【完結】どうしてこうならなかったストラトス   作:家葉 テイク

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第一九話「姉ならば その行動で 愛示せ」

「そろそろいい加減本題に入りませんこと?」

 

 授業合間の休み時間。

 いつものように一夏の席の近くまで移動してきたセシリアは、そんなことを言いだした。

 

「本題ってなんのことだ?」

 

 一夏は首を傾げるが……その場にいた箒と鈴音の方は、一定の緊張感を保っている。彼女達にとっては、セシリアの言う『本題』が何か既に分かっているということなのだろう。

 

「何だどうした。何の話だ?」

「ああ、ラウラちゃん。多分あの話だよ」

「……デュノア、ラウラ『ちゃん』はやめろ」

 

 それだけではなく、シャルロット(なんかいつの間にか男装はやめていた)とラウラもいた。よく見ると、簪もその後ろにいる。どうやら専用機持ち(うち一人カスタム機)の全員が揃っているようだった。

 

「っつか全員どうしたんだ……? 専用機持ちが全員集まるっていったい……?」

「はぁ。あんたもう忘れちゃったの? 『タッグトーナメント』の登録締め切り日。今日のお昼なんだから。さっさと決めないと出遅れちゃうわよ」

 

 呆れたといった感じの鈴音に、一夏はハッとした。そういえばそうだった。登録しないと、くじ引きで決まってしまう。流石に運任せで相棒を決定するのは、一夏としても避けたい事態だった。

 

「って言ってもどうしようか……周りの連中はもう決まってるんだろ?」

 

 そう言って一夏はあたりのクラスメイト達を見渡す。

 女子一同はみな一様に首を横に振った。『私達の隣はいつでも空いているよ』――そう言いたげな表情だった。一夏は『毎度ご苦労だなぁ』と他人事みたいに思った。

 

「ですからわたくしと組みましょう織斑。イチカさんと組むためでしたら貴方と行動を共にする苦痛も呑みこみましょう」

「お前一応俺の方が立場上だってこと忘れてない?」

 

 当然ながら却下なのであった。

 

「そんな高飛車は放っておいて私と組もう一夏。なあに大丈夫だ。空いた時間で保健の授業までバッチリこなしてやるぞ」

「箒、だんだん変態レベルが気持ち悪いことになってないか……?」

 

 組む組まない以前に、身の危険を感じる一夏である。

 

「フン、くだらん。そんなヤツらは放っておいて私と組め織斑一夏。今なら軍隊式のレッスンで貴様を一から鍛え直してやるぞ。男であることが嫌になるくらいにな……」

「一見すると理想的だけど裏に私情が見え隠れしてるからな‼」

 

 軍隊式のレッスン自体は理想的なのか……と、変態淑女の間で一夏ソフトM説が浮上した瞬間だった。

 

「まあまあ一夏。ここは世界の修正力に従って僕と組んでおこうよ」

「世界の修正力って何だよ! っていうかシャルルは男の時でも危ないからいやだ!」

 

 流石にBLはNGなのであった。

 

「……それじゃあ此処は……トーナメント本番までに専用機開発というドラマを提供できて話を作りやすい私が……」

「俺はトーナメントにドラマとか求めてないから‼」

 

 むしろ()()()()()()()()ではコンプレックスにしていた部分を利用するバイタリティは評価に値するかもしれないが。

 

「で、他のモブ変態と組んでもそれはそれで貞操が危うい。ね? 分かったでしょ? 選択の余地なんてないのよ」

「ぶーぶー! りんりんは横暴だ~!」

「そうだそうだー!」

「モブって言うなー!」

「対応が面倒だからってひとくくりにするなー!」

「わりとガラスのハートなんだぞー!」

 

 一通り専用機持ち変態達にツッコミを入れ終えた一夏に鈴音がなだめるように声をかける。すると変態達が文句を言い始めた。

 

「(……いや、私は一応、一般人なんだけどね~?)」

 

 地の文に反応すると言うある種別()()の変態っぷりを見せるモブ少女の一人――布仏本音は、そう呟いて肩を竦めた。

 

「…………本音……」

「ん? 簪は、のほほんさんと知り合いなのか?」

 

 此処に来て本名が初登場したからか、彼女に反応した簪に一夏は首を傾げて問いかける。簪は言葉少なに首肯した。

 

「本音は……私の専属メイド……」

「なっ……日本次期代表、貴女お嬢様属性持ちでしたの⁉ わたくしと被っていますわ!」

「いやセシリア、お前も大概口調だけだし特に問題ないと思うぞ」

「それはともかく~」

 

 早くも話が脱線しだした変態たちを制するように本音は切り出していく。そしてまるで感じられないメイド属性を振りかざしながら、

 

「かんちゃんの登録は私が済ませておいたから~」

「……! でかしたわ本音……!」

「ただしパートナーは私だけどね~」

「なんっっっでだよ…………‼‼」

 

 次の瞬間、簪はキャラとか口調とか全部投げ捨てて崩れ落ち地面に両拳を叩きつけて激情をあらわした。

 しかし当の本音はあっけらかんとした調子で流していく。

 

「だって私もラクしたいし~。かんちゃんと一緒なら良い所までいけそうだしそれに多分かんちゃんあぶれると思うし~」

 

 更識簪、脱落。

 その報を受けて(というか目の前で見て)変態たちはほくそ笑む。

 

「フフ……」(セシリア)

「更識がやられたか……」(箒)

「所詮ヤツは我ら専用機持ちの中でも最弱……」(ラウラ)

「ちょっと前までモブだった人に引きずり降ろされるなんて、専用機持ちの面汚しだね……」(シャルロット)

 

 簪はそもそも専用機持ちではないのだが、すでにカスタム機とはいえ荷電粒子砲持ちの打鉄を開発しているので()()()()()()()()と戦力はあまり変わらないのであった。

 ともあれここからがクライマックス。イチカのパートナーという至高のポジションを得るべく世界最高峰の変態達が世界最高峰の戦いを繰り広げる――‼

 

「……いや、あの」

 

 ――前に声がかかった。賞品である織斑一夏その人だ。

 彼は非常に気まずそうにしながらもはっきりと、こんなことを言った。

 

「盛り上がってるところ悪いんだけど、俺、この中だったら鈴と組みたい……」

 

***

 

 そんな訳でタッグトーナメントのペアは決定した。

 イチカ&鈴音ペア。

 セシリア&箒ペア。

 ラウラ&シャルロットペア。

 簪&本音ペア。

 専用機持ちはこんな具合に分かれた。専用機持ちでペア固まりすぎじゃね? というツッコミがあるのではないかと最初こそ危惧していた一夏であったが、そこはどうやら『専用機持ちペアには相応のハンデを与える』という運営側の柔軟な対応があるらしく、主だった反論とかは全く出なかった。イチカとペア組めなかった、という不満は運営に殺到していたらしいが。

 

「ふうっ……」

 

 そんな日の放課後。

 イチカは一旦動きを止めて一息ついた。タッグトーナメントの告知があってから二週間余り。変態たちの勧誘をかいくぐり、セクハラをかいくぐり、戦い抜いてきたイチカはもうへとへとであった。

 

「落ち着いてる暇なんてないわよ」

「うおっ!」

 

 そんなイチカに、鈴音はそう言って青龍刀を振りかざす。イチカはそれを認めて、後方への瞬時加速(イグニッションブースト)で回避した。

 ……そもそもイチカが女の姿をしているところからも分かるように、二人は今アリーナでIS戦闘の訓練をしているのであった。尤も訓練――というよりは、鈴音相手にイチカが『稽古をつけてもらっている』といった方が正しいが。

 

「ほらほら! イギリス次期代表の狙撃はこんなモンじゃないわよ! あの軍人女のAICも視認はできない! 近距離からブラフもなしに放たれる龍砲の攻撃くらい難なく躱せるようにならなくちゃ、勝利なんか夢のまた夢なんだからね‼」

 

 セシリアの論理的な説明を中心とした教え方や箒の丁寧に体に覚えこませる教え方とは対照的に、鈴音との特訓はスパルタを極めていた。

 まず、説明をしない。なんだかんだでたった一年で一国のトップに上り詰めるところからもわかるとおり、元が天才肌な鈴音は学習ということをしたことがない。理論を教えるのではなく、経験によって力をつけていくタイプなのだ。

 それゆえ、鈴音は相手にも同じことを求める。結果として、イチカは鈴音という格上の相手と何度となくぶつかることを余儀なくされていた。無惨にも撃ち落されてはエネルギーを補充してまたぶつかっていくその姿は変態たちには涙なしには見れない痛ましさだったが、イチカの方はわりと充実した表情を見せていた。

 イチカにとって一番必要なのは、技術もそうだが『経験』だ。彼女は今年の四月に初めてISに乗ったルーキー。とにもかくにもほかの専用機持ちと比べて経験が圧倒的に少ないのである。そんな彼女にとって、鈴音の『実戦形式の訓練』はまさしく渡りに船であった。

 

「ところで……さっ! 気になってたんだけど……ラウラのAICって……いったいどんなモンなんだよっ!」

 

『零落白夜』を使うとあっさりエネルギーが切れてしまうため、雪片弐型をほとんど盾のようにして使いつつ、イチカは鈴音に問いかける。先日の模擬戦で一緒に戦っていたりしたものの、あの時はセシリアが様子見の射撃を行った数秒後には突然前触れもなく全員撃墜されてしまったので結局詳細は分からず、千冬からの『今の攻撃はAICを参考にした』というセリフも、ラウラが戦慄していたあたり跡形もなくなっているだろうからアテにはならない。

 イチカの問いかけに、鈴音は青龍刀を振り回すと見せかけて背後に控えさせておいた不可視の龍砲で不意打ちを仕掛けつつ答える。

 

「あんた少しは自分で調べなさいよね。AICっていうのは、静的慣性分散機構(PIC)の発展系。『動的慣性分散機構』のことよ」

 

 かろうじて回避したイチカの肩アーマーに、牽制だと思われていた青龍刀の一撃が食い込む。

 

「ISの移動は玉を空気で浮かせて高速で動かすエアホッケーと仕組みは似てる。エアホッケーが空気で玉を浮かせて摩擦係数を減らすなら、ISはPICで慣性――『その場に留まろうとする力』を減らして超音速戦闘機を凌駕するスピードを出す。尤も、動きやすいってことは動かされやすいってことでもあるけど、ねッ!」

 

 食らった青龍刀をつかんで『零落白夜』を叩き込もうとしたイチカの腹に蹴りを叩き込んで思い切り吹っ飛ばした鈴音は、吹っ飛んだイチカを見据えながら叫ぶ。

 

「イチカ! ISは吹っ飛ばされやすくもあるんだから、衝撃を食らったらブースターを吹かして『その場にとどまる』ようにしろって言ったでしょ! 話に気を取られてんじゃないわよ!」

「お、おう‼」

 

 イチカが復帰したのを見て、鈴音はさらに話を進める。

 

「ドイツ軍人の『AIC』は、これを発展させたものよ。慣性っていうのは、『その場に留まろうとする力』だけを言うんじゃない。『運動を続けようとする力』も慣性。『AIC』はこの『運動を続けようとする力』を殺して、相手の身動きをとれなくするわけね」

「でもそれじゃ一瞬しか効かないんじゃないか?」

「『AIC』っていうのは一種の力場のように展開されるから動こうとした傍から能力の餌食になるのよ。龍砲だって『圧力の弾』を撃ってはいるけど、そもそもその『圧力』だって力場なんだから」

 

 先ほどの反省を生かし、青龍刀の間合いに入らないようにしつつ立ち回るイチカ。そんなイチカに対し、鈴音は獰猛な笑みを浮かべてこう言った。

 

「――つまり別に『龍砲』は砲身の形しかつくれないってわけじゃないってことなんだけどね」

 

 次の瞬間。

 間合いの外を保っていたはずのイチカは、なぜか頭部に強烈な『打撃』を食らって撃墜された。

 

***

 

「だから『龍砲』は砲身の形以外でも、自由に『圧力フィールド』を整形できるの。つまり青龍刀に纏わせて『見た目の間合い以上の攻撃範囲を獲得する』ことだってできるんだから」

「うう、不覚……」

 

 そんな感じで、鈴音のだまし討ちにうまく引っかかって撃墜されたイチカは、一旦休憩ということで装備を全部解除して反省会に入っていた。

 

「でも向こう――ラウラの方も、今みたいなことができるのか?」

「どうでしょうね。前の『イグニッション・プラン』の報告だと手を翳した一直線上にしか能力は使えないって話だったし、レーザーや龍砲みたいなエネルギー兵器に効果は薄いって話だったけど……十中八九そのままってことはないし、できるって思って動いた方が良いわよ。ただ仮にそこまで開発が進んでいなくても、こっちがそう考えると思ってできないのにブラフを張る可能性もあるわけだし、最悪を想定しつつ実地で見極めるって感じかしら」

「結局出たとこ勝負ってことか……」

 

 イチカがげんなりしたように言うが、鈴音の方は相変わらずあっけらかんとしている。仮にも一国の技術の粋を集めて作られた能力だ。完全に外部に開示されているなんてことはあり得ないし、逆に言えばラウラの方も、鈴音の『龍砲』の正体を完璧に把握できている訳ではない。今鈴音が言ったように、『データ上にはないが「龍砲」はいくらでも形を変えられると思って挑んだ方が良い』程度しか情報の絞り込みは出来ていないはずだ。

 ただ。

 

「……でも、今の訓練で、『見えない力場の攻撃に対する対応策』は思いついたぜ」

 

 イチカはそう言って自信ありげに笑う。

 ドイツ謹製の第三世代兵器。千冬が『アレンジ』したものとはいえ、六人の専用機持ちがなす術もなく撃墜された能力――だが。

 当然ながら、この世に『完璧』なんて言葉はない。

 

***

 

「疲れた…………」

 

 そんな感じで鈴音との修行を終えたイチカは、武装を解除してアリーナを歩いていた。

 タッグ登録期間が終了した為か、この頃はイチカの姿でも遠巻きにキャイキャイ言われるだけで済んでいるので修行が終わった後もあまり変身を解除することはなかった。というのも、修行の後はたいてい歩くことすら億劫になるほど疲労している為ISの操縦者保護機能がなくなると自室に戻ることすら一苦労するほどになってしまうのである。

 結果として変態達は帰り道のイチカを鑑賞することが出来る為アリーナからイチカの私室までの通路だけは異様に人口密度が上昇しているのだが、当のイチカはへとへとなのでそんなこと気にしていない。

 

「お疲れのようね」

 

 それほどまでに疲れていたから、だろうか。

 イチカは、いつの間にか眼前に立っていた少女に全く気付かず、その双丘に顔面を埋もれさせてしまっていた。

 

「わむっ⁉ うあ、す、すみません!」

 

 反射的にチーター並の瞬発力で飛び退いたイチカは、そこで自分がぶつかった少女の顔を見た。

 大空のように青々としたスカイブルーの髪。外はねがヤンチャそうな印象を感じさせるが、それとは対照的にその瞳は穏やかな海のような静かさを湛えている。余裕そうな笑みとあわせて、色々な印象が一目で得られる情報量の中に錯綜しすぎていて、却って少女自体の情報がちっとも入って来ない。

 イチカは、この少女の正体を知っている。

 神出鬼没にして不可思議、そして学園最強の二つ名を許されているただ一人の生徒――。

 

「ひどいじゃない。そんなに驚くことないのに」

 

 IS学園生徒会長、更識楯無。

 何故か、その彼女がイチカの目の前に立っていた。

 

「……そりゃいきなり女の子の胸にぶつかっちゃったら驚きますよ……」

「今はキミも女の子でしょ?」

「心は男なんです!」

「ああそう……」

 

 憤慨したイチカに、楯無は意外そうな表情で頷くだけだった。

 そしてそれを見たイチカの方も、何となく違和感をおぼえた。なんというか――他の変態のように、イチカに対して『がっつく』様子が見られないのだ。そうではなく、比較的自然体に近いかたちで、イチカと相対している。テンションとしては、男の時のセシリアのような感じだ。

 

「あ、そうだ……浴場の計画、中止にしてくれてありがとうございました」

 

 ふと、数日前にロリ巨乳眼鏡から聞いた話を思い出し、イチカは頭を下げて礼を言う。変態であれば、どんな理由があってもイチカの裸を見る策略を妨害することはない。それを中止に追い込んだのだから、少なくとも楯無は良識ある先輩ということになるだろう。

 対する楯無はふわりと微笑んで、

 

「良いのよ。キミの方こそ、この頃大変だったでしょう。まあ、私も気持ちは分からなくもないけどね……キミ、可愛いし」

「……やめてくださいよ」

「あはは、そういうところも!」

 

 バッ! と楯無は、手に持った扇子を広げて口元を隠す。そこには『可愛いね!』と書いてあった。皆まで言わなくても分かる親切設計である。

 ……が、やはり人並みにイチカをおちょくることはあっても、他の変態のようなセクハラ攻撃をしかけてくることはない。

 

(ひょっとして生徒会長はまともな人なんじゃ……? ……いやネット掲示板にスレ建てたりしてるけど)

 

 もはやイチカの中では変態ではない=常識人という図式が成り立っているのであった。

 それに、イチカもIS学園の生徒会長の噂は耳にしている。品行方正、容姿端麗、文武両道、そして学園最強。三年生の代表候補生どころか教師すらも見下すほど気位の高い(そして実際に実力もある)セシリアが『IS学園最強』という肩書に対して何も言わないところからして、楯無の実力の高さを感じさせる。当然ながら、性格についても高潔と評判である。イチカの存在が明るみになる前も今も、それなりの数の楯無シンパがあると言えばその支持率の高さも分かるだろう。

 そんな彼女ならば……鈴音に次ぐ、第二の常識人枠になるのではないだろうか。

 

「ええと、それで生徒会長が俺に何の……、」

 

 

「キミ! どうやってうちの簪ちゃんをたぶらかしたのよ⁉」

 

 

 …………しかし、そんな願望は一瞬にして打ち砕かれた。

 

「あの、えっと……?」

「うちの! 簪ちゃんが! 私には全く反応してくれないのに、キミにはぞっこんってどういうことなのよ‼」

「え、えぇ……」

 

 突然のヒステリーに困惑するイチカを置いてけぼりにして楯無の猛攻はさらに続く。

 

「どうせその美貌で簪ちゃんを誑かしたんでしょう! 心は男ですって⁉ 女の身体を有効活用しておいてよく言うわ! この泥棒猫‼ キィィー‼」

 

 キー! なんて今日びお嬢様かマダムか鷹くらいしか言わない台詞を初めてナマで聞いたイチカは、もはや呆れたりする前に呆然としてしまった。

 一方で、頭の中の冷静な部分は目の前の状況を分析していく。楯無は簪がイチカにぞっこんなのが気に入らない。そして、イチカに対して嫉妬している様子を見せている。だから、イチカに対する変態行動をとっていない。その代わり、彼女の好意は全く別方向に向いている。つまり……、

 

(こ、この人……変態(シスコン)だー‼)

 

 現実は非情だった。

 

「良い⁉ 簪ちゃんはキミみたいなどこの馬の骨とも知れない女には(ずぇ)っっっっ対に渡さないからね‼‼ コンビも解消してもらうから‼」

「いや……俺、鈴と組んだので、簪さんはのほほんさん……布仏さんと組みましたよ」

「えっ」

「えっ」

「……いやいや待って? だって簪ちゃんよ? あんな可愛らしい子がコンビを組みたいって言ってるのよ? それはもう喜んでコンビを組むのが宇宙常識よね???」

「いやなんていうか、一緒にいたら疲れそうだなって……」

「ああっ……」

 

 気まずそうな表情で答えるイチカに色々と臨界点を振り切ってしまったのか、楯無は芝居がかった動作で崩れ落ちる。口元を覆った扇子には『こいつ馬鹿じゃねーの?』と書かれてあった。余計なお世話である。

 イチカは『この人もこの人で疲れるなぁ……』などと思っていた。

 

「うっうっ……なんてイケズなのかしら。おねーさん悲しくなっちゃう……」

「まあまあ……それで、先輩の用っていうのはそれですか?」

「いえ……今の宣戦布告がメインだけど、ついでの用事があってね」

 

 あれがメインだったのか……と思うイチカをよそに、楯無はさらっと立ち上がって何事もなかったかのように続ける。

 

「お願いなんだけど、簪ちゃんの専用機開発に協力してほしいのよ」

「……協力? でも、この間は模擬戦もできたし、殆ど完成してるようなものなんじゃ?」

「それがそうでもないの。確かに稼働することはできるけれど、細かい操縦性はやっぱりプロが整備したものに比べれば劣る。それでも簪ちゃんは最高だから『それなり』の連中程度ならなぎ倒せるでしょう。でも、その状態で長いこと操縦していれば変な癖がついてしまうリスクがあるの。姉としてはそんな状態は看過できなくてね」

「……それなら先輩が自分で協力すれば良いんじゃないですかね?」

「簪ちゃんが私の事避けてるのは知ってるでしょ⁉ 正攻法でアドバイスしたって聞いてもらえる訳ないじゃない! 何度か助け舟出そうとしてみたけどダメだったし! 機嫌を直してもらおうにも、何をやってもダメで……ネット掲示板で聞いた方法も試したけど梨の礫でぇ……」

 

 楯無は学園最強の生徒会長とは思えないほど情けない顔でメソメソと泣き出す。

 というか、結局本当に試したのか……とスレ建ての真実を知るイチカは別の意味で愕然としていた。有能なハズの彼女がそんな情弱みたいなことをしているということは、本当にそこまで追い詰められての事なのだろう。

 

「だから、もうキミしか頼れないの! 練習の合間で良いから、あの子の開発に協力してあげて!」

「……そんなこと言われても、俺素人だから大したことできませんけど……」

「キミがいるだけであの子のパフォーマンスが数十倍に跳ね上がることがこの間の模擬戦で分かったのよ‼ 悔しいことにねっ‼‼」

「いやない、……かな……?」

 

 思わず否定から入ってしまったイチカだったが、変態たちに既存の常識が通用しないことなど、これまでの生活で嫌と言う程痛感させられている。語尾が弱くなってしまうのは誰にも責められない。

 それに、生徒会長のシスコンぶりには困惑したが、それとは別に簪は友人である。その簪が将来的に困るというのであれば、手伝いをするのは吝かではない。

 だが……それとは別に、イチカには気になるところがあった。

 

「……分かりました」

「っ‼ それじゃあ!」

 

 ぱあっと顔を明るくさせる楯無。それに対し、簪に整備場に見学しに行く旨を伝える為の連絡機能を呼び出すべく、こめかみに指を当てながらイチカは続ける。

 

「でも! ……今日だけで良いですから、俺だけじゃなく会長も一緒に来てください。それが条件です」

「ええ? でも、それじゃあ簪ちゃんが……」

「俺が何とか説得します。とにかく先輩も一緒に来てください」

 

 イチカは言葉に感情が乗るのを止められなかった。

 多分、この楯無の行動は、一〇〇%妹への愛情で成り立っている。くだらない優越感だとか、上から目線の庇護欲とかいう下心は一切ない。そう、『一切ない』のだ。だから、『自分の手で助けて、それによって関係を修復したい』という『綺麗な下心』すら切り捨ててしまえる。……その『合理性』が、妹を遠ざけていることに気付けない。

 

「先輩は、もう少し本音で簪にぶつかって良いと思いますよ」

「…………」

 

 面と向かって断言したイチカの瞳を覗き込んだ楯無は何も言わなかったが、ただ満足げに頷いて口元を扇子で隠す。その扇子には『なるほどね』という文字が書かれていた。

 

「……? どうしたんです?」

「いや。簪ちゃんの言ってたことが分かったの。TSは『入れ替わり』に限ると思ってたけど、普段可愛い癖に男らしくなる(こういう)のも悪くないな、ってね」

 

 パシン! と扇子を閉じて歩き始める楯無の背中は、やはり『皆に慕われる生徒会長』に相応しいものだった。

 何だかんだ言ってコイツもTS愛好家だったのか――というツッコミは、流石にしなかった。

 

***

 

「かーんざーしちゃァァあああああああああああああああん‼‼‼‼」

 

 ……と、シーンが切り替わる前はカッコよかった楯無だったのだが。

 整備場が近づくにつれて変態(シスコン)としての血が暴走しはじめたのか挙動が落ち着かなくなり、扉を開けるに至ってついに感情が暴発した。

 …………彼女がイチカに反応しないのは、『変態ではないから』ではなく『もっと直近に感情をぶつける相手がいるから』なのかもしれない。IS学園にまともな人間なんていなかった。なお、鈴音は既に人間をやめている。

 

「邪魔。うるさい」

 

 対する簪はというと、もはや楯無の対応は慣れたものであるのか、亜音速と言って良いレベルで加速した楯無のタックル(ハグのつもり)を見事に裏拳でいなし、もう片手で手刀をつくり延髄に叩き込んだ。一瞬の早業である。

 

「うぐう……さ、流石簪ちゃんね……また腕を上げたかしら……」

「何を白々しい……、……ってあれ⁉ イチカちゃん……⁉」

「お、お邪魔してます……」

「イチカちゃん、どうしたの……? もしかして私のところに嫁に来てくれたとか……? だとしたら歓迎、大歓迎だよ……! 二人で一緒に末永く幸せに暮らそうね……」

「いや、そうじゃなくて、整備の様子見ようかなって」

 

 今しもイチカにウェディングドレスを着せそうなテンションの簪に、イチカは断りを入れる。

 

「ああ、それならイチカちゃんが来てくれたおかげで……数十倍は作業効率が上がったよたった今!」

「たった今俺が来たから作業を中断したように見えるんだけど」

 

 ぼやくイチカを(どこから取り出したのか不明な)ソファに座らせ、ついでに作業用のコンソールも持ってきて隣に座り込んだ簪は、そのままイチカを横に置いて作業を再開する。……楯無の見立て通り、簪の作業スピードは常軌を逸していた。隣にイチカを置くだけでパフォーマンスが跳ね上がるというのはもはやいろいろな摂理に喧嘩を売っているとイチカは思うのだが、多分この世界ではそれが常識なのだろう。

 

「イチカちゃん、うちの簪ちゃんをあまり舐めないでもらえるかしらっ!」

 

 バッ! と『妹、万歳』と書かれた扇子を広げた楯無は、姉馬鹿全開の笑みを満開にさせながら高らかに言う。

 

「何せうちの簪ちゃんはスポーツ万能、成績優秀、さらに容姿端麗と何もかもが完璧なのよ! 特に演算技能については世界トップクラス! 『姉の七光り』とか抜かす時代遅れどもをブチのめして頂点に立った本物の天才なんだから!」

「…………それをお姉ちゃんが言っても、イヤミにしか聞こえない……」

「ええっ⁉ そ、そんな……私はこの口で簪ちゃんを称えることすら許されないというの……?」

 

 失意の余り、楯無は地に膝を突いて落ち込みだす。

 しかし、学園最強(の馬鹿)はそこでへこたれたりはしない。

 

「そう……考えてみれば言葉で簪ちゃんの素晴らしさを語ろうなどいかにも惰弱(だじゃく)‼ 姉ならば! その行動で! 愛示せ! というものよね‼」

 

 ドッパァァ――――ン‼‼ と背景効果として背後に水しぶき的なものを召喚しつつ、楯無は頷く。意味不明な論理だったが、ともかく愛が深いということだけは理解できたイチカであった。

 そんな楯無に対しても簪は眉ひとつ動かさず、

 

「じゃあ、愛を示す為のIS学園二〇周、生身で」

「了解マイシスター‼‼」

 

 風のように疾走した楯無は、ガッシャアアアン‼ と窓をブチ破って屋外へと跳んでいく。なお、描写していなかったが作業場の窓から地面まではおよそ五メートルほどの高さがあり、常人であれば怪我は免れない。のだが……、

 

「うおおおォォおおおおおおおおおおおおかんッざしッちゃんッラアアアアアアアアアアアアアアヴ‼ ヴ‼‼」

 

 ……の、だが……。

 

「……良いのか?」

「あれくらいじゃ、五分しか時間を稼げない……」

「……なんていうか……凄い姉御さんだな……」

「色々と……暑苦しい」

 

 普段お前らが俺にやってるのがまさしくあんな感じなんだがな? というツッコミは、今は言わないでおくことにした。それを言っても色々とこじれるだけである。

 

「簪は、楯無のこと嫌いか?」

「……そんな訳、ない……けど」

 

 簪は俯きながらも、そう答えた。

 

「ただ、今はお姉ちゃんにかまっている暇はない。…………私は、お姉ちゃんを越えるから」

「一人でか?」

「理想を言えば……。……お姉ちゃんだってたった一人で専用機を完成させた訳じゃないことは……知ってる……。……でも、万人が認める『更識楯無を越える偉業』には……それくらいのインパクトが要る……」

「出来るのか?」

「イチカちゃんがいれば、確実」

 

 陰気な様子を微塵も感じさせない調子で言いながら、簪は手元のコンソールを目にもとまらぬ早さで操作していく。そういえば演算能力は世界レベルとは楯無の言だったし、ずっと前にセシリアも似たようなことを言っていた気がする。

 簪は無理をして言っているわけではないし、姉との仲も悪いわけではない。いや……それでも、簪の中にしこりみたいなものはあるはずだ。イチカだってそうだった。でなければ、姉が好きだと俯きながら答えるような心境にはならないはずだ。

 

「……それに、そのくらいできなければ、お姉ちゃんだって安心できないと思うし……。……お姉ちゃんが私に『弱い部分』を見せてくれないのは……私が、頼りないからだと思うから……」

 

 その言葉は、イチカには聞こえないように呟かれた。だからイチカは当然聞こえずに首を傾げていた。

 だが、この場にその言葉をしっかりと聞き取っていた少女が一人いる。

 

 速攻で学園二〇周を終え、二人が座っているソファの下で待機していた楯無その人だ。

 彼女はぬぅっとソファから抜け出して簪にセクハラをかます気でいたが、その言葉を聞いてソファの下に潜ったまま神妙な面持ちをしていた。聡明な彼女をして、簪の真意は分かっていなかった。てっきりセクハラの度が過ぎているから辟易としているのだと思っていたが(実際それも含まれているが)……まさか、自分を安心させる為とは露とも考えていなかったのである。ましてその理由が、『弱い部分』を見せていなかったからとは思ってもみなかった。

 当然、楯無は簪の事を心配してなんかいない。簪は自慢の妹だ。自分がいなくとも生きていけると思っている。思っているが、世話を焼きたい。大好きな妹の前だからこそ、理想の姉でいたい。そう思っていたから、楯無は簪に自分の弱みを見せてこなかった。あるいは、見せていたとしても冗談だと思うように誘導してきた。

 だからこそ起きてしまったすれ違いなのだろう。

 

 多分、イチカが自分を連れて来たのはこの為だ。

 どちらかの為ではなく、更識姉妹二人ともがわだかまりを解く為の行動。聡明な楯無は、それが彼自身の過去からくる教訓だとすぐに読み取った。

 

「……? 今、何て?」

「お姉ちゃんを越えるのが、一番のお姉ちゃん孝行ってこと」

「……そっか。簪は姉想いだな」

「……えへへ。それほどでも……」

 

 そう言って、イチカは彼女にしては珍しく女子に対して自分からスキンシップをとっていた。

 簪の頭を撫でる、という形で。

 

「ぬゎァァあああああああああにをやってるのかしらァァァあああああああ???」

 

 ぬうううう、と。

 それを金属類の反射で確認した楯無は、まるで液体のように滑らかな動きでソファの下から躍り出る。びっくりしたイチカがひゃっ‼ と足を上げたことでパンツが丸出しになり、それを金属類の反射で確認した簪が血を噴いた(あの姉あってこの妹ありだ)が、楯無はそのすべてを全身で受け止める。

 血濡れとなった楯無はそのままイチカを見下ろした。ホラー映画並の迫力に、イチカは顔を蒼くしてアワアワ言っていた。

 

「簪ちゃんはね……私の妹なの。百歩譲って、いや千歩、いや一万歩譲って簪ちゃんがキミのことを気に入っているとしましょう。ボディタッチとかするとしましょう。それは許すわ! 愛する簪ちゃんの意思だもの。尊重しないと」

 

 簪のことを語っているからか、ぱあっと顔色を明るくして(しかし血濡れだ)演説していた楯無は、しかしビシイ! とイチカに指を突きつけて続ける。

 

「でも、キミの方からスキンシップするのは駄目(どぅゎめ)ですぅー! そんなのは一兆年早いですぅー! せめて私を倒せるようになってからにしなさいぃー!」

「えっあのっ……」

「もっとも‼ 私はキミなんかには絶対に負けないしキミがいくら強くなろうがその数千倍の速さで強くなっていくからキミが簪ちゃんに触れる機会は一生ないってことになるけどねうわはははははは‼」

「黙りなさい刀奈」

 

 ドゴォッ‼‼ と。

 傍若無人の限りを尽くしていた楯無を止めたのは、簪ではなく眼鏡にポニーテールの少女だった。

 

「ちょ……おぐぅ……虚、人前で本名ダメ……」

「おっと失敬しましたお嬢様。つい癖で」

 

 ――――布仏虚。

 本音の姉であり、本音同様更識……つまりこの場合楯無の専属メイドである。怜悧な印象とは裏腹に、普段は笑顔が優しいお姉さんなのだが……今に限っては、その眼差しは絶対零度を誇っていた。

 ちなみに楯無というのは更識家が代々世襲するものであり、楯無の本名は刀奈と言う。本来他人に本名を教えられているのは禁じられているのだが、もうそういう決まり事的なのはイチカの存在からして今更なのであった。

 いつの間にやってきたの? とかそういうことについてはツッコんではいけない。

 

「まったく、途中でいなくなったかと思えばこんなところで油を売って……簪お嬢様も申し訳ありません。この馬鹿お嬢様は私が預かっておきますので」

「ひぃぃ~~放せ悪魔ぁぁ~~簪ちゃん~~‼」

 

 まるで子供のようにジタバタする楯無を引きずって行く虚に、簪は一礼して言った。

 

「……よろしくお願いします」

 

 …………姉妹仲の改善には、まだ少しだけ時間がかかりそうだった。


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