綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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混沌の坩堝

「おっちゃんおはよう!」

 

「????」

 

 腹の上に何かが圧し掛かる衝撃が畳間を襲った。

 呻き声を小さく上げて、何が起きたんだと上体を起こせば、腹の上に馬乗りになって、ナルトが意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「なんだ、ナルトか。おはよう」

 

 その驚異的な回復力がゆえに、畳間の腹からは、すでに痛みは消えていた。

 畳間は緩く欠伸を零しながら、ナルトを猫のように持ち上げ、ベッドの下へと降ろす。 

 

「すまない父さん。止めたんだが……」

 

「いいんだ。気にするなシスイ。ナルトが言うことを聞かないのはオレが一番よくわかってる」

 

「あー! なんだってばよその言い方! しつれいってやつだってばよ!!」

 

 小さいナルトが、一生懸命に背伸びをしながら、可愛らしく怒っている。

 畳間は寝ぐせではねた後頭部の髪を触りながら、ベッドから足を出すと、立ち上がる。

 

「はは、ごめんごめん。”しつれい”な物言いだったな」

 

 はだけた着流しを締め直しながら時計を見れば、すでに朝の7時を過ぎた頃だった。朝食の時間を少し過ぎている。昨夜は職場の付き合い(・・・・・・・)で帰宅が遅くなったため、皆を起こさないよう千手邸の方へ帰り、一人部屋で眠ったので、いつもなら一緒に起きるアカリがいなかったのである。

 食事の時間に遅れても怒られはしないが、育ち盛りの二人はすぐにでもご飯を食べたいだろう。別に畳間を放っておいて、自分たちだけでご飯を食べることも出来たはず。しかしそうはせず、畳間を起こしに来た。その真意は―――。

 

「可愛い奴らだなぁ、このこの」

 

 畳間と一緒にご飯を食べたいという、素直になれない気持ちの裏返しだろう。

 違うかもしれないが、畳間はそう受け取った。

 頬を赤らめて嫌がるナルトと、満更でもないシスイを抱き寄せ、頭をわしゃわしゃと撫でる。そして両腕で二人を抱え、曲げた腕の上に座らせると、ナルトが開けっ放しにしていたであろう扉から出て、孤児院へ続く廊下を歩き、食堂へと向かう。

 

「おはようみんな」

 

「たたみまさん!」「おっちゃんだ!」「おっちゃん?」「ちこく!」「とのさましゅっしゃ?」「とのさま?」「ごだいめほかげだぞー!」「ほっほほかげ!」「とびかかる?」「どうしよっか」「やめようよ」「そうだよ」「ごはんたべたい」「ちくわおいしい」「アカリおばちゃんにおこられるよ」「おっちゃんはおっちゃんだけどおばちゃんはおねえちゃんだよ」「やめなよ」「いっちゃだめ!」「ナルトもなかされたって」「おこられたって!」「こわいよね」「でもすき」「すき?」「すき!」「わたしも!」「あかりおねえちゃんすき!」

 

「相変わらず騒がしいことで……」

 

 騒々しくも楽し気に会話する子供たちの様子に苦笑を浮かべながら、畳間は両腕に乗せたナルトとシスイを床に降ろした。

 

「やあ、マザー。おはよう」

 

「おはようございます。畳間さん。どうぞこちらに」

 

 白いエプロンを付け、黒い修道服を着た女性が、笑顔の挨拶とともに畳間を迎え入れる。

 子供たちが食べ終わった食器を片付けていたのだろう。その手には汚れた皿やコップが乗せられたお盆を持っていた。

 マザー、と呼ばれる本名不明の女性。畳間は孤児院を創設するにあたって、その先駆者であるこの女性に協力を求めた。

 最初こそ、自分の孤児院を空けることと、木の葉隠れの里に戻る(・・)ことを渋った女性だが―――。

 

 畳間から持ち掛けられた破格の援助金(金剛石(ダイヤモンド)の山)の申し入れに眩み。

 

 当時マザーの孤児院にいた子供たち全員を、新設する『木の葉隠れの家』に引き取ったうえで、”あの”千手一族当代にして、第三次忍界大戦の英雄”五代目火影”の庇護下に入れるという提案に唾を呑み。

 

 忍者になるか一般職へ進むかは子供たちの自由意志に任せるという宣言に傾き。

 

 教育方針はマザーの掲げる理念を尊重し、かつ畳間とアカリは責任者という立場で、教育からは一歩引くというダメ押しに、遂に懐柔された。

 

 設立以後、マザーは『木の葉隠れの家』に住むようになったのである。

 

「そうだってばよ。今日はこっちだってばよ!」

 

「はいはい。行くよ」

 

「ふふ。食堂は走らないでね、ナルト」

 

 ナルトが畳間の指を小さな手で掴み、急かすように引っ張った。そんなナルトを見て、マザーは楽しそうに笑う。 

 畳間は少し踏ん張ってその場から一切動かないという意地悪も出来たが、あえて引っ張られるような動作を見せながら、ナルトの後に続いた。

 畳間は指定席を持つ子供たちと違い、食事の際に定位置を持たない。それは特定の子供だけでなく、多くの子供たちと触れ合いたいという思いからだった。

 

「まったく。ナルトは……」

 

 お兄さんであるシスイは、甘えん坊なナルトに優しい笑みを向けて、二人の後についていく。その表情に、父を取られたという嫉妬の色は見えない。幼い身でありながら、シスイは幼少期の父と母に、まるで、全く、一切、これっぽっちも似ず、大きな器を見せていた。

 幼いながらも火の意志の片鱗を見せるシスイだが、傍から見る者は、シスイに対して一つ懸念を抱く。それは、この子が立場的に色々と遠慮し、甘えたいという気持ちを押し隠しているのではないか、ということだ。

 五代目火影であり、シスイだけでない多くの孤児たちの父である畳間。そんな畳間の”実子”であるがゆえに、本当の親を失った子供たちに対して遠慮を抱いてしまうのは、聡明であるがゆえの必定であり、哀しみだ。

 しかしシスイに限って言えば、そんなことは一切無かった。畳間はシスイの「秘めたるお願い事」をあの手この手で聞き出し、そして知った以上は問答無用で叶えている。そしてシスイは、父である畳間の「人からの思いやりには率先して甘える」という背中を見て育っており、畳間の優しさに甘える器用さを持ち合わせていた。

 火影の責務で忙しい中、毎日必ず話をする時間を設けてくれる畳間。シスイは、そんな父から愛されているという実感を、心から溢れんばかりに感じ取っていた。

 確かに、構ってほしいと思うときはある。他の子供たちにも平等の父であろうとする畳間に、少しだけ、寂しさを感じることはある。

 だが、シスイは頻繁に出没する叔母・綱手にも溺愛されており、加えて自分を取り合う母親と叔母の争いも目の当たりにしている。そんな思いを抱く暇は本当に少ない。

 ほんの少し―――ほんのちょっとだけだが、重さを感じる程度には、シスイは両親と叔母から、愛情を注がれていることを理解している。むしろ父に関しては、この距離感でちょうど良いくらいである。

 

 ―――むしろこれ兄弟たちがいなかったらどうなってたんだろう……。

 

 変な方向で、兄弟たちの存在に感謝するシスイであった。

 

「おっちゃんおっちゃん! 今日はおれの術の練習に付き合ってくれってばよ!」

 

 オムライスのケチャップを口の周りに付けながら、ナルトが言う。

 

「よーし、じゃあおっちゃん、螺旋丸おしえちゃおうかなぁ!!」

 

「もう畳間さん。その術は、ナルトには少し早いですよ」

 

 マザーは優しく諭すように言った。

 

「そういうことだ、ナルト。また今度な」

 

「べつにぃ? そのらせんがん?っていうじゃなくていいってばよ」

 

「それもそうだな。じゃあ……()―――」

 

五代目様(・・・・)?」

 

 普段はみんなのおおらかな父である畳間だが、昔の名残か、時折突拍子も無いことをしようとすることがある。

 とはいえ、畳間がマザーに黙って何かをするということはこれまで一切なかったし、何かしたくなればマザーに相談するか、あるいは今のようにマザーの近くで提案するので、その辺は信頼しているマザーである。ゆえに慣れたもので、特に慌てもせず、優しく窘めるに留まっている。母は強しということである。

 

 アカリであれば「早いわ馬鹿もの!」とお説教コースであるが、アカリは今厨房に籠っており、この場にいない。畳間の周りには、昔からイナ、アカリ、綱手と、気の強い女性しかいなかったこともあり、そんなおしとやかな反応が新鮮で、少し悪乗りしてしまうこともあった。

 大切な、目に入れても痛くないほど溺愛している子供たちからのお願いは、畳間を有頂天にしやすく、調子に乗りやすいという性を刺激する。

 そしてマザーは、少し畳間が調子に乗って来たなと感じたら、『五代目様』と口にするのだ。さすがに畳間も大人。自分の背負うものを叩きつけられれば、冷静にもなる。

 そんな光景を綱手に見られた際には、「そんなところまでお爺様に似なくても……」と呆れられもしたが、かつては綱手こそが祖父・柱間を調子に乗らせるアクセルであった。本来子供に教えてはいけない賭け事まで柱間より引きずり出して覚え、後に祖母・ミトはそれを知り激怒した。

 祖父母夫婦の結婚以来初となる夫婦喧嘩の勃発である。祖母の鬼のような形相に、恐怖で震えあがったことを、畳間は今でも鮮明に覚えている。ちなみに、運悪く居合わせてしまった扉間は、「さらばだ兄者。オレは飛雷神で帰る」と、畳間たちを置いてすぐさま帰って行った。

 

「いやー、すまんすまん。冗談だってばよ(・・・・・)

 

「もう、畳間さんったら」

 

「真似すんなってばよ!!」

 

 可愛らしく騒ぐナルトにマザーと畳間は笑みを浮かべている。

 

「……」

 

「シスイ。止めなくていいのかい?」

 

「いいんだよ、カブト(・・・)兄さん。いつものことだ」

 

「……それは、そうだね」

 

 他人の振りをして食事を進めるシスイに、隣に座っていた少年―――薬師カブトが、心配げにシスイに声を掛ける。次に何が起こるか、分かっているからである。

 

「―――仲。良さそうだな」

 

 食堂の奥に続く台所の入り口から、ぬっと、アカリが顔を出す。呟きだったのに、良く響く声だった。

 鈍く光る包丁の切っ先が、アカリの顔の横に浮かんでいる。

 

「……。おお、アカリ、おはよう! 今日も綺麗だなぁ! その艶やかな髪! 梳けば絹糸のような心地よさ! 夫として嬉しい限りだ! いや、ほんとに!」

 

 畳間は急いで席を立ち、アカリの方へ足早に向かい、早口に捲し立てる。指先で摘まむように包丁を奪い取ると、子供たちに見えないようにアカリを抱きしめながら厨房へ入り、おはようのキスをする。無論、仙術を使っているので、猿魔は見ている。

 

「ふふ……。賑やかな人」

 

 零すように笑みを浮かべたマザーを、シスイとカブトは見上げている。

 少し寂し気な表情をしているのは、気のせいだろうか。いくら聡明とはいえ、未だ幼いシスイとカブトには、その笑みの真意を推し量ることは―――出来なかった。

 

 

 

 

 

 食事を終えた畳間は、火影装束を羽織り、火の傘を被り、火影邸へと向かった。

 

「おお、火影様!」

 

「五代目! おはようございます!」

 

「火影様これ持ってって!!」

 

「火影様ー。またシカク君たちと遊びに来てねー!」

 

 道すがら、多くの人たちに、畳間は声を掛けられる。果物屋の店主が新鮮なリンゴを畳間に放り投げ、飲み屋のお姉ちゃん(くノ一)(巨乳)が可愛らしく手を振る。

 

「しー!!」

 

 朗らかに挨拶していた畳間だが、これには慌てたように口元に人差指を立てる。

 シカクやイノイチと共に仕事帰りに若いお姉ちゃんがいる飲み屋に行ったことがばれると、奥様会からどのような罰則を受けることか―――。畳間に冷や汗が流れる。

 別にやましいことは無く、ただ仕事の付き合いで行っただけである。火影が酒を飲むのだ。酌をする者は必要だ。それに部下たちのガス抜きをするのも、上司の仕事なのである。本当である。断じて嘘ではない―――と畳間が心中で言い訳を繰り返す。

 実際、近く再び旅に出るという自来也の送別会を兼ねての飲み会だった。畳間のおごりだと聞いた自来也が、「いい店がある」と誘うから行ったに過ぎない。

 確かに自来也の勧める店ということで嫌な予感はしていたのだが、「自来也の送別会だし本人の希望があるなら」と行ったに過ぎないのだ。呑みの席でも、畳間はチョウザとイノイチの間に挟まれる位置に陣取り、女性と触れ合うことはしていない。しかし、嫉妬深いアカリにそれが通じるとは思えない。さすがにまた終末の谷で壮絶な夫婦喧嘩をするわけにはいかない。

 この噂は瞬く間に広がるだろう。アカリと畳間は、奇妙な関係であるが、仲睦まじい夫婦で通っている。復興を終え、穏やかな日々が続いている里―――格好の暇つぶしだった。

 

 ―――ちなみに、その晩薔薇の花束を持って家に帰った畳間の心配をよそにアカリは、何言ってんだこいつそんなの気にするわけないだろと言わんばかりに、「男ならそれくらいの付き合いはあるだろ」と言ってのけた。畳間がそんなところで浮気をするはずが無いという全幅の信頼だった。

 

「では何故マザーと仲良くしてると嫉妬するのか?」

 

 それを畳間が意を決して聞くと、アカリは次のように答えた。

 

「これまでお前の周りにいないタイプだったから……。私と違っておしとやかだし……」

 

 幼子のようにしょんぼりしながら、少し恥ずかし気に頬を染めるアカリに、畳間は庇護欲を掻き立てられ、その晩は燃えた。

 

 余談だが―――後日、ひっかき傷を付けて頬を腫らしたシカクを見た畳間は、帰宅後すぐアカリ愛してると叫んで抱擁し、その晩も燃えた。

 

 そんな未来が待っていることなど知らず、げんなりとした気分で火影邸に到着した畳間は、火影室の椅子に深く腰掛けると、深いため息を吐いて、火の傘を机の上に置く。

 

「……」

 

 聞いてちょうだいと言わんばかりの雰囲気を醸し出す畳間を無視し、カカシが「まるでカカシですな」と言われんばかりに置物のように火影室の隅に佇んでいる。

 

「はあ……」

 

「……」

 

 畳間が書類に目を通し、判を推す。

 カカシにとって、居心地の悪い時間が過ぎていく。

 

 しばらくして、カカシにとって救いの手が差し伸べられる。

 部屋のドアを数回ノックする音が響いた。

 

「入れ」

 

 畳間の声と同時に、室内に入ってきたのは―――『木の葉隠れの家』のマザーその人であった。しかしその恰好は修道服ではなく、黒い忍び装束に代わっている。

 

「―――根の長・薬師ノノウ。五代目火影として、任務を言い渡す」

 

「はっ」

 

 畳間の―――五代目火影の前に、膝まづくマザー。いや、薬師ノノウ。

 彼女はかつて『歩きの巫女』と謳われた凄腕の諜報部員であった。彼女は接点こそ無かったが畳間の後輩であり、アカデミーと名を変える前の忍者養成施設において、臨時講師をしていた山中イナの生徒でもあった。イナより火の意志を受け継ぎ、忍者となってからは、”子供たちの笑顔を守る”という忍道を進むために自らダンゾウの指揮する”根”に所属し、以後、長く闇に潜んでいたのである。しかし第二次忍界大戦における山中イナの離反を受けて戦いに絶望し、忍びを引退した彼女は、戦争で行き場を無くした子供たちを守るため、孤児院を経営し始めた。

 ダンゾウが三代目火影と共に戦死し、大蛇丸が里から消え、里の闇―――”根”を指揮する者がいなくなったことは、木の葉にとって大きな痛手だった。すぐにでも”根”を再構築しなおさねばならぬ状況で畳間が頼ったのが、この名も無きマザーを名乗っていた、”歩きの巫女”である。

 畳間が最も信頼した忍びの意志を継いだくノ一であり、闇に精通しながらも、子供たちという”未来への種”のために生涯を捧げられるという、畳間が最も重要視する要素を持つ人物。また畳間の構想していた孤児院設立計画の実装においても、必要不可欠となる人材。

 はっきりいって、喉から手が出るほど欲しかった。ゆえに畳間は脅迫や恫喝にならないよう慎重に、しかし執拗に、木の葉に戻ってくれるように懇願した。

 マザーとしての夢を壊さず、しかし協力してもらえるまで、五代目火影ではなく、畳間として、頭を下げ続けた。

 

 ―――すべては、子供たちのために。

 

 畳間の真摯な願い。いち孤児院のマザーに、火影という立場すら投げ打って頭を下げる姿勢。

 「五代目がこんなに頼んでいるのに」と苛立たし気な雰囲気を見せた側近の忍びを叱りつけ、そのうえで、側近の肩を労わるように優しく叩きながら、「オレを有難くも慕ってくれているが故のことだ。どうか許してほしい」と頭を下げ、その日は帰ろうとした畳間を見て、互いに立場は違えど、ウソ偽りなく、本当に互いに目的を同じくしているのだとノノウは気づき―――そして、根負けしたのである。

 

 実のところ、第三次忍界大戦勃発の際、彼女はその諜報部員としての腕を買われ、ダンゾウより再招集が掛けられそうになったことがある。

 しかし、サクモと畳間の一件を耳にしたダンゾウは、気まぐれに三代目火影・猿飛ヒルゼンにそのことを相談した。その際、ダンゾウよりノノウの経歴を聞いたヒルゼンは、父の弟子であり弟分でもあるサクモの姿と重ね合わせてしまい、再招集を見送りとさせたのである。

 苦渋の決断ながらも、新たな道を進もうとしていたサクモを連れ戻す決定を下し、ヒルゼン自身もまた、四代目火影を内定させ、引退を間近に控えていながら、続投を強いられたばかりのことであった。ゆえに、一度は引退し、孤児院のマザーとして既に新たな道を歩んでいる一人の女性を連れ戻し、戦争の犠牲とすることは、可能ならばしたくなかったのである。

 ダンゾウはそんなヒルゼンの心中を思い、小言を言いながらも、その案を取り下げた。

 

 あるいはその時に招集されていたとすれば、戦争の最中命を落とし、こうして五代目火影となった畳間と相対することは無かったかもしれない。

 しかしノノウは今、かつて己が諦めた”夢”を、己以上の地獄をさ迷ってなお追い続ける畳間という”火”に焦がれ、再び闇を生きる覚悟を背負った。

 それが正しかったのか、あるいは間違いだったのか―――ノノウに判断することは出来ない。だが、あの子たちが教えてくれている。子供たちの笑顔が、その答えを教えてくれる。

 

「どこの国でも構わん。戦争で親を亡くし、寄る辺も無く、泥水を啜り根をかじる―――そんな、孤独に生きている子供たちを、木の葉に連れて来い。木の葉は人手を欲している。次代を背負う若き芽は、どれほどいてもなお足りないものだ。手段は問わん(・・・・・・)。根に一任する(・・・・)。心せよ。―――これは拉致であり、里が背負う”闇”である」

 

 手段を問わない。お前に任せる。それは、ノノウの判断で、どんな手段を取っても良いということだ。だとするならば―――。

 女を使い、妖艶な笑みを向け、冷たい刃と身を蝕む毒を贈り、冷たい水の中に沈める―――そんなことをしなくてもいいということだ。

 

 寒さと飢餓に震える子供に優しく笑いかけ、温かいスープとパンを施し、柔らかい毛布で包む―――そんな、”歩きの巫女”でも、良いと言うことだ。

 

「―――はい」

 

 口元が緩んでいることに、気づいていないのだろうか。

 その口元に似合わぬ冷たい声を作り出し、ノノウが強く頷いた。

 

 

 

 

「おまえがうずまきナルトか」

 

 ところ変わって、木の葉隠れの里のいくつもある公園のひとつ。畳間に遊んで貰えず、不貞腐れてブランコをこぐナルトの前に、目に凄まじい隈を浮かべた赤い髪の少年が現れた。少し離れた木の陰から、茶髪の青年が心配そうにこっそりと覗いているが、二人は気づいていない。

 

「だれだってばよ」

 

「我愛羅だ」

 

「だから……。だれだってばよ」

 

 じとっと、ナルトが目を細める。

 

「おれってば、知らないやつと話しちゃいけないって、アカリおばちゃんに言われてるんだってばよ」

 

 もっとも、行動範囲が広く人懐っこいナルトであるから、木の葉の住人に知らない人はいないレベルなので、ここでいう知らない人とは、他の里の大人ということである。

 

「そうか……。おれは我愛羅だ」

 

「……」

 

 これで知らない人じゃないだろうと言わんばかりの言い方である。その表情は無に近いが、どことなく得意げな雰囲気が漏れている。

 その辺を敏感に察したナルトが、いら……と、口の端をひくつかせる。

 

「おまえが、木の葉の人柱力だろう」

 

「じんちゅーりき?」

 

 ―――うわぁ……言っちゃった……と、木の裏から見守っている人影から声が漏れる。

 

 ―――火影様から緘口令敷かれてるのに!!

 

 とは心の声である。

 

 うずまきナルトは、人柱力である。その身に最強の尾獣九尾を宿す少年。

 畳間はそのことについて、木の葉隠れの里に、緘口令を敷いている。四代目火影の息子であることも、である。

 

 それは、畳間の親心。

 ミナトとクシナの息子であるナルトが、自分のように力に溺れるとは思えないが、しかし万が一ということもある。ナルトが、特別な力を持つ特別な人間であるなどと増長しないようにという配慮であり、せめて中忍に昇格するまでは、ただのナルトとして成長してほしいと、願ったがゆえのものだ。

 里の大人たちは畳間の生い立ちをそれなりに知っているがゆえに、「説得力がある」と笑いながらその考えに賛同した。少なからず九尾に対する複雑な心境をナルトに向ける者もいたが、五代目火影の息子たちの一人として育てられているナルトに、表立ってそれをぶつける者はいなかった。

 そうして守られ育てられてきたうずまきナルト・5歳。衝撃の事実である。

 

 木の影から見守っている茶髪の青年―――我愛羅の付き人である夜叉丸は、うずまきナルトが人柱力であることを知らなかった。仮に知ったとしても、夜叉丸(・・・)は、それを我愛羅やナルト本人に告げることは出来ない。ただ、ある人物が我愛羅に伝えたことにより、同じ年齢で、同じ境遇にいる者がいると知った我愛羅が、ぜひとも会いたいと機会を伺っていたのである。

 

「じんちゅーりきって、なんだってばよ」

 

「腹の中に、獣を飼う者のことだ」

 

「ええ……?」

 

 ナルトが、恐る恐ると言ったふうに服をたくし上げ、腹を見る。へそしかない。

 

「はらのむしはなるけども。けものなんていないってばよ」

 

「……そうじゃない」

 

 留学生という名の人質として、木の葉隠れに滞在する我愛羅は、別段不自由な生活は送っていなかった。教育は叔父である夜叉丸が、風影の指示を書物で受けて行っている。

 ただ時折、畳間から直接、道徳の時間と言う名で講義を受けることがある。

 その内容は、木の葉隠れの歴史や、それ以前の血で血を洗う戦国時代の歴史。それに続く、各里の始まりの歴史。そして英雄・千手柱間とうちはマダラの物語。まるで実体験であるかのような生々しい表現を用いてされるその講義は、我愛羅にとって、恐ろしくも魅力的な時間であった。

 

 ―――戦争良くない。争い良くない。

 

 息子が順調に火の意志を叩き込まれている一方―――畳間に大きな借りがある我愛羅の父・四代目風影は、夜叉丸に対し、くれぐれも木の葉を刺激しないように、と念を押している。

 一番の懸念として、封印術が脆弱でありともすれば暴走しかねないという一尾の存在があったが、しかし畳間が風影の了解を得たうえで、精度の低い砂隠れの封印術を八卦封印に書き換えている。夜になると、我愛羅は精神世界で一尾に嫌がらせをされて中々熟睡できないらしく、ひどい隈が両目の周りに浮かんでいるが、すでに暴走の危険は無いに等しいのである。

 ゆえに我愛羅は、里内であれば規制も無くどこへ行くにも自由であるし、夜叉丸も里内では自重して砂隠れの額当てを付けていないので、別段忌避の視線を向けられるということも無かった。むしろ乳母車に乗っているときから良くも悪くも注目されていたので、成長を見守るジジババたちがぽつぽつと現れる程である。幼い割に無口でクール、かといえば妙に天然な言動をする。ギャップ萌えというやつにやられていたジジババも少なくない。

 

「……」

 

 しかめっ面で、しかし内心で困っている我愛羅。

 

「……」

 

 なんだこいつと、内心で困っているナルト。

 

 ―――そこに突如として現れる、我愛羅をここに誘導した、諸悪の根源。

 

「余力は残して魅力が光る! 八尾がサビのキラービーだぜオレ様が! アー! イエー! ウィイー!」

 

 乱入者に、見守っていた夜叉丸の気が遠くなる。

 

「な、なんだってばよ、にいちゃん!!」

 

「八尾のキラービーだぜオレ様が! オレ達世界の人柱力♪ オレ達揃えば百人力♪ 世界に名だたる防衛隊♪ 忍界守る尾獣隊♪」

 

「お……? なんかかっけーひびきだってばよ」

 

 響きの良い言葉に乗せられ、身を乗り出したナルト。

 そして―――そこに現れる、新たなる乱入者。

 

「ききずてならないな。木の葉を守るのは―――おれたち、うちは警務隊だ!!」

 

「なんかまたしらないやつが来たってばよ……」

 

 ―――紺色の服、背中に背負ったうちわの家紋。

 

「知らないやつじゃない。おれの名はうちはサスケ。いずれにいさんを越え、ほかげになるおとこだ!!」

 

 ナルトたちへ指先を向け、片手を腰に当てて決めポーズを取る少年―――サスケが、その小さい背を伸ばしながら、高らかに宣言する。

 

「……む。ならばおれはかぜかげになる」

 

「がー!! ほかげもかぜかげも別に好きになってくれってばよ!! なんなんだってばよお前らは!!」

 

「我愛羅だ」

 

「うちはサスケだ」

 

「だぁかぁらぁあああ!!」

 

 ―――そして、さらにそこに現れる新たなる乱入者。

 

「お前らァ!! 青春してるなァーー!! 通りすがりの木の葉の青い猛獣!! マイト・ガイ!! 見参!!」

 

 日課の訓練でもしていたのだろう。

 煌びやかな汗を流し、足の裏にダンベルを乗せたまま逆立ちで登場した青年―――マイト・ガイ。

 

「あ、せいしゅんゲキマユの人だってばよ! うちのきんじょを逆立ちではしりまわってる!! おばちゃんがへんしつしゃだっていってたってば!!」

 

「へ、変質者だとォ!! アカリ様酷い……」

 

 ナルトの言葉にその熱い心が冷めきり、ガイがしょぼんと落ち込んだ。

 ちなみに、ガイは日課の修業中に通りがかった公園で、九尾の人柱力であるナルトと、うちはの直系であるサスケが、他里の人柱力二名と、そのうちの一人の付き人であり準影クラスの実力を誇る忍びが一緒にいるのを見かけて、万一の時の護衛となるべく、さりげなく(・・・・・)現れたという、実に真っ当な理由がある。

 

 ―――しかし、カオスである。

 

(……。どうしよう……これ……)

 

 ―――オレもこんな感じで叔父貴を困らせてたのかな。ごめんなさい叔父貴……。

 

 なんて、もはや届かぬ謝罪を思いながら―――。

 別の木の上からナルトを見守っていた畳間の影分身が、早くオリジナルに戻りたいと、痛む頭を抱えた。


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