はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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第20話です。


ロマンシングなオンラインゲーム

「新作オンラインゲームのベータテスト?」

 

 ある日、小鷹の元に志熊理科からこんな電話がかかってきた。

 

『今理科はとある会社と共に新作オンラインゲームを開発しているのですが、そのテストプレイヤーを良ければやってみませんか?』

「いいけど、ボクなんかでいいの?」

『はい! 小鷹お姉さんは理科の大事な"ご友人"の一人です。お兄ちゃんや星奈さんも誘っているのですが、小鷹お姉さんもどうですか? 新時代のゲームを体感できますよ?』

 

 こんな機会をもらったことよりも、いつのまにか自分が理科の友人になっていたことの方が小鷹にとっては驚きであった。

 最も理科との交流は過去に二回夜空とともに家に来たことと、MO(※モン狩りオンライン)を一緒にしたことくらいなのだが。

 そんな短い期間で友達扱いとは、世界は広い、心が大らかな人がいるんだなと小鷹は涙を流しそうになったが堪えた。

 

「うん、興味あるから是非とも体験させてほしいな」

『そう言ってくれると思いました。では二日後に永夜市内の○○大学の研究所に来てください』

 

 そう伝え終わると、理科は電話を切った。

 永夜市は遠夜市から電車で二十分程のところにある。この地方でも中核になっている大都市である。

 理科は現在そこのとある大学の研究所を借りているとのことだ。天才少女は色々と扱いが大きいなと小鷹は内心思うのであった。

 

-----------------------

 

 そして二日後。

 小鷹は永夜駅にて、本日のメンバーと待ち合わせをしていた。

 そしてその他、新作のゲームのベータテストに誘われたのは、夜空、星奈、幸村の三人である。

 

「うぃっす小鷹」

「ずいぶんと早いわね、てかあっつ……」

「おつとめごくろうさまです姉御」

 

 小鷹に少し遅れ、三人がやってきた。

 夜空と星奈はいつも通りの涼しい格好だが、相変わらず幸村は浴衣。

 この暑さにもかかわらず、暑さ一つ見せずに悠々としている。

 

「ま、大学の研究所の中は涼しくなってるだろ、クーラー全快を希望する」

 

 そう言いながら、夜空は先に行ってしまった。

 それに続くように小鷹達も大学に向かう。

 道中、小鷹は幸村とこんな会話をしていた。

 

「幸村がゲームって、なんか意外……」

「そうですか? わたくしはそれなりによくげーむをしますが……」

 

 ヤクザの娘でもゲームをするのだろう、普段からのほほんとしている幸村からは想像もできない。

 と、何も知らない小鷹に対し、夜空が付け加えるように言った。

 

「あ~。おめぇそういや知らなかったっけか。そこのお嬢様な、ゲーマー内ではちょっとした有名人なんだよ」

「そうなの?」

「戦国RANSEだっけ? そのゲームのアンリミテッドモードの日本記録保持者だし。MOでも東日本の上位ランカーに食い込む凄腕のゲーマーだぜ」

 

 ただゲームが好きなだけでなく、特定のゲームに対してかなりやりこんでいる有名人らしい。

 

「へぇ、てかその……ヤクザの娘なのにそんなことで有名になっても大丈夫なの?」

「ふだんはあまりいいふらしてはおりませんゆえ、それにおじきはわたくしに対し『なりたいようになれ』といってくれてます」

「ふ~ん、なんというか、幸村は幸せ者だね」

 

 怖い環境にいるとは言え、義を通した人々に温かくされ育てられた幸村に対し、小鷹は素直にそう思った。

 しかし、幸村にも暗い過去はある。現在幸村は楠組の三代目である母方の祖父、そして猿飛ら約十人ほどの若い衆とともに暮らしている。

 そして両親は物ごころついた時にはこの世を去っており、そのうち母親である楠姫子は名のあるゲームクリエイタ―だったという。

 彼女がゲームを愛するのはおそらく、死んだ母親のゲームへの思いを受け継いだからなのかもしれない。

 と、話している間にも理科のいる大学についてしまった。

 

「ちょりーっす☆ お待ちしておりました我がご友人方~!!」

 

 大学に付くと、理科が天真爛漫に皆を迎えてくれた。

 相変わらず元気でいいことだなと、小鷹は苦笑いでそう思う。

 小鷹御一行は理科に連れられ、研究所の第三スタジオというところに案内された。

 

「こちらですぅ。これが我らが現在開発している新作オンラインゲームの全容です!!」

 

 理科がそう言って皆に見せたのは、一人一台ずつ用意された高性能のパソコンと、それに接続されたヘッドマウントディスプレイ型の装置。

 小鷹はなんとなく、このような装置に見覚えがあった。よくあるオンゲーを題材とした創作物に出てくるソレと全く同じもの。

 まさかと思い、小鷹が半分冗談で言う。

 

「まさか理科ちゃん、これってひょっとしてさ、"VRMMO"とかじゃないよねぇ~?」

「はっはっは小鷹お姉さん。まさしく"その通り"ですよぉ~」

「あははそうだよね……ってえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 冗談で言ったつもりだったのに、まさかにしてこの天才少女は、皆が望んでいる仮想世界を実現させてしまったと言うではないか。

 ちなみにVRMMOとは、最近話題になった作品に出てくる近未来のオンラインゲーム。正式には仮想現実大規模多人数オンラインという。

 自分の意識をゲームに送り込む、あたかもその世界にいるかのようなリアル感。まさしく現在のゲーム業界が辿りつく究極の形がそれである。

 

「おいおいマジかよ理科。本当にそんなもん作っちまったのか。俺たちキ○トさんになれんの?」

「お兄ちゃんはあれに負けないくらいモテモテじゃないですかやだー」

「だっはっは! じゃあ仮想世界で倫理コード解除して可愛い従妹と思う存分セッ○スできるってことかぐえっ!!」

「少し黙れ……」

 

 相変わらず理科が傍にいると夜空の十八禁トークは加速世界に突入する始末。

 小鷹は暴走しそうな夜空を殴って黙らせた後、改めてこのゲームの内容を説明してもらった。

 

「このゲームはスク○ェアさんと私どもが協力して作り上げた新時代のオンラインゲームです」

「すごいね、なんてタイトルなの? まさかとは思うけどなんとかアートとかは付かないよね?」

「あはは小鷹お姉さん。そんな有名どころから名前を頂戴はしませんよ~。タイトルは『ロマンシング佐賀オンライン』。略して"SAO"です」

「めちゃくちゃパクってんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ロマンシング佐賀オンライン。

 と、タイトル自体はスク○ェアさんの有名作のオンライン版ということがわかる。

 しかし小鷹からしたらその略し方が気に食わなかった。

 確かに『Romancing 【Sa】Ga 【O】nline』であるため、SAOという略し方は合っているといえば合っている。

 なのだが、その略し方で売り出してしまうと別のところからお声がかかってしまう可能性があると、小鷹は強く非難をするのだが。

 

「え? 別にいいじゃないのよSAO。ロマンシングなんちゃらって呼びづらいじゃない」

「いやいや星奈! その略し方で仮想世界とか言われたらどうやっても"あの作品"が出てくるから!!」

「"えすえーおー"ですか。はやくやってみたいです」

「あのさ幸村~。お願いだからそこだけひらがな表記やめてくれないかな~!! 読み方までバレちゃったじゃん!!」

 

 危うんでいるのは小鷹だけで、他の連中は色々と危ない表記に対して特に危機感など覚えてはおらず、もうすっかりSAOで通してしまっていた。

 結局略称はSAOのままで、皆はそれぞれパソコンの前に座り始めた。

 小鷹はやりきれない気持ちを残しながら最後、しぶしぶパソコンの元へ向かう。

 

「では理科が合図を出したら、みなさん「リンクスタート!」と言ってゲームを起動してください」

「もういいや好きにしてくれ」

「では……どうぞ!」

 

 リンクスタート!!

 

-----------------------

 

「……う……うぅん」

 

 リンクスタートと叫んだと同時に、小鷹の視界が真っ暗になった。

 そして目が覚めると、職業選択のコマンドがでかでかと小鷹の目の前に現れる。

 指でスライドさせていくといろんな職業が書かれている。剣士を始め、ガンナー、鍛冶屋、ランサー等。

 小鷹は現実では戦士で鉄拳使いにあたるだろう。しかも冗談では済むレベルではなく本当に壁や岩などを砕いてしまう。

 現実から職業戦士をやっている小鷹からすれば仮想世界に来ても破壊王はごめんだったため、大人しい魔法使いにすることにした。

 職業を選ぶと、場面は次に移り変わった。

 目に映ったのは、遠くまで広がる大草原。そして耳に直接響く鳥のさえずり、獣の泣き声。

 草むらを踏む実感、自然の匂い、人々が憧れる仮想世界が今、小鷹達の前に現れたのであった。

 

「……ログアウトボタンは……あるよね」

 

 なんとなく小鷹が最初に行ったのは、ログアウトボタンの確認だった。

 もしかするとあの作品みたいに、ログアウトができずデスゲームが始まってしまうかもしれない。

 が、とうぜんこんな日常コメディ小説にはそんな戦慄な展開など存在しない。本当にただ新作を気軽に遊ぼうという気構えである。

 

「あはは、理科はカヤンバさんではありませんから安心してくださいねぇ」

 

 と言って、後ろから理科の声が聞こえてくる。

 その理科の格好は、檜皮色のパフスリーブの上着に同色のフレアスカート。その上から純白のエプロンのようなものをつけている。

 格好だけではなんの職業かはわからない。

 

「鍛冶屋を選んだらこうなりました」

「……名前繋がりだね」

「気にしすぎですよ。それよりお姉さんの格好もすごいですよ」

「そうなの?」

 

 と言われても、小鷹には自分の格好が見えない。

 困っている小鷹に対し、オプションで装備品の確認をすれば見られると言われ、言われた通りオプションを開くと。

 そこには魔法使い羽瀬川小鷹の姿があった。

 

「…………」

 

 言葉にできない感覚に陥る小鷹。

 その格好という物、どこかこっかけばけばになったボロボロの白のワンピースだった。

 魔法使いらしい怖々とした雰囲気、そう考えれば別に不思議ではない。

 が、この格好を小鷹がしていることに問題があった。

 

 ――それは十年前、かつて遠夜市内の小学生達を恐怖に陥れた金色の死神。

 それは羽瀬川小鷹自身の事である。そして今小鷹がしている格好はまさしく、その時の小鷹をそのまま再現したような格好だったのである。

 小鷹にとっては拭いきれない黒歴史であり、正直思い出したくもないものだった。

 それが今仮想世界で嫌でも思い出さざるを得ない、言いすぎるなら、過去の最凶時代の小鷹が仮想世界に召喚されたようなものであった。

 

「どうしましたお姉さん? なんか腑に落ちないような表情をしてますが」

「……理科ちゃん。かつて遠夜市にいた『金色の死神』って知ってる?」

「なんですかそれ? ちなみに理科はえっちぃことは大好きですよ?」

「……偶然か」

 

 理科は小さい頃は遠夜市にはいなかったため、当然小鷹の過去など知る由もない。

 何かしら因果を感じながらも、小鷹はなるべくその過去を出さぬよう我慢をすることにした。

 なお、魔法の項目を確認して見ると。魔法欄には『ゴールデン・デス・パニッシュメント』『クイーン・デストロイヤー』『オーガフレイム』と嫌味ったらしく小鷹の最凶時代を連想させるような名前ばかりあった。

 小鷹が若干落ち込み気味の時、上級から光の魔法陣が現れ、その中から夜空、星奈、そして幸村が召喚された。

 

「なっ、なんか小鷹の格好怖い……」

「うるさいな……」

 

 人が気にしているというのに、漬け込むように星奈に言われさらに落ち込む小鷹。

 そんな星奈の格好は、白と赤を基調とした騎士風の戦闘服。と、これまたどこかで見たことのあるような恰好であった。

 

「私は白騎士を選択したわ」

「あぁそう。して皇帝は?」

 

 と、夜空の方を見てみると、これまたわざとらしく見たことのある恰好であった。

 黒のコート。もうこれだけ言えばあの有名なモテモテ主人公である。

 後ろには薄い水色の剣と真っ黒な剣を二つ背負っている。

 

「二刀流剣士というのを選択したらこうなった。戻ってきた……この世界に!!」

「お前少し黙れ」

 

 夜空は危なっかしい発言をする上、幸村の格好も赤を基準とした武士と、気がつけば全員身に覚えのある格好の布陣が揃っていた。

 こうして小鷹達はそれぞれ好きな職業を選び、人生初のVRMMOの扉を開いたのであった。

 

「これはテスト版のオフラインモードなので、理科達が用意したオフライン専用のボスを倒せばクリアとなります」

 

 目指すはヴァルハラ城、理科が指差した方向にそれはあった。

 本来は百層くらいまでステージが用意されているらしいが、テストの都合上一層の特別ステージとなった。

 しかしテストとはいえ、理科いわく魔王はかなり手ごわく作られているという。油断はできない。

 意を決した小鷹達は道なりを進む。すると……。

 

 キシャーーーーー!!

 

「ひゃっ!」

「おっ、これはこれは……」

「もののけが現れましたね……」

 

 悲鳴を上げる星奈を横目に、夜空と幸村がやる気満々で剣を構える。

 出てきたモンスターは魚に手足が生えている。いわゆる半漁人のような怪物であった。

 顔がなく大きな口に牙がずらりと並んでいる。エイリアンにも似たそれは、この場が仮想世界ということもあってか気味の悪さが直接伝わってくる。

 モンスターが出現する中、小鷹にはそのモンスターに見覚えがあった。

 

「ワラスボ……じゃないの?」

「おや小鷹お姉さん、博識ですね?」

「なんだそのワラスボって? 深海魚か?」

 

 気味悪そうに夜空が小鷹に尋ねた。

 ワラスボ、九州の有明海に生息するハゼ科の魚。

 どうして小鷹がこのワラスボを知っているかというと、かつて小鷹は九州地方に住んでいたことがあるのである。

 

「この人たちは一番雑魚の『ワラスボ兵士』ですね。他にも様々な種類のワラスボがいます。ベータテストのモンスターは基本的にワラスボがベースになっています。その凶悪そうな見た目がモンスターにするのにぴったりということで採用されました」

「なるほど……」

 

 理科の説明に対し、小鷹はそれなりに納得した様子だった。

 

「じゃあとっととこいつらぶっ潰すわよ!」

 

 星奈も腰に刺してある細剣を抜いて、ワラスボに対し宣戦布告する。

 

「これは現実だ。この世界で死ねば俺は本当に死ぬ」

「いや死なねぇし」

 

 すっかり夜空は仮想世界にどっぷり浸かってしまったようで、あの手この手の発言を連発。

 小鷹も呆れながら、持っている杖(※先端がドクロマーク)をワラスボにかざした。

 そして小鷹達は一斉にモンスターに向かって行った。

 先陣を切ったのは名のあるゲーマーと噂される幸村で、これまた電光石火のような早業で次々とワラスボを撃破していく。

 それに負けじと夜空と星奈も続く。理科と小鷹は後方にてサポートに徹していた。

 モノの三分でモンスターは全滅。最もスコアを稼いだのは幸村だった。

 

「さすがお嬢様だ。一撃も喰らってねぇ……」

「このていどのこと、あさめしまえです」

「……というかこいつら攻撃モーションなかった気が」

 

 夜空と幸村は互いの健闘を讃えあっているが、モンスターは攻撃どころか動きすらしなかった。

 理科いわくまだ未完成で、攻撃モーションがプログラムされていないんだとか。

 

「強敵だった。互いの命のやり取りがここまで切羽詰まるものだったとは……」

「もうそんなんやらなくていいから早く先に行くわよ」

 

 仮想世界を浸っている夜空を尻目に、星奈が船頭を切って先へと進みだした。

 次々と出てくる動かないワラスボ達を撃破していき、小鷹達は個々にレベルを上げていく。

 そんな中小鷹自身も、ワラスボが動かないのをいいことに魔法使いにもかかわらず打撃攻撃を繰り出し、前線へと出始めて行った。

 

「結構気分いいもんだね。これなら自分も戦士あたりにしておけばよかった」

「まさしくバーサークヒーラーですね小鷹お姉さん。まぁ本来は剣士系の職業で仮想世界の爽快感を味わってもらいたかったんですけどね」

 

 そう言って理科も自分のメイスでワラスボを撃破していく。

 そのうちこのゲームが世に出て、皆が仮想世界を味わうことになるのだと思うと、小鷹の胸は高鳴りを上げていた。

 次第に小鷹の攻撃は激しさを増していき、どんどん小鷹の気分もハイになっていく。

 

「……なんか小鷹、剣士であるあたしよりもスコア稼いできてない?」

「俺もなんか追いつかれそうなんだけど……」

「ふふ、だって……"殲滅"って楽しんだもん☆」

 

 小鷹の口から徐々に危ない単語が出てくるようになっていった。

 ワラスボの脳天をかち割るように杖を振りおろす小鷹。

 そんな小鷹の様子に、夜空と星奈が次第に恐怖を見せ始める。

 

「ひょっとして小鷹。その、"昔の血"みたいのが出始めてる……?」

「……やっぱりまだ奥底に眠ってるんだな、小鷹」

「え? 夜空今なんか言った?」

「いや……」

 

 星奈は夜空がなにかを知っていそうなことを発言したような気がして問うが、うまく流されてしまった。

 実際小鷹の過去というのは、星奈はほんのちょっぴりしか知らない。

 あまり触れてはいけない気がしたので、気分が上昇する小鷹は放っておくことにした。

 そして約一時間くらいしたところで、目的のヴァルハラ城についてしまった。

 

「ではみなさん、この扉を開けたらすぐに出てきますから。用心してくださいよ」

 

 理科が油断をしている皆に警告を出し、少しの間深呼吸をする。

 五秒ほど間をおいた後、理科は扉を開けた。

 魔王もワラスボだった。

 他のワラスボに比べて数十倍ほど大きく、禍々しい鎧を着ており両手には剣と斧を装備している。

 そのワラスボ魔王は、扉を開けたとたんすぐさま襲いかかってきた。

 

「げっ! いきなり襲いかかってくる魔王ってなによ!!」

 

 先頭にいた星奈がすぐさま攻撃を回避し叫ぶ。

 

「これが仮想世界、実際の命のやり取りです。ちなみに転移結晶無効化エリアですので逃げることもできません!!」

 

 理科はそう言うと、自らのメイスを振るって魔王に攻撃をする。

 しかしHPゲージは全く減ることはない。

 魔王のHPゲージは他のモンスターが短い物を一つ表示されているのに対し、長いゲージが六つ用意されている。

 これは普通のゲージを六回〇にしなければ倒せないと言うことである。その上魔王の防御力は他のモンスターの群を抜いていた。

 

「どりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 続いて星奈が閃光のような早さで魔王に攻撃を加えるが、これも全て盾で防御される。

 そして魔王の剣が星奈にヒットし、切られた腕からやたらリアルな血が飛び出る。

 

「だ、大丈夫星奈!?」

「いた……くはないけど。めちゃくちゃいやな感じね。HPも一撃で半分以上削られちゃったし……」

 

 小鷹の心配に対し、星奈は顔をしかめて答える。

 しかし相手が強ければ強いほど自らの闘志は燃えるもので、星奈はすぐさま立ちあがり再度魔王に剣を向けた。

 凄腕の幸村も加勢する。しかし幸村の力をもってしても魔王は圧倒的力を小鷹達に見せつけた。

 みんなで協力しなければ勝つことはできない。というにも関わらず、夜空は後ろの方でなにやら剣を片手だけ持って戸惑っていた。

 思えば先ほどから夜空は二刀流剣士にもかかわらず一刀しか使っていなかった。

 

「……皇帝?」

「…………幸村、三分時間を稼いでくれ。このスキルだけは使いたくなかっtぐえ!」

「やらんでいいから早く二刀流使え」

 

 夜空はあの名シーンを再現しようと敢えて二刀流を使わなかっただけである。

 小鷹は夜空の頭をぶったたき、早く二刀流を使えと急かした。

 

「ったくよ、しかたねぇな。二刀流スキル発動!!」

 

 夜空がそう叫ぶと、もう一つの剣を左手に持った。

 そして魔王に向かって行き攻撃するが、それでも魔王のHPゲージはまだ一本も消費できていない。

 小鷹も数々の魔法で応戦するが、場の状況もあってか使う魔法が補助系に偏り始めた。

 

「ぐっ……もうしわけございません姉御……」

 

 そんな中で最初に脱落したのは、この中で一番腕の立つ幸村だった。

 幸村を失いパーティの状態は大きく乱れ、続いて理科まで脱落。

 

「なんだこの強さ! しゃれになんねぇぞ!!」

 

 先ほどまで仮想世界を満喫していた小鷹でさえ、世界観に浸る余裕すらなくなり本気で挑む始末。

 しかし夜空がどれだけ頑張っても、あの世界の黒の剣士のようなチートは発揮できず。

 魔王の攻撃をかわしきれずに、夜空まで離脱。

 

「くそっ……」

「夜空!!」

 

 残されたのは星奈と小鷹だけである。

 星奈の体力は残りわずか、小鷹は体力を八割以上残しているが、魔法ゲージがからっからであった。

 そして魔王のHPゲージは後四本ほど残っており、絶望的状況となってしまった。

 もしこれがあの世界のように、ここで死ぬことは現実世界での死を意味するのなら、どれだけ悲惨で、残酷的結果なのだろうか。

 

「……どうせ現実世界で死ぬわけでもないんだし、ここは最後まで頑張って潔くやられましょ。小鷹」

「いや、ボクはこいつを倒す」

「え?」

「やっぱり魔法はボクには性に会わないや。やっぱり殺し合いは……白兵戦でっ!」

 

 そう言うと、小鷹は夜空が消えたことで残された二刀の剣を拾って、魔王の前に立ちふさがった。

 

「やっぱりプログラムがちゃんと設計されてないから、武器は拾って扱える……」

 

 徐々に小鷹の顔から、凶悪な笑みが浮かびあがる。

 

「こ……小鷹?」

「ふふ……ふふふ。この世界ならボクは……死神に戻れる!!」

 

 そう叫び小鷹は、魔王へと単身突撃しに行った。

 先ほどまで魔王の凶悪な攻撃判定をモノともせず、それをあえて剣で受け止めながら喰らい、それでも吹き飛ばされることなく魔王の両目に剣を二本付き刺す!!

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 これは魔王にとっても急所だったようで、さきほどまでちょびちょび喰らっていた一本のHPゲージが半分消えた。

 この結果に星奈は、ただただ見ていることしかできなかった。

 

「す……すごい」

「ぎゃははははははははは!! あはっ……あはははははははは!!」

 

 この仮想世界では、脳の反応速度が物をいう。

 現実世界で自らの身体を動かす、そしてこの世界で個人のアバターを動かす。その二つを同時に操る能力が長けていれば、仮想世界で圧倒的なアドバンテージを稼げる。

 小鷹は自らのリミッターをはずす時、自らの筋力だけでなく、脳の反応速度まで外れてしまうのである。

 ゲームの理論値を超えた早さで、魔王のHPを次々と削り取っていく。

 まさしくそれは凶戦士。純白のボロボロワンピースが血に染まっていく。小鷹のくすんだ金髪も、赤が混じってより凶悪な色合いへと変わる。

 小鷹の光のない瞳に紅が灯る。こうなってはもう止められる者はいない。

 否、本当は一人だけ、彼女の暴走を止められる者がいた。だが、それは十年前の話である。

 

「あ、あとゲージが一本」

「かったるい! 一気にお前を……お前をお前をお前を!!」

 

「――――――っ!!」

 

-----------------------

 

 その頃夜空たちのいるスタジオでは。

 

「ずいぶんと時間かかかってんな」

「星奈さんたちが頑張っているのでしょう」

「姉御、どうかご無事で」

 

 三人がそれぞれ二人の無事を祈っていると。

 突如パソコンに現れた。『ゲームクリア』の文字。

 

「はっ? ゲームクリア!?」

 

 その文字が意味することは一つ、小鷹と星奈は二人だけであの魔王を倒したということである。

 そして数分後、小鷹と星奈は意識を取り戻し、マウントディスプレイ型の装置をはずして夜空たちの元へやってくる。

 

「おい小鷹、まさかとは思うがおめぇ。あいつを倒したのか?」

「うん、結構大変だったけどおもしろかったよ」

「すごいですお姉さん! これはいいデータが取れますよ!!」

「おみごとです姉御。こんどぜひごいっしょにえむおーをやりましょう」

 

 と、夜空たち三人は小鷹の成果を湛えていた。

 その後、疲れたと小鷹は外へ飲み物を買いに行くことに。

 

「あ、販売機の場所教えますね~」

「わたくしもついていきますあねご」

「というわけで飲み物買ってくる。皇帝は?」

「炭酸意外だったらなんでも」

 

 夜空がそうリクエストすると、小鷹達はジュースを買いに行った。

 部屋に残されたのは夜空と星奈だけに。

 

「さてと。あ、そういやおめぇは飲み物頼まなくて良かったのか?」

「…………」

「あぁ? どうした肉……っ!?」

 

 なにやら元気のない星奈。その身体は、ぶるぶると震えているようにも見えた。

 そして夜空が声をかけたと同時に、夜空に抱きつくようにすがる星奈。

 

「おまっ! どうしたんだよいったい!!」

「あたし、あんな子と。あんな悲しそうで可愛そうな……子と。あたしはあんな子を敵に回そうと……」

「な、なんだ?」

「小鷹……あなたは。"あんなもの"を心の内に……潜めて」

 

 小鷹の何かを見た星奈。

 その恐怖は徐々に彼女の身体を支配し、次第に目から涙がこぼれ落ちる。

 

「……星奈」

「ごめん夜空。今は何も話せない。けど……今だけは、あたしを慰めて」

「……ふざけんな。お前は」

「お願い……だって」

 

 

「――あんた……あたしの"元カレ"じゃない」




夜空=キリト
星奈=アスナ
小鷹=ユイ
理科=リズベット
幸村=クライン

となっています(笑)。

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