中忍選抜最終試験を2週間後に控えた受験生たち。彼らは試験に向けて、各々の準備を進めている。
例えばうちはアカリ。彼女は、開眼したてで能力が不安定である写輪眼から”むら”を無くすため、カガミの付き添いの元、日夜修練を行っている。
山中一族本家の次女たるイナ。彼女は親戚一同から本家の人間としての期待を寄せられており、それを蔑ろにしないためにも、父や姉と共に鍛錬を行っている。しかし本家の人間としての期待―――とは言ったものの、写輪眼を輩出する家系であるアカリが寄せられている期待ほどでは無く、その大半が”親戚の叔父さん叔母さん”からの”がんばって~”コールであった。
「暇だ」
「そりゃ、みんな試験の準備で忙しいからね」
一方、うちは一族と並び、木の葉隠れの里における2大名門の片割れたる千手。その嫡男たる畳間はと言えば、かつて入院していた病室に帰還させられていた。
第2試験・サバイバル。戦いで酷使した畳間の体は弱り切っており、入院措置が必要だと断じられたのである。最終試験までには復帰できるとのことだが、そのときのことを思い出して、畳間は憂鬱そうにため息を吐く。
イナとアカリに担がれて病院に運び込まれた畳間は、その報告を聞いて駆け付けた扉間とミトから、中々にきついお叱りの言葉を受けている。
「―――まさか、八門遁甲とはな。あれは禁術に指定したはずだが、どこで知った?」
畳間の負傷の仕方に見覚えがあった扉間は、開口一番に問い詰めた。その口調の中には心配をする師の心が見て取れて、畳間は素直にその顛末を話した。
「封印の書を開いただと? 畳間、なぜ貴様はそう問題ばかり起こすのだ・・・」
妙に向上心が強い畳間が、禁術が記された書物の存在を知ってそのままと言うこともあるまい。考えれば分かることだったと、扉間は己の迂闊さにも頭を抑える。
八門遁甲―――体内に八つあるチャクラの門・リミッターを無理やり外すことにより、術者の限界を遥かに超える身体能力を引き出すことが出来る、木の葉流体術・その奥義の1つ。八門は頭に近い場所から、右脳に開門、左脳に休門、胴体に生門、傷門、杜門、景門、驚門、最後に心臓の死門へと続く。
その効果は極めて高く、八門―――死門まで全てを開いた者は『八門遁甲の陣』と呼ばれ、五影を上回るほどの圧倒的な力を手にすると言われているが、その代償として、しばらく後に確実な死が訪れる。また、第七・驚門までであっても、限界を超える力を無理やり引き出された術者に掛かる負担は凄まじい。
「体術を極めんとするのはワシの指導通りゆえに良いとしても、八門とはな」
「実戦で使うのは初めてだったけど、すごかった。色んな意味で」
「当たり前だ! 良いか畳間、今の貴様に八門遁甲を扱う素養は無い。金輪際使うことは許さん。外部へ漏洩させることもだ」
なまじ才能が有ったとして、開門を可能とする者も少なからずいるだろう。畳間もそのうちの1人であった。しかし開門を行えることと、開門を使いこなすことはわけが違う。八門遁甲に適さないひ弱な肉体は、第一”開門”にすら耐えられず崩壊する。死門に到達する前であっても、命を落とす危険は常に隣り合わせに存在しているのである。
八門遁甲に必要なものは、開門に適した強靭な肉体ただ1つ。
才能ある者はその危険性から手を出すことは無い。普通なら忍術や幻術を磨いた方が効率が良いからだ。
八門遁甲とはすなわち、忍術・幻術を扱えない者が、忍びとしての生涯を体術に捧げたときに到達できる、努力と根性の業。常識を超えた訓練を怠けることなく続けられる者―――すなわち強靭かつ不屈の精神を持った”努力の天才”のみが扱うことを許された、体術の極地である。
「分かったな、畳間。こればかりは従ってもらうぞ」
畳間は頷いた。すでに外部に漏らしたうえで、切磋琢磨する友がいることは黙ったままで。
「―――八門遁甲か。確かに、そんな危険と隣り合わせの術を使うよりは―――そうだな、例えばボクなら雷遁で体を活性化させるかな」
「最近、なんとなく分かって来たことがある。オレはきっと、もっと強くならなくちゃいけねーんだ」
「そうかい・・・?」
ベッドの上で将棋を打ちつつ、サクモが己の感想を述べる。
実際、八門遁甲が究極の力を発揮するのは、死と引き換えに到達する”死門”の段階だ。死の危険と隣り合わせの八門遁甲を使わずとも、第七・驚門の領域であれば、別の術を用いて到達することは可能である。
「なあ、サクモ」
「なに?」
「見舞ってくれるのは嬉しいんだが、お前も準備があるんじゃないのか? 本選の内容は伏せられてるけどよ、今度こそ個人戦になるはずだ。そうなったらお前、たぶんシードじゃないのか?」
「かもしれないけど・・・ボク、もうやることないんだよね」
「どういうことだ?」
この2週間、新技の練習や短刀の扱い、基礎の見直しを行ったサクモは、現時点における”最高の状態”を保つ方向へ修行を変えている。無理な追い込みは体に悪いと言うことで、過酷であろう本選へ向け、体を温めているのだ。
なんともマイペースな男だと畳間が笑えば、はやく治せよとサクモが畳間の肩を小突いた。怪我をしていたところを小突かれて、畳間は痛みに呻く。
「ってて・・・。なあ、サクモ」
「なに?」
「―――オレは、お前と戦いたい」
「ああ―――良い機会だ。子供のころから続けて来た戦いに、そろそろ白黒を付けようか」
お互いの拳をこつんと当てて、2人は同時に笑い声をあげた。
★
「火遁・火竜炎球!!」
「うちはめ! 球を火竜に呑みこませ、ゴールまで届かせようと言うのか!!」
「水遁だぁ!! 誰か、水遁でやつの火竜を止めろ!!」
「待て! あいつの火遁は並の水遁では止められない! 土遁の壁を作れ!!」
「させない!」
「はたけサクモだ!! 雷遁をぶちかましてくるぞォォオ!!」
「任せて!! 忍法・心乱身の術!!」
「イナか、しまったッ!」
「球は、球はどこへ行った!?」
「あいつだ! 千手のところだァァア!!
「―――どうしてこうなったんだ?」
足元に転がってきた球を蹴り、駆けながら、畳間は今の状況に内心で頭を抱えた。
時は少し前、最終試験・開会式にまで遡る―――。
どんどんぱふぱふ―――3週間という入院生活を終え、残りの1週間を激しい追い込みに費やした畳間は、万全の状態で最終試験当日を迎えた。
サクモと交わした決戦の誓いに感覚を研ぎ澄ませ、写輪眼を開眼したアカリとの力比べに胸を躍らせる。イナとの手合せはきっと、お互いの心をぶつけ合う、楽しいものになるだろう。
期待に胸を膨らませ、畳間は一人、試験会場の門を潜った。
芝生が敷き詰められた大運動場。囲むように備え付けられた座席は数えきれない数だが、そのすべてが観客で埋まっているようだ。これまでの試験と同じように、あまり大っぴらに技を繰り出すことは得策ではないだろう。
第2試験を乗り越えた者たちが運動場の真ん中に並び、大名や影と言った権力者たちを仰ぎ見る。2代目水影・鬼灯幻月、2代目風影・沙門自身は里に引っ込んだままであったが、名代を送り試験自体には参加の意志を示しているため、かなりの譲歩をしていると言えた。
「しかし広いな・・・」
「うむ。この広いフィールドを存分に使い戦えるのであれば、多少の客寄せ役には目をつむっても良い。うちはの力を示す、良い機会でもあるからな」
わざわざ示さなくとも、うちはの力は誰でも知っていると思うが―――と言うのは野暮だろうか。そもそも忍者だろ、忍べよとも。
「にいさま! 頑張って!!」
「たたみどのー!」
元気いっぱいに手を振る綱手と自来也を見つけ、畳間は手を振りかえした。可愛い妹と可愛がってる後輩に応援されたとあっては、畳間も本気で挑まなければなるまい。
『第一回木の葉隠れ主催、合同中忍選抜最終試験!
ぽかーんとはこのことで、余りの衝撃に下忍たちは呆けた顔を観衆に晒した。
幻術にでもかかったかと解術を掛ける者、苦無で自分の掌をぶすりと刺す者など現れたが、全員が暴走する前に、その答えは提示された。
『 マ ジ だ 』
淡々とルールを説明していく司会進行役に、下忍たちはこれが夢でないことを悟る。筆記、実技と来て、
『ボールに手を触れず直接的な攻撃を行わなければ、何をやっても良い』
というルールの元、この狂った最終試験は、意外と乗り気であったアカリの火遁乱舞を以て始まり、波乱を巻き起こしていると言うわけである。
★
『ボールに当てるつもりだった』
そう反論すればほぼ間違いなくどんなプレーも許可されるこの仁義なき蹴鞠において、ボールを駆ると言うのはそれだけで危険が伴う。
戦いの中で怪我をするのならば受け入れようが、しかしこんな遊びで―――過酷な第2試験を潜り抜け、中忍昇格が目前に来た今、こんな”遊び”で己の体を危険に晒すことに、及び腰になる下忍は多い。それは確かに正論で、だからこそ他ならぬ”こんな遊び”が最終試験として選ばれた。
球を駆る者は攻撃を避ける機動力、仲間を頼る洞察力を。
それ以外の者は敵からの攻撃に晒される仲間を守る力を。
敵対する者はそれを切り崩すための戦術眼を。
求められるものがハッキリとして、観察する側も評価が容易い―――確かに、最終試験として適した内容なのかもしれない。
忍びの本懐は自己犠牲である。
誰が言った言葉であったか、畳間は己が率先して前に出ることで、尻込みする下忍たちを鼓舞することを良しとした。やるからには全力で、畳間は試験に望む。
「よっと」
ボールを奪い取ろう―――という建前で畳間の足を蹴り潰そうと滑り込んできた下忍を飛んで躱す。ボールを狙った―――という建前で足元に飛んできた苦無を、静かに避ける。油断も隙もあったものでは無い。
これでは反撃が許された分、第二試験のほうがマシだ。
「千手! こっちだ、パス!!」
「いや、しねえよ。お前は今敵だろうが、アカリ」
「私を信じられんのか!! 仲間は裏切らん!!!」
「今は仲間じゃないだろって」
「むッ、私たちは友だと言ったではないか!」
「それとこれとは別だ」
「ええい、細かいことにこだわる奴め。であえー!!」
ボールを転がす畳間にこれ見よがしに手を振るアカリは、畳間の敵チームである。お互い、改めて友人認定を行ってしばらく、アカリは畳間への態度が若干柔らかくなっていた。反面、妙なタイミングで妙な言動を取る頻度は上がっている。
曲がりなりにもうちはの忍び。動体視力と先読みの技術で勝る忍びはおらず、敵の司令塔はアカリに落ち着いたようである。アカリの手足のように動き回るサクモはさすがと言うところで、このままでは畳間たちは負けてしまうだろう。
「ああ、アカリ! オレ達は友達だろう? サクモをこっちに寄越すのは止めてくれ」
「それとこれとは別だ」
「うちはアカリィ―――!」
「千手畳間ァ―――!」
並走する畳間とアカリは唾を飛ばし合いながら、フィールドを疾走する。
「こんな形で敵対することになるなんて思わなかったけど、観念してほしい」
サクモに追いつかれ、畳間は両脇を抑えられてしまった。こうなってはヤケクソだとばかりに、畳間はボールを見当違いの方角へ蹴り飛ばす。
「なにッ!」
サクモの驚愕。サクモは飛んで行くボールを瞬身で追いかけるが、それは畳間のフェイク。
「幻術だ」
サクモの追っていたボールは空気に溶けるようにその姿を消し、ボールは未だ畳間の足元に転がっている。
にやりと畳間が笑い、サクモが驚愕を示す。サクモやアカリを欺くほどの幻術を、畳間が使えるはずがない―――と。
予てよりチャクラの流れに難があった畳間は、二次試験においてそれを克服した。
それは八門遁甲による偶然の産物。開門により体内で荒れ狂った圧倒的なまでのチャクラの奔流は、滞っていた畳間の点穴をこじ開け、経絡系の流れを成立させた。
一瞬の開門であったならそれも叶わなかっただろう。しかしドダイとの戦いの最中”開門”を行った畳間は、扉間が病院に駆け付けるまで”ずっと”維持し続けていたのである。閉じ方が分からなかったということもあるが、だからこそ扉間に使うなと強く叱責された。
八門遁甲における畳間の最大の弱点。それは一度開けば、医療忍術や忍術そのものに詳しい人間に外部から止めて貰わなければ、開いた門を閉じられないと言うことだ。
「悪いが、一点はもら―――」
「―――うちはを舐めるなよ、千手」
畳間の幻術を見抜いたアカリは、飛び出す寸前で堪え、その場に留まっていた。
しかし開眼してまだ短いとはいえ、一瞬とはいえ写輪眼をも惑わす精度の幻術を扱う畳間に、アカリは驚きを隠せない。
しかし驚いてばかりもいられない。アカリは畳間の背後を捉えると、畳間と全く同じ動きを取り始めた。
「これは、影舞踊か」
本来ならば敵の背後を取り、死角から攻撃を仕掛ける木の葉流体術の1つである。
蹴鞠でそれは意味ないんじゃないかと思いつつ、畳間がピタリ―――とその場に停止し、素早くしゃがみ込む。
背後にくっ付いていたアカリは急に止まれない。踏鞴を踏んで止まろうとしたアカリの足を、畳間は勢いよく蹴り薙いだ。
「ああぁぁぁーーー」
勢いを殺しきれなかったアカリが、空中へと躍り出る。地面を見下げたアカリの視線が、空を見上げた畳間の視線と交差する。
片足を大きく引いて球を蹴る”溜め”を作った畳間は、にやりとアカリに笑みを向けた。
「オラァ!!」
「せ、千手畳間ァーーッ!!」
浮遊するアカリ目掛けて畳間がボールを蹴り飛ばし、アカリは激突したボールごと吹き飛ばされていく。
「写輪眼を舐めるなァーーー!!」
器用に回転したアカリが、そのきめ細やかな肌を露出させた太ももでボールを挟み込んだ。もちもちとした弾力が見ていて分かるようである。
おおお―――と猿飛ヒルゼンが目を見開いて、客席から身を乗り出した。黙ったままの扉間が向ける冷たい視線に耐えかねたのか、ごほんとワザとらしく咳をして、ヒルゼンが腰を落ち着かせる。
空中で杖を組み立てたアカリが、ボールを太ももから放し、杖を振りかぶった。
「狙うはゴール! うちは流杖術の極意を見よ!!」
アカリは球を杖の芯で捉え、渾身の力で振り抜いた。吹き飛んでいく球、地面に墜落したアカリ。
競技が違うと誰かが苦情をあげようとも、素手で触ったわけじゃないとジャッジが下る。
「あっ」
思わずと言った様子で、アカリが溢した。
凄まじい加速を受けて一直線にゴールに進むはずだった球がアカリの目論見を外れ、畳間の顔面へと吸い込まれていく様を見たからである。
「イナァ!!」
「任せて!」
己の行く末を悟った畳間は、後は託すとイナに声を届け、顔面にボールを受けて吹き飛んだ。
うめき声をあげて吹っ飛んだ畳間を横目で見送ったイナは、両手で作った輪っかを、倒れたアカリへと向ける。
「忍法・心転身の術!」
術者の精神を他者の肉体に憑依させ、身体の自由を奪う山中の秘伝忍術である。
イナの体がフィールドに崩れ落ち、アカリがびくんと体を震わせる。
「くッ・・・山中イナか。私の体から出て行け!」
「悪いけど、そうはいかないのよねー。畳間に怒られちゃうし」
精神世界で、2人は言葉を交わす。
自分の体に別の人格が同時に存在していると言う凄まじい不快感に、アカリは眉根を寄せる。
少し申し訳なさそうな笑みを含ませるイナのなにが癪に触ったのか、アカリのチャクラがみるみる攻撃的な雰囲気を帯びていく。
警戒を強めるイナに、アカリが言い放った。
「ふん、あやつの作戦か。男の言うことを聞くだけの女がよくもこの私を」
ぴくりとイナの整った眉が上下する。ヤるきなら相手になると、剣呑な笑みを浮かべた。
「あら、出来る男を立てるのも女の務めじゃないかしらァ?」
「ほざけ、他所の班の分際でやつを語るでないわ。やつは私がいなければ何も出来んのだ」
「は? ちょっと、笑わせないでよね。畳間はあんたなんかいなくても十分できる男よ」
「ふははは! 何にも分かっておらんではないか。あやつは今も、私と敵対しなければならなくなったことを悲しんでいるに違いない」
「いやァね、妄想が激しい女は。畳間はさっき、私とチームになれて嬉しいって言ってたわよ。でも、あんたの話は特にしてなかったかなー。残念だったわね」
微動だにしないアカリを見て、客席のカガミがどうしたのかと心配げに首を捻る。カガミの心配などつゆ知らず、アカリの中では、女の戦いが繰り広げられている。
「イノシシ貧乳女が!」
「人のこと言えたもんじゃないでしょ。その断崖絶壁に火影岩でも掘ってもらえば?」
「そなたよりは大きいわ! 背中と胸元をおっぴろげにした淫乱女め!!」
「あんたには言われたくないわよ!!」
ぷるぷると震えるアカリの格好は、イナのことを言えるものでは無い。ノースリーブの上からさらにノースリーブのジャケットを羽織っているため、その華奢な肩はむき出しのまま。腕には花柄のサポーターを付けているが、腕だけを隠して二の腕を晒したアンバランスさが、逆に白い肌を浮きだたせる。太ももまで穿いたソックスと、スリットの入った短めのスカートの間の絶対領域は守られていた。
アカリは自分の格好を思い、確かに人のことは言えなかったと思考するが、それで止まる女でもない。
「人の精神を乗っ取るなど―――さてはそなた、この術であやつの精神をッ。なんという淫売か!」
話を逸らすために言い放った言葉は、イナの心の線に触れた。良い意味でも、悪い意味でも。かつて苦しんでいた畳間に温もりを分け与えた技であるが、心を覗いた負い目もある複雑な術であることは違いない。
「よく言えたもんね! 写輪眼の幻術で畳間のこと惑わそうったってそうはいかないわよ!!」
はずみで言い返したイナの言葉は、アカリの心の線に触れた。良い意味でも、悪い意味でもだ。
「貴様、うちはを侮辱するか!! いいだろう、このような術、我が写輪眼を持ってすれば容易く破れるわ!!! ッ―――破れぬ・・・」
「ざーんねんでした。これは既存の心転身に、ミト様から教わったうずまき式封印術を足した、私のオリジナル―――心封身の術。対象の精神を深層へ縛り付け、幻夢の中へ封ずる新術よ。幻術と違って精神を直接封印術で縛るから、そう簡単に破れるものじゃないわ。試合が終わったら解呪してあげるから、それまで寝てなさい!」
「山中イナァーー!!」
そんなやり取りが行われていることを露程も知らない畳間は痛む顔面を抑えつつ立ち上がった。司令塔を封じたイナを「よくやった」と讃えつつ、もう1つの脅威たるサクモに目を向ける。
はたけサクモを抑えれば、戦力的に五分。畳間はサクモ目掛けて駆ける、一陣の疾風となった。
「仕方ない・・・。出すか、あれを!」
畳間に守備に付かれると、サクモといえどそう簡単に抜けるものでは無い。意を決した様子で短刀を取り出したサクモを見て、刺される!?―――と畳間は身構えたが、それはないかと思い直した。
次の瞬間―――畳間の視界を白光が遮った。
「はやい!」
畳間の視界が白い閃光で覆われた一瞬で、サクモは場所を変えていた。目で追うことは出来たが、畳間は体が付いて行かなかったのだ。
サクモが握っている白銀の短刀は雷のチャクラを流し込まれ、眩い白光を纏い、サクモを照らしている。そのスピードは白銀の輝きを一筋の閃へと昇華させており、駆け抜けるサクモの姿はまるで―――
「まるで、白い、牙のような・・・」
「白い牙・・・? 木の葉の下忍か?」
「おお、白い牙とな」
「なるほど、白い牙」
「木の葉の、白い牙・・・」
「あれが白い牙」
観客席がにわかに騒めき、人々は口々にサクモの名を呼ぶ。下忍とは思えない動きを見せるサクモは一躍時の人と言ったところか。
「ほォ・・・」
その速さを理解した忍びたちも、感嘆の声をあげる。その動き、単純に速度だけで言うならば、畳間たちの担当上忍たるうちはカガミに匹敵するほどのものである。
「以前病院で言っていた、雷遁による肉体活性か」
チャクラ刀を経由させることで雷の性質を持つチャクラの伝導率あげ、サクモはその身体能力を瞬時に高めたのだ。
ただ1つ気になったのは、サクモのふさふさな銀髪の上に乗せられているボール。
「それはあり、なのか・・・?」
ちらと畳間が審判を見れば、ボールに直接手を触れてないからセーフとハンドシグナルを送っていた。
ワァ―――!!
サクモがゴールに近づくにつれ、観客席の騒音が大きくなっていく。
呼吸を乱し、流れる汗を腕で拭った畳間が、静かに瞳を閉じて、深呼吸を繰り替えす。使うなと言われたが、このままでは負ける。
(負けるのは良い。だが、使えばよかったと後悔はしたくない―――!!)
「畳間ァーーー!! 我が友よ!! 行けェーーー!!!」
観客席にいる緑色の友から送られた激励が、畳間の心を滾らせる。
「八門遁甲、第一開門!! 第二休門、開!!」
畳間の髪が逆立ち、血管が浮かび上がる。立ち上るチャクラの乱気流が会場を駆け巡った。
プチ―――と何かが千切れる音が鼓膜に響き、畳間はその副作用の凄まじさに冷や汗をかく。
「あやつ、またワシの忠告をッ」
「まあまあ、良いではないですか。危うくなれば、わたしが動きます。ほら、見てごらんなさい、あの子の表情を」
―――あんなに、楽しそう。
畳間のやろうとしていることに気が付いた扉間はそれを止めようと腰をあげるも、他ならぬミトによって制止された。「まるで若いころのあの人を見ているようだ」と、少し寂しそうに、それでいて孫の成長を喜ぶ笑みを湛えるミトの言葉に、扉間はため息を吐いて首を振ると、むすっとした表情で腰を落ち着ける。
ごめんなさいねと笑ったミトは、扉間の首周りを覆うもふもふをぽふぽふと撫でた。それは兄・柱間が弟である扉間を叱りつけた後、拗ねる扉間を宥めるときにしていた仕草と同じである。「この夫婦は・・・」と、扉間は内心でため息を吐いた。
白き輝きを纏ったサクモに、蒼いチャクラを纏った畳間が並走する。
サクモはボールを空中に蹴りあげて、ボールを奪い合う―――と言う名目で、畳間と向かい合った。
「いくぞ」
どちらが言ったか、それが戦いの合図。空中にいるとは思えない素早さで攻防を始めるサクモと畳間は、お互いの全力をぶつけ合う。
畳間が手裏剣影分身の応用で生み出した無数のボールを、サクモは体から発した雷のチャクラで消滅させる。畳間は一瞬目を晦ませた。
サクモはボールを蹴り飛ばすふりをして畳間の頭部を狙うも、畳間はその一瞬早く火遁の印を結び終わっていた。畳間の吐き出した炎の塊に呑みこまれたサクモは、死んではいないだろうが、しばらく病院送りになるだろう。そう思った矢先―――。
「影分身だと!?」
ぼふんと煙をあげて、サクモの姿が消えた。次いで、空中を浮いていたボールが煙と共に破裂し、サクモが現れた。サクモの雷光に一瞬視界を奪われたとき、サクモは空中のボールを足に挟み、変化の術で”ボールごと”ボールに変化したのである。
サクモは空中で器用に回転すると足でボールを掬い取り、チャクラで足に引っ付かせ、そのまま畳間の頭部を蹴り抜いた。ボールのクッションという仲間への気遣いは、問答無用で火あぶりにしようとした畳間と比べては雲泥の差である。
「あ、ごめん」
視界が点滅し、畳間は錐揉み回転で吹き飛んでいく。
少し威力が強すぎる。ボールと言うクッションがあるからいいだろうと、サクモが全力で蹴り抜いたためである。
サクモは威力調節を間違ったことを謝って、地面に着地した。
サクモが駆けるのを、畳間は転がって眺めている。このまま得点を許せば負ける。守りに入った敵チームを崩すことは難しい。
畳間たちのゴールキーパー、西瓜山河豚鬼が水竜弾の術で迎え撃った。しかしサクモは容易く避ける。さらに水陣壁でサクモの進路を阻んでいるが、しかし時間稼ぎにしかならないだろう。
くらくらと揺れる畳間の視界は、今の一撃で軽い脳震盪を起こしたようだった。あるいはそれを引き起こすための一撃であったのかもしれない。
さらに、八門遁甲に適さない体がその副作用に悲鳴を上げる。起き上がることが出来ない。
綱手、自来也、ダイの声援が聞こえる。諦めるなど、出来るはずが無かった。それに―――。
「負けるのは構わないと言ったが・・・。すまん、あれは嘘だった」
サクモとアカリを敵にして、イナを味方として迎え入れて、無様など晒せるはずもない。それにやはり畳間も男児、友に負けるのは悔しかった。
寝そべったまま、手を前に伸ばす。脳が揺れてようと関係ない。体に染み込ませた術を、その印を間違えるはずもない。
―――行くぞ、サクモ。
「木遁・草結びの術!!」
駆けるサクモの足元の芝生が急成長を遂げ、その足を絡み取った。よもや下から来るとは思わず、サクモは前のめりに倒れ込んで顔面を強打した。
のそりと起き上がった畳間が湛えるのは、不敵な笑み。
「新技はお前だけじゃないんだぜ、サクモ」
見当違いの方向へ転がっていくボール。畳間は「さあ行け!」とチームを鼓舞―――しようとして、ピー!と審判からの制止が掛かる。
『直接攻撃は退場』
あ、と誰が溢したか。
うちは警備隊に連れていかれる被疑者の如く、係員に両脇を持ち上げられた畳間は、項垂れた様子で会場を後にした。
「兄様、かっこわるいよ・・・」
綱手がぽろっと溢し、自来也は引きつった笑顔で静かに頷いた。ダイは号泣し、「連行される畳間の変わりに戦う!」と乱入しようとして、近くの上忍に止められている。
果たして、畳間を失ったチームは即座に壊滅―――とはならなかった。
顔面を打って気絶したサクモがドクターストップで退場し、アカリはイナに精神を封じられたまま復帰できなかったのである。外面から見ればイナは何もしていない様に見えるためにお咎めなしのまま進行し、味を占めたイナは次々と対戦相手を封印していった。
結果だけ言えば、畳間たちのチームが勝利し、敵チームは壊滅した。
畳間とサクモが退場した後の本選は、凄まじく盛り上がらなかったらしい。
余談だが、盛り下がって悪い意味でざわめく会場において、2代目火影だけはイナの戦法をべた褒めし、後日、山中一族当主に良い忍びだと賛美を送ったという。
若干の編集