【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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番外編「TSっ娘×女はまだ黎明期のジャンルです」

「ふざけんなこのセシリア! レズ!!」

「だァからわたくし個人はレズじゃないと言っているでしょうホモ好き崩れ!」

「そっちこそTS娘×親友はホモじゃねぇって一億年前から言ってんだろ何万回言わせりゃ気が済むんだジャンル汚染女!!」

「じゃ、ジャンル汚染!?!? おまっ、GL系TS愛好者に一番言ってはならないことを言いましたわね!! ()()()! そこは流石にアナタでも許せませんわよ!!」

「先に手ェ出してきたのはお前だかんな!!」

 

 その日は、なんだか朝から騒がしかった。今世界は宇宙から押し寄せてきた新たなる脅威『絶対天敵(イマージュ・オリジス)』の対応に追われ、さしもの変態国家たちも最近はめっきり戦時中ムードなのだが、対絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦線の最前線たるIS学園では、相も変わらず変態達が日夜しのぎを削っている。(申し訳程度のISAB要素)

 ただ──それにしても、今日は騒がしい。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

 授業終わりだった為少女状態だったイチカは、今にもつかみかからんばかりのセシリアとラウラの間に割って入る。この世の女神の仲裁を受けた二人の変態達は、そのことによって冷静さを取り戻したらしく、とりあえず人語で話す程度の理性でイチカに説明を開始する。

 

「実は先日、ハーメルンでTSF──正確には性転換が必須タグになったのですわ」

「はぁ」

 

 初っ端からメタメタのメタなのであった。

 

「それで、必須タグになったのがどうしたんだ? 自分たちのジャンルが隅っこに追いやられてるー……みたいな話か?」

「いえ、TSFは特殊性癖ですので、ゾーニングは大切ですわ」

「性転換要素のあるなしとかタグをつけるつけないで諍いになることはハーメルン以前からあったからな。古のオタクである我々からすれば、『必須タグだから』という言い訳を作者と読者の両方に与えてくれた今回の運営の判断はむしろ大英断だ」

「はぇー……」

 

 一応特殊性癖である自覚はあるんだな、となんとなく感心するイチカ。最近メジャー作品でもTSF要素のある作品がぽつぽつ出始めてきたので調子に乗っているかと思いきや、意外にもそこのあたりのネジはしっかりとしめられているようだ。それならもう少しイチカに対する変態行動のネジもしっかりしめてほしいと思わないでもないのだが。

 

「ただ……」

 

 そこで、セシリアが視線を落とす。

 

「ただ?」

「ただ、その時他にも必須タグのない作品に必須タグをつける運動が行われていたのですが、わたくしの好きな作品にガールズラブタグがつけられておりまして……」

「……? よく分からんけど、その『ガールズラブ』ってタグも必須タグなのか?」

「ええ、まぁ。一応同性愛タグですからね。同性愛に抵抗を持つ方はいるので、棲み分けですわ、棲み分け」

 

 ポリコレ的には同性愛に抵抗を持つとか相当アレな言動だが、そこはそれ。現実と創作は別なので、見たくない創作を自分の視界から隠す権利くらいは保障されていてもよいのである。大事なのはその矛先を現実に向けないこと、あと必要以上に創作を弾圧しないことだ。

 それはさておき。

 

「でも、それならそれでいいんじゃないか? 棲み分けがしっかりできて……」

「まぁそうなんだけどな。ただ、セシリアの方がな」

「ひどいものですわ!」

 

 セシリアは憤慨したように顔真っ赤にして、

 

「確かに! 確かにゾーニングは大事ですわ! というか大前提! ゾーニングなくして二次創作なし! 『いやこのタグつけるとネタバレだから』は甘え! ですわ! しかし……しかし! それによって生じるのは何か。ガールズラブ要素があればすぐにタグを取り付けた結果…………純粋な百合作品が読みたいときに……圧倒的に検索がしづらい!!」

 

 ばばーん! とセシリアは虚空に黒板を発現してバン! と叩く。なんだかやり口が束や千冬に似てきた変態である。小ネタに必要な小道具を脈絡もなく出すところとか。

 さらにセシリアは黒板に幾つかのキーワードと数字を書いていく。

 

「1/6現在、『ガールズラブ』タグがついている作品は全部で四〇〇〇作品以上。しかしそれらの中には必須タグ化によって『保険として』ガールズラブタグを設定している作品が少なくありません」

「まぁそうだよね、ゾーニングだし」

「一方! 『ガールズラブ』と『百合』をタグとして設定している作品を見てみると……全部で五〇〇作品足らず! これが何を意味しているか分かりますか!?」

「分からん……」

 

 突然の理論展開に思わず後頭部を掻いてしまうイチカ。だが、イチカでなくとも多くの人間が全然分からんだろう。

 話が進まないのにもどかしさを覚えたのか、セシリアは頭を振りながら言う。

 

「つーまり! この『ガールズラブ』しか設定していない作品群の中に! 『ゾーニングとしてのタグ』であるガールズラブタグだけつけていて、『検索用としてのタグ』である百合タグ等を使わず、埋もれている作品が間違いなく存在している! ということですわ!!!!」

「あっ、そっか」

 

 そこまで言われて、イチカもようやく理解する。要するに、タグにはゾーニングと検索性という二つの用途があるという概念が周知されていない為、後者の用途でタグを運用していない作者が存在している──ということをセシリアは訴えたいのだろう。

 

「まぁ、ここまで色々文句を言うのはセシリアがアレなのもあると思うけどね」

「シャルさん!?」

 

 と、そこで。

 ぬっとシャルロットが三人の話していた空間にやってきた。ちなみに、三人が今まで話していたのはIS戦闘用アリーナ前の廊下である。

 

「確かに検索用のタグがないから埋もれている作品は少なからずあると思うけど、そんなの百合に限った話じゃないしね。それこそ必須タグが警告タグだった頃からあった話だし、今更声高に言うほどのことかなぁ。そもそも『ガールズラブ』タグ自体は警告タグの頃からあったし」

「私としては、TSFとふたなりがいっしょくたに『性転換』タグに入れられていることの方がな……いや部分男体化と言われればそれまでなんだが……でもTSとふたなりは全然違ってて……」

「あっ、めんどくさいオタクモードの箒だ」

 

 さらにぬるっと現れた箒に、イチカの無邪気な暴言が飛び出す。いくらIS学園の廊下が広いといっても、そろそろ固まって話していると邪魔になってくる人数だ。

 

「それよりシャル、埋もれている作品って……?」

「ハーメルンだと、タグづけは必須タグ以外は文字通り『必須じゃない』からね。必須タグ以外のタグはろくに設定しなかったり、検索には関係ないお遊びタグを設定していたり……もともと、タグを検索用として積極的に活用している作者さんなんかそんなにいないんじゃないかな? たいていの人は好きな作品の名前とかで検索してるでしょ。あとはランキング見たり」

「それもそれでかなり偏見に満ちた見解のような……」

 

 確かにハーメルンはランキングの種類がかなり充実しているので、そこまでタグ検索に比重を置いていないというのは特性の分析としてあるかもしれない。それがいいとか悪いとかではなく、サイトとしての方向性の問題なのだ。

 

「で、ここまでだと別にラウラとセシリアが言い争う理由がないと思うんだけど、二人とも一体どうしたんだよ?」

「ああ。今のような感じでセシリアがオーバーに嘆いていたのだが……」

「必須タグ化もう半年以上前なのに今更じゃない?」

「シャル、そういう茶々を入れると話が進まないからやめておこう」

 

 ともかく。

 

「その話の流れで、この貧乳軍人がこんなことを言ったのですわ! 『それを言うならお前らGL系TS派だって「TS百合」とか言って純粋な百合が見たい人の検索妨害してない?』と!」

 

 よっぽどご立腹だったらしい。セシリアは顔を茹蛸のように真っ赤にしながら、ラウラに言い募る。

 

「それを言うなら貴女だって精神的ホモを身体が女性だからノーマルだのと強弁して散々検索妨害してきたではありませんの!」

「だってそうじゃん! 最終的に心も女の子相応になるんだし!」

「まぁまぁ」

 

 これ以上は口喧嘩が再燃すると判断したイチカは、そこで待ったを入れる。

 

「まぁどうして喧嘩してるのかは分かったけどさ……。そこまで揉めるほどのことか? 除外検索とかもあるんだし、別に気にしなくていいと思うんだけど」

「そんなことはありませんわ!」

 

 セシリアは身振り手振りで重大さをアピールする。これについてはラウラも同意見であるらしく、その横で腕を組んでしきりに頷いていた。

 

「TSFというのは、その成り立ちからして検索性の戦いだから……このへんは譲れないんだよね……」

 

 そこで現れたのは簪である。もうすっかり廊下は通行止めの様相を呈してしまっていた。

 

「検索性の戦い?」

「ええ……。もともと、TSFという言葉はこの界隈では使われていなかった──らしいの。私は、そこまで黎明期からいたわけじゃないから、これは又聞きだけどね……」

「へぇー」

 

 つまり与太話ということである。

 

「なんでも、もともとは女体化とか性転換といった言葉を使われていたんだけどね、女性向けジャンルの『もしも〇〇が女の子だったらIF』と検索でかち合うことが多くなり始めてしまって、それで仕方がなく作られた言葉が『TSF』というわけ……」

「そうなんだ」

 

 このへんの経緯についてはtogetterなどで詳細にまとめられているので参照されたし。

 ※流石に作者も現役でその時代にいたわけではないので、この説は現状完全に一個人の証言を基にしたものです。話半分くらいに聞いておく程度が健全なとらえ方だと思います。

 

「そういう経緯と、一口にTSFといっても私達みたいにたくさんの派閥があることから……TSFクラスタというのは、ジャンルの定義や検索妨害問題にうるさい人が多いのよ……かくいう私もその一人……」

「うんまぁ、お前らを見てればそのへんはなんとなく分かるよ」

 

 つまり、検索妨害にうるさい人が『自ジャンルの存在が検索妨害になっている』と言われて怒っている……ということなのだろうか。

 そう考えるとなんとなく今の構図がすっきり見えるようになった気がする。

 

「確かに! 確かにGL系TS派作品の多くは『TS百合』という呼称で呼ばれています。これでは通常の百合の検索でもTS百合が引っかかってしまい、純粋に百合を楽しみたい人からすれば検索妨害! 一応、一部ではTGL(トランスセクシャル・ガールズラブ)という呼称も推奨しておりますが、アルファベットの羅列であることから検索性はよくなく……定着はあまり望めません」

 

 しゅん、と珍しくセシリアは落ち込んだ様子で俯いていた。自分の好きなジャンルがほかのジャンルの愛好者に迷惑をかけてしまっているというのは、悲しいものなのだろう。

 

「ですが! ですがどうすればいいというのですか……一度定着してしまった呼び方を変えるなど、個人の力では不可能ではありませんの……」

「そもそもTS百合もそこまで定着した呼び方ではないと思うけど……」

 

 イチカも一応ツッコんでみるが、変態的には既にTS百合という用語は定着してしまっているらしく、誰も彼も鎮痛な面持ちである。

 

「ふふん。そんなに落ち込んじゃって──キミ達らしくないわよ?」

「あ! 君の名は。が大ヒットしたことで入れ替わりが市民権を得たと勘違いしてる盾無会長!」

「色々と辛辣ねキミ達」

 

 実際君の名は。以前から入れ替わりモノは普通にラブコメの題材として使われていたので、市民権は元々あったと言ってもいいだろう。

 それはさておき。

 

「やる前から諦めているなんて、そんなのキミ達の流儀じゃないでしょう? 現状が誰かの検索の邪魔をするなら……新しく、ジャンル名を作ればいいじゃない! 検索性のいい、新たなるTGLの名称を!」

「ですが……」

 

 それで新たなジャンル名が完成し、定着するのであれば──誰も苦労はしない。一個人が『これからはこのジャンルはこう呼びます!』と言ったところで、影響力のある人物でなければついてくる人はおらず、結果としてジャンルの表記ゆれが加速するだけ。それではジャンルにとって百害あって一利なしである。セシリアが考えているのは、その危険性だった。

 だが。

 

「何もしなければ……このまま他ジャンルとの戦争よ?」

 

 今まさに絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦争中だというのに、そっちの方はどうでもいいとでも言うかのごとく、盾無は深刻な響きを持ってそう告げた。

 

「君の名は。だけじゃない……。幼女戦記の大ヒット。『中身がおじさんな幼女』がヒットしたのはまだ『可愛げのない悪性を幼女というヴィジュアルでマスコット化する』要素が大きい──つまり純然たるフェチ要素が受けたわけではないでしょう。でも、カリおっさん擁するグラブル、ダヴィンチちゃん哪吒北斎ちゃんなどTSFゲーとして有名なFGOのヒット、バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberねこますさんの台頭を考えても、もう『男性が美少女のアバターを得る』ことへの忌避感は薄れている……TSFがメジャージャンルになる時代は近づきつつあるのよ」

「それはどうかなぁ?」

 

 どうなのかは神のみぞ知るのだが。

 

「そしてもしブームになって、TGL作品が大量に生産され……百合の検索妨害が本格化してからでは、何もかも遅いのよ」

「……、」

 

 無論、百合というのは強力なジャンルである。TSFがリヒテンシュタイン公国くらいだとすれば、アメリカくらい強いジャンルだ。いくらTSFがブームになりTGL作品が大量に生み出されたとしても、そこまで大きな混乱をもたらすとは考え難い。しかし……。

 

「人様に迷惑をかける可能性があると知りつつ、それを坐して眺める──変態淑女にあるまじき受け身の精神!!」

 

 セシリアの瞳が、かっと見開かれる。普段もそのくらい俺に対する迷惑を忌避してほしい──イチカは切にそう思った。

 

「と、いうわけで!」

 

 バッ! と、そこで盾無は口元を覆い隠すように扇子を広げる。

 そこには『大道具さんよろしく』という文字が達筆な字でしたためられていた。

 そして、その合図に従うかのように。

 

 周囲の景色が板のセットみたいにばたばたと倒れ、あっという間に周囲はどこかのスタジオのような様相を呈していた。

 気づけばイチカ達は何かの回答席に座らされており、さっきまでいなかったはずの鈴音もすっかり回答席に座っていた。

 

「え!? 何、どういうこと!? ショッピングは!? 乱と蘭は!?」

「あ。そういえばあの二人名前の読み同じだったなぁ……」

 

 ちなみに乱というのは凰乱音。台湾の代表候補生にして鈴音の従妹である。例の絶対天敵(イマージュ・オリジス)騒ぎで戦力集中のため集められた代表候補生の一人であり、当初は憧れだった姉の彼氏となっていた一夏を敵対視していたのだが、一夏がイチカとなった場面に出くわしたことで変態淑女に覚醒してしまったのであった。ちなみに変態淑女として司る属性は『妹の妹化』であり、何気に変態達の中でもトップクラスにやべーヤツなのであった。

 閑話休題。

 

「ちょっと! これどういうこと!? 何が起こってるの! 説明しなさ……あぇ!? イチカぁ!?」

「うん、俺もちょっと状況がよく分かってない……」

「はい! 新春チキチキ☆TSっ娘が女の子と恋愛する話のジャンル名を考えよう大会~~~~!!!!」

 

 困惑しているイチカと鈴音をさらに混乱の坩堝に叩き込むかの如く、盾無がタイトルコールをする。

 言われて改めて周囲を眺めてみると、回答席はイチカを含め七席。その前方にマイクが先端についた盾無がおり、その傍らの司会席にアシスタントとして女子アナ風の虚が、その横に『審査員席』と称して千冬と束が座っていた。

 さらに観客席には本音やら乱音やら蘭やらマドカやら……色々な人たちが集まっている。

 

「ルール説明をいたします。皆さんにはこれから『TSっ娘が女の子と恋愛する話のジャンル』──仮称・TGLの新たなジャンル名を考えて頂きます。その出来によって篠ノ之博士と織斑先生からポイントが与えられ、最もポイントが高かった方の勝利となります」

「でも、そのルールだと結局ジャンル名はどうやって決めるんだ?」

「その人の考えたジャンル名を適当に採用すればいいんじゃないでしょうか」

 

 肝心のところが投げやりなのであった。

 

「ポイントが最下位の方は罰ゲームですので、皆さん頑張ってください」

「えぇ!? いきなり召喚されて罰ゲームなんて、聞いてないわよ!」

「そうだぞ! 俺はTSFとかあんまり興味ないから今回は棄権ということで……」

「イチカさんについては存在がTSFですので。あと鈴音さんはその彼女ですし」

「え、えー……」

「ま、まぁ? 彼女だし……。彼女、うん、彼女……うふふ。イチカ! さあ頑張るわよ!!」

「ああっ!? 彼女発言に乗せられた鈴が敵に回った!」

 

 鈴音テイマーの資格でも持っているのかと思うくらい鮮やかに鈴音を乗せた虚の手腕に、イチカは思わず舌を巻く。ともあれ、唯一の味方である鈴音が敵に回った以上、イチカもやるしかない。要するにいいアイデアを出しまくればいいのである。それならTSFクラスタでなくてもできることだ。

 

「よし、頑張るぞ!」

 

 というわけで、企画スタート。

 

「はい! 整いましたわ!」

「そういう企画じゃないわよセシリアちゃん~」

 

 どことなく落語チックなセシリアは、ボードを小脇に抱えながら不敵に笑う。

 

「ふふ……百合も薔薇も、両方とも花。つまりCPのジャンル名をあらわすなら、花になぞらえるのが常道!」

「おお」

「わたくしの答えはこれですわ!」

 

 まるで火炎瓶でも投げつけるかのように、セシリアはボードを翻す。そこにあったのは──、

 

「『牡丹一華(アネモネ)』ッ!」

「そんな能力名を叫ぶみたいな」

 

 イチカはじめIS乗りには必殺技とかけっこうあるし、能力名を叫ぶのもけっこうあるので分からない感覚ではないのだが。

 そんなわけで、セシリアは理由を説明する。

 

「まずアネモネの花言葉ですわ! 花言葉は『純真無垢』『無邪気』『はかない恋』! これこそまさしくTGLをあらわすのにふさわしい花でしょう! さらに和名の牡丹一華! イチカさんの言葉が入っていますわ! つまり牡丹一華はイチカさんでありイチカさんはTGLの申し子。Q.E.D.(証明終了)ですわ!」

「さらっと俺をTGLに巻き込むのやめろよ!」

「私は別にイチカが相手なら女の子でもいいけど?」

「おいっ……! おい鈴音、今はちょっとそういう……ちょっと!」

 

 なんかそのへんの話は踏み込むとプライベートなアレがアレしそうなので閑話休題。

 

「ふむ……ジャンルの名称における類似性を指摘した点はよかったが……チョイスした花が野暮ったすぎるな。そもそも長い時間かけて定着した百合や薔薇の命名法則を安易に真似ようとしてもジャンルと名称が結びつかん。あとジャンルの名前にイチカの名前を使っては普遍性がなくなるだろう。〇点」

「いやー束さんはけっこう好きだけどね? 一点で~」

 

 というわけで、セシリアの点数は一点である。

 ちなみに、当の本人はイチカと鈴音ののろけによって死亡していた。

 

「しょうがないな……ならば次は私が行こう」

「箒院」

 

 ちなみに、今返事を返したのはラウラである。

 

「私の考えた名称は──これだ! 『首合(TGL)』!」

 

 ボードを返しながら、箒は名称を提示する。百合ではなく──首合。その名称の理由についても、箒は語っていく。

 

「要するに、TGLとは百合のようであって百合ではないナニカ。既存の『百合』という漢字にプラスアルファされたものということだ。だから漢字にちょい足しした」

「そんな料理のアレンジみたいな」

「アレンジャーは身を亡ぼすわよ」

 

 箒は料理下手だからなおさらである。

 

「変換がしづらいな。タグ設定するのにわざわざ辞書登録しないといけないのは利便性の面では悪いだろう。ただ、検索性の面では悪くない。五点」

「そもそも百合にプラスアルファした概念ではないよねってツッコミどころはあるけど、そこそこって感じかなー一点」

 

 けっこう甘い採点に感じるかもしれないが、持ち点は一人一〇〇点なので実は超辛辣なのであった。

 

「じゃあ次はボクだね。セシリアに若干被るけれど、薔薇も百合も実は聖母マリア様の象徴する花なんだよ。つまり花をイメージソースにするなら、聖母マリア様由来の花を選ぶべきだよねってことで──」

 

 どん、とフリップを翻すシャル。そこに描かれていたのは、

 

「雛菊! 菊という男の子要素に雛という女の子要素がくっついてるところとか、TGLらしくないかな?」

「菊=男の子って発想が既に怖いわシャル……」

 

 菊門ということなんだろうか。簪も戦くおぞましさであった。簪はわりと常識人だが。

 

「発想は悪くない。選択した花のマイナーさ加減もいい塩梅だろう。ただ、雛菊というとBL系TSか、男の娘×男の娘……どちらにせよBL系のイメージの方が掻き立てられる気がするな。TGLとは若干乖離するだろう。一〇点」

「束さんはけっこういい線いってたと思うよ。一点」

 

 続いては、

 

「じゃあ次は私だな──見るがいい、これが模範解答だ!」

 

 バッ! とラウラが一息にフリップを展開する。そこに描かれていたのは──、

 

「『手裏剣』!!」

「もはや原型がないのではなくて?」

 

 冷ややかな反応のセシリアだが、ラウラはめげずに続ける。

 

「そんなことはない。これは『TSYURI』をそのまま入力した『tしゅり』からきているのだ!」

「一昔前のネットでよく見た命名ルールだな」

「箒さん、実年齢が割れましてよ」

「実年齢!?」

 

 無論、彼女達はIS学園の一年生なので一五~一六才に決まっているのである。

 

「命名ルールは私好みだが、これでは一般の手裏剣と検索がかち合ってしまいかねない。ジャンル名としてはあまりよくないな。三点」

「手裏剣、束さんはいいと思うよ。一点」

 

 撃沈するラウラである。

 憧れの教官に一言つきで低評価を食らってメンタルが折れてしまったラウラの敵討ちをするように、次は簪が立ち上がる。

 

「私が考えたネーミングは……これ」

 

 どん、と。

 フリップを豪快に翻した簪は、同時にそこに描かれている文字を読み上げる。

 

「──『仮面舞踏会(マスカレード)』」

「えっなんて?」

 

 仮面舞踏会(マスカレード)(笑)である。

 

「ふふ……理由も説明してあげる……。あのね、TSっ娘が女の子と恋愛するって、傍目から見たら百合だよね……でも実はそうじゃない。つまり二人の恋は仮面越しの舞踏会なんだよ……」

「お、おう」

 

 なんか超熱く語っちゃってる簪であるが、目の前にいるイチカと鈴音は仮面どころか素性知りまくりの上で恋人同士なのでなんかもう既に前提が破綻しているのであった。

 そんなわけで結果も、

 

「五点。これはスベリ芸の芸術点だ」

「束さんはカッコいいと思うけどな~一点」

「っていうか束さんはさっきからコメントが適当すぎないか!?」

 

 そのへんはやはり腐っても人格破綻者篠ノ之束ということなのだろうか。

 

「さて、残るはイチカちゃんだけれど──」

「はぁ、なんかよく分からなくてばかばかしいんだけど……普通にTS女同士恋愛とかでいいんじゃないの? 下手に俗称とかつけたら内容が分かりづらいでしょ、内容が」

「それではロマンがないのですわ!! わたくしは! ジャンル名がほしいのですわ! ジャンル名が!!」

 

 結局、自分の帰属するジャンルに名前があるというのが重要という部分も大いにあるのだろう。実際、『〇〇いいよね』とつぶやくのに決まった名称がないと、愛情を迸らせるのにもいちいち頭を使わなくてはならず、かなりストレスになるのである。

 

「えー……」

 

 とはいえ、全く関係ない(関係ないわけではない)鈴音からしたらどうでもいい話なのだが。

 そんなやりとりを見ていたイチカは、思わずジャンル名の亡者となっているセシリアに同情して、仏心を出してしまう。

 

「んー……じゃあ、『内容に由来していて』『検索しやすくて』『入力しやすい』ワードがいいんだよな? 『とせがら』とかどう? 『トランスセクシャル・ガールズラブ』でとせがら」

「ざ、雑ですわ……」

 

 イチカの無邪気な回答に、セシリアは思わず脱力してしまう。そして、千冬達の評価は──、

 

「……フム。盲点だったな、ひらがな四文字で来るとは。由来を知っていれば覚えやすいし、検索妨害にもなりづらく、かつ検索性も高い。ジャンル名としては悪くないだろう。一〇〇点」

「束さんもいいと思うな~一〇〇点」

「ちょ、ちょっとお待ちあそばせ!? 完全に身内びいきでは!? いやイチカさんが最高に可愛いのは同意しますが!」

 

 疑惑の判定であったが、答えは決した。

 

「じゃあ、順位を発表するわよ~」

 

 ほどほどのタイミングで再度現れた盾無が、虚にランキングボードを発現させる。順位の方は、以下の通りになった。

 

 一位 織斑イチカ

 二位 シャルロット・デュノア

 三位 篠ノ之箒

 三位 更識簪

 五位 ラウラ・ボーデヴィッヒ

 六位 セシリア・オルコット

 

「最下位はセシリアちゃんね~はいじゃあ罰ゲー、」

「お、お待ちを! ま、まだですわ! まだ参加していないパネラーがいるはず! そう、鈴さんですわ! まだ彼女が……」

「何言ってるの?」

 

 ばがん、と。

 食い下がろうとしたセシリアを断ち切るように、鈴の回答席がバラバラに崩れ去る。そしてその下から現れたのは──『仕置き人』の文字が記された席であった。

 

「なん………………ですって…………?」

「アンタ、いつからあたしがこの企画の仕掛けじゃないと錯覚してたの?」

 

 鈴の口から、すべての答えが放たれていく。

 

「おかしいとは思わなかった? 束さんでもないのに、盾無会長がこれほど大掛かりなセットを生み出して、あまつさえあたしだけでなく他のメンバーまでそろえていることに」

 

 つまり。

 すべては計算づくだった。

 会長・更識盾無はあくまで人間である。千冬のようにこの世の節理を捻じ曲げることも、束のように新たな節理を差し込むこともできない。だが、彼女はあくまで人間としての工夫で、『その域に到達しているように見せかけることができる』プロだ。

 その彼女が見せたあからさまな超常現象──まして、登場した瞬間に『それまで何をしていたのか』を説明するように吐き出されたセリフ……。トリックがあると考えるべきだった。

 

 まぁ要するに。

 

「セシリア…………罰ゲェェェム」

「よ、世の中、世知辛いのですわー!」

 

***

 

「……はっ」

 

 そんなところまで話が進んだところで、一夏はふと目が覚めた。

 そして隣のベッドでコブラツイストされながら寝ているセシリアと鈴を見て、気付く。そういえば昨日はTSF談義に花が咲きすぎて、最終的に鈴にセシリアが折檻されたあたりで寝落ちしてしまっていたのだった。

 思い返せば、あの夢はおかしなところがたくさんだった。

 変態達の行動が常識外れだった……のはいつものことだが、それはそれとして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、すべてが唐突すぎたのだ。

 まるで、とってつけた蛇の足のように。

 

「…………それこそ、泡沫の夢、か」

 

 おそらくあれも、あの時と同じ──こことは違う、()()()()()()()()の出来事だったのだろう。そう思うと、早くも一夏の脳裏にある夢の思い出に霞がかかり始めた。

 

「……んぅ……。……あぇ!? 何この状況!?」

「そういえばコブラツイストしながら寝落ちってかなり凄い状況だよなぁ」

 

 そこのところは気にしてはいけないのだが、

 

「皆も起きろよ。早く支度して食堂行っちゃおうぜ」

「うーい、分かったわ」

 

 言いながら、鈴音は何気なくスマートフォンを取り出し、そこで表情を硬くする。

 

「………………なにこれ、絶対天敵(イマージュ・オリジス)…………?」

 

 あるいは、泡沫の夢ではなく────明日の断片か。




ネタっぽくしましたが『とせがら』を使っていくのと会長の危惧はマジです。
ハヤラセテ(*´ω`*)

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