天竜人? いいえ天翼種です。   作:ぽぽりんご

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ジンのお話です。
若干暗いシーンが多いです。
あとジン以外あんまり出番ないです。



第8話 この世界で、たった一つの(1)

「仁って、本好きだよね」

 

 年の近い、義理の妹が言う。

 負い目もあったから優しく接するようにしていたら、やたら懐かれてしまった。

 なんだかんだで一緒にいる時間が一番長い奴だ。

 

「そりゃあな。俺、これが無かったら退屈で死んでたぜ」

 

 笑いながら言う。

 俺は、こういう時は笑うと決めていた。

 好きなものについて喋る時は、笑うものだろう。

 

 

 

 

 

「仁って、チャレンジャーだよな」

 

 同級生の友達が言う。

 無理だと言われたら、俺はやるようにしていた。

 

「やってみないともったいなくないか?」

 

 お前もやってみればいいのにと言うと、友達はこう返した。

 

「いやー遠慮しておく。失敗するの怖いしな」

 

 結果がわかっているなら、対応も決めやすい。

 笑うにしても、泣くにしても。

 

 

 

 

 

 映画を見た。

 感動系の映画だった。

 

「私、泣いちゃったよー」

 

 映画が終わると、俺を誘ってくれたクラスメイトが話しかけてきた。

 

「俺も俺も。超泣いた。いやー、恥ずかしいわー」

「えー、恥ずかしくはないじゃん」

 

 そういうものを見た時は、俺は泣くと決めていた。

 内容は、覚えていない。

 

 

 

 

 

 その後も、決められた通りに動く自分を冷めた目で見つめ続けた。

 適度に笑わせ、自分も適度に笑う。

 みんなと同じように笑い、みんなと同じように泣く。

 周りに合わせて、歩調を合わせて、ただ進む。

 そうすれば、世の中はうまく回るんだ。

 

 

 

 

 

 時代は巻き戻って。これは、子供の頃だろうか。

 両親が喧嘩する声が辺りに響く。

 もう碌に顔も覚えていないが、夜になるたび喧嘩をしていたのは記憶に残っている。

 喧嘩の原因に俺が関わっているのはわかっていた。

 でも、俺が喧嘩の中に入っていく事はできない。

 両親が、俺の前では平和な家族を演じていたから。

 俺も、平和な家族を演じるべきなのだろうと思った。

 俺は、眠ったふりを続ける。

 毎晩、毎晩。

 

 

 

 

 

 母が、病院のベッドで眠っている。

 父が亡くなってから、母の病状は急速に悪化していった。

 意識がある時間はどんどん減り、最近では時折ごめんなさいとうわ言を零すだけだ。

 私達は、健康な子供を望めない事も、子供の成長を見守る事すらできない事もわかっていたと。

 ただひたすら、俺に対し謝罪の言葉を残す。

 俺はその言葉を、ベッドの脇に座ってただひたすら、聞いていた。

 

 

 

 

 

 ああ、これは夢だ。

 何度も見たからすっかり見慣れてしまった。

 暗い気持ちになるのは嫌なので、このシーンはカットだ。さっさと先に行ってくれ。

 俺がそう思うと、時間が早送りになる。母は消え、俺の体は成長し、どんどん時間が進んでいく。

 なんだ、なかなか気が利く夢じゃないか?

 さて、次はどんな場面が出てくるのかな。

 

 

 

 

 

「何か、やりたい事はない? おねーさんに言ってみなさい」

 

 母と同じように病室のベッドで横たわる俺に、病院の看護師さんが言う。

 この看護師さんとも長い付き合いだ。

 俺が子供の頃に新米看護師としてこの病院に勤め始めて、はや十年。

 俺が検査入院するたび、男欲しいだの結婚したいだの愚痴を言いに来ていたが、最近めっきり愚痴を聞かなくなった。

 諦めたのだろうか。

 

「こら。口に出てるぞ?」

 

 ピシっとおでこを叩かれる。

 

「君は自分の願い事を言わないからねぇ。そう思って、お姉さんが考えてきました。じゃーん!」

 

 看護師のおばさ……おねーさんがそう言いつつ取り出したのは、手芸グッズやペーパークラフト。さらに、なぜかカードゲーム類。

「しばらく体が動かせないからね。せめて指を動かそうぜっ」

 

 いやこれ、婚活だのなんだのやってた時の名残だろう。カードゲーム以外は見たことあるぞ。

 前は、お料理グッズをくれたよね。

 

「細かい事はいいじゃーん。お姉さんの愛と情熱がたっぷり詰まったレアアイテムだよ?」

 

 般若の面とかも一応レアアイテムに含まれるかなー。

 そう思えば、これも世界で唯一つのレアアイテムと言えなくも無い。

 

「邪念っ、邪念を感知しました!」

 

 ビシッとおでこを叩かれる。

 

「そして、さっきの話についてお知らせがあります。私はこのたび、結婚する事になりました」

 

 え、まじで? おめでとうございます。

 でもショックだわー。超ショックだわー。

 憧れのおねーさんだったのになー。

 

「明らかな嘘ね。だがそれがいい。愚痴を言わなくなったのは、うまくいってたからよー。便りが無いのは元気な証拠ってね」

 

 そう言うと、看護師のお姉さんは顔を落としてお腹をさすりつつぶちまける。

 

「というか、ね。子供がね」

 

 うお、マジですか。

 マジでおめでとうございます。

 おねーさんの子供なら、俺の子供も同然ですね。

 

「なんでよ。むしろあなたが私の子供的な位置づけだと思うんだけど。私の子とは、兄弟みたいな関係?」

 

 お姉さんは、自分の子供に男欲しいだの結婚したいだの愚痴るんですか。いいと思います。

 

「それは、忘れて……」

 

 そう呟くと、珍しく真面目な表情を浮かべ、こちらを伺う。

 

「子供が生まれるから、一年ほどお休みを貰う事になったのよ。私がいなくて寂しいからって、枕を涙でぬらさないでね?」

 

 真面目なのは顔だけかよ。

 そんな心配はいらないって。俺、あと半年で二十歳だぜ。

 時の流れの速さを感じ、自分の老化を悟るがいい。

 

「ナースは永遠の天使なのっ!」

 

 ズビシッとデコピンを喰らい、俺は笑った。

 その時は珍しく、何も考えなくても笑う事ができた。

 

 

 

 

 

 そういえば、この看護師さんは色々やらかしてくれたな。

 俺が本を読んで物を知った気になっていたら、実物を用意して俺の度肝を抜かせようとするのだ。

 極まったのは、俺が十二歳の頃。病院に冷凍マグロを一本まるごと持ってきやがった。

 

 

 

 

 

「同じ本を読んでも人によって感想が違うのは、自身の経験を通して物事を理解しようとするからよ。あなたは、本に書いてある事をそのまま鵜呑みにしているわね。でもそれは、本に書いてある事を本当に理解しようとすらしていないって事」

 

 メガネをクイっと上げ、きらりと光らせる仕草をするおねーさん。

 

「本だけではないわ。風景だろうがなんだろうが、見る人によって感じ方なんて千差万別。それを、一人の人間が書き連ねた文章を読んだだけで知った気になろうなど、笑止千万!」

 

 バァーンと冷凍マグロを手のひらでぶっ叩き、おねーさんは冷凍マグロを俺の前に差し出した。

 

「あなたが実際に見て、感じ、想った事を大切にしなさい! それが世界で唯一つの、あなたにしか得られない経験なのよ!」

 

 そんな、なんだか名言っぽいような事を言いながら、看護師のおねーさんは他の看護師さん達に連行されていった

 俺は何も言えず、ただ呆然と見送るしかなかった。

 

「れ、冷凍だし! 殺菌消毒もしてますからあぁぁぁぁぁ……」

 

 遠くから、そんな声が聞こえる。

 ……確かに驚いたし、いろいろ思う事もあったよ。

 でもそれは冷凍マグロに対してではなく、あなたの行動に対してです。

 

 

 

 

 

 ……思い返してみれば。声も出ないほど素で驚いたのは、これが初めてだった。

 

 

 

 

 

 夢から覚めかけているのだろうか。

 俺の意識は俺の体から抜け落ち、自分を俯瞰して見つめている。

 

 これは、二十歳の誕生日を過ぎて少しした頃だ。

 家族でささやかながらお祝いをした後の病室。

 賑やかな義理の妹がいろいろやらかしたおかげで、殺風景な部屋に、わずかなお祝いの名残が残っている。

 

 検査の結果が芳しくなく、俺の入院は長引いていた。

 それどころか、病状は悪化するばかり。

 その頃の俺はもう、自力で立つ事もできなかった。

 窓から降り注ぐ初夏の陽気は人を汗ばませるのに十分な熱気を持っているはずだ。

 だがこの時の俺には太陽の温もりも、空調から吹き出す冷風の冷たさも感じることができない。

 

「二十歳まで生きられないって言われてたけど、二十歳こえちゃったぜ。いやー、俺の生命力すげぇ」

 

 俺を引き取ってくれた父に強がりを言ってみるが、父さんには俺の本性を見抜かれていた。

 

「仁」

 

 父さんが俺に声を掛ける。

 

「お前には、ろくに自由も与えてやれなかったな」

 

 いや、自由にやらせてもらっていたと思うけどな。

 俺がこんな感じに育ってしまったのも、ある意味自分を守るためなのだ。

 まわりにいちいち悲しまれたら、こっちまで悲しくなってしまう。

 だから、気に病む必要なんてない。

 俺は、精一杯生きたのだ。

 後悔なんて、ない。

 

「いやいや、結構フリーダムに生きてたと思うよ? でもまぁ、来世があるとしたら丈夫な体にはなりたいな。俺、山登りすらした事ないし」

 

 ベッドの上に横たわる自分の声を聞いて、俺がやりたかった事を一つ思い出した。

 高い山に登って、どこまでも続いている世界を見渡してみたいと思っていたんだ。

 自分の足で動き回る事があまりできなかったから。

 険しい山を登り頂上をめざす登山家達が、やけにかっこよく見えた。

 高い所は、憧れだったのだ。煙と何とかは、高い所が好きなのだ。

 

 ベッドの上の俺は、窓から見える光景に目を向ける。

 病院の中庭には、大きな笹が飾られていた。

 入院中の子供達がその周りに集まり、色とりどりの短冊を飾りつけている。

 賑やかな子供達とは対照的に、その親は真剣な表情で短冊を笹に結び、中には両の手を合わせている人もいた。

 きっと、子供の回復を祈っているのだろう。その祈り方は違うと思うけれど。

 

「もうすぐ七夕か。せっかくだし、何か願い事書いてみようかな。書いてそこに置いとくからさ、今度来た時に飾っといてくれない?」

 

 そうだ。この時、俺は願い事を書いた。

 初めて、願い事を書いたんだ。

 

「……ああ、わかった。出来るだけ高いところに飾っておくよ。込めた願いが、遥か彼方にある星々まで届くように」

 

 父さんが、妙に詩的な言葉を残して部屋を出て行った。

 おそらく、蔵書の詩集からの引用だろう。

 父さんは、隙あらばこんな言葉を会話に挟むのだ。ポエマーなのだ。

 

 一人になってから。俺は短冊に、ゆっくりと一文字ずつ、確認するように願いを書いてベッドの脇のテーブルに置いた。

 

 俺の最後の願いは、なんだったか。

 確かに書いたはずなんだが、後少しという所で引っかかって思い出せない。

 空に浮かぶ俺はテーブルに近づいて短冊を見やるが、視界が妙にぼやけている。滲んだ文字は、意味を成していなかった。

 字を読むどころか、自分の手がどこにあるのかすら曖昧だ。

 視界が、感覚がぼやける。

 ベッドが、壁が、窓が、中庭が、地面が、空が、世界が。ぼやけて混ざり、無くなっていく。

 いや、世界が無くなるわけがない。

 無くなるとしたら、それは。

 

 

 ああ、終わりか。

 ベッドの上の俺は、そう呟いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 嫌な夢を見た。

 

 体を起こす。

 まだ、日は出ていない。

 届くのはわずかに響く水音と、たまに水面を跳ねる魚の気配。

 あとは、この船に乗っている皆の息づかいのみ。

 ナミのベッドの方を見ると、ナミは大きな枕をギュっと抱きしめつつ安定した呼吸を行っている。

 まだ、眠っているようだ。

 約一名やけに激しい息づかいをしている奴もいるが、あいつは起きながら寝ているような奴だから、まぁそういうこともあるだろう。

 

「目、覚めちまったな」

 

 ぽつりと呟く。

 あの夢のせいだ。

 

 しかし、何故だろう。

 こっちに来たばかりのころは毎日のように見ていたのに。

 その頃は、嫌な夢だなんて思っていなかったはずなのに。

 

 ……やっぱり、後悔しているのだろうか。

 ルフィを見ていると、強く思う。ルフィの事を、羨ましく思う。

 本気で自分の感情をぶつける事は、悪い事なんかじゃない。

 あのバカはすぐ騒ぎを起こし、喧嘩をする。

 でも、だからこそ。誰とでも仲良くできる。

 こいつは本音しかぶつけてこないと相手にもわかるから、仲良くなれるんだ。

 腹の下で何を考えているかわからないような奴より、そりゃあ好感を持てるだろう。

 

 楽しい時は笑い、悲しい時は泣く。

 それが自然なんだ。

 それを歪めてしまったから、俺は。

 

 ……あー、なんだか最近おかしい。

 自分が崩れていっているようだ。

 

 

 

 余計な考えを頭から追い出すと、俺はベッドから出て立ち上がり、伸びをする。

 この時間は、さすがに気温も低い。

 冷たい空気が体を撫で、若干熱を持った体に心地よい感触をもたらす。

 

 扉の方に向かうが、はたと自分の体を見下ろして思う。

 この格好で外に出るのはまずいか?

 今の俺は、丈の短いタンクトップにホットパンツのみだ。

 普段はふんわりした三つ編み状にまとめている髪も、くるりとひねって後頭部にまとめているだけ。

 寝ている間に、ぼさぼさになっている事だろう。

 

 顔を洗った後手早く髪を直すと、適当に上着を体に引っ掛ける。

 羽織るような物の方がいいのだが、あいにく俺の体には翼がある。

 そのため、前に掛けるエプロン的な物を選んだ。

 この間、約5分。

 もう、ずいぶんこの体にも慣れてしまった。

 ナミに見つかったら、適当すぎるふざけんなと言われてしまうんだけどな。

 あいにくナミはまだ夢の中だ。俺に文句を言えるやつはいない。

 

 

 

 外に出た俺は、船縁にぐでーんと持たれかかり海を眺めながら、シロップ村での事を思い出す。

 

 カヤは、両親の死から三年も経っているにも関わらず、完全には立ち直れていなかった。

 親しい人の死というのは、やはり残された人の心に大きな傷跡を残すのだろう。

 ろくに話した事もないカヤの事がやけに気になったのは、俺も気にしているからだろうか。

 俺が、残してきた人たちの事を。

 

 最後の方は友人とも疎遠になるようにしていたが、さすがに家族と疎遠になる事はなかった。

 

 父さんと母さんには悪い事をしてしまった。

 体が弱くて引き取り手が見つからなかった俺を、遠すぎて親戚とすら呼べないような俺を引き取ってくれたのに。

 俺はたかだか二十程度で死んでしまった。

 独り立ちできるようになるまでは、がんばろうと思ってたんだけどな。

 

 妹は、元気でやっているだろうか。

 ぱっと見はサバサバした性格をしているが、あいつは引きずる方だ。

 ノラ猫の死体を見たときなんかは、俺の部屋に来て一時間以上泣いていた。

 まだ小さかったんだから、私が拾ってあげればよかったと。

 全てを救う事なんて出来やしないが、救えなければあいつは泣くだろう。

 俺はあいつに救われていたんだが、それを口に出した事はない。

 直接伝えるべきだったか。

 

 なんだ? 冷静に考えてみれば、後悔ばかりじゃないか。

 どの口が、後悔していないなんて言ったのか。

 

 

 

 前世で親しかった人を順繰りに思い浮かべながらぐだぐだしていると、俺の周りに精霊達が集まってきているのを感じた。

 俺を慰めようとしてくれているのだろうか。かわいい奴め。

 いいぞ、俺の体に入りたいなら入れてやろう。

 普段なら同時に複数はノーセンキューだが、今日はどんと来いな気分なのだ。酔っ払いたい気分なのだ。

 

 精霊が俺の体の中に入ると、俺は船縁に持たれかかったまま、ズルズルと地面に崩れ落ちた。

 頭がクラクラする。酔っ払った事がないのでよくわからないが、たぶん酔っ払ったらこんな感じなんだろう。

 知覚できる範囲が急に広がったため、体の感覚がうまく掴めない。

 手を伸ばせば、マストの上ではためく真新しい海賊旗にすら手が届きそう。

 気分がいいような、悪いような。なんだか笑えてくる。

 

 

 俺は体を起こして船縁に後ろ向きにもたれ掛かり直し、空を見上げた。

 

 でっかい月だなー。

 

 明日には満月だろうか。

 わずかに欠けた、前世で見るより遥かに大きい月が空に浮かんでいた。

 

 月見酒というのも悪くないもんだ。

 いや、実際にお酒飲んだわけじゃないけどさ。

 酒を持ってこようかとも思ったが、そういえば酒はウソップの歓迎会と乱入者の回復祝いで打ち止めだった。

 残念。

 

 しかしあの月、マジででかいな。

 よく知らないが、衛星って重力と遠心力がつりあう位置に安定するものだから、こんなでかく見えるのっておかしいんじゃないだろうか。

 うむ、気がまぎれそうだし、ちょっと考えてみるか。宇宙とか、ロマン溢れるしな。

 

 大きく見える。

 ということは、実際に大きいか、近いかだ。

 しかし、近いと遠心力の問題が出てくる。

 周回速度が速いなら遠心力も強くなるが、この星の大きさや月齢周期は地球とほぼ同じなので、速いということはないだろう。

 ということは、大きさか?

 しかし、大きいと重力の問題が出てくる。

 あーでも、体積が大きいのと質量が大きいのはイコールではないか。

 もしかしたら、あの月は発砲スチロール並みに軽いのかもしれない。

 それとも、中が空洞になっているか。

 

 うん、空洞なのは面白そうだな。

 なぜ空洞なんだろうか。

 それは、中に人が住んでいるからだ。

 中の人が居住空間を作って、月の中に都市を築いているのだ。

 掘り返した土は地表に積み上げて、宇宙空間との隔壁として使っている。

 

 よし、結論が出た。

 あの月は宇宙船なのだ。

 

 そういえば、前世で似たようなお話を聞いた事があるような。

 月には、地球よりはるかに発達した科学技術を持つ種族が住んでおり、地球に住む人類を監視している。

 人類がなにかしでかすと、月から強力な軍隊が地球に攻め入って来て、人類を滅ぼしてしまうのだ。

 

 ……なんか、ロマンと言うより若干怖い話になったな。

 

 

 

 

 ぐだぐだしながら月をぼーっと見上げていると、不意に。

 

 

 月の表面がズルリと裏返ったかと思うと、そこに大きな目が現れてこちらを覗きこんで来た。

 目玉がギョロギョロと不気味に動き回り、俺を見つけるとニタリと笑みを浮かべる。

 

 ゾワリと全身の毛が逆立つが、次の瞬間には目玉は消えてなくなっていた。

 月はただ、淡い光を放つばかり。

 ただの、月だ。

 

 

 はぁ、と息を吐く。

 心臓がドクドクと音を立てているのが、やけに耳に付く。

 

 何? 精霊には幻覚作用でもあるの?

 唐突すぎてびっくりする間もなかったが、冷静に考えてみると今の光景、かなりホラーじゃないか?

 

 あ、なんかだんだん怖くなってきた。

 真っ暗な海に囲まれてぽつんと一人たたずんでいるのも、冷静に考えると肝試しやってるみたいなもの。

 こんな時に一人でいるのは嫌だ。

 こんな夜中でも起きている奴の所に行こう。

 もう、いいかげん突っ込む時期だと思っていたのだ。

 

 

 俺は呼吸と心臓のドキドキを抑え込みつつ、船室の裏手、船の後方にあるマストの下に駆け寄る。

 

 ゾロー、ゾロー! なーにやってんだよーう!

 

「……そいつは、俺のセリフだ」

 

 どこから持ち込んだのか、右手に持った巨大な鉄アレイ……岩で出来てるから、岩アレイ? を上下させながら、ゾロが答える。

 意識から無理やり除外していたが、この三十分間、「ふんっ、ふんっ」という荒い息づかいが途絶えた事はない。

 俺が起きる前からずっとやってるのだ。いつからやってるんだよ。

 

 おー、ゾロの顔を見たら落ち着いてきたわ。

 ゾロの怖い顔でも、人を安心させる事ができるんだな。

 鬼瓦だって、守り神的な意味を持つのだ。

 さぁ、ホラーな月よ、掛かって来い!

 お前より顔が怖いゾロが相手だ!

 

 俺は、ゾロの傍にツツツと寄り添いつつ、会話を続ける。

  

「私は、夜風に当たっていただけです。可憐な乙女がアンニュイな表情で夜の月を眺める……絵になる光景だと思いませんか?」

「俺の目には、ぐでんぐでんになった酔っ払いが不気味に笑いながらもぞもぞやっているようにしか見えなかったが」

 

 見てたのかよ。不気味とは失礼な。

 

「乙女の笑顔は、世界の宝でしょう。それを見られるなんて、ゾロは幸せ者ですね」

「酔っ払いは乙女とはいわねーよ」

 

 さいですか。

 まぁ、たしかに先ほどの自分の姿を客観視してみると、あまりお披露目して良いものではなさそうだ。

 気をつけよう。精霊酔い。

 

 

 ……しかし、何だな。

 こんなでっかい岩アレイをずっと上下させ続けるとか、こいつの体はどうなってるんだろう。

 

 ふと気になった俺は、ゾロの二の腕を指先で摘まんでみる。

 

「硬っ!? なにこれおかしくないですか?」

「おかしいのはむしろお前だ。なんでそんな体であんなに力があるんだ?」

「それは私にもよくわかりませんが……不思議パワーとしか」

 

 俺は、ここぞとばかりにゾロの体をまさぐった。

 全身硬いぞ。髪の毛まで硬い。こいつ、実はサイボーグか何かなんじゃないか? 海パン一丁になって「スーーーパーーーー!!」とか叫びだしたりしないよな? あれ、なんかちょっと見てみたいかも。

 ゾロの腕を撫で回しながら、思わずほへーっと感嘆の声を漏らし、この世界の不思議について思いを馳せる。

 

「普段はそんな風には見えないのに、必要になったらこんなに硬くて太くなるんですねぇ。神秘です」

「全身鍛えてるからな……いい加減やめろ、トレーニングの邪魔だ」

 

 上半身の探索を終えて脚を触り始めた俺を、ゾロは岩アレイを持っていない方の手で押しのける。

 

「ええー、もう少し神秘を追い求めたいのですが」

「俺の体をいくら触っても神秘は出てこねぇよ」

「出てくるかもしれませんよ。人の体には夢やら希望やらが詰まっているのです」

 

 俺は不満の声を上げるが、ゾロは聞く耳持たず、こちらを見ようともしなくなった。

 おや、機嫌を損ねてしまったか?

 しまった、これは少しご機嫌取りをしなければならないな。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 しばらくゾロのご機嫌を伺いつつ他愛もない話をしていると、他のメンバーも起きだしてきた。

 東の空を見やると、太陽こそ顔を出していないものの、空は薄紅と黒のグラデーションに彩られている。

 じきに日が出て、夜の気配もすっかりなくなるだろう。これで、一人でも大丈夫だ。生まれたての小鹿のように震えることは、もう無い。

 

 

 最初に姿を現したのは、三日前からこの船に乗っているヨサクとジョニーだ。

 俺が空の散歩から船に戻ると、ヒャッホーと叫びながら小躍りした後に血を吐きながら倒れるというトラウマ物の行動を初対面で披露してくれた奴らだ。俺が衝撃に(おのの)いていると、ウソップが「壊血病なんだ。仕方がない」と教えてくれたが、それでも俺の(おのの)きは覆らなかった。

 

 壊血病って、死に至るレベルの病だろ。 

 そんな状態で踊るなよ。

 

「おはようございやす、ゾロのアニキ、ジンのアネキ!」

 

 俺が微トラウマを思い出し、再び生まれたての小鹿のようにガクガク震えていると、二人が声を掛けてきた。

 いかんいかん、気をしっかり持て。

 ガラスのマイハート(耐火防弾仕様)にこれ以上のヒビをいれてなるものか。

 俺は、二人に爽やかに声を掛ける。

 

 やぁおはよう。二人は朝早いんだな。

 

 これは決まった。絵に描いたような爽やかさだ。

 そう思うのだが、二人からの返事がない。

 なんか、こっちを驚愕の表情で見ている。

 なんだ一体。

 

「ア、アネキ……その格好は」

 

 格好? 格好がどうかしたか?

 上着をペラリとめくって格好をチェックするが、特におかしなところはない。

 

「……ッ!? ぶへぇ」

 

 あ、ヨサクが血を吹いて倒れた。

 病気の再発か、しっかりしろ!

 

 地面に倒れる前のヨサクの体をしっかりキャッチし、ゆっくり地面に横たえる。

 意識はあるのか、ヨサクが一瞬こちらを見やるが、再び血を噴き出し顔を背ける。

 

「アネキ、そいつは逆効果です!」

 

 ジョニーが叫びつつ、俺とヨサクの間に体を割り込ませた。

 

「ジョニー……お前も見たか、桃源郷を。いい人生だった……」

 

 そう言い残し、ガクッとうなだれるヨサク。

 

「あ、相棒ーーーー!!」

 

 介抱を断られ、俺はどうしていいかわからずオロオロする。

 ナミを呼んできたほうがいいのだろうか?

 そう思っていると、ナミも騒ぎを聞きつけて現れた。

 

「ジン……あんた、なんて格好してるのよ」

 

 頭を抱えて溜息を吐きつつ、ナミも俺の格好について指摘する。

 なんだ。どういうことだ。変なところなんてないだろう。

 露出が多いかなとも思うが、露出度ならナミも結構高い。

 

 そう思いつつ自分の体を再び見下ろすが、そこでようやく俺は気づいた。

 

 あ、裸エプロン的な?

 下に何も着ていないように見えるんだな、この格好。

 もしかして、ヨサクのあれは吐血じゃなくて鼻血か。

 ヨサクは裸エプロンフェチなのか。

 変態だな。

 だが気持ちはわからんでもないよ、変態紳士君。

 

 すっかり晴れた吐血トラウマに別れを告げつつワイルドに決めていると、ナミがクイっと船室の方に指を向けながら、俺に命令した。

 

「着替えてきなさい」

 

 あとで説教ね。

 看護師のおねーさんに鍛えられた心眼(心耳?)が、ナミの言葉を翻訳する。

 

 へーい。

 

 俺はおとなしく従うほか無い。

 ナミ、怖いし。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「航海する上で必要な人材は、航海士、船医、海の料理人、船大工。この船には、全部足りてないわ」

 

 人差し指をぴっと伸ばし、ナミが皆を見渡す。

 

「航海士はたりてるんじゃねぇか? お前、凄腕の航海士なんだろ」

「アホか! 航海術持ってるのが一人だけとかおかしいでしょうが。私が居ない時どうすんのよ」

 

 ウソップの言葉に噛み付くナミ。 

 確かに、嵐が来たときなんかは苦労したな。

 船が転覆しないよう夜も船の操作をしなければならなかったが、そうするとナミが休んでいる暇がない。

 

「航海士については、まぁいいわ。ジン。最低限の事は、あんたに覚えてもらうから」

 

 え、まじで。初耳なんですけど。

 ナミの言う最低限のレベルは信用ならない。

 スパルタが待っているのは間違いない。

 

「栄養学を覚えてもらうという手もあるけど……独学じゃあ、ね。生兵法は怪我の元。それに、あんたは一人で行動する事も多いでしょ。迷子になられたら困るわ」

 

 まぁ、確かに迷子は困るよな。

 

「船大工については、応急修理ぐらいならウソップが出来そうね。一番の問題は船医だけど、海賊船に乗りたいなんて奇特な船医はそうそういないから、今のところはどうしようもない。あとは……」

 

 ナミは、全てを諦めたかのような死んだ眼差しをルフィとゾロに向ける。

 

「お馬鹿二人にそういう技能を求めるのは無駄でしょうし」

「誰が馬鹿だ」

「あら。なら覚えてみる? 航海術」

 

 ぐっと言葉に詰まるゾロ。

 ゾロからの言葉が無いのを待ってから、ナミは話を続けた。

 

「となると……次に仲間にすべきは、海の料理人かしらね」

 

 ナミは、チラリとジョニーの方を見る。

 

「なら、あっしが案内しやしょう。海上レストラン・バラティエへ!」

「よし、いくぞ海上レストラン!」

 

 ルフィが叫ぶ。

 一見話に乗ってきたようにも見えるが、実情は違う。

 ルフィ。お前、飯食いたいだけだろ。

 

 


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