綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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足りない何か

「サスケェ!!」

 

 医務室に運ばれたサスケの下に飛び込むように走りこんで来たイタチは、弟が横たわるベッドの横で急停止して、その顔を覗き込んだ。

 

「兄さん……」

 

 意識を失っていたサスケは、兄の声を耳にしたことで条件反射的に目を覚まし、かすれた声で呟くように言った。

 

「カブトさん、サスケの容体は……?」

 

「命に別状は無いよ。安心して良い。数日もあれば完治する。最も大きな怪我は右腕の骨折だけど、それも既に処置を終えたからね」

 

 サスケを挟み、ベッドの向こう側でサスケの怪我の治療を行っていたカブトが、弟を心配する兄を安心させるため、笑顔を浮かべて答えた。カブトがまだシズネの弟子をしているころ、当時まだ下忍だったイタチの治療をしたこともある。二人は知己だった。

 それに、やんちゃな弟を持つ同士、弟を持つ兄の気持ちは、カブトにも分かるのだ。

 

「兄さん……。オレ、情けないところを見せちゃって……。いっぱい修業、付き合ってもらったのに……。ごめん」

 

 ギプスで固定された右腕を摩りながら、サスケが悲痛な表情を浮かべていった。

 

「―――そんなことは無い」

 

 しかし、イタチは強く首を振って、サスケの言葉を否定する。

 

「サスケ……。オレにはお前の行動の意図が分かる。自己犠牲は忍びの本懐。よく、仲間のために戦ったな、サスケ。―――お前は……オレの最高の弟だ」

 

「っ……兄さん!!」

 

「サスケェ!!」

 

 イタチの言葉に感極まったサスケは体を起こし、イタチの体に抱き着いた。イタチはそのサスケの抱擁を受け入れ、強く抱きしめ返す。

 

「腕、折れてるはずなんだけどね……。サスケ君」

 

 カブトの技術を持ってすれば数日で治せる程度の怪我とは言え、今現在、サスケの腕は圧し折れたままである。固定し痛みを和らげているとはいえ、それを凌駕する兄弟愛の奥深さに、カブトは困惑した表情でぽそりと言った。

 

「イタチ君。サスケ君は、大丈夫?」

 

 遅れて、医務室に目元の泣き黒子が特徴的な黒髪の女性が入ってきて、イタチへと言った。

 

「ああ、イズミ(・・・)。この通り元気だ。オレの弟は強いからな」

 

 イタチはサスケとの抱擁を終え、イズミの方へ振り返ると、穏やかな表情でイズミを迎え入れた。

 

「ふふ。イタチ君、最近はずっとサスケ君と修業してたもんね」

 

 イズミは優しい笑みをイタチに向けると、その隣に寄り添うように立ち、サスケへと声を掛けた。

 

「サスケ君も、大きな怪我が無くて良かったよ。猪鹿蝶のチームワークと言えば、木ノ葉でも有名だもの。チーム戦で勝っちゃうなんて、すごいなぁ。修業の成果だね」

 

 イズミの言葉にイタチも頷きを以て肯定し、「よくやったな、サスケ」と改めてねぎらいの言葉を掛ける。

 

「腕は折れてるんだけどね……」

 

(うちは一族にとって骨折とは大怪我ではないのか……?)

 

 骨折を大怪我扱いしていないように見えるうちはの者達に、カブトは困惑を内心に抱く。

 木ノ葉隠れの医療忍者の祖とされる綱手姫の全盛期すら越えると謳われる、医師カブトの腕を信頼しての言動ではあるのだが。

 

「兄さん……」

 

 改めてイタチから言われた言葉に、サスケは嬉しそうに口端を緩めたが、しかし活躍と言う活躍は出来ず、思い描いていた自分を兄に見せることは出来なかったので、少々複雑な気持ちではある。

 そんなサスケの気持ちには気づかず、イタチは隣に立つイズミに視線を向けて、微笑んだ。

 

「イズミも、サスケの修業を手伝ってくれていたからな。ありがとう」

 

「え、いや、そんなこと……、私はほとんど見てただけだよ? イタチ君にお礼を言われるほどじゃないよ」

 

「いや―――」

 

「そんな―――」

 

 妙に甘ったるい雰囲気で互いに譲り合う二人に、ここは神聖な医務室だぞと、カブトの額に血管が浮かびあがる。

 

「ああ! 兄さん!! 腕が! 腕が痛いよ!!」

 

 突如、サスケが折れた腕を抑え、強く痛みを訴えだした。顔を苦痛に顰め、身じろぎをしている。体が震えており、冷や汗も流れているようだ。

 

「サスケ君!? 大丈夫?!」

 

「サスケェ!! ―――カブトさん、サスケが!! サスケが痛がっています! なぜ突然……。まさか、やはり大怪我を負っているのでは!?」

 

「大怪我は負ってるよ。腕が折れているからね。だけど、他は特に。上手く受け身を取ったんだろうね。頭を打った様子は無いし、他は打ち身くらい、のはずなんだけど……。おかしいな……」

 

 突然痛みを訴えだしたサスケに、イタチが焦ったようにカブトへ質問を投げた。

 カブトは、「さっきから言ってるんだけど……」と内心苛立ちながらも、やはり弟を持つ兄の気持ちは分かるので、努めて安心させるための笑顔を顔に張り付けて、言った。闇に堕ちたノノウの隣で、恐怖に耐え笑顔を浮かべ続ける精神修業(苦行)を行い、精神力を培ってきたのは伊達ではない。

 それはそれとしてサスケの痛がり方が尋常ではないので、触診しつつ、カブトは痛みの発生源を探し始める。チャクラの流れも先ほどと変わった様子は感じられない。乱れているのは、折れた右腕の経絡系だけである。痛みもそれほど感じないように処置を施しているはずだが―――しかし、それでも痛いのであるならばと、カブトはサスケの神経系に自身のチャクラを流し込み、サスケが感じているだろう痛みを遮断した。

 

「兄さん! 腕が!!」

 

 しかし痛みが引く様子が無い。そこでカブトは気づいた。

 

 ―――こいつ、仮病使ってやがる。

 

「サスケェ!!」

 

 取り乱すイタチ。

 カブトは呆れてため息を吐いた。

 

 ちらりと、サスケがイズミへと細目を向ける。

 そう―――サスケはイズミと仲睦まじい様子を見せるイタチの気を引くために、大げさな演技をしているのである。

 イズミはそれに気づき、「この子―――!!」と、いやらしいことをするサスケに軽蔑と怒りの視線を―――向けはしなかった。それどころか、「サスケ君はお兄ちゃんが大好きだもんね」と、ほわほわとした微笑みを以てそれを見守り、貫録を見せつける。

 器の違いを見せつけられたサスケが、悔し気に歯ぎしりをした。

 

「大丈夫だね。サスケ君」

 

「はい」

 

 怒気を滲ませるカブトに怯えながら、サスケが返事をする。

 カブトは考えるのを止め、静かに席を外した。カブトを引き留めるイタチの声が聞こえた気がしたが、カブトは振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 第三試合。

 木ノ葉隠れの里、第一班―――千手止水、うずまきカリン、次郎坊。

 岩隠れの里”三代目土影”両天秤のオオノキの孫、黒ツチ率いる岩隠れチームとの戦いは、呆気なく幕を下ろした。

 

 カリンと次郎坊が封印術で最大戦力たる黒ツチの動きの悉くを妨害しているうちに、シスイが残り二人を戦闘不能にし、その後も同じくシスイが黒ツチを討ち取ったのである。

 シスイが使ったのは、瞬身の術のみ。敵に俊足を以て近づき、攻撃を放つ相手の動きをまるで見通すかのような動きで紙一重で避け、急所への一撃を以て地に沈めた。

 オオノキの孫である黒ツチは、土遁による土の鎧を纏いシスイの攻撃に対して粘りを見せたが、結果的には腹部へ受けた一撃を以て戦闘不能に追い込まれている。

 

 シスイは黒ツチの頑強な土の鎧―――その弱所とも言える守りの薄い部分を見極め、そこへ強烈な一撃を叩き込んで鎧を破壊した。その後、黒ツチの剥き出しの鳩尾へと掌底を叩き込み、勝負はあっけなく決した。

 その場で意識を失い、力なく崩れ落ちた黒ツチを、シスイは優しく抱き留めて横抱きに抱えると、駆けつけた医療班の担架へ優しく載せて、運ばれていくのを見送った。

 

 ―――そして、観客席。

 テンテンといのが黄色い悲鳴を上げてシスイを賛美し、シカマルは「オレらの一期上やばすぎるだろ」と口元を引きつらせた。チョウジはお菓子を食べている。

 ネジとリーは無言のまま拳を力強く握り、シスイへ闘争心の溢れる視線をぶつけている。

 鬼童丸たち孤児院の兄弟たちは、相変わらずの強さに苦笑いである。

 

 そんな中、先の試合の後、弟子の勝利をカカシに自慢しに来て、そのままカカシの隣に座って観戦をしていたガイが、シスイに視線を向けたまま、カカシへ「見えたか?」と、短く問うた。

 いや、とカカシは首を振る。

 

「五代目の実子だ。弱いはずが無いとは思っていたが、これほどとはな……。努力だけでどうこう出来る次元じゃない。やはりあの子、天才か……」

 

 カカシは解放した写輪眼を驚きに揺らしながら、驚愕に眉を顰めて頷き、感嘆の言葉を口にする。

 

「写輪眼を使っているようには見えなかった……」

 

 感嘆と驚愕を滲ませながら、カカシが言った。

 

「オレにも、写輪眼の使用は確認できなかった」

 

 ガイがカカシの言葉に頷いて言う。

 

「ガイにもか? ではやはり写輪眼を使ってない……。写輪眼なしで、あのレベルの見切り(・・・)か……。こりゃもしかすると、あの子は、当時のオレ(・・・・・)より強いかもね」

 

 戦時中、カカシは岩隠れの戦線に、ガイは雲隠れの戦線に配置されていた。同世代では抜きんでた強さを誇った二人は、若くして上忍位を授かり、前線にて闘っていた。

 カカシ達の世代は、戦時下に生まれ、戦時下で育った。今の子供たちや、はたけサクモを除いた畳間たちの世代と比べても、カカシ達の世代の者達は皆が皆、かなりの実力者揃いであり、二人はその中でも抜きんでた強さを誇った。当時、忍界全土を見渡しても、カカシとガイに勝てる同世代の忍びは存在しないに等しいほど、二人の実力は抜きんでていたのだ。

 そのうえで、千手止水は、その上を行く。それが、カカシのシスイへの評価であった。

 

「しかし、さすがに写輪眼を全く使っていない、なんてことはないはず。あの動きは瞳術を使っていなければ、まず不可能なものだ。とすれば本選に向けて写輪眼を温存しているのか? オレ達も気づかないほどの一瞬だけ使用したとすれば……辻褄は合うか……?

 チャクラの消費を抑え、ライバルへの情報開示と自身の消耗を最小限に抑えた……。だとすれば、全開で写輪眼を使ったとき、あの子の全力は一体どれだけの―――」

 

 岩隠れの下忍たちも、決して弱くは無かった。ナルトたちと戦えば、いい勝負をしただろうと思える程度には、実力があった。それが、一撃で戦闘不能に追い込まれている。

 カカシの写輪眼でも、あれだけの見切り(・・・)は難しい。例え見抜けたとしても、動き回る”弱所”を的確に打ち抜くのは至難の業だ。五代目火影の右腕、二代目白い牙と異名を取るほどに極めた今でさえもそうなのだから、およそ13年前の若き日のカカシに出来るはずが無い。

 そもそも、シスイが見せたあの戦い方は写輪眼というよりも、白眼―――日向の柔拳の領域に近い。

 それを写輪眼で行ったのだとすれば、どれほどの瞳力を備えているというのだろうか。しかも、写輪眼を使っていたとしても、それは上忍たちですら認識できぬような一瞬の時だけである。それが最初から最後まで写輪眼を発動させて戦ったとすればどうなるか―――カカシにも想像がつかなかった。

 この若さであの強さ。末恐ろしいと、カカシは思った。

 

「―――カカシ」

 

 驚愕するカカシに、その隣に座っていた畳間が声を掛ける。

 その表情は申し訳なさそうな、しかし息子が褒めちぎられてひどく嬉しそうな、色々な感情が入り混じった気色悪いものだった。

 

「色々考えているところ悪いんだが、外れだ。シスイは写輪眼を開眼していない」

 

「え?」

 

 カカシの動きが驚きで止まる。

 

「そもそも、写輪眼とは肉親などの親しい者の喪失や離別、それと同等の哀しみを抱いたときに発現するものだ」

 

 そんなことを畳間が許すはずもない、と言うことである。

 

「ですが……あの強さは……」

 

 しかしそれでは説明がつかないと、カカシが口ごもる。

 あの見切りは、よほどの眼力―――白眼や写輪眼が無ければ、難しい。あるいはガイであれば可能であろうが、ガイは木ノ葉隠れの里、最強の体術使い。戦争と言う地獄のような実戦と、三途の川で潜水をするような修業を経て、ようやくたどり着けるような境地である。いくら天才とはいえ、実践の乏しいシスイたちの世代が、そのレベルの眼力を、写輪眼すらない素の状態で身につけられるとは到底思えないし、まずありえないことだ。

 

「オレも気づいたのはあの子が下忍になってからで、正確に把握しているわけじゃないんだが……」

 

 仮説だがな、そう前置きをして、潜めた声で畳間が続ける。

 

「アカリが、シスイを身籠っているときのことだ。アカリはずっと、ある術を発動していた。まあ、今もなんだが、恐らく、それが原因だと思う」

 

「ある術、ですか? 胎教に良い術なんてありましたかね」

 

 ガイが呑気な様子で言った。

 

「―――まさか!!」

 

 一方、畳間のその言葉だけで正解に辿り着いたカカシは、あまりの驚きに思わず立ち上がり、両目を見開いて観客席の下―――退場しようとしているシスイへと視線を向ける。

 

「五代目!! まさかあの子は―――!!」

 

「カカシ、声がでかい。あまり広めたくないんだ」

 

 唇を震わせるカカシに、畳間は唇の前に人差指の立てるジェスチャーをしながら、声量を抑えるように諫める。

 

「あ、すみません」

 

「カカシ、なんだ一体。そんなにすごいのか?」

 

 立ったり座ったりするカカシに、ガイが困惑を滲ませて言う。

 カカシは、事の重要さに気づいていないがゆえに呑気な様子のガイに苛立ったが、深呼吸をして、気を落ち着かせる。

 

「五代目、良いんですか?」

 

「ガイなら良いぞ。いずれお前たちには話すつもりだったしな」

 

 それが事実なら、外部に漏れるのはあまりに危険だ。

 カカシは畳間に確認し、畳間はガイならばと了承する。

 

「ガイ……。五代目が言ったように、これは他言無用だ」

 

「分かったから、早く教えてくれ」

 

 もったいぶるなと、ガイが言外に言う。

 カカシは深呼吸し、ひどく声を潜めて、ガイに耳打ちするように言った。

 

「ガイ。あの子は、仙術を使える(・・・・・・・)

 

「……は?」

 

 ガイの思考が停止する。

 カカシの導きだした答え。それは、千手止水は仙術の使い手である、というものだった。

 シスイがまだアカリのお腹にいるころから、アカリは常日頃仙術を使用していた。十月十日、仙術チャクラに包まれて育ったシスイは、千手譲りの強靭な肉体と経絡系、うちは譲りのチャクラコントロール技術を以て、生まれながらにして息をするように仙術チャクラを練り上げることが出来たのである。

 シスイのそれがアカリの仙術チャクラとあまりに似通っていたことと、仙術チャクラが身近にあることが当たり前になり過ぎていて、畳間たちも気づけなかった。

 

 ―――同年代と比べれば、すべての術が桁違い。印を結ばずに掌仙術を発動することが可能で、自他ともに治療することが出来る。仙術による察知能力により体術の技術も桁違いであり、綱手譲りの剛力も持つ。

 超級のオールラウンダー。

 

 ―――やっぱり千手とうちはのハーフだからか、うちの子はすごいな。爺さん(柱間)似かな? (オレ)に似なくてよかった。

 

 ―――シスイはすごいなぁ!! さすがは私たちの息子! うちの子は天才だぁ!!

 

 馬鹿親たちが修業を付けた際、シスイがその年齢にそぐわぬ桁違いの実力を見せた際の、それぞれのスタンスである。

 シスイの異常さを知ったのは、シスイの担当上忍が「うちはと千手のハーフだから特殊なのかと思ってましたけど、さすがにこのチャクラの質はおかしいですよ!!」と畳間に直訴して来たからである。

 

「あの子は、当時のオレより遥かに強い」

 

 畳間は言った。

 木ノ葉隠れ最強の忍者となったがゆえに、こう言えば言われた者がどれくらい強いのか、皆がなんとなく想像できるだろうという配慮である。下忍時代の実際の畳間は精神的に未熟なうえに障害のせいで大した実力も無く、口ばかりの小僧だったが、それを知る者はほとんど世を去っているので、ものは言いようである。

 この夫婦は―――と、そういう言葉を聞くたびに、相談役の二人は内心思っている。

 

「で、では……あの、決戦で五代目が見せられたあれも……?」

 

 ガイが言う。

 忘れようとも思わないが、忘れたくとも忘れられない、あの千の手を持つ背中。あれを畳間の息子も使えるというのならば、木ノ葉は末永く安泰である。

 しかし、畳間はそれを否定する。

 

「いや、あれは木遁だから、シスイには使えない。さすがにな。シスイはオレ……いや、初代の木遁は受け継いでいないんだ。もしかすると、素養はあるのかもしれんがな」

 

 畳間が木遁を使えたのは、千手の肉体にうちはの魂が宿っていたからだった。千手一族に伝わる木遁は、数世代に一人のみ現れる突然変異のようなものであり、その内実は水、土、陽のチャクラを合わせた血継淘汰に属するものだ。

 遡れば六道仙人に辿り着く二つの一族の力を併せ持った畳間は、その幼少期から木遁の才の片鱗は見られていたが、しかし決定的なものが欠けていたがゆえに、それを自在に操ることは出来なかった。シスイも素養はあるのかもしれないが、やはり決定的なものが欠けているがゆえに、木遁を使うことは出来ない。

 畳間が木遁を使えるようになったのは、その欠けていた”決定的なもの”が、手に入ったからである。それこそが、”初代火影”千手柱間の膨大なチャクラによって創造された、畳間の新たな心臓だった。

 畳間たちは知る由もないことだが、木遁を使うには、先に述べた三つのチャクラのみでもまだ足りない可能性がある。さらにもう一つ、特殊なチャクラが必要となり、名づけるのなら血継臨界とでも言おうか、祖より受け継がれる特殊な術が、木遁なのだ。

 

 舞台から退場する間際、シスイが父へと手を振り、畳間は笑みを以て手を振り返す。気づいた香憐も狂ったように飛び跳ねて畳間に存在をアピールし、畳間は苦笑しながらも、愛らしい娘に手を振った。

 

 そして子供たちを見送って、己の傷だらけの手に目を向ける。

 愚かなことだが―――かつての自分に、シスイほどの力があればなどと、そう思ったことは無いでもない。失敗ばかりの半生に、よりよい選択が出来たのではないかと、夢想しないでもない。

 しかしだとするならば、精神的に未熟だった畳間はきっと調子に乗り、そしてその強さがゆえに誰にも止められないままに、闇の道へと進んでいた可能性が高い。あるいは里を抜け、穢土転生を乱用し、憎しみのまま暴れまわり、木ノ葉崩しなどという愚かなことにすら、手を染めていたかもしれない。

 

 ふとしたときに思い出す幼少期の記憶と、言い得ぬ寂しさ―――失敗し、血に濡れた道を歩いてきたがゆえに、今がある。後悔ばかりの道程だったからこそ―――今の日常がこれ以上無いほどに幸福なのだ。だからこそ、今は決して壊させはしないと、この胸に黄金の決意を抱かせるのだ。

 子供たちが、親と同じ苦難の道を歩んでしまうことが無いように。これまでの過ちで学んできたことを活かす―――それこそが、自分が多くの失敗をしてきた意味なのだろうと、畳間は思っている。

 

 息子の晴れ舞台。

 よく泣いていた息子のおしめを、畳間はおっかなびっくり変えたことを思い出す。その及び腰を感じ取ったアカリに大笑いされたことも。

 血の繋がらない兄弟が増え、結果的に親の愛が分散することになったシスイが寂しい思いをしないように、色々と努力してきたが―――寂しい思いをしたくなかったのは、きっと畳間も同じだった。そんな繊細な思いを、シスイはきっと、仙術によって感知していたのだろう。同時に、両親の抱く、溢れんばかりの愛も。

 親は子を育て、子は親を育てる。畳間が平和の実現と維持に身命を賭せたのは、きっとシスイがいたからだ。里の家族ももちろんだが、この子を守るのだと、強い決意があった。

 だからこそ―――シスイは優しく、時に厳しく、大きな男に成長してくれた。畳間が憧れ、しかし成れなかった敬愛する大好きな人の姿を彷彿とさせる、そんな大きな男に成長してくれた。これまでも、そして、これからも。親として、その姿が誇らしい。

 

 ―――年を取ったからか、少し、涙脆くなったな。

 

 そんなことを思いながら、畳間は静かに空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 そして始まる、第二試験第四試合。

 

砂隠れの里―――我愛羅、テマリ、カンクロウ。

 vs

木ノ葉隠れの里第十六班―――鬼童丸、多由也、右近(左近)

 

 戦いは、結果から言えば、砂隠れの勝利で幕を閉じた。

 砂隠れの勝因は、相性。

 

 音による幻術を得意とする多由也は、開幕砂隠れの下忍たちを幻術へと誘ったが、突如幻術を解いた我愛羅によって解放されたテマリの風遁・かまいたちの術によって戦闘不能にされた。

 近接戦を挑み、触れた相手に寄生しダメージを宿主へと還元する奇襲戦法を得意とする右近(左近)の魂の双子は我愛羅の砂による絶対防御を破ることが出来ず、同じく我愛羅によって解放されたカンクロウによって傀儡の中に捉えられた。

 残った鬼童丸は距離を取り、自身の特異体質によって生成した強靭な糸を、蜘蛛の巣のように張り巡らせ、空中に足場を作り遠距離戦を仕掛けた。しかし、多由也の幻術で翻弄し、右近(左近)の近接戦で翻弄して時間を稼ぎ、無数の糸を束ね、一撃必殺の威力を誇る矢を放つ―――フィニッシャーとしての役割を担う鬼童丸にとって、一人で戦うことはあまりに負担であり、やがては追い詰められて撃ち落とされた。

 鬼童丸の真髄は奇襲であり、開けた場所で正々堂々勝負―――という状況を強いられる今回の試験では、本領を発揮することが出来なかったのである。

 

 そうして第二試験が終わり、本選への出場選手が決定した。

 岩隠れからの受験者が全員敗退となったことで、オオノキは酷く落ち込んだが、一方で羅砂は畳間の養子たちに快勝した自分の子供たちに鼻高々である。

 

 勝ち残ったことへの賞賛と、次の試験の開催日時を試験官より伝えたられた受験生たちは、各々帰路へと着き始める。

 医務室へ運ばれた者達も、目覚め次第帰路へ着くだろう。

 会場から受験生たちが消えた後、畳間は試合場へと降り立ち、試験官―――月光ハヤテをねぎらった。病的な顔色のハヤテは、こほこほと乾いた咳をしている。

 畳間は心配の言葉を口にしようとするが、以前、顔色の悪い後輩を心配してそれを口にした際、生まれつきだと言われてちょっと気まずかったことを思い出し、思い留まった。

 

 この合同中忍選抜試験が終わったら結婚するんです―――なんて、火影直轄の暗部に所属している彼女のことを嬉し気に話し始めたことも、気にしないことにした。

 

 

 

 

 数日後。

 木ノ葉隠れの里の演習場。

 カカシに呼び出され、第七班の子供たちが集まっている。

 

「まずは、第二試験突破おめでとう」

 

 カカシの言葉に、子供たちは思い思いに言葉を返し、用件を聞いた。

 本選まで一か月。修業の時間は限られており、つまらないことで呼び出されては堪らないというところだろうか。特に実力不足を痛感しているサクラは、なんとか格上の下忍たちに食らいつこうと思い、必死である。第一試合で気絶していたため、その後の試合を知らないが、やはり一撃で戦闘不能となったことは気にしているようである。

 第二試合以後を見ていれば、あまりのレベルの差にサクラは辞退していたかもしれないが、見ていないので本選出場の意欲はある。それが良いか悪いかは分からないが。

 闘争心が滾っているのか、張り詰めた様子の子供たちに、カカシはいつもの調子を崩さず、宥めるようなことを言う。

 それが余裕の無い子供たちにとって癪に障るようで、機嫌はみるみる悪くなった。

 

「あれ、いいの? そんな態度で。オレの術をいくつか教えてやろうと思ったのに」

 

「カカシ先生大好き!!」

 

「カカシ先生、尊敬してます!!」

 

「はよ教えろカカシ」

 

「サスケ、お前。そこはナルトとサクラを見習いなさいよ……」

 

 敬愛する兄との修業時間を削ってまで来ていることで、サスケとしては未だ苛立ちが収まらない様子。もしかすると今もサスケから兄を奪わんとするお姉さんと、兄が一緒にいるかもしれないのだ。綺麗なお姉さんだし優しい人だし美味しいものもくれるし割と好きだが、それはそれである。大好きな兄と親しい様子を見せる女性に対して、たいした敵意を抱けないところを見るに、その根の善良さが伺えた。

 

「じゃあ、まずはサスケね」

 

 カカシがゆっくりと、印を結んでみる。

 

「―――雷切」

 

 鳥の鳴くような音が響き渡り、カカシの手を纏うように雷光が迸る。

 

「何度か見せたことはあると思うが、正式にサスケに教えてやる」

 

 雷切―――正式名・千鳥は、雷遁による肉体活性の術。かつてカカシの父サクモが忍刀を媒介に使用していたものを、自身の肉体のみで扱えるようにした、カカシのオリジナル忍術である。

 汎用性や肉体強化の強度では雷影の肉体活性に劣るが、むき出しの雷をそのまま纏う性質上、少しでも触れれば敵は感電し、動きを封じることが出来る。あまりの速さゆえに、写輪眼レベルの動体視力を持たねば扱えない術であるが、写輪眼を持つサスケであれば問題は無い。サスケの得意とする性質変化が火と雷であることは既に知っている。カカシとしてはピッタリの術だと思っているが―――。

 

「体から雷出すやつも教えてくれ」

 

 もっとくれと、サスケが言った。

 

「紫電も? お前あれは一か月そこらで―――」

 

「教えてくれ。頼む」

 

 サスケは思い出す。火遁は範囲と殺傷力は高いが、チョウジの回転には通じなかった。雷の感電であれば、あの突撃も止められたと、サスケは思ったのである。

 そして口には出さないが、もう一つ。それは、カカシの千鳥の殺傷力の高さである。何も殺さずとも、敵を戦闘不能に出来るならば、その方法もあった方が良い。サスケはそう思った。

 

「……分かった」

 

 班対抗では勝利した。だが、個人では敗北した―――サスケはそう思っている。兄と修業し、親戚のお姉さんとも修業をしたのに、あの様だった。サスケは、あまりにも悔しかった。

 その悔しさを感じたのだろう―――カカシは静かに頷いた。

 

 そして、ナルトとサクラへと視線を向ける。サスケに紫電を授けるとするならば、ほぼ付きっきりとなる。少なくとも、どちらかの修業は見られなくなるだろう。

 そして、ナルトとサクラ―――どちらかを切り捨てるとすれば、ナルトになる。カカシも申し訳なさは感じるが、是非もない。

 

 ナルトは二人のおかげとはいえ、快勝したこともあり、それほど変わった様子は無い。修業に対する姿勢は以前より堅実なものとなったとは感じるが、それくらいだ。

 向上心があるのは間違いない。波の国での戦いで圧倒的な力の差に多少の悔しさを感じたことも確かだろう。それはその後の、修業への姿勢で分かっている。

 しかし一方で、他二人に比べると、強さへの渇望が感じられない。

 上には上がいることを理解し、必要以上に焦らないことは美徳であり、忍者としての己を保つには、確かに必要なものだろう。

 しかし、現時点の伸びしろで言えば、他二人の方があると、カカシは見ている。それは才能などよりも、意欲と執念の問題だ。今、同じ修業を三人に同時に課したとすれば、伸びしろが最も少なくなるのはナルトだろう。影分身の応用で、教えたことは効率よく身に着けるだろうが、そこに伴う精神的な成長は、恐らく二人に大きく劣る。

 甘えん坊で気の抜けたところはあるが実力は本物で、視野もそこそこ広い。夢を持ち、そこへ進もうとする意欲もある。だが、それでも何かが足りない。カカシのナルトへの評価はそんなところである。

 

「サクラ。お前にはいくつか幻術を教えてやる。お前はもともと幻術タイプだしな」

 

「はい!」

 

 元気よく返事をするサクラに満足げに頷いて、最後、ナルトへ視線を向ける。

 

「あのさあのさ。オレは? オレには何を教えてくれるの??」

 

 自分を指さして、期待に胸を膨らませているナルトに、カカシは言った。

 

「ナルト、すまないが―――」

 

 カカシの言葉の途中でその意図を悟ったのだろう。

 ナルトの表情が天国から地獄、満面の笑みからムンクの『叫び』くらいまで激変した瞬間―――その男は現れた。

 

「カカシ。そいつが、ミナトの息子かのォ? いやあ、おっきくなった!! 最後に見たのはこんな小さいときだったからのォ!!」

 

 こーんな、と言いながら、親指と人差し指で小さく間を作って見せ、豪快に笑う白髪の大男。

 

「じ、自来也様!! まずいですよ!!」

 

 無意識に言ったのだろう。

 ナルトがミナト―――四代目火影の息子だと口にしたことを、カカシは焦りを以て咎める。

 自来也も自分の過ちに気づいたのか、両手で口を塞ぎ、顔を青ざめさせる。

 

「自来也って、あの三仙の自来也様!? すごい、本物!? ―――今、ミナトの息子って……」

 

 伝説に謳われる凄腕の忍者の登場に興奮したサクラだが、その明晰な頭脳は自来也の失言を聞き逃さなかった。

 

「ああ、確かに言ったな。だが、ミナトと言えば、四代目火影の名だ。その息子がここにいるってことはつまり―――」

 

 サスケが戸惑ったように言ながら、その最中に気づいたのだろう、驚愕の表情でナルトへと視線を向ける。サクラもまた、その驚愕の事実に目を丸くして、ナルトへと視線を向けた。

 もはや隠し切れぬとカカシは頭を押さえ、自来也はさらに顔を青ざめさせる。 

 

 ”四代目火影”波風ミナト。その名は、アカデミーの授業で習う名だ。九尾事件を解決した、木ノ葉隠れの里の英雄。畳間がその名を風化させぬようにと、自身を除く歴代火影に関する授業をカリキュラムに組み込んでいるのである。

 

「た、畳の兄さんに殺される……」

 

 久方ぶりの里。女湯を覗き、老婆だらけの景色に気落ちして帰る最中、ふと懐かしくなって足を運んだ演習場にいた見知った顔(カカシ)と、世を去った弟子の当時の面影を感じさせる子供の姿に、気が緩んでしまっていたようだ。

 

「い、今のは―――」

 

 忘れろと続けようとした自来也の眼に、にやりと、笑うナルトが映り込んだ。


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