綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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誰に似た

 木ノ葉隠れの里、火影邸の大広間。奥に座す”五代目火影”千手畳間の前に、下忍を受け持つ里の上忍たちが揃っており、さらに三人の上忍が前に出ている。

 はたけカカシ、猿飛アスマ、夕日紅。今年度の下忍たちを担当する者達である。

 畳間が値踏みするように、三人へ視線を送る。

 

「言うまでも無いことだが、形式上では8つ以上の任務をこなしている下忍であれば、お前たち担当上忍の意向で試験に推薦できる。だが……これは三代目火影の時代に生まれた形式だ。それは、お前たちも知っているな?」

 

 三人が頷いたのを見て、畳間が続ける。

 

「三代目火影……。オレの兄貴分であった猿飛ヒルゼンの治世から15年。そして戦争が終わり12年の時を経た今、お前たちのころと比べると、今の下忍たちの平均値が幾分か落ちていることは明白だ。ここ数年は、規程の倍以上の任務をこなし、忍びのイロハを身に着けてから、試験を受けるのが通例となっている。オレの子(シスイ)も、そのようにさせた。ガイ、お前のところもそうだな?」

 

 上忍たちの集まりの中にいるガイに畳間が問いを投げ、ガイが前に出て頷いた。

 

「ええ。木ノ葉の忍者の真価は”結束”にあります。下忍になって日が浅い状態で、その真価を発揮することは難しいでしょう。私の部下は仲が良く、師としては嬉しい限りですが……”仲が良い”ことと、”チームワーク”は似て非なるもの。即興のチームで中忍試験を受けるには、不安が多い……。急ぐことは無いと判断しました」

 

 うむ、と畳間は机を指先で小さく鳴らす。

 ガイ班の場合、ガイが一番目を掛けている下忍(・・・・・・・・・・・・・・)が、一年目で中忍試験を受けるには実力が足りなかったということも理由としては大きいが、畳間はそれは口にせず、話を続ける。

 

「早急な成長を期待する大人のエゴは、子供の基礎を殺す。子供たちの性質を見極め、着実な成長を促すことは大切だ。ゆえに心を鬼にして、背伸びをしたい年ごろの子供たちの足を地に付けさせるのも、大人の役目だろう。 

 だが、背伸びをしたいというならさせてやろうと、地面ごと思い切り突き上げてやるのも悪くはない。失敗すれば大怪我だが、上手く嵌まれば、一段も二段も”先”へ進めるだろう。オレの弟子たちは皆そうだった」

 

 カカシが顔を顰める。

 背伸びをするつもりも無かったのに地面ごと突き上げられて木の上に乗せられたカカシからすれば、異論申し立てたいところである。

 

「まあ……ちょっとやり過ぎたことも無くは無かったかな……? うむ……」

 

 畳間の眼の前を、一匹の小さな虫が苛立たし気に飛んで行ったので、畳間は少しだけ訂正を入れた。意欲が無い者を突然谷に突き落とすことが一番の問題なのだが、今はもう過去の話である。

 

 一方で、ガイは頷いていた。ガイはあの厳しかった修業の日々を有益なものだったと受け止めているし、意欲がある者の育成に対しては有効な手法だと考えている。実際ガイは意欲ある愛弟子に対しては、かなり過酷な修業を課している。意欲がある弟子、というところが重要だ。

 

「まあ、なんだ。つまり何が言いたいかと言えば、その子供に合った育て方が一番と言うことだ。北風が必要な子がいれば、太陽を欲する子とている。さて……話を戻すが、カカシ、紅、アスマ。先ほどの言葉に相違ないな?」

 

「はい」

 

 異口同音。

 三人は各々の”名”を以て、担当する下忍たちを中忍選抜試験へと、改めて推薦した。

 

「うむ……」

 

 畳間が呟く。

 

「今年の下忍は、オレと縁深い者もいる。だが、今はお前たちの部下だ。あの子たちのことを一番理解しているのは、担当上忍であるお前たちだろう。オレはお前たちを信頼して子供たちを任せた。そのお前たちが太鼓判を押すのであれば―――」

 

「待ってください! 五代目様、ひとこと言わせてください!」

 

 否を唱えたのは、今年度の下忍たちを担当していた、うみのイルカである。イルカは中忍ではあるが、下忍たちの先生であったということで、特別に参列の許可を得ていた。

 イルカは上忍の集まりから歩き出て、カカシ達から少し離れた場所で立ち止まると、畳間に発言の許可を求める。

 

「火影様の言葉を遮るとは何事か!!」

 

「……構わん。イルカ、続けろ」

 

 畳間の言葉を遮ったイルカに憤りを見せる壮年の上忍を、畳間は手で制する。その後イルカへと視線を向けて、話を促した。

 

「差し出がましいようですが、今名をあげられた者たちのほとんどは、アカデミーで私の受け持ちでした。確かに、皆才能ある生徒でしたが、しかし試験を受けるには早すぎます!」

 

 憤る様に訴えるイルカの言葉に、「五代目様」と、カカシが反論を示す。

 

「私が中忍になったとき、私はナルト(・・・)よりも年下でした。上忍になったのは、今のナルトと同い年のころ。問題はありません」

 

 イルカを見もせず、カカシが畳間に言った。”ナルト”と名指しで言ったところから、カカシはイルカが何を言わんとするのかを、察しているようである。

 

「その時は戦時下だったでしょう!?」

 

 語気荒くイルカが言う。

 畳間は愛弟子と養子の論争が始まったことに内心息苦しさを感じながらも、黙して続きを促した。

 

「あの子たちは確かに才能があります! ですが、まだ幼い! 平和な時代だからこそ、もっと場数を踏ませてから―――」 

 

平和な時代だからこそ(・・・・・・・・・・)です。北風に吹かれなければ、育まれない強さもある。私の部下(・・・・)たちは、一度強烈な”北風”に吹かれました。そのためでしょう……あの子たちは成長に意欲的で、私にも率先して教えを請い、自主的にも修業に励んでいます。あの子たちの情熱が冷めぬうちに、多くの経験を積ませたい。この機会を逃せば、次は一年先になる。それは、子供たちにとってはあまりに長い時間です。鉄は―――”熱”が冷めないうちに打たねば育ちません。そして他ならぬあの子たちに、その意志がある」

 

「ですが―――」

 

「―――口出し無用」

 

 なおも言い縋ろうとするイルカの言葉を、カカシがぴしゃりと跳ねのける。

 

「あの子たちは、もはやあなたが育て導くべき生徒ではない。今は―――私の部下です」

 

「っ……! ですが、ナルトはオレ(・・)の―――」

 

「イルカ」

 

 ―――弟です。

 

 イルカの名を呼び、畳間はその先に続くだろう言葉を制した。

 元担任教師として意見を述べるなら、畳間はイルカを止めることはしない。それもまた、客観的な意見だからだ。しかしそれ以上は公私混同になる。そうなれば、場を仕切る長として、畳間はイルカを叱責せねばならなくなる。

 イルカは弟思いで生徒想いの、良き兄、良き教師として成長した。畳間はそれを嬉しく思うが、しかしそれは”卵”たる生徒へ向けるべき愛護の心だ。今、自ら巣立とうとする小鳥たちに対して必要なのは抱擁では無く、その意志を見守ることだろう。

 

 いうなれば、立場が違う。

 あるいは逆の立場―――例えばアカデミーの生徒に対し、「早く下忍に上げるべきだ」とカカシが言うのであれば、それを否定するイルカの弁論に軍配が上がったことだろう。

 

五代目様(たたみまさん)……」

 

 救いを求めるような目を向けて来るイルカに、畳間は首を振って見せる。

 畳間の意図を察し、イルカは不承不承、歯を食いしばって拳を握りしめ、悔し気に俯いて言葉を呑み込んだ。

 畳間は椅子から立ち上がってイルカの傍に近づき、ぽんぽんとその肩を優しく叩いた。

 

 

 

 

 

 

 急にカカシに呼び出され集まったナルトとサスケは、そわそわと落ち着かない様子のカカシへ、引き気味に視線を向けていた。

 まるでサプライズプレゼントを用意して、それを贈るときを今か今かと待っているときの、それぞれの両親(フガクやたたみま)のようであった。

 少し遅れて来たサクラの合流を待ってから、カカシは懐から三枚の紙を取り出し、それぞれに手渡した。

 

「あー、突然だが。お前らのことを、中忍選抜試験に推薦しておいた」

 

「……ほんとぉ?」

 

「ほんと」

 

 ナルトの言葉をオウム返しに、カカシは懐から三枚の紙を取り出し、ナルトたちへと配布する。

 三人は訝し気にカカシから紙を受け取る。それが中忍選抜試験への志願書であることを理解した途端、サスケとナルトは、感極まったように、カカシへと飛びかかった。

 

「カカシ先生大好きだってばよー!!」

 

「カカシィ!! よくやったぁ!! さすがオレの先生だ!!」

 

 抱き着いてきた二人を受け止めようとはせず、華麗に躱したカカシは、動じた様子も無く、話を続ける。

 

「そういう暑苦しいのはガイだけで良いから」

 

「それはつまり……。カカシ先生を抱きしめていいのは、ゲキマユの兄ちゃんだけ……。そういうこと(・・・・・・)だってことだってばよ?」

 

「ん? 今なんて言った? もしかして中忍試験を受けたくないって言ったのかな?」

 

「いえ、何も言ってません!!」

 

 冷たい目をカカシから向けられたナルトが、背筋を伸ばして敬礼をして見せる。

 カカシは細めた目線を、ナルトから外し、話を続ける。

 

「……ま、推薦したと言っても、強制じゃあない。受験するかしないかはお前たちが自由に決めていい。受けたい者だけその志願書にサインして、そこに書いてある場所へ、指定の日時に来てちょーだい」

 

「……でも、どうして? そんな急に……中忍だなんて……」

 

 サクラが困惑した様子で問いかける。

 カカシは困ったような様子で、自身の後頭部に手を当てて摩った。

 

「……波の国の一件のことでな。火影様に応援を要請していたとはいえ、オレがだらしないばかりに、お前たちに怖い思いをさせたことは事実。謹慎してた間、お前たちにも不自由を掛けた。ま、お詫びみたいなものかな」

 

「そんなこと……」

 

 サクラが戸惑うように言う。

 

「ああ、かっこよかったぜ、カカシ。まあ、兄さんの方がかっこいいんだが……」

 

「はは、ありがと」

 

 ―――お前たちを止めるべきだった。

 

 とは、カカシは口にしない。

 子供たちの誰かを助けたいという気持ちは、尊いものだ。平和になったとはいえ、やはり忍びとは死と隣合わせの生業。上に行けば行くほど、情を切り捨て、掟と任務に身を捧げねばならない場面が出て来る。

 

 そんなとき、心を殺し刃と成り非情に徹するか。

 あるいは後にずっと苦しむことになったとしても、”心”を抱いたうえで、己が刃を振るうのか。

 

 この子たちもいずれ、その選択に直面する時が来るだろう。たとえ苦しい道であろうとも、忍者の先達として、子供たちが後者の道を選ぶことを、カカシは祈る。

 ゆえにカカシは子供たちが苦しんでなお、心持つ刃―――”忍者”として生きてくれるように、その想いを否定することはしない。それがたとえ、”心を殺す”教育をすることより、残酷な道だったとしても。

 

(父さん……。思ったより、”子”を持つってのは、難しいね……)

 

 イルカが言っていたことも、その心情も、カカシは分かっている。

 イルカは九尾事件で親を亡くしている。天涯孤独となるところを千手畳間に拾われ、そして多くの家族と共に青春を過ごすことが出来た。失う苦しみと、家族とともにある幸せ―――二つを知るからこそのイルカの言葉は、父を戦争で失ったカカシにだって理解できる。可能であれば、これまでのような穏やかな任務を続け、心を育んでもらいたい。

 だが、そうは出来ない。うずまきナルトは、人柱力なのだ。その力を狙う組織が存在し、火影の右腕を自負するカカシですら守り切れないほどの強大な敵の存在も、明らかとなっている。オレが居れば大丈夫だと、そう断言できない己の弱さに歯噛みする。

 悠長に成長を待つ時間は無い。畳間より預かった部下を、四代目火影が遺した一人息子を、みすみす奪われるわけにはいかない。ナルトのことは、アカリに背負われ、おむつをしていたころから知っている。小憎たらしい小僧だが、それは愛情の裏返しでもあった。

 

 カカシの教えを受ければ、きっとナルトは強くなるだろう。しかし、それだけでは足りない。最後にモノを言うのは経験だ。いくらカカシが懇切丁寧に説明しても、一度の経験には及ばない。カカシは、この試験でナルトが中忍に成れるとは思っていない。しかし”戦い”の経験は、きっとナルトの成長を促すだろう。

 

「ちょっとしたアドバイスだが……中忍試験では毎年、だいたい最後は勝ち抜き式のトーナメントだ。他里も自里も無い、純粋な力量比べだな。今年は砂と岩との合同だから、その二里の下忍も多いだろう。その二里の”得意忍術”と対策くらいは、勉強しとくことをおすすめするぞ。それじゃあな!」

 

 カカシが消え、残された子供たちが互いに顔を見合わせる。

 

「中忍試験!!」

 

 サスケが強く拳を握る。これを越えれば、五代目火影の弟子入りは目前。俄然、やる気がわいてくる。

 やる気がわき過ぎて志願書を握りつぶしてしまい、サスケは慌てて開き、しわを伸ばした。

 

「……」

 

 少し考えるようなそぶりを見せたナルトが、皺くちゃになった志願書を大切そうにメモ帳に挟み、懐に仕舞っているサスケに近づいていく。

 

「なあ、サスケ」

 

「なんだ?」

 

「カカシ先生、トーナメントって、そう言ってたってばよ。他里も自里も無いって」

 

「そうだな」

 

「我愛羅って、覚えてるか?」

 

「ああ、何度か一緒に遊んだしな……。それがどうかしたのか?」

 

「あいつは強いってばよ。ちびのころは、オレよりも強かった。合同試験……きっと、あいつは来る。あの頃よりもずっと強くなって」

 

「……だろうな。腕が鳴る」

 

「でもさ、サスケ。オレは―――」

 

「だから、なんだ?」

 

「オレは―――お前と、闘いたい」

 

「……お前」

 

 ナルトの言葉。真剣な青い瞳。

 サスケの目が丸く見開かれ、武者震いを起こした。

 

 サスケは自身を下忍一と自称しながら、ナルトに総合力で劣り続けていた。

 イタチは焦るサスケを(なだ)め、競うなと諭し、サスケの長所を伝え続けていた。畳間から話を聞いた後、サスケは焦りを自制する力を手に入れ、イタチの指導の下、日々修業に励んでいる。目下の目標である、同年代のライバルを越えるために。そして、己の弱さに負けないために。

 

 悔しさは抱き。しかし焦りに呑まれず。目標へ向けて、耐え忍ぶ。いずれ火影へ至るため、サスケは敗北の苦渋に、耐え忍び続けて来た。

 アカデミーを卒業してから、自主練での組手で、サスケはナルトに勝ったことが無い。火影と言う一つしかない座を巡る、腹立たしく憎らしいライバルだ。ただでさえ目の上のたん瘤であるというのに、勝てないという事実、敗北の苦渋は、サスケの心をかき乱す。

 

 それでも―――サスケがナルトを嫌いになれないのは、うずまきナルトが、うちはサスケにとって最大のライバルであると同時に、尊敬に値する友人であるからだ。

 任務では助けてくれる。一緒に遊ぶと楽しい。共に行う修業では、言葉に出来ない何かが胸を熱くする。

 

 幼少期―――最初は半ば押し掛けるように絡んでいたサスケだが、いつの間にかナルト側からも近づいてくるようになった。チャラスケという思い出すと顔が赤くなって叫びながら走り回りたくなるような振る舞いをしていた期間は距離を置かれていたが、しかし気づけば、傍にいる。それはまるで兄弟のような、そんな不思議な絆を、サスケはナルトに抱いている。

 兄はオレだがなと、内心で思うサスケである。

 

 今はまだその実力差は明確であっても、サスケは日々の修業を糧とし、一歩ずつ前進している。その実感があった。

 そしてナルトが、「闘いたい」と言った。言ってくれた。

 修行でも無く、組手でもない。己の誇りと意地を掛けてぶつかり合いたいと、そう言った。それはナルトが、サスケをライバルとして認めているということの証明だった。

 

「ふん、首洗って待っとけ。ウスラトンカチ」

 

「そりゃこっちのセリフだってばよ。サスケちゃん」

 

 互いに尊敬と対抗心を瞳に燃やし、二人は反対方向へ、帰路へ着く。

 

「おい、ナルト」

 

 背を向けて数歩歩いたサスケが、背中越しにナルトに声を掛ける。

 ナルトは立ち止まり、剣呑な雰囲気で、肩越しに振り返った。

 

「明日も10時に丸太広場な。母さんの作ってくれたお菓子を持ってくから、アカリさんのから揚げちょっと分けてくれ」

 

「お前さぁ……そういうとこだってばよ」

 

 がくりと気の抜けた様に肩を落としたナルトが、背中越しに手を振って去っていく。

 

「フン……」

 

 サスケもまたその場を去ろうとして―――。

 

「……」

 

 受験用紙を持ったまま俯いているサクラが目に映り、立ち止まった。

 

「……サクラ?」

 

 サスケがサクラの名を呼ぶ。

 小さな、それでいて澄んだよく通る声だった。

 

「……なに?」

 

 俯いていたサクラが、短い髪(・・・)を揺らして、顔をあげる。

 眼が濁っている。”眼”に関しては一家言あるサスケには、そう見えた。

 

 なんと言葉を掛けようか、なんて難しい言葉は考えず、サスケは素直な(・・・)言葉を口にする。

 

「明日」

 

「え?」

 

「だから、明日」

 

「……明日が何?」

 

「聞こえてただろ。修業するから、明日、お前も来い」

 

「……私が? でも、私がいても……」

 

「お前の分析力と幻術の知識……それと忍具のノウハウは、オレ達の中で一番伸びているからな。他里のことも、お前が一番詳しいだろう」

 

 気まずげに目を逸らすサクラに、サスケは何でもないように、言った。

 サスケは写輪眼以外の幻術はからきしであるし、ナルトと二人で修業すれば脳筋の殴り合いで終わってしまう。それだけでは、”上”には上がれない。

 

「サスケ……。でも、先生はトーナメントって……」

 

 敵同士になるのではと暗に口にするサクラに、サスケはなんてことも無いように言う。

 

「お前なら、本当はもう分かってるじゃないのか、サクラ」

 

「……下忍昇格試験の時と同じ?」

 

「たぶんな。カカシは”最後”と言った。つまりその前に、オレ達全員で乗り越えなければならない”試練”があるはずだ。だからカカシは敢えて(・・・)、それだけをオレ達に伝えたんだ。受けたい奴だけ来い(・・・・・・・・・)、なんてのも、フェイクだ。恐らくな……。いきなりオレ達を揺さぶってんだよ、あいつ」

 

「……ありえる」

 

「だろ? それにお前は、オレ達が見落としがちなところを、”見失わない”力がある。お前も含めての、第七班(・・・)だ」

 

 波の国において、(漏らしながらも)最後までタズナを守るという任務を続けていたのは、サクラだ。イタチが傷ついたことで我を忘れたサスケや、なまじ実力があるがゆえに”戦い”と”護衛”の間で揺れ動いていたナルトと違い、サクラは最初から最後まで、”護衛任務”を全うしようとし続けていた。サクラは実のところ、基本に忠実と言う点で、カカシからの評価は三人の中で一番高い。そのことは療養明けのカカシから、サクラは直接褒められている。

 

 くわえて、サスケとナルトに実力で劣るがゆえに、忍具など小物を使って手札を増やそうと頑張っているのがサクラである。チャクラの暴力を振るうナルトや、身体能力と写輪眼(さいのう)でごり押しするという選択肢があるサスケは、なまじ実力があるがゆえにプライドも相応に持ち合わせており、”交戦”という選択肢を捨て去ることが難しい。一方で、サクラは弱いがゆえの広く繊細な視野を持っており―――戦況を見る眼は、恐らく三人の中で一番伸びている。自身の実力や状況を俯瞰し、危険な時は即座に撤退を選べる判断力もある。

 

 それが如実に顕れているのが、波の国での一件以後、カカシが第七班に対して頻繁に行っている”遁走訓練”だ。

 これは『制限時間いっぱいカカシから逃げ切る』という、単純な内容の訓練であるが、追い込まれて余裕が無くなると玉砕に走る小僧二人と違い、徹底して逃げ続けるサクラは、この訓練における生存率が三人の中で一番高い。

 小僧二人が玉砕を選んでしまうのは、カカシが交戦を誘うために下忍たちを煽るような言動を見せることが理由としては大きいが、とはいえ、それに乗っているようでは、まだまだヒヨッコ(・・・)だろう。

 交戦と言う勝機の薄い選択肢を捨て去り、自身の分を弁え、地に足を付けた行動を取る―――波の国での一件は、サクラの”生き残る力”を育む切っ掛けとなった。

 

「サクラ。お前のことは、頼りにしてる」

 

 サスケが小さく笑みを浮かべた。その気取った様子の無い自然な笑みは、兄イタチにすら見せたことの無い、穏やかなものだった。一族でも、ライバルでもない。それでも大切な絆が結ばれた―――そんな間柄の相手だからこそ、垣間見せた表情だった。

 

「……!」

 

 サクラは驚いたように目を丸くした。

 不安に苛まれていたことを、見抜かれていたのだろうか。 

 恥ずかしい。だが、喜びも感じた。サクラにとっては手の届かない強さを持つサスケが、ちゃんと”仲間”として見てくれているという実感。弱っていた心のど真ん中をぶち抜かれたような衝撃が、サクラを襲う。

 頬が熱くなる感覚に、サクラは耐えきれず頬を緩ませた。

 

「……ま、ま、ま」

 

「……あ?」

 

「まっかせなさい! あんたたちだけだと、危なっかしくて見てられないもの!! しゃんなろーよ!!」

 

 緩む頬を誤魔化そうと、サクラは細い腕をまくり、小さな力こぶを見せて凄んでみる。

 

「ふっ……。そうか。それは、頼もしいな。それじゃ……また、明日」

 

「……また明日」

 

 サスケはそれを見て安心したように笑い、サクラへ向けて指を小さく振ると、両手をポケットに入れてクールに去った。

 呆然と、無意識に手を振りながら、サクラはサスケの背を見送って―――しばらく、サクラが復帰する。

 

「なによ……。あいつ、本当はかっこいいんじゃない……。って、私には……っ!! でも……。あーん、もー!!  にゃー! しゃんなろー!!」

 

 サスケの背を見送って、混乱の極みに陥ったサクラが、身悶えている。

 

「……」

 

 そんな思春期真っただ中の少女を、物陰から見守る影が一つ。

 

青春してるなぁ(・・・・・・・)……」

 

 思わず、聴きなれながらも口にしたことの無かった言葉が、カカシの口から零れ落ちた。

 サクラの様子が変だったので、少し面談でもしようかと思い、隠れて様子を伺っていたカカシ。サクラは背伸びせず、着実な成長を促すことが一番なタイプである。他二人はともかく、サクラには中忍試験の推薦はまだ早かったかも、なんて思っていたところだったが、杞憂だったようだ。

 

「それはそれとして……。―――別に、そんなつもりはなかったんだけどねぇ……。ははは……」

 

 中忍試験の最終試験は、例年観衆に晒される。いわばお祭りのようなものであり、知っている者は知っている。ゆえにカカシのそれは、純粋に親切心からのアドバイスだった。しかし子供たちには、そうは聞こえなかったらしい。

 

「ははは……」

 

 そういう人として見られていることに、カカシは少し、落ち込んだ。

 

 

 

 

 

 孤児院の中。ナルトは喜び勇んだ様子でアカリの名を呼びながら、廊下を走った。多くいた兄弟たちは中忍になったり、あるいは”他の道”を見据えて孤児院から旅立っており、かつてと比べれば、屋敷の中は静かになっている。ゆえにナルトの声はよく響いた。

 ナルトが食堂の扉を開けるのと同時に、食堂の奥から、エプロン姿のアカリが、エプロンの裾で濡れた手を拭きながら姿を現した。

 

「ねえちゃんねえちゃん!! 見てくれってばよ!! これでオレも中忍だってばよ!!」

 

「いや、見えないんだが」

 

 アカリに足早に近づき、志願書をアカリの顔の前に差し出しながらはしゃぐナルトに、アカリが冷静に突っ込みを入れる。アカリは失明しているのである。

 言われたナルトは「やっちまった」と言わんばかりに顔を引きつらせ、しょぼんと肩を落とした。

 

「……そうだったってばよ。あんまり自由に動いてるから、忘れてた。ごめんなさい」

 

「気にせんで良い。畳間もよく忘れるくらいだ。……それで、ナルト。中忍というのは?」

 

「そう! それだってばよ! あのさあのさ、オレってばカカシ先生から、中忍選抜の志願書を貰ったんだってばよ」

 

「ほう、お前もか」

 

「オレも……? ってことは……」

 

 ナルトが不思議そうに小首を傾げる。

 そして突如、紅色の影がナルトへ向かって突っ込んできた。

 

「ナルトォ! なんでてめーが推薦されてんだおらァ!! ウチとシスイは一年待ったっつーのに!!」

 

「か、かりん!!」

 

 凄まじい勢いで駆け寄ってきた香憐がナルトの胸倉を掴み、前後に大きく揺さぶった。しかし突如、ナルトの体が煙に包まれ、消える。

 

「ちっ、影分身で変わり身ブォ……!?」

 

「食堂で暴れるんじゃない」

 

「い゛っ だ……ずびばぜん……」

 

 アカリに拳骨を落とされ、骨を揺らす鈍い痛みに呻きながら、香憐が頭を押さえながらアカリに謝罪する。

 

「……やっぱり、シスイ兄ちゃんたちも?」

 

 いつの間にか、アカリの後ろに隠れるように立っているナルトが、伺うように言った。

 遅れてナルトたちの傍へやってきたシスイが、苦笑を浮かべながら口を開く。

 

「ああ。オレ達も、中忍選抜試験に参加する」

 

「……あのさあのさ。もしかしてだけど、他のみんなも、もしかするの?」

 

「もしかしなくても、もしかする」

 

「そっかぁ……。まあ、そりゃそうだってばよ……」

 

 ほかの兄弟たちも今回の中忍試験に参加することを察し、ナルトが複雑そうな表情を浮かべる。どのような基準を以て中忍試験の合格とするのかは、ナルトには知る由もないが、”トーナメント”などという形式を取る以上、純粋な実力も審査項目の一つと考えて間違いは無いだろう。であれば、”強敵”の出現は、それだけ中忍合格へのハードルを上げるのではないかと、ナルトは憂慮する。サスケとの戦いの前に、どちらかが敗北しても、つまらない。負けるつもりは無いが、勝てるという絶対の自信も無い。ナルトの兄弟たちは、皆一癖も二癖もある実力者たちだった。

 

「はっはーん。ナルト! さてはウチがこえーんだろ?! 中忍試験で、ウチと! 戦うのが!! 怖いんだろ!!!」

 

 気落ちするナルトに気をよくしたのか、香憐が小さな胸を張って見せる。

 

「いや別に」

 

 だがナルトは真顔でそれを否定する。

 

「オレってば香憐に負けてるところって、封印術くらいしかねーし」

 

「てんめーナルトォ表出ろ!!」

 

「ぎゃー!! その馬鹿力もだってばよ!!」

 

 素早く動いた香憐がナルトの胸倉に手を伸ばし、ナルトが悲鳴を上げる。

 

「食堂で騒ぐな!」

 

「「いったあああああ!!」」

 

 アカリに拳骨を落とされた二人が、同時に頭を押さえて悲鳴を上げる様を、シスイが呆れたように見る。

 

「なんでオレまで殴るんだってばよー!?」

 

 ナルトの泣き言に、シスイが呆れた様に、アカリに代わって口を開いた。

 

「煽るからだ。そうなるのも理解できるが……わざわざ火に油を注ぐな。耐え忍べ」

 

 シスイはナルトに言って、香憐の方へ向き直ると、言葉を続けた。

 

「香憐、お前ももう少し(ナルトに)素直になれ(・・・・・)。いかなる時も感情を見せるべからず……忍者の掟だが、素直な気持ち(・・・・・・)を別の感情で隠すことと、感情を秘することはまるで違う。そのままではとてもではないが、中忍にはなれないぞ」

 

「ぐぬぬ……」

 

 頭を押さえ涙目を見せながら、香憐が悔し気に呻いて見せる。

 そんな香憐を見て、アカリは呆れたと言いたげに、しかしどこか楽しそうに肩を落とした。

 

「何がぐぬぬだ。まったく……」

 

 アカリが腕を組み、懐かしむような表情を浮かべる。

 

「だがしかし。お前たちのお転婆は、どこか懐かしい。……思えば、そうだな。うずまき一族の血か……? 畳間も子供の頃はそうだった。……淑やかだった私と違ってな」

 

「畳間さんが?」

 

「おっちゃんが!?」

 

 畳間の名が出ると、ナルトと香憐が食いついた。

 

「ねえちゃん! あのさあのさ!! おっちゃんってば、子供の頃どんな人だったの? やっぱり優しくて、カッコよくて、強かったの?」

 

「……うーむ。そうだな」

 

 甘えん坊モードに入ったナルトに、アカリは頼られている(・・・・・・)という高揚を感じた。

 

「ねえねえ!! 教えてくれってばよー!!」

 

「ウチも聞きたいなー!!」

 

「むむむ。まあ待て。慌てるな。今、思い出してる。いや、しかし、人の過去を暴露するようなことをするのもな……」

 

「ここまで来てそりゃないってばよー!」

 

「アカリさん、お願い!!」

 

「うーむ……そうだな……」

 

 アカリは勿体付けるように顎に手を当てて、わざとらしく思い出しているような素振りを見せる。ちらりと、アカリがシスイへ視線を向けた。

 

「……。母さん。オレも、父さんの子供の頃の話には興味がある。父さんのことを一番よく知ってるのは、母さんだろうし」

 

 ちらちらと視線をくれる母に、シスイは母が自身に求めているもの(・・・・・・・)を察し、それを口にする。実際には綱手も知っているが、それを言えばアカリは機嫌を悪くするだろう。アカリと綱手の仲は悪くないが、シスイが絡むと拗れるのだ。

 

「む、シスイもか? そうかー。そこまで言うなら、仕方ないな。うむ」

 

 アカリが満足げに頷いた。

 時の流れとは早いもので、ナルトは下忍となった。先に下忍となっていたシスイも日々任務に勤しんでおり、日中は家にいない。年長組の中には、イルカを手本に、孤児院を出て各々の道を歩み始めている者もいる。幼い子供たちはまだいるが、戦争直後ゆえに孤児で溢れていた当時に比べれば、孤児院も少し広くなった。

 少し寂しかったので、子供たちに甘えて貰いたい。そんな時期であった。

 

「そうだな。畳間は若い頃は”里の問題児”なんて呼ばれていてな……。それはすごく問題児だったんだ。尊敬を集めていた私と違ってな」

 

「ええ!? あの(・・)おっちゃんが!? 信じられないってばよ!!」

 

「うんうん」

 

「それに、見栄っ張りで、調子に乗りやすかった。でもよく失敗しててな、カッコ悪いときの方が多かった。よく失敗するものだから、『だいたいのことはうちは(アカリ)が悪い!!』なんてことも、よく言っていた。 ……言ってたかな……? ……いや、言っていたな、うむ。言ってた言ってた。ふふ……意地っ張りだったんだ、畳間は。冷静だった私と違ってな」

 

 あのおっちゃんがそんなはずがない―――内心で思ったナルトが、口をへの字に曲げる。

 

 畳間さんってやんちゃで可愛かったんだなぁ―――香憐が目じりをだらしなく緩ませる。

 

「よく、アカリアカリと、私に着いて回っていたな。クール(・・・)だった私とは違ってな」

 

「……へえ。父さんは、子供のときから母さんに惹かれてたんだ?」

 

「……ま、まあ、そうだな。私はそれほどでも無かったが」

 

「よくそれで結婚したね」

 

 まあ嘘だろうな(・・・・・・・)と思いつつも、アカリからのあまりに悪い畳間評に、純粋に疑問を感じたシスイが口を開く。

 アカリは誇張しているが、だいたい本当であることは、さすがのシスイでも気づけなかった。そしてそれが素直になれないアカリの愛の裏返しということを察するには、シスイはまだ若かった。

 

「確かに! なんで結婚したの?」

 

 色恋に多感な時期の香憐が、シスイの言葉に便乗した。

 

「む……」

 

 子供たちの質問に、アカリは言葉に詰まった。

 好きだからなのは間違いないが、それを子供たちに素直に伝えるのも恥ずかしい。

 もうちょっと遠回しに伝えるにはどうすればいいかと、アカリは畳間との馴れ初めを思い出す。

 わんわんと誰彼構わず噛みついていた幼い頃。共に下忍となったあの日。今は亡き親友(サクモ)とも仲が悪く、結成早々空中分解を起こしかけていたのを止めたのは―――。

 一緒にいると暖かい気持ちになって、炬燵で丸くなる猫のように、その温もりの中に入りたくなった。離したくなくて、自分だけのものにしたいなんて、思うようになっていた。

 過去のことで負い目を持っていた兄、友人の距離感を保っていたサクモ。当時の素の自分(アカリ)を真正面から受け止めてくれたのは、畳間だった。

 

畳間(あいつ)と一緒にいると、すごくあたたかい(・・・・・)んだ……」

 

「キャーーー!!」

 

「ピャーーー!!」

 

 最終的にぶち込んできたアカリに、ナルトとカリンが顔を赤くして奇声をあげる。

 アカリも無意識だったのだろう。

 顔を赤くさせ、「忘れろ!」と声を荒げている。

 

「……」

 

 何が悲しくて両親の惚気を聞かなければならないのか。

 盛り上がっている三人を、死んだ眼で眺めている、地雷を踏み抜いたシスイであった。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、アカリさん、さっき”うずまき”がどうのって、言ってませんでした?」

 

「あ、そうそう! オレも気になってたってばよ」

 

 アカリが「そういえば言ってなかったな」と一人納得した様子を見せる。

 

「初代火影の妻……つまり畳間の祖母は、うずまき一族の姫だったらしい。その孫である畳間も、当然、うずまき一族の血を継いでいる」

 

「えええ!? じゃあさじゃあさ!! オレとおっちゃんってば、ほんとに”家族”だったんだってばよ!?」

 

「ウチもだよ!」

 

 二人は喜びを露わにする。

 特に香憐の喜びようは激しい。顔を赤らめ、少し涙を滲ませながら、胸元をきつく握りしめていた。

 香憐は幼いころ、母親と二人旅をしながら、身を隠した生活を送っていた。初めから”そういうもの”として育ったナルトと違い、実の母の温もりを知っているがゆえに、孤児院での生活だけでは癒されない”寂しさ”が燻っていた香憐にとって、血の繋がりのある存在が増えることは、非情に嬉しいことだった。

 

 ナルトに対してだけ妙に態度が横柄なのは、ナルトが現状唯一、血のつながりが明確にわかる”うずまき”一族の者であったからである。いうなれば素直になれないお年頃というやつである。ただ、畳間から妙に可愛がられているナルトに対し、嫉妬の念が無いかと言われればウソになるが。

 

 ”うずまきカリン”は、うずまき一族であることを隠して生きていた。

 それは”うずまき”がすでに滅びたとされる一族であり、その血を狙う者から香憐を守るために、母親がその姓を秘することを選んだからだ。母一人娘一人の旅から旅への根無し草な生活は、しかし香憐にとっては、母親と一緒に居られるだけで幸せな日々であった。しかし旅の途中で母親は命を落とし―――以後、香憐はその”血”を売ることで、辛うじて、孤独の中を生きていた。

 香憐には、その体のどこかを”噛む”と、噛んだ者のチャクラや体力が回復するという、特殊な体質があった。ゆえに、香憐が母と死に別れ、生活の拠点とせざるを得なかった、医療の浸透していない辺境地において、香憐は便利な治療道具―――さながら”チャクラタンク”として、粗末な扱いを受けていた。少なくとも、まともな人間としての扱いは、されていなかった。

 

 そんな日々の中で摩耗していた香憐の心を温もりで包み込んだのが、ノノウであり、アカリであり、そして畳間であった。

 

 ―――辺境の村に不思議な子供がいる。

 そんな噂を聞きつけたノノウが、”歩きの巫女”として、その村を訪ねた。

 心を閉ざしていた香憐は、「また誰か噛みに来たのかな?」程度にしか思わなかったのだが―――気づいたらいつの間にか、木ノ葉隠れの里にいた。完全に拉致であったが、村に特に思い入れがあったわけでもないし、どこに行っても変わらないだろうと、香憐はそれを受け入れた。

 そして―――母を失って以後の生活が夢だったのかと思えるほどに、温もりの溢れた生活に浸らされたのである。暖かいご飯に、温かい布団、綺麗で温かいお風呂に、喧しくも温かい家族。そして、優しい父親。

 

 初めて会った時、香憐は畳間に強く強く抱きしめられた。もう大丈夫だと、その大きな腕に包まれた時、香憐は意味も分からず、ただ静かに泣いたことを覚えている。

 その後、朝は逞しい手に頭を撫でられ、昼は肩車をされて木ノ葉の空を駆けまわった。夜は同性の子供たちと一緒に寝たが、寝る前にはやはり大きな手で頭を撫でて貰い、「おやすみ」と優しく笑いかけて貰った。

 香憐は実の母親を知っているがゆえに、アカリとの距離を詰めるのはかえって時間が必要だった。しかし父親を知らないがゆえに、香憐は父親からの愛に溺れた。

 

 畳間は孤児院に来たばかりの子供には、その子に分かりやすい形で愛情を注ぐのだが、その中でも香憐は特別だった。香憐は知らぬことだが、アカリが「他の子供たちと比べても贔屓しすぎだ」と、苦言を呈すほどにであった。

 理由は、その髪の色。赤い血潮(・・・・)のようなその髪に、畳間は亡き弟子の面影を見た。そして、自分を因として滅んでしまった、滅ぼさせてしまった―――祖母の一族の生き残り。そしてそれは、畳間が今なお悔い続けている、最大の”罪”の証でもあった。

 子供らしくない無気力な表情、折れそうに痩せた体、そして腕や足の”歯型”―――香憐を初めて見た畳間の心境は、いかなるものであったか。―――想像に難くない。

 

 畳間は香憐をとても可愛がり、香憐は父によく懐いた。結果、これである(・・・・・)

 立派なファザコンとなった香憐は、同じ一族のくせに(・・・・・・・・)自分より可愛がられているナルトが疎ましい。

 だが、畳間がナルトによく目を掛けるのも、無理からぬことである。なにせナルトは畳間にとって、守れなかった後輩―――四代目火影(ミナト)の遺産であり、初めての生徒(クシナ)に託された宝であり、”うずまき”の末裔なのだ。多少、情も入ってしまうというものだ。

 

 そういうわけで、二人とも尊敬する義父が、実は本当に血の繋がった家族であることを知り、それは喜んでいる。

 だが、アカリが年甲斐も無く拗ねたような表情を浮かべ、二人が疑問符を浮かべる。

 

「血がつながってなくても、私たちは家族だったろ」

 

 少し寂し気に、プイと年甲斐も無く顔を逸らして見せたアカリ。

 ナルトとカリン(・・・)は困ったような、驚いたような表情で、互いに瞬きを繰り返しながら目線を合わせ―――。

 

「ねえちゃん!!」

 

「アカリさん!!」

 

 同時に叫んで、抱き着いた。

 カリンは感極まって、ナルトはとりあえず空気を読んでである。

 

「”うずまきの血”がお転婆というより……」

 

 ―――父さんと母さんに似ただけだな……、この二人。

 

 アカリの言うことが正しければ、初代火影の曾孫であり―――うずまきミトを曾祖母に持つシスイも、お転婆でなければ筋が通らない。多方面より”両親に似ず”と言われているシスイは、果たして誰に似たのだろうか。シスイ本人も、疑問である。

 


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