はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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第25話です。


お義父さんがやってきた

 遠夜市の一画にある羽瀬川家の自宅。

 この自宅は、小鷹と小鳩の父親である羽瀬川隼人が、家族が住みやすいようにと無理してローンを組んで買った一軒家である。

 今はこの世にいない母親がまだ存命だったころ、小鳩が生まれて間もないころ、羽瀬川家は幸せに満ちていた。

 不器用だが優しい母親、厳格で真面目な父親。強かに育ってきた羽瀬川小鷹と、可憐な容姿に生まれてきた羽瀬川小鳩。

 この幸せはずっと続く者だと思っていた。これからも先、二人の子供が成人し、結婚し、孫が生まれ……。

 それらの流れを、親二人で温かく見守っていく。そんな当たり前のような家族の生活が、続くとだれもが思っていただろう。

 

 しかし、小鳩が生まれて間もなく、母親である羽瀬川アイリが他界。

 若くして亡くなった、二児の母。この時小さかった小鷹にはその悲しみが理解できず、小鳩には母親という概念がほぼ存在しなくなった。

 そして羽瀬川隼人は嘆き悲しんだ。これから先にある幸せの未来、その一部がこんな早くに失われた。

 愛する妻。変わった女性だったが、そんな変わった部分を彼は誰よりも愛していた。

 愛したが故に泣いた。泣くまで泣いて……そして誓った。この二人の娘は、何が何でも自分が育て抜くと。

 最愛の妻の分まで、娘を愛し育てる。隼人にとって責任の問われる、辛い日々の始まりがその日だった。

 

 そして現在、羽瀬川隼人は業界じゃ名のある考古学者として、二人の娘を食っていかせている。

 家庭に不自由はない、とても男手一つで十何年間家庭を築き上げてきたとは思えないほど……綺麗で、美しい家族だった。

 ここまで聞けば、他の誰もが羨む様な、そんな内容だろう。

 だが、ここまで至る数年間。その数年間を語る上で、一人の少女が過ごした地獄の日々を、けして忘れてはならない。

 

 今でも、それは羽瀬川家にはっきりと形を残している。

 羽瀬川家の自宅にある様々な物、父親が娘たちに与えた数々の物。

 リビングにあるゲーム機も、高いゴスロリのコスプレ衣装も、カラーコンタクトも、最新型のスマートフォンも。

 それらは全てが……"羽瀬川小鳩"のものである。

 小鳩は小さいころから、なんでも父親に与えてもらっていた。欲しいものはなんでも手に入った。

 まさしく父親に愛され育った愛娘、それが羽瀬川小鳩だった。

 

 一方で、その小鳩と比べられて幼少期を育った少女がいる。

 羽瀬川小鷹。彼女の部屋は……妹の部屋と比べると、実に殺風景だった。

 小鳩の部屋のようにアニメグッズなど並んでいない。最新のノートパソコンもない。

 ただ寝るためのベッドと勉強机。着る物を収納するタンスと数冊の本が収納されている本棚。

 本当にそれだけしかない。女の子らしいぬいぐるみもない。小さいころに父親に与えられたおもちゃも、それらしきものも……"なにもない"。

 使っている携帯も、中学の時に買ってもらった時代遅れのガラケー。それ以降機種変更はしていない。

 彼女は与えられるはずだったものを全て我慢してきた。そして……全てが解決した今となっては……なにも求めてこない。

 

 彼女の瞳の光が消失したのは……いつ頃だっただろうか。

 気がつけば彼女の目に映る世界は、光のない黒で塗り固められていた。

 感情のないようなその瞳が写す世界を、彼女は幾度否定し、壊そうとしただろうか。

 気がついたら、父親が小鳩だけを可愛がるようになっていた。

 自分が父親のところへいくといつも、お姉ちゃんだから我慢しなさい、そう言われた。

 お姉ちゃんだから妹を守る。お姉ちゃんだから妹よりがんばらなければならない。お姉ちゃんだから妹より我慢しなければならない。

 お姉ちゃんだから、お姉ちゃんだから、お姉ちゃんだから。

 

 小鷹はいつしか、心の傷を負うようになっていた。そんな傷に、最愛の妻を失い道を間違いかけていた父親は、気づくはずもない。

 

 そんな彼女を諌めてくれるのは、やはり友達という存在だろう。

 

 友達がいれば、一緒に遊んでくれる人がいれば、やがて彼女も救われるだろう。

 しかし、現実は非常だ。小鳩と違って小鷹の髪の毛は……中途半端な金髪に生まれてきてしまった。

 ハーフなのにハーフじゃないような。そんな微妙な彼女の容姿を、当時の子供たちはからかっていじめていた。

 他の子供の親からも、羽瀬川さん家の親は小さな子供にどういう教育をしているのだろうか、そう陰口を叩かれていた。

 気がつけば親たちは小鷹と関わらないよう子供たちに言い聞かせていた。それもあってか、彼女には友達がいなかった。

 

 そんな彼女を諌めてくれるのは、やはり家族と言う存在だろう。

 

 先ほどと逆の答えに辿りついた時、小鷹は逃げ場を失った。

 父親の差別されることが嫌で友達を求めたのに、その友達がいなくて。

 その寂しさを埋めるために縋る家族がいない。矛盾だった。最悪の矛盾がそこにあった。

 逃げ場がなければ行き場もない。次第に小鷹の心の傷は、小鷹自身を歪ませ始めていた。

 ある日、父親のいない日に小鷹は小鳩をこれでもかといじめた。

 その日の夜、小鷹は今までにないくらい父親に叱られた。それは虐待と見紛うほどの、ひどい仕打ちだった。

 自分はわかってほしかっただけなのに、その行為は、彼女をさらに闇に落とした。

 それ以降、父親の差別はさらに広がった。

 ある日から小鷹は家に帰りたくないと思って、公園で一人砂場で遊ぶようになった。

 しかし、その公園で小鷹を良く思わない子供たちが、数人がかりで彼女を排除し始めるようになった。

 居場所がない、居て良い場所がない。父親も、妹も、子供たちも……誰もわたしを見てくれない。

 

 わたしを……見てくれない。

 

 がしゃーーーん!!

 

 初めて抵抗して、いじめてくる子供達を撃退した。

 砂まみれの濁った金髪の滑稽な少女、涙目で必死に抵抗した。

 

 公園のベンチを持ち上げようと思ったら持ちあがった。

 

 殴ってくる子供を投げ飛ばそうと思ったら投げ飛ばせた。

 

 公園の施設を殴ったらへこませた。今まで自分をいじめてきた子供たちが恐怖する顔が……忘れられなかった。

 

 

 その日、羽瀬川小鷹は"死神"になった。

 

-----------------------

 

 夏休みも八月が入った。

 気温はさらに暑さを増し、夏真っ盛りのこの夏休み。

 そんな夏休みの最近の出来事はというと、小鷹が誕生日を迎えたことだった。

 十七年目の誕生日、初めて友達に祝ってもらった誕生日だった。

 そんな誕生日から一週間ほど過ぎたある日のこと。

 

「はい五連勝」

「うぎゃー! また負けたーーー!」

 

 この日、夜空が小鷹の家に遊びに来ていた。

 他人が家に来るのは誕生日の日以来。夜空もなにやら家族で旅行に行ったり、理科とアニメのイベントに行ったりと忙しかったのだという。

 そして今、リビングで小鳩と一緒に格闘ゲームをやっている。見た限り、夜空が圧倒的に勝ち越していた。

 

「あれだよおめぇ、波動コマンドばっかで飛び道具に頼りすぎだ。あと必殺技狙うのバレバレ。そのキャラだと昇龍で必殺技潰されっからな」

 

 異様に詳しそうに小鳩の敗因を分析する夜空。

 今やっているくろねくの格闘ゲームは、夜空もそれなりにプレイしたことがあるらしい。

 この格ゲーはゲームセンターでも稼働中で、夜空は幸村と何回か対戦している。

 ちなみに幸村はそのゲームセンターでは最高三十五連勝ほどしたことがあるらしい。

 

「クックック、ならば我の力をレベル2へ移行する必要がある」

「そうか、したら俺も持ちキャラ使うかな~」

「うっ……そ、そんな……」

 

 と、小鳩にとっても遊んでくれる夜空の存在はとても貴重なようだ。

 それを傍目で見ていた小鷹も、なにやら嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「さてと、小鳩はいつになったら勝てるかな~」

「ふぐぐ……ぎゃー! もう勝てる気がせえへん!!」

 

 客観視する小鷹の言ういつは、今日中に訪れる物なのだろうか。

 先ほどよりもひどい負け方をした小鳩は、負けるたびにプレイスタイルが荒くなっていき、どんどん勝ち目が無くなっていく。

 そろそろ自分が変わってあげた方がいいかなと、小鷹が皿洗いをしていた時だった。

 

 ピンポーン♪

 

「あ、お客さんだ」

「んあ? まさかサーロインとこのお嬢様じゃねえだろうな……」

 

 夜空の言うサーロインとは、もはや説明もいらないだろう。

 しかし星奈なら、これから行くことを連絡してくるだろう。

 久しぶりなのでおどかそうと前触れなしにやってきたのだろうか、それとも単に勧誘かなにかだろうか。

 

「ちょっと出てくる」

 

 そう言って小鷹が玄関の方へ。

 

「は~い、どちらさまですか~?」

「お~う、久しぶりだな我が娘よ~」

 

 玄関に行き扉を開ける小鷹。

 がちゃりとその扉を開けた瞬間、そこには意外すぎる人物がいた。

 その人物を見た瞬間、小鷹は言葉を失った。

 

「……え?」

「え? ってことないだろ。八月中に帰ってくると電話で伝えたはずだぞ~」

 

 そう、そこにいたのはまぎれもない。

 綺麗に切りそろえられた黒い短髪、目つきは鋭い強面の男性。

 年相応の雰囲気を醸し出しているが、年齢にしては若々しい。

 その人こそ、羽瀬川小鷹、そして小鳩の父親である羽瀬川隼人だった。

 確かに隼人は、八月中に家に帰ってくることを小鷹に連絡していた。

 しかしこう久しぶりに会うのだから、来る直前に一本電話を入れてくれても良いはずである。

 なのだが、この陽気な父親は、二人を驚かすためにわざと電話を入れずにお忍びでやってきたのであった。

 

「と……父さん!」

「久しぶりだな小鷹。あぁこれエジプトのお土産。ツタンカーメンのキーホルダーだ」

「じゃなくてさ! 帰ってくるのって八月半ばって言ってなかった!? てか連絡くらいよこしてよ!!」

「おいおい娘よ、連絡して帰ったらつまらないだろ。そこは急に現れた父親に、「会いたかったよお父さ~ん!!」と抱きつくのがテンプレというものじゃないのか?」

「テンプレじゃねぇよ! てかちょっと……こんな時に帰ってこられても……」

 

 今、小鷹は内心かなり焦っていた。

 確かに小鷹としては久しぶりに父親に会えたことはうれしい。だが、タイミングが問題だった。

 今、リビングには夜空がいる。小鷹からすれば彼は友達なのだが、色々と誤解されるのがいやだった。

 というか、久しぶりの親子水入らずで友達に気を遣わせることが小鷹にとってはいやだった。

 

「ま、話していてもしかたないだろう。久しぶりにラブリーマイエンジェル小鳩たんの顔を見るとするか」

「ちょ! お父さ……」

「おい小鷹、いったいどうしたんd……」

 

 と、父親との感動の再会が始まってまだ一分も経っていない状況で、いきなり迎えた最悪の展開。

 玄関から小鷹の声がすると、夜空が様子を見に来た。

 すると当然、夜空と隼人ははち合わせる。そこで二人は目が点になる。

 

「……えぇと」

「お、おぉう……」

 

 気まずすぎる空気に、二人が最初に口から発した言葉がそれだった。

 誰? でもない。どちらさま? でもない。ただ単に戸惑っていた。

 

「ん? どうしたばい? って……」

 

 それに続くように、小鳩がリビングから出てきた。

 リビングから出た直後に目にした人物が、小鳩からすれば意外すぎた。

 

「と……と……」

「おっ! 小鳩久しぶりだな~!!」

「父ちゃんーーーーーーーーーーーー!!

 

 久しぶりに見た父親の姿、その瞬間……小鳩は隼人に抱きつく。

 その小さいからだが高く跳ねた。その高揚を押さえられず隼人の胸に顔を疼くませる小鳩。

 思えば小鳩は隼人が帰ってくるのを知らされていない、これは隼人の考え通りの事で、突然のサプライズに喜びあふれる小鳩。

 

「よしよし、やっぱり小鳩は俺の天使だ……」

「小鳩……まったく」

「……俺、これ帰った方がいいのか?」

 

 気がつけば一人蚊帳の外状態になっていた夜空。

 それもそうである。夜空自身も小鷹から父親の話は聞かされていた。

 考古学者で忙しく滅多に家に帰ってこれない父親、その父親が今……羽瀬川家に帰還してきたのである。

 そんな親子の久しぶりの再会に、水を差すわけにはいかないだろう。

 

「ご、ごめんね皇帝」

「まぁいいさ。よかったな小鷹、後日色々話を聞かせてくれ」

「うん、ありがとね」

 

 と、夜空が一人クールに去ろうとした時だった。

 

「んで時にだ。そこの少年」

「え? ……オレェ?」

「そうそうオレェ。えぇとその……あのだな」

 

 と、隼人が帰ろうとする夜空を引きとめる。

 ひょっとして何か誤解されているのだろうか、ならば早急に解いて親子の温かな時間を戻してあげるのが、友達というものだろう。

 

「あ、あの……俺そんなんじゃないっすよ。小鷹の友達です」

「……そうか」

 

 夜空のその答えに、隼人は妙に納得した様子で。

 うんうんとうなずいた後、それはまるで普段家にいる父親のように言った。

 

「せっかくだし、飯食ってけば?」

「……オレェ?」

「うん、だってお前さん小鷹の友達なんだろ? せっかくだし、色々聞かせてくれよ」

 

 なんと、せっかくの再会だと言うのに、隼人は夜空に家に留まれというのである。

 これには小鷹と小鳩も顔を合した。別に親子水入らずを邪魔されたから起こっているわけではない。

 むしろ、二人としてはうれしかったのだ。父親が自身の友達に対しなんの偏見も持たず、素直に受け入れてくれたことが。

 羽瀬川隼人と言う人間は、昔から人付き合いが得意な男であった。

 気持ちが通じ合えば他国の人だろうと親しくなり、慕う人も多く、友達など数えるのがめんどくさくなるほどたくさんいる。

 あの聖クロニカの理事長で、星奈の父親である柏崎天馬とも親友同士である。

 そんなフレンドリーな父親からすれば、大切な娘の友達、仲良くなれないはずがないのである。

 

「で、でも……」

「いいじゃん、ご飯食べていけば?」

「……じゃあ」

 

 羽瀬川家の空気に飲まれるように、夜空はご飯を食べていくことに。

 夜空、再びリビングに戻る。隼人はというと、小鳩に服を引っ張られて上の階へ行ってしまった。

 今、家には小鷹の父親がいる。そう思うと、夜空は少しばかり縮こまり黙りふける。

 

「……本当によかったのか?」

「いいよ、だって人が多い方が楽しいでしょ?」

「ならいいんだけどよ」

「それに、なんだか皇帝……ボクの"幼馴染"みたいだね」

 

 何気なく言った小鷹のその言葉。

 それを聞いた夜空は、なぜか知らないがうつむいてしまった。

 

「……どうしたの?」

「今の……どういう……?」

 

 夜空が震え声で、小鷹にそう尋ねる。

 

「いやさ、あなたが家に遊びに来て、父さんに言われてご飯を食べてくって……雰囲気がさ。まるでずっとこの街で一緒に過ごしてきた幼馴染みたいだなって……」

「……そうか」

 

 柔和に微笑みそう言う小鷹の顔を、夜空は見るのが恥ずかしかった。

 夜空の身体は小刻みに震えていた。そして、その震えに気づかれないよう必死に抑え込む。

 中からあふれ出る。歓喜と感動が入り混じったような感覚を、思わず出る笑みを、出さないように下を向く。

 まだ"その時"ではないと、自分に言い聞かす夜空。

 その時を迎えるのは、今ではないのである。

 

「……もし、ボクがこの街を離れることなく、ずっとこの街にいたのなら。今でも"あいつ"と……こんな感じだったのかな」

 

 そう小鷹が一人呟きながら、後ろに手を組み廊下の方を出た。

 その小鷹の背中を、夜空は顔を赤らめながらただ見ていた。

 今の言葉を、夜空が聞いていたのかは知らない。聞こえていたのを、聞こえないふりをしたかもしれない。

 そんな夜空からすれば時間の流れは早く感じた。午後六時ごろ。

 この日は帰ってきた隼人が料理を務めた。外国で習った料理などを自分流にアレンジし、ごちそうを作る。

 

「じゃあいただきます」

 

 船頭を切ったのは隼人、続くように小鷹と小鳩がそう言う。

 昔はきちんといただきますを言わず、小鳩が父親に叱られたのを思い出した。

 久しぶりに帰ってくると、そういう記憶が蘇る。"楽しい記憶"だけが、ただただ再現される。

 

「……いただきます」

 

 夜空は非常に恐縮してしまっているらしく、とても今までの陽気な皇帝の姿はそこにない。

 彼の中ではもうしわけなく思っているのか、それとも今の状況に……夢の続きを思い浮かべているのだろうか。

 そんな夜空を見て、隣の小鷹がクスクスと笑う。

 食事は普通においしく、家庭の味に隼人の仕事による経験の数々が物語るような、不思議な感覚がした。

 しかし夜空の食は進まない。やはりこの場に自分がいることに、色々と思うことがあるからだろう。

 

「ははは、なんだ少年。緊張しているのか?」

 

 冗談を言うように、隼人が夜空に声をかける。

 なんの緊張なのだろうかと、良く思えばおかしい話である。

 夜空としてもこういう状況は初めてではない、なのだが……どうもこの羽瀬川家では調子が狂う。

 だがいつまでもこうしていることは、逆に迷惑ではないだろうか。夜空は何度か深呼吸をした後、徐々にいつもの調子に戻る。

 気がつけば、四人は小鷹と小鳩の聖クロニカ学園での学園生活、そして数々の人たちに出会ったことなどで、話を咲かせていた。

 

「おいおい小鷹。転校初日に教室の扉ぶっ壊して血まみれってそりゃねぇだろ~」

「あの時は緊張してたんだよ。わたしにとって新しい学校になるわけだし。でもその後は頑張って怪力を隠したよ」

「その数日後に星奈に散々言われて窓ガラス半壊させたけどな……」

「そ、そういうこともあったよね……」

「はっはっは! そりゃザキの娘も目を疑っただろうなぁ!!」

 

 楽しいひと時、こんな話をする日が来るなんてまるで夢のようだと、小鷹は喜びに満ちていた。

 その後小鳩が小学生に負けた話や、天才少女に出会った話、幸村と出会った話(ヤクザ関連は除く)などをする。

 そして話題は星奈の話へ。

 

「でもあれだな。ザキの娘とも友達になるって、なんかこう……あいつの親友として嬉しい話だな」

「うん、最初の出会いこそ最悪だったけどね……」

「つか、おじさんってペガさんの友達なんですか?」

「あぁそうだよ。あの野郎付き合いの難しいやつなんだけどな、気がつけば今じゃあいつ無しじゃ今の俺はないとさえ思ってるよ」

「いいっすね、そういうの……」

 

 夜空としても、天馬に対しては尊敬を抱いている。

 そしてその天馬の友達が隼人である。この数時間の中で、夜空は隼人の大らかさと寛大さに、すっかり心を許していた。

 この人だからこそ、あの理事長も心を許すわけだと、自分の中で納得させる。

 

「皇帝のあんちゃんは優しいから好きばい」

「お、おい小鳩……」

「おいぃ夜空、ちょっと外出てリアルファイトしようや。俺のエンジェルを誑かした罰を与えようじゃないか」

「なんでですか!?」

 

 気がつけば隼人から呼び捨てで呼ばれていた。

 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、気が付けば午後の八時。

 小鷹は食器の方付けをしている。小鳩は隼人とゲームをしていた。

 そろそろ自分は帰った方がいいだろうと、夜空が帰り支度をすると。

 

「夜空、夜遅いし泊まってけば?」

 

 軽い気分で、隼人は夜空にそう言った

 今度は泊まって行けと呼び止められてしまった。

 

「……いや、ごちそうになった上にこれ以上親子水入らずを邪魔するわけには」

「遠慮とかやめろよ、俺結構お前さんの事気にいったんだぞ~」

「……」

 

 その言葉に、夜空は素直にうれしさを感じていた。

 しかしそれでも迷う。そんな夜空を動かしたのが、小鷹のその一言。

 

「泊まってけばいいじゃん皇帝」

 

 父親が帰ってきたからなのか、今日の小鷹はいつもより優しいような、そんな感じがした。

 本当に、あの怪力さえなければ、こんなにも純粋で可愛い少女。

 今、彼女の中は楽しくて仕方ないのであろう。父親が帰ってきて、幼馴染のような男友達が家に来て。

 まるで今までそうしてきたかのような、普通に友達の温かみを受けて来たかのような。

 だけど、夜空はそんな小鷹の目を見やり、それでも納得しきれない何かを感じていた。

 こんなにも楽しいのに、こんなにも愉快なのに、小鷹の瞳に"光"を映していない。

 それは虚ろに、この状況を楽しんでいるようで、完全に全てを認め切っていないような瞳。

 こんな眼に、いったいどんな世界が映り込んでしまっているのだろうか。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 数分後、夜空は家に電話をかけ、今日小鷹の家に泊まることを家族に伝えた。

 それから九時、十時、十一時と時間は経っていく。

 中学生と高校生からすれば、まだまだ時間はたっぷりあるのだが……。

 

「お~い二人とも、明日ザキのとこに挨拶に行くから今日は早めに寝なさい」

 

 隼人は小鷹と小鳩に寝るように言った。

 小鷹は別にかまわないとして、夜更かしばかりしている小鳩からすればまだ起きていたい気分。

 しかし、厳格な父親である隼人はそれを許さない。昔からそういう部分では口がうるさかった隼人。

 二人は素直に言うことを聞き、自室へ向かった。

 

「あ、皇帝はあっちの部屋に布団引いてあるから、そこで寝てね」

「おう、ありがとな」

 

 小鷹はそう言って使っていない居間を指差す。

 自分も起きていても意味はない、さっさと寝て明日を迎えよう。

 そう思い、その部屋へ向かおうとした時だった。

 

「……さてと、夜空ちょっとこっちこっち」

「え?」

「いやその、少し一杯付き合ってくれよ」

 

 と、隼人が用意したのはお酒だった。

 夜空はまだ未成年だ。過去にそれらに手を出したことはあるが、こう大人の方から飲むよう要求されるのは異端の事。

 

「お前さんも結構やんちゃしてんだろ?」

「確かに……中学時代に煙草と酒をちょっと。同級生に注意されてやめましたけど……」

「ならば関係ないやな」

 

 そう言うと、隼人はワイングラスにワインを注ぐ。

 これは隼人が外国で買ってきた少し高めのワインだ。

 夜空としてはワインは手を出したことがない。あってもビールやカクテルまでである。

 二つ注がれるワイン。そして夜空は対面で隼人と向き合う。

 

「学生時代はザキと良く飲んだもんだよ」

「……一学園の理事長が、学生時代に飲酒ですか?」

「俺が無理やり飲ませた。あれだぞ? 生真面目なだけじゃ世の中やっていけないんだぞ」

「そんなもんなんですかね……」

 

 色々と、この二人は似た思考を持つもの同士。

 下手に生真面目よりも、砕けた方が接しやすいのは、夜空自身もよく理解していた。

 対面に座る隼人は躊躇なく飲みまくる、それもすごいスピードで。

 

「ほら、飲め飲め」

 

 夜空は進まれるがまま、まずはワインを一杯飲み干す。

 

「……おいしいですね」

「だろ? やっぱりお前はわかるやつだな」

 

 一日にして友達の父親とここまで仲良くなれるとは。

 いや、逆なのかもしれない。隼人が夜空に深く接してきているのである。

 その後も何杯か飲むのだが、隼人は一向に酔う気配がない。

 一方の夜空は、三杯目くらいで顔が熱くなり始める。これ以上飲んだらいけないと、一旦グラスを止めた。

 

「してさ、聞きたいことがあんのよ。あぁ別に大したことじゃないからさ」

「え? なんですか?」

「お前さん、小鷹の事好きなの?」

「ぶほっ!!」

 

 危ない、ワインを飲んでいたら間違いなく隼人にぶっかけていただろう。

 盛大に噴き出した夜空。なにが大したことじゃないことだろうか、最初にしてはとてつもない質問だった。

 

「い……いきなり何を?」

「ちっ、酔わせれば本音が出ると思ったんだがな。そこで小鳩が好きですでも言わせれば即リアルファイトだったが」

「どんだけ小鳩好きなんですかあなたは。てかその……あーーー」

 

 長い黒髪をいじり、困り果てる夜空。

 そんな夜空を、隼人は観察するように見据える。

 

「その、いやその……え~と」

「わかった。無理に答えは聞かない。でもなんちゅうかな、お前さんが小鷹に向ける視線が、友達以上のものに感じたんだよなぁ~」

「……確かに、小鷹は俺にとって……ただの友達じゃない……です」

 

 意外なところで、夜空の本音が飛び出した。

 そこを、彼自身は誤魔化したくなかった。

 

「……というと」

「なんつうかその……あいつの傍にいてやりたいっていうか。あー何言ってるんだ俺……」

「ふふ、そうか。お前さんは"今でも"、そう思ってくれているのか」

「……?」

 

 ……今でも。

 その言葉に、夜空の表情は固まる。

 そして隼人はワインをもう一杯飲んだ後、先ほどまでの飄々とした雰囲気を消した。

 次に見せたその表情は、真剣そのものだった。

 

「あ~そのなんだ。お前さんは俺の事を"覚えているか"?」

「あ……」

「色々考えがあるんだろう? 小鷹はまだお前さんの事を"気付いていない"みたいだし。でもな、あいつの父親としては、お前さんには感謝してもしたりないくらいなんだよ」

「……俺は」

 

 その続きを夜空が言おうとした時、隼人が手を前に出し待ったをかける。

 

「……夜空、今から俺の言う話を聞いてくれるか?」

「話?」

「あぁ。情けなくて、最低でどうしようもない、クズな父親の話だ。お前さんにだからこそ話せることなんだ。いや……お前さんにこそ、聞いてもらいたいことなんだ」

 

 そう言う隼人の表情からは、後悔というものが滲み出ていた。

 これから話されることを、夜空はなんとなく察していた。

 間違いなくあの話。かつて死神と呼ばれた、羽瀬川小鷹の過去の話。

 

「夜空。この先俺を殴りたくなったら殴ってくれて構わない。見限ってくれても構わない。許してくれなんて……絶対に言わない」

 

 その言葉を聞いて、夜空も覚悟を決める。

 様々な感情が彼を支配するだろう。彼女を思い続けていた自分に、悩み苦しむことだろう。

 挫折するかもしれない。今まで堅く自分に言い聞かせていた約束を、果たせなくなるかもしれない。

 小鷹の消えない怪力、失った瞳の光。

 それらを取り巻く壮絶なる過去。かつての親友と出会う前、出会い、そして裏切った後の彼女の壊れた心を。

 

「……聞かせてください。小鷹が……"タカ"が、なんであんなにも悲しい目をしていたのか」

 

 ――この時少年は、過去と向き合う扉を開いた。




後編へ続きます。
ちなみに小鷹の一人称は二種類あり、人によってわたしとボクを使い分けています。

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