綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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不満は熱さを乗り越えるか?

 思ったよりも随分早かったなと、畳間は思った。もう少し、手を組むには時間がかかると思っていた。落石や突風、雨嵐、不審者の乱入に岸壁一杯の蛞蝓地獄など、いくつかのアクシデントを多数用意していたのだが、それらも意味のないものになってしまった。

 眼前に並ぶ三人―――うちはミコトとクシナは土埃と切り傷、擦り傷からにじみ出た血に汚れている。ぼろぼろの、悲惨な姿である。だが、その眼光は力強く畳間を射抜いていた。

 

「―――久しぶりに会えたってばね」

 

 クシナの言葉に、畳間が笑みを浮かべた。頬に刻まれた刀傷がいびつに歪む。

 

「久しぶり、というほどでもないが……。よくここまで辿り着いた」

「ありがと。それで、畳間さん、どうするつもりだってばね?」

「どうするとは……何をだ?」

「合格者のこと。私とミコトは、同時に頂上へ上がった。シビは合格でも、私たちはどうするつもりだってばね」

「ふむ……」

 

 畳間が顎に手を当てて考えるそぶりを取る。クシナの表情は、畳間の言葉の裏を突いた最高の作戦だと、自負しているようである。実際、畳間はそのように受け取ってほしいと思っていたので間違いではない。

 頂上がゴールだとは言ったが、それが同時に、合格になるとは言っていない。ひっかけ問題のようだが、仲間全員で合格するために、つまらない言葉遊びの意味を必死で考える余裕があるかどうか、それが重要なのである。それは危険な任務において、どうすれば仲間全員で生還できるかという思考に繋がってくるからだ。かねがね予想通りだが、してやったりと小さな胸を張るクシナが面白くて、少し意地悪をしたくなった。

 

「では……そうだな。お前たち2人を谷底に突き落として、もう一度競い合って貰うとするか」

「ひえっ」

 

 声を笑いで震わせながら、畳間が言った。

 よっぽど嫌なのだろう。ミコトとクシナは顔面を蒼白にして息を呑む。だったら下忍止めるとでも言いそうな雰囲気であった。

 

「冗談だ。”3人の通過”を認める」

「やったー!!」 

 

 喜び合うクシナとミコト。シビは肉体も精神もチャクラも酷使したためか、その場に座り込んでしまった。

 

「……いや、待ってほしい。通過、とは?」

 

 腰を落としたシビが、いぶかし気に畳間を見上げた。どうにも、嫌な予感がした。崖の上の草が生えそろった平原の奥に、不自然に群生する木々と、背丈ほどの高さがある草々。

 

「任務中は、意図しない連戦というアクシデントも発生する。このまま、第二試験を始めたいと思う」

 

 空気が凍った。それに気づかず、畳間は懐からあるものを取り出した。畳間の手の中で、ちりんと鳴るそれは、一つの鈴。

 

「先ほどの言葉を口にしたクシナなら分かっていると思うが、今の試験にも、そしてこの試験にも、意図はある。これからお前たちの実力を、見せて貰おうと思う。あの森でな」

 

 畳間が首をくいと動かし、背後の森を示す。

 

「……それも冗談ですよね?」

「ミコト、残念だが、冗談ではない。あの森にはいくつか忍具を隠しておいたから、それを使ってもいい。お前たちは今日中に、この鈴を手にしろ。あるいは、あの森に隠した鈴を見つけろ。無論のことだが、どちらも妨害させてもらう」

「さ、さすがに、無理だってばね……」

 

 体中ボロボロのクシナが力の抜けた言葉を漏らす。体力を失ったシビは、絶望により無言で肩を落としている。相手は木の葉が誇る最高戦力の一角。 ”木の葉の昇り龍”である。万全の状態でも明らかな戦力差があるというのに、ぼろぼろの下忍未満が束になっても敵う相手ではない。

 

「―――やろう、クシナ。このまま何もせずに失格だなんて、あんまり悔しいじゃない」

 

 ミコトが前に出た。クシナは驚いたように顔をあげた。

 

「ミコト、あんた……。本気?」

「本気」

「……。よっしゃ、分かったってばね」

 

 クシナはもともと、意志が強く思い切りのいい、やんちゃな少年のような娘である。立ち直るのは早く、不敵な笑みを浮かべると、勢いよく立ち上がった。

 

「シビ、男でしょ。しゃきっとするってばね」

「正気か……?」

「正気も正気ってばね。私は歴代初の女性火影になる女なの。これくらいでへこたれてられないってばね。それに、下忍はもう―――目の前にある」

 

 畳間の手の中にある鈴を、クシナはじっと見つめた。この1週間ほど、過酷な環境で過ごしてきたことで、ミコトとクシナはハングリー精神がだいぶ養われているらしい。そういう意味では、楽をしてきたシビは、2人に一歩劣るといったところだろうか。別にそれが悪いということは全くないが。

 

「火影、か……」

「そうだってばね。畳間さんも、笑う?」

 

 力強く言い切って、畳間に尋ねる。

 畳間は本当に嬉しそうに笑い、頷いた。確かに畳間は笑ったが、それはクシナが想っていた笑いとはかけ離れた温もりを持ったものであり、クシナは困ったように目を泳がせる。

 

「お前を笑ったわけじゃない。ただ、昔を思い出してな、懐かしくなった。―――良い夢だ、クシナ」

「班員から火影が出れば、油目一族としても鼻が高い。それに―――」

 

 シビが立ち上がり、ポケットに手を入れて、畳間をサングラス越しに見据える。

 

「木の葉最高戦力の実力……知るにはいい機会だ。目安にもなる」

「ほう、俺を尺に使うか。いいだろう。親の仇を憎むように、全力で、殺す気で掛かって来い。それでもなお届きえぬ―――忍の世界を見せてやる」

 

 畳間が言った。ざわりと空気が震える。三人はごくりと唾を呑み、腰を低く落とした。戦いが始ま―――

 

「―――1つ、言っておきたいんだが。オレはお前たちに、下忍になってほしいと心の底から思っている」

 

 ぴくりと、三人が反応する。そうは思えない所業を今しがた乗り越えてきたわけだが、それをどう弁明するのか疑問で仕方がなかった。だが、畳間の雰囲気は嘘や冗談を言っているようでもなく、三人は困惑のため、思わず視線を交わした。

 

 ―――お前は人を怯えさせることに関して飛び抜けた才能がある。それは本心を中々伝えなくて、何を考えているか分かり辛いという所為でもあるが……。根本的な原因は、今伝えたところでお前は理解できないだろう。だから、これだけはその不運な子たちに伝えるんだぞ。

 

 以前、サクモから説教をされた際に言われた言葉である。だが、これから決死の覚悟で挑もうとしている子供たちに、その決戦の直前に伝える言葉ではない。

 子供たちから見てあまりに噛みあっていない畳間の言動は、子供たちの思考に拒絶反応を発生させた。例えるなら煙が立ち上る勢いで故障した電化製品のように、子供たちの思考が停止した。

 

「では、始めようか」

「ちょ」

 

 ある意味でフェイントを仕掛けられたような3人は、仕掛けるタイミングを逃した。本当に最悪のタイミングでの発言である。

 

 そして―――シビが吹っ飛んだ。

 

「シビ!!」

 

 ポケットに手を突っ込んだまま、弓のように体を逸らし、シビが森へと吹っ飛んでいく。シビの体は勢いをそのままに森の中へと消えていく。

 

「速いっ!!」

 

 いつの間にか畳間がシビの背後に立ち、蹴りを放っていた。

 クシナとミコトは距離を取り、一挙手一投足を見逃さぬように、畳間を見据えた。

 

「―――ほら、はやく行け。お前たちもシビのように手伝ってほしいなら、やぶさかではないが?」

「ミコト!」

「クシナ!」

 

 2人は互いの名を叫び、一斉に森へと突っ走る。

 

「俺は1時間後、森へ入る。鈴を探すもよし、罠を張るもよし、だ」

 

 背後から聞こえる畳間の声が、2人の恐怖を煽った。

 

 

「―――角都戦。まずはこれからだな」

 

 畳間は自分の人生を振り返り、その転換期を思う。下忍になる前に起きた角都との遭遇戦で畳間は一度命を落とし、大切な人を失った。さすがに子供たちを殺したり、大切な人を奪うようなことをするつもりはないが、下忍になる前に強大な敵と戦うというシチュエーションを、なぞろうということである。自分と同じことをしていけば強くなるだろうという考えであった。

 

 シビを蹴り飛ばしたのは、3人の中で、彼が最も実力者だったからである。これで個人プレーはまず出来ない。仲間に頼らざるを得ない状況を作り出した。クシナは行動力があり公平で情が厚く、ミコトは義理堅く個人への愛情深い。冷静かつ理論的なシビには、チームの2人を安定させる頭脳として機能してもらわねばならない。仲間思いの理論的な頭脳は、とても頼りになるのだ。良いチームになりそうだと、畳間はほくそ笑んだ。

 

 一時間が立ち、畳間は森の中へ足を踏み入れた。自分がせっせと作った森である。変化は一目でわかったが、それを気にするつもりは無い。畳間は森を規則的に彷徨い、あくまで迎撃に専念するつもりである。また、あまりに分かりやすい行動を取った者や痕跡が残っていた場合にのみ、行動を起こすつもりであった。

 

 近くの木に飛び移り、痕跡を探すふりをする。何も見つからず、別の木に飛び移った。それを数回繰り返し、足跡を見つけた。足跡の向きから、敵は進行方向を割り出す。畳間はその足跡の方角のある木へと飛び移る。

 木に足を付ける。何かを踏む感覚。同時に、木が爆発した。起爆札を用いたワイヤートラップだった。咄嗟に顔を覆い、怪我を防ぐ。至近距離からの爆発は、畳間の腕を傷つけた。遠慮も戸惑いもないようで、畳間は笑みがこぼれた。本気で挑んでくれていることが嬉しかったのである。

 

 枝の折れる音に、浮遊感。足場が崩れ、畳間の体が宙に浮く。共に落ちていく太い枝を見れば、爆発で折れるように細工がされていた。

 地面を見れば、まきびしが敷き詰められている。畳間は枝を掴み、手を地面へと伸ばした。枝は畳間よりも先に地面に突き刺さり、畳間は枝の先にて倒立する形で停止する。腕の力で体を飛ばし、近場の木の幹へ、垂直に張り付いた。

 そこにもまた、罠は仕掛けられていた。畳間は飛びのきながら、二重三重と続く罠に舌を巻く。畳間は行く先々で待ち受ける罠を避けながら、森の奥へと進んで行った。

 

「これは誘導されているな……。誰の考えだ?」

 

 いずれも最低限の資源で作られた罠だった。本命の罠に、すべての忍具を集結させているのだろう。だが、それで獲られるほど畳間も甘くはない。

 少し進んで、畳間は地面に降り立った。直後、連続した巨大な爆発音が響く。畳間の背後で起爆札が爆発したらしかった。畳間は反射的に振り返る。爆発が徐々に迫ってきている。用意してあった起爆札、その残りのすべてを、今この場で爆発させているらしい。だが、少し遠い。仕掛ける場所を間違えたのか。畳間がそう思ったとき―――。

 

「覚悟ッ!!」

 

 頭上から、忍者刀を振りかぶったシビが降ってくる。

 

「シビ……?」

 

 奇襲は無言で行うから奇襲なのだ。爆音の中にあっても、叫んで己の存在を誇示してしまえば意味がない。つまりこれは陽動―――囮に過ぎない。畳間は忍具を抜くこともなく、落ちてくるシビの方を向いた。本丸は、背後。迫る気配を感じる。火遁―――それも人一人ぶんほどの大きさの火球。恐らくは、業火球の術。

 シビは畳間を振り向かせないためか、落ちてくる最中に、忍者刀を畳間へと勢いよく投げつけた。勢いよく畳間に迫る刀の後ろで、シビは腰から抜き取ったクナイを構える。防がせて、あるいは避けさせて、その隙に攻撃を当てるつもりのようである。

 

 爆発による気配の遮断、シビの直接的な誘導に、ミコトによる一手。ならば、残るクシナは―――おそらく3人の切り札。確実な奇襲を行うのなら、これらの手の直後になる。おそらく潜んでいるのは、業火球の影。4段構えの攻撃だ。

 

 畳間は3人の作戦を読み、目前に迫る忍者刀を見据えた。首を左へ少し動かし、紙一重の位置で避けた忍者刀が、右をすり抜けていく―――その瞬間、畳間は左手で刀の柄をつかみ取り、振り向きざまに背後の火球を斬りつけた。火球は空中で霧散した。その後ろから現れる影―――。

 

「気づかれてた!? しかも業火球を、斬るなんて!?」

 

 少し離れた草むらから、ミコトの声が聞こえた。

 ならばクシナかと思えば、やはりその通りであった。クシナは刀を振りかぶり、近接しながら、一気に刀を振り下ろした。畳間は振り下ろされた刀を、自身の刀の峰で容易くはじき返す。刀を握りしめたまま両手を弾きあげられ、腹を晒したクシナのみぞおちを、畳間は刀の柄で殴打する。畳間は同時に、右手を宙に伸ばし、クナイを持ち迫っていたシビの胸倉を掴み、そのまま宙で固定していた。

 クシナはうめき声をあげてその場に崩れ落ち、シビは体に掛かる衝撃にうめき声をあげ、口から体液を零す。

 

「シビ、クシナ!」

 

 叫び、草むらから飛び出したミコト。畳間は倒れ呻いているクシナの着物の襟首を掴み、ミコトへ向けて、シビとクシナを放り投げた。

 ミコトはクシナとシビと激突し、3人はまとめて地面に転がった。

 

「―――どうした? 万策尽きたか?」

 

 動く様子がない3人を見えて、畳間が不満げに目を細める。万策尽きて諦めたというのなら、期待外れもいいところだ。最後まで諦めない姿勢は、忍としての基本である。

 だが、クシナはそんな畳間の心を見抜いてか、にやりと得意げに笑みを浮かべながら、上体を起こした。

 

「畳間さん―――いえ、畳間先生(・・)。もう、試験は終わったんだってばね」

 

 クシナはそう言いながらのっそりと上体を起こし、楽な姿勢で座る。

 

「どういうことだ?」

「鈴を、見てほしいな」

 

 続いて起き上がったミコトの言葉に、畳間が腰につけた鈴を見やる。鈴は確かにそこに在り、彼らは鈴を手にしてはいない。あるいは隠した鈴を見つけたかと思ったが、そんな様子もない。

 じっと鈴を見ればと、鈴口に黒いシミのようなものが見て取れる。買ったばかりの鈴に、そんな黒染みがあるわけがなかった。だがそれは確かにそこにあり―――よく見れば、黒いなにかはゆっくりと移動していた。

 

「―――これは……まさか」

 

 はっと、畳間は3人を―――倒れたままのシビを見つめる。

 

「シビか?」

「その通りです。その虫は、シビ君の奇壊虫。それは油目一族にとって、己の手であり、足―――」

「一手、届かせたってばね」

 

 虫一匹、だからどうしたといえばそれまでだ。だが―――。

 

「―――。下忍にもなっていない子供たちが……一手とはいえ、この俺に届かせるとはな」

「ここまでやって、虫一匹ですよ、畳間先生。私たちは、術を使わせることも出来なかった」

「いや……十分だ。認めよう、お前たちは―――」

 

 ―――合格だ。

 

 わあと、女の子の歓声が森に響く。

 

「シビ、ちょっとシビ!」

「う……あ、は!? クシナか、どうなった!?」

「やったってばね! 私たち、下忍になったってばね!!」

「―――は、ああ、よかった」

 

 手を取り合い、わいわいと喜びを共有する3人。今の3人なら、再びあの谷底に置き去りにしたとしても、最初から手を取り合えるだろう。

 

 話を聴けば、シビは最初の20分ほどは意識を失ったままだったのだという。意識を取り戻したとき、せっかくの準備時間を無駄にしたことを謝罪したシビを、ミコトとクシナは笑って許し、さらにいえば畳間に蹴り飛ばされたことを同情する言葉すらかけた。責められるとばかり思っていたシビは、弱った体と心に入り込まれて、あっさりと陥落し、今回の作戦を立案した。

 作戦のすべてが、虫を鈴に届かせるための囮。シビが最初に突貫したのは、切り札を持つ者が表に立つことで、探られないようにするため。ミコトを後方に置いたのは、ミコト、あるいはクシナこそが切り札であると畳間に錯覚させて、注意をシビから少しでも逸らせるためだった。畳間の死角を1ミリでも増やし、そこに虫を潜ませるために、皆は死力を尽くした。

 もしも畳間が虫は認めないと言えばどうするつもりだったのかと聞けば、体力も限界で短期決戦を行わざるをえず、それ以外に打つ手はないから、考えなかったと3人は返す。たった一縷の望みにすべてを賭した3人の覚悟は、畳間をして、称賛に値するものであった。

 

 これは化けるかもしれん―――畳間は笑みをこぼし、3人に祝福の言葉を送った。

 

 

 過酷な鍛錬の後には、十分な休息を。

 

 畳間の言葉により、3人は1週間の休暇を味わった。久しぶりの温かい食事、温かい布団。幸せを噛みしめた3人は、それぞれ別の家で、ほぼ同じ時間に、ほろりと涙をこぼした。その数日後には一度集まり、畳間が用意した豪華な食事を楽しんだ。そこで畳間たちは改めて自己紹介を行い、それぞれの夢や忍としての思いを語り合った。畳間はそこで、3人に改めて祝福と喜びを伝えた。

 

 試験後日、畳間は事の顛末を知ったサクモから説教をされていた。

 早すぎる、厳しすぎると早口に言うサクモの説教を、畳間は嫌そうに顔を背けて聴いていた。だが、幼少期から英才教育を受けていた畳間や、幼いころから天才と呼ばれていたサクモであればともかく、今の子供たちにかつての自分たちと同じ道を歩ませることはあまりに鬼畜過ぎると諭された。また、なにごとも順序があること、意味も分からず過酷な修行に置かれたことや、また、他の班の下忍と明らかにレベルが違う試験の内容は、子供たちに不安と疑心を抱かせ、それは恐怖に転じると説かれたことで、畳間は少し折れた。

 

 折れたのは少しだったので、畳間は大蝦蟇仙人の予言により若くして上忍となり、畳間と同じく下忍を受け持つこととなった自来也に意見を求めた。親友であるサクモほど苛烈な説教ではなかったが、畳間の話を聞いた自来也もまた、表情を引きつらせながら、サクモの言う通りにしたほうが良いことを伝えた。さらに自来也は、畳間の子供たちへの思いを聞くと真剣な表情で、これからの子供たちとの関係を考えても、畳間の思いを守るためにも、そうするべきであると説いた。

 厳しいだけの師についていける弟子は限られる。畳間とて、扉間の厳しいだけではない師の側面を目の当たりにしていたから、あの修行の日々に耐えられたのだから。

 

 納得した畳間は食事会を開催した。

 試験内容に関してこそ謝る気はさらさらないが、どういう意図で行ったものなのかを改めて説明し、これから修行に入る際は、その内容や意図の説明を行うこと、また3人がどのような忍を目指しているのかという意向も取り入れていくことを約束した。

 3人の子供たち―――改め下忍たちは、畳間の懇切丁寧な説明に納得し、食事会においては何の忌憚もなく食事に舌鼓を打った。そのときにはもはや集まった当時、瞳の奥に燻っていた不安や疑念の色はなくなっていた。これからの輝かしい下忍生活を思い話し合う3人は、あの修行も超えてみればいい経験だったと、朗らかに笑いあっていたのである。

 そのとき、3人は気づかなかったが、畳間の目に、きらりと一筋の光が走る。

 

 ―――喉元過ぎれば熱さを忘れる。疑念と不安は、納得によって消滅する。

 いいことを知ったと、畳間は思った。

 

 果たして一週間後、初任務が幕を開ける―――。

 

 

「なんか思ってたのとちがうってばねー」

 

 猫探し、草毟り、宅配便にベビーシッター、畑仕事に山仕事。

 クシナたちが下忍となって一か月、おおよそ忍者の仕事とは思えない任務内容が続き、ついにクシナが愚痴をこぼし始めた。むしろ良く持ったというべきか、畳間たちのときは土木作業だったとはいえ、その最中にカガミから修行をつけてもらっていた。

 今回は修行内容が内容なだけに修行をする時間はあまりなく、この一か月で3人が学んだことといえば、壁走りと水上歩きの、チャクラコントロールに関することのみである。

 護衛任務もやってやれないことはないだろうが、今は戦時下であるため、一番ランクが低い任務であっても、忍びとの交戦が発生しないとは言えない。新米下忍たちには荷が重いと、火影直々のお達しであり、畳間もまたそれに反対することはなかった。

 

「おいおい、クシナ。こういった任務をこなして手に入れる”信用”と”信頼”が、忍びにとって重要なんだ」

「”忍びなのに”ですか?」

「”忍びだから”だ」

 

 ミコトの言葉に、畳間が返す。

 

「ミコトの言う通り、忍びというのは、騙し騙されだが、じゃあ信用できない忍びに仕事を任せられるか? 俺たちが騙し騙される相手は”敵”だけであって、依頼主様には安心と信頼の里でないといかんのよ」

「な、なるほど」

「あいつらになら任せられる―――そういう信頼を勝ち取れば、そのうち向こうから、それこそ嫌でも、大きい任務が舞い込むだろうよ」

 

 抜け忍は抹殺するという掟も、信頼と信用によるものが大きい。里の情報が洩れることは勿論だが、大名などが信頼して預けた情報を抜き取られれば、安心して任務を依頼することが出来なくなるだろう。大名様の信頼に値する里です。情報は絶対守ります―――そういったことを示す、パフォーマンスの一つでもある。

 

「今はぺーぺーで、まったくもって無いんだよ。そういった信頼と信用がな」

「むー、でもなんか納得できないってばね。先生なんとかして!! 昇り龍の権力で何とかしてってばね~」

「おいおい、クシナ。無茶言うなよ。”プロフェッサー”の方が権力も実力も上なんだ」

「ちょっとシビ! なんとかいってってばね!」

「……オレか? オレは別に文句はないが」

 

 わいわいと言い合うクシナとシビを尻目に、ミコトが興味津々といったふうに、畳間に尋ねる。

 

「三代目様は、畳間先生よりも強いんですか?」  

「あ、それ私も気になるってばね」

 

 シビも同じようで、じっと畳間を見つめている。畳間の強さは骨身にしみて分かっている3人。その畳間をして上といわしめる三代目とはどれほどのものなのか、興味があった。

 

「ずいぶん前だが、手合わせをしたことがある。三代目は里のあらゆる術を解き明かさんとする俊英でな。奈良や山中一族の術も、いつの間にか会得していた」

 

 多重影分身から発動される五遁攻撃に、超多重影縛りの術。印を封じた状態での手裏剣影分身による面制圧や、心転身による拘束。体術も、口寄せ動物”猿猴王・閻魔”との連携や、閻魔が変化した金剛如意による杖術。

 おおよそ木の葉が誇るチームワーク戦術の代名詞を、三代目火影・猿飛ヒルゼンは、たった一人でこなせてしまう。一人多一族連合ともいえる三代目火影は、初代火影・千手柱間のような制圧力や、新たな術を次々に開発した二代目火影・千手扉間のような頭脳こそない。だがその器用さは術を発展させる応用力であり、また多くの術を有するがゆえに、初見の術を一目で見極め対抗手段を見つけ出せる観察力を有している。目立ちこそしないが敵に回すと厭らしい相手といえるだろう。

 若いころは気のいい兄ちゃんの見た目でえげつない手を数多く打ってきて、畳間は何度も煮え湯を飲まされてきた。

 

「世の中は広い。上には上がいる。火影ってのはそれだけ高みにあるということだ。俺とて、逃げの一手を打ったことは幾度もある」

「ひぇ~。しばらくは逃げるが勝ちだってばね」

「それでいい。生きてさえいてくれればな」

 

 そう言って畳間はクシナの頭をぐりぐりと撫でる。クシナは照れつつも手を跳ね除けることはない。また、お前たちもだぞと、シビとミコトの頭に手を置いて、同じように頭を撫でた。

 

「あ、そうだ」

 

 唐突に、畳間が言った。

 

「難しい任務を受けるというのは、できなくはないな」

「え?」

「ただ今はまだ少し難しいというか……。ちょっと厳しい修行をしないといけないかもしれないが、それをこなせば三代目も認めるだろうな」

「え、ちょっと厳しい修行?」

「ほら、やっぱりまだ早い。しばらくはこのまま―――」

「そ、そそそそそ、そんなことないってばね!!」

「ちょっと、クシナ、やばいって!」

 

 腕を組み悩まし気に唸る畳間に、クシナが詰め寄る。シビは我関せずといった様子だが、ミコトは嫌な予感がして、クシナの服を引いてとどめようと必死である。

 ちらりと、畳間が試すようにクシナを見下ろした。

 

「できる?」

「できる!!」

「でもなぁ。ミコトはなんか嫌がってるしなぁ。クシナも本当はびびってるんじゃないのか?」

「そそそんなことないってばね! 泣き虫ミコトじゃあるまいし!!」

「なッ!? 男女(おとこおんな)クシナが言うじゃない!!」

 

 売り言葉に買い言葉で、クシナとミコトが噛みつきあっている。

 

「シビ」

「諦めます」

 

 畳間の声掛けに、シビが疲れた雰囲気を滲ませて答えた。

 

「先生!」

「先生!」

 

「「できます!!」」

 

「―――じゃあ、修行しよっか」

 

 生徒たちの熱意を、畳間は満面の笑みで受け止めた。

 

 


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