綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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また、木の葉は芽吹く

 うちはサスケと名乗った少年が、八尾の人柱力であるビーに噛みついている。ビーはサスケにしてみれば意味の分からないラップを続けており、それがサスケの神経を逆なでしているようだ。

 無言の我愛羅は、ナルトをじっと見つめている。ナルトにとっては内心が伺い知れない不気味な存在かもしれないが、我愛羅もまた想定していなかった事態に思考を停止させていた。

 一方、木の葉の大人である自分はこの中で最もナルトから信頼され得る存在であると自負しているガイは、守るべき里の子供(たから)であるナルトを背に庇える位置へと、さりげなく移動していた。言動こそ突飛なものがあるが、頼もしい限りである。

 もっとも、ナルトからすれば、「青春だー!!」などと叫びながらダンベルを足の裏に乗せて家の周りを逆立ちで走り回る、緑色のタイツを着た変質者の尻を見せられることになるため、かえって恐怖心が煽られていた。

 

 しかし、そんな混沌とした場にあってもナルトは冷静に話を聞いていた。

 うずまきナルトという少年は、孤児院の中では最年少である。それを加味しても、冷静に物事を分析する能力は低く、勉学の面でも他の孤児院の子供たちには一歩劣ると言わざるを得ない。しかし一方で、多くの個性的な兄弟分たちと過ごしてきたゆえか、幼いながらも”人”を見抜く観察力は高く、状況に合わせる適応力も持ち合わせていた。そのためナルトは、目の前に現れた我愛羅という子供、ナルトでも知っている木の葉の名門中の名門うちは一族を名乗る子供、そして不審な大人二人がそれほど危険な人物ではないということを感覚的に察していた。

 しばらくして落ち着きを取り戻したナルトは、子供なりにこの状況を収めようと我愛羅の下へと歩み寄った。

 

「おい。そこの我愛羅ってやつ! しょーじきおれってば何が起きてるかよくわかんないけども。とりあえず! おれに何の用だってばよ」

 

 我愛羅はナルトに話しかけられたことが嬉しいのか、少しだけ、表情を柔らかく緩めた。

 

「うずまきナルト。お前が木の葉の人柱力と聞いて、話をしてみたかった。オレは砂隠れの里の我愛羅。一尾の人柱力だ。人柱力というのは……」

 

「いうのは?」

 

「……」

 

 我愛羅は唇を曲げて、目を閉じていた。分かりやすく説明したいのだろう。

 しばらくしてから、我愛羅が言った。

 

「尾獣という化け物を封じられた者のことだ」

 

「つまり……どういうことだってばよ?」

 

「……」

 

 我愛羅は口がうまい方ではないし、多弁でもない。これ以上うまく説明できる気がしないのか、ナルトが首を傾げる様子を見ると、力なく肩を落とした。

 

「えっと……。あー……。その、おれってばそんなに頭良くないから……」

 

 そんな我愛羅の姿を見て心が痛んだのか、ナルトは何か言おうとするが、何を言えばいいか分からず、同じように肩を落とす。

 

「うーむ……」

 

 そんな二人を見て、ガイが困ったように唸る。ガイは二人が人柱力であることを知っているし、説明しようと思えば出来るだけの知識を持ち合わせているが、畳間から緘口令を敷かれているため、話すことが出来ない。悩める若人の手助けをしてあげたい気持ちは強いが、しかし尊敬する五代目火影の勅命を破るわけにもいかず、もどかしい気持ちで二人を眺めるより他無かった。

 

 そんな二人の間に、ビーがラップを口ずさみながら入り込む。先ほどまで口論していたはずのサスケは、額を抑えながら小さく震えている。額を小突かれ、黙らされたらしい。

 

 里の子供への暴行―――と言えるかは疑問だが、木の陰から見ていた畳間は、サスケが自らビーに飛び掛かって撃退された様子を見ていたので、外交問題にするつもりは無い。このことを聞けば、親バカというのか過保護というのか、畳間とはまた別の方向で子供たちを溺愛しているフガクが荒れるかもしれないが、そこは忍び耐えてもらう所存である。

 ナルトに秘められた真実。ある程度成長を待ってから伝えようと思っていたが、想定よりも早く、かつ思いもよらぬ形で暴露されたことに、畳間は強い戸惑いを覚えていた。しかし同時にこうも思う。これもまた運命(さだめ)であるのだろうと。子供とは、親の知らぬ間に思いもよらぬ経験を経て成長していくものだ。そして、今この場にいる畳間は影分身であり、傍に潜み見守るだけの、存在しない”影”である。これもまたナルトが引き寄せた縁であるのなら―――畳間は大人として、父として、黙して見守ること選択する。かつて畳間が、そうして貰えていたように。

 

 ビーは畳間の影分身が潜んでいることに気づいているのだろう。時折、こちらに注意を向けているのが分かる。

 ガイもまた畳間の存在に気付いているようで、自分はどうすれば良いのかと指示を仰ぎたいのか、頻繁に視線を送ってきている。

 

 しかし畳間がそれに応じることは無かったため、ガイは諦めたように事の顛末を見守ろうと腹を括り、ビーはそれを了承と受け取ったのか、我愛羅とナルトに語り始めた。

 

 ビー曰く。

 尾獣には意思があり、友となるか反目するかは、器となる人柱力次第であると言う。そして、先ほど化け物と言った我愛羅の言葉を、教え導くようにやんわりと否定し、尾獣と語り合う大切さ、己に注がれる愛に気づくことの大切さを説いた。自分がそうして八尾と友となり、やがて共に叶えたい夢が出来たということも。

 未だ幼く、無限の可能性を持つ純粋な子供のうちに、人柱力であるがゆえに待ち受けるだろう過酷な運命と、最も信頼できる友と成り得る存在が傍にいる幸せを知って欲しかったと、ビーは言う。そして叶うのならば、同じ人柱力として力を合わせ、忌み嫌われるこの力を世のために役立てたいと語った。

 

 ビーが語った話に、ナルトと我愛羅は聞き入った。ガイもまた、実感の伴ったビーの熱い語りに、両目から滂沱の涙を流している。離れた木の陰から見守る夜叉丸も、砂隠れの前任の人柱力の悲惨な人生を知っているがゆえに、姉の忘れ形見である我愛羅を心から案じてくれているビーの言葉に、感動している様子である。

 

 そして畳間も強い感銘を受けていた。

 尾獣が心を持っており、人と語り合える存在であるということを、畳間は知らなかった。畳間にとって尾獣とは、本能のままに破壊の限りを尽くす災害。ミトやクシナはその体に封じられた九尾のことを語ろうとはしなかったし、所要で里を不在にしている時に家を壊滅状態にされたという恨みも少なからずある。

 ナルトにはいずれ、封印術を用いた尾獣チャクラの制御方法を伝授するつもりであったが、それは側面的には、尾獣から無理やりチャクラを奪うということでもある。

 宿業を背負わされた子供たちならばともかく、尾獣そのものに寄り添うという考えを持ち合わせていなかった畳間にとって、ビーから語られた人柱力の―――そして尾獣の真実は、畳間の常識を覆すほどの驚愕に値するものであった。

 本当に尾獣に心があり、寄り添い合える存在であるというのなら―――かつて自分が憎しみと言う名のもう一人の自分に寄り添い受け入れたように、ナルトも畳間が想定していたものとは別の道を歩むことが出来るかもしれない。尾獣を力として振るうのではなく、友として共に生きる。そんな、優しい生き方を。

 この思いもよらぬ邂逅は、ナルトの人生を、きっと大きく変える。そんな実感が畳間にはあった。この望外の出会いに、畳間は深い感謝を抱いた。

 

 それはそれとして、ビーの話に感動して逆立ちのまま大粒の涙を流して号泣しているガイや、「忍界防衛隊結成!」などと盛り上がっているビーと我愛羅、そして「木の葉はおれが守る!」と怒り気味に息巻いているサスケに囲まれ、非常に困っている様子のナルトを放置するわけにもいかない。畳間の影分身はナルトを救うため、新たな分身を生み出すと、情報を本体に伝えるべく、その場で解除の印を結んだ。

 

 ―――そして少し後。情報を受け取った畳間から、ナルトが困っているから助けに行って欲しいという救援要請を受けたイルカが、教員試験の勉強の合間を縫って皆の下に現れた。イルカは詳しい状況を把握できないなりにその場にいた者達に礼儀正しく挨拶をして、喜んで飛びついてきたナルトを首にぶら下げたまま、”木の葉の家”へとナルトを送り届けたのである。

 

 

 

 

 

「むぅ……。木の葉を守るのはおれたちうちは警務隊だってのに……」

 

 未だに痛む額をさすりながら、サスケは唇を尖らせて、里の道を歩いていた。

 サスケは物心ついた時より、うちは一族の、そして木の葉隠れの里の歴史と物語を、敬愛する兄と父より聞かされて育ってきた。千手一族との軋轢の歴史、それを乗り越え木の葉のすべてが一つとなった第三次忍界大戦における最終決戦と、九尾事件の顛末。うちは一族は木の葉の忍びたちの先頭に立ち、多くの犠牲を出しながらも、その事件を終わらせた。

 実際に二つの事件の終幕において決定的な一手を打ったのは、五代目火影および今は亡き四代目火影であり、また九尾事件において先頭に立ったのはすでに里を発った自来也であるが、フガクは多少誇張してサスケにうちは一族の武勇伝を語り聞かせた。事実、畳間が”仙法 木遁・真数千手”を以て木の葉包囲網を撃破するまで里が持ち堪えられたのは、五代目火影が『里の最期の砦』と称えるうちは一族が、決死の時間稼ぎの先頭に立ったが故であり、一概に嘘とも言い切れない。なお、九尾事件において、現代のうちは最強の女傑であるアカリが言い放った啖呵は、決戦でのフガクの言葉として塗りつぶされている。

 アカリに殴られ伸びていたフガクの真実を知るイタチは、九尾事件におけるうちは一族の奮戦について熱く語る父を冷めた目で見ていたが、息子に格好いいところを見せたいという親心なのだろうと、黙して寛容な態度を取っていた。

 一方、イタチはといえば、サスケに請われたがゆえに、フガクの語りに矛盾しないよう注意しながら、イタチから見た九尾事件や決戦について語り聞かせた。里の者すべてが一丸となって戦い、四代目火影の犠牲を以て終結した九尾事件。五代目火影・千手畳間による包囲網の殲滅と戦争の終結。そして哀しみに苛まれ、復讐に追い立てられる里の者達の心を震わせ、平和へと歩みを向けさせた、火影襲名式における襲名披露口上。五影会談の成功と、目前に迫る霧隠れ、および砂隠れとの同盟締結。

 

 それは、最も新しい英雄譚。尊敬する兄より語られるその物語は、未だ痛みも憎しみも知らない純粋なサスケの胸に、熱い憧憬を抱かせる。そんな忍者になりたいとサスケが思うのは、無理からぬことであった。

 それはそれとして、サスケが誰よりも大好きで、尊敬し敬愛する兄が「五代目はオレなどよりも偉大な方だ」と謙遜することには納得しかねるものの、サスケの中で火影への憧れは大きくなった。

 

「サスケ。お前はいずれオレを越える忍者になる。兄は……お前の将来が楽しみだ」

 

 共に修業をした帰り道。

 兄に背負われ、疲れ果てて微睡の中にいるサスケの耳に響いた、兄の言葉。

 それは、弟を深く愛おしむがゆえに零れ出た、”そう在って欲しい”という願いである。ゆえにその言葉に、確固たる根拠などありはしない。

 しかし、喜び、期待、そして愛情―――多くの暖かい感情が込められたその言葉を聞き、サスケの心は決まった。

 

 すなわち―――。

 

 里の誰よりもすごいにいさんを越える忍者=おれは火影

 

 という謎の方程式が、サスケの中に根付いたのである。

 

「―――はむっ……。食べたことない味だな。おいしい!」

 

「あっ……兄さん!」

 

 最終的に忍界防衛隊などと盛り上がり始めた我愛羅とビー。先ほどまで噛みついていたビーが自身を袖にすることに対し、疎外感と悔しさ、そして少しばかりの奇妙な寂しさを無自覚のうちに抱き、とぼとぼと歩いていたサスケは、前方から聞こえて来た聞きなれた声に顔を勢い良く上げる。

 前方には、兄とよく行く団子屋があり、その店先の椅子に座り、兄・イタチが団子をおいしそうに食べていた。

 

「サスケェ!」

 

 遠目に溺愛する弟の姿を確認たイタチは椅子から立ち上がると、団子を持ってサスケの方へと走り出した。

 

「サスケィェー! おいしい!」

 

「イタチ君、勘定勘定!!」

 

「あ、もうしわけ―――」

 

「兄さん!」

 

 サスケのもとに駆けだしたイタチに、団子屋の店員から声が掛けられる。イタチは弟可愛さに勘定を忘れていたことに気づき止まろうとするが、偶然にも足がもつれてしまい前方へと倒れてしまう。

 手から団子が離れ、地面の上に転がった。イタチもまた転がった。

 土で汚れた団子に無言で手を伸ばし、数瞬迷った後力なく首を落としたイタチを見て、サスケは幻滅したりだとかドン引きすることはなく、心底心配そうに兄の下へ駆けよった。

 

「サスケ……。恥ずかしいところを見せてしまったな……」

 

 少し頬を赤らめたイタチが、服に着いた土埃を掃いながら立ち上がった。

 

「そんなことない! 兄さんはいつだってかっこいいんだ!」

 

「サスケ……」

 

 今のもか?と兄弟を見守っている団子屋の店員が微妙な表情を浮かべるが、二人の世界に入っている兄弟にそんな視線は届かない。

 落として食べられなくなってしまった団子を拾い、二人は揃って団子屋に戻った。落とした団子を謝りながら店員に手渡して処分を頼むとともに、イタチはサスケの分も団子を注文した。二人は長椅子に並んで座り、仲良くおやつとお茶を楽しんだ。

 

「兄さん。さっき、変な奴らに会ったんだ」

 

「変な奴?」

 

「うん。じんちゅーりきだとか、はちびだとか、よくわからないことを言ってた」

 

「……それは雲の忍者だな。木の葉隠れの里に留学……に来ているんだ。サスケ。何か変なことはされなかったか?」

 

「……」

 

 額を小突かれて行動不能にされたことを言うべきかどうか、サスケは悩んだ。年齢差も、経験差もあまりに広い。ある程度の見分があれば、噛みついた己が愚かだったと思うか、そもそも人柱力に噛みつくはずがない。しかし未だ幼いサスケに、そんな常識は分からない。

 やられたと泣きつき甘えたいが、しかし泣きつくには、あまりに情けないやられ方だ。複雑な弟心と幼いながらも立派な男心がせめぎ合い、サスケは黙り込んだ。

 

 そんなサスケを、イタチが注視する。サスケの額が少し腫れているようだ。

 これは何かされたなとイタチは思うが、サスケが口にしないというのであれば、あえて聞き出そうとは思わなかった。それに、イタチが以前畳間から聞いたビーの人となりが本当ならば、理不尽な暴力を振るうような忍者でもない。最近は少しやんちゃになってきた弟が、少し痛い目を見たと言ったところだろう。兄として心配ではあるが、それもまた成長に必要な過程なのだろうと、泣きついてくるまでは見守る所存である。

 

「あと、なんか緑のやつもいた」

 

「……緑? ああ、ガイさんか。あの人はああ見えて(・・・・・)五代目火影の御弟子で、側近の一人なんだぞ。”二代目・白い牙”と謳われる、同じく側近のはたけカカシさんと双璧を成す―――五代目火影の懐刀にして、木の葉の二枚看板の一人だ」

 

「ええ! あれが(・・・)!? 五代目火影って、いったい……」

 

 サスケが困惑を表情に浮かべる。

 五代目火影・千手畳間。

 本人のあずかり知らぬところで、本人とは関係ない要因で、純粋な若者から評価を落とされていた。

 

「はは。あの人の言動だけ見れば、そう思うのも無理はないが……。あの人は、オレや父さんより強い。あるいは……里で五代目の次に強いのは、あの人かもしれないぞ」

 

「ええ!? あれが!?」

 

「ああ」

 

 信じられない、とサスケが目を丸くする。

 

「あれが……」

 

 思い出すのは、筋肉質な体を浮き彫りにさせた、緑のタイツの変態。汗を滝のように流し、輝かんばかりの笑顔を浮かべ、逆立ちをしながらダンベルを足でジャグリングしていた変質者。

 

「あれが……?」

 

 いまいち納得できないまでも、他ならぬ兄がそう言っているのだからそうなのだろうと受け入れる。兄が嘘を言うとも思えない。

 

「ふふ……」

 

「む。なんだよ、兄さん」

 

 次から次へと面白いように変化するサスケの表情が面白くて、イタチが穏やかに微笑む。 

 そんなイタチの様子に馬鹿にされてるとでも思ったのか、サスケが抗議するように唇を尖らせる。

 

 愛おしい弟と共にこの穏やかな日々を過ごすほど、イタチは畳間とアカリに対する感謝の念を強めた。

 うちはイタチは、聡明な少年だ。

 九尾事件の際、父が敵の手によって操られており、アカリの助力が無ければ、ともすればうちは一族が危うい立場に立たされていたかもしれないことを理解している。

 決戦前夜―――木の葉隠れの里全土を覆ったあの大結界が無ければ、多方面からの同時襲撃で里が滅びていただろうことも気づいている。

 終戦後。多くの里の家族たちを見送った葬儀の後、語られた五代目火影襲名の披露口上。あの時の言葉の意味を、この幼い心に刻まれた五代目火影の願い―――自分という命が、サスケという宝が、五代目火影を始めとする歴代火影や先人たちの願いの先に紡がれた”夢の先”なのだと、イタチは真実理解していた。

 

 ゆえにイタチは五代目火影襲名式の後から、五代目火影に会わせて欲しいと、父・フガクにたびたび願い出ることがあった。フガクはあまり我儘を言わない長男のたっての願いに快く頷き―――イタチを千手畳間に引き合わせた。

 

(この人が、五代目火影……)

 

 長身で、肩幅も広い。袖から見える腕や手には、戦いで負った無数の傷跡が痛々しかった。

 二代目火影の顔岩にも似た髪型。頬に刻まれた一本の向こう傷と、少し鋭い目元が厳かな雰囲気を生み出している。しかし一度話を始めれば目元は緩み、口元はほぐれ、優しい雰囲気へと変化した。陽気で言動に隙が多く、たびたび側近のカカシから突っ込みを受けていた。それはどこか子供っぽさを感じさせるが、しかし相対していると、大きなものに包まれている不思議な暖かさと、安心を感じさせてくれる。

 

 気負わず、遠慮せず、思ったことを伝えられる―――伝えても大丈夫だと、そう思えた。だからだろうか、イタチは思わず、火影の下で働きたいと伝えた。

 驚いたのはフガクである。畳間に会ってみたいとは聞いていたが、火影の下で働きたいとは初耳だった。

 

 畳間は膝を折り、真摯に頭を下げるイタチに目線を合わせた。畳間が写輪眼を発現させ、呼応するようにイタチもまた写輪眼が発現する。

 

「……良い目だ」

 

 眼で語る―――。

 うちは一族の戦いは、たびたびそのように表現されることがある。

 イタチの眼を通してその意志を感じ取った畳間が、柔らかく微笑んで、フガクを見る。

 

「―――フガク。お前が許すのなら、オレとしては構わないが、どうする?」

 

「五代目がそう仰られるのならば否やはありませんが……」

 

 不承不承と言った様子のフガクだが、別に火影の下に息子が就くことに嫌悪感を抱いているわけではない。フガクもまた、戦争を経て一族の親しい者たちを多く亡くしており、また、畳間の襲名披露口上に深く感銘を受け、子供たちへの愛情が強まっている。不器用なところはあるが、子供たちに伝わる程度には愛情を表現できており、単純に長男が取られやしないかと心配していたのである。

 

「だとさ、イタチ」

 

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 

「構わん構わん。オレとしても、意欲がある若者は好ましい。まあ、まずはアカデミーを卒業してからだけどな。フガクから優秀と聞いている。戦時中の名残で飛び級制度も残ってはいるが……。オレとしては可能なら……同世代の者と共に過ごす日々を、大切にして欲しい」

 

「はい」

 

 畳間の言葉を素直に受け入れたイタチは、アカデミーを飛び級して卒業することはなく、日々アカデミーに通い、同世代の者達との青春を謳歌している。

 以後、畳間はイタチの”社会見学”を受けいれた。さすがに重要機密に関する仕事の際は席を外させたが、それほど重要でもない会議への随伴や質問を許可し、その成長を見守っている。余談だが、たびたび火影邸に忍び込んではカカシやシカクに追い出されるナルトとは、顔見知り程度ではあるが相識である。

 

 五代目火影の膝元で過ごす暖かくて賑やかな日々はイタチにとって、黄金のように輝く、日々増え続ける宝物。

 

 ―――ゆえにイタチは、子供ゆえの素直な思いを、いつものように訪れた火影の執務室にて、畳間に伝えた。

 

 いつか大人になる時が来ても。

 もしも闇の世界を生きることになったとしても。

 里のため、肉親を手に掛けるような血に濡れた道の先で倒れたとしても。

 きっと自分は、この輝きを忘れない。

 ”木の葉隠れの里の”うちはイタチで幸せだったと、胸を張って言える。

 

「……そうか」

 

 イタチよりそう伝えられた畳間は一言呟くと、火の傘を深く被り、背中を向けたのだった。

 

 ―――さん?

 

「―――兄さん? どうしたの?」

 

「いや……。おいしいな、これは」

 

 上の空な兄を心配したのか、サスケが上目遣いに、心配そうな表情をイタチに向けている。イタチは団子を一つ頬張って笑う。

 

「サスケ。今日は兄さんと一緒に修業するか?」

 

「え、いいの?!」

 

「ああ。五代目には分身を送って、今日は休むことを伝えておく」

 

「やったぁ!」

 

 残った団子を急いで口に詰め込むサスケを諫め、共に席を立ち演習場へ向かい、日暮れまで修業する―――。その間、イタチはずっと―――笑顔を浮かべ続けていた。

 

 

 

 

 

「おっちゃん」

 

(来たか……)

 

 子供たちの相手をノノウとアカリに任せ、夫婦の部屋の椅子に座り、本を読んで寛いでいた畳間の下に、ナルトが現れる。

 畳間は観念したように肩を落とすと、軽い音を立てて本を閉じて机の上に置くと、ゆっくりと立ち上がった。ベッドの淵に座ると、こいこいとナルトを手招きし、隣に座るようにと軽くベッドを叩く。

 指示された通りに畳間の隣へ向かう途中、ナルトの眼に、畳間が読んでいた本の背表紙が目に入る。

 

「いちゃいちゃぱらだいす?」

 

「ナルト」

 

「え?」

 

 畳間に呼び止められたナルトが反射的に畳間へと顔を向けると―――赤い瞳が目に入る。

 

「ナルト、どうした?」

 

「え、いや……。あれ、思い出せないってばよ……」

 

 机の上を見ても、何も置いていない。何かあったような気がするが、ナルトには思い出せなかった。

 

「話があって来たんだろ?」

 

「そうだってばよ! おっちゃん、おれってば、じんちゅーりき?ってやつなのか……?」

 

「……そうだ。木の葉が所持する尾獣―――九尾の妖狐を宿す人柱力。それがお前だ、ナルト。黙っていて、すまなかった。もう少し成長してからと、思っていたんだ」

 

「それって、みんなしってるんだってばよ?」

 

「そうだな……。里の大人は皆知ってる」

 

「……そっかぁ」

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間に、沈黙が流れる。

 

「どおりで、変なひげがあると思ったってばよ……」

 

「……それだけか?」

 

「それだけって、なんだってばよ?」

 

「いや、もっとこう……。なんで黙ってたんだ、とか。なんでそんなのにオレが、とか……」

 

「しょーじき、おれってばじんちゅーりき?ってのが何なのか、よくわかんないってばよ。きゅうびってのは、知ってる。アカリのおばちゃんからも、オレが生まれたときにおきたっていう、きゅーびじけん?のことはきいてるってばよ。だから、あんましいいもんじゃねーんだろうなってのはわかる。でも……」

 

「でも?」

 

「でもさでもさ。おれがそのじんちゅーりき?だってしっててさ。それでも、木の葉のみんなは、その……。おれをさ……そのぉ……。……あ、あいしてくれてるんだってば? だから、べつにいーんだってばよ!!」

 

「ナルト……っ!!」

 

 ナルトは後ろ手に回し、頬を赤く染めてはにかんだ。

 そんなナルトの気丈な姿に、その気高い意思を見て、畳間は感極まり、その小さな体を抱きしめた。

 

 


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