【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第二六話「守護神、陥落」

「さて、それじゃあイチカの水着を決めようか」

 

 裸とか変態とかセクハラとかが入り乱れた戦争の後。

 

 全裸になった変態その一こと箒は、唐突にそんなことを切り出した。

 本来の目的は、イチカに対して水着姿を見せびらかし、それによって『男』として性を意識してもらうこと――だったが、変態達としては『それでは足りない』という思いもあった。

 趣味的にも、イチカを元に戻す作戦的にも。

 というのも、TSFにはイチカがまだ実績解放していない、とある『お約束』が存在している。

 その『お約束』とは――――

 

***

 

「これが、俺の身体……」

 

 そう呟き、俺は鏡に映る可愛い少女――今の俺の姿――をじっくりと見る。

 鏡の中の少女はぼうっと頬を上気させながら、何かとろけたような瞳で俺のことを見つめていた。

 そして、鏡の中の少女の手が徐に動き出す。白魚のようにほっそりとした指先が徐々に持ち上がり、そしてだぼだぼのよろけたTシャツに覆われていた小ぶりな丘を覆い――、

 

***

 

 そう。

『女になった自分の身体に欲情してちょっといじったりするえっちな展開』だッッッ!!!!!!

 フェチ系、GL系、BL系、NL系、両性系、男戻り系、どの属性にしても、大半のTSFでは女になった自分の身体をいじるところから始まると言っても過言ではない。

 なのに。

 にもかかわらず。

 イチカは未だ、『これが……俺の身体……?』していないのだ!!!!

 一連の流れは、TSっ娘の弱小ヒロイン化が進んで久しい[独自研究]TSFにおいて貴重な『TSっ娘が「男」を見せる場面』である[要出典]。殆どの主観TSFではこの流れが序盤に採用されている[中立的な観点]。むしろ、変態達の中には『この通過儀礼をやってないから男に戻れなくなったんじゃないか?』と思う箒がいたりするほどなのである。

 彼女はフェチ系がお好みなので、こういう肉体の変化に戸惑ったりする描写がないと『TSの意味がない』と思うタイプなのであった。もちろんそれを口に出すことはTSF界隈どころかネット上最大のタブーなので絶対にやらないが。

 

 で、その箒はそんなこともあり全裸のままイチカに水着試着を提案していた。

 なお、彼女の裸体は、振り乱されたポニーテールが奇跡的ななんかになって大事な部分だけは隠されている。いい加減くどいがちゃんと言わないとR指定が入るのであった。

 

 …………………………思えば、一夏にラッキースケベされて赤面していたところから、ずいぶん遠いところまで来たものだ。

 ともあれ、突然の提案にイチカは状況を上手く呑み込めないまま首を傾げる。

 

「……は? 俺の水着?」

「そうですわ。わたくし達も水着を選んだのですから、イチカさんも水着を着るべきではなくて?」

「いや、みんな水着選んでないし、セシリアに至っては簀巻きになってるじゃ……」

 

 簀巻きになった全裸ことセシリアの台詞にイチカは弱弱しく言いかけるが、それを上書きするように全裸になった変態その二こと簪が叫ぶ。

 

「イチカちゃんは!! ここまでやった私達を見て、何とも思わないの……!? ここまで来たら、イチカちゃんも恥を忍ぶ。それが、『男らしさ』ってヤツなんじゃないの……!?」

「う、ううっ……!」

 

 店内の照明か何かであろう逆光を背にした(つまり体の前面はノーガードだが影になっていて見えない)簪の台詞に、イチカは思わず気圧される。

 適当な理屈ならスルーしているのだが、『ここで恥を掻くのが男らしさなのではないか』と言われてしまうと、確かに女の子ばかりに恥を掻かせるのは男らしくないような気がしないでもない。イチカ的には男らしいことをすることで男に戻るのが当面の目標なのだから、こういうところで男らしいことをしないわけにはいかないのである。

 よく考えるとそれ自体が適当な理屈なのに気付いていないのはご愛嬌だ。変態達の変態ストリップショーによって、イチカも正常な判断力が削られているのであろう……。

 

「大丈夫、別に僕たちはイチカに全裸を強制するつもりはないよ。セクシー水着は着てもらうけど。でも、全裸に比べたらずっとマシだろう?」

 

 次に、全裸の肉襦袢を着た変態ことシャルロットが甘い言葉を囁く。

 全裸をこれほどまでにアピールしておきつつ、全裸を強制するわけではないと言う。実際の脅威は一ミリも変わっていないのだが、こう聞くと何故か途轍もない譲歩を引き出せたように聞こえるのだから不思議だ。

 

「う…………」

 

 イチカの天秤が、明確に傾いていく。

 ちなみにコールタール塗れの変態ことラウラは今生死の境を彷徨っているのでイチカの説得どころではなかった。どうしてこうなった。

 

「と、いうわけで」

 

 精神防壁が弱まったのを見計らい、変態達がずらりとイチカを取り囲む。ちなみに、鈴音は絆創膏姿などという痴態を晒したギガインパクトの反動により動けないでいる。何もかも変態達の計算通りであった。

 

「此処から先は、お待ちかねの水着試着タ~イムですわ」

 

 ズオア! と、どこから取り出したのか輪っかとカーテンがイチカの周りの足元に召喚される。

 ついでに、イチカの手には既にピンク色のビキニが手渡されていた。あまりにも手際がよすぎる。

 

「…………これ、本当に着るの?」

「当然」

 

 イチカの縋るような視線に、変態達は声を揃えて頷いた。

 

***

 

 反重力的ななんかによって浮遊している円形のカーテンが開かれると、そこにはピンク色のビキニを身に纏ったイチカの姿があった。

 トップスの三角形の大きさは、イチカの小ぶりな胸を軽く覆う程度。ボトムはローライズ気味だが、あくまで一般的な露出の範疇だ。総合的に言うと、深夜アニメの水着回でよくある『現実的に考えたらグラビアアイドルしか着ねえだろってくらいの高すぎる露出度だけど何故かわりと自然に受け入れられている』という感じの水着だった。

 しかし――これがイチカにとっては意外な難関だった。

 何せ、『ごく一般的な女の子が着るような水着』なだけに、『これは変態が選んだ変態水着だから』という一種の羞恥心の麻痺が一切存在しないのである。スイカにちょっとだけ塩を振ると余計甘く感じる的な理論だった(?)。

 

「うう…………恥ずかしい……」

 

 イチカはそんな一般的な範疇による布面積の暴力が気になるのか、水着を着ているのにその上から両腕で水着を隠している。恥部を隠す為の装備がそのまま恥部になる恥部の連鎖。イチカの羞恥以外何も生まないことは間違いなかった。

 

「あぁ~イチカはやっぱり可愛いなぁ! 私の見立てに狂いはなかった!」

 

 そんなイチカに、関節技でもキメるのかというくらいひしと抱き付いたのは、篠ノ之箒。

 この水着のチョイスは、箒によるものだった。

 どんな水着を着ても良いだろう。しかし、水着そのもののエロさでイチカを飾るのは、彼女が良しとしない。

 TSFとは、女体を持たぬ者が女体を得ることによる戸惑い、喜び、快楽――――そして変化を経験していくのを愛でるジャンルである。箒は、そう確信している。

 そこにおいて最も重要視されるのは、『女体』。TSっ()が自分の身体をえっちな目線で見ること――それこそ、TSFのスタートラインである。

 そこに主眼を置けば、下手なエロ水着でイチカの心を惑わすのは、本来一番に視線を向けさせるべきものから彼女の意識を逸らさせかねない愚挙であった。

 つまるところ、女体の素晴らしさを、できるだけニュートラルに――――素材の味を大切に扱う料理人のごとき信条が、安易なエロ水着を良しとさせなかったのである。

 

「どうだイチカ? イチカは、自分の身体を見て何か思わないか? 『可愛いな~』とか、『興奮するな~』とか、『これが、俺……?』とか感じないか!?」

「さも当然のようにセクハラすんのやめろ!」

 

 なお、箒については全裸のままだと寒いというもっとも(?)な意見から、今は来る時に着ていた私服になっている。まぁ、全裸のまま抱き付かれていたならイチカは今頃声一つ上げられないくらいテンパっていただろうから、服を着ているのは言わなくても分かったかもしれないが。

 

「そう言うな…………。これは、お前の中の雄を呼び覚ます為の儀式でもあるのだ、イチカ。TSっ娘がTSしてから男を見せる貴重な機会……それが自分の身体に興奮するシーンだ。だが、イチカはそれをやっていないだろう? だからイチカは男らしさが足りず、」

「ちょおっとお待ちあそばせそれは聞き捨てなりませんわッ!!」

 

 流れるように持論を展開し始めるフェチ派(ほうき)に、GL派(セシリア)の簀巻きドロップキックが決まる。

 淑女のおみ足を叩き込まれた箒は、くの字に折れ曲がりながらノーバウンドで十数メートルも吹っ飛んで行った。なんかここだけバトルものである。

 

「そんなの自分の好みの展開じゃないから気に入らないだけでしょう。それを言ったら女の子といちゃいちゃちゅっちゅしないから男性性が薄れているとも言えるのですし」

 

 勝ち名乗りのようにそう言うと、セシリアはぽかんとしているイチカの方に向き直る。あまりの可愛さに思わず頬ずりしたくなったが、今それをやると話が進まないので鋼の精神力で以て堪え、先に進む。

 

「さて。次はわたくしですわ」

「………………え? アレいいの?」

「いいのですわ。どうせ放っておけば治っています」

 

 イチカは困惑しまくっているが、セシリアは全く動じることなく虚空から水着を取り出す。

 なお、彼女も簀巻き全裸から此処にやって来た時の私服姿に戻っている。さっきドロップキックしたときは箕巻きだったよね? とかそういうことは気にしてはいけない。

 

 彼女が取り出したるは、光沢が眩しい紺色の水着だった。胸部から臀部に至るまで、一直線に全身を覆う、ISスーツの意匠とも共通点を持つそれ――――。

 今は失われた幼女性の象徴。そして、ひとたび肉体の熟れかけた少女が身につければ、水着が醸し出す幼さからくる神聖性と、半ば熟れた一五、六の女体の色気が組み合わさり、背徳的なエロスを生み出す魔性の装備。

 人はそれを――――『スクール水着』と呼んだ。

 

 以前のクラス対抗戦(リーグマッチ)では、イチカは公衆の面前で白スクを披露したが――識者(ヘンタイ)によれば、通常のスク水と白スクは全く異なるエロ水着であると言われている(なお、当然のことだが、スク水はエロ水着の一種である)。

 白スクがスク水の少女性を兼ね備えつつ純白さによるエロティシズムを内包しているなら――スク水はさらなる直球。

 スク水自体は、ただの野暮ったい学生用の水着でしかない。しかし、その『野暮ったさ』、言い換えるなら『純朴さ』が、本来あるべき場所、本来着るべき人以外のところで発露する――――それこそがスク水のエロさの真骨頂だ。

 さらにそこに、胸元に貼られた名前が加わる。エロさに加え、自らの名前を晒されるという恥辱の要素すら兼ね備えているのである。これは、エロ落書きにも似た背徳を与える効果もある。いやむしろ、エロ落書きこそスク水の名札の派生形と呼ぶべきかもしれない。

 ……スク水はもはや猥褻物にしか見えないという者がいるのも頷ける。

 

「いや、待てッ!!!!」

 

 そして、そこに待ったをかける者が一人。いや、二人、三人。

 ラウラ、簪、シャルロットだった。

 もちろん、締めるべきところではきっちり締める(逆説的に緩めてよければ全開で緩める)彼女達はもはや全裸同然の姿ではなく、私服になっていた。

 

「同じワンピースならこっちの子供用ワンピース水着とかも良いんじゃない? ほら、いきなり露出度高かったりする水着を着るのもイチカ的に辛いだろうし……」

「正気ですの? 羞恥プレイ狙いならスク水の方が良いに決まってるではありませんか。それに幼児プレイは流石にちょっと……全体的なネタの方向性が……」

「どっちも変態度は変わらん! というか貴様ら、イチカの羞恥が目的にすり替わってるんじゃないか?」

「……ラウラの方こそ、その布きれは明らかに羞恥目的になってるんじゃないかしら…………」

「何を言っている! ここはこのスリングショット水着で自分の肢体に興奮することでだな…………」

「いやあ、せっかくの試着なのにスリングショットなんてありきたりなのはどうかなぁ。後回しで良いんじゃない?」

「そもそも、そういうのはわたくしのようなナイスバディじゃないと映えませんわよ。イチカさんは貧乳ですし」

「…………鈴が故障中で良かったな、普段だったら今ので一回死んでいたぞ、セシリア」

「やっぱりここは一つ…………バラエティ色の強い貝殻水着で……グラビアっぽく…………」

「昔じゃあるまいし、今それやっても多分笑いしか取れませんわよ」

「股間に貝殻ってちょっとシュールすぎるよねぇ」

「……ちょっと気になったんだが、あれって本当に直接貝を当ててるのか? それとも布を間に噛ませてるの??」

 

 と、変態達は各々自分の差し出した水着を先にイチカに着せようと喧々囂々のやりとりを再開する。

 なお、イチカは現在ビキニ装備であり非常に居心地が悪い。

 

「待て! まだ私のターンは終わっていない!」

 

 そこに箒がダメージから復活してしまったのだから、もう状況は混迷を極めるしかなくなった。

 

「はぁ!? 貴方はもう終了ですわ! イチカさんと出会った順的に言えば次はわたくしの出番ですわよ!」

「イチカと出会った順って何だ、こういう時は人気順で決めるのが定番だろう。ここは軍人かつ国家代表操縦者というキャリアから自国でダントツの人気を誇る私が…………」

「そうなると箒が一番ってことになるけど………………それはおかしいわよね……。そもそも日本次期代表は私だし…………」

「人気一位って言うと、男性操縦者疑惑で世界中から話題をかっさらった後で金髪巨乳美女に転身した僕がブッチギリだよね」

「あ? モッピーナメてんのかお前ら???」

 

 と、人気談義になって一触即発になる変態達。一応注釈しておくと、彼女達が話しているのはIS操縦者としての人気であって、別にヒロインとしての人気順とかではない。ない。ないのだ!!

 その後も、イチカをほっぽって五人の変態達は議論を重ねる。

 ……イチカはいい加減水着のままだと寒くて、ちょっとお腹が冷えそうだな~などと考えていた。

 

「……分かった分かった。それじゃあこうしよう」

 

 議論に決着がつかないと悟ったのか、ラウラが遮るように両手を振りながら、こう切り出した。

 

「五人の希望を全部聞いていては永遠に決着がつかない。ここは一つ、鈴の意見を聞いて決定してみてはどうだ?

「………………鈴さんの意見だと当たり障りのないものになりそうですが、このままだと永久に話が進みませんしね」

「…………私も、良いと思う…………」

「ま、鈴ちゃんの案だったらイチカも納得できるだろうしね」

「私も、鈴が決めるのだったらビキニイチカにやってもらおうと思っていたあんなことやこんなことも諦めて良いぞ」

「………………箒だけ良い思いしてるのは、ずるいと思うけど」

「まぁまぁ、その後にも機会はあるのですから」

「思ったんだけど、それって結局問題の先送りをしているだけじゃないかな?」

 

 多少の不平こそあれど、変態達の意見は満場一致で決定された。

 イチカも含む全員の視線が、鈴音に集中する。

 視線を一身に受けた鈴音(彼女も既に私服に着替えている)は――――、

 

 

「――――ばんそうこう」

 

 

 そんなことを、ぽつりと呟いた。

 

「…………は?」

「え? 鈴さん? ちょっと聞き逃してしまった気がするのですが、今なんと……、」

「だから、ばんそうこう」

 

 困惑するイチカ。鈴音に対しては比較的遠慮ない物言いのセシリアですら遠慮がちに問い返したが――――それでも、鈴音は再度、はっきりとその言葉を口にした。

 ばんそうこう。つまり、場合(サイズ)によっては乳輪を陰の色と誤魔化さなければならない防御力ゼロ装甲。

 鈴音は、それをつけろとはっきり言う。

 

「…………しょ、正気、か?」

「……いや、でも…………鈴の意見だし……」

 

 変態達の方も、鈴音の乱心に困惑しきりだった。本来、鈴音はイチカを守る役割だ。今回は、変態達の策略により思考をショートさせられていたが…………こうやって水を向ければ復活すると、そう思っていた。この展開は、さしもの変態達も予想できていなかった。

 ……まぁ、変態的には棚から牡丹餅な感じだったが。

 

「り、鈴さん? もう少し穏当なものを選んだ方がよろしいのでは……」

「そ、そうだぞ鈴。冷静になって考えるんだ。というか選択肢にばんそうこうはないぞ……?」

「鈴、まずは深呼吸して落ち着こう?」

「ばんそうこうよ」

 

 本来ボケに回るはずの変態達が抑えに動き出すが、鈴音はばっさりと切り捨ててしまう。もはや、変態達の中途半端なツッコミでは止まらない。

 

「イチカの為でしょ。自分の痴態を見て、それに興奮したら、万々歳なんでしょ? じゃあスク水だのビキニだの回りくどいことする必要なんてないじゃない」

 

 狼狽する変態達だったが、鈴音はわりと冷静そうだった。確かに、このお着替えの流れの大義名分が『イチカに自分の女体を意識させ男として興奮させる』とすれば、鈴音の言う『露出度を上げて羞恥心を煽る』というやり方は徹頭徹尾理に適っている。

 しかし、そこで変態達の(あるかどうか定かではない)良心が働く。

 

「で、ですが鈴さん、それでは殆ど全裸と変わらな、」

「あたしはその『全裸と変わらない格好』をしたのよッッッ!!!!」

 

 ………………。

 

 その瞬間、セシリア以下変態は思った。

 

(――――あ、この子羞恥心で暴走してる)

 

 その叫びに留まらず、羞恥心で顔を真っ赤にした鈴音はぷるぷると震えながらもなお叫ぶ。

 

「あっ、あっ、あたしがこんなに恥ずかしい思いをしたんだから、あんただってちょっとくらい恥ずかしい思いしたって良いでしょ!?」

 

 今度は、イチカの方へとぐいぐい食い掛かって行く鈴音。その瞳に、正気の光は宿っていない。もはや本来の彼女の正義は一時的に失われていると言ってもよさそうな感じだった。あまつさえ、鈴音は今しもビキニをひん剥いてばんそうこうを貼ろうとしている始末であった。

 

「う、うおおおお……!」

「脱、ぎ、な、さ、い、よぉッ……!!」

 

 イチカの乳首が出るか否か。

 まさしく(作品)世界の存亡をかけた争いが、今繰り広げられる。しかし、両者の力は意外にも拮抗していた。それもそのはず。イチカは現在零落白夜が暴走している状態なのだ。つまり、鈴音を強化しているISエネルギーも触れた時点で無効化されている。

 それに加えて、イチカが日ごろトレーニングを怠らなかったのも幸いした。もちろん鈴音がトレーニングを怠っていたという意味ではないが、それでもイチカが彼女の伸び率を大きく超えて、彼我の筋力差を縮めていたのだ。

 

 ただし。

 

 それはあくまで、『差を縮めていた』というに過ぎない。

 

 いかに正気を失い精彩を欠いていようが。

 イチカが成長していようが。

 鈴音は、紛うことなき世界最強レベルの一角だ。

 

「うぐ、うぐぐぐ…………」

「いい加減に…………諦めなさいッ!!」

 

 直後。

 鈴音の二の腕が強烈に脈動し、縄のような筋肉の隆起が生じる。

 我欲の為に力を振るう鈴音の姿はもはや、蛮族という言葉でしか言い表せない。

 それでも、イチカは諦めなかった。

 

「って、おかしいだろ鈴! 正気に戻れぇぇぇ――――っ!!」

 

 べしん! と。

 片手防御に切り替え、イチカは鈴音の頭を渾身のツッコミで引っ叩く。

 賭けだった。

 片手防御に切り替えれば、その分両手で水着を脱がそうとしている鈴音との筋力差は開いてしまう。

 もって一〇秒。ツッコミのチャンスは一度きり。

 これが無意味に終われば、イチカは全国放送(?)に桜色の乳首を乗せてしまうことになるだろう。

 

「………………」

 

 鈴音は。

 羞恥と貧乳に呑まれた蛮族は、ぺしんと叩かれた瞬間のまま、首を若干傾けて静止していた。

 まるで大気全体が震動しているかのような緊張感の数秒が経過する。

 

 そして――――、

 

 

「…………ごめんイチカ。あたし、ちょっとどうかしてたわ」

 

 頭に手を当てて軽く調子を確かめながら、鈴音はそう言った。

 鈴音は、正気に戻った。

 イチカと鈴音の友情が、羞恥と貧乳という最大の悪魔に打ち勝ったのだ!!

 

 そんな鈴音を尻目に、とりあえず話がまとまったなーと感じた変態が代替案を提示する。

 

「それで、着替えの方なんだけど」

「…………男物の海パンで男らしさを演出するっていうのは、どうかな…………?」

「…………!!」

 

 変態達のアホみたいな提案に、しかしイチカは目を輝かせた。

 男らしさを追求するなら、男物の水着を着れば良い。

 盲点だった。

 盲点・オブ・盲点ズだった。

 

「アリかも…………!」

 

 その素晴(アホ)らしい提案に、イチカは二もなく乗ろうとして、

 

「ナシだボケぇ!!」

 

 当然ながら、復活した鈴音に速攻で却下されてしまった。


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