はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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第28話です。


確かめ合う友情

 夏休みもお盆が過ぎ、あと僅かとなった。

 そんな僅かな夏休み、本日は小鷹達は前から計画していた、柏崎家の別荘への旅行の日である。

 柏崎家、すなわち星奈の父親である柏崎天馬の所有する別荘だ。

 その敷地は大きく、広い砂浜と広い海があって、木製の別荘の中の施設は整っている。

 

「青い空、青い海。そして海で泳ぐ女ども……。揃う物は揃っているんだが物足りないと感じるのはなんでだろうなぁ」

 

 そんな贅沢を呟いているのは、ビーチチェアに座り日光浴をしている夜空。

 お気に入りのシマシマの海パンを履き、前に街で買ったサングラスを着用している。

 そう呟いて数秒後、夜空は海の方へ眼を移す。

 そこには絵に書いたような美少女がそれぞれ特徴的な水着で戯れている。

 巨乳から幼女まで揃い踏み、なのだが夜空はそれに浮かれるわけでもなく、また視線を太陽に向ける。

 

「お兄ちゃん。トロピカルジュース持ってきましたよ~」

「お~う。まぁ可愛い従妹が海を満喫してる姿があるだけ、満足ってもんかな」

「んもうお兄ちゃんったら!」

 

 運んできたジュースを近くのテーブルへ置く理科。

 相変わらずの仲の良さ。ベタな会話の後、理科はプラトニックな行動で夜空に近づく。

 

「理科もこんなイケメンのお兄ちゃんがいて、幸せですよ~」

「そうかそうか。でもこう近づかれるとさ、ほら。ちょっと良く見てみろよ」

「え? なんですか?」

 

 そう言って夜空は、自分の海パンを指差す。

 これがどこを指しているかは、あえて書く必要もない。

 理科は夜空に言われた通り、夜空の海パンの中央の方を直視する。

 

「わ~お。建設中ですね」

「だろ? 俺のバベルの塔がよ、可愛い妹のアプローチで二階建てから十階建てまd」

 

 ドゴォォォォォォォン!!

 

 と、夜空が全てを語る前に、小鷹の強烈なかかと落としがそのバベルの塔を上から崩落させた。

 その勢いで夜空は座っていたピーチチェアごとくの時になり白目をむく。

 

「おごっ!!」

「あなたは従妹相手に何をやってるのよ……」

 

 従兄妹同士というのは、兄妹とは違い結婚が出来てしまう。

 そんな相手に対し、男子が己のバベルの塔を見せびらかす行動を、小鷹は見過ごすことができなかった。

 

「大丈夫ですかお兄ちゃん?」

「あぁ。一瞬幻想郷が見えたが大丈夫だ。しかしこれでEDにでもなったら、大好きな妹とも繋がることができなくなるからな」

「こうてい?」

「わかった。少し口を閉じます」

 

 またも危ない発言をし始める夜空。

 そんな夜空を小鷹は怒りが見え隠れするような笑みで見つめる。

 小鷹に笑顔で威圧され、夜空は素直に押し黙るのであった。

 

-----------------------

 

 別荘への旅行にやってきたのは七人。

 小鷹、夜空、星奈の三人組を始め。幸村と理科、そして小鳩とマリアの合計七人である。。

 当初はいつもの三人に幸村と理科を加えた五人での予定だったが、小鳩も一緒に行きたいと主張し、ケイトからマリアも連れて行ってほしいとお願いされ、最終的にはこの七人となった。

 ここまで人数が揃うのは初めての事で、ここまで大きな行事になるとは、企画をした星奈でさえ思いもしなかったという。

 

「にしてもずいぶんと集まったわね」

「いいじゃねぇか、人は多い方が楽しいしな」

 

 別荘へ来る途中の電車にて、夜空と星奈はそんな話をしていた。

 この面子は大抵が夜空からの繋がりである。

 普段友達の少ない星奈ではとても集められない人数。そう思うと星奈は、遠夜市の皇帝の人望というものを認めざるを得ない。

 

「色々とこう、モテモテね」

「嫌味か?」

「……ふんっ」

 

 夜空の率直な返しに対し、星奈は拗ねるように答え鞄からゲーム機を取り出しゲームをやり始めた。

 他のメンツはと言うと、小鷹、小鳩、マリア、幸村の四人はトランプをやっている。

 理科は電車に乗った後、電車の連結部分の方へ足を運び、しばらく出てこない。

 そして夜空はやることがないため、星奈の向かいに座り小鷹達のトランプの様子を眺める。

 こうして電車に揺れること二時間半。夜空たちは目的の駅へと到着する。

 電車からみんな降りると、理科は一人惜しむようにこう言った。

 

「あっという間でしたね。理科、あそこなら一日中過ごせますよぉ」

「いったい連結部分で何をしてたの?」

 

 小鷹がそう質問すると、理科は恍惚な表情でこう答えた。

 

「思う存分妄想してました。だって無骨な鉄同士が走行中ガッチリ繋がって、ギシギシだのキャンキャンだのしてるんですよ? そんなの萌えるじゃないですか!」

「ごめん、ボクにはわからない」

 

 そんな輝かしい目で熱弁されても、小鷹にはそのことに対する意味が理解できない。

 

「小鷹お姉さんは純情だから理解できないんですよ。お兄ちゃんならわかりますよね?」

「わかるわ」

「嘘付け」

 

 相変わらず夜空と理科がセットになると、意味不明な十八禁世界が開かれる。

 そんな二人の会話に呆れつつ、小鷹は星奈に別荘の事を尋ねる。

 

「それで星奈。別荘はどこにあるの?」

「え~とね」

 

 とりあえず全員駅を出る。

 現在は夏真っ盛り、ギラギラとした太陽が照りつけ、遠夜市ほどではないが暑さを感じる。

 外へ出て、星奈が別荘のある方を指さした。

 

「あっちの方。歩いて一時間くらい」

 

 ここは民家もなく、やたら見通しが良い場所だった。

 指差された道はアスファルトが続き、背の高い木々が生い茂る林が広がっていた。

 この暑い日に、熱の帯びるアスファルトの道を一時間。遠くなるような話だった。

 

「遠いなおい……」

「一本道だから大丈夫よ。頑張れば広い別荘と海が待ってるわよ」

 

 夜空が遠くを見渡し、先が思いやられるような顔をする。

 しかし話をしていても始まるわけはなく、タクシーや車が通るわけでもない。

 星奈の言葉の後、七人は目的地へと歩き始める。

 

「うー。熱いのだ~」

「クックック。我は灼熱の太陽にも耐えられる吸血鬼……あつい」

 

 歩いて二十分くらい経ったころ。

 小鳩とマリアの二人がへばり始めた。

 さすがに子供の足でこの道はつらいか、小鷹はそう思い腰を掲げた。

 

「二人くらいならおぶれるよ」

 

 お子様二人に比べて、というかそれ以外の面子に比べても一切疲労の色を見せない小鷹。

 ここは怪力自慢が光るところ。子供二人をおぶさっても平気なのである。

 

「おぉ~。お姉ちゃんありがとうなのだ~」

「うぅ、姉ちゃんすま~ん……」

 

 と、子供二人をおぶさる小鷹。

 その光景を見た理科が、乗っかるように小鷹の左腕にしがみ付いた。

 

「うぐっ!」

「わ~い。小鷹お姉さん力持ち~!」

 

 これには小鷹の身体もふらつく。

 しかし背中にはお子様が二人おぶさられている。小鷹はなんとかバランスを保う。

 背中には小鳩とマリアが、左腕には理科がしがみついているという妙な状態となった。

 

「け、結構辛いんだけど……」

「子供二人に女子一人を背負っても平気とは、やはり小鷹お姉さん侮れないですね……」

「というか理科。お前そっちのほうが辛くね?」

 

 夜空の言う通り理科に関しては、しがみついてる分落ちないようにしなければならないため歩くより辛い部分がある。

 しかしそうとわかっていてもやるということは、小鷹の怪力を試しているということ。

 残ったのは右腕部分。すると今度は、幸村が小鷹の右腕にしがみ付く。

 

「ぐっ!」

「姉御、がんばってください」

 

 ここで幸村の頑張ってくださいはおかしい。小鷹は少し苦しそうな表情を浮かべたが、バランスを整え歩きだす。

 これで計四人、全員女子とはいえ人間四人を背負っても、小鷹は倒れず歩みを止めない。

 

「相変わらずすごいわね……」

「いや星奈。見てないで助けて……」

 

 面白そうに眺める星奈に対し、小鷹は本気で助けを請う。

 小鷹は確かに怪力であるが、持久力があるわけではない。

 力の発揮は一時的なものであり、当然体力は減り続ける。

 数分後、理科と幸村はしがみ付くのをやめ、歩き始めた。

 一瞬だけであるが、すごいものを見たなと、他のみんなは思うのであった。

 こうして一時間、小鷹達は別荘に辿りついた。

 

 別荘に付くと、小鳩とマリアがいち早く海に反応し騒ぎ始める。

 他の皆も、綺麗な群青の海と白い砂浜に魅了され、感情を表に出しそうになる。

 すぐさま海に入るというわけにもいかず、まずは荷物を置きに一行は別荘の中に入る。

 

「したらそうだな、最初は部屋わけだな」

 

 荷物を置くにあたって、それぞれ部屋を決める必要がある。

 夜空がそういい、全員がそれぞれを見やる。

 この面子で男は夜空一人。ならば夜空を一人部屋にし後は三人部屋で分ければ解決である。のだが……。

 

「お兄ちゃん、夜這いしに行きますからね~」

「おう、全裸で待ってる」

 

 ここにきて、またも夜空と理科は意味深なやり取りを交わす。

 理想上1・3・3で部屋を分ければ解決するのだが、小鷹一人はそこで色々考えをめぐらす。

 夜空を一人部屋にしていいものあろうか。楽しいひと時に高揚し変なことをやりだす可能性もある。

 

「ねぇ。やっぱり皇帝を一人にするのはやめよう」

 

 一人、小鷹はそう提案する。

 

「え? じゃあ俺は誰と寝ればいいんだよ? てか……それ本当にいいのか?」

「うん。皇帝なら間違いは起こさないでしょ? 少なくとも……誰かが傍についていれば間違いは起こさないよね?」

「あ、あぁ……」

 

 小鷹にそう睨まれ、夜空は少し怯えたように首を縦に振る。

 ということで部屋割は2・2・3となる。

 

「したら理科がお兄ちゃんと同室で」

「却下」

「oh……」

 

 それではこの提案の意味がない。

 したら誰と一緒に寝ればいいのか。

 そんな間の中、星奈が何やら悩んでいる。

 

「じゃ……じゃあさ。あたしがこいつと……」

 

 そう星奈が悩み抜いた末に、手を上げかけたその時。

 

「だったら小鷹お姉さんがお兄ちゃんと同じ部屋になればいいじゃないですか」

 

 星奈の言葉を遮ったのは、理科のその一言だった。

 それを聞いた夜空は、納得の言ったような顔をする。

 

「なるほど、それなら俺の命がかかっているようなもんだからな」

「どういう意味よそれ。したら他の人たちの部屋割を決めて海へ行こうよ」

「……」

 

 こうして部屋分けは決まり終え、皆は水着に着替え海に行くことに。

 その際、星奈は一人、煮え切らない表情を浮かべ、小鷹と夜空を見つめていた。

 

-----------------------

 

 夜空が小鷹にかかと落としを喰らった数分後。

 くの時からどうにか復帰した夜空は、理科の肩を借りて砂場の中央へと向かう。

 

「さてと。したらオーシャンビーチ恒例行事、ビーチバレーボールとでもしゃれこもうや」

 

 勝負師のような眼つきで、ビーチボールを片手に夜空は言う。

 すでに砂場中央には白いネットが張っており、ビーチボールバレーの準備は整っている。

 せっかく海に遊びに来たのだから泳ぐだけでは物足りないものである。

 

「いいわね。ビーチボールバレーなら男女差のハンデはあまり気にならないし。調子に乗ってる皇帝を叩きのめしてやるわ」

「望むところだ。普段から大口叩きまくってるサーロイン様をズタボロにしてやらぁ」

 

 星奈と夜空。この二人に勝負の二文字が入りこむと止められるものはいなくなる。

 どちらかが倒れるまで勝負は続く。この光景に小鷹は身飽きたように静かな目で見据える。

 

「始まったよ……」

「おおう! やれやれ~!!」

 

 そんな二人の勝負に、マリアは子供らしく盛り上がる。

 このビーチバレーボールは二対二で行われる。ということは誰かがこの二人の勝負に巻き込まれることになる。

 夜空と星奈は対立上チームを組まない。ということで、星奈は真っ先に小鷹の方へ歩き出し。

 

「したら小鷹はもらうわよ」

「え?」

 

 まるで早い者勝ちと言うかのように、星奈は小鷹を連れてネットの近くへ戻る。

 

「おい待て、小鷹はこっちのチームだ」

 

 小鷹を取られ、夜空がすぐさま反論する。

 それもそのはず。小鷹が持つ怪力と驚異の瞬発力は是非とも味方につけたいものなのである。

 当然それは星奈も同じことで、だからこそこの勝負をやると決まった時には小鷹に印をつけておいたのである。

 

「あんた男子なんだからいいじゃないのよ。小鷹はあたしとチームを組むのよ」

「おい、それだと俺に勝ち目がねえだろうが……」

「いやその。別にボク戦闘能力は高いけど運動神経はそんなにないよ」

 

 何かを勘違いされていると、小鷹はそう訂正をする。

 戦闘能力と運動神経は別物。そこに決められたルールがあるのなら、小鷹の力は発揮しづらい。

 小鷹の特権はルールのないなんでもありな状態でこそ真価を発揮するのである。

 

「ま、やってみねぇとわかんねぇしな。理科、俺とチーム組むぞ」

「任せてくださいお兄ちゃん! この理科が開発した強化スーツを身に纏えばどんなスポーツでも楽勝勝ちです!」

「ちょっと! イカサマ発明品は禁止!!」

 

 小鷹も小鷹なら理科も理科である。

 さしずめ、力の小鷹、技の理科とでも言うべきだろうか。

 当然そんな手を使われては星奈に勝ち目はないため、発明品は無しの方向にしてもらった。

 小鷹の方も怪力を使わないという制約をつけ、フェアな形で二対二のビーチバレーがスタートする。

 

「サーブはあたしからもらうわよ!」

 

 先手は星奈チームから。

 星奈はこれまた綺麗なサーブを夜空側へと打ち込む。

 そしてボールが打ち込まれた夜空は、それを直接星奈の方へ打ち返す。

 返されたボール。そのボールを星奈は小鷹へパス。それを小鷹は夜空側へシュートすればいい。

 

「う……」

 

 しかし先ほどの小鷹の言った通り、戦闘能力と運動神経はイコールではないようで、トテトテと動く小鷹は上手くシュートできず失敗。

 

「ちょっと小鷹!?」

「おっと? こりゃラッキーだ」

 

 このことに味をしめた夜空は、返しのターン、サーブを小鷹に打ち込む。

 それは夜空の狙い通り、小鷹は夜空の打つ強いサーブに反応できず失敗。

 あっという間に二点取られた星奈チーム。その後も夜空チームの優勢が続く。

 

「ご、ごめん星奈」

「んもう! 小鷹怪力使っていいわよ!」

「だっはっは! この調子じゃ怪力使われても大丈夫そうだなぁ~」

 

 と、夜空が余裕をぶっこきまた小鷹にサーブを打ち込む。

 

「よっ! おらぁぁぁ!」

 

 所詮上昇するのは力だけだろう、と思っていたのもつかの間。

 少し本気を出しただけで、小鷹の動きは正確かつ俊敏さを増した。

 撃たれたサーブが星奈側につく前に、白いネットを超え始めた直後に小鷹は直接ボールを打ち返す。

 すると、ものすごい勢いでボールは夜空チームへと帰ってくる。それも半端ない威力と早さで地面にめり込む。

 ビーチボールとはいえこんなもの打ち返せるはずがない。夜空は一旦待ったをかける。

 

「ストップ! やっぱり無理!!」

 

 やはり小鷹が能力を発揮すれば夜空側に勝ち目が無くなってしまった。

 この夜空の無理という言葉に対し、星奈はニヤついた笑顔で答える。

 

「男に二言はないのよ。許可されたんだから惜しまなく使っちゃいなさい!」

「許可したのおめぇだろ!!」

 

 結局その後、力を発揮した小鷹の無双ゲーとなり、夜空チームは負けてしまった。

 気がつけば夕方、楽しい時間は過ぎ夕食時に。

 夕食は料理が得意な小鳩が担当し、それに幸村が手伝うという形になった。

 ちなみに、料理といえばかつてカレーを作っただけで皆を地獄送りにした少女が一人いる。

 その少女は料理中、夜空から絶対に料理には関わるなと釘を刺され一人外へほっぽり出された。

 

-----------------------

 

 別荘に来て一日目の夜、最初の夜ご飯はカレーとなった。

 最初はあの悪魔の思い出が蘇り食べるのを抵抗していたが、食べてみるとやはりカレーはおいしいものなんだなと再実感し、結局のところ全員が完食。

 その後はそれぞれ個人個人にやりたいことをした。

 小鳩、マリア、幸村、理科の四人は仲良くトランプを、夜空は疲れたのか一人寝てしまった。

 そして小鷹は、少しばかり外の散歩がしたくなったので外に出る。

 五分ほど砂場を歩きまわり別荘に戻ると、玄関の所で星奈が座って外を眺めていた。

 

「どう? うちの家の別荘」

「うん、すごいね」

 

 星奈の質問に対し、率直な感想を小鷹はもらす。

 やはり星奈はすごい、本物の金持ちでお嬢様だ。

 その上能力も申し分ない。問題があるといえば、性格の悪さくらいのもの。

 それ故に友と呼べる人が少なく、こういった自らの特権を生かせなかったこと、それが悔やまれる。

 

「そっか、みんな楽しそうにしてるし。なんかうれしいわね」

 

 普段から高飛車な彼女からは見られることのない、素直に喜ぶその姿。

 確かに星奈と言う人物は性格が悪いかもしれない。しかし、そこで見切りをつけ関わるのをやめればそこで終わる。

 小鷹は思う。こうやって触れ合ってみれば、彼女は割と面倒見のいい性格で、素直になれないが人並みの優しさを持っていること。

 普通の人ならば見ることのできない星奈の隠れざる一面、それをこの日、小鷹は垣間見た気がする。

 

「……ふふ」

「どうしたのよ? なんかおかしかった?」

 

 彼女を心の内で褒めていると、次第に小鷹から笑みがこぼれ落ちる。

 最初からこんな一面を見せてくれたなら、もっと早く仲良くなれたのにと、そう思えて仕方がない。

 

「いや、なんでもないよ」

「そう……」

 

 そんなやり取りをした後、小鷹は星奈の隣に座る。

 その後、しばらく沈黙が続く。やりづらい空気が数秒流れる。

 そんな流れを断ち切ったのが、星奈の素直になりきれないこの一言。

 

「……あたし、あんたに会えてよかった」

「え?」

 

 何かの聞き間違えかと、小鷹は耳を疑う。

 しかし、それはそのままの意味で、星奈は言ってしまったとばかりに己の弁をどんどん口から吐き出す。

 

「あたしさ。聖クロニカ学園に入学したばかりのころ、自分の立場を振りかざしてる超嫌なやつだったの」

「知ってる」

「……怒るよ?」

 

 そう小鷹にからかわれ、星奈は不貞腐れるようにそう返す。

 その反応を見て、小鷹はさらにクスクスと笑う。

 そんな小鷹の笑いを、星奈は特に悪いとも思わなかった。

 

「やりすぎた結果。一回本気で復讐されて、ちょっとした大けがを負ったわ」

「そんなことがあったんだね」

「その時も、あたしはそいつらに屈することはなかった。屈したら負けだと思った。自分が振りまいた種で自分がやられて、それを素直に受け入れるのが……怖かった」

 

 今だからこそ語られる。あの時の事件の彼女の心境。

 それは己が心を許した小鷹にこそ、今でこそ語れるその事実。

 そして、もう小鷹には今自分が抱えることを隠すことはできないと、星奈が決めた決意であった。

 全てを語る決意。星奈がまた、一つ成長した瞬間だった。

 

「強がる最中、内心では恐怖してた。後悔してた。だけどそれを表に出せなくて、もう絶体絶命って時、あいつが助けてくれた」

「……皇帝?」

「うん、夜空があたしを助けてくれた。あたしを嫌っていたはずだったのに、それでもただ笑って、助けてくれたの」

「そっか……」

「その時思ったのよ。「あ、こりゃやられたな」って。あたしこいつのことは認めてもいいかなって。もっとたくさん見ていたいな……って」

 

 この時から、星奈は夜空に対して感じる何かを得た。

 でも、感情が高ぶっていた彼女はその時、意地を張って助けてくれたはずの夜空を平手打ちしてしまった。

 その時に叫んだ一言を、彼女は未だに覚えているのだ。

 

「「あたしは弱い物じゃない」って。後悔と同時に出た意地と対抗心、それと彼に対する感謝。もうそれらがごちゃまぜになって……なにがなんだかわからなくなってた」

「……でも、あなたはその時、ちゃんと心の底では感謝してたんだよね? 反省してたんだよね?」

「そうよ。初めてだったかもしれない。後悔したのも反省したのも、身内以外の人に感謝を唱えたのも。それでも夜空は笑って言葉を返したの。もう……その時自分の中で確信してたの」

 

 そして、星奈は一呼吸置く。

 隣にいるのが小鷹だからこそ、その気持ちをぶちまけた。

 

「あたしは……三日月夜空が好きなんだって……」

 

 それを聞いて、小鷹は今何を思っただろうか。

 そう素直に言えてしまう彼女への憧れか、己の恋に対して不器用ながらに生きようとする彼女への応援か。

 それとも……己が抱く彼に対する気持ちに対する……焦りなのか。

 

「……やっぱり、初対面じゃなかったんだね」

「あたしはあの時言おうと思ったわよ。けど……夜空、あたしの事嫌ってるから」

 

 小鷹からしてみれば、二人の関係性はなんとなく察していた。

 あとは聞かずとも、そして問わずとも、大体が小鷹の中で纏まっていた。

 そして、星奈が抱いている不安に対しても、心配はいらないことを知っていた。

 

「そんなことないよ。ボクはそう思わないよ。絶対に星奈の気持ちは……皇帝に届くから」

「小鷹……」

 

 小鷹のその励ましに、星奈は純粋に感謝を抱く。

 しかし……同時に小鷹に対する疑心も抱く。

 そう、まだ星奈の中では引っかかっていた。夜空の小鷹に対する異様なまでの執着心。

 あの時電話で言われた言葉に、星奈は重くのしかかるような気持ちを抱いたことを思い出す。

 

『もしこの先お前が、小鷹を傷つけるようなことがあったら……俺は絶対にお前を許さない』

 

 もうその言葉は、夜空が小鷹に抱いている気持ちが、友達以上のものだと悟らせるには充分すぎるものだった。

 ただの友達ではない。まるでそれは使命のように。夜空が小鷹をそう思わなければならないかのように。

 今、隣で自らの恋路を応援してくれている少女が、自身にとって最大の障害であることを、認識しなければならないように。

 

「……小鷹」

「なに?」

 

「……あたしに隠している事とか……ないよね?」

 

 前に一度、夜空にもした質問を今度は小鷹にする。

 それが何を意味しているのか、星奈は完全には理解していない。

 だが聞いておく必要があるのだ。火のない所に煙は立たないように、夜空が小鷹に執着するには何か理由があるはずと。

 

「え~と、それはどういう意味で?」

「あの……その……。例えばだけど、小鷹は転校する以前に夜空に会ったことがある……とか?」

「う~ん、それは無いと思う。ボクにあんな知り合いはいないよ」

「そっか…………」

 

 それを聞いて、星奈は安心のため息を口から吐き出した。

 見た感じ、そして聞いた感じ、小鷹が嘘を言っているとは思えない。

 戸惑った様子もない。何かを思いだす様子もない。

 

 ――小鷹と夜空には接点はない。

 

 ならばもう疑う必要はないだろうと、星奈は立ちあがって別荘へと戻る。

 

「小鷹、ありがとね」

「うん。ボクでよければいつでも相談に乗るよ」

 

 背を向けた星奈に、小鷹は優しくそう一言声をかける。

 その言葉に対して、星奈は少し身体を震わせて。

 そして、恥ずかしさがいっぱいになるように、底からこう、言葉を絞り出した。

 

「……小鷹、あたしたち……ずっと友達だから」

「え?」

「……おやすみ!」

 

 そして、逃げるように別荘へと戻って行った。

 星奈が見せたほんのわずかな感情に、小鷹もなんだか恥ずかしくなる。

 そして、それと同時にほんのわずかだけ、目から雫がこぼれ落ちる。

 それを人差し指で擦ると、ほんのわずかだけ……瞳に光を灯らせて呟いた。

 

「……わたしも、すっとあなたと友達でいたいよ」

 

 それは、約束というよりも願いに等しい一言。

 聖クロニカに転校してきて数ヶ月、皆で過ごす夏休みを得て、徐々に小鷹の中から闇が消えていく。

 しかし、粘つくような深い闇は、それでも小鷹の中でうごめき続ける。

 数秒後、小鷹の瞳は再び、何もなかったかのように闇が染まる。

 星奈のその一言だけでは変えることのできない、死神の呪縛。

 それを変えられるのは、彼女の世界ではたった一人の……少年だけである。

 

 

「……ソラ、ボクを助けて」




嵐の前の静けさ、というやつかもしれません。

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