はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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セカンドシーズン突入、第17話です。


セカンド・シーズン
食激の小鷹


 七月後半、学生たちの夏休みが始まった。

 数多い宿題、そしてそれ以上に多い楽しみ。

 ある学生は旅行の計画を立て、ある学生は受験勉強に励み、ある学生はのんびり暮らし、ある学生は身近な友達と遊んでいる。

 約一ヶ月という長い期間の休み。友達の少ない少女、羽瀬川小鷹はどう過ごすつもりなのだろうか。

 ちなみに彼女の中学時代の夏休みはというと、一緒に遊ぶ友達は一人もいなかったので、家で勉強するか妹とどこか買い物に行くくらいしかなかった。

 正直、小鷹からすればまだ学校があったほうがマシだったのである。友達のいない自分を横目に友達と夏休みをエンジョイしているリア充共の都合などどうでもよく、夏休みなど早く終われバカ野郎と、そう叫んでいたのも記憶に新しい。

 そんな夏休みの絶望感は高校一年生の時まで続いていた。そして高校二年生となった今年、小鷹にもようやく楽しいと心から思える夏休みがやってきただろう。

 今年はちゃんとした友達がいる。一緒に夏休みを過ごしてくれる仲間が、きちんと傍にいるのである。

 

 彼女の転機は、転校してきてから一ヶ月後にある少年と出会ったことから始まった。

 三日月夜空。その少年が彼女を孤独から救ったのである。

 夜空という少年は眉目秀麗、そして頭もよく人望も厚かった。

 モテモテで友達もよくカリスマ性に優れている。まさに友達のいない小鷹とは正反対の超絶リア充であった。

 どうしてそんな少年が自分なんかに近づいてきたのだろうと、不思議に思うこともあった。

 自分は騙されているのか、そして裏切られるのか。小鷹は中々心を許すことはなかったが、ある日を境に、小鷹はそれらのことを思うのをやめた。

 

 色々なことを乗り越え、夜空と小鷹は友達になった。

 友達のいる夏休み、小鷹はようやくそれを迎えることができたのであった。

 そして夜空だけではなく、星奈や、その二人を通じて出会った数多くの人たち。

 その人たちと送るであろう夏休みに、小鷹は心を躍らせていた。

 

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 夏休みが始まって二日と経っていない日の夜。

 羽瀬川家にて、一本の電話が鳴った。

 小鷹が受話器を取ると、電話の相手は父親である羽瀬川隼人。

 父親からの電話は何ヶ月ぶりであった。というにも隼人の職業は考古学者で、子供を二人日本に残し海外に行っている。相当忙しい日々を送っているのだ。

 母親がこの世を去ってから今に至るまで、仕事の忙しさと並行し男手一つで娘二人をここまで育ててきたのである。

 

『おー、久しぶり』

「うん」

 

 久しぶりの親子の会話なのだが、そっけなく返事を返す小鷹。

 高校二年生にもなれば、遠く離れた父親に会いたいという欲望もそこまで前には出ないものである。

 最も、小鷹からすれば父親は頻繁に家を空けていたため、その境遇に慣れてしまったということもある。

 

『元気そうでなによりだ。学校の方はどうだ?』

「楽しくやってるよ、友達もできたんだ」

 

 隼人のその質問に、小鷹は少し自慢げにそう答えた。

 小鷹からすれば、その報告をずっとしたくてたまらなかったのだろう。

 今まで友達もろくに作らず、父親に心配をかけ続けてきた分、少しは安心させたかったのだろう。

 

『おっ、それはよかったな! そうかそうか……』

 

 その報告には、隼人も素直に喜びの色を見せていた。

 声に震えを感じる。父親として娘の孤独さを心配していた分だけ、安心感が湧き出たのであろう。

 

「小鳩もクラスで楽しくやってるって聞いてるよ。わたし達、この学校に来れてよかったみたい」

『よかった。ザキのやつにも感謝しないとな』

 

 隼人の言う"ザキ"とは、学園の理事長である柏崎天馬氏のことである。

 隼人と天馬は昔馴染みの友人で、小鷹達がこの学校に転校する際も、隼人が天馬に無理を言ったことから始まった。

 最初はいざこざがあったらしいが、仕方なく、本当に仕方がないと。べちゃくちゃ言いながらも天馬は二人を受け入れてくれたのである。

 

『あぁそうだ。こっちもうれしいニュースがあるぞ。三日くらいだが、八月の半ばそっちに帰ることにした』

「え? 仕事の方は大丈夫なの?」

『息抜きみたいなもんだ。小鳩には内緒にしておけよ、いきなり帰って驚かせてやるつもりだ』

 

 隼人が言った嬉しいニュース。それは海外で忙しい自分が久しぶりに日本に帰るということであった。

 小鷹達からすれば結構久しぶりの対面になる。小鷹としても、それは素直にうれしいことであった。

 

「そっか。楽しみに待ってるよ」

『あぁ、出来るならその友達にも会ってみたいな』

「あはは、そんな会わせるような奴でもないよ」

『おいおい、その口ぶりだともしかして"男"か?』

 

 隼人の突発的なその質問に、小鷹は思わず口ごもる。

 

『友達とか言っておいて、彼氏じゃないだろうな?』

「ち、違うよぉ。そんなんじゃない。けど……そいつには何度も助けられたんだ。この学校に入ってからもわたし、怪力のせいで色々やっちゃってさ」

『……そうか』

 

 それから小鷹は、怪力で遠ざけられていたこと、そしてその後に夜空と出会ったこと。

 夜空を通して天馬の娘である星奈と出会ったこと、そして様々な人たちと出会ったことなどを話した。

 

『お前の怪力を見てもなお、手を繋いでくれる人たちができたことはほほえましいことだな』

「うん」

『……お前は小鳩ほどではないがそこそこ容姿も優れている。まぁ女の子っぽくおしゃれをしないずぼらな部分もあるだろうが。その"怪力"……それさえ無くなってくれればな』

 

 隼人は突如、小鷹の怪力の話題が出た後、少しばかり元気を無くした。

 隼人は小鷹の父親として、その怪力には色々と悩まされてきたのであった。

 何を悩んできたか、小鷹がかつて小学生の時、その怪力で色んな人たちに地獄を見せてきたことか。

 その怪力のせいで孤独な学生生活を送ってきたことか、その怪力のせいで彼女に得られたはずのことが全て遠く離れていってしまったことか。

 小鷹の怪力、それは羽瀬川家にとって長年付き合ってきたこと。悩ましく、そして忌むべき問題であった。

 そしてその問題の中で、一番後悔しなければならないこと。

 

 ――その怪力を生み出してしまったのが、父親である隼人の、実の子に対する"姉妹差別"だったことである。

 

『小鷹……今でもお前は、俺を"憎んで"いるか?』

「……いや」

『……あの時は俺もどうかしてたんだ。別に、そうやって誤魔化そうとしているわけじゃない。俺がやってしまったことは全て事実で、取り返しのつかないことだ』

「父さん……」

 

 いつも、この話題が出るとこうやって、二人の間が暗くなってしまう。

 そんな状態は嫌だと、小鷹はなんとかして話題を切り替える。

 

「あ、あぁそうだ父さん! 父さんに相談があるんだ!!」

『なんだ?』

「実は、友達にこの数ヶ月のお礼をしたいと考えてるんだ。わたしでも何かできないかなと思って」

 

 小鷹はこの数ヶ月は、夜空や星奈のお世話になりっぱなしの毎日だった。

 小鷹自信が勇気を振り絞って二人を動かしたことはというと、どーぶつの森の一件くらいである(その一件もなんやかんやで無茶苦茶になってしまったし)。

 そしてこの夏休み、この長い期間も小鷹は発言力のある夜空と星奈に付いて行くだけになってしまう可能性があった。

 それではいけないと、小鷹は時々思う。たまには二人を、その他の人たちに何かをしてあげたいと思うのであった。

 

『自分なりになんかこう、感謝の気持ちを表せばいいんじゃね?』

「気持ちって?」

『お前"裁縫"が得意だったろ? それでもいいしこう、"物"で現わすのが一番いいと思うぞ』

「物か。でも裁縫だと時間かかるし……あ! いいこと思いついた」

 

 物で感謝を表現しろという父親のアドバイスを受けて、小鷹の頭に電球が光る。

 これで娘がまた一つ、友達との友情を結べるのならこれほどいい話はないだろうと、隼人は微笑ましく思う。

 だが、この時隼人は一つ"あること"を思いだした。

 裁縫だと時間がかかる。ということは裁縫以外の方法を小鷹は取ることになる。

 となると、色々と能力がかけている小鷹ができることは限られてくるのである。

 特に、その中でも特に、小鷹がその友達にやってはいけないことが一つあるのである。

 それは中二病真っ盛りの妹を地獄送りにし、その妹を万能に仕立て上げるまでに至った物であった。

 

『……ちょっと待てよ。小鷹、間違ってもお前』

「ありがとう父さん! 最近少し自信がついてきたから、"あれ"をやってみるよ」

『お前まさか! 小鷹! お前"料理"だけh』

 

 ブツッ!

 

 と、隼人が全てを言い終わる前に、小鷹は受話器を切ってしまった。

 最後に隼人が"料理"と言っていたが、これが何を意味するのかは……後にわかることである。

 

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 そして後日。

 今日は夜空と星奈、そして夜空の従妹である理科と前に小鷹が友達になった幸村が家に遊びにやってくる日である。

 一番最初に小鷹家に到着したのは幸村、朝の十時に集まるというのに到着したのは八時。早すぎて寝ていた小鷹が起こされてしまった。

 

「おはようございます姉御」

「いやおはようございますだけどさ、来るの早いって……」

 

 いつもの調子で挨拶をする幸村。

 幸村は家の事情なのか休みであっても朝六時に起床し、午後は十一時に床につく規則正しい生活を送っている。

 小鷹にとっては幸村と会うのは久しぶりであった。友達になったとはいえあの街での一件意向彼女とは会っていない。

 そんな幸村の私服はなんと浴衣。それもかなり高価そうな浴衣である。

 流石はヤクザの娘だけあるのか、出で立ちから貫禄が滲み出る。

 その後十時になって夜空と理科が到着。

 

「あっつ! おい小鷹ちょっと手洗い場貸してくれや」

 

 夜空はうちわを片手に汗だくでやってくる。来て早々小鷹家の手洗い場に向かい顔を洗う。

 もう何ヶ月も小鷹の家に遊びに来ているのか、それはもう我が家感覚であった。

 

「あの野郎、ボクの家をなんだと思ってることやら……」

「お兄ちゃん、ここへ来る最中もうアイス三つくらい食ってましたからねぇ」

「てか、理科ちゃんはなんでそんなに涼しそうなの? 夏なのに長袖の白衣って……」

 

 その隣にいた理科はというと、夜空とは打って変って涼しそうにしていた。

 夏なのに長袖の白衣を着ているにも関わらずどうしてこうも涼しいのか、話を聞くと新開発の冷房グッズのおかげなんだとか。

 そして星奈は車での送り向かいなので、やはりというべきか涼しそうにしていた。

 

「ふぅ、暑いわね~」

「あのさ、冷房MAXの車で送ってもらって暑いはないでしょ……」

「暑いものは暑いのよ」

 

 贅沢三昧にもかかわらず我儘をいうお嬢様の星奈。

 そんなこんなで、小鷹家には合計四人もの友達がやってきた。

 これは小鷹が遠夜市に住んでいた歴史の中でも最多の人数である。生まれてきて十七年、こんなにも大人数が家に遊びに来ると誰が予想したことだろうか。

 とても小さなことだが小鷹は感激しそうであった。だが泣いてはいられない、せっかく家に招いたのだから何か楽しむための策を講じなければならない。

 と、色々考えるより先に、小鷹の家に来た夜空たちは、すぐさまそれぞれ好きなことをやり始めた。

 夜空と理科は持ってきたエロ本を読み始め、小鷹に読むかと勧めてくる。

 そして星奈はPS3と最近買ったギャルゲーを持ち込み、小鷹にやる? と進めてくる。

 幸村は持ってきたポータブルDVDプレイヤーでVシネマを見始め、小鷹に一緒に見ましょうと進めてくる。

 まずエロ本に関しては二人に鉄拳制裁を加えた(女子の家にエロ本を持ってくること自体が許されないため)。

 ギャルゲーは特に興味がなかったため見送り、結局小鷹は幸村とVシネマを見ることにした。

 

「あ、そういえば小鳩は? どこかへ遊びに行ってるのか?」

 

 十一時半ごろ。

 夜空は小鳩が全く姿を見せないことに気づき、小鷹に問う。

 確かにいつも小鷹に遠慮をし自分の部屋に引きこもっている。のだが、今日はちょっと様子が違っていたのである。

 

「それが、今日はいつも以上に遠慮しがちでさ」

「どうしたんだ?」

「実は、みんなが来るというので今日、朝早くボクがお昼のカレーを作ってたんだ」

 

 と、ここで小鷹はみんなのためにカレーを作ったことを明かした。

 もうすぐお昼時、ここらへんで言っておいても損はないと小鷹は判断したのだろう。

 もちろん、そのことに関しては皆も反応を示した。

 

「ほぉ、小鷹が料理か。なんだよおめぇ女子力上がったじゃねぇか。やっぱり他人との出会いは人を変えるもんなのか?」

「いつもはあんたの妹が料理作ってるって聞いたけど、小鷹もやるものね」

「あんまり自信はないんだけどね」

 

 先日小鷹が言っていた感謝の表現は、匂わせていた通り料理であった。

 朝の六時、幸村が来るより二時間早い段階で、小鷹は手を打っていた。

 ある程度完成したところで、小鷹が小鳩を起こして試食をさせようとしたのだが……。

 

「カレーをみんなに振舞うって話をしたら、小鳩がなんか恥ずかしがっちゃってさ」

「なんで小鳩が恥ずかしがるんだ?」

 

 どうにも適合性の取れない流れに対し、夜空が小鷹に尋ねると。

 

「『ク……ククク、我が眷属の余興はきっと皆も喜んでくれるで……あろう。う、うちはいい子やから上で大人しくしとるよ! どうぞみんなで楽しんでください! アリーデヴェルチ!!』と言って以降上の部屋から出てこない」

「なんかキャラめちゃくちゃになってね?」

「とりあえずそういうわけだから。せっかくだしお昼にしようよ」

 

 夜空の心配を横目に、小鷹はキッチンへ行きカレーの準備をしに行った。

 炊いてあったご飯を人数分皿に盛り、食卓へと運ぶ。

 そしてカレーが入ったままの鍋を豪快にも食卓の中央に置く。好みでルーをかけてくれと言うことだろうか。

 と、そこで夜空たちの表情が一変する。

 文章だけ見れば、みんなが小鷹の作ったカレーをいただくという、微笑ましい状況に見える。

 ご飯は白く輝いていて普通だ。あとはカレーのルーをかけて食べるのみである。

 

 ――だが、そのカレーに問題があったのである。

 

「さぁ、お構いなくどんどん食べて」

「……小鷹」

「なに?」

 

 なにやら夜空が戸惑った表情で、小鷹に話しかける。

 

「カレーってさ、普通何色だっけ?」

「色? 一般的な物は茶色かな?」

「まぁ……茶色よね」

 

 星奈まで、そのカレーを見て不可思議に思っている。

 そして理科、幸村までもが、顔色を悪くしている。

 夜空は一応、念のため他の人にも聞いてみることに。

 

「理科。おめぇ実家のカレーは何色だ?」

「……ちょっと辛めの赤茶色ですかね?」

「まぁありとしよう。お嬢様(※幸村の事)は?」

「ちゃいろです」

「そうだな。肉の家のサーロインカレーは?」

「なんでサーロイン固定よ。茶色よ茶色」

 

 理科、幸村、星奈は口をそろえて茶色を口にする。

 そして問題の小鷹が作ったカレーである。

 

「……小鷹、このカレーはこう……変わった色をしているな」

「そうかな? まぁボクなりにアレンジ加えたからかな?」

「アレンジか。どうアレンジを加えればこんな"どどめ色"になるんだ?」

 

 夜空が小鷹のカレーの色を、自分の知識内で表現した色が……"どどめ色"であった。

 どどめ色とは桑の実のことであり、方言とか色々な表現はあるだろうが、わかりやすく言うならば『腐った色』である。

 近しい色で現わしたくとも、どどめ色としか言えず。汚くて、異常な、とにかくそんな色であった。

 そんな色のおぞましいカレーが、鍋の中でグツグツと煮えている。憎えていると表現しても差し支えない。

 なにより火にかけていない状態なのにマグマのようにポコポコ言っている。これを食べ物ですと出されただけでも、鳥肌が立って食べる気にはなれない。

 

「まぁルーだけで見るから見栄えが悪いんだよ、ご飯にかければ何の問題もないよ」

 

 と、小鷹はそう言ってルーをご飯にかける。

 夜空たちには、ルーに押しつぶされた白く輝いていた米粒たちが悲鳴を上げている幻聴が聞こえたという。

 カレーとは、ご飯の白い部分とカレーの茶の部分が絶妙なハーモニーを醸し出すものだ。少なくとも普通はそう言った表現が一番適しているであろう。

 だがこの小鷹カレーは、ご飯にかけられてもハーモニーなど醸し出さない。皿の上で悲劇の舞台が繰り広げられていた。

 じゅっ……という何か焦げた音、幻聴だと信じたいが、なにやらご飯が溶けているようにも見えたので、きっと幻聴ではない。

 

「……小鷹、お前はカレーを作ったんだよな?」

「そうだよ?」

「そうか……カレー(へいき)か。それなら納得だ」

 

 なにやら夜空は一人脳内変換をし納得しているようだった。

 さてと、問題はここからである。料理というならば当然食べなければならない。

 いや、本来ならば食べない選択肢もあるのだろうが、これを作った相手が悪かった。

 作った相手は小鷹である。拒否すれば怪力で威圧をかけてくる。結局は食べなくてはならないムードである。

 夜空、星奈、理科、幸村は食べる決心を決めた。きっと見た目だけだ。見た目で善し悪しを決めるのはいけないことだと、自分たちに言い聞かす。

 いざ食べる。と決心したところで、また問題が発生する。

 今度は、誰から食べるか……である。そう書いて、誰が生贄になるか……と捉えることもできるが夜空たちは考えるのをやめた。

 

「夜空、あんた男でしょ? だから一番最初に行きなさいよ」

「あぁん? おめぇが行けよ肉。おめぇいっつも家で高級サーロイン食ってばかりなんだから少しは庶民の味とやらを味わった方がいいんじゃねぇか?」

「だからサーロインなんて頬張ってないっつうの!!」

 

 さっそくと言うべきか、夜空と星奈が互いに汚れ役を擦り付けあっている。

 これが始まってしまうと十分では収まらない、どっちかが潰れるまで二人は喧嘩をするのである。

 そんな喧嘩の最中、勇敢にも一人の少女が名乗りを上げた。

 幸村である。幸村は果敢にもカレーの前に足を運んだ。

 

「おいおいお嬢様よ、あんた大丈夫なのか?」

「しんぱいごむようです夜空殿。これはわたくしのじんぎ、姉御とさかずきをかわすみとしては、姉御のどりょくににむくいるのが子分のやくめです」

「幸村。その……頑張ってね」

「……では姉御。いただきます」

 

 夜空、そして星奈に背中を押され。

 幸村はスプーンでカレーを一口救いとる。その時、スプーンからじゅっという音が聞こえたが皆聞こえないふりをした。

 救いとってから、口に運ぶまで三十秒は費やした。普段はのほほんとしている幸村の表情が、少しばかり歪んでおり、そして冷や汗を書いていた。

 訪れる静寂。この静寂の中で動揺していないのは、カレーを作った本人の小鷹だけ。

 この静寂の意味を読みとれない小鷹、なんという罪深きことだろうか。

 

 ――そして、幸村がカレーを……食べた。

 

「…………」

「お、おい……お嬢様?」

 

 食べた幸村はというと、しばし黙りふけってしまった。というか固まった。

 心配した夜空が声をかけると、同時に幸村の顔色が紫色に変わった。そして……。

 

「……姉御、もうしわけございません」

「え?」

「……厠を、お借りします」

 

 と言って、幸村は泣き顔でトイレへと向かった。

 そして数分間、トイレから聞こえてくるのは、幸村の苦しそうな嗚咽と嘔吐であった。

 あまりよそには聞こえないように必死に抑えながらやっていた分、その苦しみが直に伝わる。

 三分ほどして、幸村はトイレから出てきた。しかしその表情はすっきりしたとは言えず、未だにつらそうにしていた。

 

「……幸村、大丈夫?」

 

 これにはカレーを作った本人も、異常事態に気づいたのだろう。

 小鷹の心配をよそに、幸村は口に手を押さえながら「大丈夫です姉御、少しカレーをのどに詰まらせただけですので」と強がって見せる。

 しかしどう見てもカレーをのどに詰まらせたレベルではない。明らかにカレーの味がアレで、条件反射に全て吐きだしてしまったのだろう。

 

「おめぇこれ、バラエティ番組の罰ゲームじゃねえんだから」

「……また失敗したのかな、ボク」

「"また"?」

 

 その言葉は聞き捨てならない。

 少し強張った形相で夜空が小鷹に問い詰めると。

 

「昔、父さんが海外へ出張に行っている時。姉として何かできないかと料理に打ち込んでいる時があってさ」

「で?」

「三日ほど頑張って作って、それで三日とも小鳩が料理を食べた瞬間、白目をむいて気絶してさ」

「……アホっ」

 

 ごつん!

 

「ぎゃん!」

 

 珍しく夜空が小鷹にげんこつをお見舞いした。

 本来だと逆の光景だが、この話を聞いては夜空も黙っているわけにはいかなかったのである。

 

「いたた……。でもボクだってこの日のために料理雑誌見て勉強したんだよ? 一夜漬けだけど」

「駄目じゃねぇか!! 小鷹、おめぇには悪いがこのカレーは食えねぇ! 今度食わせる時は今の百倍は修業しとけ!!」

「そんな……」

 

 と、落ち込む小鷹をお構いなしに、夜空はカレーをかた付け始める。

 結局今回も失敗してしまった小鷹、カレーでの感謝の形はこのような悲劇で終わりになってしまう。

 ……と、思われたのだが。

 

「お兄ちゃん、ちょっと待ってください!!」

「んあ? どうした理科?」

「……そのカレー、一口食べさせてもらえませんか小鷹お姉さん」

 

 なんということか、先ほどの光景を見た後にもかかわらず、理科が自らこの悪魔のカレーを食べたいと言い始めたのであった。

 これには兄の夜空はたまらず、理科を説得する。

 

「おい理科! お前正気か!? やめとけ死ぬかもしんねぇぞ!!」

「そうかもしれません。しかし理科は科学者の一人として、そのカレーを食べてみたいのです」

 

 そう、理科がこのカレーを食べる理由、それは科学者としての探究心。

 どどめ色をし、人をここまで苦しませるカレー。

 そんな仰天の物が今、この場に存在しているのだ。

 理科は科学者として、人がどうしてここまでおいしくないものが作れるのか、それが気になって仕方がなかった。

 データは統計だけでは取れない、観察だけでは得られない。時としてそれは、自らが体験しなくてはならないもの。

 理科を突き動かすのは科学者としての矜持、これがこの先何かの役に立つかもしれないと、可能性も減ったくれもないはずの殺人カレーに可能性を抱く始末。

 理科は勇敢にも、スプーンを取る。そしてスプーンでカレーを救う。

 その時、ぺきりとスプーンが折れてカレーに落ちてしまった。

 

「スプーンが、何もしてないのに折れた? ふふ……ふふふ……これは興味深い!! 新しい!! これこそが理科の求めるユニバースです!! いただきます!!」

 

 なにやら意味不明なことを口にし、理科はカレーを食べる。

 そして数秒の沈黙ののち、理科はスプーンをぽとりと落とし、固まった。

 

「り、理科!?」

「お、お兄ちゃん。これは……すごい。理科の記憶のデータベースからこれに近いものを引きだすと……サルモネラ・エンテリティディスがくっ!」

「理科ーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 志熊理科も逝く。

 なにやら最後にとてつもない例えを出してきた気もしたが、今となってはそれを問うこともできない。

 小鷹が何気なく、"普通"に作ったカレーが今、二人の人間を地に沈めたのである。

 

「……どうすんのよこれ」

「そ、そんなにひどいのかな?」

「えい」

 

 ポコン!

 

「ぐえ!」

 

 今度は星奈が小鷹にげんこつを喰らわせた。

 だがその程度で償いきれるほどの罪ならば、小鷹はとっくの前に救われている。

 

「小鷹、お前もう二度と料理すんな」

「そこまで言う!?」

「言うよ、何度でもな……」

 

 と、今度こそ夜空がカレーを始末しに台所へ向かう。

 このカレーの恐ろしさは、先ほどの二人が身体を張って思い知らせてくれた。

 その二人の勇敢なる成果を、無駄にしてはならないのだ。

 

「ま、お前が感謝したい気持ちはわかったから。頼むからなにもすんな」

「そんな、エヴァQのミサトさんみたいなこと言わなくったって」

「頼むから料理だけはせんといてください」

「わざわざやらなくていいから!!」

 

 散々非難をされる小鷹であるが、今となってはそれを可愛そうと同情する人さえいない。

 次々とゴミ箱に捨てられるカレー、捨てるたびにゴミ箱が悲鳴を上げている。

 そして最後の一皿となった。その時である。

 なんと、星奈がスプーンを手に取ったのである。

 

「……肉?」

「うぐ……おりゃあああ!!」

 

 なんと、星奈までも小鷹の殺人カレーを口にしだした。

 気でも狂ったのか、夜空が驚愕の表情で星奈を見る。

 

「うぅ……うぅぅ。甘いような、違うような。口の中がねばねばして喉が腐っていく感じぃぃぃ!!」

 

 星奈なりに的確な表現を述べた後、なにやら勝ち誇った顔で夜空の方を見る。

 そこで二人は気づく、なんと星奈はあのカレーを口にして正気を保っているのである。

 なんという精神力、その精神力がどこから湧き出たのか、今にわかることである。

 

「ど、どうよ腰ぬけ夜空! これでカレーを食べていないのはあんただけよ!!」

「うぐっ!!」

 

 そう、今の状況下で星奈がカレーを食べれば、残るのは夜空だけになる。

 ということは、夜空は小鷹のカレーに恐れ食べることができなかった。一人男子だと言うのに女子の気力に負けた情けない男、ということになる。

 星奈は勝ちたかったのだ。夜空に、ただそのくだらないプライドが、星奈に勇気を与えたのである。

 

「て……てめぇ!!」

「は……ははん夜空。別に食べたくないなら食べなくてもいいのよ? このあたしが! あんたみたいな腰ぬけのために! 自らこのカレーの恐ろしさをわからせてあげたんだから! 唯一の男子であるあんたは、女子の度胸を前に跪けばいいのよ! 腰ぬけ! 腰ぬけ!!」

 

 これには夜空も半ギレ状態、そして自らに襲いかかった大きな敗北感。

 そして同時に、星奈は夜空に対しカレーを食べろと、挑発しているのである。

 ここで食べなければ男がすたる。というか、星奈に負けること自体、彼に中ではあってはならないこと。

 歯を食いしばる。悔しそうに下唇を噛み、敵対心を露わにする夜空。そして……。

 

「……いいだろう。食ってやるよ。俺も……このカレーを!!」

「皇帝……」

「ただし、その前に……その前にだ!!」

 

 と、夜空は急に走り出し、二階へと向かった。

 そして数分後。

 

「いやや!! いややーーーーーーーーーー!!」

「小鳩、まさかお前だけ逃げるわけじゃねえだろ? お前も俺らの仲間だしな!!」

 

 なんと、夜空が上の階にいる小鳩を捕まえ下の階に下りてきたのだ。

 どうせならば皆でこの地獄を分け合おう。自分達は平等だ。それが夜空の精神だった。

 

「そして小鷹。お前も……食べろ」

「……わかった。これを作った身として、覚悟を決めるよ」

「よくぞ言った。じゃあ三人でいっせいに」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 夜空と小鷹は覚悟を決めた。だが小鳩は意地でも食べようとはしない。

 かつて小鳩は何度か、小鷹の料理にやられている。その過去は彼女にとってはなによりのトラウマ。

 逃げるために必死で抵抗する小鳩。それを必死に止める夜空と、なにやら絵面が悪くなっている気もするが。

 

「わかった小鳩。これを食べるなら俺、お前のためならなんでもする!」

「それでもいやや!!」

「わかったわかった。俺が食べさせてやる。闇の世界の女王様に屈する部下のように食べさせてやる」

「う……それでも」

「お前それでも偉大なる夜の王、レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌かよ!? お前が描いている闇の世界ってのは、こんなカレーごときで屈するちゃちな世界なのか!?」

「うぐぐ……うぅぅぅぅぅ!!」

 

 夜空はなんとかして、小鳩を煽りながら、そして持ちあげながらカレーを食べるように誘導する。

 言葉を巧みに使い分ける。この時の夜空はまさに、口先の魔術師であった。

 

「……ク、ククク。ならば……食べさせよ」

「え? なんだって?」

「あ、それボクの台詞」

 

 小鷹の台詞を横取りして、最後の一手を夜空は打つ。

 

「大いなる闇の使者よ、我が愉悦の時間に快楽を! そして終焉の宴に幕を引くがよい!!(こうなったらもうやけくそじゃ! カレーでもなんでもくっちゃるけん!!)」

「良く言ったレイシス!!」

 

 こうして、夜空は小鳩にカレーを食べさせる。そして……。

 

「あ……あぅぅぅぅ! お、お姉ちゃん……悪魔がやってくるけん。うち……ずっとピチピチやねん」

「小鳩……ごめんね。こんなだめなお姉ちゃんで」

 

 小鳩も逝く。

 三人の犠牲、それを得て、いよいよ夜空と小鷹もカレーを口にする時が来た。

 

「したら肉、お前も行くぞ」

「なんでよ!?」

「ここから先は、最後まで生き残った奴が優勝だ」

「優勝って何?」

 

 女子二人のツッコミを受け、三人はスプーンを持つ。

 置かれた一皿にはまだ、大量のカレーが残っている。

 三人はごくりと唾を飲み込む、そして……。

 

「この一瞬に全てをかける!!」

「……ママ!!」

「この感じ、イケる!!」

 

 夜空、小鷹、星奈はいっせいにカレーを口にした。

 静寂の時、口の中から湧き出るカレーの味。それが三人の体中を駆け巡る。

 カレーが喉を通るころには、三人の胃袋から何かがせり上がってきた。

 頭ががーんと揺れる、底から出る気持ち悪さに身体を取られる。

 

「お……おえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 実質二杯目の星奈がいち早くダウン。人の家だと言うのにカーペットの上で思い切りリバース。

 それを見た夜空が一瞬、勝利に満ちた表情を浮かべた後、安心しきったのか急にどさっと膝をついた。

 そして顔面が蒼白し、地に両手を付き。

 

「……ぅ……うおぉぉぉぉぉえぇぇぇえ……げほっ!!」

 

 夜空、もらいゲロ。

 むせながらそこらに吐きまくる。

 そして、小鷹はというと。

 

「うえ! なにこれ……この世のものとは思えないんだけど」

「「おめぇが作ったんだろうがおえぇぇぇぇえっぇぇぇぇぇぇぇえぇぇ!!」」

 

 小鷹の発言に対し、気持ち悪いながらも全力でツッコミを入れた後、夜空と星奈は出すものを出して完全に沈黙。

 このあと掃除が大変なんだろうなぁと、小鷹は床を這いずりながら窓の方へ向かい、換気のため家の窓を開ける。

 そして、カレーの味がむせ返したところで。

 

「ごめん、ボクも……吐く」

 

 小鷹は窓の外で、思いっきり吐いた。

 こうして夏休みは最初から、汚く、残念な感じで始まったのであった。




タイトルは作者がハマっているジャンプの漫画から。
話の内容は原作の闇鍋回のオマージュとなっております。

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