綱手の兄貴は転生者   作:ポルポル

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臥龍天昇

 大地が唸り声をあげ、震動している。

 

「はあああああッ!」

 

 畳間は震えあがるほどの怒気を携えて、チャクラを練り上げた。畳間から立ち上る嵐のようなチャクラは、彼の髪を逆立たせ、風の無い地で外套を揺らめかせる。周囲の土を突き破って現れた裸の木々が、まるで獲物を狙い首を(もた)げた蛇のように、鋭利な先端を角都へと向ける。ぴりぴりと戦場の空気が張り詰め、獣たちが騒めき、鳥たちは羽ばたいて空へ逃れる。かつて角都と戦った少年時代と比べて、桁違いに増えた畳間のチャクラ量は、最強の尾獣たる九尾には届かずとも、決して見劣りする量では無い。

 

 角都と言う男は、畳間が思っていた以上に慎重な忍であった。それとも畳間の怒気に震えたのだろうか、彼は畳間が明らかに木遁を操っていることを視認すると、すぐさま周囲に展開していた触手を収集し、その体を覆い、守った。まるで繭のような姿である。畳間はそれを攻撃の予備動作だと思い警戒していたのだが、少ししても、角都が何かを始める気配はなかった。

 

「それだけか?」

 

 しんとした中、恐る恐るといったふうに、角都が言った。畳間はその意味が解らず、「どういう意味だ」と抑揚のない声で答えた。

 

「それだけかと言ったのだ」

 

 触手の中から顔を出した角都は、今度こそはっきり言い放った。彼の表情は何かを恐れているかのようでありながら、同時に激しい苛立ちが混ざっているようにも思えた。これがびっくりして丸まった猫や犬ならば愛嬌もあっただろうが、相手が不気味に蠢く触手にぬらぬらと輝く邪悪な瞳をした男では、可愛げなどあろうはずもない。

 

 畳間は角都の問いを、意味が解らないと斬り捨てた。もはや待つことも無いと、畳間は断じる。くい、と指を動かせば、停止していた木々が動き出す。まるでバネでも仕込まれているかのような瞬発力で、大木の槍は発射される。槍は角都の顔面に突き刺さったが、それは分身であったようで、手ごたえが浅かった。ならば次だと、第二第三の丸太の槍を動かした。

 

「―――外したか。次だ」

 

 掲げた腕を振り下ろし、畳間はそれを合図とする。畳間の背後に控えていた丸太の蛇たちが、角都を食い荒らそうと触手の繭へと殺到した。

 『砂漠で一粒の砂金を見つけ出すようなもの』とは無理・不可能の例えとして使われる言葉であるが、触手の中に埋もれた角都を見つけ出すことは、そこまで難しいことでは無い。手当たり次第に巨大な槍で貫いて行けば、そのうち本体に行き当たるだろう。畳間はそう考えていた。

 

 角都は最初の槍こそ、その貫通を許したが、その直後は触手を操って、畳間の攻撃に対応し、応戦の姿勢を示していた。畳間が攻め込めば角都の触手がそれを止め、角都が攻め込めば畳間の木がそれを防ぐ。角都と畳間の戦いは、まるで陣取り合戦のような様相を呈している。けれども遠距離タイプと遠距離タイプの戦いは、質量という点で分がある畳間が優位に立っていた。

 

「ふははははは!」

 

 ところが、角都が突然、声を上げて笑い始めた。ぴたりと攻防を止め、畳間は訝しげに角都を睨みつける。

 

「そうか、そうか。やはり貴様はそれだけか」

「何が言いたい?」

「いや、なに。たいしたこともない―――そう、言っただけだ」

「減らず口を……」

 

 安心したとでも言いたいのか、角都の言葉に滲み出る愉悦の色が濃い。

 畳間は冷めた表情を浮かべ、角都を見た。その表情には余裕が浮かび、先ほどまでは確かにあった警戒の色は見受けられない。一体どういうことか、畳間は考えた。今までは確かに拮抗しつつも、術の相性から、畳間が優勢だったはずである。角都に対しては決定打に欠ける畳間であるが、それこそ角都のチャクラが底を突くまで粘るつもりであった。時間はかかるだろうが、敵味方共に増援は無い状況は同じ。手酷いミスをしなければ切り抜けられると、畳間は考えていた。

 それは角都との戦いの中で感じた手応えと、かつての戦いの情報から導き出した答えである。

 角都は歴戦の猛者―――その技術と長年の戦いで培った経験・忍びとしての勘で戦う知略タイプの忍びだ。かつてよりも実力は上昇していても、高齢故に急激な成長は無い。

 一方、畳間は若さと血統、さらには師の優秀さを武器に、かねてより急激な成長を遂げている。経験はともかくとして、技術においては師・扉間より授けられた、状況に応じて使い分けられる数々の術がある。決して不利な戦いでは無い。

 角都を危険視したがゆえに飛雷神の術まで披露し、隔離したものの、それは緊急事態であったからだ。木の葉最高戦力たる猿飛ヒルゼンであれば―――時間という縛りさえなければと言う条件が付くが、一人で完封できただろう。畳間と拮抗するということは、そういうことだ。

 

「貴様、今、押していると思っていただろう? 成長した自分が、このオレを相手に、優位を保っていると、そう思っていただろう?」

「はァ……」

 

 心底疲れ果てたと言うように、畳間が左右に首をゆらす。

 

「お前の顎はよく動くな。その顎、縫い合わせて固定してやる。幸いにも、糸には困りそうにない」

「自惚れるなよ、小僧。貴様も千手柱間の力を引き継いでいる―――そう気づいたときこそ焦りはしたが、その程度で粋がるな。良い機会だ。少し……遊んでやろう」

「―――なんだ……これは……」

 

 ハッタリか―――畳間がそう思った矢先、それは起こった。巨大な影がゆっくりと畳間の影を呑みこみ、畳間はその異様さに息を呑みこんだ。

 まるで花咲くようにゆっくりと開かれたそれは、触手で編み込まれた不気味な翼。地に立つ角都を中心に扇状に広がったそれはまるで剥き出しの心臓のように脈打ち、不気味な蠢きを晒していた。

 突風が吹き、影が動く。空気を揺らす震動は草原を薙ぎ、空を仰いだ畳間の表情が消えた。

 

「飛んだ、のか……」

 

 呆然として、言葉が零れた。

 畳間の頭上に広がる羽は風を切る。恐ろしいその様相は、まるで子猫を()もうとする烏のようである。桁違いとはこのことか。急激な成長が無いなどとは、とんでもないことであった。今まで、手を抜いていたのだ。角都は明らかに、伸びしろで言えば畳間以上の成長を遂げていた。びりびりと肌が痺れるような感覚―――チャクラの奔流が、畳間を襲った。その瞬間の絶望感たるや、今のサクモ、イナ、畳間三人で足止めが出来るかと聞かれて、出来ないと断言できるほどである。

 

 ―――雨が、降って来た。

 

「やばい、これは……くそッ」

 

 畳間は自分に近づいてくる”雨”に気づき、空へ掌をかざした。追従するように、木遁の壁が地中から現れて、畳間の頭上を覆った。けれども雨とは一粒の水滴で終わる様なものでは無い。二つ、三つ―――触手の槍が木に突き刺さる乾いた音が続く。

 徐々に増えていくその雨は、やがて嵐のような怒涛さへ変貌していく。それは意志を持ち、畳間を穿ちぬかんとする触手の雨―――横殴りの暴風の如く、傘は意味をなさなかった。頭上に意識を向けていた畳間が、”傘”を器用に避けて横から顔を出した触手の槍に気づけたのは、扉間の修行があったからであろう。畳間は横殴りの攻撃に対しても木の壁を作り出した。けれども咄嗟に作り出した壁はチャクラの練り込みが甘く、角都の触手は壁を貫いて、畳間の目を抉り取ろうと迫った。

 

「は……ッ」

 

 避けられない。そう考えた畳間は木遁の壁へあらん限りのチャクラを瞬時に練り込んだ。穿ち抜かれた木遁の壁は再生し、風穴が急激に塞がり、間一髪で、触手の侵攻を止めた。まつ毛に触れるか触れないかという距離で、触手が動きを停止する。

 

「安心したかね?」

 

 横から掛けられた声に、畳間は身の毛がよだつおぞましさを感じた。はっと顔を向ければ、角都がそこにいた。畳間は咄嗟に苦無を投げつける。苦無は吸い込まれるように角都の額に突き刺さったが、その瞬間、角都は糸が解けるように、触手へと分解された。触手分身である。分解された触手は瞬時に、そして一斉に鋭利な先端を畳間に向け、襲い掛かった。つい先ほどまで畳間がいた場所に、無数の触手が突き刺さった。

 畳間は咄嗟に瞬身の術を使えた自分を、褒めてやりたい気持ちである。けれどもそんな時間があるわけも無く、逃げる畳間に、角都は追い縋って行く。

 畳間が駆ける先に、触手がぬっと現れた。畳間は無様にも転がるようにしてそれを避ける。畳間のすぐ傍を、触手の槍が通り過ぎて行った。

 

(どういうことだ……。どのような方法かはわからないが、奴は、オレの動きを把握している)

 

 

 畳間は扉間の弟子として、その戦闘スタイルを受け継いでいる。そのスピードは、木の葉において上から数えたほうが速いほどである。その動きについて来られるのは、体術に重きを置いて修行を積んだ忍びくらいだろう。

 そして今の攻撃を見るに、角都は畳間の急激な変化を伴った動きに、着いて来ているわけではないようだ。触手の動き、その速さ自体はそれほどでもなく、畳間の速度を持ってすれば、避けられる程度である。だというのに畳間が逃げに徹しているのは、先ほどから待ち伏せを繰り返されているからだ。まるで畳間の向かう先が見えているかのような、不気味なほどに完璧な配置。

 

(これで”遊んでいる”とは、化物め)

 

 まるで詰将棋のように、一手一手正確に畳間の進路を塞いでいる。反撃に転じようにも、それすらも見通されているかのような采配―――、角都は感知タイプでは無かったはずだ。かつての戦いの折、イナやサクモの襲撃を察知できなかったことからもそれは明らかである。

 

 感知タイプとしての能力は、様々な形がある。例えば風遁使いであれば風を感じることで対象を見つけ出すことが出来るし、忍獣使いであれば忍獣の力を借りて、索敵を行う―――敵を感知する方法は数多くあり、それらは後天的に習得することが可能である。

 けれども―――それらすべての感知方法は、”純粋にチャクラを感知する”能力に劣る。そしてその能力は、生まれ持った才能に依るところが大きく、その才を持って生まれる者は非常に少ない。そういう意味では、一族単位で感知タイプを輩出する山中一族は千手一族よりも貴重な存在であると言えるし、個人で感知能力を生まれ持ったはたけサクモは、畳間以上の天才であると言える。

 幸運にも角都はそういった天才でなかったはずであり、であれば畳間のフェイントを入れた動きを正確に察知できるはずもない。だというのに―――畳間はしゃがみながら駆けると言う器用な動きで目前に迫っていた触手を避けると、正確な感知をされていることを確信した。これは明らかに異常である。

 歯がゆさに奥歯を噛みしめつつも、愚痴ってばかりはいられない。畳間は打開策を模索する。

 

(オレの二代目譲りの”動き”をおしなべて捉える角都の能力は、経験による”先読み”程度のものではない。何か仕掛けがあるはず―――確か奴の能力は、奪った心臓と経絡系に宿ったチャクラの性質を取り込むというものだった。感知タイプの忍びを殺し、心臓を奪ったということか?)

 

 そんなことがあり得るのだろうか―――畳間は思考する。そもそも他者の心臓を取り込むと言う時点で、意味の解らないインチキ能力である。そういうこともある、ということか―――だとするならば、納得はできる。つまり角都の感知能力は、生まれ持った忍びのそれと変わらないということだ。

 はっきり言えば、絶望的である。角都の五つある心臓の内、畳間は感知タイプの忍びの心臓を的確に見つけ出し、潰さなければならない。五分の一の確率でそれを行い、仮に失敗したとするならば、角都はその心臓を徹底して守ろうとするだろう。そうすれば、畳間に突破口は無くなる。

 

(いや、そもそも、すでに守っているんじゃないか? だとすれば、最も堅牢な守りの奥に、それはあるということだ。場所さえわかれば……。触手が最も多く集まっているその一点に、八門遁甲で加速した渾身の一撃を叩き込めば―――)

 

 スタミナを多くとられるだろうが、感知能力さえ奪えば、五分と五分。スタミナで大きく勝る畳間ならば、勝ち目がないわけでは無い。作戦としては悪くない。ならば、畳間から最も離れた場所に在る心臓を狙う―――ということになるが、ここで大きな問題が浮上する。そもそも、畳間が感知タイプでは無いため、角都の心臓の位置が分からないということだ。

 

 畳間とて上忍。物音から気配を察知する業は習得しているが、角都には全く意味が無い。他に身に着けた感知能力は、チャクラを全身から発して自身の領域を作り出し、その中に入った者を捉える『圏境』のみだ。これは近距離タイプの忍びには絶大な能力を発揮するものの、遠距離同士の戦いには不向きである。射程範囲内に入ることが無いのだから、仕方がない。

 元々、写輪眼を駆使した肉弾戦に定評のあるアカリ、木の葉にてトップクラスの速さを誇るサクモが班員であるがゆえに、遠距離補助型としての訓練を積んできたことが、裏目に出たということだ。そして稀にあった遠距離同士の戦いでは、本体は木の護りの中に引っ込んで、戦いは分身に任せるという、合理的ながらも厭らしい戦術をずっと取って来た。今はそれを丸々やり返されていると言う状況である。

 

 机上の空論―――。やっと見つけた方法も、意味をなさない。こんな相手を一体どうやって倒したのかと、畳間は亡き祖父を思い出した。彼は感知タイプではなかったが、いかにして角都の心臓を見つけ出したのか―――畳間は知らざることであるが、柱間は別に心臓を見つけ出して一つ一つ潰していったわけでは無い。その圧倒的な質量で、すべてが肉片になるまで、文字通り叩き、押し潰したのである。

 

(じいちゃんは一体……いや、ひとつだけ、後天的にチャクラ感知の才を手に入れる方法があった……。だけどあれは、飛雷神以上に難しく、危険な業。今の俺ではとてもじゃないが操れるものでは―――。いや、まてよ―――)

 

 柱間は、先天的な感知能力を持ってはいなかった。感知の分野は、専ら弟である扉間が受け持っていた。けれども生前の柱間が、人の気配を正確に把握したときがある。幼い畳間との逃避行の際に、周辺に居るヒルゼンや扉間の隙を上手く掻い潜り、出奔していた。それを思い出したのだ。畳間は柱間が、それによる気配探知にて角都を打倒したと考えているが、実際にはそれは間違いである。けれどもその勘違いが、ある正解を引き当てた。

 

(―――待てよ、先ほど、奴は何と言った)

 

 山頂を吹く風は冷たく、血が昇った畳間の頭をひんやりと冷やした。畳間は頭上で厭らしく笑っているであろう角都を一瞥し、背中に冷たい汗が流れる感触を味わった。

 

(気のせいか? いや、そうではない。確かに聞いた。奴は言った。『貴様”も”千手柱間の力を引き継いでいる』と。その言い方はまるで……いや、そんな馬鹿なことがあるはずがない)

 

 落ち着け、落ち着けと、逸る気持ちを抑えた。畳間の心臓の躍動が速まって行くのは、走り続けているだけが理由ではないだろう。

 

(死んだはずの角都が生きている理由……。完璧な察知能力、年齢と釣り合わない急激な成長―――まさか、そんなことが……ありえるのか? だが、だとするなら、これはやはり……いや、だが、爺ちゃんがそんなことをする理由が……)

 

 嫌な予感が過ぎり、畳間はそれを否定する。それは有り得ざることだ。柱間がわざわざ、角都を生き返らせた(・・・・・・)などということは、有り得ざることだ。

 

 ―――心臓が大きく跳ねた。

 刺すような、一瞬の痛み。かつての傷痕が熱を持ち、疼きだす。そこで畳間は思い出した。いや、理解したと言ったほうがいいかもしれない。実感として、湧き上ってきたその感覚は、意識して忘れようとしていたことである。知識、記録としては保持していたが、実感としては忘れていたことである。それは決して悪いことでは無い。当然のことである。誰だってそんなことがあれば、忘れようとするだろう。自分が―――殺された実感など。 

 

(殺された俺を生き返らせてくれのは、誰だ? 俺を殺したのは、誰だ? 俺の死因は、何だった?)

 

 殺された畳間を生き返らせたのは、祖父・柱間。

 畳間を殺したのは、怨敵たる角都。

 その死因は、心臓の喪失―――その失った心臓の行き先は、どこだったか。

 角都の能力は心臓の奪取であり、かつて戦慄するイナとサクモの前でそれを行った。畳間の心臓を奪い、己の心臓として吸収した。そう―――畳間の心臓は、角都が奪ったのである。そして柱間は、死んだ畳間を甦らせるために、”畳間の心臓”を再生させた。”畳間の心臓”は生き返り、鼓動を再開したのだ。

 

(間違いない。奴は爺ちゃんの……力を―――)

 

 肉片になったはずの角都は、畳間の心臓を核として、再生した。元来あった五つの心臓を回収したヒルゼンと扉間は、それで角都が死んだと判断してしまったのだ。畳間の心臓が畳間の中にあったことから、畳間の心臓が”二つ”あったことに気づかなかった。

 ならば、角都の力は、畳間では測れない。どこまで柱間の力を手に入れているのかが、分からないからだ。木遁を操れるのか、仙術を操れるのか―――少なくとも感知能力からして、仙術かそれに近い”力”を手にしていることは確かである。

 柱間の死後十年―――畳間は扉間の内弟子となり、柱間と正反対な扉間を内心で尊敬するようになった。仲間が増え、家族が増えても、かつて自分を愛し、救ってくれた柱間への敬愛が薄れたことは無い。

 

 畳間がこの世で最も憎み、嫌う男は、角都であると断言してもいい。畳間から(柱間)を奪った男。死んだと聞いていたからこそ、畳間は忘れたのだ。だというのに、角都は生きていた。それも、柱間の力を利用して甦り、他ならぬ畳間の前に現れた。柱間が命を賭して守った子供を、角都は他ならぬ柱間の力で今、殺そうとしている。なんという侮辱か。なんという外道か。角都への憎しみから、畳間の体中の血液が沸騰するように熱くなり、瞳が充血していく。

 

(―――死ぬのは、別に良い。心構えも出来ていた。師に恥じぬ生き方をすると、今さっき、自分に誓った。舌の根も乾かぬうちに、翻す気はない。もともと、刺し違える覚悟だってあった。だが……てめぇにだけは殺されるわけにはいかねえぜ)

 

 だが、このままでは勝てない。だからこそ、畳間は生まれてからずっと封じ込めていた力の開放を、決断した。

 

(―――怖くないと言えば、嘘になった(・・・)。俺を変えたのは、千手柱間。だけど導いてくれたのは、他ならぬ(・・・・)千手扉間。信じてくれて、ありがとう。今俺は、覚悟を決めた。あなたは俺の、最高の師だ―――おっちゃん)

 

 畳間の感情が高ぶり、荒ぶる。そして、変化が起きた。

 

 チャクラとは精神エネルギーと身体エネルギーを練り合わせて生み出すものだ。どちらか一方でもバランスが崩れると、生み出せるチャクラの量は極端に減少してしまう。

 

 畳間たち千手一族は、始祖から受け継がれた強靭な肉体に、安定した心・愛情を重ね合わせ、無類の力を発揮する。ゆえに千手一族は並の忍びに比べて数段高い基礎を持ち、安定した強さを誇るのだ。そんな千手一族の中にあって、畳間は感情の起伏が激しく、お世辞にも安定しているとは言い難い。祖父である柱間に似たのか、あるいは生まれ持った『火のチャクラ性質』が影響しているのかもしれないが―――彼は生まれ持った千手の『強み』を、自分自身で台無しにしてしまっていたのである。

 彼の師である扉間は、それが忍びとして大きな弱点になると考えていた。ゆえに扉間はそれを矯正するため、常日頃から『冷静に己を見つめること』、『己を知ること』を畳間に言い聞かせて来たし、その教えを体に叩き込んできた。

 そんな英才教育を受けて来た畳間が同年代でサクモに劣り、結果的に器用貧乏となっているのは、畳間があることから目を逸らしていたからだ。頑なに、自分の内面と向き合おうとしてなかったからである。

 

 ―――千手畳間は転生者である。

 彼は幼いころにその紛れも無い事実を自覚してから、一度はそれと向かい合おうと考えた。

 その前代の記録は、彼が成長するにつれて、靄が晴れるかのように甦って行く。けれども、一度は向かい合おうと思ったその記録は、千手畳間にとって決して認めたくないものであったのだ。決して、認めてはいけないものだった。

 ゆえに彼は『自分は千手畳間であり、他の何者でもない』と自分に言い聞かせ、その記録を封じてしまった。それは精神エネルギーの部分的な欠如に繋がってしまったのである。扉間と言う最高の師、千手一族と言う最高のポテンシャルを持って尚、並の上忍より少し強い程度の実力で成長が止まってしまった理由は、そこにあった。

 

「この()(あかり)が、良く見える」

 

 それを今、畳間は解放した。臥龍が、首を(もた)げた。見えなかった景色を、畳間は見つめる。扉間を厭い、扉間を敬っていたがゆえに生じていた自分自身との軋轢は、扉間の最後の言葉を以て解消された。

 血流が怒涛の如く流れだし、興奮しながらも、落ち着いている。興奮した状態が、自然な状態であるかのようだ。

 その瞬間に畳間の肩に突き刺さった触手は、畳間に痛みを感じさせなかった。無表情で触手を引きちぎり、捨てた。どくどくと肩から流れ出る血を拭い、血の付いた指を目じりから顎にかけて動かした。血の隈取が、一筋の線を作った。

 

「―――そろそろ、終わらせてやろう」

 

 上空を漂う角都が言った。

 触手の槍で畳間を捉えた角都は、畳間を追いかけていたぶることも飽きたため、終わらせようと考えたのである。今までとは桁違いの数と威力を伴った触手の槍、その軍勢を畳間の方角へ向けて、射出する。それはかつて角都が柱間に殺害された業、『仙法・木遁 真数千手―――頂上化仏』をオマージュしたものである。柱間の孫である千手畳間を殺すのにこれ以上の技は無いと、邪悪な思惑を実行に移す。

 

「―――ん?」

 

 上空に浮かんでいた角都は、察知していた畳間のチャクラの変質に気づいた。激流の渓谷を彷彿とさせた自然的なチャクラの気配が、燃え上がるマグマを内包した火山口を彷彿とさせる、灼熱のチャクラへと変化したのである。とはいえども、攻撃は始まっている。賽は投げられた。ならばもはや畳間の命はここまでと、角都はそれを些細なことと切り捨てる。

 

 ―――業。

 

 巨大な火の塊が、触手の軍勢を薙ぎ払った。それは炎の嵐と言えるほどの巨大な爆炎で、その熱気は凄まじい。堪らず角都はさらに上空へと飛び上がった。有機物が燃える臭い、蒸発音がじゅっじゅと鳴っている。焼き払われ失った触手のぶんを再生させつつ、角都は注意深く地上を観察した。

 

 大地は焼け焦げ、爆炎の残り香は強く、黒く焦げて炭と化した残骸がそこかしこに散らばっている。そんな荒れ果てた大地の中、円状の緑が見受けられた。周りは焦げ、土が見えていると言うのに、そこだけは何事も無かったかのように、変わらない景色を晒している。

 

 その中心に、男が一人立っていた。長い髪を風の踊りに乗せ、紫の外套を棚引かせたその男に、角都は既視感を覚え、戦慄した。

 

「初代、火影……」

 

 

 だが、それは違うとかぶりを振る。確かに初代火影・千手柱間は死んでいる。角都が生きていることこそが、その証明である。よく見れば、背は柱間よりも低い。威圧感とて、柱間に劣っている。紛れも無く、今しがた戦っていたはずの、千手畳間その人である。

 

 角都が戦慄した瞬間、途方もない重さが、角都の体に圧し掛かった。飛んでいることが出来ず、角都は地上へと引き摺り下ろされる。

 激突音と衝撃―――受け身も取ることが出来ず、角都は地面に叩きつけられた。血反吐を吐いて、苦悶の声を上げる。

 

「―――楽しそうだな」

 

 痛みにのた打ち回りっている角都を抑揚のない声音で嗤ったのは、畳間である。先ほどまでとは明らかに異なった雰囲気の畳間を、角都は戸惑いながらも睨みつけた。

 太陽を背にした畳間の表情は影に隠れており、角都が這いつくばっていることもあり、角都からは窺い知ることが出来ない。

 

「何をした……」

 

 息絶え絶えに問い掛けた角都に、畳間は答えない。畳間は無言で掲げた手を静かに振り下ろすと、掌から現れた木遁の枝が、角都の脳天に突き刺さった。

 断末魔の声を上げた角都であったが、そのすぐ後に人としての形を崩し、ばらばらに解された触手へ変貌を遂げる。それは予想していたことでもあり、畳間は驚かない。一度だけ短く舌打ちをして、周囲を見渡した。素早く腕を振ると、数本の枝が飛んで行く。飛んで行った鋭利な枝はそこにあった何の変哲もない岩に突き刺さったが、次の瞬間、岩はばらけ、蠢く触手が顔を出した。角都が変化していたのである。

 

「何が起きている……」

 

 これに驚いたのが、角都である。つい今しがたまで全くと言っていいほど察知することが出来ていなかった畳間が、唐突に、的確に、角都の存在する場所を突いてきた。すべてが分身であったが、それを別の場所で隠れ見ていた角都は、驚愕しかない。けれどもその疑問は、次の瞬間には解消される―――畳間が、振り返った。

 

「あれは……馬鹿なッ!! 奴は、千手だろう……。なぜ、あの眼を……」

 

 振り返った畳間は、じっと角都を見つめている。畳間は角都と視線が交差したことを感じ、瞳にチャクラを練り込んだ。その眼の使い方は、良く知っている。千手畳間として生きて来た人生で、嫌と言うほどその知識を叩き込まれた。もっともそれは、敵対者として、であったが。

 

 幻術に掛けられることを恐れたのか、角都は咄嗟に目を伏せて、触手の海へと潜り込んだ。周囲一帯が触手に囲まれていることは、変わらない。心臓も五つ残っているし、分身とてまだまだ生み出せる。チャクラ量もほとんど減っていない、ほぼ万全の状態でありながら、角都の焦燥感が消えない理由―――畳間が見せた、禍々しい色を宿したその瞳。

 

 

 ―――千手畳間は転生者である。

 かつて千手一族と戦い、命を奪い合った経験が”彼”にはあった。千手柱間、千手扉間がとてつもなく疎ましく、殺したいほどに憎悪した記憶があった。ゆえに彼は生まれ変わった後も、千手兄弟を憎み続けたのである。

 憎しみと嫌悪感を煽られた子供は、理由のわからない、けれども確かに存在する深い”闇”に自我を蝕まれて行った。前世の記憶で子供を乗っ取り、内側から千手を崩壊させる―――死の間際に兄に目を託した彼が、その直前に発動した瞳の能力と、その暗黒の野望。

 それこそが、畳間の始まりである。そしてその後―――畳間は、すべてを背負う大樹に出会った。

 

「角都……てめェだけは、俺が殺す。初代火影の力を悪用する貴様は、この俺が止める」

 

 千手畳間は転生者である。

 その前任者の名は、今は忘れられて久しい。柱間が死に、扉間が生死不明の今、知る者が残っているかも、定かでは無い。

 かつての記録と、今の記憶は完全に混ざり合い、今ひとつとなった。それは黙っていれば闇へと葬り去られる事実である。けれども畳間はそれを受け入れた。自分から率先して話すことはしないが、それでも一度だけ、声に出して、それを認識しなければならないと、畳間は思う。ゆえにずっと隠していた心の名を唱えよう。

 

 かつて、千手一族を憎悪し戦国の世に散った、とあるうちはの若者がいた。死の間際まで千手一族を憎み続け、死後、その子供を祟った若者がいた。

 

 ―――名を、「うちはイズナ」と言った。


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