はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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第24話です。


羽瀬川小鷹の誕生日

 七月三十日。

 夏休みが始まって約一週間ほど経った。

 だがそれでも、夏休みは九月一日まで続くので、学生たちの楽しい毎日はまだまだ続く。

 しかしそれだけ長い期間休みがあるということは、それだけ夏休みの宿題が多く、そして難しいということである。

 小鷹も毎日二時間ずつやっているのにも関わらず、一向に減る気配がない。

 当然今日という日もいくつか宿題をやっておかねば後に響く。しかし、この日小鷹は宿題に手をつけようとはしなかった。

 なぜならこの七月の三十日は、彼女にとってとても大切な日だからである。

 

「"誕生日"だからとはいえ、早起きして自分を甘やかせても、特にいいことがあるわけでもないんだなぁ~」

 

 そう、今日は羽瀬川小鷹の誕生日なのである。

 彼女の誕生日は毎年夏休み中に迎える。他の子供や学生たちが夏休みを満喫してる中で迎える。

 ということは、言うだけ悲しくなるのだが、今まで彼女は身近な友人に誕生日を祝ってもらったためしがない。

 毎年妹の小鳩が「おめでとう」と言ってくれるだけ。気がつけば父親も仕事で忙しいのか彼女の誕生日を忘れてしまった(ちなみに小鳩の誕生日はばっちし覚えているらしい)。

 そんな寂しい誕生日を迎えること今年で十七回目。外の天気は雨、このパターンは十三回目である。

 

「あ、姉ちゃん誕生日おめでと」

「うん、ありがとう小鳩」

 

 午前十一時半、起きてきた小鳩にお祝いの言葉を受け、もうこれで誕生日は終わってしまいそうな勢いだった。

 小鳩はその後プレゼントをくれるわけでもなく、本当におめでとうの言葉だけで全てが終わってしまった。

 小鷹は考える。誕生日最大のイベントが終わってしまい、残された半日以上という時間をどう過ごそうかを。

 外は雨、もうそれだけで色々とやる気がそがれてしまいそうだった。なので部屋でくつろぐことに。

 

「自身へのプレゼントは平和な休息ということで……笑えねぇ」

 

 と、少しばかりの寂しさを愚痴っていると……。

 

 プルルルルルルルル!

 

 と、小鷹の携帯の着信が鳴った。

 誰かなと見てみると、そこには『高山ケイト』の文字が表示されていた。

 

「もしもし?」

『やぁ羽瀬川先輩、夏休みはエンジョイしているかな?』

 

 後輩だというのに年配者のような台詞回しのケイト。

 小鷹はそれなりに夏休みをエンジョイしている。が、用件はそれだけなのだろうか。

 

「してるよ。それで用件は……それだけ?」

『んにゃ、今日はバイト休みでさ。暇だから妹を連れて先輩の家におじゃましようかなって。大丈夫かな?』

 

 どうやらケイトは小鷹の家に遊びに行きたいとのことだった。

 小鷹自身は構わないが、外の天気は雨だ。大丈夫かと心配になる小鷹。

 

「いいけど、雨は大丈夫なの?」

『大丈夫。したら今から行くからね~ん』

 

 と、一方的に電話を切ってしまった。

 霧雨とはいえ、スクーターで家まで来るのは大変なことだろう。

 しかしこんな日でも家に遊びに来てくれることは、小鷹としてはうれしいことだった。

 ましてや今日は自身の誕生日だ。わざわざそれを言うことではないが、それでも人が来てくれるのはうれしかった。

 

「さてと、居間の方付けでもするかな」

 

 小鷹がよっこらしょと、立ちあがろうとした時だった。

 

 ピンポーン♪

 

「ん? 誰かな」

 

 小鷹は受話器を取る。すると……。

 

『やっほー、到着したよん』

 

 早いな……。小鷹は瞬間的にそう思った。

 さきほど電話をしてからまだ一分も経っていない。

 恐らく先ほどの電話は小鷹家の近くでしていたのだろう。もし今日は無理と言われたらこの雨の中どうしていたのだろうか。

 この際細かいことは考えても仕方がないと、小鷹は玄関の方へ向かう。

 

「お客さん?」

 

 居間でのほほんとしている小鳩が小鷹にそう尋ねる。

 基本的に小鳩は小鷹の客人が来ると自身の部屋に向かうのである。

 

「うん、後輩」

「そっか。したらうちは部屋に行ってるけん」

「いや別にいてもいいよ。そんな毎回毎回気を使わなくてもいいよ」

 

 と、小鷹は小鳩に優しくそう言葉をかける。

 小鳩的には、あまり馴染みのない人と顔を合わせるのが苦手なだけなのだが、小鷹からすればそれが気を使っているのだと思われているようだ。

 

「いや~。雨降りしきる中スクーター走らせるとこう、見えない何かが見えるもんだね」

「何が見えるんだよ」

 

 玄関を開けると、いきなりケイトがわけのわからないことを言いだしてきた。

 小鷹はすぐさま家に招き入れる。夏とはいえ風邪を引いては大変である。

 と、先ほどケイトが『妹』と言っていた通り、ケイトの後ろに小さな子供がひっついていた。

 

「えぇと、確か妹と一緒に来るって……」

「あぁそうそう。ほらマリア、このお姉ちゃんに挨拶しなさい」

 

 妹の名前はマリアと言うらしい。

 レインコートを取ると、その妹の姿がはっきりと見えた。

 容姿はケイトを一回り小さくしたような感じだった。小学生だというのに目に見てわかるほど整った容姿。そして発育の良さ。

 小鷹は発育が悪い方で、貧乳だった。なので少し羨ましく思う。

 

「おう! 初めまして高山マリアです!!」

 

 天真爛漫。そう表現するのがぴったしだろう。

 元気よく挨拶をするマリア。

 挨拶をきちんとできる子供に悪い子はいないはずだ。小鷹はそう思い挨拶を返す。

 

「はじめまして。羽瀬川小鷹だよ」

「小鷹……。ふえぇ~」

 

 なにやらマリアは小鷹の髪の毛を気にしているようだ。

 確かに小鷹のくすんだ金髪は、小学生からしたら珍しいものかもしれない。

 何回か触ったのち、マリアはこの髪の毛に対する感想を口にする。

 

「う~ん。なんか"うんこ"みたいな色だな!!」

「ぶっ!!」

 

 今までこの髪の毛に関しては、数多くのことを言われてきた。

 現に今年、星奈にはギョウ虫みたいな色と言われた。そのことを今でも根深く思っている。

 夜空には何回も腐った金髪、汚い金髪と言われている。そして今、初めて出会った小学生に"うんこ"と言われてしまった。

 

「う……うん……こ?」

「なはは。うんこヘアーなのだあははははははは!!」

 

 天真爛漫、しかしそれと同時にあるのは純粋な子供の心だ。

 挨拶をきちんとできる子供に悪い子はいないと、思っていた小鷹はこの時初めてこの世の小学生の恐ろしさを思い知った。

 

「こらマリア! 出会っていきなり人様になんてこと言うんだい!! ちょっと吹きそうになったじゃないか!!」

「ケイト、最後の一言いらなかったよ」

「んぎゃ! いきなり何をするのだこのうんこババア!!」

「誰がうんこババアだこのクソガキ! うんこお姉さまだろうが!」

「うんこは否定しないんだね」

 

 やり取りを見た感じ、姉妹中はあまり良さそうではない。

 とりあえず玄関で姉妹喧嘩をやられても迷惑なだけだ。小鷹はとりあえず中に入れようとするのだが。

 

「ババアをババアと言って何が悪いのだこのくっそババア!!」

「うんこな上にクソだとこんのぉ。ニュアンスが同じだからって誤魔化せると思うなよこんのぉ!!」

「んぎゃー! グリグリ攻撃やめるのだこのバ・バ・ア!!」

「お・ね・え・さ・まだろうがこの出来そこない妹がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 どうも小鷹の周りの人間は、簡単に喧嘩をする上に周りの迷惑を考えないらしい。

 近所が今どう思っているだろうか。小鷹は無表情で、二人を注意する。

 

「あのさ、とりあえず中入ってよ」

「いやまてい羽瀬川先輩!! この妹を教育してからにさせてくれい!! 人様を前にしてちょっと姉としての意地がうずいてしかたないんだい!!」

「私もババアに屈する気などないのだ。神は私の味方なのだ!!」

「……近所迷惑だし、中に」

「だから待てと言っておろうに羽瀬川せんp」

 

 どがしゃーーーーーーーーーーーん!!

 

「「…………」」

 

 やはり喧嘩を止めるにはこれが一番なのだろう。

 小鷹は瞬間的にリミッターをはずし、玄関にある靴箱に蹴りを入れ大穴をあけた。

 この衝撃的な光景と物が壊れた音には、高山姉妹も言葉を失う。

 穴のあいた靴箱から足を引きぬき、小鷹がゆっくりほほ笑むと、高山姉妹はがくがくと震え神に祈りをささげ始めた。

 

「「神様どうかこの者の怒りをお静めください。神様神様神様神様……」」

「……靴箱」

 

 やってしまった後、小鷹は壊れた靴箱を見て少し後悔する。

 しかし結果は良好という物で。喧嘩を止めてくれたケイトとマリアは、少しビビりながら家の中に入る。

 そして居間に差し掛かるその時。

 

「ね……姉ちゃん。なんかあったん?」

「いや、何もなかったよ。そうだよ何も……"無かった"んだよ」

「……うん」

 

 先ほどの大きな音に、小鳩が気付かないわけがない。

 しかし小鷹は強引に小鳩を納得させる。

 だが、小鳩は次に意外な反応を見せた。

 

「……!?」

 

 小鳩の視界に高山姉妹が映ったその時、小鳩が何やら戸惑いを見せた。

 初めて夜空や星奈、理科や幸村を見たときには、なんともなかった。

 しかし今回は事情が違うみたいで、小鳩は驚きの表情で二人を見ている。

 

「な……なん……で」

「ん? どうしたの小鳩」

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ! うんこ吸血鬼なのだ!!」

「誰がうんこじゃ!!」

 

 うんこみたいな髪の次はうんこ吸血鬼ときた。

 そう発言したのはマリアで、向けられたのが小鳩だった。

 その小鳩だが、まるでそれを言われたことがあるように、または言われ続けているかのように、否定で返してきた。

 

「え? 小鳩この子知ってるの?」

「う……。公園に行くといつもうちをいじめてくる悪ガキ……」

「いじめてくる? この子小学生だよ?」

「うぐ……」

 

 小鳩いわく、この高山マリアとは顔見知りらしい。

 だが、その紹介が『いじめてくる』というのが、どうにもおかしい話だった。

 小鳩は中学二年生なのに対し、この高山マリアは小学四年生。逆ならまだわかる話なのだが……。

 

「あ~。なんか妹から聞いたな~。公園に悪い吸血鬼がいて、仲間たちととそいつを何度か撃退したって……」

「確かに、転校してきた当初、小鳩がたまに膝とか腕とか擦りむいて帰ってくることが……。そっか、小学生と喧嘩して負けて帰ってきてたんだ……」

 

 ケイト、そして小鷹の両者ともに覚えのある話だった。

 この遠夜市に転校してきてから数週間後、小鳩が小さな怪我をして泣いて帰ってきたことがあった。

 最初は学校でいじめでもされたのではないかと心配していたが、聞く限り小鳩は語ることがなかった。

 七月に入ってからはそんなことは無くなっていたので、いじめが無くなったのかと安心していた。

 にしても意外な結末に、小鷹は少し笑いそうになり堪える。

 

「ま、負けてへんよ! うちは中学二年生じゃ!! 小学生に……」

 

 小学生に負けた。その一言を聞いて小鳩が顔を真っ赤にし抵抗する。

 そんな小鳩に対し、マリアは喧嘩を吹っ掛けた。

 

「なっはっは! 久しぶりに会ったなうんこ吸血鬼!!」

「うっさい! なんでうちに来たんやこのクソガキ!!」

 

 こうして聞いていると、本当に小学生同士の喧嘩にしか見えない。

 これにはケイトと小鷹も笑うしかなかった。二人に笑われ、また顔を赤くする小鳩。

 

「ちょ、ちょっと姉ちゃん笑わんといてよ!」

「うふふ。ごめんね~」

「あっはっは! にしても小鳩ちゃんすまなかったねぇ。妹には厳しく言っておくから」

「う……情けなどいらんわアホーーー!!」

 

 ケイトの言葉がもはや屈辱的な一言にしか聞こえず、小鳩は叫びながら自身の部屋にかけ込んで行ってしまった。

 

「あはは! 吸血鬼を撃退したのだ~!!」

「こら! いい加減にしなさいマリア!!」

「ぎゃん!」

 

 調子に乗るマリアに、ケイトが一撃げんこつを加えた。

 数分後、小鷹はなんとか小鳩を説得して、四人で居間で話をすることに。

 

「なはは! 吸血鬼が普段着でいるのだ! 今まで着てた変な服じゃないのだ!!」

「変じゃないわあほ!! うぅぅ」

「んもう小鳩。小学生に負けてたら情けないよ」

「だって……」

 

 年は離れているとはいえ、背丈は全く同じ。

 その上内気で友達の少ない小鳩に反するように、マリアは友達が多く、地元の小学生達が結成した自称チーム、"エターナルナイトバスターズ"のリーダーである。

 周りの小学生は彼女を、"遠夜の天使"、"天皇"などと呼んでは湛えている。

 その彼女と小鳩の喧嘩は数か月前までは小学生たちの楽しみの一つだったほど。最近小鳩が公園に行かなくなってからは、町の正義を守ると題して探索することが日課となっている。

 

「毎日毎日うるさいんだよねぇ。遠夜の平和は私達エターナルなんとかが守るだとかさ。なんちゃらファイヤーシスターズじゃあるまいし」

「あはは。でもたくさん友達がいて、それが楽しい毎日なら、それ以上何も要らないと思うよ。それが一番だと……ボクは思うな」

 

 ケイトの愚痴に対し、小鷹が返答したその言葉には、色々な意味が込められている事だろう。

 小学生の楽しい毎日。小鷹にはそれが存在しなかった。

 羽瀬川小鷹の小学生時代。そう、十年前の小学生達を震撼させた金色の死神事件。

 小鷹も違う意味でいうならば、かつてはここにいる高山マリアのような存在であった。

 が、マリアのような微笑ましい話で済むものではない。彼女の統制は文字通り"力づく"。恐怖による支配であった。

 現在マリアたちが楽しく遊ぶ公園も、十年前は小鷹の縄張りだった。遊びで済むレベルではなく、本当の意味で彼女の許しが必要だったほど。

 逆らう他の小学生は力でねじ伏せ、従わせ。飽きたら食らい、気に食わなければいじめ倒す。

 そんな毎日を、ここにいる羽瀬川小鷹が過ごしたのは紛れもない事実。今でも、その時代の恐怖を覚えている高校生は多いという。

 だからこそ、小鷹にとって今を生きる小学生たちが、高山マリアたちが楽しくあの公園で遊んでいる事が嬉しくてしかたなかったのだ。

 

「そう、あんな支配者なんて……あの公園にはいらなかったんだよ」

「ん? どうしたのさ羽瀬川先輩。しょぼんとしちゃって」

「いや、なんでもないよ」

 

 この話はなるべくしないようにしよう。

 見る感じケイトは金色の死神の事を知らないようだ。

 ならば触れるべきではない、触れる必要のないことだ。なのだが……。

 

「して、この夏休みのエターナルなんとかの活動ってなんだっけ?」

「うん? それはな……」

 

 マリアは居間のテーブルにあるお菓子を頬張っている。

 それをごくんと飲みほしてから、言った。

 

「"金色の死神"を倒すことなのだ!!」

「ぐっ……」

 

 この言葉を聞いた瞬間、小鷹は後頭部を思いっきり殴られるような、そんな衝撃を感じた。

 こんな小さな子供から。十年経ち平和を取り戻した遠夜市の小学生から放たれたそれは、小鷹にとってとても残酷なものだった。

 まさか今の小学生の間にも、自らの黒歴史が蔓延しているのだろうか。

 先ほどまでそれに振れまいとしていた小鷹だったが、これには気になり食いつくようにマリアに迫る。

 

「こ……金色の死神を……倒す?」

「なはは! 私達小学生の間で伝説になっている話なのだ!!」

「伝説て……」

 

 消え去るどころか語り継がれていたではないか。

 これには小鷹も、驚きを隠せずにいた。

 そして隣にいる小鳩までも、次第に表情を曇らせはじめる。

 

「なんでも十年前、小学生の間ですごいいじめっ子がいたってねぇ。私は良く知らないんだけどね」

「そ……そうなんだ」

 

 ケイト自身は本当に知らないらしい。

 しかしそれを妹から聞いているようで、それなりの情報を持っている。

 小鷹はなんとか平然を保ちながら、応対する。

 

「ちなみに、どんないじめっ子だったの?」

 

 小鷹はケイトにそう質問をする。

 

「う~ん。興味があったんで妹以外からも話を聞いてみたんだ。あんまり危ないことに手を突っ込まれても困るんでねぇ」

「うん、そしたら」

「なんでも同じ小学生の"顔を奪った"り、"地獄の断頭台"をくらわせたり、公園のジャングルジムを"死のリング"にしてデスマッチを緩行したりしてたらしいよ」

(したことねぇんだけど!! てか何そのデマ!? ボクは悪魔超人じゃねぇぞっっっ!!)

 

 どうやら小鷹の悪行は十年間で大げさに改変されていたようだ。

 その他逃げる小学生にハリケーンミキサーをしかけたり、異次元に吸い込んだり、分身をしてクロスボンバーをしかけ顔を剥いだり。

 と、聞く限りものすごく漫画的かつ残酷な表現ばかり並んでいた。当然小鷹はそれらを一つのやったことがない。

 覚えている限りでは、公園のベンチを振りまわし、砂場にクレーターを作ったり、自分に砂をかけてきた勇気ある女の子をものすごい形相で町中追いかけまわしたりしたくらいである。

 ……そう文章にしてみると、意外と近しいことをやっていたかもしれない。小鷹は少し涙目になった。

 

「そうなんだ。すごいねその死神……」

「まぁ十年経ってるしもう問題はないと思うんだけどね。外見は確か、小学生なのに髪の毛が金髪。それも少し濁った感じの金髪だったらしいよ。そんな小学生いるわけないじゃん~」

(ここにいるよ! 青山○ルマじゃないけどね!!)

 

 そこまでくっきりと外見情報が漏れているのに、どうしてケイトは気づかないのか。

 というか小鷹もそれが気になっていた。明らかに一人しか該当しない外見に加え所々怪力まで発揮してしまっているのに、自分を金色の死神と気づいた人といえば前にプールで星奈をナンパしてきた悪い若者集団くらいである。

 聖クロニカ学園の生徒たちも、自分の物理的怪力に対し恐怖を抱いているだけで、金色の死神だからというわけではない。

 

「んで……。マリアちゃんはその死神を倒してどうするの? なんか恨みがあるとか……それとも、そいつが悪党だから?」

 

 小鷹は少し元気なさげにマリアにそう質問する。

 この際ならはっきり言ってほしかった。ものすごい悪い奴だから許せないのだと。

 今になってそう言われたからといって、小鷹がマリアを泣かせるわけではない。

 金色の死神はこの街から消えた。十年前に、たった一人の味方をこの街に残して。

 もう彼女はいない。この遠夜を支配していた悪魔はいない。小鷹ももう二度と……死神に戻るつもりはない。

 

 ――しかし、そう思っているのに、小鷹の怪力は消えることがない。

 死神で無くなっても、そのことに罪意識を抱いていても、彼女から怪力が無くなることはない。

 無くならないどころか、どこかでそれを使用してすらいる。そのことに関しては、小鷹はどう説明すればいいのかわからなかった。

 そして前にSAOをやった時、現実ではないことをいいことに、小鷹は一度死神に戻ってしまった。

 その出来事には言い訳もできない。そう、小鷹は未だどこかに死神を飼っているのだ。

 

 そう、金色の死神はまだ……"死んではいない"。

 

「確かに、死神は悪いやつなのだ! みんなを苦しめる悪いいじめっ子なのだ!」

「……そう……だね」

 

 子供の純粋な意見、それには小鷹は何も言い返せなかった。

 

「――でも、私ならば仲良くなれるのだ」

 

 その次に発したその一言に、小鷹、他の二人も目を丸くした。

 

「え?」

「死神は確かに悪いやつなのだ。でも、悪いことをするということは嫌なことをされたからに違いないのだ。だからもし、今死神が現れたら……私は逃げずに立ち向かうのだ」

「…………」

「私はな、死神がどうして悪いことをしたのかわからないのだ。でも、わからないことがあるなら"わかればいい"だけなのだ」

「…………」

「私も友達と喧嘩をした時、ものすごく寂しくなるのだ。だから……きっと死神はいじめをした時"寂しかった"と思うのだ。それらをわかってあげられたら、きっと死神は悪いことをしなかったと思うぞ!」

「…………」

 

「だから私は死神を倒すのだ。そして……死神を"救って"やるのだ。そうすればみんな……"友達"になれるのだ! あはは!!」

 

 マリアはそれを、本心で言っていたのだろうか。

 単にかっこいい言葉を、聞き惚れた言葉を並べていただけだったのだろうか。

 もしそうだったとしても、小鷹はそう思いたくはなかった。

 そう思っては……いけないと思った。

 あの時と同じだった。かつて……一人の少年が声をかけてくれた時と同じ。

 こんな自分にも味方がいる。理解者がいてくれる。その人たちまで敵に回し続けた彼女が抱いた……恐怖。

 自らの寂しさが生み出す恐怖。悲しみが生み出す感情がそれだった。

 

「うん? どうしてうんこのお姉さんは泣いているのだ?」

 

 気がつけば、小鷹は涙を流していた。

 十年経っても、死神の恐怖が渦巻く今の遠夜市でも、こんなことを思ってくれる人がいてくれたこと。

 そのことに、小鷹は純粋に涙を流した。横を見ればケイトも泣いていた。

 

「まったくこの子は……ぐす。私の自慢の妹だよ」

「本当に……ありがとう。ありが……とう」

 

 嗚咽を漏らすように泣く小鷹。

 見ると小鳩もうつむいている。

 

「……姉ちゃんはもう、寂しい思いをしなくていいんじゃ」

「小鳩……」

「もう姉ちゃんは……レイシスじゃないんだから……」

 

 姉の汚名を受け継いだ妹の優しい言葉。

 小鳩が常に名乗っているその真名は、彼女なりの姉に対する想いである。

 

「さてと、ずいぶんと涙ぐましいことになってしまったわけだが」

 

 泣き終わると、ケイトが手を鳴らして仕切り直す。

 それと呼応したかのように、雨も上がり、天気が晴れていく。

 

「実は羽瀬川先輩、今日はただ遊びに来たわけじゃないのよん」

「え? なんかあんの?」

「ふふふ、それは自分の胸に聞いてみたまえよ」

 

 と、ケイトが勿体ぶったようにそう言った時。

 

 ピンポーン♪

 

 玄関のチャイムが鳴る。

 

「ん? 誰だろう?」

「さて、誰だろうね~」

 

 ケイトはそう言ってニヤニヤしている。

 小鷹はケイトに引っ張られるまま、受話器も取らず玄関の方へ向かう。

 そして、扉を開けるとそこには……。

 

「よぉ、小鷹」

「やっほー、小鷹」

「姉御、おげんきでなにより」

「いえーい、小鷹お姉さん」

 

 そこには、夜空、星奈、幸村、理科の姿があった。

 皆、今日は忙しいと言っていたため家には来ないはずである。

 なのだが、そのみんなが今、小鷹の家の玄関に揃っている。

 その手にはそれぞれ何かを持っている。そして……皆が口を一斉に口をそろえて。

 

「さてと……小鷹、誕生日おめでとう!!」

 

 そう、皆が小鷹を祝福した。

 これには小鷹も動揺を隠しきれない。どうして自分の誕生日を、みんなが知っているのか。

 

「な……なんで?」

「なんでぇ? そりゃあな~」

「あんたの妹が、夜空に教えたからよ」

「なっ! 肉てめぇ、俺が言うセリフだろうが!!」

 

 星奈に先を言われ、夜空が星奈に食ってかかる。

 小鷹が小鳩の方を見ると、小鳩はとても恥ずかしそうにしていた。

 そう、小鳩はひそかに夜空に姉の誕生日を知らせていたのである。

 夜空はそれを自身の仲間たちに広め、小鷹にバレないよう誕生日を祝おうと計画していたのである。

 

「姉御、おどろかれましたか?」

「びっくりしたに決まってるじゃないですかぁ」

 

 幸村と理科が小鷹の顔色を見てちゃかしてくる。

 こんなにも多くの人たちに、祝ってもらう誕生日。

 これには小鷹もやられた。そして状況を把握した後、もらったプレゼントを強く抱きしめ、泣いた。

 

「う……うぅ……」

「お、おい小鷹。そんなに嬉しかったのか?」

 

 泣き崩れる小鷹に、夜空はそう声をかけた。

 先ほどマリアが言った通りだ。

 みんなが死神を救う。そしてみんなが……友達になれる。

 今、羽瀬川小鷹は大いに救われたことだろう。十年経ち、かつて自分が地獄を見せたこの地に戻ってきて、たくさんの人たちに出会い、優しさに触れたことだろう。

 小鷹は泣いた。たくさん泣いた。この嬉しさを噛みしめ、今、自分を見てくれている仲間たちの事を思って……。

 

(母さん……父さん……。わたしにも……こんなにたくさんの友達ができたよ……)

 

 今は亡き母親、そして自身のここまで育ててくれた父親。

 その二人に捧げるように、小鷹は内心そう呟いた。

 もう死神は一人じゃない。自分は一人じゃないのだと……この時小鷹は改めて確信したのだった。

 

 羽瀬川小鷹の、十七回目の誕生日。

 この日、彼女にとって最大の奇跡が起こったのであった……。




ちなみに原作の小鷹は誕生日など祝ってもらえるどころか触れてすらもらえませんでした(笑)

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