ジンの独白、正直ここまでやるつもりはありませんでした。
ジンさんまじポエマー。
反省して頂きたいものですね。
戦闘描写が薄い?
書くのを諦めました。
「いい度胸だ。俺の前で、そんな啖呵を切れるところだけは評価してやる」
俺の一撃を受けても、なんでもなかったかのように立ち上がってこちらに歩みを進めるアーロン。
強いと思ったクロでも、今ので終わったんだけどな。
ずいぶんと頑丈な体をしていらっしゃる。
「俺も一つ、宣言しよう。お前は死ぬ。俺の手によって、八つ裂きにされてな」
アーロンは周囲に倒れた魚人達を一瞥し、血走った目で俺を睨んだ。
先程までいた村人達は、俺がアーロンをぶん殴った時点でみんな退散している。
俺とアーロン以外立っている者がいない村の中をゆっくり進むアーロンだが、俺はそんなの待たない。
アーロンに向けて腕を伸ばし、電撃を飛ばす。
「シャハーーーッッ!」
命中したかと思ったが、アーロンは水煙のようなものを吐いて電撃を逸らした。
え、何それ。意味がわからん。
「……なかなか、面白い真似ができるようだな?」
「いえいえ、今のあなたには及びません。なかなか面白かったですよ。酒場の酔っ払いオヤジが良くやる奴の真似ですよね、それ」
別の攻撃を試そうと再び手を伸ばす俺だが、今度はアーロンが動いた。
巨体に見合わぬ素早さで俺の前まで踏み込むと、その手で俺を掴もうとしてくる。
俺は攻撃を取りやめ、初速の速さを意識してアーロンの後ろに回りこんだ。
クロの真似だ。目の前でこれをやられて動きを追える奴は、そうはいない。アーロンには俺の姿が消えたように見えたことだろう。
渾身の攻撃を無防備な背中に叩き込むが、アーロンは俺の攻撃を利用してその場でクルリと回転すると、今度こそ俺の脚を掴んだ。
「大したパワーとスピードだ。耐久力の方はどうかな?」
アーロンは俺を頭上に掲げるように腕を高く上げた。
「地ならしするには、ちょうどいい大きさだッッ!!」
アーロンが俺を地面に叩きつける。一度、二度、三度。
衝撃で息をカハッと吐き出す。
痛みは無いが、人の体を使って好き放題されるのは気分が悪いな。なんだかイライラがつのってくる。
俺は、アーロンの顔面に蹴りを入れた。が、アーロンは鼻で俺の蹴りを受け止めた。
「自慢の鼻だ。お前ごときにどうにかできるとでも? 能力で強化されているようだが、所詮は下等種族。まるで効きやしねぇよ」
俺は蹴りでどうにかするのを諦め、体に電撃をまとった。
すると、さすがのアーロンも俺から手を離す。
が、今度は逆の手で俺の腹を抉り、殴り飛ばした。
俺は森まで吹き飛ばされ、木に激突して停止する。
体を起こすと、既に目の前にいたアーロンから蹴りを喰らい、俺の体は再び木に押し付けられた。
髪を掴まれ、頭を木に叩きつけられる。
幾度にも渡る衝撃に耐え切れなくなった木が折れ、村はずれの小屋に激突し屋根を破壊した。
「つぶれろ」
俺はアーロンに指を向け、魚人達に食らわせた攻撃をアーロンに向けて放つ。
しかし、アーロンは潰れない。さすがに動きは止まったようなので、その隙に俺はアーロンの手から逃れ、距離を取った。
……どうにも、うまくない。
俺は頬に付いた木屑を払いつつ、考えた。
精霊達から力を借りて相当強化されているはずなのに、これでは以前と変わらないじゃないか。
これはつまり、せっかく借りた精霊達の力を使えていないという事だ。
それになんだか、出せる力自体にもばらつきが多い気がする。
最初の一撃はアーロンを吹き飛ばせたのに、二撃目は大して効かず、三撃目に至っては身じろぎすらさせられなかった。
また、容易に体を掴まれるのも問題だ。クロならそんな下手を打つ事はなかっただろう。
……いや。上手いとか下手とか、関係ないのかもしれない。
イメージ通りに動く事は出来ているのだ。
それでも押されるのは、相手が俺の常識を上回るから。
常識なんて、捨ててしまえ。
初めて空を飛んだ時の感覚を、転移した時の感覚を思い出せ。
それらは、精霊達の力を使って実現しているはずだ。
過程なんていらない。俺が出来ると信じれば、それは叶う。
アーロンが俺の目の前まで突進してきて、その大きな腕を振りかぶる。
俺を殴ろうとしているのだろう。
俺はただ、その動きをぼんやりと眺めた。
アーロンが腕を伸ばしてくる。
先程まではあれほど早く感じた動きが、スローモーションのようだ。
もはや、俺に腕を差し出しているようにしか見えない。
俺は、その腕を掴み。そして。
握りつぶした。
「ぐあァァァァァッッ!?」
戦いが始まってから初めて、アーロンが苦悶の声を上げた。
悲鳴を聞いた事で、気分が高揚する。狂った感覚をありのままに受け入れる事で、心まで化け物になりつつあるかのよう。
続いて、俺はアーロンを蹴り飛ばしに掛かる。
俺の顔には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。
ふと思いついた俺は、蹴り方を少し変える事にする。
今までのように、ただ蹴るのではなく。
魚人達を地面に沈めた時のように、明確な破壊の意思をのせて。
吹き飛べ、アーロン。
効果は大きかったようで、アーロンは村を飛び越え、森の木々すらなぎ倒しながら吹き飛び、暗い森の中へ姿を消した。
……ああそうか、ようやくわかった。
俺の体は、筋肉で力を出しているわけではないのだ。
言ってしまえば、目に見えている俺の体なんて飾りみたいなもの。
大事なのは、精霊の力をどのように世界に干渉させるのか、イメージする事だったんだ。
なるほど、道理で。俺がアーロンを強いと認識すればするほど、うまく戦えないのは当然の結果だ。
俺がアーロンを圧倒しているシーンを、イメージできずに戦っているのだから。
「下等な人間が、何をした……」
木々に光を阻まれ真っ暗な森の中で、アーロンは伏せていた顔を上げ、こちらを睨む。
その目はギラギラと輝き、正気すら失っているのではないかと思わせる色を浮かべていた。
「下等な人間が、この俺にッ!! 何をしたァァァァァァ!!!」
体を引き絞り、木々のしなりをも利用し、アーロンが矢のようにこちらに飛んでくる。
「シャーク・オン・ダーツ!!」
俺はその攻撃を、アーロンの鼻を手で掴む事で受け止めた。
高速で飛来するアーロンの巨体を小さな女性の体で受け止めたというのに。
先程アーロンに殴り飛ばされた時と違い、俺の体は微動だにすらしなかった。
常識で考えれば、ありえない事だ。
「!? バ、バカな……」
「……これがご自慢の鼻、ですか? こんな物で、お……私がどうにかできるとでも? お前の攻撃、まるで効きやしない」
意趣返しにアーロンの言葉を借りて煽りつつ、俺はアーロンの鼻を握る手に力を込め、ご自慢の鼻とやらを事も無げにボキリとへし折った。
「ガッ、アアアアアアッッ!!」
鼻が折れるのにも構わず、今度は俺の首筋に噛み付いてくるアーロン。
だが、歯は通らない。
俺の体に、アーロンの攻撃は通じない。
俺は、アーロンの首を掴んで無理やり引き剥がした。
空中にぶら下げるつもりで腕を上げたが、俺の身長では手を上げてもアーロンの足を地面から離すことは無理なようだ。いまいち格好がつかないな。
「き、貴様ッッ、なんだその体は。ありえないだろう、その頑強さは! お前は一体何なんだッッ!!」
「……天翼種、という奴らしいですよ? 私も詳しい事はわかりませんが」
「天……? おまえは」
と、地面に伏せていた魚人の一人が立ち上がり、俺の脚に抱きついてきた。
「アーロンさん、今です!」
「お、うおおおおおおおおッッ!!」
魚人をうっとおしがって振り払おうとすると、それを待っていたのかアーロンは俺を抱え込む。
必死の形相で雄たけびを上げて向かう先は、海。
アーロンは俺を抱えたまま、海底へと向かって突き進む。まるで、何かから逃げるように。
「シャッハハハハハハ!! 油断したな、能力者。どんな強力な力を持とうが、海ではその力を発揮できまい!!」
アーロンの勝ち誇る声が続く。
「どんな力を得ようが、所詮は人間だ! これが、種族の差と言うものなのだッ。シャーッハッハッハッハ!!」
「てい」
「ぐべっ」
耳元で大声を上げられるとうっとおしいので、俺はアーロンにボディーブローをかまし、うるさい口を塞いだ。
いつから俺が悪魔の実の能力者だと錯覚していた?
種族の差とか、俺が一番自覚してるんだよ。
まともに殴り合いすらしたことがなく、最後はずっと寝たきりで過ごしてきた俺なのに。
全力で戦えば、ルフィにだって、ゾロにだって負けはしないだろう。
果てのない努力を繰り返しているあの二人に、俺は種族が違うというだけで圧倒してしまえる。
俺はもう、人間ではない。
……よく考えてみれば、アーロンと組み合ってるこの状況は都合がいいな。転移ができるようになったんだから、初めからこうすればよかったんだ。
もはやこのままでも倒す事はできるだろうが、せっかくだ。俺の全力を、味わってくれ。
俺は、上空からこの島を見たときの風景を思い出す。
俺の体は、空を飛んでいる。眼下は海。正面には、アーロンパークがぽつんと立っている。
時間をかけてそのイメージを固めると、俺の体はそこに転移していた。
「は……?」
状況がわからず呆然とするアーロン。
そりゃあそうだろう。漁村から海の中に飛び込んだと思ったら、次の瞬間には空の上。アーロンの目には、アーロンパークやコノミ諸島も見えていないかもしれない。見渡す限り、海ばかりというわけだ。
俺は呆然とするアーロンをポイッと放り投げ、遥か果てなく広がる世界を見渡した。
これが、俺が前世で見たいと想った風景。
こうしてみると、やはり世界は広い。映像で見るのとは大違いだ。
俺は手を広げ、上空の冷たい風をその身に受ける。頬を撫でる風が、高揚した気分を落ち着けてくれた。
あの空の下を飛ぶ鳥は、いままでどんな風景を見てきたのだろう? 海を泳ぐ魚は、いままでどんな生活をしてきたのだろう?
みんな、それぞれ異なるモノを見て来たはずだ。他の誰とも違う、自分だけの世界を積み重ねてきたはずだ。
ルフィ達はこんな広い世界で、自分の夢を追い求めて走り続けているんだな。
誰に馬鹿にされようと、自分の夢を追い求める。
それは難しい事だろう。
世界を広げなくても生きていけるのに、わざわざ困難な道を選ぶ事は無いと。口を揃えて、止められるだろう。
でも、世界はこんなに広いのだ。
世界には、未知が溢れているのだ。
そして今も、世界は広がっている。
この世界を生きる人達が、いろんな経験をした人達が。
新たな未知を作り出し、世界を広げていってくれている。
それを知らずに生きていくのは、なんだかとても勿体無い事だと思った。
――ああ、見つかった。俺の夢。
いままで散々本にお世話になったのだ。
なら少しぐらい。恩返しをしたって、いいだろう?
俺の夢は、世界を旅して見聞きした事を、世界中の人々に伝える事。
いろんな事を知り、いろんな話を聞いて、それを本に残す。
海賊王を目指す理由、世界一の剣士を目指す理由、世界地図を描きたいと思った理由、海の戦士を目指した理由、海軍に入った理由。
……別に、大それた事じゃなくてもいい。
おいしいスープの作り方、夜ぐっすり眠る秘訣、人をびっくりさせる話、楽しかった話、好きな人に告白する方法、告白する勇気を持つ方法。
みんな、その人が生きた証。その人が積み重ねた経験の先にしかないもの。
それは、この世界で、たった一つだけの。
でも、世界中の誰しもが持つ。その人にしか生み出せない、世界のひとかけら。
……でも、夢を追い求めるのに一人だけ、というのは寂しいな。
傍には、仲間がいてほしい。
仲間と一緒に、この世界を見て回る。それは、どれほど素晴らしい事だろう?
俺は仲間から、大切なものを貰った。
生まれたときから、長く生きられない事が決まっていて。
でも、俺よりそれを悲しんでくれている人達がいたから。
その人達を、悲しませたくないから。なんでもないように振舞って。
周りの人を悲しませないために、決められたルールに沿って生きる。
まるで、自動運転の人形のような。そんな生活。
そんな、色を失った人生が。死ぬまで続いた。
そして不意に始まった、現実感のない二度目の生。
俺は、みんながいなかったら死んだままだっただろう。
自動運転のまま、まわりの様子を伺って。周りに流されて、ただ歩き続ける。
そんな、二度目の人生を送っていただろう。
でも今は、本当に心から笑えるんだ。
俺がこの世界で、笑って生きていこうと思えたのは、ルフィ達。
底抜けに馬鹿で、熱くて、かっこ悪くて、カッコイイ。俺の目には眩し過ぎる、みんなのおかげなのだ。
俺は、生まれ変われたのだ。この世に、生を受ける事ができたのだ。
俺の心を救ってくれたみんなには、感謝の気持ちでいっぱい。
みんなは俺の、かけがえの無い仲間。
この世界で生を受けた俺が得た、何物にも変えられない宝物。
だから。
「だから、ナミは、返してもらう」
俺は、海を押しのけるイメージを持って指を一閃させ、海を割った。
余計な部分に被害が及ばないようにするためと、申し訳程度ではあるがお魚さん達が巻き添えを喰わないように。
押すぐらいなら、飛んだままでも可能なようだ。
真っ二つに割れた海はアーロンパークまで続き、上空から見るとまるで海に絨毯が敷かれたようにも見える。
落下するアーロンが海底に激突した。
よろよろと体を起こしたアーロンは地面にへたりこみ、呆然と俺のほうを見上げている。
まだ動けるのか。頑丈だな。
「まさか、お前は……本物の……」
本物? 俺に本物も偽者もあるものかよ。
服から飛び出した光輪が、頭上で回転する。
ある程度の回転速度に達すると、やがて光輪が脈動を始めた。
辺りに心臓の鼓動のような音が響きわたる。
脈動のたびに光輪がその大きさを徐々に増していき、階層がわかれ、空中に複雑な文様を描く。
精霊達が俺の体を通り抜けていき、俺に更なる力を貸してくれた。
異なる法則に従って生きる精霊達が、俺の体を通してこの世界に干渉を始めている。
ただの翼だったものが、膨大な力を内包した光翼に変わり。時間と共に更に姿を変え、光の奔流に。
これが、俺の体。
今のこの世界ではおそらく唯一の、精霊の通り道。
喰らえ。俺の一撃。
俺は、頭上に手を掲げた。
頭上の空気が捻じ曲がる。
全てを洗い流してしまうような力の奔流を受けて、世界そのものが悲鳴を上げる。
やがてその奔流は収束し、俺の手には一本の輝く光槍が生み出されていた。
炎? 雷?
そんなものにわざわざ変える必要などない。
あれは、手加減するための工程。
天の裁きは、概念や幻想すらをも打ち砕く。
物理的な破壊力ではないのだ。
俺が死ねと命じれば、お前は死ぬ。
「アーロン。お前は死ね」
――天撃。
俺は、海に描かれた絨毯を塗りつぶすように槍を一閃する。
槍から放たれた光は
光はアーロンを飲み込み、分かたれた海を飲み込み、俺の意思に従い綺麗にアーロンパークの地上部分を飲み込み。やがて跳ね返るように上空に伸びた光は、雲を、空をも飲み込む。
アーロンのいた場所だけ、力の調整に少し失敗したのだろうか。俺の目を持ってしても底が見えないほど深い大穴が生まれ、そこに海水がなだれ込んでいく。
延々と海水がなだれ込んでいく不思議スポットを作り出してしまったかと思ったが、穴の底から吹き出てきたマグマのようなものが海水と激突し、水蒸気爆発を起こしながら冷えて固まり、大地となった。
爆発の轟音と吹き荒ぶ嵐の中、聞こえるはずのないちっぽけな言葉が俺の耳に届く。
それは、アーロンが最後に残した言葉。
悪魔。
アーロンは、最後にそう呟いた。
◇◇◇
さて。
俺は、幼女の状態で空をふらふらと飛んでいる。
そういえば、力を使い果たしたら幼女化してしまうんだった。天翼種、なんてあざとい種族なんだ。
いや、力を全部使い果たしたつもりは無かったし(槍を丸ごと投げつけるのではなく、力を少し放出しただけだ)……それに、天撃を放った後に力を補充すればいいやと思ってたんだよ?
でも、俺の放った天撃にびっくりした精霊さん達が散り散りに逃げてしまったのだ。
突然でっかい音を立てた時の猫みたいな感じ。
抜かりのない俺でも、これは予想外である。この結果は、かのアイザック・ニュートンですら予見できないだろう。精霊さん達、状況わかってなかったのかよ。ノリで力貸してくれてただけかよ。
おまけに、急激に力の量が変わったので残った力の制御もうまくできず、今の状態に至る。
プールに長時間入った後に地上に上がると体が凄く重く感じると聞くが、おそらくそんな感じなのだろう。
現在の俺は、精霊さん達のご機嫌を伺いつつ回収中だ。
まだ残っている魚人達もいるだろうに、この状態は困る。
「もうこわくないよー、もどっておいでー」
あ、なんかしゃべりにくい。
幼女化しているからだろうか。舌足らずなしゃべり方になってしまう。
天翼種、本当にあざとい種族だ。
俺があたりを飛び回って精霊さん達を回収していると、ゴーイングメリー号を発見した。
甲板には、船縁に腕と顔を乗せて伏せっているナミの姿が見える。
おお、到着早いな。俺の予想より断然速い。さすがはナミ。
さっそく、アーロンをぬっ殺した事を伝えに行こう。
俺は、船縁の上に降り立ち、ナミに声を掛けた。
「ナミ、ナミ。おわりましたよー」
俺の声にビクッと体を震わせて飛び起きるナミ。
その目は、まるで信じられないものを見たと言っているようだ。
「……ジン、なの?」
「そうですよー、あなたの仲間、たよれるお仲間のジンちゃんです」
おどけて言うが、ナミは涙を溢れさせながら俺に強烈なタックルを食らわせてきた。
思わず変な声を漏らした俺を抱きかかえたまま、甲板に倒れこむ。
「ジン……生きてる? ジン……ジン! ジン……ッッ!!」
肩を震わせて俺の名前を連呼し、すがり付いて泣き始めるナミ。
……おお、こんなに心配させてしまっていたのか。すまん。普段からもっと強そうな雰囲気出しておいたほうがよかったかな。
俺はナミの頭を撫でながら、ナミの方を見る。
って言っても、この状態だとナミの髪とうなじぐらいしか見えないけど。
……仕方ない。ナミが落ち着くまで、好きにさせよう。
数分後。
大分落ち着いた様子のナミだが、なかなか俺の体を離さない。
「……なんか、色々言いたい事はあるけど。とりあえず、なんで小さくなってるの?」
ようやく踏ん切りが付いたのか、その言葉と共にようやく俺の体を解放。
ナミは少し赤面して俺から視線を逸らし、バツが悪そうな空気を漂わせている。
なにこれ可愛い。
「アーロンを倒すのに、力をつかいすぎてしまいましてー」
「アーロンを……本当に?」
「本当ですって。ナミにも見せてあげたかったですね! 私のゆーしを!」
俺は、幼女状態のぺったんこな胸を張って答えた。
いや、本当に勇姿だったと思うよ?
俺にしては、出来すぎなくらいだ。
「まさか、本当に……倒しちゃうなんて」
俺の言葉を受けて、呆然と呟くナミ。
なんだか、心ここにあらずといった面持ちだ。
と、次の瞬間。ナミはとんでもない事を口にした。
「……やっぱり、あんたって本物の天使なの?」
……やっぱり? やっぱりって何だ。
ナミの中で、俺の存在はどんな物になっていたんだ?
ナミがそんな態度に出るなら、俺はこんな態度で答えよう。
「何いってるんですか。へそが茶をわかします」
ナミに殴られた。
「痛い! 幼女ぎゃくたいだぞ、この鬼ばばー!」
「はっ!? ごめんつい。……でもあんた、急に喋り方変わったわね。ちっさくなったから?」
「いいえ、素が出ただけです」
俺は堂々と答える。
ふははは、これが俺の素だ。何を恥じる事がある? 俺に恥ずかしい所など一欠けらもありはせぬわっ。
「あんたの素って、そんなんなんだ……いや、そんな感じはしてたけど。言葉使いと言動の不一致というか、妙に毒を吐くというか」
「なんと、見抜かれていたとは。ばれてしまってはしかたがない、これからは素の自分で行くとしようか。がはは」
ナミは、笑顔なのになぜかゾクッとする表情を浮かべながら、がしっと俺の頭を掴む。
あれ、なんだ。力が強いぞ。
幼女化しているから弱くなってるのか?
それとも、ギャグ補正という奴だろうか。
別れ際に笑顔をプリーズしたが、俺の求めていた笑顔はこんなのではない。
「女の子が、そんな言葉使いするのは駄目よー? あなたには、"教育"が必要なようね」
「教育などいらぬ。おれは、やっと自分の道を見つけたのだ。自分の道をつきすすむのだー」
ぐぎぎと頭を掴んだ指を引き剥がそうとしながら言うが、取れない。なんだこれ。
「遠慮しなくていいのよ。これは、助けてもらったお礼だから。存分に受け取りなさい」
「ぎゃー! ちから、つよい! そんなお礼、いりますん」
突っ込みどころを用意してやるが、ナミはスルーだ。煙に撒けない。
「おいこら、お前は芸人魂をどこにおいてきたんだ」
「だれが芸人よ。私は航海士よ、あんた達の船のね。大丈夫、安心して。子供の躾には自信があるの」
「その言葉のどこに安心する要素があるというのか。……あ、やめて。まじできつい」
俺は力尽き、ぐったりとする。
気分はまな板の上の鯉だ。
「おうぼーだ! たいぐーの改善をようきゅーする!」
「駄目ね。その要求は聞き入れられないわ」
弱々と腕を突き出して抗議するが、ナミの意思は固い。
ナミは、いままでに無いほど最高の笑顔を浮かべている。
さっきも言ったが、俺の求めていた笑顔とはもちろん違う。
「さぁ、観念しなさい!」
「いーーーーやーーーーーーーー!!」
俺は、ゴーイングメリー号の船室に引きずられていった。
◇◇◇
翌朝。
近くの漁村に船を泊めた俺とナミは、アーロンパーク跡地に向かって歩みを進めている。
幸いにも、俺の幼女化はナミの調教を受けている間に元に戻った。
精霊達の一部が、ナミに調教されている俺を慰めに戻ってきてくれたのだ。
なんていい奴らなんだ。爪の垢を煎じてあの鬼ババに飲ませてやりたい。
ちなみに、俺の口調はナミの調教を受けて以前に近いものに戻っていた。
俺、結構勇気出して素を出したんだけどなー。
まぁいい。急いては事を仕損じる。
徐々に、素の口調に戻していけばいいのだ。
俺が耳をピコピコさせながらそんな事を考えていると、ナミがジト目を向けてきた。
「……言っとくけど、あんたが何考えてるか丸わかりだからね」
「なんと。ナミはエスパーな人だったのですか」
「あんたが分かりやす過ぎるのよ!」
そんなやり取りをしながら俺達がアーロンパーク跡地に向かっているのは、ルフィ達と合流するためだ。
どうやら、夜の間に(俺が調教を受けている間に……ううっ)追い抜かれてしまったらしい。
「ジン! ナミ!」
廃墟になったアーロンパークの土台部分に腰掛けたルフィが、弾けるような笑顔を浮かべてこちらに手を振っている。
その傍らには、ゾロ、ウソップ……と、サンジ? おお、仲間になったのか。
おまけに俺が助けた海軍の連中や、島の住人であろう人達まで集まっている。
そして、ちらほらと縄でぐるぐる巻きにされた魚人たちの姿も見えた。
えらく賑やかなお出迎えだな。
「ケリは着いたのか?」
「……ええ、きれいさっぱり」
「なら、問題ないな」
ルフィが、俺とナミの前にその両の手を差し出す。
「お前ら、俺と一緒に行こう!」
俺とナミは顔を見合わせた後、ルフィのその手をそれぞれ握り、笑顔で答えた。
「もちろん。こちらこそ、よろしくお願いします」
「わかったわよ。なってやろうじゃない、海賊に」
どういう風に話を聞いていたのか、海軍や島の住人達がワッと歓声を上げ、俺達を祝福する。
サンジは俺とナミの名前を呼びながら小躍りしている。
ウソップは今のやり取りの意味がわからなかったのか、頭にはてなマークを浮かべた。
ゾロは、気づいていたようだ。俺が自分の意思ではなく、ただ流されて付いて行っていただけだった事を。
おのれ。ゾロの癖に生意気だ。
俺は、恨みがましい視線をビビビと向ける。
すると、ゾロは笑いながら言った。
「……ああ、わかるさ。お前の事だからな」
「え、何ですか。口説き文句ですか。そんな口説き文句で私を落とせると思ってるんですか。まずは常識という言葉の意味を理解してから出直してきてください」
「口説いてねぇよ!! はったおすぞ!!」
クワッという効果音が聞こえるぐらいの勢いで俺に口答えするゾロ。
ふふふ、俺を張っ倒せるものなら張っ倒してみるがいい。
と、俺はゾロの体に残った傷口に気づいた。
「な……なんですか、これ。とんでもない事になってますけど」
「いや、これは、な。その……」
急にしどろもどろになり、ゾロは焦りの表情を見せる。
俺は、諦めたように溜息を吐いて言葉を続けた。
「……無茶をするなと言ってもどうせ聞かないでしょうし」
過ぎた事は仕方が無い。
だが、毎回こんな怪我をされたらこっちの身も持たない。
「毎回大怪我されたら、心配で夜も眠れません。怪我をしないぐらい強くなって下さい。……世界一の剣士に、なるんでしょう?」
俺は、ゾロの額をコツンと叩いて言った。
「……ああ。わかってるよ」
ゾロは、ニッと不敵な笑みを浮かべて宣言する。
「俺はもう、誰にも負けねぇ」
その言葉に満足し、俺はゾロの額から手をどけた。
こうして俺は、麦わらの一味の仲間となった。
◇◇◇
そういえば。
前世の俺が最後に願った内容を言うのを忘れていた。
俺が短冊に書いた願いは「世界中を旅してみたい」だった。
我ながら、月並みな願いだなーとも思わなくも無いが。
しかし、本で読むのと実際に自分の目で見るのでは、受ける印象も違うだろう。
また、世界中を旅してからなら、再び同じ本を読んでも感じ方が変わるに違いない。
同じ言葉であっても、それに込められた意味や重さが変わる事すらある。
成長したという事だ。経験を積み重ねた事で、自分の世界が広がったという事だ。
憧れるじゃないか?
巡る世界が違うとはいえ、こうして願いが叶っている辺り、あの神様達も結構神様らしい事をやっていたらしい。
中二病全開の患者とか思っててすまんかった。
俺は、この世界に来た時に服に突っ込まれていたメッセージカードを取り出す。
装飾過多なカードに書かれているのは、たった一行のメッセージのみ。
メッセンジャーの名前を書く欄は、空白となっている。
書かれている内容はこうだ。
"世界を繋げ。汝が、この世で生を得たいと願うならば"
な? 中二病全開だろう?
また何か嫌がらせでも仕掛けてくるのかとずっと疑っていたが、ここはお礼を言わなければならないかな。
俺は、空に向かって言葉を届ける。
「……"私"を、この世界に産み落としてくれて、ありがとう。意地の悪い神様達」
口に出してから、ふと思いなおす。
他にも、感謝をしなければならない人が沢山いるじゃないか。
できれば、死ぬ前に言うべきだったんだろうけれど。
でもいい機会だ。こうして口に出すなんてことは今まであまりしなかった。
口に出しても、今ほどの思いを込める事はなかった。
だが、これからは変わっていこう。ゆっくりでもいい。最初の一歩が肝心なのだ。
「私を育ててくれて、ありがとう」
俺を引き取ってくれた両親へ。
思い返してみれば、歪な俺を正そうと色々手を尽くしてくれていたんだな。
俺はそれに気づきもしなかった。親不孝者だ。
……でも、やっと気づけたよ。
馬鹿は死ななきゃ直らないって言うけど、死んだ事で俺の馬鹿は直ったらしい。
これからの俺は、楽しんで生きていけそうです。……今まで、ありがとう。
「私と一緒に過ごしてくれて、ありがとう」
四六時中一緒だった、妹へ。
お前は俺にいつも助けてもらっていると漏らしていたが、逆だ。
俺は、お前がいなければ、もっと空虚に生きていただろう。
お前が滅茶苦茶な事をしでかさない人生なんて、今思い返してみれば考えられない。
楽しかったんだ、お前と一緒にいると。……俺と一緒に居てくれて、ありがとう。
「私を生んでくれて、ありがとう」
俺の本当の両親へ。
ごめんなさい、覚えているのは喧嘩しているシーンと俺に謝罪を繰り返しているシーンばかりだったけれど……
でも、謝罪の言葉なんて要らないよ。
父さんと母さんがいなければ、俺は生まれなかったんだ。今の俺は、無かったんだ。
だから。
命を賭けて俺を生んでくれて。俺に命を分け与えてくれて……ありがとう。
「私を見守ってくれて、ありがとう」
俺に色々教えてくれた看護師のおねーさんへ。
子供、元気に生まれましたか?
一度くらいは見てみたかったのに、残念です。
おねーさんの子供だったら、とんでもない大物になると思います。
……おっと、話が脱線しそうだ。
俺に驚きと感動を与えてくれて、成長を見守ってくれて。ありがとう。
ありがとう。
今なら言える。
素直な感謝の言葉。
その後も俺は、止め処なく溢れる涙を拭いもせずに、感謝の言葉を続ける。
前世で出会った人達へ。今生で出会った人達へ。
やがて言葉を紡ぎ終えた俺はその場に跪き、両の手を組み合わせて神様に祈りを捧げた。
自分のためだけに願いを使ってしまうなんて、もったいない。
神様。欲張りかもしれませんが、もう一つ、お願いを聞いてもらってもいいですか?
――願わくば。皆が、幸せでありますように。