綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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タイピングが進みました。書きたかったからかな……
誤字報告いつも感謝してます!!


燃え上がるもの

 ナルトが自身の出生の秘密を知って三日後。

 

「自来也。オレに何か、言いたいことはあるかな?」

 

「な、なんのことですかのォ……」

 

 火影邸の執務室。机に肘をつき、顔の前で手を組んでいる畳間の表情は伺えない。

 ただその眼が笑っておらず、とんでもない量のチャクラがその身からにじみ出て居ることを、自来也は感じ取っていた。

 

「ははは……」

 

 自来也の空笑いが、火影室に虚しく溶け込んだ。

 先日、昼間から酒を飲み気を緩ませていた自来也は、久方ぶりの里と言うことで、畳間がナルトの出生について緘口令を敷いていたことを忘れ、ぽろりとその事実を、よりによって本人にぶちまけてしまった。

 その場にいた者には口止めを念入りにお願いした。

 自来也の名声を知っているナルトは、黙っている代わりに師匠になって欲しいとごね、自来也の弟子と言う立場を勝ち取っている。

 

「詰めが甘かったな、自来也。サスケの口はイタチには軽いぞ」

 

「すみませんでしたァ!!」

 

 サスケも口止めはされたが、イタチには喋ってしまっており、イタチから畳間へと話は届いている。

 サスケが毎晩、恒例のように行っているイタチへの報告会―――子供が母親にするような―――『今日のできごと』において、その話は即日伝えられている。

 

 これ以上の言い逃れは不可能。

 自来也は頭を地面に叩きつけるような勢いで土下座する。

 

「……」

 

 自来也の平身低頭に毒気を抜かれた畳間はため息を吐いて、背中を背もたれへと深く預けた。

 

「初めから素直に謝っておけ」

 

 畳間が言った。

 

「ゆ、許してくださるんですかのォ……?」

 

 伺うように言う自来也は、あまり深刻に受け止めていないような感じを受ける。

 それが、畳間の逆鱗に触れた。

 

「許すわけねェだろうが!」

 

「ひえ」

 

 光明に縋った自来也を、畳間の鋭い眼光と怒声が威圧した。チャクラの重圧が部屋を埋め尽くし、火影邸が揺れ一部に亀裂が入る。

 自来也は情けない悲鳴を零し、わざとらしく怯えている。大柄の漢が身を縮こませて頭を下げる姿は、滑稽さよりも哀愁の方が先に来る。

 

「……」

 

 中忍になった後、おぼっちゃん気質なナルトへ、畳間の地獄の特訓を無理やり受けさせて精神的な成長を促し、そのうえで出生の秘密を伝えるという計画だったのに、すべてが水の泡である。

 それはそれで悲惨な未来ではあるが、どちらがナルトの将来にとって有益なのかは定かではない。

 

「”四代目火影”波風ミナトの名は、木ノ葉において大きな意味を持つ。だからこそ、ミナトの子であることをナルトに伝えるのは、あの子が精神的に成熟してからにしたかった」

 

 初代火影は、その圧倒的強さがゆえに伝説となった。

 二代目火影は、木ノ葉隠れの里における忍者の掟を定め、木ノ葉の地盤を築いた政治家である。畳間は、扉間についてはそのように教えるように、アカデミーに指示を出している。子供たちにすべてを教えるには、あの人は少し刺激が強い。

 三代目火影は戦乱の時代、長きに渡って里を守り抜いた中興の祖として、歴史の授業では語られる。

 そして四代目火影。木ノ葉隠れ史上最悪とされる九尾事件を、命懸けで食い止めた―――いわば最新の英雄である。若くして火影を襲名し、そしてその任期も短かいものであったが、四代目は歴代の火影たちに勝るとも劣らない偉大な火影であった。ミナトの名が決して風化せぬように、畳間はアカデミーでその偉業を教えさせている。若くして火影になったミナトを尊敬している子供たちは多い。ナルトやシスイも、里を救った英雄たる四代目に尊敬を向けていた。

 

 その実の子供であると知って、己惚れないという保証は無い。戦争を知る世代の者達から”歴代最強”と目される五代目火影。シスイがその息子でありながら己惚れていないのは、畳間の普段の言動によって抑止されているからだ。世を去ったがゆえに神格化された四代目―――その息子であるという事実は、精神的に未熟な子供にとって劇薬に成り得る。その火の意志を受け継ぎ、胸に輝く誇りとなる前に、驕りへと悪化しかねない。ナルトがそうなるとは思いたくないが、しかし人間とは環境によってどうとでも変わるものだ。そしてその精神が純粋であるほど、変化後の矯正は困難となる。

 

 ―――人は変わるものですよ。よくも、悪くも。

 

 あるいは偉大な父の背中―――その光に焼かれ、生き急ぎ、死を早めることになる可能性も拭いきれない。忍びの生き様は、死にざまで決まる。その意味をはき違え、勇気と無謀を見間違うこととて、あるかもしれない。もともと実力があるがゆえに、好戦的な側面に拍車がかかる可能性とてある。忍者と言う生業は、遊びではない。霧隠れは未だ内戦の最中に在り、いつその戦火が広がるとも分からない。戦争は全力で阻止するが、しかしナルトは暁から狙われている。

 九尾事件。里の火急において、ミナトは最初、姿を現さなかったと聞く。だとするならば、ミナトは仮面の男と交戦していた可能性が非常に高い。だとすれば、あの仮面の男は、歴代最高の才と謳われたミナトをもってしても、仕留めきれなかった実力者ということになる。もしも里の外でそんなやつに遭遇した場合―――次も畳間が間に合うという保証は無いのだ。

 

 窮地に陥った時、誇りを捨ててでも生き残るためにあがくことは必要だ。命を捨てる時は、いずれ来たる”その時”であるべきなのだ。忍道を貫き守り通すためにその命を賭すのであれば、それを責められる畳間ではない。だがもしも、「オレは四代目の息子だ!」と、間違った奮起をしてしまった結果、その命を落としたとすれば―――それはあまりに、無意味な死だ。畳間はかつて、それ(・・)で祖父を失っている。あの時―――森でイナやサクモと共に撤退していれば、柱間が死ぬことは無く、ここまで血に濡れた歴史が紡がれることは、きっと無かった。

 

 有事の際、畳間は己が命を賭してでもナルトを救う覚悟がある。偉大な祖父のように死にたいと、思わないと言えば嘘になる。だが、残された者の悲痛さを、その苦しみを、畳間は知っている。畳間が間に合わず、一緒にいる者―――例えばサスケやサクラがナルトを庇い、その命を散らさないとも限らない。そして己の未熟さによって親しい者を失ったとしたら、ナルトの心はいったいどうなるのか―――想像に難くない。

 

「お前の一言が、あの子の将来を左右するかもしれねェんだぞ!! それを―――なにをふざけてんだ自来也!!」

 

 かつての畳間を思い起こさせるほどの、鮮烈な怒気だった。

 

「……っ」

 

 その真剣な怒声に、頭を下げている自来也がびくりと身を震わせる。

 怯えたのではない。畳間が何について自来也を叱りつけているのか、何を自来也に気づいてほしいのか―――それを、自来也は理解したのである。

 

 畳間が叱っているのは、自来也がうっかり秘密を漏らしてしまったことではないのだ。

 過ぎたことを責めても仕方がない。畳間が叱っているのはそれではなく―――自来也がその後、そのことを軽く考え、隠そうとしたことだ。畳間たちナルトの養親たちに相談しなかったことだ。それはあまりに子供の将来を考えない態度であると、畳間は言っているのである。

 

「―――申し訳ありませんでした。ワシが……浅はかでした」

 

 そう言った自来也の姿には、先ほどまで含まれていたおふざけ(・・・・)は見られなかった。

 誠心誠意の謝意を以て額を床に擦り付ける自来也に、畳間は深いため息を吐くと、畳間は再び背もたれに体を深く預けた。

 

「……分かればいい。失敗は誰にでもある。次は、ちゃんと相談しろ」

 

「はい。……ありがとうございます」

 

 許してくれて、と言う意味か、あるいは叱って(教えて)くれて、という意味か―――それは自来也にしか分からないが、自来也は静かにそう言った。

 畳間はそんな自来也へ、少し考えるような素振りを見せて口を開く。

 

「自来也。ナルトに、修業を付けているようだな?」

 

「ま、まあ……。口止め料にと……。いえ、やめろというならばすぐにでも!!」

 

 自来也が必死の形相で言うが、畳間はそれを手で制した。

 

「直接の師であるカカシが了承しているのなら、オレが口出しするつもりは無い。それに、お前の弟子育成能力は信頼している。……正直な、少し悩んでいたんだ」

 

 ナルトが尾獣について知ってしまった時もそうだが、縁というものはある。ナルトはあれ以来、何度か精神世界の九尾に話しかけに行っているらしい。しかし取り付く島もないほどの九尾の殺意に怯え、尻尾を巻いて帰って来るのが常だと、ナルト本人から聞いている。影分身の術を教えてしまったがゆえに、何でも効率的にこなすナルトが、唯一苦労しているのが、九尾との対話だ。

 畳間がそうだったが、ナルトが本当に火影を目指すというのならば、感情を押し隠し、話し合いで解決しなければならない場面に直面する時が来る。その時、話し合いの席に着こうとしない相手に、諦めず対話を望み続けている九尾との経験は、きっと役に立つだろう。ナルトに努力を教えるという意味で、幼少期から九尾の存在を知れたのは、結果論だが僥倖だった。

 

 だとすれば、他ならぬ自来也がナルトの出生の秘密を話してしまったことも、歴代火影の導きなのかもしれないと、畳間は考えた。

 自来也はナルトの親であるミナトの師であり、そのミナトを四代目火影へと育て上げた男であり、その弟子育成能力は本物だ。その性根も、善良なものだ。スケベでアホなところはあるが、決して愚かではない。そして何より、自来也の忍道は―――恐らく、ナルトにとって最も必要なものになる。

 

「自来也……。ナルトを頼む。あいつが道を誤らぬよう……少しで良い。お前の忍道を、あの子に……授けてやってくれないか」

 

 自来也は、幼少期に大蝦蟇仙人よりある予言を受けた。自来也の弟子が、忍びの世の未来を変えるという予言である。以後、自来也は数十年にも渡って世界を回り、その”予言の子”を探し続けていた。

 

 戦争を終わらせ、平和を実現する。大蝦蟇仙人の予言が真実であるのなら、きっと―――今の平和は長続きしないのだろう。自来也の弟子こそが平和を実現するというのならば、畳間が築いたこの平和は、崩れることが確定した、仮初のものということになる。

 

「自来也……。お前の弟子が未来を変えるというのなら……。今、くだらない理由であっても、ナルトがお前の弟子となったのならば―――それはきっと、運命なんだろう。ミナトの遺したうずまきナルト……あの子こそが”予言の子”なのだと……オレはそう思っている」

 

「畳の兄さん……」

 

 自来也が呟く。

 思えば、自来也の話を最初から信じ続けてくれていたのは、畳間だけだった。友や師ですら、自来也の言葉を信じてくれず、最初自来也は、半ば家出するように里を飛び出し、予言の子の捜索を始めた。旅の最中に取った弟子は戦乱の中で命を落としたと噂で聞き、この子こそがそうだと信じた四代目火影は、志半ばで世を去った。

 里が危機に陥った戦争でも、三代目火影に合わせる顔が無いと里に戻らず―――結果、師の死に目に合うことすらできなかった。そして里にいたというのに、大切な弟子を守ることも出来なかった。

 後悔と自責に苛まれてなお、それでもと、自来也は予言の子の捜索を諦めることはしなかった。すべては、平和の世を築くためだ。だが、その平和の世を築くのは、自来也たちではない。ナルトたち次の世代なのだ。大蛇丸を殺すという決意を持った旅の中、いつの間にか、大切なことを忘れていた。畳間からは大蛇丸の捜索を止められているのに、それを黙って行っているという畳間への後ろめたさこそが、今回のことを隠そうとした最も大きな原因だった。

 

「火影様。此度のこと、誠に申し訳ございませんでした。そして、拝命、承ります。この身命を賭して、うずまきナルトを守り、育てます。里のために生きた我が師匠―――三代目火影の名に賭けて」

 

「お前を信じよう、自来也」

 

 笑みを浮かべて頷いた畳間に、自来也は床につけていた頭を更に強く擦り付け、これまで黙っていたことを、口にする。

 

「火影様。もう一つ、謝らねばならぬことがあります」

 

「―――大蛇丸のことか」

 

「存じて、おられたのですか……?」

 

「まあな。だが、そのことは良い。お前も、お前なりの覚悟があってのことだろう。だが、今後は追うにしても情報だけにしておけ。暁なんてものに所属している今、お前であってもあいつを追うのは危険過ぎる。時が来れば―――オレが処理する。そのためにも、ナルトを育ててくれ」

 

「承知しました」

 

 つまり、ナルトが強くなりその守護が必要ではなくなった時、畳間は大蛇丸を殺すために動き出すということだろう。

 自来也はそう受け取った。

 

「それと、そろそろ頭を上げろ。オレには大男の土下座なぞ、見続ける趣味は無いからな」

 

 穏やかに笑って見せた畳間に、自来也は恐る恐る頭を上げて、畳間の顔を確認した後に、立ち上がった。そして再び頭を下げて、それを退室の挨拶として歩き出した時、その背に、「そうだ」と、畳間から声が掛かる。

 

「螺旋丸はまだ教えないでおいてくれるか? あれはな、ナルトが中忍になって初めての誕生日に、オレから教えてやろうと思ってるんだ」

 

 ナルトがすでに自身がミナトの子だと知っているので、螺旋丸を教えるときに、父の”形見”だと伝えてやれることも、僥倖と言えるだろう。あいつ喜ぶだろうなぁと、畳間が未来予想図を思い浮かべて楽し気に笑う。

 一方、言われた自来也はその体を大きく跳ねさせて、立ち止まった。錆びついたからくり人形のようなぎこちない動きで振り向くと、自来也は言った。

 

「……もう、教えちゃいました。……螺旋丸。てへ」

 

 ぴくりと、畳間の動きが止まる。表情も硬直して―――能面のようになる。

 

「自来也」

 

「はい……」

 

「表出ろ」

 

「ゆるし―――」

 

 言い終わらぬうちに、畳間が自来也の傍に瞬身で近づき、飛雷神の術でその場から消えた。

 その後むちゃくちゃ模擬戦した。

 さらに後日、火の国の地図が少し書き変わったとか、そうでないとか―――それはどうでもいい話である。

 

 

 

 

 そして、一か月の時が流れた。

 合同中忍選抜試験、本選当日。

 

「これより、第二試験を通過した12名の本選試合を始めたいと思います!! どうぞ最後までご覧ください!!」

 

 畳間の挨拶が終わった瞬間、会場が無数の観客たちの歓声によって揺れる。熱気が迸り、噎せ返る様な暑さとなった。

 集まった受験生たちは、そんな騒音も聞こえていないのか、真剣に試験官へと視線を向けている。観客席から見守る家族や友人たちが、そんな受験生たちを見守っている。

 

「アカリ義姉さん!! こっちこっち!!」 

 

「人の気配が多すぎてチャクラ感知が難しい……。どこだ……?? 手を離さないでくれ……」

 

「分かってますよ」

 

 珍しく盲目の人としての言葉を口にしているアカリが、ノノウに手を引かれて歩いている。綱手の声が聞こえ、そちらの方へ進もうにも、人込みでチャクラの感知が難しいうえに、声が人のざわめきに紛れて正確な位置が分からない。ノノウの手だけが、アカリの命綱であった。

 綱手は観客席の最上階、通路の傍に座っているのだが、その一角には誰も座っていなかった。正確には、孤児院関係者以外、座っていないというべきか。

 座ろうとした人を謝罪を以て遠ざけ、綱手の美貌に惹かれた虫たちを強烈な眼力を以て退けて、綱手たちはアカリのために席を確保していたのである。

 ノノウに導かれて、アカリは席に着いた。

 

重吾(・・)、私から離れるなよ。変な感じがしたら、すぐに言え」

 

 アカリのすぐ後ろ、観客席から繋がる廊下に立つ背の高い子供へと向けて言った。

 

君麻呂(・・・)も、辛くなったらすぐ言うんだぞ。我慢しなくていいからね」

 

 重吾が押している車椅子―――そこに座る肌の白い少年へ、綱手が声を掛ける。

 

 分かってますよと、散々聞いた二人の言葉に、二人は苦笑を浮かべて答えた。

 

 君麻呂と、重吾。共に、ノノウによって拾われてきた孤児院の子供たちである。

 君麻呂は優秀なアカデミー生であったのだが、突如として病が発病し、アカデミーを中退。以後、綱手の治療を受けつつ、病院で生活を送っていた。未知の病であり、綱手を以てしても未だ治療法を見つけられていないが、その進行は抑えつけていた。ただ体力を消耗しやすいため、車いすで生活を送っているのである。

 

 そんな君麻呂の車椅子を押しているのが、重吾である。

 重吾はこのように、普段から君麻呂の世話を甲斐甲斐しく焼いている。気が合うのか、孤児院でもこの二人は特に仲が良い。もともと仲が良かったのだが、君麻呂が病気を患ってからは、より一層その親密さが上がっているようであった。

 病気の種類こそ違えど、重吾もまた特殊な症例に悩まされている。だからこそ、親近感を覚えるのだろう。重吾は特殊な体質を持っており、そのせいか、”殺人衝動”などという、物騒な未知の症例に悩まされていた。

 だが、木ノ葉に来てからは、その悩みも軽減している。仙術のスペシャリストのアカリの仙術チャクラによって、無理やりではあるが、重吾の症例は制御出来たのである。

 その突発的な”殺人衝動”がゆえに、重吾は才能に恵まれながらも忍者の道を諦めている。もともと戦うことがあまり好きではない穏やかな性格なので、仮に”殺人衝動”が完治したとしても、忍者になる気は本人には無い。”孤児院の優しいお兄さん”として生きるべく、重吾は現在、兄弟である君麻呂の世話をしつつ、ノノウやアカリから経営について教わっているのである。

 ちなみにカブトは病院で外来を受け持っており、本日の試験会場の医務室担当はシズネが務めている。やけに強く固辞したカブトに困惑しながらも、シズネは快くそれを受け入れていた。

 

 観客席の別の場所。

 二つの集団が陣取っているその観客席の一角の周辺には、人が座っていなかった。

 ―――日向一族が総出で、ネジの雄姿を見守るために集まっている。

 そのすぐ隣。

 ―――うちは一族が総出で、サスケの雄姿を見守るために集まっている。

 当主同士、その眼光がぶつかり合っていた。その傍らで、日向当主の長子たるヒナタが、同じくうちは当主の長子たるイタチと心労を分かち合おうと目線を向けたが、イタチは『サスケ』と書かれた鉢巻を巻いて、食い入るようにサスケを見つめていたので、ヒナタはドン引きして見なかったことにした。ちなみにイタチの鉢巻はイズミが縫ったものである。

 

 ちなみに。

 サスケの試合の時、うちは一族で写輪眼を扱える者は皆、写輪眼を浮かべていた。

 ネジの試合の時、日向一族で白眼を扱える者は皆、白眼を発動していた。

 後に―――その集団を見ていた者は言う。

 怖かった、と。

 

 閑話休題。

 

 こほ、と乾いた咳をしながら、ハヤテが受験生たちを集めて、本選の試験を改めて行い始めた。

 

 本選は、第二試験とは別、新設された試験会場にて行われる。

 ルールは一切なし。どちらかが死ぬか、負けを認めるまで行われる。とはいえ、勝負がついたと試験官が判断すれば、そこで試合は終了となる。死ぬ前には試験官が止めてくれるので、大怪我は負っても死ぬことはきっと無いだろう。いざとなれば、畳間が飛び出す。

 

「では……一回戦の二名を残して、会場外まで下がってください」

 

 各々、観客席や会場広場から続く通路へと下がるが、誰一人として控室に行くものはいなかった。いつか戦うライバルの情報を、少しでも入手するためである。

 

「まさか、初っ端からお前と当たるなんて……。思ってなかったってばよ」

 

「オレもだ……。ナルト……。良い勝負をしよう」

 

 残った二名が、静かに向かい合う。

 

「では、一回戦―――」

 

 木ノ葉隠れの里―――うずまきナルト

 

  vs

 

 砂隠れの里―――我愛羅 

 

 

「―――試合開始!!」

 

 合図とともに、ナルトの影分身が我愛羅の周囲を埋め尽くした。

 我愛羅は背負っていた瓢箪を素早く砂へと分解した。

 砂の壁が我愛羅の周囲を円状に覆いつくしたと同時、その砂の壁から砂時雨―――無数の砂の弾丸を打ち出した。

 ナルトの影分身が瞬く間に消滅させられるが、しかし前方の影分身が壁となったために生き残った影分身が爆発を起こす。その爆発を皮切りに、残っていた影分身が連鎖して爆発を繰り返し、大爆発へと成長した。

 

「分身大爆破!!」

 

 周囲に砂埃が立ち込め、視界が奪われる中―――ナルトは後方へと飛び退いた。

 ナルトが立っていた場所を、ナルトの足を掬うように蠢く砂の鞭が通り過ぎる。

 

「砂埃を巻き上げたのは失敗だったな……! ―――オレの領域だ」

 

 砂の向こう側から我愛羅の声が届くと同時に、一本、二本、三本、四本―――砂の鞭がナルトへと迫った。ナルトは影分身を生み出して本体を投げ飛ばした。同時に、分身爆破を起こし砂の鞭の群れを粉砕するが、瞬く間にそれは復活し、ナルトの追跡を再開した。

 

「これじゃ、キリが無いってばよ!!」

 

 言いながら苦無を投げて砂の動きを制しようとしたが、苦無は砂の中に呑み込まれた。それだけでなく、砂の鞭はしなり、苦無を投げ返して来たのである。

 ナルトの頬を掠り、苦無は壁に突き刺さる。ナルトは走り回り、砂の鞭から逃れながら、打開策を模索する。本体である我愛羅に近づき、新技を叩き込まなければ、勝てないだろう。しかし自身が舞い上げた砂埃は未だ収まらず、我愛羅を視認することは難しい。何より、砂の鞭を避けながら我愛羅に近づくことはまず不可能だ。

 

 駆けまわるナルトの足を、遂に砂の鞭がからめとった。

 地面に前のめりで倒れ伏し顔を強打したナルトは、咄嗟に鼻を抑えた。手が血で染まる。

 

 しかしそれだけでは終わらなかった。

 ナルトは砂の鞭によって地面を引きずられ、引き寄せられる。その途中、砂の鞭は宙へとしなり、ナルトを空中へ持ち上げると、強い勢いで地面へと叩きつけた。

 

「があああああ」

 

 砂埃の中を、ナルトの悲鳴が響き渡り、観客席のアカリが取り乱す。眼を使わないアカリには、ナルトが今何をされているのか、手に取るように分かるのだ。だからこそ、心配でいてもたってもいられず立ち上がったアカリを、その意図を察した綱手が剛力で押し留める。

 

 二度、三度。慈悲は無く、砂の鞭はナルトを地面に叩きつけた。

 集合した砂の鞭がナルトの両手足を縛り、そして宙に浮いていた砂埃がナルトの周囲へと密集していく。舞い上がっていた砂埃は既に我愛羅のチャクラが注ぎ込まれ、すべて我愛羅の手中へと納まっていたのである。

 大の字に持ち上げられたナルトの体が砂に呑み込まれたと同時、会場の砂埃がすべて晴れ、観客たちは宙に浮く砂の球体を目の当たりにした。

 

「ナルト、気絶してもらうぞ」

 

 宙に浮く球体へ向けていた我愛羅の手のひらが、ゆっくりと閉じられていく。その動きに連動して、砂の球体が蠢き、その面積を小さくさせていく。締め付けているのだ。

 

「―――ウソだろ」

 

 観客席。

 応援に駆け付けていたナルトの同期達が、驚愕に目を見開いた。

 うずまきナルトは、アカデミー主席のサスケを差し置いて、同期最強の下忍である。初手で発動された分身大爆破―――あの術を凌ぎ切れる者は、ナルトの同期には存在しない。そんなナルトが、まるで弱者のようにあしらわれ、今まさに敗北しようとしている。その事実は、同期の下忍達には受け入れがたいものだった。

 

「―――砂漠葬送」

 

 我愛羅の手のひらが完全に締まり―――同時、砂の球体が破裂したと思えば、突如、巨大な赤い生き物が姿を現した。

 

「これは……」

 

 我愛羅が驚愕に目を見開き、同時に、予想外のことをやってのけたナルトへ興奮したような、好戦的な笑みを向けた。

 

「あ、あれって……四代目の!?」

 

「あれは自来也様の―――!?」

 

 観客席が騒めく。

 九尾事件―――苦戦する木ノ葉隠れの忍びたちを救ったその姿を、生き残った者達は忘れていない。九尾の上空に口寄せされ、その巨体で九尾を押しつぶしたその雄姿。

 それは会場広場の三分の一を埋めるほどの大きさの、巨大な蝦蟇であった。何故か体の節々に包帯が巻いてあるが、理由は分からない。

 

「会場、広くしておいてよかった……」

 

 この一か月、木材遁をフル活用して本選会場を作っていた畳間が、安堵の声を漏らした。

 自来也に弟子入りしたナルトが、もしかすると大蝦蟇を口寄せするのではないかと案じたが故の行動であったが、大正解である。以前の会場のままであれば、その巨体が観客席にまで押し付けられ、観客に死人が出ていたかもしれない。そうなっていれば、大問題である。危機一髪だった。

 

「ナルトォ!!」

 

 眼に刀傷を負った大蝦蟇が、怒声を上げる。こんなところに呼ぶなと、お怒りの様子である。ナルトは必至で謝っている。四代目と違い、完全に認められているわけではないらしい。

 しかし、あの四代目火影の息子である。その面影が見られる少年に、大蝦蟇―――ブン太も多少は甘いようで、ふんと鼻を鳴らすと、我愛羅を見つめて「あいつをやりゃええんじゃな」と参戦の意志を見せてくれた。

 

「行くってばよ親分!!」

 

 ナルトが意気揚々と叫び、我愛羅へ向けて無邪気な表情で指先を向ける。

 ブン太は「指図するな」と吠えながら、口を開いた。巨大な水の塊が我愛羅めがけて打ち込まれた。

 砂の防御は、一撃、二撃とブン太の水鉄砲を防いだが、一撃喰らうたびに水分を吸収し、砂から泥へと変化し、我愛羅の操作が鈍いものとなっていく。

 

 水の砲撃。水の砲撃。水の散弾。

 

 砂の盾。砂の盾。砂の壁。

 

「く……っ!!」

 

 我愛羅に焦りの表情が浮かぶ。

 地面を掘り進み、岩を砕き、操作する砂の量を増やしているが、増やした傍から封じられていく。増やしても増やしても、焼け石に水だった。

 唯一の救いは、その巨体がゆえに、蝦蟇本体が動き我愛羅を攻撃することは無い、ということだ。しかし固定砲台とは言えど、動きはする。その手足を封じようと蝦蟇に這い寄らせた砂は、その手の一振りで払い除けられた。

 

「このままでは……っ!!」

 

 チャクラを酷使しすぎた。我愛羅の額には、脂汗がにじみ出て、その呼吸は荒い。

 

 ―――守鶴!!

 

 内心で、その名を叫ぶ。我愛羅の身に封じられた尾獣―――一尾の名前であった。

 しかし返事は無い。

 何度も何度も声を掛け、ようやく、「うるせえ」と、不機嫌そうな声が返ってきた。

 

 ―――力を貸してくれ。

 

 我愛羅は言った。

 

 ―――嫌だね。

 

 守鶴は言った。

 

(てめえが負けても、オレには関係ない)

 

(ではなぜ、第二試験―――幻術を解除してくれた?)

 

 我愛羅の言葉に、守鶴が黙り込む。

 第二試験。我愛羅達は一度、多由也の奇襲によって幻術に落とされていた。それを解除してくれたのが、他ならぬ守鶴である。

 我愛羅は八尾の人柱力であるキラー・ビーとの邂逅の後、連日連夜、守鶴のもとを訪れていた。最初のうちはたいして話も出来ず、追い返される毎日だったが、繰り返し訪問するうちに、少しずつだが、会話をする機会が増えて来ていた。

 

 以前、仲良くしたいと言った我愛羅に、守鶴は言った。「仲良くしたいならオレをここから出せ」と。

 

 我愛羅は言った。「さすがにまだ死にたくはない」と。

 

 「じゃあ無理だな」と守鶴は突っぱねたが、内心ではそれもそうだとも思った。 

 

 突っぱねられた我愛羅は、それでも諦めず、守鶴を訪ね続けた。九尾に怯えて引き下がることが多いナルトと違い、我愛羅はそれこそ寝る間を惜しんで、守鶴との会話を続けて来たのである。戦化粧で隠されたその目元には、酷い隈が浮かんでいる。それこそが、守鶴との友好の証である。

 

 守鶴が我愛羅の熱意に絆された―――とは、我愛羅は思っていない。守鶴の人間への怒りと嫌悪は、その程度で晴れるものでは無い。

 だからこそ、我愛羅には、守鶴が手助けをしてくれた理由が、分からなかった。それはそれとして、同じ体に住む者として、助けて欲しいと、我愛羅は助力を請うた。

 それが、守鶴を苛立たせる。我愛羅は何にも、分かっていないのだと。

 

(頼む……友よ。オレは、負けたくない。お前とオレで、証明したいことがある)

 

 守鶴は考え込むように黙っている。

 

(守鶴……)

 

(……―――だあああ!! ―――ったく、しょうがねえなあ!! あいつが九尾(・・)だから、特別だ!! 九尾に負けたとあっちゃぁ、狸が廃るからだぞ!!)

 

 我愛羅の懇願に根負けしたのか、守鶴が言う。不承不承、不満の感情を一杯に込めた言葉であった。

 しかし、守鶴のその言葉と共に、我愛羅の視界―――その色が変わった。

 黄土色のチャクラが、我愛羅の体を覆う。我愛羅の腰からは一本の半透明で巨大な尾が生え、勢い良く揺れて、風を切った。そしてそれらは色を濃く変えて―――巨大な狸がその場に出現する。

 

「守鶴―――腹太鼓の術!!」

 

 二つの声が重なり合って、巨大な音が響き渡った。

 

「我愛羅あああああああああああああああああああ」  

 

 ”影”の席。四代目風影・羅砂が勢いよく立ち上がった。これまで一度たりとも成功しなかった秘術中の秘術、尾獣化。それを土壇場で成功させた息子が、あまりに誇らしい。

 一方で、狸寝入りの術であればまずいという焦りもある。狸寝入りの術は、術者を睡眠状態へ誘い、一時的に尾獣を開放する禁術だ。こんな場所で守鶴を自由にするとまず間違いなく木ノ葉に被害が及び、砂隠れが報復される。

 親としての期待と、影としての焦燥感―――羅砂は雄たけびを上げている。

 

「まさか……尾獣化……だと!? あの年齢で……!?」

 

 突如現れた尾獣―――一尾の守鶴。

 里は尾獣の恐怖を忘れていない。暴れられると、ナルトすら巻き込んで、沈下していた憎悪が噴き出すことになる。それだけは絶対に阻止しなければならない。

 すぐさま木遁で守鶴を縛り上げようとした畳間は、その間際、守鶴のチャクラが我愛羅のチャクラと完全に混ざり合っている様子を、写輪眼で確認した。

 とりあえず、すぐさま暴れまわるということは無さそうである。畳間は木遁で縛り上げることは、一時中止した。

 

 ―――本当に。会場を広くしておいて、本当によかった……。

 

 砂と水の弾丸がぶつかり合い、空中ではじけ飛び、観客席に飛び散った。観客は突然の泥水の雨に打たれ、悲鳴を上げる。

 観客たちは、突然始まった怪獣対決を見て大興奮な様子であり、大いに沸き上がっている。どうやら守鶴を尾獣とは認識していないようである。先にナルトが大蝦蟇を口寄せしたことで、守鶴を口寄せ動物だと思っているようだ。

 

 思わぬ僥倖であるが、放っておくことは出来ない。戦いが激化すれば、あの巨体が観客席に振ってくるかもしれない。このままここで戦わせるには、リスクが大きすぎる。

 畳間は二人を飛ばす(・・・)ために、仙術チャクラを練り上げる。心臓が(・・・)大きく鼓動した(・・・・・・・)

 顔に隈取を浮かべた畳間を見て、いつかの記憶を思い出したオオノキが震えあがった。

 

「火影様!!」 

 

「分かっている!!」

 

 畳間の下に、暗部の者が駆けつける。

 畳間は即座にその場から飛び立ち、試合会場の中央へと飛び降りた。火影装束が翻り、紫の鎧が覗き見える。

 

「おっちゃ―――」

 

「五代―――」

 

「―――仙法! 飛雷陣の術!!」

 

 畳間を中心に方陣が広がり、ブン太とナルト、守鶴と我愛羅をそのうちに収めると、その場から姿を消した。

 

 ―――場所は移り、千手の谷。

 

 大地の切れ目を中心に、守鶴とブン太が向かい合う。

 

「ここで思う存分やれ!!」

 

 畳間の大声が響き、守鶴が大きく口を開けた。その口の前に、チャクラが密集し、球状を形作り始めた。

 守鶴も、一応周囲の状況に配慮していたのだろう。畳間がGOサインを出してしまったがゆえに、九尾の人柱力のナルトに対し、本気で技を放とうしているのだ。

 

「ば、馬鹿野郎!! 思う存分やれとは言ったが、それはマズイだろ―――っ!!」

 

「な、なんだってばよあれ!!」

 

「ありゃ尾獣玉じゃ!!」

 

 ブン太が水鉄砲を吐き出しながら、巨大な螺旋丸を作って迎え撃てとナルトに言う。

 ナルトは影分身を作り出し、なるべく大きな螺旋丸を作り出したが、それは尾獣玉に比べればあまりに小さい。そもそも、自来也の仙法・超大玉螺旋丸であっても、尾獣玉を相殺するには威力が足りないのだ。

 いくらナルトが優秀とはいえ、螺旋丸で対抗しろと言うのは無理がある。

 

 ―――瞬間、ナルトの体が熱くなる。

 

 ナルトが作り上げていた螺旋丸が赤いチャクラを纏い、凄まじい速さで大きさを増していく。

 

(狸野郎に負けてんじゃねーぞクソガキ!!)

 

(九尾!?)

 

 ナルトの心に、九尾の声が響き渡る。

 

「よ、よく分かんねーけども!! 分かったってばよ!!」

 

「まさか、ナルトまで!? 何が起きている―――!?」

 

 ナルトの螺旋丸が巨大化し色を変え、赤黒く染まった。それは紛れもなく、尾獣玉に相違ない。

 それを見て、畳間が驚愕の声をあげる。いくらなんでも、尾獣玉二つはやり過ぎだ。

 尾獣玉同士が直撃したら、周囲一帯の地形が変わるだけでなく、二人の子供たちの命まで危険である。

 

「「―――尾獣玉!!」」

 

 守鶴と我愛羅の咆哮が轟き、黒い球体―――尾獣玉が発射される。

 

「―――尾獣螺旋丸!!」

 

 ナルトが腕を伸ばすと、その腕から赤いチャクラの腕が伸び、我愛羅達から放たれた尾獣玉へと、向かっていく。

 

「仙法―――木遁・木人の術」

 

 放たれた二つの尾獣玉の間に割って入ったのは畳間が作り出した木の巨人であった。

 両腕を左右に広げた木人は、迫る尾獣玉を両掌で真正面から受け止める。

 

「……」

 

 木人の頭上に立つ畳間が、真剣な表情で、木人を操作する。暴発させてしまえば、子供たちに危害が及ぶ。暴発させぬよう、畳間は慎重に、尾獣玉からチャクラを吸収し、掌に吸着させながら、勢いよく上空へと跳ね上げた。

 

 我愛羅は尾獣化しているので、風圧程度ならば問題ないだろう。しかしナルトは、生身だ。吹き飛ばされて、万が一、崖にでも落ちようものなら、その命は無い。

 

「え、おっちゃ―――」

 

 畳間はナルトの封印式に刻まれたマーキングを伝ってブン太の頭の上へと飛び、ナルトをその胸に抱きしめると、衝撃に備えて身を丸める。同時に、ブン太すら覆うほどの巨大な木の壁を作り上げ、盾とする。

 

 ―――上空で閃光が迸る。遅れて、轟音と共に大地が揺れた。

 

 揺れと閃光、轟音が収まり、畳間は木遁の壁を解除し、振り返った。

 

 変わりなく、守鶴が佇んでいる。

 

「いってェ……」

 

 ナルトが腕を抑えて、呻き声を上げる。ナルトは九尾のチャクラに焼かれたのか、腕が爛れてしまっていた。それでもなお、九尾のチャクラは溢れ出そうとしている。

 

 ―――我愛羅との戦いで高ぶった感情を利用されたか。

 

 畳間はナルトの腹に熊手を打ち込み、封印術を起動させる。

 

「―――火影式耳順術・廓庵入鄽垂手」

 

 九尾のチャクラが急速に消失すると同時、ナルトが意識を失って脱力し、畳間の体に倒れ込んだ。同時に、ブン太の口寄せが解除される。

 ブン太が消えたことで宙に浮いた畳間は空中でナルトを横抱きに抱きなおすと、木遁で体を支えて、着地した。

 

『尾獣―――』

 

 谷の向こうより響く守鶴の声から、我愛羅の色が消える。

 ナルトから溢れだした九尾のチャクラに呼応して興奮したのか、守鶴は我愛羅のコントロールを離れてしまったようだった。

 ナルトが気を失ってなお、守鶴は尾獣玉を放とうと、開いた口の前でチャクラを練り上げている。

 

 ―――それは、許さない。

 

「―――一尾!!」

 

 振り返り様―――畳間の眼光が鋭く研ぎ澄まされ、守鶴を射抜く。

 畳間のチャクラとその写輪眼の眼光は、千手の谷の裂け目を越えて、守鶴へと叩きつけられた。

 万華鏡写輪眼・思兼神(オモイカネ)―――守鶴の体が地に叩きつけられるようにひれ伏し、尾獣玉が解除される。

 

 畳間はナルトを抱えたまま、その場から走り出した。崖を木遁の足場を使って越え、倒れ伏す守鶴のもとへとたどり着く。

 

「一応、試験中だ。子供同士の闘いであれば途中までは見逃すつもりだったがな……。―――やり過ぎだ、一尾」

 

『おおおおお!! 火影ェ!!』

 

 悔し気に呻く守鶴に、畳間が木龍を纏わせ、縛り上げる。

 チャクラが吸収された守鶴は、尾獣の姿を保っていられず、徐々に半透明となる。やがて半透明なチャクラの中に、我愛羅の姿が確認できた。

 我愛羅は意識があるようで、本当に申し訳なさそうに、土下座していた。

 

「まったく……。どうにも、オレは人の土下座をよく見るらしい……」

 

「申し訳ありませんでした……」 

 

「怒ってはいない。立て、我愛羅」

 

 遂に人型を取り戻した我愛羅を、畳間が立ち上がらせる。

 我愛羅は立ち上がってなお、深々と頭を下げている。

 

「お前とナルトは昔から良いライバルだった。久しぶりの対決に滾ったことは仕方がないが―――まずは己を見つめ、冷静さを欠くことなく己を知ることだ。でなければ、大切な人を失うことになる」

 

 もしも今のような状況に砂隠れの里で陥った場合、それを止めるのは至難となるだろう。風影の磁遁で止めるにしても、それまでに被害は出る。畳間のように、ほぼ被害を出さずに尾獣を封じることが出来る忍びは、忍界広しと言えど、そうはいない。

 特に、昔と違い封印術が強化された今代の人柱力である我愛羅は、砂隠れの里に戻って以後、尾獣の暴走をさせていないと聞く。であれば、久方ぶりの尾獣の乱が起きたとして、冷静な対応ができるとは思えない。影はともかくとして、一般の忍者たちの統率が取れなくなるだろう。そうなれば、我愛羅の立場も悪くなる。

 我愛羅の将来を思っての、畳間の説教であった。

 

「……」

 

 我愛羅が神妙な表情で俯いた。

 

「それと、……その術は、まだ使わない方が良いな。完全に尾獣チャクラをコントロールできるように、チャクラコントロール技術を磨け」

 

「肝に銘じます」

 

「―――だが、途中までは見事だった。お前の成長は、オレも驚かされたほどだ。その歳で、よくぞそこまで極めたな」

 

 叱るだけではなんなので、一応本心で褒めておく。

 我愛羅はその言葉に畳間が本当に怒っていないことを確信できたのか、安堵したように肩の力を抜いた。

 

「あの、火影様……」

 

 我愛羅は、続けて不安げに言う。

 

「ナルトは、大丈夫でしょうか……?」

 

「ああ、問題ない。オレの封印術で、単に気を失っているだけだ」

 

「良かった……」

 

 胸のつかえがとれたように、我愛羅がため息を吐く。

 

「ああ、そうだ。我愛羅。オレは試験官じゃないが―――」

 

 畳間はそう前置きをして、我愛羅に柔らかい笑みを向けて、言った。

 

「おめでとう、我愛羅。合同中忍選抜試験本選第一試合は、我愛羅―――お前の勝ちだ」

 

 目を丸くして、我愛羅が驚いたように息を吐いた。

 

「で、ですが……」

 

「ナルトが死にそうだったから止めたが、最初の尾獣玉を放った時点で、ナルトはもう戦える状態じゃなかった。あのまま身一つの闘いに戻っても、勝っていたのはお前だっただろう。それは、オレが保証する。不消化だと思うのなら、次の試合も勝ち進め。お前の強さを以て、敗北したナルトの強さを証明してやれ」

 

「―――分かりました。必ず、ナルトの強さを証明します」

 

「ふ……頼んだぞ」

 

 決意を胸に秘め力強く頷いた我愛羅と共に、畳間は試験会場へと飛んだ。

 

 ―――場所は戻り、試験会場。

 突如受験生たちを連れて消えた火影が、再び受験生たちを連れて戻って来た。

 その腕に抱かれているナルトの姿に、観客たちは勝敗を悟り、そして畳間が言い放った我愛羅への高らかな賞賛を聞いて、歓声が巻き起こる。

 五代目火影が我愛羅の勝利だと言ったのならば、そうなのだろうと、観客は信じた。

 

 アカリが肩を落とし、自来也が肩を落とし、綱手が肩を落とし、孤児院の兄弟たちが肩を落とし、同期達が肩を落とし、サクラが瞳と唇を震わせ、羅砂は歓喜の雄たけびを上げた。

 そしてサスケは―――。

 

「―――ウソだろ、ナルト」

 

 信じられないものを見た様に、目を見開いた。

 

 サスケの瞳が、熱く滾り始める。

 

 ―――約束をしていたのだ。闘うと。言われたのだ。闘いたいと。

 それなのに、お前はよりによって我愛羅と戦って、負けたのか。

 オレと戦っていないのに、何故そんなに満足そうな表情で眠っている!?

 お前は、オレ達の世代のナンバーワンだった。そのお前が、よりによって他里の忍者に負けるのか―――。

 

 

 ―――サスケの瞳が、魂が、熱を帯びる。

 


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