宵闇時の木ノ葉隠れの里。
暗部の面を外しているボルトは木ノ葉病院の庭に設置された花畑と噴水を、一人呑気に眺めていた。ライトアップされた庭は、入院患者が外の景色を見た時に、少しでも心安らげるようにと言う、畳間の配慮であった。
イタチの見舞いに行ったサスケを待っていたボルトは、薄明りに照らされながら現れたサスケに気づくと、サスケの方へ体を向けて、到着を待つ。サスケが傍で立ち止まったとき、ボルトはゆっくりと口を開く。
「……サスケさん。これから、どうすんの?」
サスケの、口にはしないが、その胸に秘めた思いを感じ取っているのか、ボルトは気遣わしげに訊ねた。
「……オレ達にはオレ達の、帰る場所がある」
「そっか……。そうだよな……」
ボルトは噛みしめるように呟き、頷いた。
ボルトの班員であり、うちはサスケの娘であるうちはサラダには、父方の祖父母がいない。祖父母だけでなく、叔父や叔母、親戚など、誰一人として、木ノ葉には存在しないのだ。思えば、おかしな話であった。
ボルトの母方の実家である日向一族は、うちは一族の写輪眼と並び、三大瞳術に数えられる白眼という瞳術を受け継ぐ一族である。当主の長女である日向ヒナタが七代目火影に嫁いだこともあり、日向一族は現在、木ノ葉において栄華を極めていると言っても過言ではない。
しかし一方で、同じく三大瞳術に数えられる写輪眼を有するうちは一族は現在、任務で里を離れている期間が長いサスケを除けば、うちはサラダ以外に存在しない。うちは一族は遠い昔に、滅んでしまったのだ。ボルトは、うちは一族がどのように滅んだのか、その理由と経緯を知らない。
だが、サスケは一族の生き残りであり、うちは一族が繁栄していた当時を知っている。そして、うちはイタチとの邂逅時に見せたサスケの反応―――。ボルトは、少しだけ不安を抱いていたのである。
―――うちはサスケが、ここに残ると言い出すのではないかと。
この里はボルトですら、居心地の良さを感じる。里全体の雰囲気が、温もりと優しさに満ちている。
しばらく居ても良いかなと思える程度には。だからこそ、ボルトは心配だった。
だがサスケは、帰ると断言してくれた。少し間はあったが、それでも、帰ると言ってくれた。
ボルトには、サスケの気持ちは分からない。父方の血縁がいない程度で、ボルトは家族に恵まれている。壮絶なる孤独―――その苦しみを知らない。ゆえに、万が一サスケが“残る”と言い出したとしても、ボルトはきっと、何も言えなかっただろう。
ボルトは知る由も無いことであるが、かつて己が手で殺すことを渇望した兄、兄の手に掛かり世を去った父との邂逅を経ても、サスケは何も口にすることは無かった。サスケの記憶に残る、当時の姿のままの家族たちを見て、サスケの胸中には、感情が浮かび上がった。しかしサスケは彼らの幸福を祈り、泣き出したいほどに暖かな気持ちをすら耐え忍ぶ道を選び、何も語ることなく、彼らに背を向けた。かつて父と兄に褒められることこそが、幸福であった少年は大人となり、“家族を守る”だけの強さを、手に入れたのだ。
ボルトは、サスケの背を漂う哀愁に、未だ気づけない子供であった。
「あ!
病院の方角から、シスイとナルトを連れたアカリが歩いて来る。
ナルトは暗闇の中、噴水を照らす煌びやかな光によって薄く照らされているボルトたちを見つけると、笑顔を浮かべて手を振った。同年代と思われるボルトに対して、ナルトはまるで他人では無いような、初対面ではないような、そんな不思議な感覚を抱いていた。もともと人懐っこい性格のナルトは、遠くの地からわざわざ自分を助けに来たのだと言うボルトに対し、強い親しみを感じているのである。
気が合う、という訳ではない。少し話をしただけでも、ラーメンの好みが違っていることが分かった。これはナルトにとっては、死活問題である。しかしやはりどこか、断ち切れないような、強い繋がりを感じてしまう。ボルトともっと話をしたいと、ナルトは思っていた。
「と―――ナルトと、シスイさん! カカシさんも!! ……あと、知らない女の人? めっちゃくちゃ綺麗だけど、
「いや……知らないな」
サスケが首を振った。
うちはサスケは、ナルトはずっと、病院に入院しており、サスケはそのナルトを守るため、常に病院の敷地内にいた。 同時に、少年のサスケがナルトをストーキングしていたのも、病院の中であった。大人のサスケは、病院の中をナルトの動きに合わせてちょこまかと動き回る少年のサスケと出会ってしまわないように、位置取りに苦労したとだけ言っておく。
また、ナルトがウラシキについてサクラに相談したのは、サクラがナルトの見舞いのために病院に訪れた時である。その際、畳間から、「帰れ」と一度は窘められたサクラだが、その頭脳を発揮して、畳間を言い負かしていたりする。
―――ウラシキは自分がナルトと一緒にいたことを知っている。一度病院に来たのにすぐに帰っては、もしもウラシキが見ていたら、怪しまれ、ナルトの居場所がばれるかもしれない。ここは入院中のリーやネジと共に一度外に出て散歩でもして、こいつはナルトに会いに来たのではないと思わせた方が良いのでは?
と言った具合である。
その際、弟子の暴挙を詫びるため、カカシが畳間にぺこぺこと頭を下げていたりする。
つまり、結界を張った病院からナルトが出られなかった以上、サスケが外部の者と接触する機会はないということである。
「……だが、予想は出来る。恐らくだが……彼女は五代目火影の妻だ。お前の言う
シスイが畳間の息子であることを、サスケは知っている。そしてシスイがうちは一族の血を引く者であることにも、サスケは気が付いていた。であれば、その母親がうちは一族の者であるというのは、当然の帰結である。
サスケはかつて出会った穢土転生の柱間よりうちは一族と千手一族の間に合った軋轢を聞かされているが、所詮は伝え聞いただけの昔話に過ぎない。
サスケの幼少期、千手一族は、初代火影の直系であり、本来ならば当主となるべき綱手姫が里を出奔しており、当主が不在の状態だった。一族自体も他の一族に溶け込んだり、戦争で数を減らしていたこともあって、大きく衰退していた。さらに言えば、うちは一族はサスケの幼少期に、サスケを残して滅亡している。千手との諍いはそもそも、うちは一族の滅亡と共に消滅しているのである。そのため、サスケは柱間からうちはと千手の確執がどうのと言われたものの、その実感を持てないでいた。
そのため、千手一族とうちは一族の婚姻という事実を知ったサスケだが、それについて特に思うことはない。サスケの同期である秋道チョウジが、かつて反目していた雲隠れのくノ一と国際結婚し子を儲けていることもあり、かつて敵対していた者同士の婚姻と言う事柄に対して、耐性が付いていたということもある。戦国時代を知る者からすれば驚天動地の出来事ではあるが、サスケにとっては「ふーん」で終わる程度のことなのである。
「ねえちゃん! あの人がそうだってばよ! オレを助けに来てくれた、他の国の人!!」
「ほう……」
ナルトがサスケたちを指さして、アカリに言う。
「……サラダだ」
サスケは暗部の仮面をつけたまま小さく会釈する。
(やっぱすげえ美人だってばさ、この人。でもなんで、目ェ
サスケの隣にいるボルトは、瞳を閉じているアカリの顔を見つめている。少し頬が赤らんでいる様子からすると、少しばかり見惚れているようである。
確かに、眼を閉じて微笑んでいるアカリは、その
「私は千手畳間の妻で―――」
空気の揺れや衣擦れの音でサスケが会釈したことを感じ取ったアカリは、丁寧な物腰の他国の者に対して、火影の妻が無作法な対応をするわけにもいかないと思い、普段からは考えられないほど美しい所作で太ももの前で掌を重ね、深くお辞儀をしようとする。
黒装束に身を包み、暗部に配給される不気味な面を付けた男ということで、初対面としては恐らく最悪に近い第一印象を与える出で立ちのサスケであるが、視力を失っているアカリにとって、見た目の評価などは存在しない。
「……ん?」
だからこそ―――アカリは訝し気な表情を浮かべて動きをぴたりと止めて、小さく首を傾げた。
「……? これは……まだお若いでしょうに、ウラシキなる者の討伐を
「だ……誰だってばよ……」
「母さん、そういうのも出来たのか……」
丁寧な物腰で挨拶をするアカリに、シスイとナルトが同時に驚愕の表情を浮かべた。
二人の言葉を聞いたアカリの額に血管が浮かぶが、しかし湧き上がる怒りを抑えて膝を折ると、ボルトの目線の高さに、自分の目線を合わせた。その際、自分が光を失っているため、目を閉じた状態であることを、アカリは謝罪する。そして先ほど途中でやめてしまった自己紹介をした後、ある提案を持ちかけた。
「今日のお宿はお決まりですか? もしもお困りでしたら、我が家に招待させていただきますが」
「……?」
「……?」
「……?」
「……?」
ボルト、ナルト、サスケ、シスイが小首を傾げ、頭の上に疑問符を浮かべた。
アカリは、サスケのことを無視しているかのように、ボルトにだけ話しかけている。明らかな保護者を放置したうえで、少年に取る態度では無いだろう。これが本当に他国からの来客者であるならば、あまりに失礼である。
サスケは、「この女性に何か失礼なことをしたかな……」と、アカリが見せるあまりに冷たい態度に、内心で不安を抱いてしまう。
しかしアカリはそんなことを考えてもいないのか、やはりサスケを無視したまま、何かに気づいたように頷いた。
「……なるほど。申し訳ありません。夫から何も聞いておらず……。お連れ様がいらっしゃるなら、もちろん、その方もご招待させていただきます」
「えっと……」
(お連れ様、隣にいるんだけど……)
ボルトは困ったように目を瞬かせると、この訳の分からない状況からの助けを求め、サスケのことを見上げた。しかし、サスケも暗部の仮面の下で困惑の表情を浮かべており、ボルトが伸ばす救いの手は届かなかった。
一方で、アカリは立ち上がると、サスケに向けて、凄むように眉を寄せる。
ボルトの発する困惑の気配を感じ取り、また、その気配がサスケに対して向けられていることを察したようである。
初対面の女性に睨みつけられるという、
そして、アカリが口を開く。
「……こちらの方に、何か失礼をしたわけではないだろうな? ―――サスケ」
―――サスケ、驚愕の瞠目!!
同時に、シスイが息を呑む。
(しまった―――!! そうだ、
シスイはようやく、アカリが見せた一連の言動の意味を理解した。
アカリはサラダと名乗る者を、“うちはサスケ”だと見破っていたのである。
アカリは
なぜならば 盲目であるアカリは、日常的に仙術チャクラを練り、人のチャクラや物の気配を感じ取ることで、盲目と言う障害を克服し、日常生活を送っている。人が生まれ持つ“チャクラ”という、他に類を見ない個人認識要素を直に感じ取れてしまうアカリにとっては、変装をしようが、顔を隠そうが、意味をなさない。正体を隠そうとするその努力全てが、無意味ということである。
アカリは出会い頭こそ、アカリの知る少年サスケのチャクラと、大人のサスケのチャクラの違い―――その違和感を感じて戸惑っていたようだが、“そういうこともあるか”と、勝手に納得してしまっている。
そして、”うちはサスケ”という人間は、アカリにとっては、ナルトの友達でしかない。ゆえに、ナルトが先ほど言った、”他国からの協力者”にサスケが含まれるという認識を、アカリが持てるはずが無かった。
ゆえにアカリは、先ほどのサスケの自己紹介を、サスケ自身の自己紹介として受け取っていないのだ。隣に立つ見知らぬ気配―――すなわちボルトのことを、”サラダだと紹介した”と、誤解してしまっている。
ゆえにアカリの一連の言動は、すべて、ボルトに対して取られたものである。ナルトが言った“他国からの協力者”であり、そして何故か傍に立つ
アカリの最初の反応は、「なんでこんな時間の、こんなところにサスケがいるんだ」という疑問であり、大人となって多少変化しているサスケのチャクラに対して、「なんかこいつのチャクラいつもとちょっと違うな……」という困惑だったのである。
そしてアカリは、
(まずいよまずいよ……。父さん! 母さんにくらい言っておいてよ!!)
今頃は病室で呑気に晩御飯でも食べているだろう父に向けて、恨み言を内心で零すシスイは、この状況を打破すべく、その
シスイはサスケに対し、何か事情がありそうだと、持ち前の察知力と気配り力の高さで沈黙を守っていたが、アカリにそのようなものはないのだ。止めなければ、核心まで抉り取ってくるだろう。アカリに視力があり、サスケの容姿を見て居れば、何かしらを察して口を紡ぐこともしただろうが、それは言っても仕方のないことである。
そして、アカリの追及が始まった。
「…………ん? サスケ貴様、なんかいつもより大きくないか? というか、凄く
「母さん!! 今日の夕飯はオムライスがいいな!!」
シスイが話を逸らそうと声を張った。シスイは、サスケたちが、未来の存在だろうことは推測している。並行世界の存在とまでは辿り着いていないが―――だからこそ、サスケたちが自分たちの直接の未来だと思っているシスイは、未来の情報を得ることは、よろしくないと考えている。なぜならば、もしも未来の情報が今の自分たちにとって必要なものであるならば―――変えなければならない未来があるというのならば、既にサスケがそれを口にしているはずだからだ。サスケが未来の情報を口にしないということこそが、
シスイはナルトの友人であるサスケに対し、危ういところはあれど、ナルトの兄として、そして忍者の先輩として、一定の信頼を置いている。そんな男が、将来自身の片腕を無くすようなことになってなお、
「今日の料理当番はノノウだから、私に言っても駄目だぞ。それよりサスケ貴様―――」
―――無慈悲!! アカリの追撃は止まらない!!
「母さん!! 母さんって本当に綺麗だよね! 息子として凄く誇らしいよ!!」
「ふ……。まあな……それほどでもある。それはそれとして、サスケお前その左目―――」
「母さん!! オレ、中忍になって、もっと腕を磨きたいんだ!! 木ノ葉随一の火遁の使い手だった母さんから、火遁を教わりたい!!」
「……お? そうか? そうかぁ……。シスイは良い子だなぁよしよし」
上機嫌になったアカリが、シスイの頭をなでなでとする。幼少期に親を亡くしたアカリは、子供たちに対し、自分がして欲しかったことをやる傾向があった。シスイは話を逸らすという目的のため、羞恥を耐え忍び、されるがままになった。
「と言ってもお前にはだいたい教えてあるからな……。須佐能乎を応用した術は使えないし……」
アカリの意識が術の修業へ移り始める。
シスイは畳み掛けた。
「じゃあ、棍の使い方を教えて欲しい。体術も大事なんだって、改めて感じたからさ」
「おお! そうだな。そうしようか。体術は久しぶりだ。猿魔も呼んで本格的にやろう。ついでだから、お前も猿魔との口寄せ契約をしておくといい。最近は会ってないが、良い猿だぞ」
「良い猿とはいったい……。まあ確かに、猿魔は良い猿だけど……。なんというか、おじいちゃんがいたらこんな感じなのかなとは、密かに思ってたし」
シスイは
アカリは懐かし気に、自分の額に触れた。何年もの間、寝ているときのように仙術チャクラが不要なときや、排泄時だとか入浴時だとか、ちょっとばかり猿魔が同席することが憚られる時以外、ずっと猿魔を身に着け、仙術チャクラを練っていた。猿魔もよく付き合ってくれていたものだと、アカリは過去を懐かしむ。
契約者である猿飛ヒルゼンが塵遁によって戦死する際、その直前で口寄せを解除したことによって、猿魔は生き残った。友であり、兄弟のようでもあったヒルゼンとの、突然の別れは、猿魔にとっても想定外であり、悲劇であった。だからだろうか―――猿魔は、ヒルゼンの弟子であり、忍猿たちの聖地にて数年間修業していたアカリに対し、親が子に抱くような感情を抱いている。普段があまりにポンコツであるため、猿魔としては、“放っておけない”と、庇護欲が擽られたと言ったところである。
そして―――猿魔の協力の下、常時仙術チャクラを纏っていたアカリの身体は、いつの頃からか仙術チャクラに適応し、猿魔がいなくても仙術チャクラを練り上げることが出来るようになっていた。
とはいえ、仙術とは“動かず”が基本である。それこそ胎児の頃から仙術チャクラに晒されていたシスイのような希有な生まれでもない限り、その原則が変わることは無い。ゆえに、猿魔がいない状態でアカリが練られる仙術チャクラは、感知能力という一点に特化したものであり、およそ戦闘に使えるほどのものでは無い。
とはいえ、一線から退き、母として妻として、騒がしくも平和な日々を暮らすアカリには、その程度の仙術チャクラでも十分過ぎる。猿魔がいなくても日常生活を送るに支障が無い程度の仙術チャクラを練られるようになったことに気づいたとき、猿魔はその役目を終えた。アカリ、巣立ちのときである。
シスイやナルトたち孤児院の子供たちは、時折アカリの額から離れ、皆と共にお菓子を食べたり、遊んでくれた猿魔との別れを惜しみ、盛大なお別れ会をしてた。
―――“使うだけ使って、用済みに成ったらポイ”である。見方によっては酷い話であった。
猿魔としても、最初期はともかくとして、途中からは、”実家から孫を見に来る祖父”くらいの気持ちだったので、別れ自体は円満なものであった。
―――アカリの意識が完全にサスケから逸れた。
シスイは、やりきった漢の表情を浮かべた。
「え、おっちゃんサスケなの? 確かにそう呼ばれてたような……」
―――無慈悲!! ナルトが掘り返す!!
(ナルトォォォおおおおお!!)
シスイの奮戦を踏みにじるナルトの暴挙!!
シスイは内心で、怨嗟の雄たけびをあげる!!
「なんでサスケってば、そんなでっかくなってるんだってばよ?」
自重しないナルトの連撃。
サスケは固まった。シスイは頭を抱える。カカシは面倒ごとに巻き込まれないように、少し離れたところに逃げていた。
ナルトは、アカリの察知能力の高さを理解しているし、姉として、母として尊敬し、畏れてもいる。ゆえにアカリが目の前の人間を“サスケ”だと言えば、それがサクラだろうがカカシだろうが、ナルトにとってそれはサスケなのである。サスケが正体を隠している理由にまで頭が回らないナルトは、純粋な好奇心を以て、サスケへと質問を続ける。
「なになに? それ新術? 大人になる忍術なんてあんの? それとも変化してんの? なんで片腕無いの? かっこいいと思ってやってんの? 不便じゃない?」
(このウスラトンカチ―――ッ!!)
―――てめェとの戦いで無くしたんだよ片腕はァ!!
サスケの知るナルトよりも煽り能力が数段高くなっているナルトに対し、サスケは苛立ちを隠せない。暗部の面をしていてよかった。きっと今、凄まじい形相をしているだろう。叫び出したい気持ちを、サスケはぐっとこらえた。
「あれ? でも、おっちゃんと初めて会った時、サスケいたよな……」
光明が差す!!
シスイはこの隙を逃さない。
「そうだぞ、ナルト! サスケとサラダさんは別人だ!! 実はな……。……サラダさんはフガクさんの……えっと……
「……そうなの?」
「ああ、そうだ。オレ達が生まれる前にあった第二次忍界大戦。幼少期のサラダさんはその類稀な才能を買われ、若くして危険な任務に駆り出され―――悲劇が起きた。敵と交戦し、激しい戦いの末に記憶を失い、消息不明になってしまっていたんだ。そして放浪していたサラダさんは、色々あって大陸を渡って他の国に辿り着いたらしい。そしてお前を守ると言う任務を請け、里に戻って来た時に、その記憶が戻ったそうだ。オレはそう聞いた。そうですよね、サラダさん」
凄まじい早口で、息つく間もなく言い切ったシスイが、凄まじい目力でサスケを見つめる。
サスケはその意を汲み取り、仰々しく頷いた。
「……その通りだ。そのサスケとやらにオレが似ているのは、オレがその子と血縁が近いからだろう」
「いや、それはおかしい。フガクに
(―――しまったァ!! うちはの内情にめちゃくちゃ詳しい人いたよ!!)
しかも、衝撃の事実である。
フガクの父と、アカリの母は、“いとこ”の関係にあった。フガクとアカリが”またいとこ”であるならば、つまりシスイとサスケは”三いとこ”と言うことになる。
写輪眼は、うちはにおいても特殊な家系―――すなわち、直系の血が濃い者にしか発現しない。アカリが写輪眼を持ち、その先にある万華鏡にまで至っていることからして、直系であるフガクに縁深い人間であることは、少し考えれば分かることであった。それに加えて、他の一族との婚姻を推進していた千手一族と異なり、うちは一族は一族間での婚姻を重視していた。うちは一族である以上、五親等以内の者など、一族を見渡せばいくらでもいる。むしろ血縁が遠い者を探す方が大変まであった。
シスイは上手く言い逃れが出来たと思ったがゆえに、ショックが大きく思考を停止させる。それも仕方のないことである。シスイは血縁などあってないような家庭環境で育っているため、“一族”という血縁関係が複雑になりがちな概念に対して不馴れである。
加えて、千手とうちはが和解したとはいえ、フガクと畳間が親しい間柄かと言われると、別にそうでもない。それに、うちは一族出身のアカリも、既に両親や兄弟は一族にもおらず、孤児院の子供たちの世話が忙しいということもあって、五代目火影誕生以後、うちは一族とは疎遠気味になっている。年始には、各一族の当主と嫡男が集まって挨拶をする程度の付き合いはあるが、逆を言えば、それくらいでしか、“一族”での接点はない。近親婚は、一族が重視された戦国時代においてはさほど珍しいことでは無かったが、それについてあえて詳しく調べようとは思わないだろう。ゆえにシスイは、うちは一族の家系図を知らない。
「か、母さん……」
シスイが仙術チャクラを練り上げて、アカリの腕に触る。その接触個所から、チャクラを流し込んだ。仙術チャクラ同士を結合させて、“心で話す”という試みである。
「……いや、やっぱりいたかな、いとこ。うん、いたな、いとこ。ああ、いたいた。すまんな、私の勘違いだった」
シスイからの必死の「伝わって……受け取って……」というチャクラのメッセージを受けたアカリが、下手糞な弁明をして見せる。
「なんだそうか!」
ナルトが納得した。
アカリの気配察知能力を知っているが、アカリがよく間違えることも、ナルトはよく知っていた。
安堵のため息が、事情を知る者達から零れ落ちる。
(たいへんだねェ……
我関せずを貫いていたカカシが、内心で笑う。
カカシは、あのサラダと名乗った者が、自分の弟子であるサスケの未来の姿であると察している。カカシのオリジナル技である、千鳥。カカシがこの術を授けたのは、うちはサスケただ一人。サスケがウラシキ戦で千鳥を使っているのを見て、早々に感づいていた。木ノ葉でも上位に入ると謳われる、カカシの頭脳は伊達ではない、というところである。
「そんで、サラダさんとボルトは、うちに泊まんの?」
「いや、オレ達は……」
「色々話を聞かせて欲しいってばよ!!」
サスケが断りを入れようとするが、ナルトは目を輝かせて、縋る様に言った。
サスケは困ったように眉を寄せた。長年の親友にこうも無邪気に甘えられるというのは、くすぐったいような、不気味なような、落ち着かない気持ちにさせられるものなのかと。
「ボルトもさ! なあなあ!」
ボルトが困ったように眉を寄せる。ボルトは父親―――うずまきナルトのことを、長年”糞親父”として疎み続けた。その関係に決定的な亀裂が入ったのは、妹の誕生日パーティーのときだった。パーティーには必ず参加すると約束したはずの父は、娘の祝いの場に影分身を寄越した上に、よりにもよって誕生日ケーキを持った状態で影分身を消滅させ、ケーキを床にぶちまけたのである。
その後、紆余曲折を経てわだかまりを解消した二人は、ぎこちないながらも少しずつ、その関係の修復を行って来た。未だに一般的な父と息子のような、近しい距離感を築けているとは言い難いが、それでも、かつてと比べれば、二人の間にある距離は縮まっていると言って良い。そんな微妙な距離感を保っている父親に、こうも無邪気に距離を一気に縮めて来られることに、ボルトは困惑を隠せなかった。
「……? どったの?」
ナルトは無邪気に首を傾げている。
ボルトとサスケは仮面越しに目を合わせ、どうするかと思案した。
そのとき、知らぬ顔をしていたカカシが、口を挟む。
「甘えちゃえばいいんじゃない? サラダもボルトも、ナルトの護衛やってたから、この数日ちゃんと寝てないでしょ? サラダは連日徹夜だったし、ボルトは病院のソファで寝てたみたいだし」
「え、そうなの? オレのために……? ありがとう!!」
「べ、別にたいしたことないってばさ」
ナルトが感動した様子を見せ、礼を言った。
ボルトは気恥し気に鼻の下を指でこすり、そっぽを向いて、その頬の赤らみを隠そうとした。
「……いいのか?」
サスケの問いに、アカリが頷いた。
「構わん。ご飯はいつも、たくさん作ってるんだ。足りないということは無いだろう」
「……では、甘えさせてもらう」
サスケが頷いたことで、ナルトが飛び上がって喜んだ。そして思い出したように、カカシへ視線を向ける。
「どうせならカカシ先生も来ればいいってばよ!」
「え、オレも?」
(騒がしいの好きじゃないし……。なんか嫌な予感するんだよね……)
ナルトの言葉に、カカシは気乗りしない様子を見せる。
アカリがカカシの方へ向いた。
「私は構わないが?」
「……んー。今回は遠慮させていただきますよ。ちょっと、修業をやり直そうと思ってますんでね」
咄嗟に出た言い訳であったが、カカシは確かにそれも良いかと考える。
今回のようなことは稀ではあるだろうが、忍術が通じない相手が存在し得るということは分かった。ウラシキは輪廻眼の力によってチャクラを分解・吸収し、己が力へと昇華する能力を持っていた。かつて交戦した鬼鮫という忍は、鮫肌という忍刀によってチャクラを削り取り、あらゆる忍術を無力化することが出来た。そしてライバルであるガイは、そもそも速すぎて忍術が当たらないという規格外である。突出した実力を誇る者達からすれば、カカシは器用貧乏となってしまう。
鬼鮫のような暴力的なほどに膨大なチャクラを持つわけではない。ウラシキや畳間のように、唯一無二の術を持つわけではない。ガイのように、体術―――八門遁甲の陣を極められるわけでもない。
だからこそ―――持ち味を活かすべく、己を鍛えなおす。
カカシが目指すべきは、畳間やガイではないのだ。基本に戻れば、見えて来る。初心を思い出せば、自ずと答えは浮かび上がる。
―――
畳間の言う通りだった。
勘違いしていた。自分が目指すべきは、
畏れ多くも受け継いだ、二つの異名。
“二代目”白い牙。そして、木ノ葉隠れの白い閃光。
―――速く。速く。もっと速く。
研ぎ澄ますは白金の牙。
人は、首を切れば死ぬのだ。
ならば、派手な技はいらない。無駄を削ぎ落し、木ノ葉を守る、ただ一振りの牙となる。
カカシが目指すべきは、すなわち―――波風ミナトと、はたけサクモ。そしてその戦術の源流―――“二代目火影”千手扉間。
サクモもミナトも、振るう力は最低限に、その速さと鋭さを研ぎ澄まし、瞬く間に敵を屠った。
速度があれば、力はいらない。なぜなら、速さこそが力となるからだ。柔らかな豆腐でも、音速を越えてぶつかれば、人は死ぬ。
刀は添えるだけ。ただ、速さを磨き上げる。ただ
カカシの父、はたけサクモは、戦いにおいて、二代目火影の教えを忠実に守る忍だった。速く、鋭く。敵の首を穿った。
カカシは父の姿を思い出す。数多の戦いを父と共にした白銀の短刀は、決して、主人より先に折れることは無かった。凄まじい猛威をその刀身に受けてなお、その輝きが鈍ることは無かったのだ。
それはなぜか。サクモの剣術の練度が高く、刀身が折れるような無様な戦いをしなかった、ということもあるだろう。だが、真実はもっと単純なことである。硬かったのだ。刀身が。
雷遁は物質を固くする性質を有する。サクモは刀身に雷遁を纏わせることによって、決して折れぬ、絶世の剣を創り上げていた。だからこそ、幾度とない雷影との交戦を経てなお、サクモの短刀は、その威容を示し続けた。
つまり、雷遁によって活性させるべきは、手刀ではない。脚だ。そして、敵を屠る刃をこそ、決して折れぬものとすべきなのだ。
カカシは思う。この構想が成れば、自分は一つ先のステージに立てるだろうと。
雷遁による瞬身は、何物も捉えられない
今回の戦い―――千手畳間と自来也の見事な連携を見て、カカシは思った。
―――自来也様ずるい。オレもそれ畳間様とやりたい。
いや、違う。
尊敬する五代目火影とその弟分が魅せた連携への羨望の話ではない。制御できない速度という問題点の、解決方法の話である。
それすなわち、
(基礎を鍛え直して……そしたら……。
ポケットに両手を入れて、カカシは空を見上げた。傍から見れば、その姿は気の抜けただらしないものに見える。だが、その眼には強い意思の光が宿っている。
尊敬する五代目火影より、“強さの在り方”について、改めて教えを受けたことで、力に対する渇望や、焦りはない。ただ、意気込みはあった。畳間が自分のために役職を用意してくれると言うのなら、その肩書にふさわしい男で在りたいと、カカシはそう思った。
その感覚は、いうなれば―――父親からの期待に応えたいという、純粋な子供のそれ。
(はは。こりゃオレも、サスケのこと、とやかく言えないねぇ……。オレもまだまだ若いみたいだよ。……父さん)
密かな思いを胸に、カカシは去り行くサスケたちを見送った。