【完結】どうしてこうならなかったストラトス 作:家葉 テイク
その場を、不気味な沈黙が支配していた。
突如現れた謎の乱入者。
攻撃が来ないのは、突入時に発生した土煙が原因だと推測できる。
乱入者の主な兵装は強力なレーザー砲の連射――
しかしそれも、いずれはなくなる均衡でしかない。ISセンサーの周辺走査が終了すれば、レーザーによる熱や電磁波の影響を計算に入れて砂埃を無視した周辺状況の演算も即時完了するので、今度は計算に計算を重ねて強襲できる。
『織斑さん、凰さん! 今すぐそこから離脱してください! 敵機――仮称コードネーム『レーザースコール』の目的や能力は一切不明です! とにかく此処は一旦退いて教員達が来るのを待ってください!』
聞こえて来たのは、ロリ巨乳眼鏡だった。
アリーナの防壁はどうやら現れた乱入者によってロックされているようだが、イチカの『零落白夜』ならそんなことは関係ない。それでエネルギー切れになってしまうが、鈴音がそれを抱えて持って行けば離脱は完了するだろう。
ただし。
「無理よ。敵はアリーナを覆うシールドエネルギーを無視してレーザー攻撃をしてる。あたしたちが此処で逃げれば観客にも被害が出かねないわ」
『その点は問題ありません! あのシールド無効化は兵器による攻撃ではなく、同時刻に全く同じタイミングで施行されたハッキングが原因です! そちらの対策は先程完了しました!』
「だからそれでもまた同じことされる危険性があるから向こうの気を惹く必要があるっつってんじゃないアンタ馬鹿⁉」
『ええっひどい……これ以上ハッキングされる余地をゼロにする為に回線をオフラインにして、発生する色んな不具合も全部取り払ったのにぃ……この後始末書確定なのにぃ……』
人事を尽くしてもなお叩かれる不運なロリ巨乳眼鏡だが、実際のところ、IS学園の強固なセキュリティを突破できるような化け物を相手に『オフラインにしたから大丈夫』というのは、慢心以外の何物でもない。何せ、敵が外側にいるとは限らないのだ。内側から攻撃を仕掛けているのであれば、いくら外部向けの対策を練ったところで意味などない。それに――世界には、ハッキング防止の為に完全オフライン制御していたはずの大陸間弾道ミサイルを全く同時に『ハッキング』して誤射させた実績を持つ変態科学者も存在している。
「しっかし、あのレーザーが通ったのは別に威力が高いからって訳じゃないのね……。チッ、何が『レーザースコール』よ。いいとこ『エレファントピー』ってとこじゃないの?」
「エレファント……象のなんだって?」
「象のおしっこよ」
「『レーザースコール』な! 敵性コードネーム『レーザースコール』! それダメ!」
慌てて訂正し、イチカは雪片弐型を構える。
直後――――――動きがあった。
ぼふっ‼ と、土煙の煙幕から突き抜ける動きが。
来る。
世界最高峰のIS学園のセキュリティを無視し、正体不明のISで単身突撃してきた謎の敵が。
そんな敵相手に、こちらの戦力は死に体のISが二機のみ。
それでも、戦わなくてはならない。
だが、不思議とイチカには恐怖感はなかった。
鈴と一緒なら、きっと勝てる。根拠のない自信が、イチカの中で燃え上がっていた。
そして、ISの超高精度センサーが敵影を感知する。
「へ?」
「ん?」
……ただし、出てきたのは妙に機械的なウサ耳をつけた長髪の女だったが。
『はろはろはろ――――っ‼‼ ひっさしぶりいっくーん‼ いやその姿だといっちゃんかなどうかなー⁉』
「た、束さんっ⁉」
女の名は――――篠ノ之束。
ISの発明者であり、現在、世界で唯一ISコアを作成する技術を持った鬼才である。
その束は、土煙から抜け出たままの勢いでイチカに突撃を仕掛ける。ISは至近距離から放たれた
「何よ、アンタ⁉ いきなり出てきて――、」
が。
『じゃまー』
束は気の抜けた言葉と共に、鈴音の身体を突き抜けてそのままイチカへの突貫を継続する。
そして、そこで鈴音は気付く。敵のコードネームは『レーザースコール』……光の豪雨、つまり光学兵器。ISの応用性を以てすれば、様々な波長の光を放つことで精巧な3D映像を空間に投影することだってできるのではないだろうか。
つまり、ホログラム。
実体を持たないからこそ、あらゆる対象からの干渉を無視することができる。とはいえ、それではイチカに飛びかかる理由がないので、自分側からの干渉だけは何らかの手段で可能にしているのだろうが。
『むふ、むふふ……いっちゃんのことをぺろぺろむにむにして良い感じのトロ顔にしてやる――っ!』
盛大な科学技術の無駄遣い。
――この姉あって、あの妹ありと言うべき有様だった。むしろ、危険度に関しては姉の方がよっぽど邪悪だ。イチカが思わず自衛のために『零落白夜』を発動しかけた、その時。
ホログラムのはずの束の頭を掴み、そのまま二〇メートルほど下方の地面に叩き付ける者がいた。
『お、おふ……』
「そこまでだ、束」
顔面を女子的にNGにした束のすぐそばで立ち上がったのは、『世界最強』――織斑千冬その人。
『ち、ちーちゃん、一応今私はここから超音速旅客機で飛ばしても数時間はかかるようなところにいるんだけど……?』
「ここでは織斑先生と呼べ。……質問に答えると、ホログラム映像の
なんというか、もはや存在自体がバグのようなものだった。
なお、ホログラム映像の乱れは肉眼はおろかISの高精度センサーでも見えるかどうかという程度の規模だったことを此処に追記しておく。既に千冬の視覚はISのセンサーを上回っているということだ。
そんな超人千冬に、潰されたカエルのような状態から辛うじて復帰した束が問いかける。
『ほ、他の人は乳繰り合うのOKで、何で私だけダメ……?』
「貴様は乳繰るついでに怪しげな薬を打ち込んだりしようとするだろう。そのホログラムに重なるようにして隠していた小型UAVを使って」
そう言いながら、千冬は束から手を放し、立ち上がろうとする。完璧な図星だったが、束はこの程度ではめげない。むしろ千冬が立ち上がろうと動いたその瞬間に俊敏にイチカの方へ突貫しようと動く。
『そりゃあ当然でしょー何なら女のカイカンに目覚めちゃうくらいにひぎぃっ⁉』
その首を、立ち上がりかけの千冬が軽く撫でる。
同時に束の首がグリンッと回ってはいけない方向に首が三回転したのを確認すると、千冬は興味を失ったように束から視線を離す。
そのあまりの手際の良さに戦慄しつつ、鈴音が口を開く。
「ち、千冬さん……」
「織斑先生、だ。すまん、やって来るのが遅れた。ちょっと準備に手間取ってな」
「いや、そもそもまだ遮断シールド解除されてないみたいなんですけど、どうやって生身で……」
「こう、乱数を調整して」
「さっきから思ってたけどアンタだけ世界観違うわよね⁉」
まさかのバグ技ワープを使っていたことが判明した
機械製のウサ耳型ガジェットが目を惹くが、その服装は『カジュアルな不思議の国のアリス』と言ったところだろうか。大きく開いた胸元が特徴的な、フリルが多めのエプロンドレスを身に纏っている。
束の姿は、記憶にあるそれと殆ど変化していない。つまり――一〇年前のあの日と同じ、『少女』と形容できる姿をしていた。目つきが柔らかいこともあり、箒よりも年下に見えてしまうほどだ。それが束の天然の美貌なのか、得体のしれない科学に身を浸した結果なのかまでは、イチカには判別がつかないが。
「イチカさんっ‼」
「イチカ、大丈夫かっ⁉」
そこで、ブルー・ティアーズを身に纏い、箒を抱えたセシリアが合流する。
「……セシリア? 遮断シールドがあったはずじゃ……」
「箒さんに解除してもらいましたわ。数秒で元通りですけど」
「………………………………………………………………」
あの姉あって、この妹あり、である。
セシリアと合流したイチカと鈴音は、そのまま高度を下げて千冬たちの近くに降り立つ。
「イチカ……さっきアンタ、コイツのこと『束さん』って言ってたわよね……?」
「うん……」
「つまり……コイツが『篠ノ之束』ってことよね……? あの、天才科学者の……」
「そうなるな……」
けっこう困惑してている鈴音の横では、イチカが目を覆いながら頷いていた。ちなみに、視線の先では首が絞り雑巾みたいになっている人体の神秘の体現者が転がっている。ぷるぷると震えているあたり、あんなのでも一応生きているらしい。
と、捩じった輪ゴムのように束の首がくるくる回って元の形に戻る。まさに人体の神秘だった。
「あ、戻った」
人体の神秘を目撃し、イチカが呟く。完全に他人事だ。
そんなイチカはさておき、受け答えできるようになったと判断した鈴音がおそるおそる束に尋ねる。
「……アンタ、一体何者? 一体何の用で来たの……?」
『ん? 束さんは篠ノ之束さんだよ。用は……そうだなー、ひ・み・つ☆』
「この愚か者が」
『あぎゃ――――――っ⁉⁉』
めぎょっっっ‼‼‼ と、鈴音とのやり取りを見ていた千冬が呟くと同時、世にも恐ろしい音が束から――より正確には、束のホログラムの肩あたりから聞こえて来る。
千冬が背中を踏みつけた衝撃で、何故か束の両肩が外れた音だった。
通常であればホログラムは映像を伝えるだけであり、音声など伝わるはずもないのだが――おそらく、アリーナのスピーカーをハッキングし、
スライムか何かのような動きで肩を元通りに戻し、ぬるりと千冬の足の下から抜け出した束はうんざりした様子で、
『もー……酷いよちーちゃーん……』
「これほどの大事を起こしておいてよく言う。『中継を見ていたら織斑が可愛すぎて我慢できなくなった』だけだろう」
「た、たったそれだけの理由で……」
「一体どんだけの人達に迷惑がかかったと思ってんの……?」
千冬から明かされた衝撃の真実に、イチカと鈴音は怒るというより思わず脱力してしまう。が。
「それならまあ、仕方ありませんわね……」
「ああ。むしろあの可愛さを見せられ続けたら、侵入手段さえあれば誰だって侵入していただろう。たまたま出来たのが姉だけだったというだけの話で」
なんか、同意を得られていた。
他の観客たちも、『そういうことなら仕方ないね』って雰囲気になっていた。異常な雰囲気に何かヤバい能力でも発動しているのでは……と能力バトル物めいた懸念を抱くイチカだったが、直後に思い直す。そういえば、この世界はイチカのIS展開を是とする為に専用の条約とかが作られてしまうような世界だった。
「へ、変態だとは思っていたけど、此処までとは……!」
「え? 何? 何なの? もしかしてこれってあたしのリアクションがおかしいの……?」
「いや待って‼ 違う、鈴違う! アイツらが変態なだけだから‼ 頼むから自分を強く持ってくれ! 俺を一人にしないでくれぇ‼」
「そうですわー中国次期代表もこっちに来るのですわー」
「こっち側は楽しいぞー仲間もいっぱいだぞー」
「お前らやめろォ!」
まさしく、四面楚歌という表現がぴったりな状況だった。下手人は束なのに。
『というかむしろ、今からでもいっちゃんに素直になれるお薬とか打ち込んで良いよね? ほら、需要あるだろうし。大丈夫大丈夫効力一〇分だしアレルギー原因物質も含まれてないしただちに影響はないから』
「最後で一気に胡散臭くなってるわよ‼」
「むぅ……否定できませんわ……!」
「おのれ卑劣な……姉め……!」
言葉とは裏腹に、超嬉しそうな変態淑女二人に、千冬は溜息を吐きつつ、
「駄目に決まっているだろう愚か者」
『どっふぇいっ⁉⁉⁉』
スッ……と懐から取り出した人参のようなデザインの注射針を持った手(ホログラム)を掴み、そしてそのまま捩じり上げる。人体の可動域を越えた軌道で、束の右手が天高く持ち上げられる。
『決まってる……! 決まってるよちーちゃん⁉ 決まっちゃってるよ……⁉』
「あれどうやってんだろ……」
もはや異次元の攻防に慣れたイチカは、ただしみじみと呟くだけだった。
ちなみに、鈴音はこのとき『変態たちを抑える為にはこういう攻撃が有効なのかー』と思っていた。ただ受け身に収まらないところが、イチカとのツッコミ役としての資質の差であった。
ちなみに千冬も方向性としては立派な変態なのだが、それでも一応薬物系統にはしっかりNGを出してくれる良識は持っているのだった。
…………良識とはいったい、という哲学的な問いは、おそらくイチカと鈴音くらいしか抱かないだろう。
「っていうか束さん、俺達の試合見てたんだな」
『そりゃもー当然だよっ! 束さんはいっちゃんのデビュー戦も見てたんだからね! もー束さんってばいっちゃんの大ファンだよー』
千冬の関節技からやっとの思いで解放された束は、そう言ってイチカに抱き付こうとするが、背後から感じた殺気にびくりと身体を震わせてから思い止まる。いかに変態天才科学者と言えど、自重するタイミングでは自重するのだった。
『まあ、ISができてから一〇年、そろそろ安定してきちゃって面白いこともなかなか起こらなかったからねー。そこにいっちゃんの登場だから、束さんもやる気になってついつい無人機なんて作っちゃったのだよーぬはは』
「いや、それでISのルールをぶっ壊すようなものを作れるなんておかしくない……?」
かなり自然に流されていたが、本来ISというのは人間の女性がいないと動かすことができないものなのだ。そういうものだからこそ今の女尊男卑社会があるのであり、無人機が運用可能ということになるとそれまでの前提が全部覆ってしまうということになる。それは女尊男卑社会の崩壊であり、現在の社会体制に発生する未曽有の混乱でもあるのだが――、
『あ、安心して良いよー。無人機の開発は束さんレベルの天才が心のち×んこをおっ立てるくらいのリビドーに突き動かされないとできないくらい高度な発明だから、他の凡人達にはフル×チンになってもできないからね』
「束さん、伏字の意味がなくなってる……」
『ふははー! 束さんのゥエルルォッスが伏字ごときでどうにかなるとでも思ったら大間違いなのだー! なんならいっちゃんの耳元でもっと恥ずかしいことを囁いて全国ネットにいっちゃんの赤面顔を、』
「それも悪くないが、私にもっと良い考えがあるぞ。――全国ネットに貴様の赤面顔を流すのだ」
『あだいぎぎぎぎっぎぎ⁉⁉⁉ ちーちゃん‼ 締まってる‼ 首、首‼』
「織斑先生、だ」
音もなく背後に回り込んだ千冬によって首を絞められた束の顔が、鬱血で真っ赤に染まっていく。束はたまらずタップするが、無慈悲な処刑人と化した千冬が手を緩めるはずがない。
確かに赤面顔に違いはなかったが、その赤面はいずれ紫色に変色する定めの、色気ゼロの赤面であった。まさかお茶の間の皆さんも世界初の男性IS操縦者の試合を見ていたら突如乱入した開発者の窒息顔を見せられることになるとは夢にも思わなかったろう。既に放送事故というレベルではなかった。
かくっ、と束が安らかな表情で落ちたのを確認すると、千冬はゴミでも捨てるようなぞんざいな扱いで束をその場に放り捨てる。
すると、放り捨てられるや否や何もなかったかのように束は軟体動物のような気持ち悪い動きで起き上がって、千冬の周りを世にも腹立たしい表情と身振りで回り始める。
『もー、ちーちゃんだっていっちゃんに色々としたいくせにぃ』
「織斑先生、だ。それと私は教師として常識の範疇で自分の欲を満たしているから問題ない」
「いや、今の時点でも大分職権乱用してると思うけどな……?」
真顔で言い切った千冬にイチカはおずおずと言うが、そんなことで世界最強はへこたれないのであった。
『あーそーなんだ。ちーちゃんがそう言うなら私にも考えがあるよ! この場でいっちゃんのISに用意しておいたバックドアからハッキングしていっちゃんのISアーマーをとんでもないどエロ装備に変更してちーちゃんが正気を保てるかどうか試して……、』
あくどい笑みを浮かべながら、懐から怪しげなリモコンを取り出す束。
しかし、そのリモコンが使われることはなかった。べし、と千冬が束の手ごとリモコンを叩き落としたからだ。
叩き落とされたリモコンは当然ながら大破し、ついでにISを生身で制圧できるとまで言われた膂力を一身に受けた手首は、壊れかけの玩具のようにプランプランとしてしまう。
『ひあああああ――――っ⁉⁉ 束さん特製のリモコンが粉々にっ⁉ ちーちゃんなんてことを‼』
「学校に余計なものを持ち込むからだ」
ISにバックドアがついているとかセキュリティ的に大丈夫なのかとか、リモコン以前にとんでもないものを持ち込んでいるとか、そもそもホログラムだから持ち込んでいるわけじゃないとか、色々とツッコミどころは満載だったが、それは今更なのであった。
もはやツッコミの一環で人体が破壊されることについて、誰も違和感を抱いていなかった。どうせ次の瞬間には元に戻ってるし。
「っていうか、バックドアってなんだ束さん! いつの間にそんなものを⁉」
『あ、言ってなかったっけ? その白式の基礎は束さんがいっちゃんの為に組んだものだからね。日本の企業に譲り渡す前の段階でクラッキングする為の窓口を作ってたんだよ。これで頼んでもいないのに定期的にOSを自動アップデートすることができるよ! やったねいっちゃん!』
「やめなさい!」
某窓のクソ仕様を彷彿とさせる束の余計なお世話に、鈴音が二重の意味でツッコむ。
『というわけで、スイッチなんかなくても開発者権限でモミモミすることによっていっちゃんのコスは束さんの思うがままなのであった‼ ハッハー食らえイ束さん秘伝クラッキング(物理)‼‼』
荒ぶる鷹のボーズで、束がイチカに飛びかかる――‼‼
が。
「なるほど、こうやるのか?」
飛び上がったまさにその瞬間に、何故か束の服装が変化、ボンテージめいた拘束具と化してその場に転がる。通常であれば艶めかしいことこの上ない構図なのだが、残念なことに前後の展開のせいで色気は全くなかった。
『あ、あれ? ちーちゃんこれは一体……?』
「織斑先生だ。いやなに、どうせお前のことだし見た目には分からずともISの技術を使っていることだろうと思ってな」
原理についてはツッコんではいけないのだった。
重要なのは、束が拘束具を装着させられて身動きが取れなくなってしまったという点だ。
「束さん秘伝クラッキング(物理)、だったか? これ」
『どぅあああいいたぁぁぁいいいい痛い痛い痛い‼ 束さんの身体にセキュリティホール(物理)ができてしまううううう』
千冬が無造作に腕を振ると、拘束具が嫌な音を立てて変形する。稼働するPCのファンめいた悲鳴が響き渡るが、千冬は
束は、ここに無力化された。
と、がさり、がさりという音が聞こえたのでイチカはそちらの方に視線を向けてみる。そこには、
「うう……勿体ないですわ。せっかくイチカさんのあんな姿やこんな姿が見れたかもしれないというのに……」
「千冬さんはちょっと堅苦しすぎると思うぞ……」
半泣きでバラバラに散らばったリモコンを掻き集めようとしている変態淑女がいた。イチカのコスプレ博覧会と言えば、変態たちの悲願の一つでもある。それがこんなにもあっさりと破壊されてしまったことに悲しんでいるのであった。ちなみに、掻き集めようとしているもののリモコンはホログラムの為当然すり抜けてしまっている。賽の河原とはまさしくこのことであった。
「アンタら……」
あまりのさもしさに鈴音が呆れた、その瞬間だった。
『と、見せかけて! こんなこともあろうかと予備のリモコンも用意しておいたのでしたっ! ポチっとな!』
「ひゃあ⁉ 束さん⁉」
拘束具の身体の陰に隠してあった予備のボタンを、束が神速で作動させる。次の瞬間にはリモコンごと撃ち抜くように束の顎にアッパーが叩き込まれるが、もう遅かった。イチカのISが白い輝きに変換され、その体のラインがあらわになる。
「ど、どエロすぎますわっ⁉ こ、こんな……ブフォッ‼」
「せ、セシリア‼ まずい、精神的童貞である我々に『光に覆われてるから健全』なんて理屈は通用しないというのに‼」
(鼻から)血を噴いて倒れたセシリアを助け起こした箒の前で、イチカの変身が完了する。
そこにいたのは――――天使だった。
イチカが、スクール水着を身に纏っている。
それも、ただのスク水なんかではなかった。
――――白スク水。
白式から変換された影響だろうか? 少女性の象徴であるスクール水着が、純白の神聖さを得たその姿は、イチカという少女の在り方によく似ていた。ぴっちりと身体に沿う水着が生み出すボディライン、そこから伸びる真っ白い四肢、そして白スク水という材質ゆえに、仄かに透けて見える肌色――。
「……な、なんだよ、これ……」
極め付けに、赤面し、悶えるイチカ。
「バブッ‼‼‼」
「ゴブッ‼ ……こ、これは、流石の私も……」
二人の変態淑女が、なす術もなく地に臥す。
観客席でも、夥しい出血で倒れる者、ノーマルスク水でないことに憤怒し立ち上がる者、スク水なんてニッチなエロスよりも分かりやすいビキニが良かったと嘆く者、地上波では流すことのできないであろうびっくりエロ水着を探求する者、水着は良いからブルマを求める者などで争いが生まれていた。
「こ、こんな……こんなむごい、ことが……あって良いんですの……⁉」
「美しいものがあれば、救われる、と思ったのに……人は、それを巡ってでさえ争いを生み出してしまうというのか⁉ 救いはないんですか……⁉」
『ふふ、イギリスガールA、箒ちゃん……人類っていうのは、こういうものなのさ……』
「そんな……」
「セシリアですわ」
『でも、私は信じてる! いっちゃんの色気が世界を救うと信じて――――‼』
「ご愛読ありがとうございました! 姉さん先生の次回作にご期待ください!」
「コミックス三巻は四月九日に発売予定ですわ!」
「終・わ・ら・せ・る・なァァァああああああああああッッッ‼‼」
そこで、業を煮やした最後の良心・鈴音が渾身の蹴りを叩き込む。
「っふぇいッ⁉」
「しなるっ⁉」
変態二人がISの攻撃により叩き伏せられるが、当然ながらホログラムである束には通用しない。
『むっふっふー当たらないよー』
「ぬぐぐ……」
調子ブッこく束に鈴音は歯噛みするが、しかし鈴音に束に対する
『ふぇっひっひっひ‼ ちーちゃんはいっちゃんのスク水姿にやられてるだろうし、もう此処に束さんを止められる人はいないね! やーいやーいこれから思う存分いっちゃんにセクハラしまくってやるぞぉ~』
「こ、の、変態兎ィ……ッ‼」
気を良くした束はそう言って円運動を行う。いつの間にか拘束具めいた服は元の形に戻っていて、掲げられた両手がワキワキと人の神経を逆なでする動きをしていた。怒りの限界に到達した鈴音が新たな世界の扉を開けかけた、ちょうどその時。
「心配要らない、お前の担当は私だ」
束の背後から、声が聞こえて来た。
振り向くと……そこには、千冬の姿が。
『ち、ちーちゃん? いっちゃんのあられもない姿にやられたはずじゃ……』
「織斑先生、だ」
答えになっていなかったが、それが答えだった。
ちなみに、あられもない姿には確かに気を惹かれていた千冬だったが、完成された淑女である千冬はYESロリータNOタッチの精神を完遂できるのであった。
『ま、待ってちーちゃん‼ 確かにちょっと調子乗ったけどいっちゃんのあられもない姿を見られてイーブンってとこだよね⁉ すぐ元に戻すから折檻はなしの方向で……っ‼‼』
束は慌てて後退り、必死で千冬に許しを請う。
しかし、千冬の答えは決まっていた。
「織斑先生、だッ‼」
『ファラオっっっ⁉⁉⁉⁉⁉』
暴虐が、繰り返される。
「……うう、何でもいいからこれ戻してくれよぉ……」
一方最大の被害者は、そう言って頼りない水着を両手で隠しつつ呟いた。
残念ながら、その望みを聞いてくれる者はどこにもいなかった。
***
何やかんやあって、イチカは元に戻った。
「ほら、迷惑をかけたのだから謝罪しろ」
『ば、ばごどび、ぼぶびばべあびばべんべびば……』
「何を言っているのか分からん、もう一度だ」
そんなことを言う千冬の足元には、三角柱を敷き詰めた床の上に正座で座り、後ろ手で手首を縛られた上で膝の上に重りを載せられた束がいた。この拷問は『石抱』と言って、江戸時代に行われていた由緒正しき拷問である。ちなみに、機械的なウサ耳からは『この度はまことに』『申し訳ありませんでした』という紙がそれぞれ垂れ下がっていた。どこから調達したのか、そしてどうやって束にダメージを与えているのかについては、気にしてはいけない。
「特に織斑は、貴様の乱入のせいで負けたのだからな」
「ええ⁉ 俺負けなのか⁉」
「ISの試合では、特別な事情がない中断ではその時点でのエネルギー残量で勝敗が決定する。コイツの乱入は別に特別な事情ではないのでお前の負けだ。それにどうせあのままやっても負けていた。まあ、だと思ったからこの馬鹿も気兼ねなく乱入したのだろうが」
実際、慢心が一切なくなった鈴音から『零落白夜』なしで一二%もエネルギーを削れたかと言うと、それは厳しい所がある。しかし、実際にやって負けるのとやらずして負けるのとでは無念さが違う。
『も、もういたしません……申し訳ありませんでした……』
「誠意が足りない。もう一度だ」
『ちーちゃん酷いよー‼ もう許してよ足が痛いよー‼』
「織斑先生と呼べと言っただろう。馬鹿者」
『ちぎゃんっ⁉⁉⁉⁉』
石を載せられた太腿に、千冬のローキックが突き刺さる。
「あの……もうそのへんで良いですから……。ね? イチカも良いでしょ?」
「う、うん」
「……当人が言うなら仕方ない。解放してやるか」
千冬がそう言うと同時に、束はにゅるるっと軟体動物のような動きで拘束から逃れる。千冬もそうだが、動きがいちいち人間離れしていた。
『はぁー……本当に死ぬかと思ったよー……。止めてくれてありがとね、いっちゃんとチャイナガールA。まったく、ちーちゃんはホントに乱暴なんだから……』
「織斑先生だ。また同じことをされたいのか?」
『ひっすみません‼』
びく! と反射的に身を縮こまらせた束は、狂気の天才科学者というよりはなんかこう、ヘタレボケキャラみたいな感じだった。それでも一〇年以上へこたれずにこんな感じで身体を張った(ツッコミの暴力に晒されると言う意味で)ボケを続けているのだから筋金入りである。
「わたくし達はああはなりたくありませんわね……」
「ああ、そうだな……」
自分達は違う的なスタンスをとっている変態淑女二人だが、既に半ば同じ立場に陥っていることには気付いていないようだった。
『きょ、今日のところは帰るけど……ふっふっふっ! 束さんは負けない! 実はさっき突入に使った束さん謹製の無人機『GOGO☆レム睡眠君』には時限爆破装置がついているのだっ‼‼‼』
「それ普通にゴーレムで良いんじゃ……って、時限爆弾⁉」
「はぁ⁉ ちょっと待ちなさいよそれどうやって解除する、」
『それじゃあ私はちーちゃんにオシオキされる前に退散するぜ‼ あばよーとっつぁーん‼』
鈴音の制止も聞かずに、束のホログラムは跡形もなく消え失せる。それを黙って見ていた千冬が『織斑先生、だ』と拳を振った瞬間、どこか遠いところから『おほお――――――っ⁉⁉⁉⁉⁉』という悲鳴が聞こえたような気がしたが、意味はない。
イチカはとっくに砂埃が消えて、その場に転がっているだけのオブジェと化していた無人機『ゴーレム』を見る。『ゴーレム』にはヒビが入っており、その隙間から既に淡い光が放たれていた。
イチカの直感が語りかけて来る。
もう、遅い。
「うわあああああああああどうするんだよこれええええええええ」
「クッソ……‼ あの変態、いずれ血祭りにあげてやる……‼」
「姉さん、安らかに……」
「祈っている場合ですか箒さん! ええい爆発オチなんてあんまりですわ――――っ‼‼」
瞬間。
四者四様の断末魔ののち、直径一〇〇メートルの半球全体を爆風が席巻した。