綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

96 / 156
囮役は貴様が行け

 自来也、カカシ、綱手、シスイ。

 ナルトの病室に、畳間たちは集まった。里の最高戦力―――一国を落とせる程の実力者、そうそうたる面子である。

 ナルトは自身のベッドに腰かけて足を気楽に揺らしており、売店で購入したジュースを、指したストローでちまちまと吸っている。

 

「それで、お兄様。“情報提供者”とやらはどこに?」

 

 白衣に身を包んだ綱手が、周囲を見渡しながら言った。

 綱手の白衣を押し上げる胸部の膨らみに、自来也が視線を吸い取られているのを、ナルトは呆れた様に目を細めて見つめている。

 

「ここだ」

 

 突如、畳間の隣に、暗部の面を付けたサスケ(サラダ)が現れた。その隣には、暗部の面を付けた金髪の少年―――ボルトが共に居る。

 

「……暗部の面?」

 

 綱手が言った。

 

「この者たちの名は、サスケ(サラダ)とボルト。訳あって顔を晒すことが出来ないが……信用して貰っていい」

 

 綱手は訝し気な視線を仮面の二人へ送り、次いで畳間を見る。

 

「お兄様がそう言うなら……」

 

 とは言いながら、綱手はまだ信用しきれていない様子である。

 カカシも自来也も、胡散臭そうにサスケ(サラダ)を見ている。顔を明かせないとなれば、多少の警戒は仕方のないことではある。

 

「この者はウラシキと似た時空間忍術を扱う。そのためか、ウラシキが時空間忍術を使った際、チャクラを感知することが出来るそうだ。だから、昨夜はナルトに張り付かせていた。その気なら、ナルトはとっくに攫われている。……シスイ、どうだ? お前なら分かるだろ?」

 

「そうだね……」

 

 シスイは仙術チャクラによって、悪意を感じ取ることが出来る。

 畳間はシスイに裁定者の役割を託し、シスイは小さく頷いた。

 

「この人たちからは、嫌な感じはしない。大丈夫だよ、綱手姉さん」

 

「シスイがそう言うなら大丈夫だな!」

 

「……綱。お前、兄と甥とで態度違わないか?」

 

「気のせいよ」

 

 見た目二十代、中身50近くの兄妹の会話を、暗部の仮面の下から、ボルトが何とも言えない表情で眺めていた。ボルトは畳間のことを知らずとも、綱手のことはよく知っている。自分の知る綱手と見た目は変わらないが、性格は多少異なる様子である。

 ボルトの知る綱手は、五代目火影として里を背負っていた時期があるがゆえか、引退してから長いものの、未だに女傑としての側面が強く出ているように感じる。しかしこの世界の綱手には、本来綱手が背負っていただろう重責のすべてを背負ってくれる兄がいるため、しっかり者と言うよりは、甘えん坊としての側面が強いのだろう。

 

「……まあいい。話を戻すが、サスケ(サラダ)の話では、ウラシキは里の近くに潜んでいるとのことだ。先も言ったが、この者はウラシキの時空間忍術を感知することが出来る。昨日の交戦でウラシキがオレから逃走した際、サスケ(サラダ)は、里の近くに移動したウラシキのチャクラを感知している」

 

「つまり、里の近くで機を狙っているということですか……」

 

 カカシの言葉に、畳間は頷いた。

 

「奴は時空間忍術で空間を移動するだけでなく、空を飛べ、白眼を使用する。里の感知結界に反応しないほどの上空から、里を監視している可能性は否めない。日向の者にも協力を仰ぎ、うちは警務隊と共に里の警護に出て貰ってはいるが……。白眼の視認距離には個人差があるらしい。ウラシキの白眼の視覚範囲が日向一族のそれより広ければ、意味はない」

 

「なるほど。この厳重な結界はそのために……」

 

 畳間は昨夜、病院全体を覆う結界を構築している。透視や盗聴の類は、白眼であってもまず不可能である。しかし里に一か所だけ白眼で透視できない箇所があれば、あまりに不自然が過ぎて、却って場所を特定させてしまう。そのため畳間は、里のいくつかの個所に同じ結界を張り、攪乱はしている。だが、相手は輪廻眼も所持している規格外の敵だ。どこまで通用するかは、分からない。

 

「焦れたウラシキが里を襲わないとも限らん。ウラシキは一刻も早く始末する」

 

「……らしくないな、お兄様。何を焦っている?」

 

「焦っているつもりは無いが……。奴はチャクラを奪い、それを自身の力に変える術を持つ。時間が経てば経つほど、奴は強化されていくと考えていいだろう。時間は、奴に利する。それに、懸念はもう一つ。……“暁”の存在だ」

 

「……暁」

 

 カカシが苦々し気な表情で、小さく呟いた。

 不利な状況を強いられたとはいえ、敗北を喫したことは記憶に新しい。

 畳間はカカシの言葉に頷き、続ける。

 

「奴と暁の目的は、九尾の奪取。奴を放っておけば、暁と手を組まれる可能性がある。それだけは、何としても阻止したい」

 

 暁は、カカシとイタチを破った凄腕の忍者が所属する組織だ。そのレベルの者が何人いるか定かではないが、ウラシキが暁と手を組み、里に攻め込んで来ることこそが最悪の未来。

 ウラシキが暁の存在を知る前に、里の総力を挙げて、確実にその息の根を止める。

 そんな畳間の言葉に、カカシは疑問を呈す。

 

「しかし、そのウラシキが暁の者でないとは限らないのでは? 奴こそが、暁の刺客という可能性は……」

 

「確かに、その可能性はある。しかし、その可能性は低いと、オレは考えている。根拠としては薄いが……奴は、オレの存在を認識していなかった。奴は里の最高機密であるにも関わらず、ナルトが“人柱力”であることを知っていた。恐るべき、情報収集能力だと言える。だからこそ、オレのことを知らないというのは、筋が通らない」

 

「……確かに。お兄様の顔を知らずとも、その存在を知らないというのは、確かに妙ね。お兄様は飛雷神の術を戦争で多用していて、その術の存在は広く知られている。ナルトを攫えば、お兄様が殺しに来るなんてこと、少し考えれば分かること……」

 

 綱手の言葉に、畳間が頷く。

 

「どうやって九尾の居場所を知ったのかについては、白眼や輪廻眼の力だと言われれば、納得は出来る。だが、オレの存在を知らないというのは、やはりおかしい。となれば―――」

 

 思案気に腕を組んでいた自来也が、閉じていた目を開いた。

 

「……別の大陸から来た可能性が高い、ということですかの」

 

「ああ。そして、サスケ(サラダ)も、奴は暁とは別―――第三勢力の者であることを断言している」

 

「……これはまた、厄介なことになってきましたのォ」

 

 暁だけでも面倒だと言うのに、そこに加えてナルトを狙う第三勢力の存在が明かされる。今後、ナルトを連れて旅に出る予定だった自来也からすれば、頭痛の種が無駄に増えたと言わざるを得ない。

 

サスケ(サラダ)が言うには、ただちに危険はないということだ。今ここに来ているのは、ウラシキのみ。次にウラシキの仲間が現れるのは、およそ20年ほど先のことだそうだ」

 

「……なぜそこまで言い切れる?」

 

 自来也がサスケ(サラダ)に鋭い視線を送る。

 

「オレが、奴と“同じ場所”から来たからだ」

 

 畳間はサスケ(サラダ)を庇おうと、口を開きかけるが、その前にサスケ(サラダ)が口を開いた。

 

「オレ達がいた場所から、この場所までは、遠く離れている。時空間忍術を使っても、本来は辿り着けないほど遠い。オレ達がここにいるのは、本来ならば在りえない。偶然に偶然が重なって起きた、たった一度だけの奇跡のようなものだ」

 

「時空間忍術でも来られない場所ォ……? まさか、月とでも言うんじゃなかろうな」

 

「……」

 

 サスケ(サラダ)の沈黙に、自来也が困ったように眉を寄せる。サスケ(サラダ)が図星を突かれて黙ったのか、あるいは自来也のくだらない物言いに呆れたのか、判断が付きかねた。

 

「自来也様。とりあえず、今はウラシキをどうするかを考えましょう」

 

「……ふむ。それもそうだのォ」

 

 カカシと自来也のやり取りを横目で見つつ、綱手が口を開く。

 

「しかしお兄様。里の総力を挙げると言っても、奴は忍術やチャクラを吸収するんでしょ? 下手に里の者を動員しても、却って足手まといになるんじゃない?」

 

 綱手の言葉に、カカシが頷いた。

 

「確かに、綱手様の言う通りです。イタチほどの手練れでも一方的にチャクラを奪われる上に、忍術も無効化され吸収されるとなると、並みの忍者が数いたところで、敵に塩を送るだけです」

 

「……体術しかないのォ」

 

「だから、里の総力を挙げると言っているんだ。―――所用で出ているガイが戻り次第、ウラシキを討つ。ウラシキ討伐戦―――その主力はガイで行く」

 

「……なるほど。ガイの奴なら、問題ないのォ」

 

「そうですね。ガイなら、忍術を吸収するとか、関係ないですもんね」

 

「ガイなら大丈夫だな」

 

 上から自来也、カカシ、綱手が、ガイへの評価を口にする。

 ボルトは内心で、「ガイさんってこっちでもやっぱすげえんだな」と、ガイへの尊敬度を上げていた。

 畳間が続ける。

 

サスケ(サラダ)からの話では、ウラシキは冷静で思慮深いように見えて、その本質は激情家だそうだ。今頃はオレへの憤怒を燃やし、報復の機会を伺っているはず。そして次こそはナルトを手に入れるのだと逸り、視野が狭まっていることだろう。……そこで、だ。まず、オレは影分身をここに残し、ナルトの影分身と共に、里から離れた場所へ飛ぶ。本体のオレと、ナルトの影分身で奴を誘い出す。その後、奴が釣れたタイミングで、ここに残したオレの影分身を消す。それを合図に、お前たちはサスケ(サラダ)の時空間忍術で合流しろ。その後は、ガイを主力に奴を叩く」

 

「なるほど……」

 

 カカシが頷く。

 

「オレたちは、ナルトの“影分身を”必死になって守ればいいわけですね」

 

「そういうことだ、カカシ。上手く演じろよ?」

 

「任せてくださいよ。オレ、こう見えて演技力には自信があるんでね」

 

「見たまんまの間違いだろ、カカシ」 

 

「……やめて貰えます? ちょっと気にしてるんで。……いやぁしかし、そのウラシキってのは、ナルトが影分身と知らず、一人で疑似餌に向かってくるわけですか。―――本気の五代目やガイを相手に……」

 

 畳間の過酷な修業を受けていた頃に、実際にそれを体験しているカカシからすれば、これからウラシキが被る地獄は、他人事では無かった。苦い記憶を思い出し、カカシは眉を顰めた。

 

「おっちゃんおっちゃん」

 

「……ナルト。……ここでは構わんが、外では五代目様と呼べ」

 

「オレってば何すればいいの?」

 

「……無視するな。まったく……。ナルト、お前は影分身だけ出して、シスイと共にここで待機だ」

 

「……嫌だってばよ」 

 

「……なに?」

 

 聞き間違えかと、畳間は自分の耳を疑った。

 

「オレだって、戦いてェってばよ!!」

 

「……ナルト。お前は、奴の強さを分かっていない。お前が来ても―――足手まといになるだけだ」

 

「そんなことないってばよ!! オレだっていっぱい修業して、強くなった!! ウラシキとかいうやつは、オレのこと狙ってるんだってばよ! だったら、オレが―――」

 

「ダメだ。お前は、影分身を出し、ここで待機だ」

 

「ヤダ!! だったらオレってば、影分身は出さないってばよ!!」

 

「ナルト……」

 

 ―――反抗期か。

 

 駄々をこねるナルトに、畳間は冷静に思考する。怒鳴り叱りつけても、聞きはしないだろう。しかしナルトの参戦は、畳間の選択肢には存在しない。

 

「では、オレがお前に変化して―――」

 

「オレ、知ってるってばよ。白眼にそう言うのは通じないって」

 

「……よく勉強しているな。偉いぞ」

 

「へへ!」

 

 小賢しい―――畳間は思った。

 確かに、白眼に変化の術での攪乱は効果が無い。姿かたちではなく、チャクラで人を見分けることが出来るからだ。畳間はナルトがそれを知らないと思い、自分が変化することでナルト唯一の活躍の場を奪うことで焦らせようとしたが、封殺されてしまった。

 

「それに、影分身だって、見破られるかもしれないってばよ。そしたら、そのウラシキってやつ、逃げちゃうんじゃないかなって」

 

 思ったより考えているなと、畳間は失礼なことを考える。

 確かに、その可能性はある。影分身の術は、本体と全く同じ実態のある分身を出す術とされているが、実際には、分身とオリジナルには、違いが存在する。本来ならば写輪眼や白眼ですら見破れないほどの小さな差異であるが、相手は輪廻眼の使い手である。影分身が見破られた前例も、過去にはある。ウラシキが、ナルトの影分身を見破らないという保証は無い。そしてナルトの言う通り、目の前にいるナルトが影分身だと気づけば、ウラシキは恐らく逃走するだろう。そうなったとき、木ノ葉側は千載一遇のチャンスを逃すことになる。

 チャンスは一度。確実にものにしなければならない。

 

 畳間が沈黙する。

 畳間の言葉を、皆が固唾を呑んで待っている。

 

 ―――サスケ(サラダ)は内心で、「どこの世界でもウスラトンカチか」と思った。

 

 ―――ボルトは内心で、「どこが”聞き分けが良かった”だよ」と思った。

 

「オレだってもう、守られるだけの子供じゃないんだってばよ!」

 

「ナルト、お前―――っ」

 

 いくら何でも、身の程を弁えなさすぎる。

 シスイはナルトを止めようと口を開いたが、畳間はシスイを手で制した。

 

(もう、守られるだけの子供じゃない……か)

 

 畳間は、いつかの自分を思い出す。自分もかつて、勇気と無謀を履き違え、二代目火影や三代目火影を困らせた。

 いや、”猿の兄貴”はともかく、叔父貴は困っていなかったかもしれない。あの人は常に冷静沈着で、感情に囚われず、効率的に物事を考えていた。不詳の弟子ならば、当然そういうことを言い出すだろうということを事前に考慮して、物事を推し進めていた可能性の方が高い。

 

 三代目火影―――畳間の兄貴分ならば、こういうとき、どうしただろう。きっと―――許さなかった。

 二代目火影―――畳間の師父ならば、どうしただろう。考える間でも無い。きっと、彼は“やらせた”はずだ。しかしそのうえで―――彼は文字通り、命を賭けて、守り抜く。

 初代火影なら―――畳間の祖父ならば、どうしただろう。渋って渋って答えが出ず、結果―――二代目火影に押し通されたかもしれない。「兄者が守ればいいだろう」と、二代目火影は容易く言ってのけたはずだ。初代火影には、それだけの力があった。

 

(じゃあミナト……、お前ならどうする……? お前なら……)

 

 誰よりも優しく、ともすれば軟弱とも見える物腰の裏に、忍者としての壮絶な覚悟を併せ持っていた弟分―――四代目火影・波風ミナト。

 ミナトは、生まれたばかりの子供に、九尾を封印する選択をした。

 自分だったらどうだろうか。生まれたばかりのシスイに九尾を封印する―――そんな選択が、取れただろうか。

 

(お前なら……)

 

 息子を囮にする―――ミナトなら、その判断をどう下しただろうか。

 ナルトは、ミナトの子だ。畳間は、弟分の忘れ形見を守る義務がある。それに、畳間にとっても、大切な息子である。だから、囮なんてことはさせたくはない。だが、ウラシキを野放しにすることは出来ない。確実に殺すには釣り出す必要があり、そのためには、確実な餌が必要だ。

 

 自来也を後方に置くこととは訳が違う。最悪、ウラシキを殺しきれないとなれば、自来也は畳間の言いつけを破り、加勢するだろう。畳間も、それは織り込み済みだ。可能なら畳間の手で終わらせたいが、そう出来ない時にまで、私情を通すつもりは無い。

 だが、ナルトはウラシキ討伐戦の根本を担う存在だ。ナルトがいなければ、ウラシキは誘い出せない。ウラシキにナルトが偽物だと見破られれば、まず間違いなく逃走を許すことになる。

 ナルトを守るためにウラシキを殺す。ウラシキを殺すために、ナルトを危険に晒す。二律背反。

 

「オレってば“四代目火影”と……“五代目火影”の息子だから! 火影になるまで、ぜってェ死なねェ!! だから、五代目様(・・・・)!! オレのこと、信じてくれってばよ……っ!!」

 

「ナルト……っ!」

 

 直後、病室を重圧が支配した。

 畳間の足元から亀裂が伸び、壁がきしんだ。居合わせた全員が息を呑み、その後の呼吸を忘れる。

 カカシや自来也は冷や汗を流す。シスイが眉を顰める。ボルトのパンツに染みが滲む。唯一サラダ(サスケ)だけが、目を見張っただけで終えた。

 

 畳間の鋭い眼光が、ナルトを射抜く。そこまで言うのなら、試してみようと畳間は思った。ナルトが“おっちゃん”でなく、“五代目火影”に、忍者としての自分を信じろと宣うならば、相応の覚悟を見せて貰わなければならない。その言葉の重みを分かっているのかを、見定める。

 

 畳間の放つ圧に耐えられないのなら、それこそ邪魔になるだけだ。例えナルトに嫌われたとしても、ナルトが死ぬよりはよほど良い。これは今だけの話ではない。今後、ナルトを狙う強敵は次々に湧いて出る。その度に無茶無謀を繰り返されれば、守れるものも守れず、却って犠牲が増えることになる。ナルトの将来のため、畳間は例えナルトと険悪になろうとも、見極めなければならないと思った。

 

「お兄様……!」

 

 やり過ぎだと、綱手が止めようとするのを、畳間は視線だけで制する。綱手が後ずさったのを見て、畳間はナルトへ視線を戻す。

 しかしナルトは恐怖に震え、涙が滲む瞳を揺らしながら、唇をぎゅっと噛みしめて、一生懸命、畳間の瞳を見返した。

 

「ナルト。何故、そうまで戦いに拘る。戦うことだけが、忍者じゃない」

 

 静かに言った畳間に、ナルトは目じりから涙を零しながら、震える唇を紡いだ。

 

 ―――もしもナルトが、“火影の息子だから”なんて理由を口にするようなら……。

 

 ナルトの答えを待ち、目を細めた畳間の懸念は、呆気なく破られる。

 

「―――サスケの兄ちゃんがやられた!!」

 

「……!」

 

 サラダ(サスケ)が仮面の下で、眼を見開く。

 

「前の時はカカシ先生が死に掛けた!!」

 

 カカシが眼を瞬かせる。

 

「オレの……オレのせいだってばよ!! オレが弱いから、オレが自分の身も一人で守れないから、周りの人が傷つくんだ!! 今だって、そうだってばよ!! おっちゃんがオレのことを本気で心配してくれてるなんてこと、オレだって分かってるんだってばよ!! でも! でも!! ここで逃げたらオレは、火影になれねェ!! 守られてるばっかじゃ、いつになっても先に進めねェ!! 一人で戦いてェなんて思ってない!! でも、でも!! オレだって忍者なんだってばよ!! 一緒に! オレも一緒に……っ!! サクラも、サスケも、我愛羅も、ヒナタも!! みんな先に進んでる!! オレだけ! オレだけずっと、変わってねェんだってばよ!!」

 

 波の国での戦い以後、サクラはその精神が大きく飛躍した。先日の誘拐事件以後、サスケは表面は変わらないままでも、そのうちに秘める“何か”は、見違えるように変わった。我愛羅は幼少期のキラービーとの邂逅後努力を続け、人柱力として大きく成長を遂げていた。そして―――ヒナタは。ナルトに初めて“熱い何か”を感じさせた少女は、実力で大きく上回るネジを相手に、その忍道を貫き通した。

 

 ―――焦り。変わりたいという、成長したいという願い。答えなんて、まだ分からない。正しい道も、分からない。火の意志の真意も、未だ知らぬ子供だ。だからこそ、そこに辿り着きたいと願い、足掻くのだ。

 ずっと、守られてきた。それが当たり前だった。暖かい部屋の中、多くの絆に囲まれて生きる、優しい日々。満足していたし、充実していた。不満なんてなかった。

 だが、親友たちの泥に塗れた姿は、ナルトの中の―――“何か”を解き放った。

 

「どうすればいいかなんて、オレには分かんねェってばよ!! でもっ! でもっ!! ただ守られるだけは嫌だってばよ!!」

 

 それは、子供の癇癪だった。答えが分からないまま、駄々をこねる子供だ。しかしそれは、子供なりに必死に、答えを探し前に進もうとする、成長の“兆し”でもあった。子供から大人へ、幼年期の終わりを求める、一人の忍者の魂の叫びであった。

 それが枯れるのか、あるいは花を咲かせるか―――それはきっと、大人次第。

 

「オレだってみんなと一緒に歩いていきたい!! おっちゃんや父ちゃん(・・・・)みたいな、立派な火影になりたい!! オレだって! オレだって!! 忍者なんだってばよ!!」

 

 ナルトが大きく息を吸って、今のすべてを吐き出すように、叫びをあげた。

 

「おっちゃん! オレを見て!! オレは木ノ葉隠れの里の―――うずまきナルトだってばよ!!」

 

 感情が高ぶり、思わず零れ出た涙に濡れる青い目と、畳間の瞳が重なる。

 ナルトは、自分でも何が言いたいのか、何を言っているのか、理解出来ていないだろう。ただ心のままに、思いの丈を叫んでいる。孤児院の愛すべき息子としてではなく、守られるだけの子供ではなく―――木ノ葉隠れの里の、『うずまきナルト』という一人の忍者を見てくれと、不器用でつたない言葉で、畳間に訴えかけていた。

 

「―――ナルト(縄樹)……」

 

 畳間が圧を解く。

 ミナト(父親)に比べれば、あまりに頼りない。実力も、精神も、何もかもがミナトには及ばない。それでも―――その青い瞳に、畳間は火の意志の面影を見た。

 

 守らなければならないと思っていた。愛しく、か弱い子供だと、そう思っていた。若くして逝った弟の面影を、見ていたのかもしれない。二度と失いたくないと、そう思っていた。だからこそ、例えこの身が滅んでも守り抜く―――そう心に決めていた。その考え自体は、間違いでは無いだろう。

 

 だが、ナルトは忍者となった。忍者とは目標を叶えるために、忍び耐える者を指す。それはつまり、己が道を進む、一人の男になったということだ。そしてナルトが“忍者”になることを許可したのは―――他ならぬ五代目火影である。

 

 畳間は思い出す。ナルトたちの下忍昇格試験の日。サクラとナルトを連れて、火影岩の上に立ったとき、畳間は何と言ったのか―――。

 

 ナルトは、自分の足であの火影岩の上に立ちたいと、そう願っている。おっちゃんおっちゃんと慕ってくれたあの幼子が、自分に歯向かってでも、己が道を定めようとしている。親鳥の厚い庇護を離れ、己が翼で空を飛ぼうと足掻いている。それは、とても勇気のいることだ。そしてそれは、師と死に別れた千手畳間が、遂に叶わなかったことでもある。だとすれば―――不器用ながら、それでも前に進もうとする息子の足を止めることが、親のやることなのだろうか。

 

 ―――守るとは、ただ力を以て庇護することではない。

 

 畳間が二代目火影精鋭部隊に選出されたのは、上忍になってからだった。ナルトはまだ下忍。いくらなんでも早すぎる。だが―――  

 

「―――畳の兄さん」

 

「自来也……」

 

 押し黙る畳間に、自来也が声を掛ける。

 自来也は耐えきれない涙を零すナルトの傍に寄り、その背を優しく撫でてやる。

 

「未来ある木ノ葉の男児がたった一人、兄さんほどの男を前に、ここまで言っとるんです。あとは―――ワシらの役目だと、ワシはそう思いますがのォ」

 

 本当は、怖かっただろう。相手は、忍界最強を謳われる、木ノ葉隠れの里“五代目火影”。そんな男から放たれる圧に、本能的な恐怖も感じていただろう。体は竦み、背筋が凍るような思いを感じていただろう。

 尊敬する父に嫌われるかもしれないと、気が気ではなかったはずだ。

 

 ―――それでも、ナルトは言い切った。

 

 里の上忍であっても、怒気を放つ畳間を前に、あれだけの啖呵を切れる者はそういない。 

 

「しかしナルトは……」

 

 自来也の言葉に、綱手が困ったように眉を寄せる。言いたいことは分かるが、ナルトはまだ子供だ。アカリやノノウが認めるとも思えない。

 

「綱……。いいんだ」

 

 畳間が綱手の言葉を手で制する。

 自来也の言う通りだ。男児が一人、これだけの勇気を見せた。ならばそれに応えるのが、大人というものだろう。

 

「……オレも、腹を括ろう」

 

 畳間は静かに、ナルトに近づいた。ナルトは鼻水を啜り、涙をこらえて口をすぼめた、変な顔をしている。畳間は穏やかに微笑み、膝を折ってナルトと視線を合わせると、その頭を優しく撫でる。

 

「ナルト……オレを相手に、よく頑張った。よくぞ、そこまで言い切った。木ノ葉隠れの里の、うずまきナルト。お前に、Sランク任務を与える」

 

 そして畳間は真剣な表情で、言った。

 

「―――囮役はお前が行け。好きなように奴を煽り散らし、引きずり出せ」

 

 親と共に過ごす幼少期は、きっと子供にとって大切な時間だ。しかし子供にとって、それよりも大事なことがある。それはきっと―――巣立ちの時。親の手を借りず、一人で大空を飛び立つときこそが、子供にとって、最も大切な時なのだろう。

 だが、親は親だ。子がいくつになっても、親は子を心配し続けるものである。

 

 ―――何があっても、オレがお前を守り抜く。

 

 巣立ちの時、子を待ち受ける残酷な世界。それを見送るのは、親の責務だ。だが―――露払い程度なら、きっと、許されるだろう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。