますか~?」
「入りません。みなさん余計な物は持っていかないように」
おちゃらけて質問する生徒をそう笑顔で軽くあしらう先生。
その他周りでは夜部屋でトランプするとか、肝試ししようだとか色々と聞こえてくる。
そんな和気藹々な状況の中、一人だけ浮かない顔をする生徒がいた。
その生徒、他の生徒達に比べ明らかに浮いた容姿をしている。
格好こそは学校指定の制服であるが、目の色は左右異なり、その髪の毛は美しい金髪をしている。
そう教室の隅の席にいる少女の名は――羽瀬川小鳩。
「小鳩様小鳩様~!!」
そんな小鳩に様付けで寄ってくるのは、数人の男子と女子。
それに対して小鳩は、大した興味もなさげ。というかあまり関わらないでほしいと少し怯えた顔をした。
小鳩はあまり親しい人とはおしゃべりをしたがらない、教室ではあまり人と関わろうとせず話しかけられても自分の世界に入ってしまう傾向がある。
だがそんな小鳩に対してもクラスメートは親しげに話しかけてきたり、尊敬心を抱いたりしている。
それは前に小鳩が教室に湧いて出たゴキブリをなんの抵抗も見せずに自分のサンダルで叩き殺したという出来事にあった。
みんなが怖がるゴキブリに対していっさいの恐怖を見せない小鳩。そしてゴキブリを殺しついた異名が『魔界王』である。
だがそんな魔界王ではあるがゴキブリは怖くなくても他人が怖い。だがそんなことなどお構いなしにクラスメートたちは小鳩と触れ合おうとする。
「……どしたの?」
「相変わらず暗いなぁ小鳩様。いやそこはクールだと言った方がいいのかな~」
「そやで! 小鳩様はクールなんやで!!」
と、小鳩本人はうざったそうに答えただけなのに、陽気な中学生たちはそう小鳩を持ち上げる始末。
別に自分から進んで目立とうとしたわけでもないのに、今となってはクラスのマスコット的存在。
小鳩には姉がいるが、あちらはというと破壊王であり、それも名の通り正真正銘の破壊王で恐怖の存在となりはてている。
そこは容姿の違いというのか、それとも人を引き付けるなにかを元から持っているのか、姉と違って待遇は段違いに良い。
無論小鳩からすれば迷惑極まりないことなのだが、それを口に出して断る勇気もなく、小鳩は流れるままマスコット扱いに甘んじている。
「小鳩ちゃんは林間学校楽しみじゃないの?」
「……クックック。我のような高貴な存在には、そのような戯れを楽しむ心など持ち合わせてはいない」
言い方はどうあれ、小鳩自身は本当に楽しみなどではない。
元から他人が苦手で、今回の行事も人と楽しく一泊二日の林間学校。
どちらかというと一人が好きな小鳩からすればたまったものではない。
「おぉ! やっぱ小鳩様はクールや! 大人や!!」
そんな小鳩の事情などいっさい知らずに、男子生徒の一人は小鳩をそう褒め立てた。
それを聞いて小鳩はまた苦笑い。普段のレイシスモードも、中学生の勢いには勝てはしない。
「浮かれてばかりじゃ危ないってことだね。小鳩ちゃんの言う通りかもしれない、ありがと小鳩ちゃん!」
「う……そういうわけじゃ……」
小鳩自身はかっこよく言ったつもりでも、他の生徒には真面目に捉えられてしまう。
もうすぐ十四歳の中学生だというのに、外見、そして内面も子供っぽく。それが小鳩のコンプレックスでもあった。
こうやって幻想の力に頼らなければ何もできないのも事実、そしてそういう存在であると妄想することが小鳩にとって楽しいことでもあった。
だが、このレイシスという架空の力を妄想する理由は他にもある。
それは、小鳩とは違い"本物"の力を手に入れた姉の羽瀬川小鷹。
その姉の壮絶な過去を完全に理解しきれていないことに対する過ち。
そして心の隅にある、姉の力に対する憧れ。
それらが、小鳩を中二病を確立させた理由だった。
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「……行きたくない」
その日家に帰り、夜ご飯を食べながら小鳩はそう漏らす。
それを聞いて、向かいに座っている姉の小鷹が呆れ顔をした。
「そんなこと言って、せっかくの楽しい行事なんだからもう少し明るい顔したらいいじゃん」
「楽しくなんかないもん。なんでそんなめんどくさい行事に参加せないかんのじゃ」
そう言いながら、ちょびちょびとおかずに手を出す小鳩。
「……仮病使って休んじゃおうかな」
「小鳩~」
そうずるい考えを口に出した瞬間、小鷹が小鳩を軽く睨む。
その時の小鷹の目は、時より見せる赤色に変色していた。
そんな小鷹を見て、小鳩が軽く竦む。
「……ごめんなさい」
「よしよし」
反省の色を見せる小鳩に、小鷹はうんうんとうなずいた。
「家にいても姉ちゃんが怖い……」
「軽く傷つくこと言わないでよ」
「てか、その眼の色を紅くするのどうやるん?」
「わかんないよ。少し前までは本気でキレた時にだけ紅くなってたんだけど、今は怪力を絞り出す際に紅くなるようになっちゃったんだよねぇ~」
そういたって普通の事のように、小鷹はご飯を食べながら呑気に言う。
当然目の虹彩色が変化すること自体あり得ないこと。だが小鷹は何かしらの条件で普段の黒目が紅くなる体質を持っている。
そして小鳩の右目も赤色なのだが、こちらはカラーコンタクトを使用している。
そんな小鳩とは違って、小鷹の場合はそんなものを使わなくても目を紅くすることができてしまうのであった。
「ま、レイシスさんから言わせれば、能力の発動を意味するってやつなのかもしれないね。ははは」
「クックック。我が本気になればこの右目は七彩色に変化するのだ」
「その調子だよ。そう……こんな全部を壊す力なんかより、人と接しようとする勇気の方が……よっぽど有意義で強い力なんだよ」
「姉ちゃん……」
最後にそう呟く小鷹の言葉を、小鳩は内心では強く受け止めていた。
確かに小鷹は、小鳩の憧れる能力的な力を少なからず持っているかもしれない。
だがそんな姉がこの数年間苦しみ悶える姿を、何度も何度も見てきた。
もし自分に、姉のような怪力が手に入ったとしたら、今自分は何を思い、どう過ごしてきただろうか。
精神的には未熟な小鳩でも、そう考えてみたことくらいはある。その結果、想像だけでは導き出すことができないくらいの不安に駆られた。
だからこそそれとここまで付き合ってきた姉を、小鳩は心から尊敬してきた。
今は三日月夜空のおかげで、怪力はなりを潜めている。よほどのことさえなければ怪力は発揮されないようにまで落ち着くようになった。
「姉ちゃん……」
「ん? どうしたの小鳩?」
「その……。よかったね、怪力無くなったんやろ?」
「無くなったわけじゃないんだけどね。だけどこう……箸を握っても折れないし、机を叩いても壊せない。今まではごくごく普通に出来ていたことができなくなっただけで……」
そう語る小鷹の表情は、本当に穏やかで優しい表情をしていた。
その瞳も、今までは希望すらないように濁りきっていたものが、今では光を宿し希望を見ていけるようになった。
本当に意味で、小鷹は救われた。それは小鳩からしてもうれしいことこの上なかった。
「林間学校……がんばってみる」
「お、がんばってね」
「うん!」
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そして林間学校当日。
「う~」
「小鳩ちゃん、なんか寝むそうだよ?」
「クックック。我は夜を生きる者、太陽がない時に活動せずには生きていけない」
「そっか、楽しみで眠れなかったんだね~」
そうクラスメートのミキが勝手に解釈する。
確かに小鳩は夜更かしをした。だがけして林間学校が楽しみだったわけではなく、深夜アニメをみたせいでである。
先生も林間学校の前日はちゃんと寝るようにと言っていたのだが、小鳩は案の定約束を破った。
朝小鷹に叩き起こされ(10%ほど怪力を使用)、こうして学校へと送り出された。
バスの中ではクラスメートが色々とおしゃべりをしていた。
中ではしりとりをやったり、トランプをしたりしている人もいた。
そんな中で小鳩はただただ黙っている。隣にいるミキともしゃべることはしない。
というより……。
「……うぅ」
「どうしたの小鳩ちゃん?」
「く……クックック。ちょっと我が体内にある闇の力が漏れ出しそうに……」
「車酔い!? 大丈夫!?」
「う……」
まさしくその通りで、小鳩はコクンとうなづいた。
その後先生からビニール袋を貰う。だが吐いたら色々とはずかしかったので小鳩は必死に我慢した。
「お、収まれ我が闇の力……うぅ~」
「無理しなくてもいいよ小鳩ちゃん、別に小鳩ちゃんが吐いても私は小鳩ちゃんをゲロインだなんて言わないよ」
「う……。なんか言葉に棘があるような……」
「気にしなくてもいいよ。あたし図書館でかわいい女の子がゲロ吐く小説読んだもん! その時あたし思った。小鳩ちゃんのような可愛い女の子でも時には口やケツから汚物を撒き散らすんだって!!」
「頼む、お前少し黙ってくれへんか……」
どうにもミキの言葉が何かに刺さり、小鳩は後半聞いていられなくなった。
そんなピンチを乗り越えて、ようやく林間学校の舞台である夜人の家にたどり着いた。
生徒達は疲れたとばかり腕を伸ばしたり、さっそくトイレに行ったりと慌ただしかった。
そんな中小鳩も当然トイレへ、ただし解放しようとするミキの心遣いは丁重に、というか半分乱暴に断った。
その後記念撮影を終えて、生徒達は夜人の家の中へと入る。
そしてその中にある大広間へと集められ、地元の人の話などを聞く。
その後、本日一緒に参加する高校生の面々。その代表の生徒が前へと出る。
「なんか今回、地元の高校生との交流会とかやるんだって」
「クックック。愚かな人間同士が集まろうとも我は人間に心を許したりはせぬぞ」
「そっか。高校生の勢いに負けちゃだめってことだね小鳩ちゃん!」
「お前さっきから私の言葉勝手に解釈しちょるけどやめてくれへんか? ものすっごい恥ずかしいんやけど……」
そうミキに抗議する小鳩だが、ミキは「えへ!」と笑って返した。
小鳩はそんなミキに軽い怒りを抱きながら、いざその高校生の代表の挨拶が始まる。
「――え~みなさんおはようございます。この日この場にみなさんで集まれたこと、私は光栄に思っております」
と、透き通った美声で挨拶を交わすその高校生。
始まりから中盤までは、大して変わったこともないごくごく普通の内容。
だがそのどこか魅力的な声に、盛んな生徒達は聞き入っている。
その容姿も、気品のある顔立ちをしている。綺麗で長い黒い髪は、後ろで団子状にまとめている。
どこか人に好かれやすそうな感じの雰囲気を持ったその少女は、淡々と紙に書かれていることを口にする。
「この近くにある山は長い歴史を持ち、市民に長く愛されています。熊が出たりするという噂も聞きますが、私が前日入りして軽くやっつけておきました」
そう言ってその少女は軽く笑いを取る。
熊が出るという話はあるが、生徒達が登山をする場所は新入禁止区域外であるため安全である。
当然小鳩からすれば熊など怖くはない。なにせ出るわけがないからである。
そんなこんなで挨拶は終わり、生徒達は休憩時間へと入る。
そして午後一時、午後四時までの登山がはじまる。
小鳩が林間学校を嫌がった理由の一つでもあるこの登山、体力の少ない小鳩からすれば地獄。
9月に入ったとはいえ夏の暑さがまだ残る外の気温は晴れ、登る前から汗がにじみ出る。
「ただ山に登るだけなんて、なんでそないなことしなきゃいかんのじゃ……」
「小鳩ちゃん、山登り楽しみだね!」
「お前の頭の中はどうしてそんなにお花畑なんじゃ……」
相変わらずミキは小鳩の苦労など知ったことなく前向きに言葉を交わす。
他のクラスメート達の中には自分と同じくめんどくさがっているやつもいる。が、大半は意気揚々としていた。
中にはこんな悠長なことを言い出すクラスメートもいた。
「小鳩様は山を前にしても余裕やな!」
「当たり前だろ! 小鳩様は魔界におられるんだ! 魔界にはきっと富士山よりも高い山があったに違いない」
あるわけねぇだろ、と小鳩は心の中でツッコミを入れる。
へこたれたくても自分は魔界王小鳩様、変に期待を抱かれ情けない姿を見せたくても見せられない。
「く……クックック! こんな山など魔界城の百分の一にも満たぬわ!!」
「さっすが小鳩様!!」
そう決めポーズを決めた後、小鳩はよくよく考えなおしがっくりと肩を落とした。
気持ちだけではなにもできない。いざ山に登り始めると最初の地点でもう足が震えだした。
途中ミキやハルコなどのクラスメートに助けてもらいながら、なんとか中間地点まで。
「はぁ……はぁ……」
「小鳩ちゃん大丈夫?」
「く、問題ないわ……」
「そうだよ小鳩ちゃん! いざって時は空中を飛べばいいんだよ! 小鳩ちゃんならできるんでしょ!?」
「お前こんな時だけ設定に遵守せんでええねん。飛べるなら最初から飛んでるわこのアホ……」
疲れ果てていたからなのか設定とつい返してしまう小鳩。
ミキと話すとなにか疲れる。だが一方的に関わってくるのはミキの方なので別に小鳩が悪いわけではない。
「う……」
中間地点目前。
あまりの疲れに小鳩がのけぞる。
そしてドサッと倒れる済んでで、何かの感触が小鳩を受け止めた。
「大丈夫かお前さん?」
そう小鳩を受け止めたのは、先ほど代表の挨拶を任されたあの少女だった。
少女はよいしょと小鳩を座らせ、調子を尋ねてくる。
「なんだなんだ、疲れてしまったのか?」
「く、疲れてなどおらぬわ」
「くはは強がるな強がるな! 疲れが顔に出ているぞ~」
そう陽気に小鳩の頭をなでる少女。
先ほど挨拶をしていた時とは雰囲気ががらりと違い、彼女の明るさがよく表に出ていた。
「こ、このくらいの山など……って、あれ?」
そう強がって見せ、小鳩は立ちあがろうとする。
その時、小鳩はある異変を感じた。
ついさっきまで立って歩くのも辛かったはずなのに、それが嘘のように疲れが吹っ飛んでいる。
おかげかあっさりと立ちあがった。まるで山に登る前の調子、いや……それ以上に調子が良い風にも感じた。
「な、なんやこれ……?」
「くはは。なんだ元気じゃないか」
「え? だってさっきまで……」
「くはは、"魔法"をかけたのさ。じゃあ先に行っているぞ、お人形さん」
そう言って、少女は先を行ってしまった。
そんな彼女を、小鳩はきょとんと目を丸めて見ていた。
「大丈夫小鳩ちゃん?」
「う、うん。なんかものすごく体が動く……」
なにがなんだかわからないまま、小鳩も山に登り始める。
そして中間地点にて、クラスメートらはお昼御飯を食べ始めた。
今いる中間地点では外の景色がよく見たわせ、風通しも良い。
今回は頂上までは行かず、あとは下山するのみ。
今の小鳩の調子だと、下山に関しては問題なさそうだった。
「これ全部小鳩ちゃんが作ったの?」
「クックック。料理など造作もない……」
小鳩が持ってきた弁当は、小鳩自身が作ったもの。
というか家では小鳩しか料理ができない。姉に料理をさせればそれはダークマターに変貌してしまう。
それが嫌だったので小鳩は頑張ってお弁当を作ったのであった。
「にしても小鳩ちゃん、急に顔色が良くなったよね? 後半はわたしの方がついて行くのに必死だったよ」
「クックック。我には急速回復の術があるからなぁ~」
とかっこつけては見たものの、別に小鳩自身がそんな術を使ったわけではない。
むしろ、先ほど小鳩が倒れるのを受け止め、軽く頭を撫でた少女。
あの少女が頭を撫でたとたん、小鳩の疲れは急激に吹き飛んだ。
まるで、小鳩が先ほどかっこつけた急速回復の術を、使ったかのように。
「……ちょっとあっちいっちょる」
そう小鳩はその場を離れた。
周りを見渡すと、少し離れた所に先ほどの少女はいた。
見たところ自分の学校の中学生や、高校生たちと楽しく談笑していた。
あらゆる生徒達に囲まれるその姿は、自分とは打って変ってまさしく中心人物。
たくさんの友達の輪の中心にいるカリスマ的な姿を、小鳩はただ遠くから見ていることしかできなかった。
「会長は相変わらず元気っすね~」
「いやぁ流石はうちの高校の生徒会長だ。この程度の山登りじゃびくともしないんっすか?」
「くはは! 当たり前だろう。私はなにせ"人間じゃない"んだからなぁ~」
「ははは、冗談言って~」
と言った会話が聞こえてくる。
先ほど小鳩を助けた少女は、そんな"冗談"を言っては話を盛り上げている。
そんな少女に、小鳩は自分を比べてしまう。
容姿に関しては同レベルの美少女、そしてその冗談も自分と似た要素がある。
だが、どうしてこうも遠いのか。
なぜ、どうしてこうも違うのか。
抱く思いはそれだった。あっちはたくさんの人に囲まれ笑顔を振舞っているが、自分は関わってこようとする人たちから逃げようとしている。
その違いは、小鳩が抱く幻想の力など割り込むところのないくらい、見せつけられた力の違いだった。
それこそが本当に力、形となった目に見える力であり、妄想とは全く違う。
「……リア充め」
小鳩はそう呟いて、その少女の元を離れた。
「……おや?」
「どうしたんです会長?」
「……ふっ」
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その日の夜。
夜ご飯はカレーであり、一緒に参加している高校生たちが盛りつけをしている。
ここでは交流会のようなものが行われており、生徒達はそれぞれ身近な友達や、中高生同士でスポーツや音楽の話などをしていた。
その際小鳩にも何人かの高校生が「あの子ガチで可愛くね?」「お人形みたい~」と言ってやってきたのだが、小鳩の怯える姿を見て「おいいじめんなよ~」など言っては去って行った。
小鳩は結局今日色々と一緒になっているミキやミキの友達の輪にくっついてカレーをちょびちょび食べていた。
「小鳩ちゃんカレーおいしいね!」
「クックック……とんこつラーメンの方がいい」
「そっか、脂っこいもののほうがいいってことだね!」
「いや、今のは素で言っただけなんだが……」
どうやらとんこつラーメンのくだりもいつものレイシスモードだと思われてしまったようだ。
そんなどうしようもない会話をしていると、一人の少女が小鳩の元へとやってきた。
「やあ、昼間のお人形さん」
そう言葉をかけてきた人物は、山で小鳩に"魔法"をかけた少女。
その少女は小鳩に物珍しさを抱くようでもなく、ただ気楽に話しかけてきた。
「あ、あの時の……」
「どうやら無事下山できたようだな」
「あ、ありがと……ござます」
ここはお礼を言っておかないといけない、小鳩は咄嗟にそう思った。
普段はお礼を言うのも躊躇するのだが、どうもこの少女は色々と物言いしやすい雰囲気を出している。
温和というかなんというか、それが人が元から持っているカリスマ的オーラなのかは定かではない。
「くはは。人にお礼を言えるやつに悪いやつはいない! 良いことだ」
「ぐ、クックック。この我に感謝されることをありがたく思うと良い」
「おっ。なんか急にしゃべり方が変わったな~」
普通の人ならば気味悪がるところだろう、だがその少女は大らかに小鳩のレイシスモードを受け入れた。
「その右目が赤いのは、なにか理由があるのかい?」
「クックック。我はレイシス・ヴィ・フェリシティ・煌。千の時を生きる吸血鬼、この赤は真祖の証拠ぞ」
「くはは! 吸血鬼ときたか……」
どうにもその少女、小鳩のレイシスモードにたいしノリ良く対応している。
まるでそれは楽しんでいるかのように、少女は言葉を交わす。
「ということはその小柄な容姿は、吸血鬼の能力で歳をとっていないから……なのかな?」
「クックック! 話のわかるやつだ!!」
と言うが、実際は夜更かししすぎなだけである。
だが小鳩の設定と非常にマッチした部分でもあるため、どうにも言えないのが現実である。
「ふ~ん。この私もさすがに吸血鬼には会ったことがないな」
「クックック……」
「まぁお互い"人間ではない者同士"、仲良くしようじゃないか。握手握手」
そう言って少女は小鳩の手を握り上下にぶんぶん振った。
どこかその物言いは小鳩と似た部分がある。
中間地点の時、そして今とこの少女は「人間じゃない」などと豪語している。
小鳩からしてみれば、高校生にも自分みたいのがいるんだなと、少し安心してみたりもした。
「あの物からも、どこか特殊な力を感じる」
同志に会えたような喜びを感じながら、小鳩は少女を見送る。
と、今まで他人とかかわろうとしなかった小鳩だったが、その少女に対しては恐れを抱くことはなかった。
そういう雰囲気に加え自分に話を合わせてくる。こうやって友達を増やしていくのだろうか。
「……人間じゃない者同士……か」
どこかその言葉が嬉しかったのか、小鳩はここにきて初めて、素の気持ちで笑って見せた。
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翌日、自由時間にて。
「だめやって! 先生に怒られるよ~」
「ちょっとだけだよ、なぁ?」
クラスメートたちがなにやら揉めている。
それに気がついたミキは、小鳩を連れてなにをやってるのかを聞きに来た。
「どしたの?」
「シンヤくんがあっちの危ない森の方へ探検しようっていうんや」
「いいじゃねぇかよ、危なそうならすぐ戻るし」
その危ない森というのは、熊が出ると噂の進入禁止区画。
当然事前から危ないから近寄らないようにと釘を刺されている。
「小鳩様も興味あるでしょ? 未知の領域だぜ?」
そうシンヤは小鳩にその話題を振る。
未知の領域、小鳩はそう言われ中二病がくすぐられる。
「クックック。おもしろそうではないか」
「小鳩ちゃん、危ないよ~」
「熊など出るわけがない。それに魔界では熊よりはるかに怖い化け物と相対してきたわ」
「そうこなっきゃな!」
こうして小鳩たち四人は、進入禁止区画へと足を運んだ。
運よく見張っている人はいない。今の内だとシンヤを筆頭に、小鳩、ミキ、ハルコの四人はその森へと入っていく。
その四人を、遠くで一人少女は見ていた。
「……お盛んだな、くはは」
自由時間はまだある。
森に入って十分程、かなり遠くに来た所で。
「ちょっと、奥まで来すぎたかな……」
「シンヤくんもう帰ろって~」
「確かにちょっとやばそう。なんかでそう……」
シンヤ自身、そして他の二人も徐々に不安が滲み出てきた。
小鳩も強がってはいるが、内心では少し怖くなってきた模様。
「確かに、撤退するなら今かもしれぬ」
「そうだな、したら帰るか……」
と、四人が引き返そうとしたその時。
「……ねぇ、なんか聞こえない?」
「え? なんも聞こえないって……」
突如、重くのしかかるものが小鳩達の耳をつんざくように聞こえた。
「な、なんかの泣き声……」
「こ、怖いこと言うなって!!」
そう、シンヤが叫んだ瞬間。
ちらりと森の奥に、見たくないものの影を見てしまった。
「ちょ、あれ……って……」
「おい、嘘だろ」
「ま、まさか。出よった……?」
これには小鳩も腰が抜けそうだった。
四人は見てしまったのだ。出没注意の……熊を。
「や、やばいって。死んだふりっ……」
「馬鹿っ! 本当に死にたいの!!」
「だって!」
逃げようにも、あまりの突然差に足が思うように動かない。
徐々に全員の目から涙が出始める。小鳩も、恐怖でぐずり始めた。
「そ、そんなまさか……」
完全に熊がこちらを見ていた。
逃げ出そうとしたら追いかけてくるだろうか、でも動かなければどの道食われておしまい。
絶体絶命、と……その時だった。
突如小鳩達を庇うように、一人の少女がこちらにかけよってきた。
「君たち早く逃げたまえ!!」
「あ、あんたは……」
そう、その少女とは昨日の人物。
黒髪をお団子状にまとめた生徒会長。
その彼女が今、小鳩達に逃げるよう必死に促す。
「早くしろ! 私に注意を向けさせる!」
「え、でも!!」
「いいから!」
と、そう叫んだ時だった。
熊が勢いよくこちらに向かってきた。
「ひぃーーーーー!!」
「早くしろ! 逃げることは負けではない!! ここは私が!!」
そう少女が叫ぶ。
そして叫ぶと同時に少女が熊に襲われる。
なんとか抵抗するが、熊の力は強く少女の首元を噛みつきだした。
「そ……そんな……」
「何をしている! 早く……逃げるんだ!!」
その少女に促され、小鳩は目に力を入れた。
他の三人は腰が抜けて動かなくなっている。
だが逃げなくてはならない、このままでは全員死んでしまうかもしれない。
「に、逃げるんや!!」
「こここ小鳩ちゃん、あたし怖くて……」
「早く!! 死にたくないなら……逃げるんやバカたれーーー!!」
そう小鳩が叫んだ後、他の三人もその叫びを受け、改めて現実に目を向ける。
そして必死に逃げる。今だけは逃げることだけを考えた。
今自分達を逃がしてくれる少女の事なんて考えなくてもいい、ただ今は……逃げることだけ。
それが小鳩の選択する力であり、滑稽でも……それが正しい選択。
「く……はは。それで……いい……」
そして熊に噛まれた少女は、爪でズタズタに引き裂かれ、見るも無残な姿へと変貌した。
だが小鳩にはその結果を見定める意識はない。ただ逃げた。逃げ続けた。
そして熊が見えなくなった所まで走り、力が全部抜けたように膝を地に付ける。
「はぁ……はぁ……」
小鳩はなんとか意識を保つ。
他の三人は、ここまできてあまりの出来事に意識を失った。
あともう少しすれば出口。ここまでくれば熊は来ることはない。
「……お姉さん」
そして後ろを向いた時、改めて小鳩は、昨日のお姉ちゃんが熊に襲われた現実を認めた。
恐らくあれでは助からないだろう。結末を見ていなくても、後ろで起こっていたことの音などで全てを察した。
「う……うぅ。そんな……なんて……ことを……」
思わず小鳩は泣いた。
もうレイシスになって強がることもできずに、ただ現実の悲惨さを憎みながら。
「そんな。仲良くしようって。うち……友達になれるかもって……」
そう、小鳩は後悔のあまり泣いていた時だった。
「吸血鬼ちゃん。何がそんなに悲しいのだ?」
「うぅ。うちらがこんなことさえしなければ……」
と、話しかけられた何者かに後悔を打ち明けていた時。
その聞き覚えのある声に、小鳩は思わず目を見開いた。
そして硬直した。ゆっくりと顔を上げる。
するとそこには、あり得ない人物がいた。
「……え?」
「くはは。どうしたのだ吸血鬼ちゃん? そんな泣きじゃくって……」
そう。
そこにいたのは紛れもない。
さきほど熊に襲われていた。生徒会長の少女だった。
「……なん……で?」
「あ~あ。いやぁ死ぬほど痛かったぁ。あまり危ないことをしては駄目だぞお前さんたち」
「いや……痛かったって……」
「まぁあの程度の傷ならば"再生"可能だし。なんの問題もなかろう」
この時、小鳩には少女の言っている意味がよくわからなかった。
傷を……再生。よく小鳩が口にする言葉ではあるが、この際にはまったく意味がわからない。
「どういう……こ……と……?」
「くはは。やっぱり歳相応の妄想癖だったか。あれか? お前さん中二病ってやつだな? カラコンまでつけてかっこいいなぁ~」
「……え?」
「まぁこの場合私の方が異形なのだろうなぁ。泣かせてしまってすまなかったな。私はこのくらいじゃあ死なない身体で出来ているんだ。これがな」
そう、至って普通に言う少女。
あれほどの傷を何もなかったかのように再生、そして死なない身体。
「……お姉さん、何者?」
「言っただろ? 私は"人間じゃない"んだ。でも、吸血鬼というわけでもないし、精霊? それも違うなぁ。なら私という存在はどう現わせばよいのだ?」
「人間じゃ……ない? だって、外見はどう見たって……」
「人の形はしているがな。今は"日高日向"で通っているが、いろいろ事情はあるのだ。くはは」
そう言われ、小鳩はがくがくと体を震わせる。
そんな、小鳩が良く見ているアニメのような、空想の存在が今……目の前にいる。
そう、この少女が言っていた「人間じゃない」というのは、冗談などではない。
本当にそのままの意味であり、彼女は熊に襲われた程度では死なないし、傷もすぐに再生する。
「そんな……ことって……」
「君が憧れるような存在というのは割と身近にいるものさ。最も私は特殊の中の特殊だがな」
「……お姉さんは、本物……なん?」
「ま、あまり一般人に見せていいものじゃなかったんだけど、この場合は仕方のないことだよね」
「……」
小鳩にはまだ色々と疑問に持つべきことがたくさんある。
だが今の自分の精神状態では詮索などできたものではない。
だからこそ小鳩は無理やり認めた。受け止めた。
目の前にいるのは自分が憧れた幻想そのもの、正真正銘の異形なのだから。
「……それで、うちは……うちらはどうなるん?」
「くはは、当然このようなものを見られてただで帰すわけにもいくまい」
「……まさか、能力でうちらを抹消したり……?」
「できなくはないが、それでは君達があまりにも可哀そうだ。だから消すのは記憶だけだ。そう怯える必要もない」
「記憶を……消すって……」
もはやここまできたら笑うしかなかった。
むしろ光栄にすら思えてきた。自分が夢見ていた空想の世界、その断片を味わえたのだから。
まさに今、吸血鬼である自分が未知の存在と相対しているような、そんな感覚すら覚えたという。
「……痛くない?」
「一瞬だよ。だから変に抵抗しなくてもいい」
そう言って、少女は柔和にほほ笑んだ後、スっと目を見開いた。
その眼の色は少女の普段の黒色ではなく、薄黄色に発光していた。
そう、それは自らの姉と同じように。まるで能力を発動するかのように……。
「姉ちゃん……」
最後にそう呟いたのち、小鳩は意識を失い倒れた。
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「……うっ……ううん」
ゆっくりと小鳩が目を覚ますと、そこはバスの中だった。
「あ、小鳩ちゃんおきたの?」
「う……」
隣のミキにそう声をかけられ、小鳩は周りを見渡す。
そして色々思い返してみるが、何も思いだせない。
「……うち、なにしてたんだっけ?」
「小鳩ちゃん自由時間ずっとウトウトしてたじゃん、それでバスに乗った途端こっくり寝ちゃったんだよ」
「……自由時間」
自由時間という言葉に、小鳩はなにか心の中で引っかかるものを感じた。
だが何も思いだせない。そしてミキいわく、自由時間小鳩はずっと黙っていたという。
「……夢、だったのかな」
何かものすごい体験をした気がする。
だがそれがなんなのかは思いだせない、あまりにも眠くて現実と空想がごちゃまぜになっているのだろうか。
「なんかうなされてたよ。記憶を消されるとかなんとか」
「記憶……」
どうミキに言われても、小鳩には思い当たる節がない。
ならば考えるべきは、小鳩はずっと夢を見ていた。
全ては小鳩の夢だったのか、いや……きっとそうに違いない。
「……非常に不満じゃ」
そう言葉を漏らし、小鳩はもう一度バスで熟睡した。
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同時刻、高校生側のバスにて。
「……羽瀬川小鳩。死神さんの妹か」
少女は小鳩の名を呟き、そしてそこからある人物を連想させていた。
そして色々考えた後、少女はふっと笑みをこぼした。
「幸せなことじゃないか。"こちら側"にいないだけ……な」
そう囁く少女の瞳は――薄黄色に染まっていた。
三人目は羽瀬川小鳩です。
ここにきて夜空が前々から言っていた「ある言葉」の意味が明らかになったと思います。
本編は終わってしまいましたが、感想や評価はまだまだお待ちしていますよ。それでは~。