早く書きたいというのもありますが……
合同中忍選抜試験が終了し、数日が経った。
ネジとシスイはあの後、木ノ葉病院へ緊急搬送され、うちネジに関してはその状態が非常に悪く、先にカブトによって始められていたリーの緊急手術と並行して、綱手によって手術が執り行われている。
ネジを心配して押し掛けた日向一族や、普段は騒々しいガイですら、おとなしくその手術の成功を祈り、静かに手を合わせていたほどだった。
丸一日と少しの時間を要した二人の下忍のための手術は、木ノ葉最高の医療忍者二人の手によって成功を収め、現在は病室で意識を取り戻すのを、医療忍者たちが手厚い看護を施しながら待っている次第である。
比較的―――ネジとリーに比較すればだれでも―――軽い怪我を負っていた我愛羅やナルト、サスケたちもまた、その後病院へと移送された。というより、ネジによってほぼ無傷で敗北させられたカンクロウ以外の受験者は何かしら傷を負っているため、全員が病院送りとなっている。
女性陣以外の受験生は、現在は同じ病室で暇をしているところである。
「我愛羅、お前すっげーすっげー強くなってて、すっげー驚いたってばよ!!」
「オレだけの力じゃない。守鶴が助けてくれたんだ」
病室のベッドの縁に腰かけて、ナルトと我愛羅が隣り合って話をしている。ナルトは敗北したこと自体は悔しがっていたが、それ以上に我愛羅の成長に喜びと驚きを抱き、興奮したようである。
我愛羅はナルトの言葉に嬉しそうに笑っているが、しかし自分の力だけではナルトには勝てなかったと謙遜を見せている。
「守鶴かぁ……。オレン中の九尾は全然仲良くしてくれないってばよ。会いに行ったら”殺す”だの、”クソガキ”だの、”食っちまうぞ”だの、”消えろ”だの、すっげーおっかねえんだってばよ」
「名前を呼んだらどうだ? 九尾にも名前はあるだろう」
「それがさ、教えてくれないんだってばよ。何回も聞いてるんだけど、”てめェなんぞに教えるかクソガキ”ってさ」
「そうか……そういうこともあるのか。守鶴は、最初から守鶴だったからな……」
砂隠れの里は、最初から一尾の尾獣の名前を知っていた。我愛羅はビーとの邂逅の後より、守鶴と共に成るために、ずっとその本名を呼び続けている。そういったところも、先の戦いの勝敗に結び付いたのかもしれない。
「我愛羅のとこの守鶴は、九尾より優しいんだってば? オレンとこの九尾ってば、すげえおっかねえってばよ。口もわりーし、顔もこえーし」
(余計なこと言ってんじゃねェクソガキ)
九尾がナルトの中で悪態を吐く。
「ああ。素直じゃないし、人間嫌いなところもあるが、割と優しい」
(優しくねぇし!! クソ狐とたいして変わらねえはずだけどな!! それはそれで胸クソだけどよ)
守鶴が我愛羅の中でツッコミを入れた。九尾の声が聞こえていないナルトと違い、我愛羅は守鶴のその声が聞こえていたが、知らんぷりである。
実際、九尾がナルトへ見せていた態度と、守鶴が我愛羅に見せていた態度には、そう違いはなかった。違うのは、器の方の捉え方だ。
ナルトは周りの人間から愛情と優しさを強く受け取っているがゆえに、九尾の態度がより鮮烈に印象付けられる。
一方、砂隠れの里に戻り、人柱力としてさほど良い環境に置かれていない我愛羅は、話しかければ、打てば鳴るように反応してくれる守鶴に対し、好印象を抱いていた。ナルトとは違う形の友―――いうなれば悪友として、我愛羅は守鶴を認識しているのである。
(はあ……。まったく、てめーみてェなのは初めて……。……いや。そういや、前にもいたか……)
人柱力としてあまり良い感情を里の者から向けられていない我愛羅は、しかし木ノ葉隠れと比較することなく、己の真の故郷である砂隠れの里を愛していた。
以前の人柱力が里で暴走し、何度か大きな被害を出していることを、我愛羅は知っている。
ゆえに我愛羅は、自身に向けられる里の者達の視線と感情を仕方のないものだと受け入れながら、そして人間に振り回されてきた守鶴の、我愛羅に対する態度も当然のものだと受け入れながら―――しかし、いずれは砂隠れ初の人柱力の風影となり、愛と平和の風を吹かせるのだと意気込んでいる。
そんな馬鹿な若造の姿に、守鶴はかつて己を宿していた、ある老人のことを思い出す。天然なところや、阿呆なところはまるで似ていないが、しかしその、”心を受け入れる”という”言葉”の意味を、感じ入っていた。
「キラー・ビーも、八尾とは最初から仲が良いわけではなかったらしいからな。だが、いずれはオレ達もああなるんだ。楽しみだな」
((ならねえよ!!))
我愛羅の言葉に、狸と狐が同時に同じことを叫ぶ。やはりナルトはその言葉が聞こえず、我愛羅は聞こえても、知らんぷりをした。
そして我愛羅とナルトは、互いの戦いについて振り返る。あの術が良かった、この術はきつかったと盛り上がり、少年たちの会話が弾む。
そんな二人の近くで、二人に食わせてやるために果物の皮をむいてあげているのが、我愛羅の兄であるカンクロウである。カンクロウは入院している弟のため、宿泊施設から、見舞いに訪れているのである。
「へへ。我愛羅とあいつ、仲良さそうじゃん?」
カンクロウが嬉しそうにつぶやく。
砂隠れの里において、我愛羅は風影の息子ということと、一尾の人柱力ということで同世代の友人がおらず、もっぱら兄姉たちと過ごすことが多い。家では少し寂しそうに、しかし大人びた様子を崩さない弟が、今、年相応の顔を見せていることに、お兄ちゃんは目頭が熱くなる思いである。
さらにそんな三人から少し離れたベッドで、三人に背を向けて座っているのが、うちはサスケである。暗いオーラを背中から滲ませるサスケは、ナルトに話しかけて欲しそうに見える。
その表情は暗く、忌々し気に目を細めており、膝の上に置いた手の指を、もどかしそうに絡め合っていた。
「おい」
背中に掛けられた声。
ばっと、サスケが振り向く。
―――遂にオレに話しかけに来たか。まったく遅いぞナルトォ!!
「なんだ、あんたか……」
「オレで悪かったじゃん?」
―――お前は後!!
そうおあずけを喰らわされた犬の様にしょぼくれたサスケは、振り返った先で果物を持って立っているカンクロウに不愛想な態度を見せる。
カンクロウは不機嫌そうに眉を寄せながらも、皮をむいた果物の乗った皿を差し出した。
「お前も食うか?」
「……いらねぇよ。そんなもん」
サスケはベッドから立ち上がると、カンクロウに背を向けて、病室の扉の方へと歩き出す。扉の取っ手を掴み、ゆっくりと扉を開き、病室から出る直前―――サスケは少しだけ振り返って、ナルトへと視線を送った。
しかし、ナルトはサスケの様子に気づいた様子もなく、カンクロウから貰った果物を食べながら、我愛羅と楽しそうに話をしている。サスケの瞳に、ナルトの楽しそうな笑顔が映り込む。
サスケは胸を抉る様な苦しみに耐えるように眉根を寄せて、病室を出た。もう、振り返らなかった。
「なんだ、あいつ……。むかつくじゃん」
「……すまないな。木ノ葉の者が失礼をした。だが、あいつも年頃なんだ。許して欲しい」
「千手止水か」
不快気なカンクロウの肩を軽く叩いたのは、シスイであった。
「シスイで良い」
「オレはカンクロウじゃん」
シスイはカンクロウと握手をして、カンクロウの傀儡技術を讃えた。カンクロウはネジに容易に突破されたことを自嘲するが、シスイはそれは相手が悪かったんだと言う。
「世辞はいいじゃん」
「いや、事実だ。ネジの眼は、傀儡使いにとっては天敵だろう。オレがあなたと戦っていたとして、背中の秘密を見破れたとは、断言できない」
「よく言うじゃん。オレの方こそ、お前の術を突破できたかなんて、
「……カンクロウ。よければ、砂隠れの里のことを聞かせてくれないか? 木ノ葉の同盟国がどんなところなのか、興味があるんだ。もしよければ、オレからは木ノ葉のことを話させてほしい」
「……いいじゃん?」
シスイの言葉に気を戻したカンクロウは、シスイの要望に快く答えて、砂隠れの里のことや、父のことを話し始めた。シスイはそれを楽し気に聞きながらも、一瞬、病室の出入り口へと、視線を向け、目を細めたのであった。
★
「ちくしょう……っ!!」
病院の屋上で、サスケが床を拳で殴りつけた。
何度も、何度も、拳に血が滲むほどの回数、拳を振るう。
「ちくしょう……っ!!」
涙を堪えるように顔を顰め、歯を食いしばるサスケの拳が震える。
「ちくしょう……っ!!」
我愛羅と楽しそうに話すナルトの眼中に、サスケの姿は映っていない。闘いたいと言ったのに、闘うと約束を交わしたのに、そんなことを忘れてしまったかのように、ナルトはただただ我愛羅だけを見て、楽しそうに笑っていた。
「ちくしょう……っ!!!」
弱いうちはに興味はないというのか。写輪眼―――その先の万華鏡も使えず、得意の火遁すら封殺されるような、弱いうちはの子には興味も無いというのか。
何が人柱力だ。何が砂隠れだ。何が千手だ。何が下忍最強だ。
「ちくしょう……っ!! ちくしょう……っ!!!」
兄との修業も、女友達との修業も、先生との修業も、すべて無駄になった。何の成果も得られず、掌の上で踊らされ、無様な姿を晒した。それもこれも、すべては―――。
―――そうだ。
そのとき、サスケの視界に、新たな
―――オレがもっと強ければ。ナルトはきっと、オレを見る。
オレがもっと強ければ―――!!
サスケの眼球が零れ落ちそうなほどに見開かれる。
―――強くなればいい!! そうすれば、ナルトはオレを……っ!!
しかし、修業はたくさんした。今のままでは、急激な成長は望めない。それでもなお力を手に入れようとするならば、手段は限られる。
最短で強くなるならば、五代目火影の弟子になることが望ましいが、あの無様な敗北ゆえに、中忍昇格は絶望的だ。約束を守るのならば、今のサスケでは、五代目火影の弟子になることは難しい。
しかし、方法は無いではない。
サスケは立ち上がり、フルフルと体を揺らしながら、二ィと、不気味な笑みを浮かべた。
「……」
―――給水塔の影に隠れてサスケを見つめる、黒い影があった。
★
さらに数週間後、木ノ葉隠れの里。
退院したナルトとサクラが並んで、商店街を歩いている。
「あ、春野サクラ姉ちゃんだコレ!?」
「うそ、ほんもの!?」
「わあ、すごいなぁ!!」
「……もう勘弁してよ……」
マスクをして、帽子を被っていたサクラだったが、通行人の少年たちに気づかれたらしい。サクラの名を呼んだ少年はマフラーを風に靡かせながら嬉しそうに駆け寄ってくると、懐からペンを取り出して、サクラへと向ける。同時に、周囲がざわつき、その視線がサクラへと集中する。
サクラは嫌そうに顔を顰めた。
「サクラ姉ちゃん!! オレのマフラーにサインください!! コレ!!」
少年は憧れに目を輝かせ、サインをせがむ。同じように、少年の連れの子供たちも、思い思いの品を差し出して、サクラに対してサインをせがんだ。
さすがに純粋な少年たちの願いと、期待の眼差しを断ることは出来ないサクラは、ため息を吐きつつ、少年のマフラーにサインを書き始める。
「……君、名前は?」
「木ノ葉丸だコレ! 三代目火影の孫!! 猿飛木ノ葉丸だコレ!!」
「木ノ葉丸君ね……はい、出来たよ」
「はは。まるでアイドルだってばよ、サクラ」
「うっさいわね……」
「まあまあ、オレってば寝てたから見てないけど、おっちゃんはすげーサクラのこと褒めてたってばよ。良いくノ一だって」
中忍試験で優勝したサクラは、一躍、時の人である。試合を直接見ていた人たちはサクラが優勝した事情を知っているが、里のすべての人間が中忍試験を観ていたわけではない。シスイやネジ、サスケという、千手日向うちはを押さえて下忍たちの頂点に立った、一般出身のくノ一の噂は、野を掛け山を掛け、火の国を一回りし、巨大な岩となって帰ってきた。
いわく、マイト・ガイの弟子ロック・リー以上の体術。いわく、日向とうちはを越える瞳術。いわく、千手を越える桁違いの忍術。いわく、公然でパンツになったくノ一。いわく、試験会場を覆うほどの桁違いの範囲の幻術。
試験を直接見ていない人たちは、「あれが噂の……」と、サクラに感心の眼を向けて来るのだ。
最初こそ気恥ずかしさを感じながらも、承認欲求が満たされていたサクラだが、さすがに優勝した理由が理由であるし、実力以上の期待を寄せられても困ると、辟易してきたところであった。
見舞いに来たカカシからは、中忍選抜試験の本選における順位は、中忍昇格選考そのものに直接的には関与しないことを伝えられており、多少は肩の力も抜けてはいるが、やはり重いものは重い。
とはいえ、サクラの戦い方やその思想は”中忍選抜”という評価基準からすれば、他の受験者を抑えて、十分上位に食い込めるだけのものがある。そのことをカカシから伝えられたサクラは、それについては嬉しさを以て受け入れている。
中忍試験は、ただその強さを見ることが目的ではない。部隊長として部下を率いる資質や、中忍として里の上層部に関わるに足る思想、戦況を見据え仲間を導く判断力、そういったものを見るのが中忍試験の本題であり、一対一の戦いは、その手段でしかない。中忍試験本選における順位付けは、ただ強さの指標であり、中忍の資格の在る無しには、関与しないのである。
「ありがとう!!」
サインをもらった木ノ葉丸は喜んでペンを受け取り、次いでナルトへと差し出した。
「ナルトのお兄ちゃん!! ナルト兄ちゃんもサインくださいコレ!!」
「え? オレも?」
「そうだコレ!! あの蛙の口寄せ、すっげーカッコよかったぞコレ!!」
「そ、そう? そうかー。かっこよかったかー。じゃあ仕方ないってばよ!!」
嬉しそうに頬を掻くナルトは、言い知れぬ高揚感に包まれていた。ナルトは長く、孤児院の最年少であった。ナルトより年下な新たな子供たちも現在ではいるが、尊敬と言ったものはだいたいシスイや重吾が集めており、ナルトは”楽しい遊び相手”という立ち位置にいる。純粋な尊敬を向けられるのは、生まれて初めてのことかもしれない。ナルトはめちゃくちゃ喜んだ。
「ありがとう! よーし、砂隠れの人たちのサインも貰いに行くぞコレ!!」
「「おー!」」
どうやら子供たちは、試験に参加した全員からサインを貰おうとしているらしい。それだけ、今回の試験が、子供たちからは輝いて見えたのだろう。
はしゃいで去っていく子供たちを、微笑まし気に見送って、サクラは正面を見た。そして視界に入った二人の人影―――そのうちの一人に、顔を顰める。
「いの……と、シスイさん」
「あら、サクラじゃない」
前方から歩いてきたのは、シスイといのであった。
ナルトと歩いているのを冷やかされるのは不愉快だと警戒するサクラだが、いのはあっけらかんとし朗らかに笑っている。
「シスイ兄ちゃん……いのと何してんの?」
「ああ、散歩を―――」
「デートよデート!! 見ればわかるでしょナルト!! ねー? シスイ様!!」
「あ、ああ……?」
腕に抱き着いて来ようとするいのを手で優しく押し返しながら、シスイが戸惑ったように言う。
「ええ!? いのがオレの姉ちゃんになんの!?」
「気が早い」
ナルトが驚愕に叫び、シスイが間髪置かずツッコンだ。
シスイの言外の否定に、いのはめげるどころか、嬉しそうに笑う。
「やだ、シスイ様ったら!! 気が早いだなんて!」
気が早いが、将来的にはそうなるだろう―――という意味に曲解したいのは、頬を染めてシスイの腕をぺしぺしと叩く。
「シスイさん……いつの間にいのと……」
「いや、退院したら買い物に付き合って欲しいと頼まれたから……」
シスイの言葉に、サクラは不満げに頬を膨らませると、目を細め刺すようにいのを見る。
「いの。あんた私のお見舞いはついでだったわけ?」
「やーね。それはそれ、これはこれってだけよ。ねー、シスイ様?」
「合理的だね」
すまし顔で言ういのに、サクラが胡乱気な視線を向け、シスイが確かにと頷く。
「シスイさん……」
「でも意外だってばよ。兄ちゃん、そう言うの興味ないと思ってた」
「……まあ、オレにも色々あるんだよ」
アカデミー時代から女生徒に言い寄られるのは慣れていたが、ここまで強気に、垣根を飛び越えて迫ってくる女の子はいなかった。
実際、いのの強引さはシスイにとって新鮮であり、リーとネジとの戦いを経てそういう”青春”にも多少なりとも興味が出てきたシスイは、ゆえにいのからの”デート”の誘いを受け入れたのである。
それに、山中一族は、かねてより
余談だが、後日それを知ったネジとリーは血涙を流してシスイ打倒を再び誓い合い、ガイは青春だなぁと豪快に笑った。
そして畳間は―――最初、驚いたように目を丸くした。そしてその後、ゆっくりと目を細め、何かを思い出すように静かに微笑み、ゆっくりと息を吐きだして―――「そうか……」と、静かに、ただ一言だけを、口にした。
★
ついでだからと一緒に買い物をすることになった四人。最中、いのは最近耳にしたある噂について、口火を切った。
「そういえば、聞いたわよナルト。あんた、自来也様に弟子入りして、旅に出るんだって? ほんとなの?」
「ほんとだってばよ。だから、こうしてサクラと買い物してるの」
サクラとナルトが商店街にいるのは、ナルトの旅支度のためであった。
「やっぱり、そうなんだ……。あんたがいなくなると、ちょっと寂しくなるわね」
「ほんとよ……」
いのの言葉に、サクラが小さい声で同意する。
「そう言ってもらえると嬉しいってばよ!」
寂しさなど欠片も感じてない様子で快活に笑うナルトに苛立ちを覚え、サクラはそれをぶつけるようにナルトの足を軽く蹴った。
「???」
意図が分からず困惑するナルトに、いのとシスイが笑う。
「まあ、母さんがよく許したと思うよ」
―――よりによってあの”エロ仙人”に弟子入りだと!?
一か月前、ナルトの自来也弟子入りを知ったアカリの荒れようはすさまじかった。里の三仙として謳われる畳間、アカリ、自来也。アカリはエロ仙人と勝手に呼んでいる自来也とひとくくりにされることを好ましく思っていなかったが、そんな自来也にナルトが弟子入りしたと分かり、しかもミナトの息子であることもぶちまけてしまったと聞いて、それはもう怒り狂った。
すでに叱りつけたから、と自来也を庇いアカリを諫める畳間の話も聞かず、自来也征伐に乗り出そうとしたアカリを止めるために、畳間はまた久しぶりに終末の谷に飛んで、壮大な夫婦喧嘩をしている。余談だが、その喧嘩の最初を目撃していたナルトから、自来也は以後、エロ仙人と呼称されている。
そして自来也がナルトを連れて旅に出ると知って、再びアカリが奮い立った。
愛する我が子が”エロ”という、忍びの三禁の一つに染められようとしていることを知り、それを許す忍びの親がどこにいるというのか。
畳間は自来也の”道”がナルトに必要なものであることや、人柱力であるがゆえに待ち受ける過酷な運命を乗り越えるためには、世界を巡り視野を広げる必要があると説いたが、そんなものは息子を心配する鬼嫁には通用しなかった。実際には、アカリもそのことには理解を示しており、その暴走の本質は中忍試験の準備で構ってくれなかった畳間に甘えたいがためであった。それを見抜いたシスイのアドバイスを受けた畳間が、アカリを構い倒したため、そのときは壮大な夫婦喧嘩に至ることは無かった。
とはいえ、ナルトが旅に出ること自体は、非常に寂しがっている様子である。しかし、イルカの旅立ちから以後、孤児院を卒業していく子供たちを見送ってきたアカリであるため、耐性そのものは出来ており、子の門出を祝福できる程度には、親としても成長を遂げていた。むしろ、賛成派ではあるが、ナルトを溺愛していた畳間の方が、そのダメージ自体は大きい様子であり、最近はよくため息を吐いている姿を、シスイに目撃されている。
「……ナルト。そういえば、サスケはいないのか?」
「……あいつ、なんか変なんだってばよ。家まで誘いに行ったんだけど、顔も出さねーでさ。ミコトおばさんに伝言までさせて……」
うちは本家へ出向いたナルトとサクラは、サスケを誘ったのだが、サスケは顔を見せることすらなかった。
「「いないって言え」だってさ! なんなんだってばよ、あいつ……っ!!」
ナルトの旅立ちも近いというのに、顔も見せず関わりを絶ったサスケに、ナルトは苛立ちを覚えている様子である。
「それに、約束も……」
「戦えなかったことは残念だったけど、また今度の試験で戦おう」と、ナルトは目覚めた後にサスケへと言った。しかしサスケはどこか上の空で、ナルトの言葉を聞いていない様子であり、ナルトは「もういい!!」と、それに憤慨したが―――同時に、サスケにとってあの約束はその程度のものだったのかと、残念にも思った。
「……」
シスイは何かを考えるように顎に手を当てて、ナルトを見た。サスケのことが分からず、戸惑いと苛立ち、哀しみと怒り―――様々な感情が、ナルトの中で複雑に絡み合っているのを、シスイの仙術チャクラが感じ取る。
このままでは二人はすれ違い、いつか決定的な亀裂が生まれてしまうかもしれない。シスイにとって、二人の友情は尊いものである。そんな二人の仲が壊れることは、忍びない。
「やはりイタチさんに伝えた方がよさそうだな……」
「……え?」
「いや、なんでもない」
シスイの呟きを聞き取れなかったナルトが疑問符を浮かべるが、シスイは誤魔化すように笑い、手を振った。
★
夜の帳が降り、静まり返った木ノ葉隠れの里。
人気のない道を、一人の少年―――うちはサスケが歩く。
目指すは火影邸―――その際奥に眠る、禁書庫。二代目火影千手扉間によって編纂された、禁術の記された巻物が保管される、里の最重要施設。
そう―――サスケが強くなるための手段とはすなわち、禁術の窃盗であった。
万一でも姿を見られないよう、サスケは暗闇に姿を隠しながら、ゆっくりと火影邸を目指す。
歩く。歩く。
―――少し先から、人の声がする。
気づいたサスケは、直線の道を進むことを止め、少し遠回りになるが、すぐ近くの曲がり角を曲がり、細道を通って火影邸へ向かおうと進路を変える。
そして、曲がり角を曲がった先で―――信じられない者を見た。
「こんばんは、うちはサスケ君」
―――しゃがれた声、ねっとりとした口調、青白い肌、細身の長身。
忘れるはずが無い。
その姿を、その声を、サスケが忘れるわけがない。
サスケが敬愛する兄に傷を付けた忍者。サスケが恐怖に震えた、人生で初めて出会った強敵の一人。
「お、おろ―――」
声を発する間もなく、サスケの顔面に熊手を叩きつけたその男は、
意識を失ったサスケは倒れ込み、その体を男の腕へと預けた。
「……」
男の身体から煙が舞い上がり、姿が変わる。
男がサスケを小脇に抱えたと同時、木ノ葉の中忍以上の忍者に支給されるベストを着た男が、サスケを抱える男の隣に降り立った。
サスケを小脇に抱えた男は、新たに現れた男の肩に手を添えると―――二人はその場から一瞬で姿を消した。
★
「―――ェ!!」
声が聞こえる。
「―――ケェ!!」
聞きなれた、声が聞こえる。
「サスケェ!!」
鬼気迫る、焦ったような兄の声。
サスケは意識を覚醒させ、飛び起きた。
「―――?」
金属と金属がぶつかり合う音が聞こえる。
体の前半分を冷たい感覚がしみ込んでいる。
サスケは自分が地面にうつ伏せに倒れていることを知り、飛び起きる。
「兄さん!?」
視線の先―――手裏剣と苦無が空中で激突し、地に落ちた。
「サスケェ!! 逃げろ!!」
切羽詰まったような声。その主であるうちはイタチは、サスケに視線を送ることも出来ないほど、余裕がない様子であり、表情は焦燥と疲労を隠せず、その額には大粒の汗が滲んでおり―――見慣れぬ男と戦っている。
いや、その姿を、サスケは知っている。波の国で見た、イタチを傷つけた男。そして意識を失う前に、サスケを襲った男。
「―――大蛇丸!!」
「あら、起きちゃったみたいねぇ。寝ているうちに、おいしくいただこうと思っていたのに」
「サスケ、逃げろ!! こいつはお前を狙っている!!」
「な、なんで―――」
「お前は大蛇丸に攫われたんだ。狙いは恐らく、お前の写輪眼!! それに気づいたオレはお前を救うために一人で追って来た。はやく逃げろ、サスケ!!」
「あら、イタチ君、余所見かしら? 食べちゃうわよ!!」
「……。ぐわーーー!!」
その男―――大蛇丸は螺旋丸を作り出し、それをイタチの腹に叩き込む。サスケに気を取られていた様子のイタチはそれを躱すことが出来ず、直撃を受け、数歩後ずさった後、
大蛇丸は刀を抜き、それをイタチへと向けた。
「弟のために私に挑むなんて、可愛いわね、イタチ君。食べちゃうわよぉ」
「……」
イタチは俯き、表情が見えない。イタチは胸を押さえ、苦痛を堪えているのか、その体は震えていた。
大蛇丸は刀を振り上げながら、イタチへ一歩、二歩とゆっくり近づいていく。そして刀を振り下ろそうとしたとき、サスケは飛び出した。
「兄さああああああああん!!」
「邪魔しないで!!」
大蛇丸に飛び掛かったサスケは、しかし大蛇丸に蹴り飛ばされて、その体は宙を飛んだ。
「―――あ」
凄まじい勢いで、かなりの距離を飛ばされたサスケは、自身の身体が、大きな大地の亀裂の真上にいることを理解し、小さく言葉を零す。
「サスケええええ!!」
「ぐわあああああ!!」
弟が大地の亀裂に呑み込まれそうになっているのを見て、イタチが火遁・豪火球の術を放った。大蛇丸の身体は巨大な火の球に呑み込まれ、断末魔の叫びをあげながら消し炭へと変わる。
イタチはすさまじい勢いでサスケの方へ駆け寄り、奈落へと落ちようとしているサスケへと手を伸ばすが―――
「にいさ―――」
―――その手は指先同士が触れ合うのみで空を掴み、サスケは吐き気を催す浮遊感とともに、自身の身体が暗闇の中へと吸い込まれていくことを理解した。
身に掛かるすさまじいGで意識を失う寸前、サスケの瞳に映ったのは、申し訳なさそうな表情を浮かべた、兄の顔だった。